残間光太郎の"闘うものの歌が聞こえるか"

世界の終わりをバックキャストするノベーション(1662回)

舞台の竹生企画第四弾『マイクロバスと安定』を観て、作・演出の倉持裕さんの言葉に深く考えさせられました

曰く

"世界の終わり」を書いてみようかと考え始めた当初は、その響きから、現実離れしたSFやファンタジーが想起されて躊躇したのですが

考えを進めるうちに、それはつまり死期が迫った時に人はどう振る舞うのかしそれまでの何を肯定し何を妥協するのかについて書くことだということが分かりました。"

"世界に終わりをもたらす要因が一小惑星の衝突だとか宇宙人の襲来だとかーたとえどんなに現実離れしていようとも、そこには必ず「死に直面した人間の振る舞い」という、誰もが将来必ず経験することが描かれています。

その点において「世界の終わり」はSFでもファンタジーでも何でもなく、すべての人々にとって非常にリアルで身近で切実な問題を孕んでいるのです。"

ここから私は思いました

1、誰にもあるのに目を背けるバイアス

2、今を生きざるを得ないとしたら何をするのか

3、世界が終わるバックキャスト

1、誰にもあるのに目を背けるバイアス

死は誰にも訪れる、ある意味、普通の出来事、にも関わらず、普段はタブー視してしまうし、そして、突然の出来事に狼狽えてしまいがちな、不思議で捉え難いテーマだなあと思います

そういったテーマは、いろんな組織の中にもあって、社長の逆鱗に触れるからとか、しがらみの中で聖域化されてることもあると思います

このポイントこそが、実は長年手をつけられていない真の課題ということもよくあると思います。今回の舞台は、人類の真の課題としての死ということにガツンと目を向けさせてくれて、目をそむげずに考えたらどうなのかと、問われた気がしました

2、今を生きざるを得ないとしたら何をするのか

バックキャスト方法とよく言われると思いますが、自らが80歳になった時、または死ぬ時の気持ちになって、だときたら今は何をすべきなのかを考えようと、悔いのない人生を送るためによく持ち入るやり方がと思います

私はいつも、パッションの源に沿って生きれているか?ということを、バックキャストをやる際には、とても重要なことかと思ってやるようにしてます

大好きなこと、利他なこと、個性発揮したいこと、成長したいこと、それらを、忙しさにかまけてやれてないことはないのか?

一瞬でも、こう考えるだけで、今本当はやりたいけど、やれてないこと、後悔のない人生のためには、大切なことになるかと思います

3、世界が終わるバックキャスト

今回の舞台で新たに気づいた点として、自分が終わると考える時よりも、世界が終わると考えるバックキャストは、さらに幅広く、自分がやらなければならないことをあぶり出す方法につながるなと思ったことです

イノベーターズリップルモデルで考えると、自分自身が終わると考える場合は、パッションの源に沿って考えればいいのですが、世界が終わる場合は、自分自身が愛してる人やもの、仲間たちが終わるとしたら、自分は何をしたいのか?ということを考えてみる必要があるなということです

自分自身が死ぬのであれば、例えば迷惑をかけずに静かに逝ければいいと思うかもしれませんが、世界が終わるのなら、愛する人のことをなんとしても守りたい、や、愛する人が精一杯生きれることを助けたいなど、違う気持ちが生まれるなあと思いました

それは、自分自身だけのバックキャストよりも、より、仲間との在り方や、世界の人たちへ託したい思いや大義、なども含まれてくるため、自らの生きがいを考える上でも、さらに一段上の考えも重い宇賀部かもしれないなとも思いました

一言で言うと

世界の終わりをバックキャストするノベーション

そんなはなしをしています^ ^

参考:舞台 竹生企画第四弾『マイクロバスと安定』 作・演出:倉持裕 出演者 竹中直人 生瀬勝久 飯豊まりえ 戸塚純貴他 企画製作:キューブ 場所:本多劇場https://www.cubeinc.co.jp/archives/theater/takenama-4

動画で見たい方はこちら

https://youtu.be/rjIY-Vb56RU