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「あなたのいない夕暮れに」は、世界の名作と呼ばれる詩を現代にあわせた新訳でお届けするボイスレターです。

文:小谷ふみ
朗読:天野さえか
絵:黒坂麻衣

あなたのいない夕暮れに -世界の名詩を新訳で yori.so publishing

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「あなたのいない夕暮れに」は、世界の名作と呼ばれる詩を現代にあわせた新訳でお届けするボイスレターです。

文:小谷ふみ
朗読:天野さえか
絵:黒坂麻衣

    エミリー・ディキンソン「降り積もる歳月は」

    エミリー・ディキンソン「降り積もる歳月は」

    あなたへ

    こんにちは。新たな年を迎えた鐘の音も遠くなり、日常の鼓動が戻ってきました。寒さも一段と深まりましたが、いかがお過ごしですか。

    年賀状や寒中見舞いのやり取りがひと段落すると、私のお正月気分もようやく終わります。数年前までは、年賀状をその年ごと輪ゴムでまとめていたのですが、今は下さった方ごと小さなファイルに収めています。

    旅する景色の写真ばかりだった大学時代の友人が、ある年、伴侶を得て、景色に彼らも映るようになりました。毎年の年賀状を続けて見ると、ひとりがふたりになった旅の写真集のようになります。

    また、5人家族の恩師の年賀状では、「独立しました」とサッカー少年だった長男次男が次々と年賀状からいなくなり、数年経つと長女も思春期を迎え、写真に写らなくなりました。そして去年は「もう写りたくない」と奥様も……。「とうとう一人になりました」の直筆メッセージとともに、ひとり照れた笑顔が届きました。今年が心配です。

    途切れながら何年も続いている年賀状には、選りすぐりの場面や、やがて来る「人生の少し先」があります。ファイルをする時はいつも、新たな便りを重ねられる嬉しさを感じます。
    一方で、「あの人からの便りはもう来ない」ということにふと気がつき、続くことのない現実に痛みを感じます。遠ざかっていたかなしみが流れ込んできて、

    塩キャンディを口にしたような気持ちになります。これから先、出会いの数だけ味わってゆきますが、それを含めファイルが厚さを増してゆくことを愛しく思います。

    今日はそんな、歳月の積み重ねと、その向こうにいる誰かの存在を感じたくなる詩をおくります。



    The Pile of Years is not so high

    As when you came before

    But it is rising every Day

    From recollection's Floor

    And while by standing on my Heart

    I still can reach the top

    Efface the mountain with your face

    And catch me ere I drop



    降り積もる歳月は

    あなたと最後に会ってから

    それほど高くなってはいない

    でも横たわる記憶の上に積もりながら

    日を追うごとに高さを増してゆく

    この心を足がかりにして

    伸ばした手が一番上に届くうちに

    あなたが顔を見せてくれたなら

    積みあがった歳月は消えてなくなるから

    ここから足を滑らす前に

    私をどうか受けとめて



    私たちが重ねる歳月は様々なものに姿を変えて、こうしている今も積みあがっているのですね。

    それは、途切れ途切れの年賀状や、整理のつかない写真や秘密の日記、描きかけの絵、読みかけのままの本、思い出せないメモや、捨ててしまった手紙にさえも。

    私たちの暮らしの中に、降りそそぐ雪のように、ゆっくりと深く積もってゆきます。

    いつの日か、歳月が宿るものすべてを消し去る時が来たら、その中のたったひとつを、この世界に残せたらいいなと思っています。

    ディキンソンがこの世を去る時に、書簡は処分して欲しいと願ったように、

    そして、箱の中に大切に残した詩が、今もこの世界に咲き続けているように。

    そんな、忘れて欲しいこと、忘れたくないこと、その狭間で揺れながら、

    またあなたの元に文を重ねます。

    あなたのいない夕暮れに。



    追伸



    恩師から遅れて寒中見舞いが届きました。

    今年からは、小さな柴犬

    • 7分
    エミリー・ディキンソン「『希望』は柔らかな羽をまとって」

    エミリー・ディキンソン「『希望』は柔らかな羽をまとって」

    あなたへ

    こんにちは。街のイルミネーションに足をとめ、白い息を深く吐きながら、新しい年へ歩みを進める時期になりました。冬らしい冷たい風吹く日が続きますが、おかわりありませんか。

    私の町に流れる川で暮らす鳥たちも、カモやカワウなど冬の鳥が主役になりました。凍りそうで凍らず流れる川をスイスイ泳ぐ鳥たちを眺めていると、バトンタッチし去っていったツバメたちのことが気になりだします。

    川の近くには、家族が勝手に名付けた「ツバメ商店街」なる場所があります。春になると、和菓子屋さんや、畳屋さん、床屋さん、それぞれの軒にツバメが巣を作ります。そして初夏の明け方には、人の数よりも多いツバメたちが商店街を飛び出し、川で飛ぶ練習を始め、やがて秋風とともに南へ旅立ちます。

    それからしばらく経ったこの時期になると、商店街の空っぽの巣を眺めては、彼らの無事を思い、遠くの空に思いを馳せます。拙い飛び方だったあの子たちは、北風から逃れ、もうひとつの故郷で南風をつかまえられただろうかと。

    春夏秋冬を通じて、ずっと我が家に居てくれる小鳥を迎えたくなる時もあるのですが、「私たちはこの『世界』という大きな同じ鳥かごの中で暮らしているんだ」そう思うと、季節にうつろう川沿いの草花を愛でるように、川を訪れる鳥たちの四季をたのしむのもいいなと思うのです。でも、この鳥かごは大きすぎて、冬の向こう側へ渡った小鳥たちの様子を見られません。そのことだけが残念です。

    「鳥たちよ、冷たい風にも元気で。激しい嵐にもどうか無事で。

    また、春に会えるのをここで待っています」

    そう祈り、願う心を、小さくても「希望」と呼ぶのでしょうか。

    今日はそんな「希望」を小鳥になぞらえた詩をおくります。

    “Hope” is the thing with feathers -

    That perches in the soul -

    And sings the tune without the words -

    And never stops - at all -

    And sweetest - in the Gale - is heard -

    And sore must be the storm -

    That could abash the little Bird

    That kept so many warm -

    I’ve heard it in the chillest land -

    And on the strangest Sea -

    Yet - never - in Extremity,

    It asked a crumb - of me.

    「希望」は柔らかな羽をまとって

    心の奥にやどり

    言葉なき心の調べを

    やすみなく さえずり続ける

    強い風にこそ その声は優しく響き

    痛みをもたらすほどの嵐に

    怯んでしまうことがあっても

    小さな鳥は 多くをあたためてきた

    私はその声を聞いたことがある

    地平線だけが広がる凍える地で

    水平線だけが続く果てなき海で

    でも どんなに耐えがたい時にあっても

    パンのひとかけすらも

    私に求めたりせずに

    この手紙を書いている間に、ちょっと嬉しい知らせがありました。

    南国の華やぐ年末行事を報じるテレビ番組に、通りをビュンビュン飛び交うツバメたちが映り込んでいました。

    商店街で暮らしていた私たちのツバメもこの中にいるのかもしれないと、今は遠くで暮らす知り合いが、通行人としてふいに画面に映り込んだような気持ちになりました。思いがけなく元気な姿を目にして、画面がじんわりと涙でくもりました。

    この大きな鳥かごも、時に便利で悪くないですね。

    あなたの心の小鳥が、冷たい風にあおられ、

    迷い傷ついたりしながらも、どうか無事で、元気で、

    • 8分
    エミリー・ディキンソン「100 年の月日が流れたら」

    エミリー・ディキンソン「100 年の月日が流れたら」

    あなたへ  



    こんにちは。今年の後ろ姿が少し見えてきましたが、「いや、まだ行かないで」と今年の袖を強く掴みたい毎日です。おかわりありませんか。  



    実は、あなたといつか一緒に行こうと話していたあの喫茶店が、久しぶりに行ってみたらなくなっていて…静かで鈍いショックから立ち直れずにいます。  



    空っぽになった店のドアに貼られた「閉店します」の張り紙には、常連さんたちの書き込みが沢山ありました。これまで何度も「最後と分かっていたら何と声をかけただろう」という思いをしてきたのに、私はまたその言葉を見つけることができませんでした。  



    最近、ちょっとした失敗や、うまくいかないことが続いています。あの喫茶店はそんな時に、こっそり心を整える場所だったので、これからはどうすればいいんだろうと戸惑っています。



    あなたとも、いろいろ落ち着いたらあの店でなんて言いながら、ずっと先延ばしにしていたことを後悔しています。自分も、世界も、きっと何もかもが落ち着く日なんて来ないから、会いたくて会える人、行きたくて行ける場所には、降る雨の隙間をぬうように会いに行きたいと思いました。  



    何もかも落ち着かないまま、いつか、みんな、終わってしまうから。  



    そんな実感はなかなか持てないけれど、よいことも、よくないことも、…よくも悪くもないことも、その全てにいつかは終わりが来るということに、少しホッとしたい夜もあります。  



    それは、「ここではないどこかへ」行ってしまいたい夜。  



    今日は、そんな「どこか」へ連れて行ってくれる詩をおくります。  



     After a hundred years  

     Nobody knows the place,--  

     Agony that enacted there,  

     Motionless as peace.  

       

     Weeds triumphant ranged,  

     Strangers strolled and spelled  

     At the lone orthography  

     Of the elder dead.  

       

     Winds of summer fields  

     Recollect the way,--  

     Instinct picking up the key  

     Dropped by memory.  

       

     100年の月日が流れたら  

     ここで苦しみを抱え  

     立ち尽くしたことなど  

     もう誰も知らない  

     静けさだけが穏やかに佇んでいる  

       

     時は緑におおわれて  

     出会うことのない人々が行き交い  

     かつて生きた誰かの  

     石に刻まれた  

     ひそやかな跡をなぞるだけ  

       

     草原をゆく風が  

     この道を振り返り  

     ふいにひらめき  

     手にするだろう  

     思い出せずにいる  

     大切な何かを  



    ---



    この詩が書かれてからまさに100年の月日が流れた時を、今、こうして生きているんだと思うと、遥か遠くから投げられたボールを、うまくキャッチできたような気持ちになります。  



    人は過去から何かを受け取ると、今をより濃く感じ、少し前を向くことができるみたいです。100年前も、そして100年後も、私たちはいなくて。結局、私たちには「今」を知ることしかできないのだと。  



    あの喫茶店はなくなってしまったけれど、100年の月日を遠く思い、果てながら続いてゆく今を感じていたら、ちょっと元気になってきました。  

    あなたにも伝わるといいなと願いながら、また手紙を書きます。  



    あなたのいない夕暮れに。



    文:小谷ふみ  

    朗読:天野さえか  

    絵:黒坂麻衣  

    • 7分
    エミリー・ディキンソン「宝ものをにぎりしめて」

    エミリー・ディキンソン「宝ものをにぎりしめて」

    あなたへ  



    こんにちは。秋と冬がすれ違うかすかな風を、スカートの裾に感じる季節になってきました。おかわりありませんか。  



    季節の変わり目は、頭痛がする日があるのですが、その引き金となる失くし物をしてしまって、ちょっと困っています。眼鏡です。手元を見る時だけにかけるので、ちょっとどこかに置いたまま忘れてしまうことがしばしばで。  



    何かを失くすたび、これまで失くしてきたものたちのことも思い出しては、「ああ、あれは結局どこに行ってしまったんだろう」と、ちょっと胸がチクリとします。



    失くしものは、日用品だったり、思い出の品だったり。物じゃないないものもあります。  

    それは、途切れてしまったあの頃の夢や、あの時の目標や。大好きだったあの人との時間や。

    それから、自分の誕生日を迎えるあのワクワク感もどこに行ってしまったんだろうと思いましたが、それは失いながら別の感情が引き出されて来ました。  

    失くしものにも「その先」があるのですね。  



    失くしたものは、今もどこかにあって、遠くからこちらを見つめている。そんな風に感じることがあります。  



    「いま、君から何が見えますか?」  



    私から離れていったものたちから、私はどんな風に見えているんだろう。失くしたものから見える景色を手繰り寄せたら、再び巡り会えるような気もして。



    そんな後ろ髪を引かれながらも、今日は「失くしたものが残すもの」が、愛しくなるような詩をおくります。  



    I held a Jewel in my fingers —  

    And went to sleep —  

    The day was warm, and winds were prosy —  

    I said "'Twill keep" —  

       

     I woke — and chid my honest fingers,  

     The Gem was gone —  

     And now, an Amethyst remembrance  

     Is all I own —  

       

     宝ものをにぎりしめて  

     眠りについた  

     その日はあたたかく  

     吹く風はいつもと変わらなかった  

    「ずっとこのままで」そう思っていたのに  

       

     目が覚めたら  

     宝ものはどこかに消えていた  

     嘘のつけないこの指を責めたくなる  

     そして今、アメジストの透き通る記憶が  

     この手のひらに残されたすべて  



    私たちは、時間や若さや、あらゆるものを失い続け、その記憶にすっと背中を支えられ、そっと押されるように、生きていゆくのですね。  



    私の失くしものは頭が痛いですが、いつかあなたが失くしたものが、あなたを見守ってくれていますように。遠くで、いつも祈っています。  



    あなたのいない夕暮れに。



    文:小谷ふみ  

    朗読:天野さえか  

    絵:黒坂麻衣  

    • 6分
    エミリー・ディキンソン「草葉はそこに佇むだけで」

    エミリー・ディキンソン「草葉はそこに佇むだけで」

    あなたへ



    こんにちは。夏の入道雲を見送り、迎えた秋の高い空にやっとひと息つけるころになりまし

    た。おかわりありませんか。



    雨上がりの今日は、午前中に久しぶりの庭仕事をしたのですが、長い梅雨、そして暑い日々

    を乗り越えて、草木も少しホッとしているように感じました。



    午後から買い物や図書館に行くつもりだったのに、思いのほか草抜きに時間と体力を奪われ

    てしまい、ひとやすみしながら、土の匂いが立ちこめる庭で手紙を書いています。



    土と同じ目線になってみたら、3ミリくらいのバッタの赤ちゃんや、5ミリくらいの小型の

    ゲジゲジ虫、地球の素肌に生まれ育つ、幼い生きものたちに出会いました。



    私たちもミリの大きさから始まって、細胞分裂を繰り返し、この大きさになってきたわけで

    すが、ここまで大きく、そして増えてしまう間に、ちょっと複雑になりすぎてしまいました

    ね。



    土から目線を上げてみれば、そこに佇む木や花たちは、自分の命を育む分だけの光や水を求

    め、周りの生きものと支え合って生きていて。



    コンクリートの上では、「生きるためだけに、生きる」ただそれだけのことが、どんなに難

    しいことかとため息が出ます。



    今日は、そんな私たちの目線を、道路脇にふと逸らしてくれるようなエミリー・ディキンソ

    ンの英語の詩に、私なりの言葉を添えておくります。



    The Grass so little has to do̶

    A Sphere of simple Green̶

    With only Butterflies to brood,

    And Bees, to entertain̶



    And stir all day to pretty tunes

    The Breezes fetch along,

    And hold the Sunshine, in its lap

    And bow to everything,



    And thread the Dews, all night, like Pearl,

    And make itself so fine

    A Duchess were too common

    For such a noticing,



    And even when it die, to pass

    In Odors so divine̶

    As lowly spices, laid to sleep̶

    Or Spikenards perishing̶



    And then to dwell in Sovereign Barns,

    And dream the Days away,

    The Grass so little has to do,

    I wish I were a Hay̶



    草葉はそこに佇むだけで

    飾り気のない緑の広がりに

    蝶は我が子をあたため

    ミツバチは遊ぶ



    そよ風が運ぶ優しいメロディに

    一日中揺られながら

    ふところに日だまりを抱き

    あらゆることに深く頷いて



    そして

    一晩中、真珠のような夜露をつなぎ

    首飾りにして身にまとうから

    どんな華やかに着飾った者も霞んでしまう



    やがて生涯を終える時も

    自らの命の匂いに包まれながら

    味を失うスパイスのように

    香り消えゆくハーブのように横たわる



    それから雨風しのげる囲いの中で

    夢うつつの日々を過ごすだけ

    草葉はそこに佇むだけで

    私は次の扉が開くのを待ちながら

    横たわるだけの草になれたらいいのに



    昼を過ぎてから、風が少し強くなってきました。



    今日は、自宅から外に出ることなく、庭の草木の気持ちになりながら、親しい友人に手紙を

    書き、詩をひっそりと残す。まさに、ディキンソンの世界そのもののような午後を過ごしま

    した。

    自分自身を生きるのにちょっと疲れた時、誰かのように過ごしてみるのもいいなと思いまし

    た。



    草木の香りを抱いた安らかな風が、あなたの住む町に吹きますように。

    願いを込めて、また手紙を書きます。



    あなたのいない夕暮れに。

    • 7分

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