29分

23区唯一の自然島に人は住んでいるのか《妙見島》#19 東京閾値

    • ドキュメンタリー

「今日は何も為なかった。心は塞ふさがれている。昼間べか舟で「長」と妙見島へ渡り、土筆を摘んだ。柳も折って来た。慰まない。寝よう。」
「今日昼「長」をのせて青べか舟で大川を漕いだ。妙見島へ上って枯草の上に仰臥て微風の温かい陽を身に浴びた。」
山本周五郎が残した「青べか日記」において、妙見島はこのように登場しております。なお「長」とは今もある吉野屋の四代目主人であった長太郎さんのこと。
この日記が書かれたのは昭和三年頃。若かりし山本周五郎が少年と連れ立って、妙見島にべか舟で上陸し、つくしを摘んだり、枯れ草の上に寝転がったり、随分と長閑な時間を過ごしたことがわかります。
筆者も松重ディレクターと連れ立って向かいましたが、そこに広がっていたのは「サイバーパンク」な工場地帯。周五郎、話が違うではありませんか。土砂運搬用の大型トラックが道路を往き交い、昼寝などしようものなら轢かれるだけです。
「青べか日記」の時代から百年近くが経過し、すっかり「工業島」となった妙見島。ここで働いている方にお話を伺おうというのが今回の『東京閾値』です。
何名かの方に簡単にお話を伺ったのですが、共通していたのは「特に妙見島に愛着はない」ということ。いくら二十三区唯一の「自然島」と言われていようが、タモリ倶楽部がやってこようが、そこに勤めている方からすれば「職場」に過ぎません。
さて、気のせいでしょうか。
午後6時を過ぎて、急激に人の数が少なくなってきています。工場の稼働もなくなり、トラックもどんどん島から出るばかり。
嫌な予感がします。
そういえば、この妙見島に住んでいる方はいらっしゃるのでしょうか。いないなら、この帰宅ラッシュを逃したら、妙見島は無人島になってしまうのでは。もしそうなったら撮れ高不足です。いよいよ島唯一の老舗ラブホテル「ルナ」の入り口で誰かくるのを待つしかないのでしょうか。
島に灯りが消え、希望も消え、宵闇に包まれる中、はるか向こうに赤い火が見えました。人魂でしょうか。いや、タバコです。希望の火です。まだ人が残っていました。でも一体、どうしてこんな時間まで。
 「会社の寮に、住んでるんですよ」
まごうことなき、妙見島で暮らしている島民でした。
大きな会社があれば、会社寮があっても不思議ではありません。
男性はこれから十分かかけて、浦安へひとり飲みに行かれるとのこと。
「青べか日記」のような長閑で楽しげな雰囲気が男性から伝わってきます。
護岸と堤防工事ですっかり輪郭が固められた妙見島。地図でみればその形状は驚くほど「べか舟」に似ているのです。
 
副読本:山本周五郎『青べか物語』と『青べか日記』
文責:洛田二十日(スタッフ)

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「今日は何も為なかった。心は塞ふさがれている。昼間べか舟で「長」と妙見島へ渡り、土筆を摘んだ。柳も折って来た。慰まない。寝よう。」
「今日昼「長」をのせて青べか舟で大川を漕いだ。妙見島へ上って枯草の上に仰臥て微風の温かい陽を身に浴びた。」
山本周五郎が残した「青べか日記」において、妙見島はこのように登場しております。なお「長」とは今もある吉野屋の四代目主人であった長太郎さんのこと。
この日記が書かれたのは昭和三年頃。若かりし山本周五郎が少年と連れ立って、妙見島にべか舟で上陸し、つくしを摘んだり、枯れ草の上に寝転がったり、随分と長閑な時間を過ごしたことがわかります。
筆者も松重ディレクターと連れ立って向かいましたが、そこに広がっていたのは「サイバーパンク」な工場地帯。周五郎、話が違うではありませんか。土砂運搬用の大型トラックが道路を往き交い、昼寝などしようものなら轢かれるだけです。
「青べか日記」の時代から百年近くが経過し、すっかり「工業島」となった妙見島。ここで働いている方にお話を伺おうというのが今回の『東京閾値』です。
何名かの方に簡単にお話を伺ったのですが、共通していたのは「特に妙見島に愛着はない」ということ。いくら二十三区唯一の「自然島」と言われていようが、タモリ倶楽部がやってこようが、そこに勤めている方からすれば「職場」に過ぎません。
さて、気のせいでしょうか。
午後6時を過ぎて、急激に人の数が少なくなってきています。工場の稼働もなくなり、トラックもどんどん島から出るばかり。
嫌な予感がします。
そういえば、この妙見島に住んでいる方はいらっしゃるのでしょうか。いないなら、この帰宅ラッシュを逃したら、妙見島は無人島になってしまうのでは。もしそうなったら撮れ高不足です。いよいよ島唯一の老舗ラブホテル「ルナ」の入り口で誰かくるのを待つしかないのでしょうか。
島に灯りが消え、希望も消え、宵闇に包まれる中、はるか向こうに赤い火が見えました。人魂でしょうか。いや、タバコです。希望の火です。まだ人が残っていました。でも一体、どうしてこんな時間まで。
 「会社の寮に、住んでるんですよ」
まごうことなき、妙見島で暮らしている島民でした。
大きな会社があれば、会社寮があっても不思議ではありません。
男性はこれから十分かかけて、浦安へひとり飲みに行かれるとのこと。
「青べか日記」のような長閑で楽しげな雰囲気が男性から伝わってきます。
護岸と堤防工事ですっかり輪郭が固められた妙見島。地図でみればその形状は驚くほど「べか舟」に似ているのです。
 
副読本:山本周五郎『青べか物語』と『青べか日記』
文責:洛田二十日(スタッフ)

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