大山顕と座二郎の消火器をみがかないでラジオ 座二郎
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- Arts
大山顕と座二郎による街歩きラジオ
大山顕 https://twitter.com/sohsai
写真家
1998年からパナソニックに勤務
団地好きとしてウェブサイトを立ち上げる
2008年写真家として独立
座二郎 https://twitter.com/zajirogh
建築家
2000年から前田建設工業勤務
通勤中に漫画を描く
2022年に退職 建築家として独立
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第33回 漫画はシャッターをきらなきゃいけない
「イシグロキョウヘイ×大山顕×佐藤大「ショッピングモールと団地を舞台に考える」
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イベントでのトーク内容について
/脚本に描かれるものは建築の図面ににている
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漫画家は脚本家もやる
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漫画でも「演技」という言葉使う。漫画はシャッターをきらなきゃいかない。蹴る瞬間を描きがちだが、振りかぶりと蹴り終わったあとのシャッター切るほうが良い。
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アニメの一枚一枚の手書きだと一枚ずつかっこよくできるが、3Dでやると変なカットが間に入ってしまう。
/アニメって気持ち良い
/結局絵なんだな
/座二郎の事務所はドローイングスペースデザインというが、座二郎は空間はドローイングで表現すべきだと思っている
/夢って「見て」いる?本当に。
/夢に色にがついているか、という話、画像が白黒だったときの流れで今はなくなっている
/夢を「見る」のが写真以降だったら面白い
/夢のステージと体の動きと関係があるという説がある/
空間の話は視覚でしか体験できないのか
/作業している時体が最初に邪魔になるという話をした/
/どうも二人なったほうがよかったね/
モール展の図録をきっかけに漫画を描くことになった(もう公開されています)/リード社のトーチにて公開中/色のノイズをどう入れるか/
大山さんの両親は最初に中野に住んでいた/その頃の新宿の話/0歳とか1歳とかのころ大山さんも飲み屋で///// -
第32回 視覚体験と写真にはほとんど関係がない
パソコン以降に使われるようになったら言葉について言葉
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解像度という言葉
保存、上書き
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プレッシャーという言葉
肩こり理論
コンプレックス
心の闇
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過労死
シャッターを切る
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暗闇に閉じこめられたフィルムを
シャッターしていた部分を開ける
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デジタルぼかしもカメラをまねてるだけ?
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ボカシって人間の視覚体験とは切り離されてる
/長い歴史で見ると
本当はカメラから解放されているのに
囚われているのでは?
/とはいえ、ボケ味のある絵は
カメラなりに
心に像に近づけた結果ではあるですよね。
/目がカメラと似ていない話
/「視覚体験と写真にはほとんど関係がない」
/「写真論」スマホの画面って小さいってことしかいってないんだよね。
/人間の目には大きさがない。
/目分量だ!
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脚本には何が書かれているか? -
第31回 「風景の発見」以上の発見についての続き
風景の発見のような
発見がもう一度ありうるかの続き/
風景は旅行と共に発見されたのだとしたら/
747の普及のときに我々は何かを発見し始めたのでは?/
「音楽が失われた世界」の話に似ているかもしれなあ/
映画とか漫画の背景の機能性について/
風景と感情を関連づけるのは嫌い/
漫符の話/
漫符のように雨を描けるか?/
レイヤーの話/
金沢で五十嵐さんがやっているアニメの展示/
アニメのセル画のように現実を捉えている/
背景でもなく感情でもないただそこにあるということができるか/
写真を発表してみると、世間には解釈をつけようとする/
いまだに風景を定義できていないのは?/
写真を風景を撮る人っている?
写真家とは相性が悪いかも/
写真の横板はランドスケープ、縦はポートレートだしね。 -
第30回 カメラのボケ味という欺瞞、風景の再発見以上の発見とは
しばらく撤収作業の雑談を放送しましたが、
ここからが、久しぶりの本放送です。
大学での授業について
立教と池袋
レポートの採点
絵がAIでないことを証明するのに、
レイヤーで証明したことを
レポートでもできないか?
完全にコピペにしろとか?
AIはレイヤー構造を使わない
AIは空間で見てないから
アクソメアイソメが描けない
現実世界には背景が存在しない
カメラと背景の出現
カメラのボケ味の罪
あだち充と高野文子はすごい
日本の漫画はいつから顔芸になったか知りたい
風景の発見レベルがこれから発見されるとしたら
面白いですね。 -
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