
S0-E1:砂田麻美監督「夢と狂気の王国」〜宮崎駿×高畑勲×鈴木敏夫の、愛憎と利害のロマンス。そしてリベラリストたちのエゴとファシズム〜
「映画の晩年」=「映画という表現の終焉」という時代の空気感から「映画は何を描き、表現してきたか」について教授、村上、ちょりの「コメンテート・アクター」3人が語り合うポッドキャスト。その「SEASON 0」はそれぞれの自己紹介を兼ねて、2エピソードずつ作品をセレクトし、語っていきます。その第一回目は、ちょりのセレクションで、彼女の人生観(あるいは死生観)、イデオロギーなどあらゆる思考の原点であり、現在も強い影響を与え続けている「スタジオ・ジブリ」の内幕を描いた砂田麻美監督の「夢と狂気の王国」(2013年)を取り上げます。作中に満遍なく描写される宮崎駿を中心とした、高畑勲、鈴木敏夫の非常に「恋愛的」な関係性、その中で浮かび上がるそれぞれの強烈すぎる個性。現代の価値観、あるいは視点において「とっても拗らせて面倒臭い」その関係性に翻弄され、宮崎駿に「若いエネルギーを吸い取られ」「目が死んでいる」と指摘されるジブリスタッフたち。そして本作の「主演女優=ヒロイン」である「三吉(さんきち)さんとの「擬似的な愛人関係」など、スタジオ・ジブリの「夢と狂気」が堪能できる。そこから見えてくるのは、まさに「夢」という甘美さ、あるいは「リベラル思想」という理想主義の現実は、どこまでも現実とは地続きの生々しい人間の感情の物語に他ならない。ましてや、スタジオ・ジブリの抱える巨大な才能、そして巨大な産業としての「現実」との乖離が、その「王国」を奇跡的に成立させているという構造は、現代社会の中で「リベラルの矛盾」として問題視され、淘汰されつつある点も、映画という表現の「生き残れなさ」と重なる部分である。トーク本編ではその部分をピックアップし、スタジオ・ジブリの「狂気」に魅せられた3人が思い思いに語ります。
CAST/教授、村上、ちょり
STAFF/DIRECTOR & EDITER:Prof MTHUMBNAIL DESIGN:Prof MILLUSTRATION:CHORISOUND STICKER:Prof M
注)トーク本編の音質が芳しくないですが、ご容赦くださいませ。今後改善していきます!ごめんなさい!(教授)
Information
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- FrequencyUpdated Biweekly
- PublishedSeptember 8, 2022 at 4:39 AM UTC
- Length1h 38m
- RatingClean