オーディオドラマ「五の線3」 闇と鮒
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- Narrativa
【一話からお聴きになるには】 http://gonosen3.seesaa.net/index-2.html からどうぞ。 「五の線」の人間関係性による事件。それは鍋島の死によって幕を閉じた。 それから間もなくして都心で不可解な事件が多発する。 物語の舞台は「五の線2」の物語から6年後の日本。 ある日、金沢犀川沿いで爆発事件が発生する。ホームレスが自爆テロを行ったようだとSNSを介して人々に伝わる。しかしそれはデマだった。事件の数時間前に現場を通りかかったのは椎名賢明(しいな まさあき)。彼のパ
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187.2 第176話【後編】
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バイクのエンジンを切った京子はそれから飛び降りた。
山小屋の入り口付近の状況は先ほどと何の変わりもない。あるのは今乗ってきたオフロードバイクだけだ。
小屋の入り口の前に立った京子はそこから再び三波の名前を呼んだ。
「三波さん。」
返事がない。
自分の声量が小さかったかもしれない。しかし大きな声を出すのは憚られる雰囲気をこの場は持っていた。京子は恐る恐る入り口扉を開いた。
暗い。壁板から漏れる明かりが中を所々照らしているが、そのほとんどが見えない。京子は中に入るために一歩を踏み出した。
すると踏み出した右足先に何かが当たった。瞬間、京子は触れてはいけないものに接触している感覚に襲われた。何かが見えるわけではない。足先の感覚だけでそのような感じを受けたのだ。彼女は咄嗟に右足を引っ込めた。
「見るな。見るもんじゃない。」175
三波が言っていたこの言葉を思い出した京子は思わず目を瞑った。
「三波さん。大丈夫ですか。」
目を瞑ったまま発されたこの言葉にも反応はなかった。
相手を気遣うような言葉が京子の口から出たが、それは自分を奮い立たせるための方便に過ぎない。そのことを京子自身は理解していた。
「三波さん。」
言葉を発することで京子はなんとか踏みとどまった。
京子はようやく目を開いた。右足に当たった何かをその目で確認しようと。
男の手の甲が彼女の視界に映った。
途端に腰から下の力が抜けた。
彼女はその場に尻餅をついた。
声が出ない。
身体も言うことを利かない。
ただ彼女の目だけは機能していた。
彼女の目はそこにうつ伏せになるように倒れる三波の姿だけを映していた。
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「熨子駐在所より本部。」
「はい本部。」
無線には富樫が出た。
「現場にて片倉京子を保護。」
富樫と側に居る片倉は安堵の声を漏らしたが、続いて報告を受けて二人は戦慄することになる。
「三波は心肺停止の状態です。」
「なんやって…。」
「頭部を撃たれた跡があります。」
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数分前、駐在が現場に到着した。
そのとき京子は小屋の外で腰を抜かすように座りこみ、放心状態だった。とりあえず彼女の安全を確認した駐在は小屋の中に入ろうとした。そのとき京子がぼそりと呟く声が聞こえた。
「三波さんが…。」
足を止めた駐在が三波がどうしたんだと聞く。すると京子は泣き出した。
このとき駐在はマズい状況が発生していると理解した。彼は懐中電灯を手にして小屋の中に入った。
入った刹那、小屋内の惨状に彼は足がすくんだ。
入り口に頭を向けてうつ伏せになって倒れているひとりの男。彼の頭部は銃のようなもので撃ち抜かれている。それによってできたと思われる血液たまりもあった。
続いて小屋内の懐中電灯で照らすと、先ず先ほどの遺体と別の仰向けの遺体と思われる男が一体。続いて壁に寄りかかる男、小屋奥でうつ伏せで倒れる男と確認できた。
「お嬢さん!三波さんは!?」
京子は力なく、あなたの足下に倒れているその人ですというような事を言った。
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「それで現場の安全は確保できとるんか。」
富樫が駐在に呼びかける。
「安全 -
187.1 第176話【前編】
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「片倉班長。報告が。」
神妙な面持ちで捜査員のひとりが片倉に耳打ちした。
「先ほどまでここに居た捜査員が逃走しました。」
「なにっ?」
「署内で電話をする奴の姿を見た同僚警察官が声をかけると、ごにょごにょ言ってその場から走って逃げだしたというものです。」
「簡単に説明してくれ。」
片倉の代わりに椎名の対応をしていた捜査員が、署内で「合図を待て」とか「追って連絡する」と電話で話す姿を同僚警察官が見たので声をかけた。その同僚警察官は彼が公安特課、とりわけ現在の片倉の側に仕えていることを知っており、そんな彼が妙な電話をしているもんだと不審を抱いたのだ。
電話の相手は誰かと尋ねると、彼は家族だと返した。しかし彼の家族は施設に入っている認知症の母親ひとりであり、その応えは明らかに嘘だった。それを指摘しようとしたところで、彼はその場から走り去ったというものである。
「目薬の男ね…。」
独り言を呟いた片倉は腕組みをして口をへの字にする。報告に来た捜査員は片倉の言葉の意味が分かりかねる様子だった。
「あの…追いましょうか。」
「いや、いい。」
「は?」
「放っておけ。今はそれどころじゃない。」
「しかし…。」
「手配だけはしておけ。今はそんなことに戦力を割くことはできん。」
「報告してきた機動隊員が、できることなら自分が捜索したいと申し出ていますが。」
「今はその機動隊員にひとりの欠けも許されん状況や。申し出は嬉しいが今は遠慮してくれ。」
「わかりました。」
「あと富樫さんをここに呼んでくれ。」
捜査員の背中を見送った片倉は呟いた。
「合図…。」
「居るよ。ずっと居る。」
「あぁいらっしゃったんですか。」
「お前ひとりにさせるわけにはいかんやろ。何せウチの司令官なんやし。」174
「このやりとりの後に、俺の隣に座っとった、目薬男が部屋から出ていった…。」
空席になっている目薬男の席に片倉は座り直す。
ドアが開く音
「お呼びでしょうか。」
「マサさん。あんたずうっと椎名のことを監視しとったんやよな。」
「はい。」
「ほやけどあいつは俺らに勘づかれんように外部と連絡を取りあっとった。」
「はい。」
「あいつの携帯とパソコン調べて、それについて何か新しいことは分かったか。」
富樫は首を振った。
「何の痕跡もありません。きっとこれら端末を使って空閑や光定、朝戸らと密に連絡を取っていたんでしょうが、それを示す決定的なもんをなにひとつ見つけられませんでした。」
「そうか…。」
片倉は目の前のモニターに映し出される椎名の姿を見たまま唇を噛んだ。
「しかしそういった電子的通信情報の痕跡を消すようなことまであいつができるとは私は思いません。これにはかなりの専門的知識と技能が求められます。したがってその手の通信に関する痕跡の消去は、椎名以外の人間によってなされていたものと考えます。」
「となると?」
「ネットカフェです。」
「爆発したあのネットカフェか。」
富樫は頷く。
「あのネットカフェっちゅうか、あの手のプライバシーが一定程度確保された空間で、なんらかの協力者と接触し、そういった端末の情報メンテナンスを受けていたものと。」
「専門的な処置か。」
「はい。先ほども申したとおり、奴のパソコンの -
186.2 第175話【後編】
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「おかけになった電話は電波の届かないところにあるか、電源が切られているため…」
「なんだよー。どこ行っちゃったのよ…。」
電話を切った片倉京子はため息をついた。
ここで待ってると言われた場所に戻ってきたのに、当の三波が居ない。
まさか心変わりしてまた家に帰ったなんて事はあるまい。体力が回復したから先を急いだのだろう。どうせすぐに私に追いつかれるのだから。
そう判断した京子は遊歩道を歩くのを止め、開けた車道の方に出た。こちらの方が舗装されている分、駆け足でもいける。彼女は三波への遅れを取り戻そうとペースを速めた。
「あなたも聞こえた?」
「はい。パンパンってなんだか乾いた音でした。」
「パンパン?」
「はい。」
「違うわよ。もっと鳴っとったわ。」
「もっと?」
「そう。パン。パンパン。パン。って」
「え?そんなに?」
「ええ。」
「それ何の音ですか?」
「いやぁ何かしらねぇ。あんまり聞いたことない音だったから。」
破裂音は京子の空耳ではなかった。しかし熨子山に住まう人間にとっても耳慣れない音であったのは確かだ。京子はくねくねとカーブが続く車道の際を早足で山頂に向かっていた。
エンジン音が山頂方面から聞こえた。それはどんどんこちらに近づいてくる。エンジン音を聞くだけで随分荒い運転をしていることが分かる音だ。困った輩が居るもんだと京子は心の中で呟いた。
やがてその車は姿を現した。アメリカ車のSUVだ。信じられないスピードでカーブを曲がったそれは、京子の横すれすれに坂を落ちるように下っていった。
このまま崖に転落して、自爆してしまえば良いのに。そう京子は内心思った。
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あれから少し時間が経ったが、小屋の中から人の気配を感じない。朝戸がひとり慌てふためいて出て行ったきりだ。
光定の言葉は本当であるならば、朝戸は今日、金沢駅でテロをする。明日や明後日の話ではない、今日だ。テロリスト朝戸がいわば潜伏していたアジトがここだとすれば、ここに奴の仲間のような者が居るはず。こんな危険な場所からはすぐにでも退散し、片倉さんに通報せねば。そう思う三波であったが、一方で妙な記憶にあるこの山小屋の中を今この目で確かめたいという欲求もそれと同様にあった。
携帯電話の画面を見るも電波がない。
伏せるように茂みに隠れていた三波だったが、いま彼はまさに山小屋の入り口扉の前にあった。
耳を澄ますも物音一つ聞こえなかった。
仮にここがテロリストのアジトだとして、例の破裂音が銃声だったとして、朝戸が逃げるようにここから出て行ったのだとして、この静寂。考えられる中の状況はひとつ。
「全滅か…。」
つばを飲み込むと、周囲の静寂に響き渡るのではないかと思えるほどの音量でそれは三波に聞こえた。
入り口である引き戸に手をかけて、ゆっくりとそれを開く。
ガタガタといかにも立て付けが悪い様子を表す音が鳴る。
この時点で中の人間には気づかれる。しかし小屋の中に目立った反応はない。
扉を開くと一畳程度のコンクリート床の玄関だった。小屋の中には明かりはなく、昼間のこの時間にもかかわらず、中はかなり暗い。ところどころ壁板の立て付けが緩んでいるところがあるせい -
186.1 第175話【前編】
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「はぁはぁはぁ…。」
息を切らして部屋の隅に膝を抱え込んで座る朝戸がいた。
彼の視線の先には横たわる男の姿が二つ。いや三つ。
何れも血液によって畳を黒く染めている。
頭痛音
「ううっ!」
金槌のようなもので殴られたのではないかと思えるほどの衝撃が自分の頭部に走る。
頭を抱えて彼はその場に倒れた。
すると左肩をじゅわっとした液体の感触が走った。なんとも言えない不快な感覚だ。しかしその不快よりも頭痛の方が勝っていた。朝戸は横になった。
すると同じく横たわっている一人と至近距離で目が合った。
彼の方は息をしていない。
頭部を銃で撃ち抜かれている。ただただ部屋の床をうっすらと開いた目で見つめているだけだ。
「またやっちまった…。」
すぐ側に一丁の拳銃が無造作に置かれていた。
「もう、俺を殺そう…。」
朝戸はそれに手を伸ばした。
しっかりとした重さのあるのコンパクトタイプのグロックだ。
その銃口を彼は自分の口に咥えた。このまま引き金を引けば、腔内を貫通して脳を打ち抜き即死する。
朝戸は躊躇うことなく引き金を引いた。
カチン
銃弾は発射されなかった。
カチンと金属音が鳴るだけで、自分の口の中を鉄のようなニオイが覆うだけだった。
「んだよ…。」
拳銃を放り投げた。
「タマなしの銃なんか持ってんじゃねぇ!!」
「やる気あんのか!!このタマなし野郎ども!!!!」
横たわったまま朝戸は絶叫した。
横たわる髭面の男と目が合った。目が合うといっても、彼の方はすでに絶命しているわけだが。
「んだよ…なんでお前らはこうも簡単に死ねるんだ…。」
「なんで俺は、お前らみたいに死ねないんだ…。」
朝戸の視界がぼやけた。しずくのようなものが目から流れ落ちてこめかみをつたい床に落ちる。
左肩辺りに感じていた液体の感触とは明らかに違うものだ。
朝戸はそのままその場でうずくまって嗚咽した。
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「え?何?今の音。」
山頂へと続く遊歩道を歩いていた片倉京子は足を止めて振り返った。
振り返った先には先輩記者の三波がぜぇぜぇと息を切らしている。
「三波さん。いま変な音聞こえませんでした?」
「え?」
「ほらなんかパンパンって何かが破裂するような音。」
「んなもん聞こえたか?」
と言うか京子、お前ペース速すぎ。そういって三波はそこに座り込んでしまった。
「今向かってる、あの山小屋の方面から聞こえたような気がするんですが。」
三波の顔色が変わった。
「パンパンって破裂音?」
「はい。」
あいにく俺にはその音は聞こえていない。
ここは熨子山山頂へ続く遊歩道。目的地の山小屋へはあと半分の距離の場所で、少し下ったところに民家が何軒かある。そこの住人にも同じ音を聞かなかったか確認してこい。
「三波さんは?」
「ちょっと疲れたから俺はここで休んでる。」
「え?」
「えって何だよ。」
「ってかバテすぎでしょ。」
「何言ってんだよ。俺、病み上がりだよ。病み上がりの俺を引っ張り出しておいてさ、すこしは労りとかないの?」
京子は三波から聞かされていた。
金沢駅で三波はある男と接触した。
結論から言うとこの男は空閑という男であった。彼は光定公信より瞬間催眠の使い手になれるようにす -
185 第174話
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マウスホイールをころころと転がし、SNSのタイムラインを流し読みする椎名の目が「日本大好き」という名前のアカウントを補足した。
ーちうつょえひいしなはひうじょんくょふ
ここで椎名の動きは止まることは無い。
他愛もないポストの連続だと言わんばかりに、椎名はタイムラインを下へ移動させた。
この部屋には自分以外の誰もいない。あるのはデスクトップ型のパソコンと部屋の四隅に設置されたカメラだけ。
椎名は大きくため息をつく。次いで首を前後左右に動かす。こうやって肩をほぐすそぶりを見せながら部屋の様子をうかがった。しばらくしても外から何の反応もなかった。
再びモニタに目を移しタイムラインを流すと、日本大好きのアカウントを再度目にした。
「2番目じゃだめだ。1番でないと意味がない。1番でないと支配される側に回る。支配される時代は終わった。」
これには椎名は特別反応を示さず、手を止めることなく画面をスクロールさせる。
ーまたもシーザー。
シーザー暗号は各文字を一定数だけシフトする方法。例えば「れもん」と言う単語がある。この言葉のそれぞれを1つ次へシフトすれば「ろやあ」となる。発行元はこの「ろやあ」の暗号文とその暗号鍵を受け手に伝えることができれば元の意味が伝わるというわけだ。
極めてシンプルな暗号であるため実用的ではない。しかし、現在椎名が置かれている立場では複雑な暗号手法は取りにくいため、隠喩以外の方法ではこういったものしか採用できない。
「日本大好き」は暗号鍵を1番としたポストをしており、これを受けて椎名は暗号文を解読するに至った。
ーちうつょえひいしなはひうじょんくょふ
ー隊長は朝戸の排除を拒否。
「あ痛たたたた…。」
声を出して椎名は目と目の間を指でつまむ。そして目を瞬かせた。
「どうした。」
部屋の中に片倉でも百目鬼でもない男の声がこだました。
「さっきから目が乾燥するんです。多分疲れ目です。」
あー痛いと言って椎名は隅にあるあるカメラの方を向いて、目をパチパチとしている。
「目薬はいるか。」
「いや結構です。」
ところでここしばらく百目鬼さんと片倉さんの声を聞いて居ないのですが、どうしたんですかと椎名は尋ねた。するとスピーカーから片倉の声が聞こえた。
「居るよ。ずっと居る。」
「あぁいらっしゃったんですか。」
「お前ひとりにさせるわけにはいかんやろ。何せウチの司令官なんやし。」
片倉の横に座り、椎名に目薬を勧めた男は席を立って部屋から出て行った。
「朝戸はどうですか。」
「行方不明。」
椎名はモニターに表示される時計を見る。時刻は14時を回ろうとしているところだ。
「空閑の逮捕、朝戸の失踪。チェス組がここに来て壊滅状態となると流石のヤドルチェンコも中止にするかね。」
「それはさせません。一網打尽にする。これがお約束ですから。」
そろそろヤドルチェンコと連絡を取りたい。そう椎名は片倉に言った。
大きく鼻呼吸をした片倉は別の捜査員に視線をやった。彼は片倉の意を汲んだのだろうか、軽く頷いた。
「どういうふうに仕向ける。」
「空閑が公安にパクられ、朝戸も失踪したと事実を告げます。以後、私が指揮を執ると。」
「不審がられないか。」
「ここまで来て撤退する方がリスクが高い。そ -
184.2 第173話【後編】
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民泊の床下から続く通路は20メートル先の廃屋に通じていた。そこには生活の形跡はなく、何者かが常駐していた様子もなかった。ただ鑑識によるとバイクのタイヤ痕のようなものが確認されており、ここに出た朝戸は、そのバイクに乗って何処かへ移動したものと考えられた。
「駄目です。目撃情報はありません。」
地取り捜査の報告を受けた岡田は肩を落とした。
「自衛隊も公安特課も踏み込んだら対象居ませんでしたって…。」
昨日、自衛隊が踏み込んだアパートは今回の民泊とは目と鼻の先だ。どちらも常時監視という力の置きようで対応していたのにこのざまだ。こいつは四方八方から無能のそしりを受けるなと、気が滅入る岡田だった。
「地下通路って随分前から準備していたんですね。」
「…そうやろうなぁ。」
彼は机に広げられた現場付近の地図を見下ろしながら、生返事でしか応えることができなかった。
「ん?いま何て言った?」
「え?」
「あれ、お前、いま何て言った?」
「あ、いや、地下通路って昨日今日作れるもんじゃないでしょ。だから相当前からこのことを想定して準備していたんですねって。」
岡田は捜査員を見て目をしばたかせた。
「それだ。」
捜査員は首をかしげて岡田を見る。
「そうだ。どれだけの歳月をかけて準備をしてきたのかは知らんが、それがこうも立て続けに当局に踏み込まれるなんて、向こうにとったらしくじり以外のなにものでもないはず。」
「そうですね…。」
「なのに向こう側が焦っているような感じがせん…それ、俺だけかな。」
例の爆破テロは本日18時の予定である。あと6時間しかない。この土壇場で予定外の状況が発生し、今焦らないでいつ焦るというのだ。
「椎名が焦っていると自分聞いています。」
そうだった。この朝戸の失踪で一番焦っているのは椎名だった。テロの首謀者が一番焦っているのだから、岡田の見当違いだ。しかしその焦りをなぜか岡田は共有できない。その焦りの現場に自分が居なかったからか。
「暴走か…。」
「はい。」
「本当に暴走かね。」
「司令塔と突然連絡が取れなくなったんです。暴走といえば暴走じゃないですか。」
「この暴走も予定通りとかやったら話変わってくるんやけど。」
しかしその線は薄い。そう百目鬼らは判断している。椎名としてもここにきて制御不能の状況を作りたくはないだろうという見立てからだ。
しかし岡田はどうも納得がいかない。
この日のため莫大な月日と費用をかけて椎名達は準備をしてきたのだ。ちょっとやそっとのことで計画をふいにするなんてありえない。多少の変更点はあっても大筋は変えずに実行されるはず。
「制御不能を偽っとるとか…。」
制御不能をもしも偽っているとしたら、どこかでそれは回復をするはずだ。
朝戸は金沢駅にやってくる。きっと来る。なぜか岡田はそんな気がした。
この岡田の感覚を上司である片倉や百目鬼が抱いていない、何てことは考えにくい。彼らも岡田と同じ考えを持っていることだろう。
となればここで朝戸の行方を捜すことに力を割くことは、無駄とは言わないまでも、それほど価値ある事であるようには思えない。金沢駅にやってくるなら、その姿を捕捉した段階で排除する。それだけでよい。
「でもこれもただの俺の憶