7分

エミリー・ディキンソン「100 年の月日が流れたら‪」‬ あなたのいない夕暮れに 〜新訳:エミリー・ディキンソン

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あなたへ  



こんにちは。今年の後ろ姿が少し見えてきましたが、「いや、まだ行かないで」と今年の袖を強く掴みたい毎日です。おかわりありませんか。  



実は、あなたといつか一緒に行こうと話していたあの喫茶店が、久しぶりに行ってみたらなくなっていて…静かで鈍いショックから立ち直れずにいます。  



空っぽになった店のドアに貼られた「閉店します」の張り紙には、常連さんたちの書き込みが沢山ありました。これまで何度も「最後と分かっていたら何と声をかけただろう」という思いをしてきたのに、私はまたその言葉を見つけることができませんでした。  



最近、ちょっとした失敗や、うまくいかないことが続いています。あの喫茶店はそんな時に、こっそり心を整える場所だったので、これからはどうすればいいんだろうと戸惑っています。



あなたとも、いろいろ落ち着いたらあの店でなんて言いながら、ずっと先延ばしにしていたことを後悔しています。自分も、世界も、きっと何もかもが落ち着く日なんて来ないから、会いたくて会える人、行きたくて行ける場所には、降る雨の隙間をぬうように会いに行きたいと思いました。  



何もかも落ち着かないまま、いつか、みんな、終わってしまうから。  



そんな実感はなかなか持てないけれど、よいことも、よくないことも、…よくも悪くもないことも、その全てにいつかは終わりが来るということに、少しホッとしたい夜もあります。  



それは、「ここではないどこかへ」行ってしまいたい夜。  



今日は、そんな「どこか」へ連れて行ってくれる詩をおくります。  



 After a hundred years  

 Nobody knows the place,--  

 Agony that enacted there,  

 Motionless as peace.  

   

 Weeds triumphant ranged,  

 Strangers strolled and spelled  

 At the lone orthography  

 Of the elder dead.  

   

 Winds of summer fields  

 Recollect the way,--  

 Instinct picking up the key  

 Dropped by memory.  

   

 100年の月日が流れたら  

 ここで苦しみを抱え  

 立ち尽くしたことなど  

 もう誰も知らない  

 静けさだけが穏やかに佇んでいる  

   

 時は緑におおわれて  

 出会うことのない人々が行き交い  

 かつて生きた誰かの  

 石に刻まれた  

 ひそやかな跡をなぞるだけ  

   

 草原をゆく風が  

 この道を振り返り  

 ふいにひらめき  

 手にするだろう  

 思い出せずにいる  

 大切な何かを  



---



この詩が書かれてからまさに100年の月日が流れた時を、今、こうして生きているんだと思うと、遥か遠くから投げられたボールを、うまくキャッチできたような気持ちになります。  



人は過去から何かを受け取ると、今をより濃く感じ、少し前を向くことができるみたいです。100年前も、そして100年後も、私たちはいなくて。結局、私たちには「今」を知ることしかできないのだと。  



あの喫茶店はなくなってしまったけれど、100年の月日を遠く思い、果てながら続いてゆく今を感じていたら、ちょっと元気になってきました。  

あなたにも伝わるといいなと願いながら、また手紙を書きます。  



あなたのいない夕暮れに。



文:小谷ふみ  

朗読:天野さえか  

絵:黒坂麻衣  


---

Send in a voice message: https://podcasters.spotify.com/pod/show/yoriso/message

あなたへ  



こんにちは。今年の後ろ姿が少し見えてきましたが、「いや、まだ行かないで」と今年の袖を強く掴みたい毎日です。おかわりありませんか。  



実は、あなたといつか一緒に行こうと話していたあの喫茶店が、久しぶりに行ってみたらなくなっていて…静かで鈍いショックから立ち直れずにいます。  



空っぽになった店のドアに貼られた「閉店します」の張り紙には、常連さんたちの書き込みが沢山ありました。これまで何度も「最後と分かっていたら何と声をかけただろう」という思いをしてきたのに、私はまたその言葉を見つけることができませんでした。  



最近、ちょっとした失敗や、うまくいかないことが続いています。あの喫茶店はそんな時に、こっそり心を整える場所だったので、これからはどうすればいいんだろうと戸惑っています。



あなたとも、いろいろ落ち着いたらあの店でなんて言いながら、ずっと先延ばしにしていたことを後悔しています。自分も、世界も、きっと何もかもが落ち着く日なんて来ないから、会いたくて会える人、行きたくて行ける場所には、降る雨の隙間をぬうように会いに行きたいと思いました。  



何もかも落ち着かないまま、いつか、みんな、終わってしまうから。  



そんな実感はなかなか持てないけれど、よいことも、よくないことも、…よくも悪くもないことも、その全てにいつかは終わりが来るということに、少しホッとしたい夜もあります。  



それは、「ここではないどこかへ」行ってしまいたい夜。  



今日は、そんな「どこか」へ連れて行ってくれる詩をおくります。  



 After a hundred years  

 Nobody knows the place,--  

 Agony that enacted there,  

 Motionless as peace.  

   

 Weeds triumphant ranged,  

 Strangers strolled and spelled  

 At the lone orthography  

 Of the elder dead.  

   

 Winds of summer fields  

 Recollect the way,--  

 Instinct picking up the key  

 Dropped by memory.  

   

 100年の月日が流れたら  

 ここで苦しみを抱え  

 立ち尽くしたことなど  

 もう誰も知らない  

 静けさだけが穏やかに佇んでいる  

   

 時は緑におおわれて  

 出会うことのない人々が行き交い  

 かつて生きた誰かの  

 石に刻まれた  

 ひそやかな跡をなぞるだけ  

   

 草原をゆく風が  

 この道を振り返り  

 ふいにひらめき  

 手にするだろう  

 思い出せずにいる  

 大切な何かを  



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この詩が書かれてからまさに100年の月日が流れた時を、今、こうして生きているんだと思うと、遥か遠くから投げられたボールを、うまくキャッチできたような気持ちになります。  



人は過去から何かを受け取ると、今をより濃く感じ、少し前を向くことができるみたいです。100年前も、そして100年後も、私たちはいなくて。結局、私たちには「今」を知ることしかできないのだと。  



あの喫茶店はなくなってしまったけれど、100年の月日を遠く思い、果てながら続いてゆく今を感じていたら、ちょっと元気になってきました。  

あなたにも伝わるといいなと願いながら、また手紙を書きます。  



あなたのいない夕暮れに。



文:小谷ふみ  

朗読:天野さえか  

絵:黒坂麻衣  


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