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「お前、俺が政治の世界に入った理由、知ってるか。」
「そんなもん知らん。」
佐竹は村上に向かって歩き始めていた。
「お前の講釈なんか聞くつもりはない。俺はてめぇを許さん。」
「ははは。佐竹、お前怒ってるな。」
「うるせェ。この気狂いめ。」
「待て。言っただろ話し合いが重要だって。」
「話して何になる。」
「お前こそどうするつもりだよ。あん?」
村上は自分の車を指さした。
「山内がどうなってもいいのか。」
佐竹は歩みを止めた。そうだ、自分は山内を救うためにこの場所に来た。警察にはできるだけ遠巻きに村上と接するように言われていることを思い出した。
「まぁ落ち着いてそこで聞け。佐竹、鍋島のこと覚えているか。」
「鍋島?」
「ああ、鍋島。」
「あいつ卒業してからなにやっていたか知ってるか。」
「…しらん。」
「マフィアだよ。」
「マフィア?」
「東京の方でな。お前も聞いたことがあるだろう。残留孤児のマフィア化ってのをよ。」
「…鍋島が?」
「以前よりも残留孤児をめぐる環境は改善されつつあるが、相変わらず社会から取り残される奴は多い。日本語の問題とか、いじめの問題とかいろいろあるが、それは別に問題の本質じゃないんだよ。鍋島のような境遇の人間が一生抱える問題はただひとつ。」
「何だ。」
「アイデンティティだ。」
「アイデンティティ?」
「ああ。あいつの様な奴も歴史的に見ればれっきとした日本人。しかし、当の日本社会がそれを受け入れてくれない。その中で自身が何者なのか分からなくなる。」
「…。」
「残留孤児1世のあいつの爺さん婆さんは、この日本に帰ってきた。だが結局のところ、ろくに日本語も話ことができず、仕事もできず、年金ももらうことができず死んでいった。あいつの母ちゃんについては鍋島と自分の親を放り出して中国に戻っちまった。どうしてこんな事になるんだ。そう、寄って立つアイデンティティが欠如してしまっているからだ。」
佐竹は雄弁に語り出した村上を黙って見つめた。
「アイデンティティってもんは自分ひとりの力で醸成されるもんじゃない。他者との関係性で構築されていくもんなんだ。鍋島は北高に来るまではあっちこっちで随分な仕打ちを受けてきた。佐竹、あいつが北高の剣道部に来た時のこと覚えてるだろ。」
覚えている。当時の鍋島の日本語は片言だった。第三者が見れば明らかに普通の日本人じゃない雰囲気だった。先輩からは中国人と言われいじめの対象となっていた。
「俺も当時は、異質な人間が自分と同じ環境にいるということを受け容れられなくて、先輩のいじめに加担したこともあった。お前もそうだろう。」
佐竹は胸が苦しくなった。確かにそういう時代があった。
「それに敢然と立ち向かったのが、一色だった。」
一色は両親を不慮の事故で無くし、親戚の家に居候をする身であった。彼の家庭環境も決して良いものではなく、いつも居候先の家族の顔色を伺う毎日だった。両親が亡くなったことによる保険金がまとまって入っていたため、生活に困ることはなかったが、やはり血は繋がっていると言えども、人の家に居候するというのは気が休まることはない。そんな彼が拠り所とするのは家庭の束縛から解放される学校での時間だった。彼は常々周囲の人間にこう漏らしていた。他人によって自分がある。しかしその他人も自分によってある。だから自分は出来るだけ精一杯努力をしようと思う。努力によって自分が成長できれば、周囲も成長する。結果、世の中は良くなると。
「あいつは体をはって先輩とやりあった。それを見た鍋島も一色と一緒に先輩に立ち向かった。あのときの稽古は稽古っていうよりも喧嘩だったな。男ってもんは不思議なもんだ。殴り合うぐらいの向き合い方が事態を変える。あの時俺は気づかされたよ。周りが変わるのをただ黙って待っていては、結局何も変わらない。自分が何かの行動を起こさないと、周りはそのまま流れて行くってな。」
鍋島に対するいじめは無くなった。周囲も鍋島を積極的にバックアップしようという雰囲気になった。彼はその時を境に剣道の練習と学業に勤しみ、2年で北高のレギュラーとなり、その後の活躍へと成長を遂げていった。
「しかし卒業後、自衛隊に入った鍋島は今まで築き上げたものを壊された。」
「何?」
「北高のあいつは日本人、鍋島惇だった。しかしあそこでは違った。」
「どういうことだ?」
「隊内では中共のスパイとか、アカとか言われ、日本人鍋島惇としての尊厳を傷つけられた。」
村上は地面に転がっている石ころを河北潟向けて思いっきり蹴飛ばした。
「日本人鍋島惇として懸命に再起を図ろうとするあいつに、あの中の連中はそれを真っ向から否定することをやった。」
「そんな…。」
「あいつの寄って立つものが音を立てて崩れていった。あいつはしばらくして除隊。しかし爺さん婆さんには金を作らなければならない。各地を点々とし、最終的には自分と同じような境遇を持つ残留孤児2世3世が組織する地下組織と接点を持ち、金を作るようになった。」
村上は佐竹の方へ足を進め始めた。佐竹は彼との距離を詰めないように少しずつ後ずさりした。
「俺はこの現状が許せなかった。育った環境が違うだけで、同じ日本人でありながら生き方の修正を余儀無くされるなんてあってはいかん。何が法の下の平等だ。法治国家だ。そんなもん糞にもならんお題目だ。」
佐竹に向かって歩いてくる村上の言葉に熱が帯びてきた。
「お前には何度も言っているだろう。この国の国会議員って奴はどうにもならん奴ばかりだって。利益をいかに地元に引っ張ってくるか。そのために政争でいかに勝利するか。どうすれば選挙に勝つことができるか。そんな事ばっかりで、本当に大事な国としてやるべきことを放ったらかしにしてるんだ。俺はこんな腐った政治を立て直したい。自分の力ではどうにもならないことで、足掻き、苦しみ、救いを求めている人間を何とかして助けてやりたい。そのためにはいつまでも俺は秘書なんかやってられないんだ。俺が議員にならないといけないんだ。」
「…村上、だから何なんだ。」
「何?。」
「お前が言っていることは正しいとしても、だから何なんだ。お前は何を言いたいんだ。お前が何を言っても、お前は…。」
佐竹は口籠った。
「お前は?」
「お前は…。」
「お前は、何なんだ?ん?佐竹。」
「…人殺しだ。」
「…ほう。」
村上は足を止めた。
「俺が人殺しだと?」
「そうだ…。」
「どうしてお前、そんなことが言えるんだ。」
「何言ってるんだ。そこにいるのは一色だ。お前はあいつを殺した〓︎」
「違う。」
「え?」
「あいつは鍋島が殺した。穴山も井上も鍋島が殺した。」
「な…。」
「俺はその鍋島を殺しただけだ。」
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- Published12 August 2020 at 16:00 UTC
- Length12 min
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