オーディオドラマ「五の線」リメイク版

闇と鮒
オーディオドラマ「五の線」リメイク版

ある殺人事件が身近なところで起こったことを、佐竹はテレビのニュースで知る。 容疑者は高校時代の友人だった。事件は解決の糸口を見出さない状況が続き、ついには佐竹自身も巻き込まれる。石川を舞台にした実験的オーディオドラマです。現在初期の音源のリメイク版を再配信しています。 毎週木曜日午前0時配信の予定です。 ※この作品はフィクションで、実際の人物・団体・事件には一切関係ありません。

  1. 26/08/2020

    81,【最終話 後編】12月24日 木曜日 15時53分 金沢北署

    81.2.mp3 現場に一人残された村上は震える手で井上の顔面めがけてハンマーを振り下ろした。何度も。彼の身につけている白いシャツにおびただしい量の血液が付着した。 その後、塩島の携帯で警察に通報した村上はひとまず山頂を目指した。山頂から麓まで一気に駆け下りることができる場所ががあることを村上は高校時代の鬼ごっこで知っていた。しかしその山頂には間宮と桐本がいた。自分の姿を目撃され万事休すと思った時だ。気がつくと目の前に二人が倒れていた。おそらく自分がやったのだろう。無我夢中だったためなのか全く記憶にない。村上はこれも一色の犯行とするため、2人の顔面を破壊したのだった。 鍋島と村上は20日の午前3時ごろに落ち合った。鍋島が仁熊会経由で用意した車のトランクには、頸部をナイフで切られた変わり果てた姿の一色があった。一色を村上のトランクに移し、鍋島は七尾で休む旨を伝えその場から去った。一人になった村上は一色をそのまま乗せ、ひと気がない河北潟放水路近くの茂みにそれを埋めた。20日の検問時にトランクにかぶら寿司を載せていたのは、遺体が放つ匂いのようなものが警察に気づかれないようにするための工作であったようだ。 村上は一色の遺体を埋めながら考えていた。 束縛と鍋島は言った。赤松の父親も、一色も穴山も井上も四年前の病院横領に関係する人間も皆、鍋島が自分の手で始末した。このままこれらの犯行を闇に葬り去るのは容易なことだ。だがそれは鍋島を束縛しているものから解放させることになるのだろうか。鍋島がこうなった原因はすべて村上隆二という自分にある。自分という存在が鍋島を束縛している。ならば鍋島を束縛から解放させる方法はひとつしかない。自分が消えることだ。 ー俺が消える? ーそうだ…俺が消えればいい。 一色を埋める手を止め、村上は彼の懐にあった拳銃を手にとった。そしてその銃口を自分のこめかみに当て、引き金に指をかけた。 しかしそれを引けない。目を瞑って歯を食いしばり、右手に精一杯の力を込めるが指だけが動かない。ほどなく彼はそれを落とした。 ー無理だ…。俺にはできない。 大粒の涙が村上の頬を伝った。 ー俺は。俺は何やってたんだ…。 ー鍋島ひとりも救えず、何が大義だ。 彼は溢れる涙を拭うことなくそのまま一色に土を被せていた。 ー鍋島。せめてお前を束縛から解放してやる。時期に俺も行く。 その日の昼に村上は七尾で鍋島を殺害した。 「なるほど。鍋島がコンドウサトミの名前をおりあらば使用しとったのは、どんどんキツくなる束縛から解放してくれる存在を潜在的に求めとったからねんな。」 古田はこう言ってソファに身を預けた。 「足がつきやすい状況をあえて作っとったか…。」 「あの…村上さんは大丈夫ですか?」 「村上ですか?あいつは病院です。容体は回復してきています。」 「いえ、そうじゃなくて。」 「何ですか?」 「あの…あの人、言っていたんです。」 国立石川大学付属病院の廊下を男が俯き加減で歩いていた。ニットキャップを深くかぶり、黒のコートをまとった彼は両手をポケットに突っ込んだまま、足早に歩いている。夕方という時刻もあり、外来患者がほとんどいない大学病院内の人はまばらだ。彼はエレベータに乗り込んだ。中に

    13 min
  2. 26/08/2020

    81,【最終話 前編】12月24日 木曜日 15時53分 金沢北署

    81.mp3 「どうや。」 片倉の問いかけに古田は頭を振った。 「ほうか…。」 抜け殻のように取調室で佇む佐竹を窓から覗きこみながら、片倉はため息をついた。 「あぁトシさん。村上のほうは回復しとるみたいやぞ。」 「おう、ほうか。」 「意識ははっきりしとるし、じきに取り調べもできるやろ。」 「…岡田のタックルがなかったら、今頃全部ぱあやったな。」 古田と片倉は取調室を後にした。彼らは北署一階にある喫煙所へと向かった。 「どうなったんや。佐竹の立件。」 古田の問いかけに片倉は苦い顔をした。そして頭を掻いた。 佐竹が村上を撃ってしまった要因のひとつに、佐竹に村上の情報を聞き出してくれと依頼した、警察側の落ち度もある。これが世間に明るみになると、違法捜査の上、民間人を巻き込んだとマスコミ各社から叩かれるだろう。提案者の古田も採用者の松永も、本部長の朝倉も、現場に居合わせた片倉も相応の処分がされる。現時点ではマスコミには容疑者村上が佐竹を害する恐れがあったので、やむなく狙撃したと発表している。 途中、北署正面玄関口のロビーを通過した。事件当日には大手マスコミ各社をはじめとした報道関係者が、北署の前にずらりと並んでいたが、それはいま見る影も無い。マスコミ関係者らしき人間が時折、捜査課辺りをウロウロしている程度である。 「処分保留。釈放やな。」 「上はそう言っとるんか?」 「ああ…。」 「本当にそれでいいんか?ワシは処分を甘んじて受けるわいや。」 古田のこの言葉に再度片倉は苦い顔をした。 「トシさん。あんたはもう時期定年。やからそれでいいかもしれんけど、俺とか松永とか本部長はどうすれんて。生活とか家族とかいろいろあるやろいや。」 「んなもん知らんわいや。」 「だら。」 「だらっておまえ…。」 「あのな、トシさんひとりの問題じゃねぇげんぞ。」 「何言っとれんて、当初発表したマル被は死んでました。んで別の人間でした。でもその人間は逮捕時に怪我をしたんで、いま病院ですって時点で警察全体の信用失墜やがいや。」 「ほんな事よりも世間は別の方を見とる。トシさんも分かっとるやろいや。」 「本多か。」 ふたりは喫煙所に入った。そして煙草を加えてそれに火をつけた。 「そりゃそうやわ。おとといの朝入った検察のガサの方が世の中的にはでかい話なんや。何しろ本多、マルホン建設、仁熊会、金沢銀行、役所そして警察が関わる大不正事件。政界の大物が失脚する可能性があるスキャンダルやぞ。」 「それはそれやろいや。とにかく今回のヤマはワシの提案が佐竹を巻き込ませた。これはどう考えてもワシの落ち度や。」 「なのなぁ、検察のヤマはウチら県警が絡んどるって時点でズタズタなんや。ほんねんにわざわざおーいこっちの熨子山のやつにも残念な話があるぞってマスコミに手を上げることはねぇやろ。」 古田は黙った。 「いま世間の耳目はあの政官業の癒着の話で持ちきりよ。」 「ワシはそれが気に食わんげんて。」 「どこが?」 「どいや、今のマスコミは旧来型の利権構造の闇を司直が裁くって構図で話を作っとるやろいや。何とかして与党の大物政治家を引きずり下ろそうって躍起や。けどな、あっちはいいもんでこっちはわるもんなんて、ほんな単純な構造じゃね

    19 min
  3. 19/08/2020

    80,【後編】12月21日 月曜日 20時09分 河北潟放水路

    80.2.1.mp3 静寂の中、銃声が鳴り響いた。 目の前が真っ暗になった。 撃たれた。 俺は村上に撃たれた。 撃たれた? 痛くない。 そうか脳をやられたか。 いや、ならばこんなに頭が働かないはずだ。 眩しい。 なんだこの光は。 そうか俺は死ぬのか。 寒い。 風が寒い。 地面も冷たい。 地面? なんで地面が冷たいってわかったんだ。 手が動く。 痛くない。 まさか。 佐竹は目を開いた。 彼は無意識のうちに目を瞑って地面に倒れこんでいたようだ。彼は即座に身を起こした。すると村上の姿が目に飛び込んできた。彼はその場にうずくまって自分の右腕を抑えていた。 「ふーっ。ふーっ。」 佐竹は気がついた。さっきまで闇であった周囲が明るい。まるで昼間のようだ。その光源はどうやら放水路の上からのもののようである。 「よし。確保だ。」 双眼鏡を外した松永は無線で警備班に指示を出した。それを受けて放水路の上に待機していた警備班が一斉にそれを降り始めた。 「どうだ。保険ってもんはかけておくべきだろう。」 古田と片倉は唖然としていた。 「動機の部分は明らかにはされていないから、決定的とは言えない。しかしやむを得んだろう。これ以上、佐竹を危険に晒せない。」 「そうですね…。」 「片倉。古田。お前たちは村上の怪我が落ち着いたらヤツの取り調べを頼む。俺はここまでだ。俺は一色を回収する。」 松永は眼下に見える二人の姿を背にした。 「待って下さい理事官。」 双眼鏡を覗き込んでいた古田が言った。 「まだです…。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 佐竹の目の前にいる村上の腕からは血が流れ出していた。 「ふーっ。ふーっ…。」 村上の息遣いは荒い。彼が息をするたびに白いものが吐き出される。 「佐竹…。てめぇ…。俺を嵌めやがったな…。」 「動くな!そのままその場にうつ伏せになれ!」 遠くの方から拡声器を使った声が聞こえる。この指示は何度も繰り返された。 「くそっ…。これで俺も終わりか…。」 村上は警察の指示に従って、そのままうつ伏せになった。 その様子を見ていた佐竹の目に、地面に落ちた拳銃が飛び込んだ。 「さ、佐竹…。」 村上の後頭部に冷たい金属の感覚があった。 「佐竹!何をやっている!銃を捨てろ!」 「ほ、ほら…。佐竹。警察がああ言ってるぞ…。」 「ああ言ってるな。」 撃鉄を起こす音が村上の後頭部に響く。 「な、なぁ。佐竹…落ち着け…。そこで引き金なんか引いたら真実は闇の中だ…ぞ…。」 「佐竹!銃を捨てろ!」 佐竹は銃口を後頭部から外した。 「そうだ…。そうだ。それでいい…。落ち着け…な…佐竹…。」 銃声がこだました。 「あ…あ、あ…。」 うつ伏せになったままの村上から大量の血液が流れ出した。 「ぐはっ…。さ、佐竹…。マジか…。」 「佐竹!銃を捨てろ!」 「ひ、ひひ…。」 佐竹は再び村上に銃口を向けた。 「これで、お前も…人殺しだ…。」 放水路の門が開くサイレンがなった。佐竹は口を開いた。しかしこのけたたましい音によって彼の発する言葉が聞こえなかった。 佐竹は引き金に指をかけた。 それからの記憶は無い。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5

    8 min
  4. 19/08/2020

    80,【前編】12月21日 月曜日 20時09分 河北潟放水路

    80.1.mp3 「俺はその鍋島を殺しただけだ。」 「え…。」 「確かにお前が言うとおり、俺は人殺なんだろう。しかしお前は事実関係を間違って認識している。」 「な、なんで…。」 「理由はいろいろある。」 村上はポケットに手を突っ込んで地面だけをみていた。 「いや…待て…俺はお前の言っていることがわからない…。お前、いま鍋島のような境遇にある人間を救うために政治家になろうとしているとか言ってただろう。」 村上は佐竹と目を合わせない。 「なに適当なこと言ってんだよ…。」 村上は佐竹に背を向け、河北潟を見つめた。 「なぁ村上。これは何かの間違いだ…。なぁ間違いだよな。…そうだ嘘だ。そう嘘…。」 「佐竹。残念だが全て本当のことだ。」 佐竹は絶句した。膝から崩れ落ちた。体に力が入らない。 「お前が言ってることちやってること…矛盾するじゃねぇか…。」 「…そうかもしれないな…。」 「残留孤児の地位向上がお前の信条なんだろ?え?…なのに、何でその当人の鍋島を殺さないといけないんだ〓︎」 村上は佐竹の方を見ずに俯いたままである。 「何でだよ…何でなんだよ〓︎それで、鍋島が何で殺人鬼みたいな事をしないといけないんだ?で、なに?一色がお前にとって都合が悪かった〓︎意味わかんねぇよ〓︎」 村上は佐竹の姿を見た。佐竹の顔は涙とか汗とか、憎しみとも悲しみともつかない表情をしていた。 「佐竹さぁ…。」 佐竹から見る村上には表情がない。 「俺だって鍋島を殺したくはなかった。佐竹…。でも結果として俺はこの手で人を殺めてしまった。」 村上は自分の右手のひらを見つめた。 「でも…こうするしかなかった…。」 「…。なんでお前はその救うべき対象の鍋島を手にかけた…。」 手のひらを見つめていた村上は顔を上げて佐竹の表情を見つめた。佐竹はまっすぐ村上を見つめている。 「…それに答えたらお前、俺に協力してくれるのか。」 「俺はそういうことを言ってるんじゃない。」 村上はため息をついた。そしてポケットに突っ込んでいた手で頭を掻いた。 「佐竹。お前もか…。」 「お前もか?」 「ああ。」 「村上、お前誰と一緒にしてるんだ。」 「お前もそうやって、いち日本国民としてなんの行動も起こさずに、俺の行く手を遮るのか。」 村上は自分の腰元にゆっくりと手をやった。左手でベルトのあたりを押さえつけ、右手を左腰のあたりに当てる。その様子を見ていた松永は即座に無線機に口をつけた。 「警備班。狙撃準備。村上に照準を合わせろ。」 「了解。」 「まってください理事官。早まらんといてください。」 片倉が松永を制するように言った。 「あいつを撃つのはダメです。今までの詰めが全部ぱぁになります。」 「片倉、心配するな。保険だ。」 「しかし警備班が引き金に指をかけると、何かの拍子になんてことも考えられます。」 「理事官。片倉の言う通りです。ここはもう少し佐竹と村上のやりとりを見守りましょう。」 「古田警部補。もしものことがあればどうするんだ。」 「それは…。」 「人ひとりの命がかかってるんだ。」 「…確かにそうですな…。」 「お前ら、大事なことを見失うな。」 松永の一喝に古田と片倉は黙り込んだ。松永の言うことは間違っていない。 「佐竹。お前も結局何も分からん

    12 min
  5. 12/08/2020

    79,【後編】12月21日 月曜日 19時49分 河北潟放水路

    79.2.mp3 「お前、俺が政治の世界に入った理由、知ってるか。」 「そんなもん知らん。」 佐竹は村上に向かって歩き始めていた。 「お前の講釈なんか聞くつもりはない。俺はてめぇを許さん。」 「ははは。佐竹、お前怒ってるな。」 「うるせェ。この気狂いめ。」 「待て。言っただろ話し合いが重要だって。」 「話して何になる。」 「お前こそどうするつもりだよ。あん?」 村上は自分の車を指さした。 「山内がどうなってもいいのか。」 佐竹は歩みを止めた。そうだ、自分は山内を救うためにこの場所に来た。警察にはできるだけ遠巻きに村上と接するように言われていることを思い出した。 「まぁ落ち着いてそこで聞け。佐竹、鍋島のこと覚えているか。」 「鍋島?」 「ああ、鍋島。」 「あいつ卒業してからなにやっていたか知ってるか。」 「…しらん。」 「マフィアだよ。」 「マフィア?」 「東京の方でな。お前も聞いたことがあるだろう。残留孤児のマフィア化ってのをよ。」 「…鍋島が?」 「以前よりも残留孤児をめぐる環境は改善されつつあるが、相変わらず社会から取り残される奴は多い。日本語の問題とか、いじめの問題とかいろいろあるが、それは別に問題の本質じゃないんだよ。鍋島のような境遇の人間が一生抱える問題はただひとつ。」 「何だ。」 「アイデンティティだ。」 「アイデンティティ?」 「ああ。あいつの様な奴も歴史的に見ればれっきとした日本人。しかし、当の日本社会がそれを受け入れてくれない。その中で自身が何者なのか分からなくなる。」 「…。」 「残留孤児1世のあいつの爺さん婆さんは、この日本に帰ってきた。だが結局のところ、ろくに日本語も話ことができず、仕事もできず、年金ももらうことができず死んでいった。あいつの母ちゃんについては鍋島と自分の親を放り出して中国に戻っちまった。どうしてこんな事になるんだ。そう、寄って立つアイデンティティが欠如してしまっているからだ。」 佐竹は雄弁に語り出した村上を黙って見つめた。 「アイデンティティってもんは自分ひとりの力で醸成されるもんじゃない。他者との関係性で構築されていくもんなんだ。鍋島は北高に来るまではあっちこっちで随分な仕打ちを受けてきた。佐竹、あいつが北高の剣道部に来た時のこと覚えてるだろ。」 覚えている。当時の鍋島の日本語は片言だった。第三者が見れば明らかに普通の日本人じゃない雰囲気だった。先輩からは中国人と言われいじめの対象となっていた。 「俺も当時は、異質な人間が自分と同じ環境にいるということを受け容れられなくて、先輩のいじめに加担したこともあった。お前もそうだろう。」 佐竹は胸が苦しくなった。確かにそういう時代があった。 「それに敢然と立ち向かったのが、一色だった。」 一色は両親を不慮の事故で無くし、親戚の家に居候をする身であった。彼の家庭環境も決して良いものではなく、いつも居候先の家族の顔色を伺う毎日だった。両親が亡くなったことによる保険金がまとまって入っていたため、生活に困ることはなかったが、やはり血は繋がっていると言えども、人の家に居候するというのは気が休まることはない。そんな彼が拠り所とするのは家庭の束縛から解放される学校での時間だった。彼は常々周囲の人

    12 min
  6. 12/08/2020

    79,【前編】12月21日 月曜日 19時49分 河北潟放水路

    79.1.mp3 「一色が死んでるよ。」 「え…。」 「見てみろよ。佐竹。」 「な、何を馬鹿なことを…。」 「見てみろよ〓︎佐竹〓︎そこを掘ってみろ〓︎」 佐竹は村上が指す場所へゆっくりと足を進めた。うっそうと茂る枯れ草を手と足を使って掻き分けて歩く。15歩ほど進んだところで、枯れ草がなくなっている箇所に出た。彼はライトアップされる内灘大橋からのわずかな灯りを頼りに、その地面を注視した。地面は周囲のものとは色が異なり、最近掘り起こされ再び土が被せられた様子が明らかに認められる。 「ま、まさか…。」 彼はその場にしゃがみ、被せられている土を手で掘り起こそうとした。しかしそれはしっかりと踏み固められ、寒さにかじかむ手を持ってでは難しい。何か硬いものが必要だ。佐竹はとっさに懐から折りたたみ式の携帯電話を取り出し、それを開いてスコップがわりに土を掘り起こした。夢中だった。何度か携帯で地面を掘り、そこが柔らかくなったのを見計らって両手で土を掻き分ける。その時、人の手のようなものが目に入った。 「うわっ〓︎」 佐竹は腰を抜かした。 「あ、あ、ああ…。」 後退りをするも、土の中から人の手が見えるという奇異な光景に何か惹きつけられたのか、佐竹はゆっくりとそれに近づいて、再びその土を除け始めた。手の甲しか見えなかったものが、指が明らかになった。どうやらこれはスーツにを身にまとっている。佐竹は目の前の人間に触れないように注意深く周囲の土を除けた。そして肩が見え、首元が露わになった時、佐竹は手を止めた。大きく息を吸い込んで吐き出す。彼は意を決して顔が埋まっていると思われる周囲の土を退かした。口元が見えた。彼は暗闇の中で目を凝らした。 「一色…。」 佐竹の目には右口元の黒子が映っていた。一色の顔の最大の特徴である。彼はここで手を止めた。これ以上変わり果てた一色の顔は見たくない。 「おーい。佐竹ぇ。いたかぁ。」 佐竹は冷たくなった一色の手を握った。その握った手の甲にポツリと滴が落ちた。佐竹の目からは涙が溢れ出てきていた。握るその手は次第に震え出す。彼は一色の手をそっと置いて拳を握って立ち上がった。 「まぁこういうことだ。佐竹。」 「村上…。これか、お前が話したかったことは…。」 「そうだ。」 「俺にこんなこと話してどうする気だ〓︎」 村上は真っ暗な空を見上げて、白い吐息を吐き出した。 「お前にも分かって欲しかったんだよ。」 「は?」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「え?もう一度お願いします。」 「塩島は残留孤児なんだ。」 「残留孤児?」 片倉と古田、そして松永は内灘大橋の袂に駐車してある、誰もいない佐竹の車のそばで朝倉から入った無線に聞き入っていた。 「ああ、村上の政治信条のひとつに、この残留孤児問題の解決というものがあってな。あいつは中国残留孤児ネットワークの幹事も務めている。残留孤児というものはその大半が壮年期になって日本に帰って来た者ばかり。幼少期を中国で過ごしているため、ろくに日本語を習得できない。だからもちろん仕事もできず、その大半が生活保護やボランティアの寄付で生活をしている。だがそういう環境の中でもなんとか這い上がろうと努

    10 min
  7. 05/08/2020

    78,12月21日 月曜日 19時08分 内灘大橋

    78.mp3 河北潟放水路に架けられた内灘大橋は、この辺りに飛来する白鳥と雪吊りをイメージした斜張橋である。この橋は夜になると色とりどりのライトで照らされる。漆黒の闇に鮮やかな光で浮き上がる内灘大橋の姿は美しく、これを目当てに訪れる者は多い。 彼は村上が言っていた大橋の袂に位置する駐車場に車を止めた。ここから見る大橋は美しかった。目の前に見える95mもの主塔の姿は雄々しくもあり、光によって照らされているため何処か幻想的でもあった。佐竹はエンジンをかけたまま車から降りた。そしてあたりを見回した。何台かの車がこの駐車場に止まっている。しかし村上らしき存在を確認できない。 ー早かったか。 佐竹は車内からコートを取り出して、それを纏った。橋からすぐ先の日本海が闇として見える。そこからの冬の海風は凍てつくという表現がぴったりだ。耳や手などのやむなく露出する肌の部位をその風は容赦無く痛めつけた。流石にこんなところで待っていられない。佐竹は再び車の中に移動した。矢先、電話がなった。村上である。 「お前どこだ。」 「お前が言った通りに橋の袂まできた。」 「じゃあそこで車を降りろ。そのまま歩いて橋の下の放水路のあたりまで来い。」 「何で歩きなんだよ。車で行くよ。さみぃだろ。」 「おい。佐竹おまえ、いま自分が立たされている立場を考えろ。」 「なんだよ。」 「お前は俺の指示通りに動け。いちいち口答えすんな。」 確かに村上の言う通りだ。今の佐竹は人質がとられている状態。もう少し村上には従順にふるまった方がいい。 「わかった。」 佐竹はエンジンを切ってそのまま橋の下に通じる、整備された細い遊歩道を歩き出した。 「下に降りたらそのまま海側まで進め。俺は放水路の袂にいる。」 そう言って電話は切れた。佐竹は身を竦めた。寒風が肌を刺す。 夜の山は闇だ。しかし海も同様に闇。山は闇が自分を覆い尽くすような感覚を覚えるが、海の場合は途方もない大きな闇の空間がぽっかりと口を開けているようにも思える。それは自分を吸い込む勢いを感じさせるものだ。佐竹は時折周囲を見回しながら、村上のいる方へ歩んだ。警察が万全の体制で自分と山内を守ってくれているらしい。しかし、それらしい人影も何もない。 「それならあいつに分からんように、人員を配備するだけですわ。」 古田はこう言っていたが、本当に警察は自分を守っていてくれているのだろうか。まだその要員はここに到着していないのだろうか。佐竹は悶々としながら足を進めた。橋の袂から10分ほど歩いただろうか、佐竹は30メートル先に見える放水路の傍に一台の車が止まっているのを目視した。マフラーから蒸気が出ていることから、エンジンをかけたままである事がわかる。 車から男が降りてきた。彼は濃紺のコートを纏っていた。 ー村上。 「佐竹さんはなるべく遠巻きに村上と接してください。」 佐竹は村上から5メートルの距離で立ち止まった。 「山内さんは。」 村上は車を指差した。 「心配すんな。何もしていない。」 「彼女を帰せ。」 村上は肩をすくめてやれやれといった風の素振りを見せた。 「まだだ。」 佐竹は拳を強く握りしめた。彼の物言いにこのまま村上の側までいって、渾身の一撃を喰らわせてやろうと思った

    18 min
  8. 29/07/2020

    77,【後編】12月21日 月曜日 19時00分 金沢北署

    77.2.mp3 「警備部課長補佐。」 「はっ。」 該当する若手の職員が立ち上がった。 「今この時点からお前が警備部課長代理だ。キンパイだ。速やかに警備部の精鋭を内灘大橋に派遣せよ。くれぐれも対象に気づかれるな。念のため狙撃班も連れて行け。警備部長には話を通してある。」 「はっ。」 朝倉の指示を受けた彼はその場から駆け足で去って行った。 朝倉が出す凄みと突然の警備課長の更迭が捜査本部内を空気を引き締めていた。それに加えて狙撃班の出動を朝倉が命じたことで場の雰囲気は張り詰めたものとなっていた。 「諸君。今まで察庁の無慈悲な指示によく耐えてくれた。これも本件を確実に立件するために必要なことだった。しかし今からは違う。私が全責任を負って指揮を取る。諸君は今まで培ってきた経験と勘、知識、人脈の全てを動員して、この2人の情報を集めて欲しい。本件捜査は明日ロクマルマルを持って終結させる。」 朝倉がなぜ捜査に期限を区切るのか。この場の捜査員も片倉と同じく疑問を感じた。しかし目の前の朝倉の表情から覚悟のほどが受け止められる。捜査員たちは誰も何も言わず、彼の命令の意を組もうとした。 ひとりの捜査員が手を上げた。 「鍋島に関してですが、報告したいことがあります。」 「所属は。」 「北署捜査一課です。」 「よし聞こう。」 「小西が小松空港から熨子町まで乗せた、鍋島と思われる人物についての追加情報です。小松空港からタクシーに乗ったということで、当時の小松空港着の飛行機の搭乗履歴を調べました。」 「おう。」 「しかし、鍋島惇という名前はありませんでした。なので小西の供述をもとに作成した鍋島と思われる男の似顔絵と、鍋島惇という男が同一人物かの確証がありません。」 この報告に場内の捜査員からは落胆の声が漏れた。 「おい、ちょっとそれ見せれま。」 彼の側に座っていた別の捜査員が、彼が手にする搭乗履歴を奪い取って指を指しながらしげしげと読み込んだ。 「これ、まさか…。」 「どうした。」 「…コンドウサトミの名前があります。」 「なにっ?」 周囲にいた捜査員たちは男の元に集まってきてその資料を読み込んだ。 この場にいる捜査員たちはコンドウサトミが6年前の熨子山の事故で登場したことは知らない。しかし七尾の殺しの現場となった物件の契約者がその名前であったため、彼らはガイシャのことを暫定的にコンドウサトミと読んでいた。 現場捜査員はただの機械であるとの松永の方針によって、自分の頭で考えることを封印していた捜査員たち。そんな彼らは縦割りで、誰がどういった捜査をしているかわからず、横の連携が全くない状態だった。 しかし今、鍋島の追加情報がこの場で発表されることでその封印は解かれた。その場の捜査員たちは意見を交換し始め、各々が自身の経験や知識を総動員して推理し、議論を始め出した。 「コンドウサトミは鍋島ということか。」 「となると、七尾で殺されたのは鍋島か。」 ここで朝倉の携帯が震えた。松永からである。 「どうした。」 「いま、七尾中署から連絡が入りました。コンドウサトミは鍋島のようです。不動産屋にサングラスをかけた鍋島の顔、サングラスをかけていない鍋島の高校時代の顔、村上の写真の三つを見せたところ、サングラスを外した

    12 min

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ある殺人事件が身近なところで起こったことを、佐竹はテレビのニュースで知る。 容疑者は高校時代の友人だった。事件は解決の糸口を見出さない状況が続き、ついには佐竹自身も巻き込まれる。石川を舞台にした実験的オーディオドラマです。現在初期の音源のリメイク版を再配信しています。 毎週木曜日午前0時配信の予定です。 ※この作品はフィクションで、実際の人物・団体・事件には一切関係ありません。

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