オーディオドラマ「五の線」リメイク版

闇と鮒
オーディオドラマ「五の線」リメイク版

ある殺人事件が身近なところで起こったことを、佐竹はテレビのニュースで知る。 容疑者は高校時代の友人だった。事件は解決の糸口を見出さない状況が続き、ついには佐竹自身も巻き込まれる。石川を舞台にした実験的オーディオドラマです。現在初期の音源のリメイク版を再配信しています。 毎週木曜日午前0時配信の予定です。 ※この作品はフィクションで、実際の人物・団体・事件には一切関係ありません。

  1. 26/08/2020

    81,【最終話 後編】12月24日 木曜日 15時53分 金沢北署

    81.2.mp3 現場に一人残された村上は震える手で井上の顔面めがけてハンマーを振り下ろした。何度も。彼の身につけている白いシャツにおびただしい量の血液が付着した。 その後、塩島の携帯で警察に通報した村上はひとまず山頂を目指した。山頂から麓まで一気に駆け下りることができる場所ががあることを村上は高校時代の鬼ごっこで知っていた。しかしその山頂には間宮と桐本がいた。自分の姿を目撃され万事休すと思った時だ。気がつくと目の前に二人が倒れていた。おそらく自分がやったのだろう。無我夢中だったためなのか全く記憶にない。村上はこれも一色の犯行とするため、2人の顔面を破壊したのだった。 鍋島と村上は20日の午前3時ごろに落ち合った。鍋島が仁熊会経由で用意した車のトランクには、頸部をナイフで切られた変わり果てた姿の一色があった。一色を村上のトランクに移し、鍋島は七尾で休む旨を伝えその場から去った。一人になった村上は一色をそのまま乗せ、ひと気がない河北潟放水路近くの茂みにそれを埋めた。20日の検問時にトランクにかぶら寿司を載せていたのは、遺体が放つ匂いのようなものが警察に気づかれないようにするための工作であったようだ。 村上は一色の遺体を埋めながら考えていた。 束縛と鍋島は言った。赤松の父親も、一色も穴山も井上も四年前の病院横領に関係する人間も皆、鍋島が自分の手で始末した。このままこれらの犯行を闇に葬り去るのは容易なことだ。だがそれは鍋島を束縛しているものから解放させることになるのだろうか。鍋島がこうなった原因はすべて村上隆二という自分にある。自分という存在が鍋島を束縛している。ならば鍋島を束縛から解放させる方法はひとつしかない。自分が消えることだ。 ー俺が消える? ーそうだ…俺が消えればいい。 一色を埋める手を止め、村上は彼の懐にあった拳銃を手にとった。そしてその銃口を自分のこめかみに当て、引き金に指をかけた。 しかしそれを引けない。目を瞑って歯を食いしばり、右手に精一杯の力を込めるが指だけが動かない。ほどなく彼はそれを落とした。 ー無理だ…。俺にはできない。 大粒の涙が村上の頬を伝った。 ー俺は。俺は何やってたんだ…。 ー鍋島ひとりも救えず、何が大義だ。 彼は溢れる涙を拭うことなくそのまま一色に土を被せていた。 ー鍋島。せめてお前を束縛から解放してやる。時期に俺も行く。 その日の昼に村上は七尾で鍋島を殺害した。 「なるほど。鍋島がコンドウサトミの名前をおりあらば使用しとったのは、どんどんキツくなる束縛から解放してくれる存在を潜在的に求めとったからねんな。」 古田はこう言ってソファに身を預けた。 「足がつきやすい状況をあえて作っとったか…。」 「あの…村上さんは大丈夫ですか?」 「村上ですか?あいつは病院です。容体は回復してきています。」 「いえ、そうじゃなくて。」 「何ですか?」 「あの…あの人、言っていたんです。」 国立石川大学付属病院の廊下を男が俯き加減で歩いていた。ニットキャップを深くかぶり、黒のコートをまとった彼は両手をポケットに突っ込んだまま、足早に歩いている。夕方という時刻もあり、外来患者がほとんどいない大学病院内の人はまばらだ。彼はエレベータに乗り込んだ。中には彼以外の人間はいなかった。そこで彼は深呼吸を何度かした。身につけている時計を見た。時刻は16時58分であった。 エレベーターの扉が開くとそこは外科病棟であった。目の前のナースセンターでは日勤の看護師が夜勤の看護師へ申し送りをしている。その様子を横目に彼は面会受付もせずにその場を通過した。 「ちょっと。」 男を呼び止める声が聞こえた。彼は足を止めてゆっくりと振り返った。スーツを着た男が立っていた。コートを纏った男が胸元から取り出した警察手帳を見せると、彼は何事もなかったかのように、再びその場のベンチに腰をかけた。 コート姿の男は病室のドアの前に立った。そしてノックすることなくそれを開いた。目の前にはカーテンが吊り下げられており、それによって患者のプライバシーを守っているようだった。男は病室のドアを静かに閉めた。そしてそのカーテンを勢い良く開いた。目の前には右腕と右肩を包帯でぐるぐる巻にされ、左腕に点滴を打たれた状態の村上があった。呆然とした状態で天井を見つめていた村上が、開かれたカーテンの方に視線を移すとコートをまとった男が銃口を向けていた。 「おせーよ。」 村上が男に向かって笑った瞬間のことだった。消音化された拳銃から銃弾が発射された。それは彼の肺を貫通した。すぐさま再度引き金が引かれ、村上の頭が撃ち抜かれた。村上が絶命したのを確認し、男は銃を懐にしまい何食わぬ顔でその場を後にした。先ほど呼び止められた男と再び遭遇し、コートの男は彼に敬礼をしてその場から立ち去った。 「自分も消される?」 「ええ。」 「馬鹿な。」 片倉は苦笑いをして山内の顔を見た。 「誰があいつを消すってんだ。」 「わかりません。自分が消されたら全てが闇の中。だからせめて誰かに本当のことを知っておいて欲しいって…。」 古田はメモ帳を閉じ窓の外を眺めた。雪がちらほらと舞い降りてきている。ひとつひとつの雪の粒が窓ガラスに張り付いては雫となり消え失せていった。 完 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。

    13 min
  2. 26/08/2020

    81,【最終話 前編】12月24日 木曜日 15時53分 金沢北署

    81.mp3 「どうや。」 片倉の問いかけに古田は頭を振った。 「ほうか…。」 抜け殻のように取調室で佇む佐竹を窓から覗きこみながら、片倉はため息をついた。 「あぁトシさん。村上のほうは回復しとるみたいやぞ。」 「おう、ほうか。」 「意識ははっきりしとるし、じきに取り調べもできるやろ。」 「…岡田のタックルがなかったら、今頃全部ぱあやったな。」 古田と片倉は取調室を後にした。彼らは北署一階にある喫煙所へと向かった。 「どうなったんや。佐竹の立件。」 古田の問いかけに片倉は苦い顔をした。そして頭を掻いた。 佐竹が村上を撃ってしまった要因のひとつに、佐竹に村上の情報を聞き出してくれと依頼した、警察側の落ち度もある。これが世間に明るみになると、違法捜査の上、民間人を巻き込んだとマスコミ各社から叩かれるだろう。提案者の古田も採用者の松永も、本部長の朝倉も、現場に居合わせた片倉も相応の処分がされる。現時点ではマスコミには容疑者村上が佐竹を害する恐れがあったので、やむなく狙撃したと発表している。 途中、北署正面玄関口のロビーを通過した。事件当日には大手マスコミ各社をはじめとした報道関係者が、北署の前にずらりと並んでいたが、それはいま見る影も無い。マスコミ関係者らしき人間が時折、捜査課辺りをウロウロしている程度である。 「処分保留。釈放やな。」 「上はそう言っとるんか?」 「ああ…。」 「本当にそれでいいんか?ワシは処分を甘んじて受けるわいや。」 古田のこの言葉に再度片倉は苦い顔をした。 「トシさん。あんたはもう時期定年。やからそれでいいかもしれんけど、俺とか松永とか本部長はどうすれんて。生活とか家族とかいろいろあるやろいや。」 「んなもん知らんわいや。」 「だら。」 「だらっておまえ…。」 「あのな、トシさんひとりの問題じゃねぇげんぞ。」 「何言っとれんて、当初発表したマル被は死んでました。んで別の人間でした。でもその人間は逮捕時に怪我をしたんで、いま病院ですって時点で警察全体の信用失墜やがいや。」 「ほんな事よりも世間は別の方を見とる。トシさんも分かっとるやろいや。」 「本多か。」 ふたりは喫煙所に入った。そして煙草を加えてそれに火をつけた。 「そりゃそうやわ。おとといの朝入った検察のガサの方が世の中的にはでかい話なんや。何しろ本多、マルホン建設、仁熊会、金沢銀行、役所そして警察が関わる大不正事件。政界の大物が失脚する可能性があるスキャンダルやぞ。」 「それはそれやろいや。とにかく今回のヤマはワシの提案が佐竹を巻き込ませた。これはどう考えてもワシの落ち度や。」 「なのなぁ、検察のヤマはウチら県警が絡んどるって時点でズタズタなんや。ほんねんにわざわざおーいこっちの熨子山のやつにも残念な話があるぞってマスコミに手を上げることはねぇやろ。」 古田は黙った。 「いま世間の耳目はあの政官業の癒着の話で持ちきりよ。」 「ワシはそれが気に食わんげんて。」 「どこが?」 「どいや、今のマスコミは旧来型の利権構造の闇を司直が裁くって構図で話を作っとるやろいや。何とかして与党の大物政治家を引きずり下ろそうって躍起や。けどな、あっちはいいもんでこっちはわるもんなんて、ほんな単純な構造じゃねぇわいや。いろんな人間の思惑が複雑に絡まった事件なんや。ほんねんになんねんてあいつらは。」 「トシさん。あのな、あんたの言い分も分かっけど、世の中的にはその方が分かりやすいの。ね。それにまだ捜査中でしょ。何でもかんでも詳らかにできないでしょ。」 古田は明らかに面白くない風の顔つきである。 「それにな、世の中の人間は真実なんて結構どうでもいいんだよ。でけぇ力を持った奴が一気に転落していく様が面白いんや。悪もんがでかけりゃでかいほど話は盛り上がる。なんちゅうかいわゆる勧善懲悪劇。これやわ。これが見たいだけなんや。」 「…わかっとる。わかっとるから歯がやしいげんわ。」 片倉は頷きながら咥えていた煙草を灰皿に擦り付けて紫煙を吐き出した。 「…一色はどう思っとるんやろうな。」 喫煙所に署員が入ってきた。 「休憩中すいません。」 「なんや。」 「お二人に来客です。」 「来客?」 「山内美紀です。」 ソファに座り、山内から一時間ほど話を聞かされた片倉は天を仰いだ。 古田は殴り書きに近いメモ帳に目を落として話の内容を頭の中で整理し始めた。 村上は6年前、赤松忠志による田上地区と北陸新幹線に関わる用地取得の不正暴露を封じ込めるよう本多慶喜から依頼を受けていた。残留孤児問題の解決のため、議員になることを切望していた村上にとっては千載一遇のチャンス。これを成し遂げることで本多一族の信用を勝ち得ることができる。しかし相手は高校の同期の父親赤松忠司。村上は悩んだ。自分が直接手を下したくはない。そのため仁熊会を訪ねた。そこで偶然、高校以来連絡を取っていなかった鍋島と再開した。鍋島に残留孤児の地位向上を図るため、自分は議員を目指していると打ち明けた。そして今抱えている口封じの問題を相談したところ、鍋島がその交渉役を引き受けた。しかしその時点で鍋島は口封じの対象が赤松の父親であることは聞かされていなかった。やがてその事実は鍋島の知るところとなり、彼はこの件から降りる意思を村上に表明する。だが鍋島は村上にこう説得された。ここさえ乗り切れれば、積年の問題解決に一歩前進する。ひとりの命を引き換えにその他大勢の残留孤児の命、生活が救われる可能性があると。鍋島は忠志の殺害を決意。夜に熨子山へ忠志を誘き寄せ、事故に見せかけて殺害した。 忠志を殺し、口止めに成功した村上であったが、彼に対する本多の評価は変わらなかった。むしろそのことをネタに善幸も慶喜も村上をいいように使い始めた。自分の手を血に染めてまで協力した鍋島は再び村上との手切れを申し出た。しかし村上はもう逃げることはできないと鍋島をかえって脅迫するようになった。この時すでに、村上における残留孤児問題の解決という大義は消え失せ、保身のための秘書活動、政治活動となりつつあった。 村上と鍋島は友人の父親を手にかけたことに後悔の念があった。そのためせめてもの償いということで500万を赤松家に送りつけた。これは古田の推理通りである。 その2年後、県警の捜査二課に一色が赴任した。そこで病院横領事件が発生。仁熊会にガサが入るという情報を入手した村上はここで立ち止まった。このまま癒着構造がバレてもいい。ガサがきっかけで6年前の熨子山の事故に見せかけたコロシがバレてもいい。相手は同期の一色。本望であると。 しかしそこで鍋島が村上にこう言った。「自分は人を殺した。残留孤児が日本人を殺した。世間はそう報じる筈だ。そうなればお前が言っていた孤児問題は逆流して、自分のような人間はバッシングの対象になる。なんとかするべきだ。」と。 村上は自分がやってしまったことの重大さを痛感した。友人の父親を殺し、救うべき対象の鍋島を苦しませている。ここで村上はすべてのことを闇に葬り去ることを決意し、仁熊会と結託し殺人事件を引き起こし、捜査を撹乱させて一色の捜査の手から逃れた。 それから一年経ち村上に連絡が入る。一色からであった。 「鍋島といっしょに自首をしろ。」 「何でだよ。」 「調べは全部ついてるんだ。せめてもの配慮だ。時間をやるから自首しろ。」 「おいちょっとまてよ。」 「頼む…。俺も辛いんだ。」 「…わかった。一色。」 覚悟を決めた村上だった。しかしこうも警告した。 「俺や鍋島をしょっぴくのは結構だ。しかしその後お前は巨大な勢力を敵に回すことになる。だからそこで手打ちにしておけ。」 しかし一色は応じなかった。その先に控える仁熊会、マルホン建設、本多善幸、金沢銀行といった構造的なものにもメスを入れると言った。村上はそれだけは絶対にやめるよう警告した。そこに手を付けると一色はおろか身内の人間すべてが破滅する。それだけあいつらの力は強大だと。何度言っても一色は聞かない。そこで村上は強制的に一色の捜査の手を止めさせようと一計を案じる。それが婚約者山県久美子への強姦であった。 この強姦事件をきっ

    19 min
  3. 19/08/2020

    80,【後編】12月21日 月曜日 20時09分 河北潟放水路

    80.2.1.mp3 静寂の中、銃声が鳴り響いた。 目の前が真っ暗になった。 撃たれた。 俺は村上に撃たれた。 撃たれた? 痛くない。 そうか脳をやられたか。 いや、ならばこんなに頭が働かないはずだ。 眩しい。 なんだこの光は。 そうか俺は死ぬのか。 寒い。 風が寒い。 地面も冷たい。 地面? なんで地面が冷たいってわかったんだ。 手が動く。 痛くない。 まさか。 佐竹は目を開いた。 彼は無意識のうちに目を瞑って地面に倒れこんでいたようだ。彼は即座に身を起こした。すると村上の姿が目に飛び込んできた。彼はその場にうずくまって自分の右腕を抑えていた。 「ふーっ。ふーっ。」 佐竹は気がついた。さっきまで闇であった周囲が明るい。まるで昼間のようだ。その光源はどうやら放水路の上からのもののようである。 「よし。確保だ。」 双眼鏡を外した松永は無線で警備班に指示を出した。それを受けて放水路の上に待機していた警備班が一斉にそれを降り始めた。 「どうだ。保険ってもんはかけておくべきだろう。」 古田と片倉は唖然としていた。 「動機の部分は明らかにはされていないから、決定的とは言えない。しかしやむを得んだろう。これ以上、佐竹を危険に晒せない。」 「そうですね…。」 「片倉。古田。お前たちは村上の怪我が落ち着いたらヤツの取り調べを頼む。俺はここまでだ。俺は一色を回収する。」 松永は眼下に見える二人の姿を背にした。 「待って下さい理事官。」 双眼鏡を覗き込んでいた古田が言った。 「まだです…。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 佐竹の目の前にいる村上の腕からは血が流れ出していた。 「ふーっ。ふーっ…。」 村上の息遣いは荒い。彼が息をするたびに白いものが吐き出される。 「佐竹…。てめぇ…。俺を嵌めやがったな…。」 「動くな!そのままその場にうつ伏せになれ!」 遠くの方から拡声器を使った声が聞こえる。この指示は何度も繰り返された。 「くそっ…。これで俺も終わりか…。」 村上は警察の指示に従って、そのままうつ伏せになった。 その様子を見ていた佐竹の目に、地面に落ちた拳銃が飛び込んだ。 「さ、佐竹…。」 村上の後頭部に冷たい金属の感覚があった。 「佐竹!何をやっている!銃を捨てろ!」 「ほ、ほら…。佐竹。警察がああ言ってるぞ…。」 「ああ言ってるな。」 撃鉄を起こす音が村上の後頭部に響く。 「な、なぁ。佐竹…落ち着け…。そこで引き金なんか引いたら真実は闇の中だ…ぞ…。」 「佐竹!銃を捨てろ!」 佐竹は銃口を後頭部から外した。 「そうだ…。そうだ。それでいい…。落ち着け…な…佐竹…。」 銃声がこだました。 「あ…あ、あ…。」 うつ伏せになったままの村上から大量の血液が流れ出した。 「ぐはっ…。さ、佐竹…。マジか…。」 「佐竹!銃を捨てろ!」 「ひ、ひひ…。」 佐竹は再び村上に銃口を向けた。 「これで、お前も…人殺しだ…。」 放水路の門が開くサイレンがなった。佐竹は口を開いた。しかしこのけたたましい音によって彼の発する言葉が聞こえなかった。 佐竹は引き金に指をかけた。 それからの記憶は無い。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。

    8 min
  4. 19/08/2020

    80,【前編】12月21日 月曜日 20時09分 河北潟放水路

    80.1.mp3 「俺はその鍋島を殺しただけだ。」 「え…。」 「確かにお前が言うとおり、俺は人殺なんだろう。しかしお前は事実関係を間違って認識している。」 「な、なんで…。」 「理由はいろいろある。」 村上はポケットに手を突っ込んで地面だけをみていた。 「いや…待て…俺はお前の言っていることがわからない…。お前、いま鍋島のような境遇にある人間を救うために政治家になろうとしているとか言ってただろう。」 村上は佐竹と目を合わせない。 「なに適当なこと言ってんだよ…。」 村上は佐竹に背を向け、河北潟を見つめた。 「なぁ村上。これは何かの間違いだ…。なぁ間違いだよな。…そうだ嘘だ。そう嘘…。」 「佐竹。残念だが全て本当のことだ。」 佐竹は絶句した。膝から崩れ落ちた。体に力が入らない。 「お前が言ってることちやってること…矛盾するじゃねぇか…。」 「…そうかもしれないな…。」 「残留孤児の地位向上がお前の信条なんだろ?え?…なのに、何でその当人の鍋島を殺さないといけないんだ〓︎」 村上は佐竹の方を見ずに俯いたままである。 「何でだよ…何でなんだよ〓︎それで、鍋島が何で殺人鬼みたいな事をしないといけないんだ?で、なに?一色がお前にとって都合が悪かった〓︎意味わかんねぇよ〓︎」 村上は佐竹の姿を見た。佐竹の顔は涙とか汗とか、憎しみとも悲しみともつかない表情をしていた。 「佐竹さぁ…。」 佐竹から見る村上には表情がない。 「俺だって鍋島を殺したくはなかった。佐竹…。でも結果として俺はこの手で人を殺めてしまった。」 村上は自分の右手のひらを見つめた。 「でも…こうするしかなかった…。」 「…。なんでお前はその救うべき対象の鍋島を手にかけた…。」 手のひらを見つめていた村上は顔を上げて佐竹の表情を見つめた。佐竹はまっすぐ村上を見つめている。 「…それに答えたらお前、俺に協力してくれるのか。」 「俺はそういうことを言ってるんじゃない。」 村上はため息をついた。そしてポケットに突っ込んでいた手で頭を掻いた。 「佐竹。お前もか…。」 「お前もか?」 「ああ。」 「村上、お前誰と一緒にしてるんだ。」 「お前もそうやって、いち日本国民としてなんの行動も起こさずに、俺の行く手を遮るのか。」 村上は自分の腰元にゆっくりと手をやった。左手でベルトのあたりを押さえつけ、右手を左腰のあたりに当てる。その様子を見ていた松永は即座に無線機に口をつけた。 「警備班。狙撃準備。村上に照準を合わせろ。」 「了解。」 「まってください理事官。早まらんといてください。」 片倉が松永を制するように言った。 「あいつを撃つのはダメです。今までの詰めが全部ぱぁになります。」 「片倉、心配するな。保険だ。」 「しかし警備班が引き金に指をかけると、何かの拍子になんてことも考えられます。」 「理事官。片倉の言う通りです。ここはもう少し佐竹と村上のやりとりを見守りましょう。」 「古田警部補。もしものことがあればどうするんだ。」 「それは…。」 「人ひとりの命がかかってるんだ。」 「…確かにそうですな…。」 「お前ら、大事なことを見失うな。」 松永の一喝に古田と片倉は黙り込んだ。松永の言うことは間違っていない。 「佐竹。お前も結局何も分からんのだな。」 左腰に回した村上の右手になにやら黒い物体が握りしめられている。 彼はそれを取り出して佐竹に向けた。その様子を見ていた松永は呟いた。 「M60。」 「51ミリの銃身。」 古田が続けて言ったのを聞いて、双眼鏡から目を離した片倉がこう言った。 「一色のやつや。」 「警護班、気を抜くな。あの距離であれば村上は佐竹を撃てない。奴らの間合いが5mまで詰まったらスタンバイだ。」 「了解。」 銃口を向けられた佐竹は体が硬直していた。絶体絶命というのはこういう状態なのか。 「どうだ佐竹。」 声が出ない。このまま村上が引き金を引けば自分めがけて銃弾が飛んでくる。どうだなんて言われても、なんの返事もできない。 村上はそのままだらりと右腕を下ろした。 「だりぃんだよ。これ。以外と重いんだわ。」 銃口が地面に向けられたことで、佐竹はホッとした。佐竹はとっさに高校時代の剣道の感覚を思い出した。高校剣道で使用する竹刀の重さは480g以上である。腕を地面と水平に上げて竹刀の切っ先を天に向けて持っていても、しばらくすれば肩や腕がだるくなる。よく映画やドラマで拳銃を片手で地面と水平に構えて、そのまま対峙するシーンを見るが、金属製のものをそのままの体制を保って突きつけるなんぞ出来っこない。村上はだるいと言っている。この言葉が佐竹にとって彼が持つ拳銃が本物であるとリアリティを持って受け止められた。 「俺はもうこれ以上、身内を巻き込みたくないんだよ。」 「何…。」 「佐竹。俺と一緒に組まないか。」 「何言ってんだ…おまえ…。」 「俺はいま追い詰められている。マルホン建設にはじきにガサが入るだろう。そうなりゃウチの事務所にも仁熊会もおまえのところの会社にも入る。」 「ガサ?」 「とにかくそうなるのが俺にとって一番絶望的なことなんだ。本多が飛べばいままで俺が取り組んできた残留孤児の問題の解決なんてもんも吹っ飛ぶ。そうなっちまったらこんな俺に協力してくれた鍋島も浮かばれない。なぁ佐竹…。頼むから協力してくれよ。」 自分が殺めておきながら、鍋島が浮かばれないとはどういうことだ。村上は佐竹の鍋島殺害の動機に関する問いかけに答えようとしない。さっきから自分の政治信条について語ったかと思えば、佐竹に銃口を向けたりと話をはぐらかしているかのようにも受け止められる。佐竹は憤りを通り越して、安定しない村上の精神状態を案じた。 「なぁややこしい話は無しだ。佐竹。俺と組んでくれ。悪いようにはしない。」 佐竹は沈黙した。 「なぁ頼むよ。」 村上は両腕をぶらぶらさせている。人にものを頼む姿勢ではない。 「おい佐竹。聞いているのか?ん?」 「…村上。てめぇなんだその態度は…。」 「なんだ?佐竹、怒ってんのか?」 佐竹の精神状態も一定しない。心配、驚き、悲しみ、怒り、呆れ。これらがループしている。この忙しない感情の振れ幅に佐竹は疲れ始めていた。 「あぁ、俺の態度が気に食わなかったか?」 「おう。」 「じゃあこれでどうだ。」 村上はぺこりと頭を下げた。 「お願いします。」 お望み通りにしましたよという雰囲気がありありとして伝わってくる適当なお辞儀に佐竹は爆発した。 「気に食わん。」 「あぁ?」 「気に食わんよ村上。」 「何が気に食わない?お前が望むように頭まで下げたんだぞ。」 「全部だ。」 「なにぃ?」 「お前の物言い、行動、態度その全てが気に食わん。」 「ほう…。」 「お前の存在そのものが気に食わん。」 佐竹は拳を強く握りしめて、村上に近づき始めた。 「佐竹…。お前も駄目か?」 「知らん。てめぇさっきから何言ってるんだ。」 「お前も一色と同じか?」 「一色〓︎一色が何だ〓︎」 村上は手にしていた銃を握りしめた。そしてそれを再びゆっくりと佐竹に向けた。2人の距離はみるみる縮まってきていた。 「交渉決裂かな。」 「うるせェてめぇぶっ殺す。」 「せめてもの配慮だ。佐竹。心配するな一瞬だ。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。

    12 min
  5. 12/08/2020

    79,【後編】12月21日 月曜日 19時49分 河北潟放水路

    79.2.mp3 「お前、俺が政治の世界に入った理由、知ってるか。」 「そんなもん知らん。」 佐竹は村上に向かって歩き始めていた。 「お前の講釈なんか聞くつもりはない。俺はてめぇを許さん。」 「ははは。佐竹、お前怒ってるな。」 「うるせェ。この気狂いめ。」 「待て。言っただろ話し合いが重要だって。」 「話して何になる。」 「お前こそどうするつもりだよ。あん?」 村上は自分の車を指さした。 「山内がどうなってもいいのか。」 佐竹は歩みを止めた。そうだ、自分は山内を救うためにこの場所に来た。警察にはできるだけ遠巻きに村上と接するように言われていることを思い出した。 「まぁ落ち着いてそこで聞け。佐竹、鍋島のこと覚えているか。」 「鍋島?」 「ああ、鍋島。」 「あいつ卒業してからなにやっていたか知ってるか。」 「…しらん。」 「マフィアだよ。」 「マフィア?」 「東京の方でな。お前も聞いたことがあるだろう。残留孤児のマフィア化ってのをよ。」 「…鍋島が?」 「以前よりも残留孤児をめぐる環境は改善されつつあるが、相変わらず社会から取り残される奴は多い。日本語の問題とか、いじめの問題とかいろいろあるが、それは別に問題の本質じゃないんだよ。鍋島のような境遇の人間が一生抱える問題はただひとつ。」 「何だ。」 「アイデンティティだ。」 「アイデンティティ?」 「ああ。あいつの様な奴も歴史的に見ればれっきとした日本人。しかし、当の日本社会がそれを受け入れてくれない。その中で自身が何者なのか分からなくなる。」 「…。」 「残留孤児1世のあいつの爺さん婆さんは、この日本に帰ってきた。だが結局のところ、ろくに日本語も話ことができず、仕事もできず、年金ももらうことができず死んでいった。あいつの母ちゃんについては鍋島と自分の親を放り出して中国に戻っちまった。どうしてこんな事になるんだ。そう、寄って立つアイデンティティが欠如してしまっているからだ。」 佐竹は雄弁に語り出した村上を黙って見つめた。 「アイデンティティってもんは自分ひとりの力で醸成されるもんじゃない。他者との関係性で構築されていくもんなんだ。鍋島は北高に来るまではあっちこっちで随分な仕打ちを受けてきた。佐竹、あいつが北高の剣道部に来た時のこと覚えてるだろ。」 覚えている。当時の鍋島の日本語は片言だった。第三者が見れば明らかに普通の日本人じゃない雰囲気だった。先輩からは中国人と言われいじめの対象となっていた。 「俺も当時は、異質な人間が自分と同じ環境にいるということを受け容れられなくて、先輩のいじめに加担したこともあった。お前もそうだろう。」 佐竹は胸が苦しくなった。確かにそういう時代があった。 「それに敢然と立ち向かったのが、一色だった。」 一色は両親を不慮の事故で無くし、親戚の家に居候をする身であった。彼の家庭環境も決して良いものではなく、いつも居候先の家族の顔色を伺う毎日だった。両親が亡くなったことによる保険金がまとまって入っていたため、生活に困ることはなかったが、やはり血は繋がっていると言えども、人の家に居候するというのは気が休まることはない。そんな彼が拠り所とするのは家庭の束縛から解放される学校での時間だった。彼は常々周囲の人間にこう漏らしていた。他人によって自分がある。しかしその他人も自分によってある。だから自分は出来るだけ精一杯努力をしようと思う。努力によって自分が成長できれば、周囲も成長する。結果、世の中は良くなると。 「あいつは体をはって先輩とやりあった。それを見た鍋島も一色と一緒に先輩に立ち向かった。あのときの稽古は稽古っていうよりも喧嘩だったな。男ってもんは不思議なもんだ。殴り合うぐらいの向き合い方が事態を変える。あの時俺は気づかされたよ。周りが変わるのをただ黙って待っていては、結局何も変わらない。自分が何かの行動を起こさないと、周りはそのまま流れて行くってな。」 鍋島に対するいじめは無くなった。周囲も鍋島を積極的にバックアップしようという雰囲気になった。彼はその時を境に剣道の練習と学業に勤しみ、2年で北高のレギュラーとなり、その後の活躍へと成長を遂げていった。 「しかし卒業後、自衛隊に入った鍋島は今まで築き上げたものを壊された。」 「何?」 「北高のあいつは日本人、鍋島惇だった。しかしあそこでは違った。」 「どういうことだ?」 「隊内では中共のスパイとか、アカとか言われ、日本人鍋島惇としての尊厳を傷つけられた。」 村上は地面に転がっている石ころを河北潟向けて思いっきり蹴飛ばした。 「日本人鍋島惇として懸命に再起を図ろうとするあいつに、あの中の連中はそれを真っ向から否定することをやった。」 「そんな…。」 「あいつの寄って立つものが音を立てて崩れていった。あいつはしばらくして除隊。しかし爺さん婆さんには金を作らなければならない。各地を点々とし、最終的には自分と同じような境遇を持つ残留孤児2世3世が組織する地下組織と接点を持ち、金を作るようになった。」 村上は佐竹の方へ足を進め始めた。佐竹は彼との距離を詰めないように少しずつ後ずさりした。 「俺はこの現状が許せなかった。育った環境が違うだけで、同じ日本人でありながら生き方の修正を余儀無くされるなんてあってはいかん。何が法の下の平等だ。法治国家だ。そんなもん糞にもならんお題目だ。」 佐竹に向かって歩いてくる村上の言葉に熱が帯びてきた。 「お前には何度も言っているだろう。この国の国会議員って奴はどうにもならん奴ばかりだって。利益をいかに地元に引っ張ってくるか。そのために政争でいかに勝利するか。どうすれば選挙に勝つことができるか。そんな事ばっかりで、本当に大事な国としてやるべきことを放ったらかしにしてるんだ。俺はこんな腐った政治を立て直したい。自分の力ではどうにもならないことで、足掻き、苦しみ、救いを求めている人間を何とかして助けてやりたい。そのためにはいつまでも俺は秘書なんかやってられないんだ。俺が議員にならないといけないんだ。」 「…村上、だから何なんだ。」 「何?。」 「お前が言っていることは正しいとしても、だから何なんだ。お前は何を言いたいんだ。お前が何を言っても、お前は…。」 佐竹は口籠った。 「お前は?」 「お前は…。」 「お前は、何なんだ?ん?佐竹。」 「…人殺しだ。」 「…ほう。」 村上は足を止めた。 「俺が人殺しだと?」 「そうだ…。」 「どうしてお前、そんなことが言えるんだ。」 「何言ってるんだ。そこにいるのは一色だ。お前はあいつを殺した〓︎」 「違う。」 「え?」 「あいつは鍋島が殺した。穴山も井上も鍋島が殺した。」 「な…。」 「俺はその鍋島を殺しただけだ。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。

    12 min
  6. 12/08/2020

    79,【前編】12月21日 月曜日 19時49分 河北潟放水路

    79.1.mp3 「一色が死んでるよ。」 「え…。」 「見てみろよ。佐竹。」 「な、何を馬鹿なことを…。」 「見てみろよ〓︎佐竹〓︎そこを掘ってみろ〓︎」 佐竹は村上が指す場所へゆっくりと足を進めた。うっそうと茂る枯れ草を手と足を使って掻き分けて歩く。15歩ほど進んだところで、枯れ草がなくなっている箇所に出た。彼はライトアップされる内灘大橋からのわずかな灯りを頼りに、その地面を注視した。地面は周囲のものとは色が異なり、最近掘り起こされ再び土が被せられた様子が明らかに認められる。 「ま、まさか…。」 彼はその場にしゃがみ、被せられている土を手で掘り起こそうとした。しかしそれはしっかりと踏み固められ、寒さにかじかむ手を持ってでは難しい。何か硬いものが必要だ。佐竹はとっさに懐から折りたたみ式の携帯電話を取り出し、それを開いてスコップがわりに土を掘り起こした。夢中だった。何度か携帯で地面を掘り、そこが柔らかくなったのを見計らって両手で土を掻き分ける。その時、人の手のようなものが目に入った。 「うわっ〓︎」 佐竹は腰を抜かした。 「あ、あ、ああ…。」 後退りをするも、土の中から人の手が見えるという奇異な光景に何か惹きつけられたのか、佐竹はゆっくりとそれに近づいて、再びその土を除け始めた。手の甲しか見えなかったものが、指が明らかになった。どうやらこれはスーツにを身にまとっている。佐竹は目の前の人間に触れないように注意深く周囲の土を除けた。そして肩が見え、首元が露わになった時、佐竹は手を止めた。大きく息を吸い込んで吐き出す。彼は意を決して顔が埋まっていると思われる周囲の土を退かした。口元が見えた。彼は暗闇の中で目を凝らした。 「一色…。」 佐竹の目には右口元の黒子が映っていた。一色の顔の最大の特徴である。彼はここで手を止めた。これ以上変わり果てた一色の顔は見たくない。 「おーい。佐竹ぇ。いたかぁ。」 佐竹は冷たくなった一色の手を握った。その握った手の甲にポツリと滴が落ちた。佐竹の目からは涙が溢れ出てきていた。握るその手は次第に震え出す。彼は一色の手をそっと置いて拳を握って立ち上がった。 「まぁこういうことだ。佐竹。」 「村上…。これか、お前が話したかったことは…。」 「そうだ。」 「俺にこんなこと話してどうする気だ〓︎」 村上は真っ暗な空を見上げて、白い吐息を吐き出した。 「お前にも分かって欲しかったんだよ。」 「は?」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「え?もう一度お願いします。」 「塩島は残留孤児なんだ。」 「残留孤児?」 片倉と古田、そして松永は内灘大橋の袂に駐車してある、誰もいない佐竹の車のそばで朝倉から入った無線に聞き入っていた。 「ああ、村上の政治信条のひとつに、この残留孤児問題の解決というものがあってな。あいつは中国残留孤児ネットワークの幹事も務めている。残留孤児というものはその大半が壮年期になって日本に帰って来た者ばかり。幼少期を中国で過ごしているため、ろくに日本語を習得できない。だからもちろん仕事もできず、その大半が生活保護やボランティアの寄付で生活をしている。だがそういう環境の中でもなんとか這い上がろうと努力する人間もあり、村上は特にそれらの者を私財を使ってでも支援していたようだ。」 「その村上の支援対象者のほとりが塩島だったってことですか。」 「そうだ。村上と塩島との接点はあいつが本多の秘書をやり始めた13年前からだ。その時塩島は57。当時は日本語もろくに話せず熨子町で生活保護を受けてほそぼそと生活していた。村上と出会い、あいつの献身的な支えもあってなんとか日本語を習得。いままで日本人でありながら日本語を話すことができず、しかもろくに働くこともできずに、常に世間から後ろめたさを感じていた。しかし日本語を習得し中国語会話教室などのボランティア活動を通して、地域住民と接点を持ち、ようやく日本に溶け込むことができた。70という高齢にも関わらず、この時期には近所の人間とスキーに行ったりできるまでになった。」 「それも全て村上の支えによるもの。」 「そうだ。塩島がゲンを拒んでいたのはこういった村上への長年にわたる義理があったからだそうだ。」 朝倉から塩島による証言の内容を一通り聞かされた三人は眼下の河北潟放水路の辺りにいる、村上の姿を眺めた。 「ということは…村上は、鍋島とも…。」 古田は呟いた。 「警備班現着。」 河北潟放水路の上からこちらに向かって明かりが3度明滅した。松永はその様子を確認し、警備班に指示を出した。 「よし無線を岡田にも渡せ。」 「了解。」 「…こちら岡田。」 「どうだ、何か聞こえたか。」 「はい…。」 「どうした岡田。何かあったか。」 「…理事官…。そこから見えますか…。」 「は?何だ。何のことだ。」 「佐竹の側を見てください…。」 松永は目を凝らした。彼の傍らには黒い穴のようなものがある。彼は手にしていた双眼鏡を覗き込みそこを見た。 「え?」 「どうした。何か見えるのか。」 「…マンジュウ。」 「何っ?」 片倉と古田も松永と同じ先を双眼鏡を使って見た。 「村上曰く、あのマンジュウは一色のようです…。」 この岡田の言葉に3人は戦慄した。古田は双眼鏡の倍率をあげ、その遺体の特徴を掴もうとした。しかし明かりが足りない。古田は全神経を視覚に集中させ、それを穴が空くほど見つめた。手のようなものが見えた。そこから腕、肩と追って首筋、そして口元あたりまでなんとか見えた。 「黒子…。」 「なにっ。」 「右口元の黒子が見える。」 松永は双眼鏡を外し、肩を落とした。 「やはりか…。」 「やはり?」 「おい岡田、これはどういうことだ。」 片倉が岡田に尋ねる。 「私にもよくわかりません。村上が言うには何度も警告を発したにも関わらず、一色の追求の手は緩まなかった。だから婚約者を穴山と井上にまわさせた。それでも一色は変わらないので話し合いを試みたがダメだった。だから殺した。」 「な、なに…。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。

    10 min
  7. 05/08/2020

    78,12月21日 月曜日 19時08分 内灘大橋

    78.mp3 河北潟放水路に架けられた内灘大橋は、この辺りに飛来する白鳥と雪吊りをイメージした斜張橋である。この橋は夜になると色とりどりのライトで照らされる。漆黒の闇に鮮やかな光で浮き上がる内灘大橋の姿は美しく、これを目当てに訪れる者は多い。 彼は村上が言っていた大橋の袂に位置する駐車場に車を止めた。ここから見る大橋は美しかった。目の前に見える95mもの主塔の姿は雄々しくもあり、光によって照らされているため何処か幻想的でもあった。佐竹はエンジンをかけたまま車から降りた。そしてあたりを見回した。何台かの車がこの駐車場に止まっている。しかし村上らしき存在を確認できない。 ー早かったか。 佐竹は車内からコートを取り出して、それを纏った。橋からすぐ先の日本海が闇として見える。そこからの冬の海風は凍てつくという表現がぴったりだ。耳や手などのやむなく露出する肌の部位をその風は容赦無く痛めつけた。流石にこんなところで待っていられない。佐竹は再び車の中に移動した。矢先、電話がなった。村上である。 「お前どこだ。」 「お前が言った通りに橋の袂まできた。」 「じゃあそこで車を降りろ。そのまま歩いて橋の下の放水路のあたりまで来い。」 「何で歩きなんだよ。車で行くよ。さみぃだろ。」 「おい。佐竹おまえ、いま自分が立たされている立場を考えろ。」 「なんだよ。」 「お前は俺の指示通りに動け。いちいち口答えすんな。」 確かに村上の言う通りだ。今の佐竹は人質がとられている状態。もう少し村上には従順にふるまった方がいい。 「わかった。」 佐竹はエンジンを切ってそのまま橋の下に通じる、整備された細い遊歩道を歩き出した。 「下に降りたらそのまま海側まで進め。俺は放水路の袂にいる。」 そう言って電話は切れた。佐竹は身を竦めた。寒風が肌を刺す。 夜の山は闇だ。しかし海も同様に闇。山は闇が自分を覆い尽くすような感覚を覚えるが、海の場合は途方もない大きな闇の空間がぽっかりと口を開けているようにも思える。それは自分を吸い込む勢いを感じさせるものだ。佐竹は時折周囲を見回しながら、村上のいる方へ歩んだ。警察が万全の体制で自分と山内を守ってくれているらしい。しかし、それらしい人影も何もない。 「それならあいつに分からんように、人員を配備するだけですわ。」 古田はこう言っていたが、本当に警察は自分を守っていてくれているのだろうか。まだその要員はここに到着していないのだろうか。佐竹は悶々としながら足を進めた。橋の袂から10分ほど歩いただろうか、佐竹は30メートル先に見える放水路の傍に一台の車が止まっているのを目視した。マフラーから蒸気が出ていることから、エンジンをかけたままである事がわかる。 車から男が降りてきた。彼は濃紺のコートを纏っていた。 ー村上。 「佐竹さんはなるべく遠巻きに村上と接してください。」 佐竹は村上から5メートルの距離で立ち止まった。 「山内さんは。」 村上は車を指差した。 「心配すんな。何もしていない。」 「彼女を帰せ。」 村上は肩をすくめてやれやれといった風の素振りを見せた。 「まだだ。」 佐竹は拳を強く握りしめた。彼の物言いにこのまま村上の側までいって、渾身の一撃を喰らわせてやろうと思った。しかし古田の依頼がある。佐竹は思いとどまった。 「何だ、話って。」 「そんな遠くで話なんかできるか。ほらこっち来いよ。」 「いや、ここでいい。」 村上はニヤリと笑った。 「何だお前、なに警戒してんだ。」 「警戒ぐらいするわ。お前こそなんだよ。」 佐竹は焦った。自分の行動が村上に怪しまれているのではないか。もし自分が警察と連携していることがバレると、村上は何をするかわからない。 「ははははは。そりゃそうだ。お前の言う通りだ。わかった。そこでいい。」 佐竹は胸を撫で下ろした。 「はぁーお前、とんでもない事してくれたな。」 「何が。」 「マルホン建設だよ。お前、あそこの人事に首突っ込んだだろ。」 確かに自分はマルホン建設の担当だ。そして山県の企てに賛同しその補助をした。直接的にやったことではないが、自分がやったといえばそうかもしれない。 「ああ。」 「お前の発案か。」 「…違う。」 「そうか…。お前の上司の企てか?」 「そんなことお前には関係ないだろう。」 「関係あるよ。大ありだ。マルホン建設には手が出せないようにしてあった。それなのにこんな事になっちまった。となれば、自ずと首謀者はわかる。」 「どういうことだ。」 「支店長の山県か。」 山県の名前を簡単に言い当てた村上に、佐竹は驚きを隠せなかった。 「なぜ…。」 この佐竹の声は呟きであったため、おそらく村上には届いていない。しかし遠くに見える佐竹の表情の変化を村上は察知し、彼が何を口に出したか大体のことを察知した。 「やっぱりな。ああー〓︎」 村上は大声で叫んだ。 「だから駄目なんだよ。何で佐竹なんかと同じ店にするんだ。」 頭をかき乱す村上の姿を見て佐竹は言葉を失った。 「そんなだからヘマ打つんだ。あの野郎。でなんだ?佐竹の出世は自分が握っているから、自分の思い通りに俺に動けって?っんなことハイハイって聞けるかよ。」 村上は何度も何度も頭を掻き乱した。そして誰に言うわけでもない大きな独り言を発している。佐竹には村上が錯乱しているかのようにも見えた。 「まぁでも、これであいつも終わり。首吊っちゃったからね。」 「え?」 「慶喜ちゃん。残念でした。」 今の村上の言葉の中に佐竹にとって二つの驚くべき内容が入っていた。ひとつは佐竹自身の出世をネタに村上に何かをしろと慶喜が働きかけていたこと。もうひとつは既に村上が慶喜の自殺のことを知っていることである。 「佐竹。おまえ山県から聞いたのか。」 髪を振り乱し、顎を上げ、村上は佐竹に向かって白い息を吐きながら言った。 「な、何を。」 「聞いたのかって言ってんだ。」 「だから何だっていってんだ。」 「久美子ちゃん。」 「え?」 この時、放水路の上から佐竹に向かって2、3度光が点滅した。放水路は村上の頭上であるため彼はそれに気がついていない。佐竹は警察側の何かの合図であると推測した。 「岡田。河北潟の放水路に待機。佐竹と村上現認。応援を待つ。」 岡田は携帯でこう言って一方的に電話を切り、その電源を落とした。 「お前…今…何て…。」 「久美子ちゃんだよ、久美子ちゃん。いい子だよねーあの娘。」 「まさか…本当にお前が…。」 「おい、何とか言えよ佐竹。」 体の力が抜けた佐竹の声は独り言程度である。村上に彼の声は届いていないようだ。 「まあ黙ってるってことは知ってるってことか。」 「お前か…。」 「あん?」 「お前が一色の婚約者を〓︎」 「ああ、犯った。」 あっさりと言い放たれたこの言葉に、佐竹は力なくそこに膝をついた。 「まぁでもな。正確に言うと俺じゃない。犯ったのは穴山と井上だ。」 「てめぇ…てめぇが指図したんだろうが〓︎」 「何言ってんだ佐竹。悪いのは一色だ。」 「はぁ?」 先ほどから深刻な内容のことを飄々として話す村上の様子を佐竹は目の当たりにして、怒りが込み上げていた。佐竹はゆっくりと身を起こし再び立ち上がった。 「一色なんだよ悪いのは。あいつが余計なことに首を突っ込みすぎるからこうなった。言わばこれは必然ってやつよ。」 「何言ってんだお前。お前が首謀者なんだろう〓︎」 「おいおいでかい声出すな。いくらひと気がないっていっても、ものには限度があるぞ。落ち着けよ。」 「てめぇ絶っ対ぇ許さん〓︎」 「待て待て。ちゃんと話そう。そうだ話し合いが重要だ。話し合いで何事もその殆どが解決する。」 さっきまで気が狂った様な村上であったが、憤怒の状態の佐竹を前に急に態度を変えた。 「一色も話せばわかると思ったんだけどな。」 「一色?馬鹿いうな。婚約者がレイプされて話し合いで済ませましょうなんて、馬鹿みたいなお人好しがこの世にいるか〓︎」 「だから、そうなる前にちゃんと話し合えば久美子もああならなかったってことだよ。」 「そうなる前?」 「ああ。」 「お前頭おかしいんじゃねえの。」 「おかしくない。」 一見冷静さを保っているように見える村上

    18 min
  8. 29/07/2020

    77,【後編】12月21日 月曜日 19時00分 金沢北署

    77.2.mp3 「警備部課長補佐。」 「はっ。」 該当する若手の職員が立ち上がった。 「今この時点からお前が警備部課長代理だ。キンパイだ。速やかに警備部の精鋭を内灘大橋に派遣せよ。くれぐれも対象に気づかれるな。念のため狙撃班も連れて行け。警備部長には話を通してある。」 「はっ。」 朝倉の指示を受けた彼はその場から駆け足で去って行った。 朝倉が出す凄みと突然の警備課長の更迭が捜査本部内を空気を引き締めていた。それに加えて狙撃班の出動を朝倉が命じたことで場の雰囲気は張り詰めたものとなっていた。 「諸君。今まで察庁の無慈悲な指示によく耐えてくれた。これも本件を確実に立件するために必要なことだった。しかし今からは違う。私が全責任を負って指揮を取る。諸君は今まで培ってきた経験と勘、知識、人脈の全てを動員して、この2人の情報を集めて欲しい。本件捜査は明日ロクマルマルを持って終結させる。」 朝倉がなぜ捜査に期限を区切るのか。この場の捜査員も片倉と同じく疑問を感じた。しかし目の前の朝倉の表情から覚悟のほどが受け止められる。捜査員たちは誰も何も言わず、彼の命令の意を組もうとした。 ひとりの捜査員が手を上げた。 「鍋島に関してですが、報告したいことがあります。」 「所属は。」 「北署捜査一課です。」 「よし聞こう。」 「小西が小松空港から熨子町まで乗せた、鍋島と思われる人物についての追加情報です。小松空港からタクシーに乗ったということで、当時の小松空港着の飛行機の搭乗履歴を調べました。」 「おう。」 「しかし、鍋島惇という名前はありませんでした。なので小西の供述をもとに作成した鍋島と思われる男の似顔絵と、鍋島惇という男が同一人物かの確証がありません。」 この報告に場内の捜査員からは落胆の声が漏れた。 「おい、ちょっとそれ見せれま。」 彼の側に座っていた別の捜査員が、彼が手にする搭乗履歴を奪い取って指を指しながらしげしげと読み込んだ。 「これ、まさか…。」 「どうした。」 「…コンドウサトミの名前があります。」 「なにっ?」 周囲にいた捜査員たちは男の元に集まってきてその資料を読み込んだ。 この場にいる捜査員たちはコンドウサトミが6年前の熨子山の事故で登場したことは知らない。しかし七尾の殺しの現場となった物件の契約者がその名前であったため、彼らはガイシャのことを暫定的にコンドウサトミと読んでいた。 現場捜査員はただの機械であるとの松永の方針によって、自分の頭で考えることを封印していた捜査員たち。そんな彼らは縦割りで、誰がどういった捜査をしているかわからず、横の連携が全くない状態だった。 しかし今、鍋島の追加情報がこの場で発表されることでその封印は解かれた。その場の捜査員たちは意見を交換し始め、各々が自身の経験や知識を総動員して推理し、議論を始め出した。 「コンドウサトミは鍋島ということか。」 「となると、七尾で殺されたのは鍋島か。」 ここで朝倉の携帯が震えた。松永からである。 「どうした。」 「いま、七尾中署から連絡が入りました。コンドウサトミは鍋島のようです。不動産屋にサングラスをかけた鍋島の顔、サングラスをかけていない鍋島の高校時代の顔、村上の写真の三つを見せたところ、サングラスを外した高校時代の鍋島の顔が似ているとのことです。」 「そうか。こちらもコンドウサトミが鍋島であると思われる情報が入った。」 朝倉は今さっき判明した搭乗履歴に関する情報を松永に伝えた。 「こうなると、七尾のガイシャは鍋島である可能性が高いな。」 「はい。」 「松永、鍋島については俺らに任せろ。お前らは村上を頼む。いま警備部がそっちに向かっている。指揮はお前に任せる。」 「了解。」 「本部長。お耳に入れたいことが。」 警務部の別所が朝倉に耳打ちした。 「宇都宮課長は石田長官によって更迭されたようです。」 「そうか。」 「しかし…。」 「なんだ。」 「長官はお咎め無しです。」 朝倉は目を瞑った。 「無念です。」 別所の言葉に目を開いた朝倉はニヤリと笑って彼を見た。 「心配するな。織り込み済みだ。」 「本部長。」 矢継ぎ早に朝倉の元に情報がもたらされる。 「何だ。」 「今、熨子駐在所の鈴木巡査部長から一課に連絡が入っているようです。」 「熨子駐在所?」 「ええ。何でも第一通報者の塩島から重要なことを聞き出したとのことです。」 「その無線、こっちに繋げるか?」 捜査員は頷いた。そして通信司令室に鈴木の無線を捜査本部に繋げるよう指示を出した。 「本部長の朝倉だ。何だ、重要なこととは。」 「第一通報者の塩島一郎がある男と接触していたようなんです。」 鈴木の声は捜査本部全体に聞こえていた。そのため、この鈴木の言葉を受けて本部内は静まり返った。 「ある男?」 「村上です。」 「何っ〓︎」 本部内は騒がしくなった。 「塩島は19日の夜に村上を熨子山まで送っています。ちなみに第一通報は塩島自身によるものではなく、村上によるものです。」 「おい待て一体どういうことだ。」 「はなからおかしいと思っとったんです。自分が塩島と接触した時、あいつはひどく震えとったんです。体をえらいガタガタさせとりましてね。よくこんな状態で警察に通報したもんだと当時から疑問を持っとりました。そもそも塩島が何で深夜にあの山小屋まで行ったのかも不思議に思っとったんです。しまいに塩島は自分に置いていかんでくれとか言っとったんです。その時思ったんですよ。ひょっとしてこいつは誰かに置いてかれたんじゃないかって。」 「誰かに置いてかれた?」 「はい。整理して話します。自分が言う時刻は塩島が言ったものなのでおおよそのものとしてお聞きください。」 「わかった。」 「塩島は19日の22時30分ごろに片町で村上を乗せ熨子山まで行きました。そして私が塩島と接触した場所に車を止めて、村上を降ろしたんです。このとき23時30分。村上はすぐ戻ると言って山小屋の方に消えて行きました。それから間もなく一色の車が塩島の横を通過し、山小屋のほうへ走り込んで行ったんです。」 穴山と井上が殺害されたと思われる時刻は19日の23時40分。村上と一色が彼らが殺害された時刻に同じ場所に居合わせていた事になる。 「それから30分ほどして村上はその場に走って戻ってきました。その時の村上の姿は異様だったそうです。」 「異様?」 「はい。白いシャツに大量の血液らしきものをつけていたそうなんです。」 鈴木の報告を本部内の皆が固唾を飲んで聞き入った。 「そこで村上は塩島の携帯を奪って110番したんです。第一通報者は塩島でもなんでもありません。村上です。」 「その後、村上はどうしたんだ。」 「そのまま熨子山の闇に消えて行ったそうなんです。」 「一色は。」 「塩島は村上以外の人間は見ていないと言っています。」 「それ意外に何か情報はないか?」 「ここまでです。塩島は村上の異様な姿を見て、自分はひょっとして恐ろしいことに加担したのではないかと、恐怖を感じたそうなんです。これなら自分が接触した時の塩島の震えも、置いていくなという発言も腑に落ちます。」 「わかった。鈴木巡査部長ご苦労だった。しかしどうして塩島はそのことを隠していたんだ。」 本部内の皆も朝倉と同じ考えだった。何故一介の善良な市民が、夜中に村上を片町から熨子山まで運ぶのか。もともと塩島と村上は何かの接点があったのか。この疑問に鈴木は答えた。 「塩島は残留孤児なんです。」 「何っ?」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。

    12 min

About

ある殺人事件が身近なところで起こったことを、佐竹はテレビのニュースで知る。 容疑者は高校時代の友人だった。事件は解決の糸口を見出さない状況が続き、ついには佐竹自身も巻き込まれる。石川を舞台にした実験的オーディオドラマです。現在初期の音源のリメイク版を再配信しています。 毎週木曜日午前0時配信の予定です。 ※この作品はフィクションで、実際の人物・団体・事件には一切関係ありません。

You Might Also Like

To listen to explicit episodes, sign in.

Stay up to date with this show

Sign in or sign up to follow shows, save episodes and get the latest updates.

Select a country or region

Africa, Middle East, and India

Asia Pacific

Europe

Latin America and the Caribbean

The United States and Canada