和歌、俳句、詩。Waka, Haiku & Poem : A Journey into Japanese Verse

Heretic” by Hakushu KITAHARA ( Unabridged ) 北原白秋『邪宗門』(全) (20)

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悪の窓 断篇七種    一 狂念 あはれ、あはれ、 青白き日の光西よりのぼり、 薄暮の灯のにほひ昼もまた点りかなしむ。 わが街よ、わが窓よ、なにしかも焼酎叫び、 鶴嘴のひとつらね日に光り悶えひらめく。 汽車ぞ来る、汽車ぞ来る、真黒げに夢とどろかし、 窓もなき灰色の貨物輌豹ぞ積みたる。 あはれ、はや、焼酎は醋とかはり、人は轢かれて、 盲ひつつ血に叫ぶ豹の声遠に泡立つ。    二 疲れ あはれ、いま暴びゆく接吻よ、肉の曲。…… かくてはや青白く疲れたる獣の面 今日もまた我見据ゑ、果敢なげに、いと果敢なげに、 色濁る窓硝子外面より呪ひためらふ。 いづこにかうち狂ふヴィオロンよ、わが唇よ、 身をも燬くべき砒素の壁夕日さしそふ。    三 薄暮の負傷 血潮したたる。 薄暮の負傷なやまし、かげ暗き溝のにほひに、 はた、胸に、床の鉛に…… さあれ、夢には列なめて駱駝ぞ過ぐる。 埃及のカイロの街の古煉瓦 壁のひまには砂漠なるオアシスうかぶ。 その空にしたたる紅きわが星よ。…… 血潮したたる。    四 象のにほひ 日をひと日。 日をひと日。 日をひと日、光なし、色も盲ひて ふくだめる、はた、病めるなやましきもの 窓ふたぎ窓ふたぎ気倦るげに唸りもぞする。 あはれ、わが幽鬱の象 亜弗利加の鈍きにほひに。 日をひと日。 日をひと日。    五 悪のそびら おどろなす髪の亜麻色 背向け、今日もうごかず、 さあれ、また、絶えずほつほつ 息しぼり『死』にぞ吹くめる、 血のごとき石鹸の珠を。    六 薄暮の印象 うまし接吻……歓語…… さあれ、空には眼に見えぬ血潮したたり、 なにものか負傷ひくるしむ叫ごゑ、 など痛む、あな薄暮の曲の色、――光の沈黙。 うまし接吻……歓語……    七 うめき 暮れゆく日、血に濁る床の上にひとりやすらふ。 街しづみ、窓しづみ、わが心もの音もなし。 載せきたる板硝子過ぐるとき車燬きつつ 落つる日の照りかへし、そが面噎びあかれば 室内の汚穢、はた、古壁に朽ちし鉞 一斉に屠らるる牛の夢くわとばかり呻き悶ゆる。 街の子は戯れに空虚なる乳の鑵たたき、 よぼよぼの飴売は、あなしばし、ちやるめらを吹く。 くわとばかり、くわとばかり、 黄に光る向ひの煉瓦 くわとばかり、あなしばし。―― 悪の窓 畢――四十一年二月