和歌、俳句、詩。Waka, Haiku & Poem : A Journey into Japanese Verse

“Heretic” by Hakushu KITAHARA ( Unabridged ) 北原白秋『邪宗門』(全) (21)

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Part 21 蟻 おほらかに、 いとおほらかに、 大きなる鬱金の色の花の面。 日は真昼、 時は極熱、 ひたおもて日射にくわつと照りかへる。 時に、われ 世の蜜もとめ 雄蕋の林の底をさまよひぬ。 光の斑 燬けつ、断れつ、 豹のごと燃えつつ湿める径の隈。 風吹かず。 仰ふげば空は 烈々と鬱金を篩ふ蕋の花。 さらに、聞く、 爛れ、饐えばみ、 ふつふつと苦痛をかもす蜜の息。 楽欲の 極みか、甘き 寂寞の大光明、に喘ぐ時。 人界の 七谷隔て、 丁々と白檀を伐つ斧の音。 四十年三月 華のかげ 時は夏、血のごと濁る毒水の 鰐住む沼の真昼時、夢ともわかず、 日に嘆く無量の広葉かきわけて ほのかに青き青蓮の白華咲けり。 ここ過ぎり街にゆく者、―― 婆羅門の苦行の沙門、あるはまた 生皮漁る旃陀羅が鈍き刃の色、 たまたまに火の布巻ける奴隷ども 石油の鑵を地に投げて鋭に泣けど、 この旱何時かは止まむ。これやこれ、 饑に堕ちたる天竺の末期の苦患。 見るからに気候風吹く空の果 銅色のうろこ雲湿潤に燃えて 恒河の鰐の脊のごとはらばへど、 日は爛れ、大地はあはれ柚色の 熱黄疸の苦痛に吐息も得せず。 この恐怖何に類へむ。ひとみぎり 地平のはてを大象の群御しながら 槍揮ふ土人が昼の水かひも 終へしか、消ゆる後姿に代れる列は こは如何に殖民兵の黒奴らが 喘ぎ曳き来る真黒なる火薬の車輌 掲ぐるは危嶮の旗の朱の光 絶えず饑ゑたる心臓の呻くに似たり。 さはあれど、ここなる華と、円き葉の あはひにうつる色、匂、青みの光、 ほのほのと沼の水面の毒の香も 薄らに交り、昼はなほかすかに顫ふ。 四十年十二月   幽閉 色濁るぐらすの戸もて 封じたる、白日の日のさすひと間、 そのなかに蝋のあかりのすすりなき。 いましがた、蓋閉したる風琴の忍びのうめき。 そがうへに瞳盲ひたる嬰児ぞ戯れあそぶ。 あはれ、さは赤裸なる、盲ひなる、ひとり笑みつつ、 声たてて小さく愛しき生の臍をまさぐりぬ。 物病ましさのかぎりなる室のといきに、 をりをりは忍び入るらむ戯けたる街衢の囃子、 あはれ、また、嬰児笑ふ。 ことことと、ひそかなる母のおとなひ 幾度となく戸を押せど、はては敲けど、 色濁る扉はあかず。 室の内暑く悒鬱く、またさらに嬰児笑ふ。 かくて、はた、硝子のなかのすすりなき 蝋のあかりの夜を待たず尽きなむ時よ。 あはれ、また母の愁の恐怖とならむそのみぎり。 あはれ、子はひたに聴き入る、 珍らなるいとも可笑しきちやるめらの外の一節。 四十一年六月