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「警備部課長補佐。」
「はっ。」
該当する若手の職員が立ち上がった。
「今この時点からお前が警備部課長代理だ。キンパイだ。速やかに警備部の精鋭を内灘大橋に派遣せよ。くれぐれも対象に気づかれるな。念のため狙撃班も連れて行け。警備部長には話を通してある。」
「はっ。」
朝倉の指示を受けた彼はその場から駆け足で去って行った。
朝倉が出す凄みと突然の警備課長の更迭が捜査本部内を空気を引き締めていた。それに加えて狙撃班の出動を朝倉が命じたことで場の雰囲気は張り詰めたものとなっていた。
「諸君。今まで察庁の無慈悲な指示によく耐えてくれた。これも本件を確実に立件するために必要なことだった。しかし今からは違う。私が全責任を負って指揮を取る。諸君は今まで培ってきた経験と勘、知識、人脈の全てを動員して、この2人の情報を集めて欲しい。本件捜査は明日ロクマルマルを持って終結させる。」
朝倉がなぜ捜査に期限を区切るのか。この場の捜査員も片倉と同じく疑問を感じた。しかし目の前の朝倉の表情から覚悟のほどが受け止められる。捜査員たちは誰も何も言わず、彼の命令の意を組もうとした。
ひとりの捜査員が手を上げた。
「鍋島に関してですが、報告したいことがあります。」
「所属は。」
「北署捜査一課です。」
「よし聞こう。」
「小西が小松空港から熨子町まで乗せた、鍋島と思われる人物についての追加情報です。小松空港からタクシーに乗ったということで、当時の小松空港着の飛行機の搭乗履歴を調べました。」
「おう。」
「しかし、鍋島惇という名前はありませんでした。なので小西の供述をもとに作成した鍋島と思われる男の似顔絵と、鍋島惇という男が同一人物かの確証がありません。」
この報告に場内の捜査員からは落胆の声が漏れた。
「おい、ちょっとそれ見せれま。」
彼の側に座っていた別の捜査員が、彼が手にする搭乗履歴を奪い取って指を指しながらしげしげと読み込んだ。
「これ、まさか…。」
「どうした。」
「…コンドウサトミの名前があります。」
「なにっ?」
周囲にいた捜査員たちは男の元に集まってきてその資料を読み込んだ。
この場にいる捜査員たちはコンドウサトミが6年前の熨子山の事故で登場したことは知らない。しかし七尾の殺しの現場となった物件の契約者がその名前であったため、彼らはガイシャのことを暫定的にコンドウサトミと読んでいた。
現場捜査員はただの機械であるとの松永の方針によって、自分の頭で考えることを封印していた捜査員たち。そんな彼らは縦割りで、誰がどういった捜査をしているかわからず、横の連携が全くない状態だった。
しかし今、鍋島の追加情報がこの場で発表されることでその封印は解かれた。その場の捜査員たちは意見を交換し始め、各々が自身の経験や知識を総動員して推理し、議論を始め出した。
「コンドウサトミは鍋島ということか。」
「となると、七尾で殺されたのは鍋島か。」
ここで朝倉の携帯が震えた。松永からである。
「どうした。」
「いま、七尾中署から連絡が入りました。コンドウサトミは鍋島のようです。不動産屋にサングラスをかけた鍋島の顔、サングラスをかけていない鍋島の高校時代の顔、村上の写真の三つを見せたところ、サングラスを外した高校時代の鍋島の顔が似ているとのことです。」
「そうか。こちらもコンドウサトミが鍋島であると思われる情報が入った。」
朝倉は今さっき判明した搭乗履歴に関する情報を松永に伝えた。
「こうなると、七尾のガイシャは鍋島である可能性が高いな。」
「はい。」
「松永、鍋島については俺らに任せろ。お前らは村上を頼む。いま警備部がそっちに向かっている。指揮はお前に任せる。」
「了解。」
「本部長。お耳に入れたいことが。」
警務部の別所が朝倉に耳打ちした。
「宇都宮課長は石田長官によって更迭されたようです。」
「そうか。」
「しかし…。」
「なんだ。」
「長官はお咎め無しです。」
朝倉は目を瞑った。
「無念です。」
別所の言葉に目を開いた朝倉はニヤリと笑って彼を見た。
「心配するな。織り込み済みだ。」
「本部長。」
矢継ぎ早に朝倉の元に情報がもたらされる。
「何だ。」
「今、熨子駐在所の鈴木巡査部長から一課に連絡が入っているようです。」
「熨子駐在所?」
「ええ。何でも第一通報者の塩島から重要なことを聞き出したとのことです。」
「その無線、こっちに繋げるか?」
捜査員は頷いた。そして通信司令室に鈴木の無線を捜査本部に繋げるよう指示を出した。
「本部長の朝倉だ。何だ、重要なこととは。」
「第一通報者の塩島一郎がある男と接触していたようなんです。」
鈴木の声は捜査本部全体に聞こえていた。そのため、この鈴木の言葉を受けて本部内は静まり返った。
「ある男?」
「村上です。」
「何っ〓︎」
本部内は騒がしくなった。
「塩島は19日の夜に村上を熨子山まで送っています。ちなみに第一通報は塩島自身によるものではなく、村上によるものです。」
「おい待て一体どういうことだ。」
「はなからおかしいと思っとったんです。自分が塩島と接触した時、あいつはひどく震えとったんです。体をえらいガタガタさせとりましてね。よくこんな状態で警察に通報したもんだと当時から疑問を持っとりました。そもそも塩島が何で深夜にあの山小屋まで行ったのかも不思議に思っとったんです。しまいに塩島は自分に置いていかんでくれとか言っとったんです。その時思ったんですよ。ひょっとしてこいつは誰かに置いてかれたんじゃないかって。」
「誰かに置いてかれた?」
「はい。整理して話します。自分が言う時刻は塩島が言ったものなのでおおよそのものとしてお聞きください。」
「わかった。」
「塩島は19日の22時30分ごろに片町で村上を乗せ熨子山まで行きました。そして私が塩島と接触した場所に車を止めて、村上を降ろしたんです。このとき23時30分。村上はすぐ戻ると言って山小屋の方に消えて行きました。それから間もなく一色の車が塩島の横を通過し、山小屋のほうへ走り込んで行ったんです。」
穴山と井上が殺害されたと思われる時刻は19日の23時40分。村上と一色が彼らが殺害された時刻に同じ場所に居合わせていた事になる。
「それから30分ほどして村上はその場に走って戻ってきました。その時の村上の姿は異様だったそうです。」
「異様?」
「はい。白いシャツに大量の血液らしきものをつけていたそうなんです。」
鈴木の報告を本部内の皆が固唾を飲んで聞き入った。
「そこで村上は塩島の携帯を奪って110番したんです。第一通報者は塩島でもなんでもありません。村上です。」
「その後、村上はどうしたんだ。」
「そのまま熨子山の闇に消えて行ったそうなんです。」
「一色は。」
「塩島は村上以外の人間は見ていないと言っています。」
「それ意外に何か情報はないか?」
「ここまでです。塩島は村上の異様な姿を見て、自分はひょっとして恐ろしいことに加担したのではないかと、恐怖を感じたそうなんです。これなら自分が接触した時の塩島の震えも、置いていくなという発言も腑に落ちます。」
「わかった。鈴木巡査部長ご苦労だった。しかしどうして塩島はそのことを隠していたんだ。」
本部内の皆も朝倉と同じ考えだった。何故一介の善良な市民が、夜中に村上を片町から熨子山まで運ぶのか。もともと塩島と村上は何かの接点があったのか。この疑問に鈴木は答えた。
「塩島は残留孤児なんです。」
「何っ?」
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情報
- 番組
- 配信日2020年7月29日 16:00 UTC
- 長さ12分
- 制限指定不適切な内容を含まない