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ある作品が、自分の心の奥に何かを灯しつづけてくれることがあります。
谷崎潤一郎の『少将滋幹の母』、これは私にとって、そのような作品のひとつです。
この作品は、母を恋い慕う心――
それも、言葉にならず、触れることもできず、
ただ遠くから、静かに、深く、見つめ続けるその感情を、
これほどまでに美しく、昇華して描いた日本文学を、私は他に知りません。
谷崎潤一郎は、耽美、退廃、官能、フェティッシュといったイメージで語られることの多い作家です。
(私の朗読、彼の耽美で官能的な短編『刺青』はiTunesとyoutubeで公開中です。)
けれど『少将滋幹の母』は、まったく異なる雰囲気をもつ作品です。
語られるのは欲望ではありません。
触れられない愛と語られない記憶。
そして、いちども真正面から「母」として抱きしめられることのなかった存在への、
一生にわたるまなざしです。
舞台は平安時代。
主人公・滋幹(しげもと)は、五歳の頃に母を政治の力によって奪われます。
母は沈黙し、父は無力で、
そのまま滋幹は大人になり――
日記のなかに、ただひとつ、母の面影を記し続けます。
母との邂逅で表されたのは、…いえ、これは物語のクライマックスなので楽しみの為に説明はやめておきます。何度読んでも、その素晴らしさは毎回、感じれるものですが…。
ともかくも、母の姿は最後まで明確に描かれません。
けれど、だからこそ、読者のなかに現れてきます。
滋幹の見たであろう母の姿が、
読者の心それぞれに、立ち現れてきます…。
そして、この作品の魅力は――
文章の完成度の高さにもあります。
『源氏物語』などの格調高い文体を写しながらも、
どこか現代の感性にふれる透明さがあり、
余白、香り、語られない情念が、まるでお能、能楽のように響いてきます。
朗読では、ひとつひとつの文章を、時間をかけて丁寧にお届けしていきます。
静かな時間を必要とする方に、
記憶のなかにある母の姿に、思いを寄せたい方に――
谷崎潤一郎のもっとも静謐で、もっとも美しい祈りにも似た作品。
『少将滋幹の母』、どうぞお楽しみに。
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- تاريخ النشر٢٤ يوليو ٢٠٢٥ في ٣:٠٠ م UTC
- الموسم٦