南風舎  - Japanese Classical Literature Podcast

The Diary of Lady Murasaki - Unabridged #23 紫式部日記(全)

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Part 23  さまよう、すべて人はおいらかに、すこし心おきてのどかに、おちゐぬるをもととしてこそ、ゆゑもよしも、をかしく心やすけれ。もしは、色めかしくあだあだしけれど、本性の人がら癖なく、かたはらのため見えにくきさませずだになりぬれば、憎うははべるまじ。  われはと、くすしくならひもち、けしきことごとしくなりぬる人は、立ち居につけて、われ用意せらるるほども、その人には目とどまる。目をしとどめつれば、かならずものを言ふ言葉の中にも、来てゐる振る舞ひ、立ちて行く後ろでにも、かならず癖は見つけらるるわざにはべり。もの言ひすこしうち合はずなりぬる人と、人の上うち落としめつる人とは、まして耳も目も立てらるるわざにこそはべるべけれ。人の癖なきかぎりは、いかではかなき言の葉をも聞こえじとつつみ、なげの情けつくらまほしうはべり。  人すすみて、憎いことし出でつるは、悪ろきことを過ちたらむも、言ひ笑はむに、憚りなうおぼえはべり。いと心よからむ人は、われを憎むとも、われはなほ人を思ひ後ろむべけれど、いとさしもえあらず。  慈悲深うおはする仏だに、三宝そしる罪は浅しとやは説いたまふなる。まいて、かばかりに濁り深き世の人は、なほつらき人はつらかりぬべし。それを、われまさりて言はむといみじき言の葉を言ひつけ、向かひゐてけしき悪しうまもり交はすと、さはあらずもて隠し、うはべはなだらかなるとのけぢめぞ、心のほどは見えはべるかし。  左衛門の内侍といふ人はべり。あやしうすずろによからず思ひけるも、え知りはべらぬ心憂きしりうごとの多う聞こえはべりし。  内裏の上の『源氏の物語』、人に読ませたまひつつ聞こしめしけるに、  「この人は、日本紀をこそ読みたるべけれ。まことに才あるべし。」 と、のたまはせけるを、ふと推しはかりに、  「いみじうなむ才がる。」 と殿上人などに言ひ散らして、「日本紀の御局」とぞつけたりける、いとをかしくぞはべる。この古里の女の前にてだにつつみはべるものを、さる所にて才さかし出ではべらむよ。  この式部の丞といふ人の、童にて書読みはべりし時、聞き習ひつつ、かの人は遅う読みとり、忘るるところをも、あやしきまでぞ聡くはべりしかば、書に心入れたる親は、「口惜しう。男子にて持たらぬこそ幸ひなかりけれ」とぞつねに嘆かれはべりし。  それを、「男だに才がりぬる人は、いかにぞや。はなやかならずのみはべるめるよ」と、やうやう人の言ふも聞きとめて後、一といふ文字をだに書きわたしはべらず、いとてづつに、あさましくはべり。  読みし書などいひけむもの、目にもとどめずなりてはべりしに、いよいよかかること聞きはべりしかば、いかに人も伝へ聞きて憎むらむと、恥づかしさに、御屏風の上に書きたることをだに読まぬ顔をしはべりしを、宮の御前にて『文集』の所々読ませたまひなどして、さるさまのこと知ろしめさまほしげにおぼいたりしかば、いとしのびて人のさぶらはぬもののひまひまに、をととしの夏ごろより、「楽府」といふ書二巻をぞしどけなながら教へたてきこえさせてはべる、隠しはべり。  宮もしのびさせたまひしかど、殿も内裏もけしきを知らせたまひて、御書どもをめでたう書かせたまひてぞ、殿はたてまつらせたまふ。まことにかう読ませたまひなどすること、はた、かのもの言ひの内侍は、え聞かざるべし。知りたらば、いかに誹りはべらむものと、すべて世の中ことわざしげく憂きものにはべりけり。