
“Heretic” by Hakushu KITAHARA ( Unabridged ) 北原白秋『邪宗門』(全) (23)
Part 23
ほのかなる蝋の火に
いでや子ら、日は高し、風たちて
棕櫚の葉のうち戦ぎ冷ゆるまで、
ほのかなる蝋の火に羽をそろへ
鴿のごと歌はまし、汝が母も。
好き日なり、媼たち、さらばまづ
祷らまし賛美歌の十五番、
いざさらば風琴を子らは弾け、
あはれ、またわが爺よ、なにすとか、
老眼鏡ここにこそ、座はあきぬ、
いざともに祷らまし、ひとびとよ、
さんた・まりや。さんた・まりや。さんた・まりや。
拝めば香炉の火身に燃えて
百合のごとわが霊のうちふるふ。
あなかしこ、鴿の子ら羽をあげて
御龕なる蝋の火をあらためよ。
黒船の笛きこゆいざさらば
ほどもなくパアテルは見えまさむ、
さらにまた他の燭をたてまつれ。
あなゆかし、ロレンゾか、鐘鳴らし、
まめやかに安息の日を祝ぐは、
あな楽し、真白なる羽をそろへ
鴿のごと歌はまし、わが子らよ。
あはれなほ日は高し、風たちて
棕櫚の葉のうち戦ぎ冷ゆるまで、
ほのかなる蝋の火に羽をそろへ
鴿のごと歌はまし、はらからよ。
艣を抜けよ
はやも聴け、鐘鳴りぬ、わが子らよ、
御堂にははや夕の歌きこえ、
蝋の火もともるらし、艣を抜けよ。
もろもろの美果実籠に盛りて、
汝が鴿ら畑に下り、しらしらと
帰るらし夕づつのかげを見よ。
われらいま、空色の帆のやみに
新なる大海の香炉採り
籠に炷きぬ、ひるがへる魚を見よ。
さるほどに、跪き、ひとびとは
目見青き上人と夜に祷り、
捧げます御くるすの香にや酔ふ、
うらうらと咽ぶらし、歌をきけ。
われらまた祖先らが血によりて
洗礼がれし仮名文の御経にぞ
主よ永久に恵みあれ、われらも、と
鴿率つつ祷らまし、帆をしぼれ。
はやも聴け、鐘鳴りぬ、わが子らよ、
御堂にははや夕の歌きこえ、
蝋の火もくゆるらし、艣を抜けよ、
汝にささぐ
女子よ、
汝に捧ぐ、
ただひとつ。
然はあれ、汝も知らむ。
このさんた・くるすは、かなた
檳榔樹の実の落つる国、
夕日さす白琺瑯の石の階
そのそこの心の心、――
えめらるど、あるは紅玉、
褐の埴八千層敷ける真底より、
汝が愛を讃へむがため、
また、清き接吻のため、
水晶の柄をすげし白銀の鍬をもて、
七つほど先の世ゆ世を継ぎて
ひたぶるに、われとわが
採りいでし型、
その型を
汝に捧ぐ、
女子よ。
ただ秘めよ
曰ひけるは、
あな、わが少女、
天艸の蜜の少女よ。
汝が髪は烏のごとく、
汝が唇は木の実の紅に没薬の汁滴らす。
わが鴿よ、わが友よ、いざともに擁かまし。
薫濃き葡萄の酒は
玻璃の壺に盛るべく、
もたらしし麝香の臍は
汝が肌の百合に染めてむ。
よし、さあれ、汝が父に、
よし、さあれ、汝が母に、
ただ秘めよ、ただ守れ、斎き死ぬまで、
虐の罪の鞭はさもあらばあれ、
ああただ秘めよ、御くるすの愛の徴を。
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- FrequencyMonthly
- Published8 August 2025 at 15:00 UTC
- Season6