南風舎  - Japanese Classical Literature Podcast

Revisit 江戸川乱歩『悪人志願』 “ I Volunteer to Be the Villain ” by Ranpo EDOGAWA with music

江戸川乱歩 『悪人志願』  何の因果か、私は人並以上に、泥棒や人殺しの話が好きなのであります。泥棒好きな英国人や、仏蘭西人の書いたものを読むだけでは満足できず、自分でも一っ犯罪小説を書いてみようという気になったものであります。  犯罪小説の裏は探偵小説であります。その二つを引っくるめて、今日では広く探偵小説と呼んでおります。私は探偵小説書きを以て任じているものでありますが、その実、右申すような理由から、犯罪小説の方により誘惑を感じている次第であります。  他人の書いたものを読んでいますと訳もないようですが、さて自分で構想を立てようとなると、犯罪小説ないし探偵小説と申すものは、あらゆる拵えもの小説の内で、最もむずかしいといっても敢て過言ではありますまい。どうしてなかなか骨が折れるのであります。  私は日夜、いかにして重罪を犯すべきかを考え耽ります。探偵小説の骨は、恐ろしい、あるいは風変りな、犯罪を創造することであります。それさえできれば、探偵の方は比較的楽に行きます。その証拠に、推理的だと云われるドイルのシャーロック・ホームズ物語を見ますと、一見いかにも推理的で、探偵径路の描写に力を注いでいるようでありますが、よくよく分析して見れば、やっばり犯罪の方法が風変りであったり、独創的であったりするので、そのために探偵の方が引立てられて、さも推理的に見えるのであります。換言すれば、ホームズ物にはほとんど推理はないのであります。  かくのごとく、探偵小説には犯罪の創造ということが肝要であります。したがって、探偵小説書きたるものは、日日夜々、ただもう、いかにして前人未到の(すなわち古来の犯罪者達のいまだ実行しなかった)大犯罪を構想すべきかに、心を砕きます。 「どうして俺はまあ、こうも善人でお人好しなんだろう」時とすると、私はこうした勿体ない歎息を洩します。それは、自分自身悪人でなければ、犯罪者の心理は書けないからであります。そして、東西古今の極重悪人共の、すばらしい犯罪的才能を羨みさえ致します。何という恥知らずな商売でありましょう。深夜人定まって、時々棟木だか梁だかのビチビチひぴ割れる音の外は、鼠さえ鳴りをひそめている刻限に、私は床上に仰臥して、じっと思いをこらします。それが「どうすれば手掛りを残さないで人が殺せるか」という種類の悪事についてであります。血みどろの短刀、細引、毒薬、そうした殺人の道具等が次から次へと浮んで来ます。短刀にしようかな。それとも六連発にしようかな。本当の殺人犯が人殺しの前夜、思いをこらすであろうように、私も思いをこらすのであります。  これならば大丈夫発覚しない。と、自信の持てる犯罪方法を、考えついた時の嬉しさ。一体まあ、こんなことばかり考えていて、人を殺しては喜んでいて、これでいいのかな。時にはわれながら恐ろしくなるほどであります。  私は、一つの探偵小説を書くまでに、頭の中で、まあ幾人の男女を殺すことでありましょう。一晩に一人ずつ殺すとして、一年には三百六十五人、十年には三千六百五十人、そして一生には?それが又、一つーつ、並大抵の殺し方ではないのであります。できる限り陰険に、できる限り残虐に、血みどろに。オオ神様