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機動隊の車両がもてなしドームに突っ込んでくる様を、相馬は物陰に隠れて見ていた。
「あいつを壁にするんですか。」
「そのようだな。」
相馬の隣で児玉も同じように物陰に隠れていた。
「え…あれって。」
相馬の視界に一機のドローンが映った。
刹那それは機動隊車両の上で自爆した。
「伏せろ!」
唐突に、児玉の声が交番内に響いた。
声の鋭さに、相馬は条件反射的に身をかがめ、床に倒れ込むように伏せた。その瞬間――。
爆発の轟音
轟音とともに、全てが白くなり、凄まじい衝撃が空間を引き裂いた。爆風が壁を吹き飛ばし、破片とガラスが嵐のように舞い散る。鼓膜を破るような音が耳をつんざき、相馬は一瞬、自分の体が宙に浮いたように感じた。
相馬は体を起こそうとしたが、右腕に鋭い痛みが走り、呻き声を漏らした。
腕を見ると上着の袖が裂け、血がじわじわと流れ出ている。腕に刺さった小さな金属片が、真っ赤に染まった布地から鈍く光っていた。
「くそ…!」
相馬は痛みに耐えながら周囲を見回した。
交番は瓦礫の山と化し、粉塵が濃く漂っている。息をするたびに、焦げた匂いと土埃が喉を焼くようだった。
「児玉さん…!」
相馬は手を伸ばし、すぐ隣にいたはずの児玉の姿を探した。
やがて目に飛び込んできた光景に、彼の心臓は凍りついた。
児玉は机の残骸の下敷きになり、全身が血と埃に覆われていた。
目を見開いたままの顔には、かすかな表情の痕跡すら残っていない。
首から下は大きな破片で抉(えぐ)られたようになり、胸から血が滝のように流れていた。
「う、嘘だろ…?」
相馬の声は震え言葉にならない。
彼は這いつくばって児玉に近づき、震える手で肩を揺すった。
「児玉さん! 返事してくれ!」
しかし、返事はなかった。
児玉の瞳はどこか遠くを見つめているようで、彼の身体から感じるべき温かさはもうどこにもなかった。
相馬はその場に膝をつき、荒い息を吐いた。右腕からはまだ血が滴り落ちていたが、それどころではなかった。
爆発の原因も、誰が何を仕掛けたのかも、何も分からない。ただ目の前の現実だけがあまりに重く、そして冷たかった。
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爆発音は凄まじかった。まるで空間そのものが引き裂かれるような衝撃が商業ビル全体を貫き、続いて崩壊音と瓦礫が落ちる轟音が響き渡った。ビルの窓ガラスは一瞬で粉々に砕け散り、外へと吹き飛ばされていく。埃と煙が濃い霧のように立ち込め、目の前の視界は灰色に染まった。
古田は瓦礫の中に倒れ込んだまま、耳鳴りの中で僅かな人の声を聞いた。
「久美子! 久美子!」
森の叫び声だ。
その声には恐怖と焦燥が詰まっていた。古田は一瞬、心臓が締め付けられるような感覚に襲われた。
山県久美子――彼女もこの爆発の中に巻き込まれたのだ。
森の声を頼りに、古田は血塗れた瓦礫の中で体を起こす。周囲はまだ煙と埃に包まれ、咳をこらえながら瓦礫をかき分けると、森が倒れた山県の肩を揺さぶる姿が見えた。彼の手は震えており、その表情には恐怖が浮かんでいる。
「大丈夫か、久美子!目を開けろ!」
山県の額には血が滲み、唇は青白く、微かに動く胸だけが彼女がまだ生きていることを示していた。
森が呼びかけるたび、かすかに唇が震えた。
周囲にはまだ機動隊の生存者たちがいる。誰もが瓦礫の下から必死に這い出し、互いを確認し合っていた。
しかしその中には動かない隊員たちの姿もあった。破片や倒壊した梁に押しつぶされ、動かぬ肉体が無惨に横たわっている。
「マスター!」
古田は声を張り上げながら森に駆け寄った。
瓦礫に足を取られながらも、何とか山県の元に辿り着くと、彼女の首元に手を伸ばし脈を確かめる。
「大丈夫や。生きとる。ほやけど手当が必要や。」
古田の言葉に、森は縋るように頷いた。
古田の視線は自然とビルの外側へ向いていた。
ガラスが吹き飛び、外の景色がむき出しになった窓から、壊滅した一階部分がちらりと見える。混乱する瓦礫の中で、誰かが動いていた。その姿を見て古田の胸に鋭い緊張が走った。
埃と煙の向こう、倒壊した柱や散乱した破片の間に、その男がいた。
「朝戸…。」
柱の陰に隠れ、その場にふさわしくない制服警官姿の朝戸が何かをじっと見つめている。
その目の先にあるのは、SATの指揮車両の前で連絡を取る人間だった。彼は転がる遺体の中で感情を殺すように冷静に指示を飛ばしている様に見られた。
「まさか…SATが壊滅…。」
古田の中で、恐怖が冷たい波のように押し寄せてきた。
「この爆発も、朝戸の仕業か…?」
頭をよぎる疑念が脳内をかき乱す。先ほどまでの銃乱射事件、そしてこの大規模な爆発。あまりにタイミングが合いすぎている。物陰に潜む朝戸の姿が、古田にはこの状況の全ての元凶に見えた。心臓が嫌なほど早く脈打ち、額に汗がにじむ。
気づくと古田は無意識に動いていた。
瓦礫を避け、音を立てないように歩きながら、彼は階段へと向かっていた。
「待て…。落ち着け…。」
心の中で自らに言い聞かせる。それでも、彼の足は止まらなかった。何がどうなっているのか分からない。爆発の原因も、朝戸の意図も。だが朝戸がこの場にいる以上、放置するわけにはいかない。
一歩、一歩と階段を下りるたびに、彼の鼓動は大きくなる。頭の中では無数の可能性が錯綜していた。
このままでは朝戸がさらなる殺戮を行うのではないか。SATの指揮官らしき男を殺害し、大将首を取ることを企図している可能性もある。だがここで古田自身が朝戸を止められる保証などどこにもない。
そうだ、特殊作戦群はどうした。爆発前まで銃撃戦が展開されていたもてなしドームから、銃声のような音は全く聞こえなくなった。SATが壊滅し、まさか自衛隊の特殊部隊までも同等の被害を受けたというのか。
不気味なまでの静寂が彼をぶるりと震わせた。
それでも、彼は動くことをやめなかった。何かを掴むように手すりを強く握りしめながら、彼は慎重に階下へと降りていった。
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- FrequencyUpdated Biweekly
- PublishedJanuary 3, 2025 at 8:00 PM UTC
- Length11 min
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