195.2 第184話【後編】

オーディオドラマ「五の線3」


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半壊した柱の陰にしゃがみ込む朝戸は、壁越しに男の姿を捉えていた。
男はSATの制服をまとい、平然とした態度で無線に向かって何かを指示している。だが、周囲に転がる遺体、SAT隊員たちの無残な姿が、その男の存在に異様な違和感を与えていた。

「不自然すぎるだろ…。」

朝戸は呟いた。
SAT隊員たちが壊滅状態にある中で、彼だけが生き残っているのはどう考えてもおかしい。
男の佇まい、異常な状況、不敵な態度。すべてが朝戸に「こいつは普通じゃない」と訴えかけてきた。

「偽物…。」

朝戸の目には、そのすべてが「意図的に仕組まれたもの」に見えた。
何か巨大な力が働き、自分をさらに不利な立場へ追い込んでいるような感覚。それは彼がこれまでの人生で幾度となく感じてきたものだった。

ーまただ…また俺を踏みつける奴が現れた…。

心の中で呟いた言葉が、体の奥底から沸き上がる怒りの奔流をさらに煽った。

就職氷河期――あの時の記憶がよみがえる。
希望する会社の門前払い、理不尽なまでの競争、どれだけ努力しても選ばれるのは「もっと条件のいい」誰か。
企業の冷たい笑顔と一言が脳裏を過ぎる。

「厳正なる選考の結果、誠に残念ではございますが今回は採用を見送らせて頂くこととなりました。
朝戸様の今後のご活躍を心よりお祈り申し上げます。」

何十回、何百回と突きつけられた現実。そこで味わった挫折と屈辱。それでもなおもがいて手を伸ばしても、周囲の冷笑と無関心は変わらなかった。

「なぜだ…俺が何をした…。」

目の前に立つSAT隊長の姿に、かつての自分を踏みつけたあらゆる象徴が重なって見えた。
意図的に選ばれ、意図的に捨てられた。
常に誰かがルールを作り、それに翻弄される自分。
目の前の男が、まさにその「支配者」の象徴に見えた。
力で状況を支配し、自分を見下し、踏みつける存在。それを許すことはできなかった。

ーお前だ!お前が沙希を殺した…。

心の中で叫ぶ。喉から言葉が出そうになるのを必死に押し殺しながらも、彼の全身から滲み出る怒りは隠しきれなかった。手が震え、拳が痛くなるほど強く握り締められる。目の前にいる男に銃口を向けるべきだという衝動が頭を支配する。

ー俺はどれだけ努力すればいいんだ…。こんなにしているのにそれでも努力が足りないっていうのか…。
ーどうして俺だけが、こんな目に遭わなければならない…!

自分の人生を切り裂くような不条理。その象徴である椎名が、自信満々に立つ姿に対し、怒りが怒りを生み、止まらない激情が彼の思考を埋め尽くしていった。

ーいつまでだ…俺はいつまでこんな目に遭えば気が済むんだ!

銃を握る手に力がこもる。その先にいる男は動じる様子もない。むしろその冷静さが、朝戸にさらなる屈辱を味わわせるようだった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

一階の廃墟となったロビーに踏み入れるた古田の足音は聞こえないほど小さかった。
朝戸は依然として柱の陰に隠れ、じっと男を見つめている。古田の緊張は最高潮に達していた。手は汗で滑り、視線は朝戸の一挙手一投足を捉え続けている。

「朝戸…。」

柱の陰に潜んでいた朝戸の身体がピクリと動いた。声の方向を振り返り、動揺した表情で古田を見つめた。

「藤木さん…。」

その瞬間、静寂だった空間に、別の異質な気配が割り込んだ。
古田は目線を上げ、背後に立つSATの姿を捉える。そして、その顔を見た途端、彼の全身の血の気が引いた。

「椎名…。」

古田の声は震えていた。
そしてその名を呟いた瞬間、彼は全てを理解した。

「これか…これを貴様は…。」

椎名の冷たい目が古田を捉えた。
彼の手に握られた銃口が、ゆっくりと古田の方向へ向かうのを見たとき、古田は反射的に叫んだ。

「伏せろ!朝戸!」

その叫び声は瓦礫の中に反響し、朝戸の耳に届いた。しかし、朝戸がその意味を理解するより早く、銃声が鳴り響いた。

銃声

火薬の鋭い音が空気を引き裂き、古田の胸に弾丸が撃ち込まれた。
衝撃に彼の身体が大きくのけぞり、背後の瓦礫に倒れ込む。口から血が溢れ、彼は息を詰まらせながら、目を大きく見開いた。

「…くそっ…。」

かすれた声を漏らしながら、古田の瞼が次第に閉じていく。
視界はぼやけ、彼の意識は薄れていった。

「藤木さァァン!」

古田が倒れるのを目撃した朝戸の顔が、一瞬で激情に歪んだ。震える手で銃を構え、椎名の方向へ向けた。

「貴様ァァァ!!」

怒りと絶望の中で、彼は引き金を次々と引いた。

パン!パン!パン!

銃声が連続して鳴り響き、火花が暗い空間を照らした。
しかし、弾丸は椎名に掠ることもなかった。椎名の動きは異常なほど冷静で、朝戸の銃口の方向を正確に見極め、身をかわした。

「ナイト…。」

椎名は小さく呟きながら、冷たく銃を構え直した。

「え?ナイト?」

朝戸の銃声が止むと同時に、椎名が静かに引き金を引いた。

「俺だよ。キングだよ。」
「え…。」

パン!

弾丸は正確に朝戸の眉間を貫いた。彼の身体が硬直し、力なくその場に崩れ落ちる。
怒りと絶望で満ちていた瞳から、光が完全に消えた。

この場に再び静寂が訪れた。
椎名は冷たい目で朝戸の倒れた身体を見下ろし、無言で銃を下ろした。その後、視線を古田の方へ向ける。

「あぁそうだ。だがまだ終わらんよ。」

椎名は小さく息をつき、周囲を見渡した。
周囲にはSAT隊員たちの無惨な遺体、そして撃ち抜かれた朝戸の死体。そして、遠くで横たわる古田の静まり返った身体。すべてが彼の意図した結果だった。

椎名は足元に散乱する血濡れの瓦礫を踏み越え、彼はその場を静かに後にした。
誰もその姿を止める者はいない。いや、誰もその存在に気づきさえしないかのようだった。

数分後、吉川が指揮所の瓦礫の中へと駆け込んできた。
無線の途切れた通信、爆発音、そして長く続いた沈黙。胸騒ぎを抑えきれないまま現場に到着した彼が目にしたのは、想像を遥かに超えた地獄絵図だった。

「……これは…。」

瓦礫と血の海に足を取られながら、吉川は恐る恐るその場を進む。SAT隊員たちの遺体が散乱し、火薬の焦げた匂いが鼻を突く。血溜まりに倒れた隊員の手には、いまだ拳銃が握られたままだった。

「誰が…。」

そして、彼の目が最初に捉えたのは朝戸の死体だった。

「制服警官がなぜ…?」

眉間に正確に撃ち込まれた弾痕が、その最後の瞬間を語っている。吉川は息を飲みながら、その先に目を移す。
そこには、古田の身体があった。

「古田……?」

吉川は膝を折り、崩れるように古田に駆け寄った。瓦礫をかき分け、彼の胸元を押さえたが、そこに感じられるはずの鼓動は、どこにもなかった。

「嘘だ…嘘だろ…!」

彼の声が瓦礫の中に反響する。古田の目は半ば開かれたままだが、そこに宿る光は完全に失われている。吉川の手が震え、血で濡れた彼のカメラマンジャケットを掴む。

「なんで…こんなことに…!」

力なく呟く声が、吉川自身の耳にも悲しく響いた。彼の膝は瓦礫に沈み込み、肩が震える。周囲の惨状が視界に広がり、彼の心を押し潰していった。

椎名はビルの瓦礫の隙間から吉川らの方を見つめていた。
遠くから聞こえる彼の叫び声に、彼の表情は微かに動いたようだった。が、それもすぐに元の無表情へと戻った。

ため息

椎名のその背中は、何か底知れぬ暗い決意を宿しているように見えた。

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