198.1 第187話【前編】

オーディオドラマ「五の線3」


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相馬からの報告がないまま、時間だけが過ぎていた。
テロ対策本部の室内は、重苦しい空気に包まれていた。誰も言葉を発さず、机上の時計の秒針がやけに耳に響く。

「こちらSAT。テロ対策本部ですか。」

突然、無線から声が響いた。
岡田は反射的に無線機を手に取った。

「こちらテロ対策本部だ。そちらは?」
「SATの吉川です。自衛隊から応援に入っています。」

その名を聞き、岡田は瞬時に思い出した。相馬から自衛隊特務2名と協力しているとの報告だった。そのうち1名がSATに応援として加わり、もう1名は死亡した――この無線の相手がその一方の生き残りだ。

「相馬から報告を受けている。残念だった。」

無線越しの吉川の沈黙に、本部内も自然と押し黙る。その沈黙は、吉川が相棒の死を受けて沈んでいるのだと、誰もがそう思っていた。だが、次の言葉がその思いを根底から覆した。

「相馬周は死亡しました。」

室内が一瞬で凍りついた。
岡田は目を見開き、呆然とした表情を浮かべる。片倉は両手で頭を抱え、無言で肩を震わせた。

「詳しい状況については、今、別の人間に代わります。」

無線から再び声が聞こえた。それは吉川ではなく、別の人物――「黒田」と名乗る者だった。

「…黒田と申します。」

その名を聞いた片倉の表情が変わった。まるで過去の記憶が引き戻されたかのように目を鋭くし、無線マイクを岡田から奪うように取り上げた。

「黒田…。黒田か!」
「…片倉さん…。」

無線越しに聞こえる声には動揺と焦燥が滲んでいる。

「どうした…何があった…。」

片倉の声は、すがるような響きだった。

「見たんです…。信じられないものを。」
「何を見た?」
「仁川…仁川征爾です。」

その名に、片倉は息を呑む。

「仁川…征爾…。」
「ええ。」

黒田の声は震えていた。

「あの仁川征爾を見ました。」
「…その仁川が…どうした…。」

沈黙が続く。本部内も誰一人動けない。

「黒田、答えろ!」
「仁川が…相馬を撃ちました。」

片倉は絶句した。

「撃って…どこかに行きました。」
「嘘だろ…。」
「嘘じゃありません…。」
「いや、嘘だ…。」
「嘘じゃありません!」
「…んな…馬鹿な…。」

片倉の声はかすかに震え、消え入るようだった。

「片倉さん…何が起きているんですか…。」

その問いに片倉は返事をすることができず、代わりに肩を落とし、まるで小さくなったように見えた。

「吉川です。」

沈黙を破るように、冷静な声が無線に入った。

「黒田さんが仁川と言っている男は椎名賢明です。その自分の理解は正しいですか。」

片倉は答えられない。言葉を失った片倉の代わりに、百目鬼が前に出て答えた。

「テロ対策本部の統括責任者、百目鬼だ。その理解で間違いない。」
「椎名は、この状況の何かを知っていると自分は考えます。公安特課は?」
「同感だ。」
「ならば、自分はこれより椎名を捜索します。」
「よいのか?」

百目鬼が問いかける。

「良い悪いの話ではありません。自分にとって、3人の相棒が殺された可能性がある。」

相馬、児玉、そして古田――。吉川は一時的であれ彼らと共に任務をこなしてきた。

「自衛隊はそれで了としているのか。」
「撤収せよとの命令です。」

百目鬼は苛立ちを露わにした。

「ではいかんではないか!」
「人としての問題です。」

吉川の言葉が百目鬼の声をかき消した。

「たった今から、自分は自衛官でもなく、警官でもありません。ただの民間人です。それならば、誰にも迷惑はかけません。」

百目鬼は短く息をつき、沈黙を破った。

「…いいだろう。君の椎名捜索について、我々は全面的に協力する。ただし警察公式としては一切関知しない。」
「ありがとうございます。」
「礼を言うのはこちらだ。」

無線が切れた後、百目鬼は深々と無線機に頭を下げた。その姿に引き寄せられるように、他の本部メンバーも次々と立ち上がり、頭を下げた。

沈黙は1分間続いた。

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雨が降り続き、相馬の遺体の周囲を冷たい水が流れていく。
吉川と黒田は、降りしきる雨に打たれながら、無言で立ち尽くしていた。
吉川がポケットから無線機をしまい、重く息を吐いた。

「黒田さん。あんた一旦帰るんだ。ここは危険だ。」

黒田は吉川の言葉にかぶせるように答えた。

「俺も行く。」

吉川は深い溜息をついた。

「おいおい…素人が出張るような局面じゃないんだ。あんたのようなのがいるとかえって迷惑なんだ。」

黒田は振り返らずに言った。

「仁川…。」

黒田の視線は地面に伏せられたままだった。

「あいつを見たからには、俺はやらなきゃならんことがあるんだ。」
「…なんだよ。」

黒田はわずかに顔を上げ、吉川の目を見た。その目には何か深い決意が宿っていた。

「あいつの帰りをずっと待ち続けていた男。その話を伝える。」

吉川は怪訝な顔をした。

「…なんだそれ。」

黒田は説明を続けることなく、わずかに顔を背けた。
その表情は「これ以上聞くな」と語っているようだった。

「頼む。俺にも行かせてくれ。でないと…俺は、もう…。」

黒田は相馬の遺体から目を逸らした。
三波の死亡報告、そして相馬の死――立て続けに襲いかかった悲劇に、黒田の精神は限界に達していた。これだけでも十分すぎるほどのショックだ。しかし、彼をさらに苦しめるものがあった。
それは、相馬の恋人である片倉京子の存在だ。
職場の上司であり尊敬していた三波の死を目の当たりにし、続いて恋人である相馬の死を知ったとき、彼女はどうなってしまうのか――そのことが黒田の心を引き裂いていた。
このまま立ち止まっていると、自分まで気がおかしくなりそうだった。何か行動しなければならない。動くことでしか、この耐えがたい現実から逃れる術はなかった。

吉川は黒田の言葉を聞き、その姿を見つめた。
何か込み入った事情を抱えていることは察していた。しかし、それでも戦場に素人を連れていくことがどれだけ危険かも理解していた。
吉川は静かに腰のホルスターから拳銃を抜き、それを黒田に差し出した。

「俺はあんたを守らない。ここからは自己責任だ。そういうことで良いなら着いてこい。」

黒田は一瞬その拳銃を見つめ、ゆっくりと手を伸ばした。手にした瞬間、思った以上の重さに驚いた表情を浮かべる。

「そいつは自分を守る唯一の武器だ。」

吉川は冷静に続けた。

「あんたを守るのは、その一丁の拳銃だけだ。使うときが来たら、躊躇わずに引き金を引け。それが自分の身を守る唯一の方法だ。」

黒田は拳銃を握る手に少し力を込めた。

「撃つときは狙いを定めるな。相手の身体のどこかに当たればそれで十分だ。それだけを覚えておけ。」

吉川の言葉に、黒田は黙って頷いた。
吉川が振り返り、雨の中で歩き始めた。

「行くぞ。」

その背中に向かって、黒田は一言だけ返した。

「おう。」

雨の音が二人の足音を掻き消していく。濡れた拳銃の冷たさが、黒田の手に馴染むまでには、まだ時間がかかりそうだった。

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