Part 22
風の涼しき夕暮れ、聞きよからぬ独り琴をかき鳴らしては、「嘆き加はる」と聞き知る人やあらむと、ゆゆしくなどおぼえはべるこそ、をこにもあはれにもはべりけれ。さるは、あやしう黒みすすけたる曹司に筝の琴、和琴、調べながら心に入れて、「雨降る日、琴柱倒せ」なども言ひはべらぬままに塵積もりて、寄せ立てたりし厨子と柱とのはざまに首さし入れつつ、琵琶も左右に立ててはべり。
大きなる厨子一よろひに、ひまもなく積みてはべるもの、一つには古歌、物語のえもいはず虫の巣になりにたる、むつかしく這ひ散れば、開けて見る人もはべらず。片つ方に書どもわざと置き重ねし人もはべらずなりにし後、手触るる人もことになし。それらをつれづれせめて余りぬるとき、一つ二つ引き出でて見はべるを、女房集まりて、
「御前はかくおはすれば、御幸ひは少なきなり。なでふ女か真名書は読む。昔は経読むをだに人は制しき。」
としりうごち言ふを聞きはべるにも、物忌みける人の、行末いのち長かめるよしども、見えぬ例なりと、言はまほしくはべれど、思ひくまなきやうなり、ことはたさもあり。
よろづのこと、人によりてことごとなり。誇りかにきらきらしく心地よげに見ゆる人あり。よろづつれづれなる人のまぎるることなきままに、古き反古ひきさがし、行なひがちに口ひひらかし、数珠の音高きなど、いと心づきなく見ゆるわざなりと思ひたまへて、心にまかせつべきことをさへ、ただわが使ふ人の目に憚り、心につつむ。まして人の中にまじりては、言はまほしきこともはべれど、いでやと思ほえ、心得まじき人には、言ひて益なかるべし。ものもどきうちし、われはと思へる人の前にては、うるさければもの言ふことももの憂くはべり。ことにいとしも、もののかたがた得たる人はかたし。ただ、わが心の立てつるすぢをとらへて、人をばなきになすなめり。
それ、心よりほかのわが面影を恥づと見れど、えさらずさし向かひまじりゐたることだにあり。しかじかさへもどかれじと、恥づかしきにはあらねど、むつかしと思ひて、ほけ痴れたる人にいとどなり果ててはべれば、
「かうは推しはからざりき。いと艶に恥づかしく、人見えにくげに、そばそばしきさまして、物語このみ、よしめき、歌がちに、人を人とも思はず、ねたげに見落とさむものとなむ、みな人びと言ひ思ひつつ憎みしを、見るには、あやしきまでおいらかに、こと人かとなむおぼゆる。」
とぞ、みな言ひはべるに、恥づかしく、人にかうおいらけものと見落とされにけるとは思ひはべれど、ただこれぞわが心と、ならひもてなしはべるありさま、宮の御前も、
「いとうちとけては見えじとなむ思ひしかど、人よりけにむつましうなりにたるこそ。」
と、のたまはする折々はべり。くせぐせしくやさしだち、恥ぢられたてまつる人にも、そばめたてられではべらまし。
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- FrequencyUpdated Semimonthly
- PublishedMarch 15, 2025 at 3:00 PM UTC
- Season6