バトル・ニュース(プロレス&格闘技)

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  1. 17H AGO

    【第111回】VAPERレスラー谷嵜なおきのバトルニュースで取り扱い注意!~ダブプロレスとリフレッシュとBrotherInDaHouseと~

    ダブプロレスの谷嵜です。基本的に試合後の食事会とか飲み以外で日程を合わせて他のレスラーと会うと言う事はほぼ無くて、あっても極々たまーに。な感じです。自分は本当にビックリするくらいたまにしかないですね。試合後の流れで一緒に飲む事はまあまあ頻繁でしたが。。。。。先日ある方のお声掛けでその『たまに』が訪れて、レスラーズと某所へ泊まりがけリフレッシュを。久し振りの選手だったり、まあまあの頻度の選手だったり、初めましての選手もいて、プロレス談議以外にも普通にコミュニケーションしましたね。団体は違えどリングの上で同じ時間を共有する同業者同士だからこその安心感はこの業界だと特に感じるかも知れないです。キャリアも年齢もバラバラでもプロレスラーと言う共通項があればまあまあ打ち解けます。家を車で出て目的地に向かう時も試合会場に向かう時と感覚も違い、のんびりドライブも心地良く普段通らない道のりも新鮮で、この時点で既にリフレッシュされていくのを感じましたね。到着後は初めての場所でも馴染んでしまいましたね。その別荘が居心地満点だったので尚更です。昼から窯でピザなんかを焼きながら日焼けをしつつ、水を浴びてサウナにもちょっと入ってみたり。そしてその時間からのビールは最高で、やはり大人の贅沢は昼の明るい時間から酒を飲む事なのかなと最近は更に思うようになりました。昼飲み最高です。先日のリングソウルでのBAR谷やんも昼開始で沢山のお客様と贅沢な時間を過ごせました。この場を借りてご来場ありがとうございました!自然の風を感じつつ海が見えてロケーションが良い場所だったので更に贅沢を感じます。特に何をするとかもなくゆっくりと時が流れるその日を満喫して堪らないリラクゼーションになりましたね。心地よい日をありがとうございました!そして来週1ついたち(月祝)はこれまたお客さんとブラザーとネグロは昼から爆飲み必須なBrotherInDaHouseが神戸元町のリングソウルで開催。ブラザーの頭の中に遊びに行く感覚です。詳しくはSNSなんかで#brother In DaHouseで検索を。もちろんノンアルコールでも雰囲気に酔えますよ!主催者のブラザーはもちろんの事で参戦選手もアルコールと音楽好きなプロレスジャンキー終結。

    3 min
  2. 1D AGO

    イヨ・スカイ(紫雷イオ)が47歳で亡くなった師匠・橋本友彦さんを追悼「情に厚い橋本さんの人柄あってのデビューでした」

    2025年8月5日にがんで亡くなった橋本友彦さん(47)をイヨ・スカイが追悼した。 橋本さんはJPWAで2000年にプロレスデビュー。2002年にDDTに入団し、ぱんくらす、INOKI BOM-BA-YE、PRIDEの登竜門大会『MMA ざ BEST』など格闘技にも参戦。2006年にDDTプロレスを退団し『TEAM MAKEHEN』を結成すると、しらい美央、しらいいお(現:イヨ・スカイ)、西村賢吾(現:こぶし剛)を発掘しデビューさせる。2010年にMAKEHENを解散させアパッチプロレス軍へ。2016年にアパッチプロレス軍が解散すると、後継団体として『プロレスリングA-TEAM』を設立した。 2024年9月に肝臓がんステージ2であることが発覚。その後治療を続けながら試合に出場を続け、ラジオ波焼灼術により一度はがんは消えたものの今年5月の定期検査で肝臓の難しい部位にがんが再発していることが判明。6月22日のA-TEAM千葉大会に強行出場後は治療に専念していた。 イヨは「「お前ら来月デビューだから!リングネーム考えておいて!」2007年。橋本さんのその電話でしらいいお、そして姉の美央のプロレスラー人生が始まりました。団体へ入門などではない珍しい形でのプロレスラーデビューとなりましたが、そうでなかったら私はプロレスに出会ってすらいない人生だったかもしれません。情に厚い橋本さんの人柄あってのデビューでした。心からの感謝と、ご冥福をお祈りいたします」とSNSに投稿し追悼した。 A-TEAMは8・24新木場1stRINGで11時より『橋本友彦AID大会〜One Heart,One Fight,All for You〜「大丈夫!絶対に大丈夫!みんな待ってるよ!」』の開催を予定していたが、本興行に関しては追って発表されるとのことだ。

    2 min
  3. 1D AGO

    意識朦朧のトランスマイクに会場ドン引き!“悪vs悪”の決闘は尻爆弾でKO決着!

    5日、東京みやこ・後楽園ホールにてどらごんげーと『ざ GATE おぶ ADVENTURE 2025』が開催。オープン・ザ・ドリームゲート王者のシュン・スカイウォーカーが尻爆弾を受けてKOされた。 シュンは、7月13日の神戸ワールド記念ホール大会で“負けたら退団”という覚悟を口にしながらYAMATOの持つオープン・ザ・ドリームゲート王座に挑戦。 激闘の末に王座奪取に成功したシュンであったが、これまでの身勝手すぎる言動が祟ってか自らの属するヒールユニット【Z-Brats】の菊田円から襲撃され戴冠直後にZ-Bratsから追放されてしまう。 8月17日の大田区総合体育館大会では菊田がシュンに挑戦することが決定しており、決戦を約2週間後に控えたこの日のメインイベントではシュン・スカイウォーカー&帆希vs菊田円&ISHINのタッグマッチが実施。シュンと菊田だけではなく、シュンとともにZ-Bratsから追放された帆希がISHINに向ける叛逆にも注目が集まっていた。 試合は、ニタニタと余裕の笑みを浮かべるISHINが帆希をいたぶっていく展開に始まるが、シュンが帆希を救出しつつ息の合ったコンビネーションで盛り返す。 しかし、菊田が突っ込んできて逆転を阻止し場外でのイス攻撃でシュンの脳天に一撃。帆希が1vs2のローンファイトを強いられるも、復活したシュンが菊田に復讐のイス攻撃。帆希もアシストしようとするが、トラースキックがシュンに誤爆してしまい不穏な雰囲気に。 このギスギスをISHINが見逃すわけもなく、「いいぞ帆希!次は自分の意志でやってみろ!」とシュンを羽交い締めにして揺さぶりをかける。攻撃を促された帆希だが、迷わずISHINの顔面にトラースキック。 菊田がヒップアタックで突っ込んで帆希を排除し、シュンの顔面を小刻みに蹴りつける。シュンは「いいねぇ!もっと頂戴!ウヘヘヒャハヘヘヘ!」と狂気に満ちた笑い声を上げ、菊田のヒップアタックをキャッチしてSSW。さらに旋回式ロックボトムやムーンサルト式ダブルニードロップと猛攻。 菊田は得意の獲物であるハンマーを持ち込んで大暴れ。なんとかこれを奪い取ったシュンだったが、菊田が即座にラリアット。

    3 min
  4. 1D AGO

    棚橋弘至からハイフライフローを継承したDRAGON GATEのエースがビッグマッチで王座挑戦決定!

    5日、東京みやこ・後楽園ホールにてどらごんげーと『ざ GATE おぶ ADVENTURE 2025』が開催。吉岡勇紀が棚橋先輩から継承したハイフライフローで王座挑戦を掴み取った。 吉岡は、ドラゴン・ダイヤとマスクを巡る壮絶な抗争を経て友情を育み【D'Courage】を結成。ダイヤと2度のオープン・ザ・ツインゲート王座戴冠を果たし、2022年にはオープン・ザ・ドリームゲート王座戴冠を果たすなどどらごんげーとの未来のエースとして期待を集めてきた。 しかし、2023年12月には網膜剥離という選手生命を脅かす負傷から長期欠場。当時保持していたツインゲート王座も返上となり、今年3月に復帰するもなかなか戦績は振るわず。5月にはマスカラ・コントラ・カベジェラ戦に敗れて丸坊主にされてしまうなど再びドン底を味わった。 しかし、7月13日の神戸ワールド記念ホール大会では、同じ岐阜県立大垣西高校野球部出身という縁から棚橋弘至とのシングルマッチが実現。 この試合は棚橋がハイフライフローで吉岡を破る結末に終わるが、棚橋は吉岡の必殺技であるフロッグ・スプラッシュが自身の技と同じ形であることに言及。「もし良かったらハイフライフロー使ってくれ。俺が来年1月4日に引退したあとも吉岡選手がハイフライフローを使い続ける限りこの技は生き続けるからな。頼んだぞ。どらごんげーとのエースになれよ!」と、ハイフライフローと“エース”の称号を吉岡に託した。 この日のセミファイナルでは、【D'Courage】吉岡勇紀&ドラゴン・ダイヤ&田中良弥vs【Z-Brats】箕浦康太&ジェイソン・リー&KAIの6人タッグマッチが実施。現在ツインゲート王座を持つ箕浦&ジェイソンに対し、吉岡&ダイヤはバチバチの対抗心を燃やしていた。 試合はZ-Bratsの奇襲から激しい場外戦に始まり、田中が捕まってひたすらいたぶられる展開に。1vs3の状況でも田中は折れずに吉岡&ダイヤの復活を信じて奮戦。中盤からは吉岡&ダイヤのコンビネーションが冴え渡って圧倒。田中が箕浦にハンドスプリング式RKOを決めて場外に排除し、ダイヤがジェイソンに急角度DDT。 最後は吉岡がジェイソンにバトルフックからハイフライフローを決めてすりーかうんとを奪った。

    3 min
  5. 1D AGO

    元全日本サンボ王者がDRAGON GATEでデビュー!実力とルックスを兼ね備えた未来のエース誕生か

    5日、東京みやこ・後楽園ホールにてどらごんげーと『ざ GATE おぶ ADVENTURE 2025』が開催。柔道&サンボの猛者である木村和真が待望のデビューを果たした。 木村は千葉県船橋市出身の23歳。幼い頃から柔道に打ち込み、サンボも並行して学ぶように。サンボでは高校時代は日本ユースサンボ選手権で優勝、大学時代は全日本サンボ選手権大会でも2度の準優勝を果たすなどの実績を引っ提げ、卒業後にどらごんげーとに入門。木村のデビュー戦は、高校・大学とレスリングに没頭していたBen-Kが胸を貸した。 試合序盤は目まぐるしく攻守が入れ替わる高度なグラウンドでの攻防が展開されていき、ショルダータックル合戦も木村がBen-Kに力負けすること無く互角のぶつかり合いを見せる。 木村が強烈な逆水平チョップを連打して快音を響かせていくと、Ben-Kもニヤリと笑う。小手調べを終えたBen-Kはギアを1つ上げ、ショルダータックルで軽々とふっ飛ばした上でボディスラムを連発し逆エビ固め。 苦戦が続いた木村だったが、Ben-Kボムを反動なしのショルダースルーで切り返す驚異の膂力を見せ、アームロックに捕らえつつ足を絡めながら回転するサンボ仕込みのサブミッション、払腰からの腕十字といった自身のバックボーンを活かした猛攻。 さらに木村は三角絞めでギブアップを迫るが、これをぶっこ抜いたBen-Kが強烈なバスター。ふらつく木村をミサイルキックで対角線コーナーまでぶっ飛ばしたBen-Kは、容赦なく必殺のスピアを突き刺してすりーかうんとを奪った。 バックステージに戻った木村は「憧れの場所、後楽園でデビューして本当に嬉しいけど、やっぱ負けたら意味がないから。早く初勝利もぎ取って、まだまだ上に駆け上がってやります」と悔しさを前面に出しながらコメント。鼻っ柱も強い本格派がどらごんげーとマットの明るい未来を感じさせた。

    2 min
  6. 1D AGO

    【訃報】がん闘病中だった橋本友彦さんが47歳で死去。DDTなどで活躍しイヨ・スカイ(紫雷イオ)を発掘

    プロレスリングA-TEAMが、代表である橋本友彦さんが2025年8月5日午前7時55分に死去したことを発表した。 橋本さんはJPWAで2000年にプロレスデビュー。2002年にDDTに入団し、諸橋晴也や高木三四郎らとともにKO-Dタッグ王座を戴冠。ぱんくらす、INOKI BOM-BA-YE、PRIDEの登竜門大会『MMA ざ BEST』など格闘技にも参戦し、2006年にDDTプロレスを退団。『TEAM MAKEHEN』を結成すると、しらい美央、しらいいお(現:イヨ・スカイ)、西村賢吾(現:こぶし剛)を発掘しデビューさせる。2010年にMAKEHENを解散させアパッチプロレス軍へ。2016年にアパッチプロレス軍が解散すると、後継団体として『プロレスリングA-TEAM』を設立した。 2024年2月に体調の異変で病院を受診し、精密検査の結果9月に肝臓がんステージ2であることが発覚。その後治療を続けながら試合に出場を続け、ラジオ波焼灼術により一度はがんは消えたものの今年5月の定期検査で肝臓の難しい部位にがんが再発していることが判明。主治医から「抗がん剤など西洋医学での治療は困難」との宣告を受け、東洋医学、湯治、食事療法などでの治療に切り換えながら6月22日のA-TEAM千葉大会に強行出場。 橋本さんの休業前ラストマッチを見守るため、髙木三四郎、KUDO、柿本大地さん、風香さん、小幡優作さん、おおか健、我龍真吾らが駆け付け、いぶし幸太、ザ・グレート・サスケ、藤田愛さん、俳優の赤井英和さんからビデオメッセージが寄せられた。 試合はDDT時代の戦友である石川修司、MIKAMI、タノムサク鳥羽、チーム・ベイダーでタッグを組んでいた柴田正人が友情参戦し、橋本さん、雷電、櫻井匠、この日のためについたち限定復帰した佐瀬昌宏のチームと激突。 試合を終えた橋本さんは「自分のなかでできないって分かってるんですけど、モチベーションを下げたくないんで、復活するんだって気持ちで、こういう形でやらせてもらって、休業にしました。急なことなんですけど、選手もいっぱい出てくれて。感無量というかやっててよかったと思いました。いっぱい昔の仲間が来てくれてうれしかった。必ず、もう1回どんな形であれ、リングに立てるように頑張るんで」と再起をあきらめない姿勢を見せていた。

    3 min
  7. 2D AGO

    引退を控えるジョン・シナがコーディ・ローデス相手に王座陥落もブロック・レスナーがまさかの登場で襲撃!

    38回目にして初の2Days開催となった今年の『サマースラム』がニュージャージー州イーストラザフォードにあるメットライフ・スタジアムで行われた。 Day1では53161人の観衆を集めたが、Day2ではそれを上回る60561人の観衆が集まり、2日間での合計は113722人という驚異的な数字を残した。まさに”世界最高のプロレス”の異名通りだが、今回もAbemaではぺいぱーびゅーで生中継されている。10月の日本公演への予習としてもぜひ見てもらいたい。 その『サマースラム』の最終試合として選ばれたのはやはりジョン・シーナ対コーディ・ローデスの統一WWE王座戦であった。 『イリミネーション・チェンバー』での衝撃のヒールターンから『レッスルマニア』での17度目の王座戴冠を果たしたジョン・シーナだが、これまではベルトを凶器として使用することで防衛を重ねてきたものの、前週のRAWでの調印式の乱闘を経て、自分を見失っていた事に気が付き、スマックダウンではコーディやファンに本来のジョン・シーナに戻ることを宣言。試合形式はストリートファイト形式のままではあるものの、長きに渡ってファンから愛されてきたシーナとして最後の『サマースラム』に臨むこととなった。 挑戦者であるコーディの入場時には父・ダスティ・ローデスが1994年に発言したという「自分自身がリーダーとならなければ見える景色は変わらない」という言葉が紹介されてからいつものように会場のファンをひとつにする入場を見せた。 一方のシーナはまさに”本来のジョン・シーナ”として登場。ベルトも正しく巻き、明るい表情でリングに走り込み、ベルトを力強く掲げる姿を見せた。選手紹介時にはコーディにはまさかのブーイング。シーナはリングアナのアリシア・テイラーの肩を抱きながらコールを受けてみせる。 ゴングが鳴るとしばらくはただ対峙するふたりだが、ハグと少しの言葉をかわすとすぐにストリートファイトらしく殴り合いからスタートする。場外戦でコーディが有利になるとブーイングが飛び、シーナが観客として来ていたNBAプレイヤーのタイリス・ハリバートンの松葉杖を使って攻撃すると大歓声が起きる。シーナはスチールステップをリング内に入れると、そこにアティチュードアジャストメント(以降AA)を狙うがこれはコーディが逃れて逆にボディスラムで叩きつける。

    3 min
  8. 2D AGO

    イヨ・スカイが世界最高の夏の舞台で王座挑戦も戴冠ならず!

    38回目にして2Days開催となった『サマースラム』がニュージャージー州イーストラザフォードのメットライフスタジアムで行われた。 Day1ではメインイベントでのグンター対CMパンクが激闘の末に王座交代となったが、12年ぶりのWWE王座戴冠のパンクが感慨に耽る中、ケガで長期欠場中のはずのセス・ロリンズが試合終了後に登場し、キャッシュインからの王座強奪に成功。パンクは5分足らずで王座を手放すことになってしまった。Day2ではそれ以上のどんでん返しも期待できるとあって、観客の熱気は前日にも増して膨れ上がっている。 今回もAbemaのぺいぱーびゅーによる生中継で放送されたが、10月には急きょ決定した日本公演が控える中、予習の意味でも”世界最高のプロレス”に触れてみるのはいかがだろう。 CCOであるポール・”トリプルH”・レベックによる開催宣言を受けてのDay2のオープニングは今年の『レッスルマニア』Day2と同様、トリプルスレットでの世界女子王座戦。 『レッスルマニア』では王座防衛に成功したイヨ・スカイだが、先日の女子だけのPLE『エヴォリューション』では試合中のナオミによるキャッシュインで王座陥落。今回はその時の対戦相手であるリア・リプリーとともにナオミに挑戦するトリプルスレットマッチに臨むこととなった。 試合が始まるとナオミは「ふたりでつぶし合っててよ」とばかりの場外にエスケープするが、もちろんふたりはそれを許さずに場外ではさみうちにしてリングに戻し、まずはナオミに対して共同戦線で向かっていく。 リアがアシストしてのイヨのドロップキックから、イヨがアシストしてのリアのビッグブーツはイヨに誤爆。すかさずナオミはコーナーポストからのクロスボディからリアを場外に排除して、イヨに対しての髪を掴んでのホイップの連打に、リアの腕への噛みつきとやりたい放題。その後も1対2の状況が続くもののナオミの攻勢は続いていく。 それでもリアは噛みつかれた腕をナオミに示してからのクローズラインの連打に豪快なフェースバスター。イヨもスプリングボードのミサイルキックを成功させるとリアと一緒に「わたしを見て!」のポーズで会場を熱狂させる。

    2 min

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