渡部龍朗の宮沢賢治朗読集

渡部製作所

Audibleで数々の文学作品を朗読してきたナレーター 渡部龍朗(わたなべたつお) が、宮沢賢治作品の朗読全集の完成を目指し、一編ずつ心を込めてお届けするポッドキャスト。 ▼ 朗読音声とテキストがリアルタイムで同期する新体験オーディオブックアプリ「渡部龍朗の宮沢賢治朗読集」iOS版 / Android版 公開中 ▼ 【iOS】https://apps.apple.com/ja/app/id6746703721 【Android】https://play.google.com/store/apps/details?id=info.watasei.tatsuonomiyazawakenjiroudokushu 幻想的で美しい宮沢賢治の言葉を、耳で楽しむひとときを。 物語の息遣いを感じながら、声に乗せて広がる世界をお楽しみください。

  1. シグナルとシグナレス

    2D AGO

    シグナルとシグナレス

    📖『シグナルとシグナレス』朗読 – 霧に包まれた線路と、星空に誓う二つのシグナル🚂✨ 静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『シグナルとシグナレス』。 「ガタンコガタンコ、シュウフッフッ」——さそりの赤眼が見える明け方、軽便鉄道の一番列車がやって来ます。凍えた砂利に湯げを吐き、まぶしい霜を載せた丘を抜けて走ってきます。その線路のそばには、木でできた軽便鉄道のシグナル、すなわち「シグナレス」が立っています。そして少し離れたところには、金属でできた立派な本線のシグナルが立っています。 本線のシグナルは、シグナレスに恋をしていました。けれども二人のあいだには身分の違いがありました。本線のシグナルは金属製で新式、赤青眼鏡を二組も持ち、夜は電燈で光ります。一方、軽便鉄道のシグナレスは木製で、眼鏡もただ一つきり、夜はランプで灯ります。 「僕はあなたくらい大事なものは世界中ないんです」というシグナルの言葉に、「あたし、もう大昔からあなたのことばかり考えていましたわ」と答えるシグナレス。けれどもシグナルの後見人である電信柱は、この想いに猛烈に反対します。その反対の声は二人の前に立ちはだかります。風が吹きつのり、雪が降り始める中、シグナルとシグナレスは悲しく立ちすくみます。月の光が青白く雲を照らす夜、霧が深く深くこめる夜、二人は星空に祈ります。 擬人化された信号機たちが織りなす、切ない恋の物語です。汽車の音、霧、星空、そして電信柱どものゴゴンゴーゴーというざわめきが響きます。機械たちの世界は、まるで人間の社会のように、恋や嫉妬、身分の違いや社会的制約に満ちています。 「ガタンコガタンコ」という列車の音、電信柱のでたらめな歌、倉庫の屋根の落ち着いた声が物語を彩ります。リズミカルで音楽的な言葉が響き、物語は詩のように流れていきます。遠野の盆地の冷たい水の声、凍えた砂利、霧に包まれた線路という鉄道のある風景の中で、シグナルとシグナレスは互いを想い、星空を見上げます。線路のそばの小さな世界から、やがて視線は遠く広がり、星々の中へ、宇宙へと開かれていきます。 「あわれみふかいサンタマリヤ、めぐみふかいジョウジ スチブンソンさま」と、聖母マリヤと鉄道の父スチブンソンの名を呼びながら祈る二人。霧の中で、星空の下で、シグナルとシグナレスが見つめ合い、想いを交わすこの物語を、朗読でじっくりとお楽しみください。 #鉄道 #月 #柱

    47 min
  2. 北守将軍と三人兄弟の医者

    NOV 23

    北守将軍と三人兄弟の医者

    📖『北守将軍と三人兄弟の医者』朗読 – 三十年の戦いを終えた老将軍と、三つの病院🏥⚔️ 静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『北守将軍と三人兄弟の医者』。 ラユーという首都の南の黄色い崖のてっぺんに、青い瓦の病院が三つ並んで建っています。リンパー、リンプー、リンポー。兄弟三人の医者がいて、一人は人間を、一人は馬や羊を、一人は草や木を治します。白や朱の旗が風にぱたぱたと鳴る、その三つの病院の前を、今日も病気の人や、びっこをひく馬や、萎れかかった牡丹の鉢が、次から次へと上っていきます。 ある日の朝、町の人たちは遠くからチャルメラやラッパの音を聞きました。やがてそれは近づいてきて、町を囲む軍勢となります。灰色でぼさぼさした、煙のような兵隊たち。その先頭に立つのは、背中の曲がった老将軍。北守将軍ソンバーユーです。三十年、国境の砂漠で戦い続け、ようやく凱旋してきた将軍と、九万の兵隊。けれども将軍には困ったことがありました。三十年も馬から降りなかったために、足は鞍に、鞍は馬の背に、がっしりとくっついて離れないのです。顔や手には灰色の不思議なものが生えています。王の使いを前にしても馬から降りられず、困り果てた将軍は、三つの病院へと向かいます。 人を診る兄、馬を診る弟、草木を診る末弟。それぞれの病院で、将軍と白馬には何が待っているのでしょう。 将軍が砂漠で歌う軍歌、「みそかの晩とついたちは 砂漠に黒い月が立つ」という詩的な言葉。馬から降りられない将軍の困惑、算数の問答、病院での出来事。深刻さとおかしみが入り混じった、独特の語り口。砂漠の乾いた空気と、病院の場面。三十年の孤独な戦いと、帰還後の人々との関わり。重く固まった身体。物語の中で、対照的なものたちが隣り合って現れます。 三十年の旅を終えた老将軍の物語を、朗読でじっくりとお楽しみください。 #兵隊 #狐 #月

    46 min
  3. マグノリアの木

    NOV 16

    マグノリアの木

    📖『マグノリアの木』朗読 – 霧に包まれた心の峰々と、一面に咲く白い花🌫️🌸 静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『マグノリアの木』。 霧がじめじめと降る中、諒安はただ一人、険しい山谷の刻みを渉っていきます。沓の底を半分踏み抜きながら、峯から谷へ、谷から次の峯へ。真っ黒でガツガツした巌、薄黒い灌木の密林、淡く白く痛い光——よるべもない世界を進む諒安の耳に、ある時声が響きます。「これがお前の世界なのだよ。それよりもっとほんとうはこれがお前の中の景色なのだよ」と。 やがて黄金色の草の頂上に立った諒安の前で、霧が融けます。そこに広がっていたのは、一面の山谷の刻みに一面真っ白に咲くマグノリアの花でした。日のあたるところは銀と見え、陰になるところは雪のきれと思われるその光景の中で、諒安は羅をつけ瓔珞をかざった人々と出会い、「マグノリアの木は寂静印です」という言葉とともに、「あなた」と「私」をめぐる対話が交わされます。 霧に包まれた険しい山谷と、霧が融けた後に現れる一面のマグノリアの花。苦しい道のりを一歩一歩踏みしめて進むことと、突然目の前に開ける光と白い花々。外の風景と、諒安の中の景色。けわしさと平らかさ、暗さと光、孤独と出会い——物語の中で、対照的なものたちが隣り合って現れます。 「覚者の善」という言葉、瓔珞をかざった人々の姿、寂静印としてのマグノリア。仏教的な言葉や概念が散りばめられながら、それらは霧と光と花の風景の中に在ります。詩的な言葉と幻想的な情景が織りなす、静謐で瞑想的な世界。 宮沢賢治が描く、霧と光と花に満ちた不思議な風景。諒安の旅路を通して立ち現れるこの幻想的な物語を、朗読でじっくりとお楽しみください。 #植物

    16 min
  4. いちょうの実

    NOV 9

    いちょうの実

    📖『いちょうの実』朗読 – 千の子どもたちの旅立ちの朝🍂✨ 静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『いちょうの実』。 空のてっぺんがまるでカチカチに焼きをかけた鋼のようにつめたく澄みきった明け方。東の空が桔梗の花びらのようにあやしい底光りをはじめる頃、丘の上の一本のいちょうの木に実った千人の子どもたちは、いっせいに目を覚まします。きょうこそが、旅立ちの日——。 「ぼくなんか落ちるとちゅうで目がまわらないだろうか」と不安を口にする子、水筒にはっか水を用意して仲間に分けようとする子、「あたしどんなとこへいくのかしら」「どこへもいきたくないわね」「おっかさんとこにいたいわ」と別れを悲しむ女の子たち。木のいちばん高いところにいる男の子たちは「ぼくはきっと黄金色のお星さまになるんだよ」と空への憧れを語り合い、別の子は魔法の網を持って杏の王様のお城のおひめ様を救う冒険を夢見ています。くつが小さいと困る子、おっかさんにもらった新しい外套が見つからなくて泣きそうになる子——千人の子どもたちそれぞれに、不安も希望も夢も、そして母への思いもあります。 おかあさんであるいちょうの木は、あまりの悲しみに扇形の黄金の髪の毛を昨日までにみんな落としてしまいました。そしてきょう、まるで死んだようになってじっと立っています。 星がすっかり消え、東の空が白く燃えるようにゆれはじめたとき——光の束が黄金の矢のように一度にとんできました。子どもらはまるでとびあがるくらいかがやきます。北から氷のようにつめたい透きとおった風がゴーッと吹いてきます。「さよなら、おっかさん」「さよなら、おっかさん」——。 この物語には、別れの朝の空気がすみずみまで満ちています。冷たく澄んだ明け方の空、霜のかけらが風に流される音、桔梗色から白光へと移りゆく東の空——そうした繊細な自然描写の中で、いちょうの実である子どもたち一人ひとりの声が丁寧に拾い上げられていきます。不安と希望、悲しみと期待、現実的な心配事と無邪気な空想が、千通りの小さな声となって語られます。子どもたちがそれぞれに準備をし、互いに励まし合い、別れを惜しみ、それでも旅立たなければならない——その一つひとつの会話に耳を傾けていると、あたかも自分もその木の下に立って、子どもたちの旅立ちを見守っているような感覚に包まれます。 母と子の別れ、成長と旅立ち、そして自然の営み。冷たい北風とあたたかな陽の光。悲しみの中にある祝福。この物語が描き出す、ある秋の朝の光景を、朗読でじっくりとお聴きください。 #植物

    11 min
  5. 化物丁場

    NOV 2

    化物丁場

    📖『化物丁場』朗読 – 軽便鉄道の車窓から語られる、何度も崩れる工事現場の不思議🚂🏔️ 雨が五六日続いた後の朝、やっとあがった空には、まだ方角の決まらない雲がふらふらと飛び、山脈も異様に近く見えています。黄金の日光が青い木や稲を照らしてはいますが、なんだかまだほんとうに晴れたという気がしない、そんな不安定な空気の中、「私」は西の仙人鉱山への用事のため、黒沢尻で軽便鉄道に乗り換えます。 車室の中では、乗客たちが昨日までの雨と洪水の噂で持ちきりです。そんな中、「私」のうしろの席で、突然太い強い声が響きます。「雫石、橋場間、まるで滅茶苦茶だ。レールが四間も突き出されてゐる」——線路工夫の半纒を着た男が、誰に言うとなく大きな声でそう告げたのです。ああ、あの化物丁場だな。「私」は思わず振り向きます。 化物丁場——それは、鉄道敷設の際に何度も何度も理由もなく崩れ続けた、不思議な工事現場のことでした。雨が降ると崩れる。けれども、水のせいでもないらしい。全くをかしい、と工夫は言います。黒くしめった土の上に砂利を盛ったこと、それでもそれだけでは説明のつかない、あの場所の不気味さ。 工夫が語り始めたのは、十一月の凍てつく空気の中での体験でした。百人からの人夫で何日もかかって積み直した砂利が、すっかり晴れた夜、明け方近くに突然崩れ落ちる。アセチレンランプの青白い光の中、みんなが見ている前で、まだ石がコロコロと崩れ続ける様子。技師は目を真っ赤にして怒鳴り散らし、工夫たちは、一度別段の訳もなく崩れたのなら、いずれまた格別の訳もなしに崩れるかもしれないと思いながら、それでも言いつけられた通りに働き続けます。 乱杭を打ち込み、たき火を焚いて番をする夜もありました。五日の月の下、遠くで川がざあと流れる音だけが響く中で過ごす時間。そして十二月に入り、雪が降り、また崩れ——何度も何度も繰り返される崩壊と積み直し。今年はもうだめなんだ、来年神官でも呼んで、よくお祭をしてから、コンクリーで底からやり直せ、と工夫たちは言い合いながらも、雪の中で作業を続けていったのです。 走る汽車の車窓から見える青い稲田、白く光る線路、栗駒山の青い姿。現実の風景の中で語られる、何度も崩れる工事現場の話。それは何を意味しているのか——技術と自然、人間の営みと土地の記憶、そして説明のつかない出来事。雨上がりの不安定な空気の中、軽便鉄道は西へ西へと進んでいきます。 この物語は、軽便鉄道という日常的な空間の中で、偶然乗り合わせた線路工夫の語りを通して展開されます。幻想的な世界ではなく、現実の鉄道工事という具体的な労働の場面を舞台にしながら、そこに不可解な出来事が幾重にも重なっていく構成。雨上がりの不安定な天候、行き交う雲、近く見える山脈といった自然描写が、語られる出来事の不思議さを一層際立たせています。何度崩れても積み直し続ける工夫たちの姿と、それでもなお崩れ続ける場所——語り手の淡々とした口調の中に滲む、説明のつかないものへの畏れ。軽便鉄道の車窓から見える東北の風景とともに、この不思議な体験談を朗読でお楽しみください。 #鉄道 #月

    22 min
  6. まなづるとダァリヤ

    OCT 26

    まなづるとダァリヤ

    📖『まなづるとダァリヤ』朗読 – 丘の上で輝きを競う花たちと、星空を渡る鳥の物語🌸🌙 静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『まなづるとダァリヤ』。 果物畑の丘のいただきに、ひまわりほどの背丈を持つ黄色なダァリヤが二本と、さらに高く赤い大きな花をつけた一本のダァリヤがありました。南から荒れ狂う風も、初めて吹き渡る北風又三郎の笛も、この立派な三本のダァリヤを揺るがすことはありません。 赤いダァリヤは、花の女王になろうと願っていました。「こればっかしじゃ仕方ないわ。あたしの光でそこらが赤く燃えるやうにならないくらゐなら、まるでつまらないのよ」——その言葉には、誰よりも輝きたいという強い思いが込められています。黄色なダァリヤたちは、日ごとに美しさを増していく赤い花を賞賛し、その後光の大きさに目を見張ります。 夜ごと星空の下を飛び渡るまなづるは、赤いダァリヤに声をかけながら、向こうの沼の方へと消えていきます。そこには、つつましく白く咲く一本のダァリヤがありました。まなづるはいつも、静かにその白い花に挨拶を交わしていくのです。 太陽は毎日かがやき、赤いダァリヤの美しさは日を追うごとに増していきます。コバルト硝子の光の粉が舞う空の下、黄水晶の薄明が沈み、藍晶石のような夜が訪れ、また琥珀色の朝が来る——季節は秋へと深まり、丘の果物たちも色づいていきます。けれども、美しさを極めようとする赤いダァリヤの姿に、ある日、黄色な花たちは何か恐ろしいものを感じ取ります。「あたしたちには何だかあなたに黒いぶちぶちができたやうに見えますわ」——それは桔梗色の薄明の中での、おずおずとした告白でした。 丘の上で輝きを競う花たち、夜空を渡る鳥、そしてつつましく咲く白い花。光と影、美しさと移ろい、声高な願いと静かな存在——それらが交錯する秋の日々の中で、この物語は静かに、しかし確かに何かを語りかけてきます。宮沢賢治が描く花たちの世界は、きらびやかな色彩と詩的な言葉に満ちながら、同時に深い静けさを湛えています。 果物畑の丘に咲くダァリヤたちの、ある秋の物語。朗読でじっくりとお楽しみください。 #傲慢 #植物

    13 min
  7. おきなぐさ

    OCT 19

    おきなぐさ

    📖『おきなぐさ』朗読 – 銀の糸をまとう小さな花の、光と風の物語🌸✨ 静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『おきなぐさ』。 「うずのしゅげを知っていますか」——そう語りかけられて始まります。植物学ではおきなぐさと呼ばれるこの花は、黒朱子の花びらと青白い銀びろうどの葉を持ち、まるで黒い葡萄酒を湛えた変わり型のコップのように見えます。まっ赤なアネモネの従兄、きみかげそうやかたくりの花のともだち——この小さな花をきらいなものはありません。 語り手は、花の下を往き来する蟻に尋ねます。「おまえはうずのしゅげはすきかい、きらいかい」。蟻は活発に答えます。「大すきです。誰だってあの人をきらいなものはありません」。黒く見えるこの花は、お日様の光が降る時には、まるで燃え上がってまっ赤に見えるのだと蟻は教えてくれます。花を透かして見る小さな生き物たちには、この花の真の姿が見えているのです。銀の糸が植えてあるようなやわらかな葉は、病気にかかった仲間のからだをさすってやるために使われるのだといいます。 向こうの黒いひのきの森の中のあき地では、山男が倒れた木に腰掛けて、じっとある一点を見つめています。鳥を食べることさえ忘れて、その黝んだ黄金の眼玉を地面に向けているのは、かれ草の中に咲く一本のうずのしゅげが風にかすかにゆれているのを見ているからです。 やがて場面は、小岩井農場の南、ゆるやかな七つ森のいちばん西のはずれへと移ります。かれ草の中に咲く二本のうずのしゅげ。まばゆい白い雲が小さなきれになって砕けてみだれ、空をいっぱい東の方へ飛んでいく春の日。お日様は何べんも雲にかくされて銀の鏡のように白く光ったり、またかがやいて大きな宝石のように蒼ぞらの淵にかかったりします。山脈の雪はまっ白に燃え、野原は黄色や茶の縞になり、掘り起こされた畑は鳶いろの四角なきれをあてたように見えます。 その変幻の光の中で、二本のうずのしゅげは夢よりもしずかに話し合います。「ねえ、雲がまたお日さんにかかるよ」「走って来る、早いねえ」——雲のかげが野原を走り、山の雪の上をすべり、まるでまわり燈籠のように光と影が交互に訪れます。西の空から次々と湧き出てくる雲、どんどんかけて来ては大きくなり、お日様にかかっては雲のへりが虹で飾ったように輝く様子を、二人はじっと見つめているのです。 そこへ風に流されて降りて来たひばりが、強い風の苦労話をします。「大きく口をあくと風が僕のからだをまるで麦酒瓶のようにボウと鳴らして行く」と。しかしうずのしゅげは言います。「だけどここから見ているとほんとうに風はおもしろそうですよ。僕たちも一ぺん飛んでみたいなあ」。ひばりは答えます。「飛べるどこじゃない。もう二か月お待ちなさい。いやでも飛ばなくちゃなりません」。 それから二か月後。丘はすっかり緑に変わり、ほたるかずらの花が子供の青い瞳のように咲き、小岩井の野原には牧草や燕麦がきんきん光っています。風はもう南から吹いていました。春の二つのうずのしゅげの花は、すっかりふさふさした銀毛の房にかわっていました。そしてその銀毛の房はぷるぷるふるえて、今にも飛び立ちそうです——。 光と影、風と雲、生き物たちの声が交わる野原で、小さな花が見つめるものは何か。黒く見えながら赤く燃える花。銀の糸をまとう葉。そして風を待つ銀毛の房。蟻や山男やひばりとの対話を通して、一本の植物の静かな時間が丁寧に描き出されていきます。変幻する春の光、すきとおった風、そして飛び立つ瞬間——野原に咲く小さな花の、見えないものを見る力と、やがて訪れる旅立ちの時が、詩的な言葉で綴られていきます。 朗読でじっくりとお楽しみください。 #星座 #植物

    15 min
  8. 畑のへり

    OCT 12

    畑のへり

    📖『畑のへり』朗読 – 小さな蛙たちが見た畑の不思議な一日🐸🌾 静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『畑のへり』。 麻が刈り取られた後、畑のへりに一列に植えられていたとうもろこしが、ようやく立派に目立つようになりました。小さな虻やべっ甲色の透き通った羽虫たちが代わる代わる訪れて挨拶していきます。とうもろこしには頂上にひらひらした穂が立ち、大きな縮れた葉のつけ根には尖った青いさやができていました。風にざわざわと鳴る、穏やかな畑の一日——。 そこへ一匹の蛙が跳んできて、このとうもろこしの列を目にして仰天します。上等の遠眼鏡で確かめた蛙は、何かを見るや否や、恐怖のあまり一目散に逃げ出しました。逃げた先で出会ったもう一匹の蛙に、息を切らせながら語るその姿——遠眼鏡に映ったものは、蛙の目には恐ろしい存在として映ったようです。兵隊なのか、幽霊なのか、何やら物々しい装いをした不気味な一団が、そこに並んでいたというのです。 しかしもう一匹の蛙は遠眼鏡で確かめて、落ち着いて答えます。あれは恐ろしいものではない、ただのとうもろこしだと。けれども最初の蛙は納得しません。その装いのおかしさ、常識外れの贅沢さを次々と指摘します。二匹の議論は続き、世の中にはさまざまな不思議な姿をした生き物がいるのだという話になっていきます。 そうこうしているうちに、人間が実際に畑に現れます。二匹の蛙は葉陰に隠れ、遠眼鏡でその様子を観察し始めます。人間がとうもろこしに何かをしている様子は、小さな蛙たちの目にはどのように映るのでしょうか。彼らの会話からは、見慣れた日常の光景が、まったく別の意味を帯びた出来事として解釈されていく様子が伝わってきます。 この物語では、畑という身近な場所が、小さな生き物たちの視点を通して見ると、まったく別の世界に変わります。とうもろこしは謎めいた存在になり、人間は不思議な力を持つ生き物になる——蛙たちの会話を通して描かれるのは、見る者によって世界がいかに異なって見えるかということ、そして私たちが当たり前だと思っている日常が、別の目から見ればどれほど奇妙で驚くべきものかということです。 蛙たちのユーモラスな会話、誤解と納得、恐怖と安心が入り交じる軽快なやりとり。畑のへりで繰り広げられる小さな騒動は、やがて静かに幕を閉じます。さやを失ったとうもろこしは、それでもやはり穂をひらひらと空に揺らしているのです。 風にざわめく畑の穂、透き通った羽虫たち、そして遠眼鏡を覗き込む二匹の蛙——日常の風景の中に潜む不思議と、小さな生き物たちの生き生きとした世界を、朗読でじっくりとお楽しみください。 #蛙 #動物が主人公 #人と動物

    10 min

About

Audibleで数々の文学作品を朗読してきたナレーター 渡部龍朗(わたなべたつお) が、宮沢賢治作品の朗読全集の完成を目指し、一編ずつ心を込めてお届けするポッドキャスト。 ▼ 朗読音声とテキストがリアルタイムで同期する新体験オーディオブックアプリ「渡部龍朗の宮沢賢治朗読集」iOS版 / Android版 公開中 ▼ 【iOS】https://apps.apple.com/ja/app/id6746703721 【Android】https://play.google.com/store/apps/details?id=info.watasei.tatsuonomiyazawakenjiroudokushu 幻想的で美しい宮沢賢治の言葉を、耳で楽しむひとときを。 物語の息遣いを感じながら、声に乗せて広がる世界をお楽しみください。

You Might Also Like