渡部龍朗の宮沢賢治朗読集

渡部製作所

Audibleで数々の文学作品を朗読してきたナレーター 渡部龍朗(わたなべたつお) が、宮沢賢治作品の朗読全集の完成を目指し、一編ずつ心を込めてお届けするポッドキャスト。 ▼ 朗読音声とテキストがリアルタイムで同期する新体験オーディオブックアプリ「渡部龍朗の宮沢賢治朗読集」iOS版 / Android版 公開中 ▼ 【iOS】https://apps.apple.com/ja/app/id6746703721 【Android】https://play.google.com/store/apps/details?id=info.watasei.tatsuonomiyazawakenjiroudokushu 幻想的で美しい宮沢賢治の言葉を、耳で楽しむひとときを。 物語の息遣いを感じながら、声に乗せて広がる世界をお楽しみください。

  1. 気のいい火山弾

    6D AGO

    気のいい火山弾

    🌋『気のいい火山弾』朗読 – 優しさと忍耐が織りなす野原の小さな物語🗿✨ 静寂に包まれた物語の世界へお招きします。今回お届けするのは、宮沢賢治の『気のいい火山弾』。 ある死火山のすそ野、かしわの木陰にじっと座り続ける一つの黒い石——「ベゴ」と呼ばれるその石は、卵の両端を少し平らに伸ばしたような丸みを帯びた形をしており、斜めに二本の石の帯が体を巻いています。稜のない滑らかな姿は、周囲の角ばった小石たちとは明らかに異なっていました。 このベゴ石には特別な性質がありました——どんなにからかわれても、嘘を言われても、決して怒ることがないのです。深い霧に包まれた退屈な日々、稜のある石たちは面白半分にベゴ石をからかいます。「おなかの痛いのはなおったかい」「ふくろうがとうがらしを持って来たかい」「野馬が小便をかけたろう」——ありもしない出来事を持ち出して笑い転げる石たちに、ベゴ石はいつも穏やかに「ありがとう」と答えるのでした。 やがてベゴ石の上には小さな苔が生え、おみなえしがそれを「かんむり」と呼んで冷やかします。苔が赤く色づくと、今度は「赤頭巾」と呼ばれ、苔自身もベゴ石を馬鹿にして踊り歌うようになります。「ベゴ黒助、ベゴ黒助、黒助どんどん」——野原中の生き物たちが口を揃えてあざけりの歌を歌う中で、ベゴ石は変わらず優しい笑顔を絶やしません。 しかし、その平穏な日々に突然の変化が訪れます。眼鏡をかけた四人の人たちが、ピカピカする器械を持って野原を横切ってきたのです。彼らがベゴ石を見つけたとき、これまでとは全く違う反応を示すことになります。 長い間この野原で過ごしてきたベゴ石に、新たな運命が待ち受けているのです。別れの時に語られるベゴ石の言葉には、長年の優しさと忍耐、そして周囲への変わらぬ愛情が込められています。 ベゴ石の揺るぎない優しさと、それを取り巻く野原の生き物たちとの関係は、様々な場面を通じて描かれています。四季の移ろいとともに語られるこの小さな世界では、日常の些細な出来事が積み重なり、やがて思いがけない転機を迎えることになります。 四季の移ろいとともに語られるこの小さな世界の物語は、ユーモアと温かさに満ちながらも、どこか深い静寂を湛えています。賢治が描く自然の中の小さな存在たちの会話は、時に滑稽で、時に切なく、そして最後には意外な展開を迎えます。 野原に響く小さな声たちの交響楽、そして一つの石が辿る思いがけない運命の物語を、朗読の調べに乗せてお楽しみください。 #いじめ

    17 min
  2. カイロ団長

    AUG 24

    カイロ団長

    📖『カイロ団長』朗読 – 三十匹のあまがえると舶来ウィスキーが巻き起こす騒動🐸🥃 今回お届けするのは、宮沢賢治の『カイロ団長』。 三十匹のあまがえるたちは、虫仲間から頼まれて花畑や庭をこしらえる仕事を愉快にやっていました。朝から夕方まで、歌ったり笑ったり叫んだりしながら働き、嵐の次の日などは依頼が殺到して大忙し。みんなは自分たちが立派な人になったような気がして大喜びでした。 そんなある日、仕事帰りに見つけた新しい店。「舶来ウェスキイ 一杯、二厘半」の看板に誘われて入ってみると、店番のとのさまがえるが粟つぶをくり抜いたコップで強いお酒を出してくれます。飲めば飲むほどもっと欲しくなり、三百杯、六百杯と重ねるうちに、みんなぐっすり寝込んでしまいました。 目を覚ますと勘定の請求が待っていました。しかし誰も払えるだけのお金を持っていません。結局、全員がとのさまがえるのけらいになることに。こうして「カイロ団」が結成され、とのさまがえるは団長として君臨することになりました。 カイロ団長は次々と無理難題を押し付けます。木を千本、花の種を一万粒、そして石を九百貫ずつ運べという命令。体重がわずか八匁か九匁のあまがえるにとって、九百貫の石など到底運べるはずもありません。必死になって働くあまがえるたちと、威張り散らす団長。命令は日を追うごとにエスカレートし、「もし出来なかったら警察へ訴えるぞ。首をシュッポォンと切られるぞ」という脅し文句が繰り返されます。 やがて青空高く、かたつむりのメガホーンが王さまの新しい命令を告げる声が響きわたります。人に物を言いつけるときの正しい方法についての布告——それは思いもよらない展開を巻き起こすことになります。 物語の舞台は、黄金色の日差しが影法師を二千六百寸も遠くへ投げる朝から、木々の緑を飴色に染める夕暮れまで、時間の移り変わりとともに描かれていきます。舶来ウィスキーという異国の品物、粟つぶをくり抜いたコップ、石油缶いっぱいのお酒、くさりかたびら、鉄の棒——物語を彩る小道具たちも印象的です。 けむりのようなかびの木を千本と数える機転、算術の得意なチェッコの暗算、「エンヤラヤア、ホイ」という掛け声、「よういやさ、そらもう一いき」という労働の声。通りかかる蟻の助言、もう一匹のとのさまがえるの登場、そして王さまの命令がもたらす予想外の事態。 「どうか早く警察へやって下さい。シュッポン、シュッポンと聞いていると何だか面白いような気がします」とやけくそになって叫ぶあまがえるたち。石を引っ張ろうとして足がキクッと鳴ってくにゃりと曲がってしまう場面。どっと笑ってそれから急にしいんとなってしまう瞬間——ユーモラスでありながら、どこか痛切な場面の連続です。 「お前たちはわしの酒を呑んだ」「仕方ありません」「今日は何の仕事をさせようかな」——くり返される命令と服従のやりとり。そこに響きわたる王さまの声は、この奇妙な関係にどんな変化をもたらすのでしょうか。宮沢賢治が描く、不思議でユーモラスな世界を朗読でお楽しみください。 #動物が主人公 #いじめ #傲慢

    36 min
  3. ざしき童子のはなし

    AUG 17

    ざしき童子のはなし

    📖『ざしき童子のはなし』朗読 – 古い家にひそむ座敷童子の不思議な気配👦🏚️✨ 静寂に満ちた古い家に響く、不思議な気配の物語へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『ざしき童子のはなし』。 明るい昼間、みんなが山へ働きに出て、大きな家には子供がふたりだけ。誰もいないはずの静まり返った家の中から、どこかの座敷で「ざわっざわっ」と箒の音が聞こえてきます。ふたりの子供は肩にしっかりと手を組み合って、こっそりと音の正体を探りに行きますが、どの座敷にも誰もおらず、刀の箱もひっそりとして、垣根の檜がいよいよ青く見えるきり。遠くの百舌の声なのか、北上川の瀬の音なのか、どこかで豆を箕にかける音なのか——いろいろ考えてもやっぱりどれでもないようでした。確かにどこかで、ざわっざわっと箒の音が聞こえているのです。 またある日のこと。「大道めぐり、大道めぐり」と一生懸命叫びながら、ちょうど十人の子供らが両手をつないで丸くなり、ぐるぐるぐるぐる座敷の中を回って遊んでいました。どの子もみんな、そのうちのお振舞いに呼ばれて来た子供たちです。ぐるぐるぐるぐる、回って遊んでいると、いつの間にか十一人になっていました。ひとりも知らない顔がなく、ひとりも同じ顔がなく、それでもやっぱり、どう数えても十一人だけいるのです。その増えた一人が座敷ぼっこなのだと、大人が出て来て言いました。けれども誰が増えたのか、とにかくみんな、自分だけは、どうしても座敷ぼっこでないと、一生懸命目を張って、きちんと座っていました。 さらに別の出来事では、ある大きな本家でいつも旧暦八月のはじめに如来様のお祭りで分家の子供らを呼ぶのでしたが、ある年その一人の子がはしかにかかって休んでいました。「如来さんの祭りへ行きたい。如来さんの祭りへ行きたい」と、その子は寝ていて、毎日毎日言い続けます。本家のおばあさんが見舞いに行って「祭り延ばすから早くよくなれ」とその子の頭をなでて言いました。その子は九月によくなり、みんなが呼ばれることになりましたが、ほかの子供らは、いままで祭りを延ばされたり、鉛の兎を見舞いに取られたりしたので、なんとも面白くなくてたまりません。「あいつのためにひどい目にあった。もう今日は来ても、どうしたって遊ばないぞ」と約束し、その子が来ると次の小さな座敷へ隠れました。ところが、その座敷の真ん中に、今やっと来たばかりのはずのあのはしかを病んだ子が、まるっきりやせて青ざめて、泣き出しそうな顔をして、新しい熊のおもちゃを持って、きちんと座っていたのです。 この物語には、北上川の朗妙寺の淵の渡し守が語る、月夜の晩に紋付を着た美しい子供を舟で渡した不思議な体験も収められています。座敷童子は家から家へと移り住み、その去来によって家の運命が左右されるという、古くから語り継がれる不思議な存在として描かれています。 現実とも幻ともつかない、静かな午後の古い家で起こる小さな出来事たち。箒の音、増える子供の数、隠れた座敷に現れる影——日常の中にひそやかに息づく不思議な気配を、東北の言葉で語られるいくつかの体験談として記されています。座敷童子という東北地方に伝わる精霊の存在を通して、見えるものと見えないもの、そこにいるものといないものの境界があいまいになる、静謐で神秘的な世界が広がります。 #童子

    9 min
  4. とっこべとら子

    AUG 10

    とっこべとら子

    📖『とっこべとら子』朗読 – 古狐が人を化かす不思議な悪戯の物語🦊✨ 静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『とっこべとら子』。 大きな川の岸に住み、夜な夜な人々から魚や油揚げを盗む古狐「とっこべとら子」をめぐる、二つの不思議な化かし話です。 物語はまず、「こんな話は一体ほんとうでしょうか」という語りかけとともに、昔の出来事から始まります。慾深の六平じいさんが、ある秋の十五夜の晩、町から酔っぱらって帰る途中のこと。川岸で出会ったのは、ピカピカした金らんの上下を着た立派な侍でした。「拙者に少しく不用の金子がある」と言うその侍は、金貸しを業とする六平に、千両箱を次々と預けていきます。「ハイ、ヤッ」の掛け声とともに土手の陰から運ばれる箱は、月にぎらぎらと輝く小判でいっぱい。「そちの身に添う慾心が実に大力じゃ」と感心する侍の言葉に、六平はほくほくと十の千両箱を背負って家路につきますが――。 しかし語り手は続けます。「どうせ昔のことですから誰もよくわかりませんが多分偽ではないでしょうか。どうしてって、私はその偽の方の話をも一つちゃんと知ってるんです。実はゆうべ起ったことなのです」。 舞台は語り手の時代に移り、同じ川岸の近くに住む平右衛門という人の家で繰り広げられる出来事へ。平右衛門は今年の春に村会議員になり、今夜はそのお祝いの酒盛りです。親類たちが集まって「ワッハハ、アッハハ」と大さわぎの中、一人だけ一向笑わない男がいました。小吉という青い小さな意地悪の百姓です。機嫌を悪くした小吉は座を立ち、門の横の田の畔に立つ疫病除けの「源の大将」を見つめます。それは竹に半紙を貼って大きな顔を書いたもので、青い月のあかりの中で小吉をにらんでいるように見えました。 やがて酒盛りが済み、お客たちがご馳走の残りを藁のつとに入れて帰ろうとしたとき、平右衛門が冗談めかして声をかけます。「おみやげをとっこべとらこに取られなぃようにアッハッハッハ」。するとお客の一人が「とっこべとらこだらおれの方で取って食ってやるべ」と答えた、まさにその時――。 この物語には、人間の欲深さと狡猾さ、そして古狐の知恵と悪戯心が絡み合って織りなす、どこかユーモラスで不思議な世界が広がっています。方言を交えた生き生きとした会話や、月夜の幻想的な情景描写も印象的です。六平じいさんの「ウントコショ、ウントコショ」という重い荷物を運ぶ声、酒盛りでの賑やかな笑い声、そして「神出鬼没のとっこべとらこ」が現れる緊迫した場面まで、音の響きや情景が目に浮かぶような描写に満ちています。 現実なのか幻なのか、昔の話なのか今の話なのか――語り手自身が「多分偽ではないでしょうか」と言いながらも、「実はゆうべ起ったことなのです」と続ける、この曖昧さこそが物語の魅力の一つです。古狐の巧妙な悪戯は人間たちをどのように翻弄していくのか。川岸に住む古狐とその周りの人々が繰り広げる、不思議でどこか愛らしい化かしの世界を、朗読でじっくりとお楽しみください。 #狐 #人と動物 #月 #方言

    17 min
  5. チュウリップの幻術

    AUG 3

    チュウリップの幻術

    📖『チュウリップの幻術』朗読 – 光に満ちた五月の農園で繰り広げられる不思議な午後🌷✨ 静寂の中に響く朗読の調べとともに、宮沢賢治の『チュウリップの幻術』の世界へと歩みを進めてみませんか。 すもものかきねに青白い花が咲き誇る五月の農園。玉髄のように光る雲が四方の空を巡り、月光をちりばめたような緑の障壁に沿って、一人の洋傘直しがてくてくと歩いてきます。荷物を背負い、赤白だんだらの小さな洋傘を日よけにさしたその姿は、まるで有平糖でできているかのように光って見えます。黒く細い脚は鹿を思わせ、その顔は熱って笑っています。 農園の中に足を踏み入れると、しめった五月の黒土にチュウリップが無造作に植えられ、一面に咲いて、かすかにゆらいでいます。そこへ青い上着の園丁がこてを下げて現れ、洋傘直しとの出会いが始まります。剪定鋏や西洋剃刀を研ぐ仕事を請け負った洋傘直しは、園丁の案内でチュウリップ畑を見ることになります。 黄と橙の大きな斑のアメリカ直輸入の品種、見ていると額が痛くなるほど鮮やかな黄色、海賊のチョッキのような赤と白の斑、まっ赤な羽二重のコップのような半透明の花びら——様々なチュウリップが咲き競う中で、園丁が特別に誇らしげに指し示したのは、畑では一番大切だという小さな白い花でした。静かな緑の柄を持つその花は、風にゆらいで微かに光り、何か不思議な合図を空に送っているかのようです。 その白いチュウリップの盃の中から、砂糖を溶かした水のようにユラユラと透明な蒸気が立ち上り、やがて光が湧きあがります。花の盃をあふれてひろがり、湧きあがりひろがり、青空も光の波で一杯になっていきます。山脈の雪も光の中で機嫌よく空へ笑い、チュウリップの光の酒が無尽蔵に湧き出します。洋傘直しと園丁は、その幻想的な酒に酔いしれながら、現実と幻想の境界が曖昧になっていく午後のひとときを過ごします。 エステル工学校出身だと名乗る洋傘直しと、貧乏だが光る酒を誇る園丁。二人の会話は次第に不思議な調子を帯び、ひばりは歌とともに光の中に溶け、唐檜の若い擲弾兵たちは踊り出し、すももの義勇中隊も動き始めます。梨の木どもは蛹のような踊りを踊り、果物の木々は輪になって踊り歌います。光の酒に満たされた世界では、植物たちまでもが生き生きと動き回る生命を獲得していくのです。 太陽の傾きとともに変化する光と影、雲の流れに左右される明暗、そして何より、あの白いチュウリップから湧き上がる光の酒が織りなす幻想の午後。現実の農園での些細な出会いから始まった物語は、いつしか光と色彩に満ちた夢幻の世界へと私たちを誘います。洋傘直しという職人が、あの特別な白いチュウリップによって束の間の幻想に誘われる、穏やかな午後のひととき。 五月の午後の陽射しの中で繰り広げられる、現実と幻想が交錯する一篇。職人の手仕事から始まる日常が、花の魔法によって色鮮やかな異世界へと変容していく過程を、朗読の響きとともにお楽しみください。 #心象スケッチ #夢

    24 min
  6. ひのきとひなげし

    JUL 27

    ひのきとひなげし

    📖『ひのきとひなげし』朗読 – 風に舞う花たちと夕暮れの庭で繰り広げられる不思議な物語🌺🌲 静謐な朗読の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『ひのきとひなげし』。 風の強い夕暮れ時、まっ赤に燃え上がったひなげしの花たちが、風にぐらぐらと揺れながら息もつけないような様子で立っています。その背後では、同じく風に髪も体も揉まれながら、若いひのきが立っていました。ひのきは風に揺れるひなげしたちを見て「おまえたちはみんなまっ赤な帆船でね、いまが嵐のところなんだ」と声をかけます。しかしひなげしたちは「いやあだ、あたしら、そんな帆船やなんかじゃないわ。せだけ高くてばかあなひのき」と反発するのでした。 やがて銅づくりの太陽が瑠璃色の山に沈み、風がいっそう激しくなります。風が少し静まった頃、いちばん小さいひなげしがひとりでつぶやきます。「ああつまらないつまらない、もう一生合唱手だわ。いちど女王にしてくれたら、あしたは死んでもいいんだけど」。ひなげしたちは皆、美しい「テクラ」という名の花を羨ましがり、自分たちも「スター」になりたいと憧れを抱いているのでした。 そんな中、向こうの葵の花壇から悪魔が現れます。最初は美容術師として、次は医者として姿を変え、ひなげしたちに美しくなる薬を提供すると申し出るのです。その代償として求めるのは、ひなげしの頭にできる「亜片」でした。お金のないひなげしたちは皆、その取引に心を動かされることになります。 この物語は、「スター」になりたいと願うひなげしたちの心の動きを、繊細な心理描写で描いています。ひなげしたちの会話は生き生きとしており、それぞれの個性や想いが丁寧に表現されています。「スター」への憧れは、現代にも通じる普遍的な願望でありながら、花という存在を通して語られることで、美しさの本質を静かに浮かび上がらせます。 風の音、雲の流れ、夕暮れから夜への時間の移ろい——自然の営みと生命の営みが重なり合う中で、ひのきという存在は静かな知恵と愛情深い眼差しでひなげしたちを見守ります。悪魔の甘い誘惑と、それに対するひのきの警告は、欲望と理性、表面的な美しさと本当の価値について、聞き手にも静かな問いを投げかけます。 作品全体に流れる詩的なリズムと、方言を交えた親しみやすい会話のバランスも絶妙です。色彩豊かな情景描写は、まるで一枚の絵画を見ているような美しさで、朗読を通してその世界に深く入り込むことができます。夕暮れの庭という限られた空間の中で展開される小さな宇宙が、聞く人の心に静かな余韻を残すことでしょう。朗読でゆっくりとその世界をお楽しみください。 #毒 #衝動

    19 min
  7. よだかの星

    JUL 20

    よだかの星

    📖『よだかの星』朗読 – 醜い鳥が見つめた夜空の向こう側⭐🌙 静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『よだかの星』。 よだかは実に醜い鳥でした。顔はところどころ味噌をつけたようにまだらで、くちばしは平たく耳まで裂けています。足はよぼよぼで、一間とも歩けません。他の鳥たちは、よだかの顔を見ただけでもいやになってしまうほどでした。美しくないひばりでさえ、よだかと出会うと、いかにもいやそうに首をそっぽへ向けてしまいます。小さなおしゃべりの鳥たちは、いつでもよだかの真正面から悪口を言いました。「鳥の仲間の面汚しだよ」「あの口の大きいこと、きっとかえるの親類なんだよ」と。 しかし、よだかは本当は鷹の兄弟でも親類でもありませんでした。かえって、あの美しいかわせみや蜂すずめの兄さんだったのです。蜂すずめは花の蜜を食べ、かわせみはお魚を食べ、よだかは羽虫を取って食べていました。よだかには鋭い爪も鋭いくちばしもなく、どんなに弱い鳥でも、よだかを怖がる理由はなかったのです。 それなのに「たか」という名がついているのは、よだかの羽が無暗に強くて風を切って翔けるときは鷹のように見えること、そして鳴き声が鋭くてどこか鷹に似ているためでした。もちろん、本物の鷹はこれを非常に気にかけて嫌がっていました。よだかの顔を見ると肩をいからせて、「早く名前を改めろ」と言うのでした。 ある夕方、とうとう鷹がよだかの家へやって来ました。鷹は「市蔵」という名前に変えて改名の披露をしろと迫り、「明後日の朝までにそうしなかったら、つかみ殺すぞ」と脅して帰っていきました。 よだかは目をつぶって考えました。一体自分はなぜこうみんなに嫌われるのだろう。今まで何も悪いことをしたことがないのに──。 あたりがうす暗くなると、よだかは巣から飛び出しました。雲とすれすれになって羽虫を捕らえていましたが、甲虫が喉でもがくとき、よだかは何だか背中がぞっとしたように感じました。そしてついに大声をあげて泣き出してしまいます。 「ああ、かぶとむしや、たくさんの羽虫が、毎晩よだかに殺される。そしてそのよだかが今度は鷹に殺される。それがこんなにつらいのだ。ああ、つらい、つらい。よだかはもう虫を食べないで飢えて死のう」 山焼けの火が水のように流れて広がる夜、よだかは弟の川せみの所へ飛んで行き、「今度遠い所へ行く」と別れを告げます。そして夜明けになると、霧が晴れたお日様に向かって飛び、「どうぞ私をあなたの所へ連れて行って下さい。焼けて死んでも構いません」と願いました。しかしお日様は「お前は夜の鳥だから、今夜空を飛んで、星にそう頼んでごらん」と答えます。 夜になると、よだかは美しいオリオンの星、南の大犬座、北の大熊星、天の川の向こう岸の鷲の星へと次々に飛んで行き、同じように頼みます。しかし、どの星も相手にしてくれません。よだかは力を落として地に落ちていきますが、地面に足がつく寸前、俄かにのろしのように空へ飛び上がりました。そして高く高く叫びます──その声はまるで鷹でした。 この物語は、外見の醜さゆえに世界から疎外された一羽の鳥の孤独と苦悩を描いています。他者からの拒絶、生きることそのものへの罪悪感、そして最後に選択する道──よだかが辿る軌跡は、現実と幻想が入り混じる夜の世界で静かに展開されます。 美醜による差別、名前をめぐる争い、食べることの罪──これらの要素が夜空の下で静かに語られていきます。夜空に輝く星々を見上げるとき、そこにはどのような光が宿っているのでしょうか。 月光に包まれた夜の世界で繰り広げられる、一羽の鳥の切ない魂の軌跡。醜いと言われた存在が見つめた夜空の向こう側には、何が待っているのか。詩的で美しい言葉の調べに乗せて語られるこの不思議な物語を、静かな朗読でじっくりとお楽しみください。 #動物が主人公 #衝動 #星座 #いじめ

    23 min
  8. やまなし

    JUL 13

    やまなし

    📖『やまなし』朗読 – 水底に響く幻想的な蟹の兄弟の物語🌊🦀 静寂に包まれた水中世界へと誘う朗読をお届けします。今回の作品は、宮沢賢治の『やまなし』。小さな谷川の底を写した二枚の青い幻燈として語られる、時の流れと生命の営みを描いた幻想譚です。 物語は五月、青じろい水の底で始まります。二匹の蟹の子供たちが、水銀のように光る泡を吐きながら不思議な会話を交わしています。「クラムボンはわらったよ」「クラムボンはかぷかぷわらったよ」——このクラムボンとは一体何なのでしょうか。兄弟蟹の愛らしいやりとりの中に、謎めいた存在の影がちらつきます。 水の天井を流れる暗い泡、鋼のように見える青い空間、そして突然現れては消える銀色の魚。この静謐な水中世界に、ある日突然の出来事が起こります。白い泡が立ち、青びかりのぎらぎらする鉄砲弾のようなものが飛び込んできたのです。その青いもののさきはコンパスのように黒く尖り、魚の白い腹がぎらっと光って——。父さん蟹は「それは鳥だよ、かわせみと云うんだ」と子供たちを安心させ、「おれたちはかまわないんだから」と優しく声をかけます。 やがて季節は移ろい、十二月。蟹の子供たちはよほど大きくなり、底の景色もすっかり変わっています。白い柔らかな円石、小さな錐の形の水晶の粒、金雲母のかけら——新しい世界の装いの中で、ラムネの瓶の月光が冷たい水の底まで透き通っています。天井では波が青じろい火を燃したり消したりし、あたりはしんとして、遠くから波の音だけがひびいてきます。 月が明るく水がきれいなこの夜、眠らずに外に出た蟹の兄弟は、どちらの泡が大きいかで言い争いをしています。そんな微笑ましい兄弟げんかの最中、またしても天井から大きな黒い円いものが落ちてきました。今度はキラキラと黄金のぶちが光っています。「かわせみだ」と身をすくめる子供たちでしたが、お父さんの蟹は遠めがねのような両方の眼をあらん限り延ばして確かめてから言いました。「そうじゃない、あれはやまなしだ」——。 水の中に漂ういい匂い、月光の虹がもかもか集まる幻想的な光景、そして家族三匹で追いかけるやまなしの行方。横歩きする蟹たちと底の黒い三つの影法師が合わせて六つ踊るようにして進む光景が描かれています。五月の緊張から十二月の平穏へ、恐怖から安らぎへと移りゆく時の流れの中で、小さな生命たちの日常が温かく描かれています。 この作品は、水という透明な世界を舞台に、そこに住む小さな生き物たちの目線から語られます。クラムボンという謎めいた存在、突然の闖入者たち、季節の移ろいとともに変化する水底の風景——現実と幻想が溶け合う中で、生命の営みと自然の循環が静かに歌われています。蟹の兄弟の無邪気な会話、父さん蟹の優しい導き、そして水面を通して感じられる上の世界の気配が、独特の詩的な世界を織りなしています。 青い幻燈のように美しく、透明な水のように清らかな物語の世界。時にユーモラスで、時に神秘的な水底の一日と一夜を、朗読でゆっくりとご堪能ください。 #動物が主人公

    13 min

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Audibleで数々の文学作品を朗読してきたナレーター 渡部龍朗(わたなべたつお) が、宮沢賢治作品の朗読全集の完成を目指し、一編ずつ心を込めてお届けするポッドキャスト。 ▼ 朗読音声とテキストがリアルタイムで同期する新体験オーディオブックアプリ「渡部龍朗の宮沢賢治朗読集」iOS版 / Android版 公開中 ▼ 【iOS】https://apps.apple.com/ja/app/id6746703721 【Android】https://play.google.com/store/apps/details?id=info.watasei.tatsuonomiyazawakenjiroudokushu 幻想的で美しい宮沢賢治の言葉を、耳で楽しむひとときを。 物語の息遣いを感じながら、声に乗せて広がる世界をお楽しみください。

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