翔べ!ほっとエイジ〜人生100年時代の歩き方トーク

相川浩之(ジャーナリスト)

人生100年時代の歩き方を考えるトーク番組 • 時代の変化が激しい。コロナ禍が、社会のデジタル化を加速。2025年には団塊の世代が75歳以上となり、本格的な超高齢社会が到来する。地球温暖化や貧困、戦争など、グローバルに解決しなければならない問題にも直面している。 • ところが本来、知見を伝えなければならないシニア世代と、若者世代の間に深刻なコミュケーションギャップがある。時代が変わっても過去の経験や知識が無駄になるわけではないが、シニア世代も時代の変化についていけず、自信を失っている。 • 18歳で成人になったばかりの若者から、学び直したい大人まで、混迷の時代に知っておきたい知識、情報をお伝えする。

  1. AUG 16

    第38回は、社会学者の上野千鶴子さんに聞く(下)老いを受け入れる勇気をーーボーヴォワール「老い」を読み解く

    今回のゲストは、社会学者の上野千鶴子(うえの・ちづこ)さん.。  上野千鶴子さんが新著『アンチ・アンチエイジングの思想――ボーヴォワール「老い」を読む』で投げかけているのは、現代社会の根深い「老い」を嫌悪する価値観への根本的な問いかけだ。フリーアナウンサーの町亞聖とジャーナリストの相川浩之との対談で明らかになったのは、私たちが無意識のうちに内面化している「生産性のない人間には価値がない」という思想の危険性だった。  上野さんは長年にわたって女性問題を研究してきたが、現在は高齢者問題に軸足を移している。しかし、これは研究分野の転換ではなく、自然な延長線上にある取り組みだと語る。女性として当事者研究を行ってきた上野さんが、今度は老いた女性として当事者の立場から研究を続けているのだ。  超高齢社会においては、誰もが必ず老いを迎える。老いるのが嫌なら早死にするしかないという現実の中で、上野さんは超高齢社会を「恵み」と表現する。なぜなら、障害者差別や女性差別とは異なり、高齢者差別は最終的に自分自身に跳ね返ってくる差別だからだ。男性が女性になる可能性はほとんどないし、健常者が障害者になる可能性は相対的に低いとしても、老いは長生きすれば誰もが確実に迎えざるを得ない。この避けることのできない現実が、私たちに真の平等と共生について考える機会を与えているのである。  上野さんが今回取り上げたシモーヌ・ド・ボーヴォワールの『老い』は、1970年に発表された古典的名著だが、その内容は現代においても驚くほど新鮮で痛烈だ。ボーヴォワールは博覧強記の人として知られ、古今東西の文献から老いに対する否定的な言説を容赦なく引用している。例えば、ツルゲーネフの「人生で最悪のこと。それは55歳以上であることだ」という言葉は、現代の多くの人々にとって身につまされる内容だろう。  この本を「いやな本」と上野さんが表現するのは、これでもかこれでもかと畳み掛けるように、過去から現在に至るまで老いがいかに軽蔑され、忌避されてきたかを明らかにするからだ。しかし、この徹底的な検証こそが、私たちが無意識のうちに抱いている老いへの偏見を浮き彫りにする。ボーヴォワールが「老いは文明のスキャンダルである」と述べたのは、人間の生き死にが生産性や効率で測られることの根本的な誤りを指摘したものだった。  現代社会では、アンチエイジング産業が巨大な市場を形成している。高額な化粧品やサプリメント、健康食品などが「若さの維持」を謳い文句に販売され、消費者は値段の高い商品から購入していく傾向があるという。しかし、上野さんはこうした現象を「はかない望みを託している」と批判的に捉える。年齢を隠したがったり、「若いですね」と言われて喜んだりする行為も、結局は老いることへの恐怖と拒絶の表れに他ならない。  上野千鶴子さんが「老い」を意識したのはいつか?  「私は早かったですよ。30代で自分の人生が時間もエネルギーも有限だと思いました。それまでドブに捨てるように無限だと思っていたんですが」。  「それで、私、今、後期高齢者ですので、ボディーのパーツが故障してきています。もう腰椎圧迫骨折もしましたし、変形性股関節症にもなりましたし、目ん玉も悪くなりましたし、乳がんにもなりました。だからパーツがいろいろ故障してきますね。でも抗えない過程なので、どんなに頑張っても。で、それでも生かしてもらえる。結構なことではありませんか」。  上野さんは「高齢になっていろんな老い、衰え方をした人たち、特に認知症になった人を、公衆の目からご家族が隠すことはやめてほしい」と言う。免疫学者の多田富雄さんは脳梗塞で後遺障害になった姿を公開の場に出てこられて見せたし、認知症の専門医の長谷川和夫さんご自身が認知症になって、やっぱりその姿を世間にさらして、ご家族もそれを認めたという。  高齢者問題を考える上で重要なのが、「自立」という概念の捉え方だ。上野さんは、高齢者と障害者では自立の定義が180度異なることを指摘する。介護保険法における高齢者の自立支援とは、「介護保険を使わないあなたが偉い」という意味合いが強い。一方、障害者総合支援法における自立とは、できないことは介助を受けて当たり前で、その上で自分がやりたいことをやることを指している。  この違いは、社会の価値観の根深い問題を浮き彫りにする。高齢者は自分でできなくなることを恥じ、他人の世話になることを申し訳なく思う傾向がある。特に、トイレ介助や食事介助を受けることになったら「死んだ方がマシ」と考える人も少なくない。しかし、24時間介助が必要でも自立して生活している障害者は数多く存在する。「オムツをしたぐらいでは死ぬ理由にはならない」(上野さん)のだ。  上野さんは、これからの高齢者に必要なのは「自己解放」だと述べる。自己解放とは、自分を他人に委ねる力のことだ。できないことはできないと素直に認め、必要な支援を受け入れる。それは決してその人の価値を貶めるものではない。むしろ、残存能力を活用しながら、支援を受けて自分らしい生活を続けることこそが真の自立なのである。  上野さんの研究において重要な示唆を与えているのが、障害者との交流から得られた知見だ。先天性の障害を持つ人と中途障害者では、障害に対する受けとめ方が大きく異なる。先天性の障害者にとって、障害は最初からの初期条件であり、「不便だけど不幸じゃない」という言葉で表現される。一方、中途障害者は、障害を負う前の自分と現在の自分を比較してしまい、自己嫌悪に陥りやすい。  高齢になることは、すべての人が何らかの形で中途障害者になっていくプロセスと捉えることができる。しかし、視覚障害者は見えなくても楽しく暮らしているし、聴覚障害者は聞こえなくても豊かなコミュニケーションを築いている。車椅子利用者は電動車椅子で自由に移動を楽しんでいる。  現在の介護システムには多くの矛盾が存在する。要介護認定を受けた高齢者だけが様々な介護サービスを利用できる仕組みや、高齢者だけを集めたデイサービスの在り方などに、上野さんは疑問を投げかける。なぜ高齢者が高齢者だけの場所に集まらなければならないのか、なぜ要介護になったら年寄りばかりが固まって過ごさなければならないのか。  理想的な社会とは、多世代の人々が様々な場所で自然に交流し、どこに行っても必要な支援を 受けられる環境だ。麻雀をしたい人が雀荘に行き、そこで働く人が介護福祉士の資格を持っていれば良いのだ。喫茶店のウェイターやウェイトレスが介護の心得を持っていれば、高齢者も気兼ねなく外出を楽しめる。特定の場所に要介護者を集め、資格を持った人だけを配置するという現在のシステムは、効率性を重視した結果生まれた人為的な分離に過ぎない。  障害者総合支援法では外出介助が認められており、コンサートや映画鑑賞なども支援の対象となる。しかし、介護保険ではこうした「楽しみ」のための外出は基本的に認められていない。人間が生きるということは、食べて寝て排泄するだけではない。楽しみや交流、コミュニケーションも生きることの基本的な要素なのだ。    これからの高齢者は、これまでとは大きく異なる特徴を持つと予測される。上野さんが挙げる新しい高齢者像は以下のようなものだ。自分のことは自分で決めたい、デイサービスには行きたくない、施設にも入りたくない、おためごかしの作業や子供だましのようなレクリエーションはしたくない、最後は自分のことは自分で決めたい。  この変化の背景には、世代交代による価値観の変化がある。これまでの高齢者は、こんなに長く生きることを予期していなかった。人類史上初めて「死ぬに死ねない」状況に直面し、茫然自失している面がある。終活について話すことさえタブー視してきた世代だった。しかし、その次の世代は、上の世代の介護を通じて老いについて学習し、死や葬儀についても公然と話し合える環境を作り上げている。  この学習効果は、介護保険制度の25年間の蓄積とも相まって、大きな変化をもたらしている。現場での経験値

    54 min
  2. AUG 16

    第37回は、社会学者の上野千鶴子さんに聞く(上)介護保険制度の危機を乗り越え「ケア社会」をつくる

    今回のゲストは、社会学者の上野千鶴子(うえの・ちづこ)さん.。  人生100年時代を迎えた日本社会において、介護保険制度の行方は全ての国民にとって切実な問題となっている。この制度の根幹を揺るがす改悪案に対し、市民レベルから声を上げたのが、社会学者の上野千鶴子さんと評論家の樋口恵子さん。2人が手を結ぶきっかけは、立ち話だった。2014年の介護保険改定で危険な改悪案が浮上した際、ふたりは「このまま放置すれば取り返しのつかないことになる」という危機感を共有。上野さんが理事長を務めるウィメンズアクションネットワークと樋口さん率いる高齢社会をよくする女性の会が核となり、介護関係者、利用者、家族を巻き込んだ介護保険改悪反対運動が始まった。  2020年1月14日、衆議院第一議員会館で開催された「介護保険の後退を絶対に許さない!1・14院内集会」には約300人の関係者が集結した。この集会を皮切りに、介護保険改悪阻止の運動は全国に広がりを見せ、2023年には「ケア社会をつくる会」として正式にネットワーク化された。  運動を進める過程で明らかになったのは、介護関係者間の横のつながりの希薄さだった。ケアマネジャー、リハビリ専門職、介護職員など、様々な専門職が分断されており、利用者の当事者団体も認知症の人と家族の会を除けば組織化が進んでいない現実があった。この状況を打破するため、職種を超えた緩やかな連携の構築が急務となった。  ケア社会をつくる会は、2024年の参議院選挙に向けて主要政党へのアンケート調査を実施した。その結果、立憲民主党、社民党、共産党、れいわ新選組などが介護保険制度に言及し、特に立憲民主党は「幸せな在宅ひとり死への支援」という上野氏の提唱する概念まで政策に盛り込んでいた。  しかし、これらの政党が選挙で得票を伸ばすことはできず、介護問題が有権者の投票行動に与える影響は限定的だった。一方で、国民民主党や参政党を支持する介護関係者もおり、介護現場の政治的志向の多様性も浮き彫りになった。  上野さんは、ジェンダー問題が近年の選挙で投票行動に影響を与え始めているように、介護問題も継続的な取り組みによって政治的な争点として認知される可能性があると分析している。アメリカには会員数3600万人を誇る全米退職者連盟という強力な高齢者利益団体が存在し、党派を超えて政治的影響力を行使している。日本でも同様の当事者組織の必要性が求められている。  記者会見や院内集会を重ねる中で、メディアの関心の低さも課題として浮上した。「読売新聞は一度も取材に来ず、産経新聞は最後に一度だけ参加した程度で、テレビ局の対応も消極的だった。記者の質問レベルからは、介護保険制度に対する理解不足も明らかになった」と上野さんは言う。  2024年の介護報酬改定では、運動体が想定していなかった訪問介護報酬の大幅削減が実施された。この改定により、全国で訪問介護事業所の倒産、休業、廃業が相次ぎ、介護現場は深刻な危機に直面している。  共産党系の「赤旗」の調査によると、全国の自治体で介護保険事業所が完全に消失した地域が100以上、事業所が1つしか残っていない地域が300程度に上るという衝撃的な実態が明らかになった。上野さんらはこの状況を「保険詐欺」と表現し、保険料を徴収しながらサービスを提供できない制度の矛盾を厳しく批判している。  現在の要介護高齢者の多くは昭和時代を生きてきた世代であり、特に女性は家族のためにケアを提供する役割を担ってきた。この世代は要介護状態になると自らの存在意義を見失い、家族に迷惑をかけないよう遠慮がちになる傾向がある。  しかし、戦後生まれの世代は権利意識が高く、自分のことは自分で決めたいという意識を持っている。また、独居高齢者の増加により、家族に依存しない生き方を選択する高齢者も増えている。年金制度の影響も大きく、厚生年金受給者の比率が高い世代は経済的自立度が高く、従来の高齢者像とは大きく異なる特徴を示している。  国民年金制度の設計時には、自営業者は死ぬまで働き続けるという前提があり、年金は孫への小遣い程度の位置づけだった。しかし、現実には年金収入が唯一の収入源となる世帯が多数存在し、制度設計の根本的な誤りが露呈している。40年間保険料を納付しても受給額は最大7万円程度で、生活保護水準を下回るという矛盾が生じている。  この問題の解決には、最低保障年金の導入や現行制度下での生活保護との差額支給の活用が考えられる。しかし、行政の周知不足やケアマネジャーの知識不足、受給に対するスティグマ(恥辱)などが障壁となっている。  介護保険制度を持続可能なものにするためには、負担と給付のバランスを根本的に見直す必要がある。日本の社会保障制度は健康保険、国民年金、介護保険の「国民皆保険3点セット」で構成されており、介護保険だけを切り離して論じることはできない。  介護保険や健康保険が利用者負担を求める前提として、高齢者に一定の購買力があることが想定されている。この購買力を保証するのが年金制度であり、年金制度の不備が介護保険制度の機能不全を招いている側面がある。  現在、日本の国民負担率は保険料と税負担を合わせて46%となっており、OECD諸国の中では中位に位置している。つまり、中負担中福祉の国家へと変化しているが、この負担をどう配分するかが課題となっている。  介護保険料は制度開始時の3000円台から現在は6000円台へと倍増しており、高い自治体では9000円台に達している。保険料負担はほぼ上限に達しているとの見方が強く、今後は公費負担割合の引き上げが不可欠とされている。現在は保険料と公費が半々だが、国費負担を25%から35%に引き上げる案が複数の政党から提示されている。  国政レベルでの制度改革が進まない中、自治体レベルでの独自の取り組みが注目されている。介護保険制度では自治体が保険事業者となっており、上乗せ・横出しサービスの提供が可能である。  村上市の事例では、市長の政治的決断により訪問介護事業所への支援が実現した。この背景には、地域の介護事業者と市民のネットワークが市議会を動かし、市長に働きかけたプロセスがある。同様の動きは全国各地で見られ、市議会や区議会では介護保険改悪阻止を求める決議が相次いで採択されている。  上野さんは「決議を出すなら予算も出すべき」と主張し、自治体の積極的な財政支援を求めている。介護保険給付費の積立金は多くの自治体で黒字となっており、現在のような非常時にこそ活用すべきだとの考えを示している。  こうした地方からの取り組みが全国に広がることで、国政への圧力となり、制度改革の推進力になることが期待されている。自治体と市民の連携による「地方から国を包囲する」戦略は、市民運動の新たな可能性を示している。  介護保険制度は2025年で制度開始から25年を迎え、歴史的検証には十分な時間が経過している。制度創設時に理想主義に燃えて制度設計に関わった市民や官僚の多くは高齢化し、官僚は世代交代が進んでいるが、上野さんは、介護保険制度の抜本的な見直しの時期が来ていると指摘している。各政党の公約を見ると、制度見直しの方向性は二極化しており、現状維持・改善を目指すグループと、負担増・給付抑制を進めるグループに分かれている。  制度創設時には「介護の社会化を進める1万人市民委員会」が労使を超えた世代横断的な運動を展開した。現在も同様の国民的議論の場が必要だが、メディアの劣化や政治不信により、十分な議論が行われていない現状がある。  社会保障制度に対する国民の意識調査では、より良い社会保障のために現在以上の負担を受け入れる意思を示す国民が5割を超えている。しかし、政府への不信が負担受け入れの障壁となっており、政治不信の解消が制度改革の前提条件となっている。  ケア社会をつくる会は、単なる反対運動を超えて、望ましい介護保険制度のあり方を提示する建設的な役割を担おうとしている。職種を超えた緩やかな連携、自治体レベルでの実践的取り組み、そして長期的視野に立った制度設計の議論を通じて、真の「ケア社会」の実現を目指している。こ

    39 min
  3. JUL 26

    第36回は、東大名誉教授の樋口範雄さんに聞く(下)変化する社会と法制度のギャップ

    今回のゲストは、武蔵野大学法学部特任教授、東京大学名誉教授の樋口範雄(ひぐち・のりお)さん.。  2006年の富山県射水市民病院事件をきっかけに、終末期医療における人工呼吸器停止が全国的な問題となった。 同病院で数年間に7人の患者の人工呼吸器が外されたことが発覚し、医師が捜査対象となった。日本では終末期医療中止で医師が裁判になったのは2件のみで、最高裁は適法な要件を満たせば治療中止は可能と判断。厚生労働大臣が医師一人の判断を避けるためのガイドライン策定の必要性を表明。樋口さんも検討会に関与し、誰もが常識的に納得できるルール作りに参加した。 終末期医療のガイドラインは次の三本柱で構成される。① 医師一人では決めず、チームで終末期医療の判断を行うことを原則とした②本人の意思を最も重要視し、本人の意思が不明な場合は家族等の意思で推定することを認めた③最期まで苦しまないよう緩和ケアを充実させることを国の責務として明記。  2018年に内容を充実させ、終末期に至るまでの時期についてもガイドラインを拡張。アドバンス・ケア・プランニング(ACP)の概念を導入し、事前の医療・介護計画の重要性を強調した。  ACPは医療・介護分野に限定されているが、人生にはより幅広い準備が必要であることを指摘。 東京大学高齢社会総合研究機構が中心となり、ALPアドバイザー制度の検討を開始。単身高齢者の増加に対応し、人生全般にわたる相談ができる仕組みの構築を目指している。  本人の意思を尊重する原則はあるものの、日本では家族の意見も無視できない文化的背景がある。 法律上は「家族等」となっているが、実際の運用では血縁関係のある家族が重視される傾向がある。   樋口さんの入院経験では、まずキーパーソンを指定することが求められた。 キーパーソンは実質的に医療代理人の役割を果たすが、家族でなくても問題ないはずである。成年後見人は医療代理人にはなれないという制度上の矛盾が存在。親友や同性パートナー、内縁関係者など、家族以外でも本人をよく知る人がいる。彼らにも本人の意思を聞くことは構わないと樋口さんは考える。  アメリカでは医療代理人制度があり、家族でなくても代理人になることが可能、  樋口さんは銀行口座整理の際に、本人でなければ手続きできない不便さを感じた。 高齢者にとって身体的負担が大きい各種手続きで本人の出頭が求められる現状は改善し、代理人を認めてほしいという。  民法には代理制度の規定があるが、実際には誰も信用しない状況。それならば、イギリスやアメリカにある持続的代理権法(元気な時も判断能力を失った時も継続して機能する代理制度)のような、簡単に代理人を選べる制度が必要と樋口さんは言う。  ケアマネジャーが本来業務以外のアンペイドワーク、シャドウワークを多数依頼される現状への対策についても聞いた。アンペイドワーク、シャドウワークとは、 マイナンバーカード手続き、公共料金振込、買い物、救急車同乗などで、特に単身高齢者から、多岐にわたる依頼がケアマネジャーにある。単身高齢者にとってケアマネジャーが唯一の頼りとなっている存在だからだ。ケアマネの業務拡大で対応するか代理制度への橋渡しかで議論が分かれている。樋口さんは、 記録の透明化と適切な有償化により、必要なサービスを提供できる仕組みづくりが重要と説く。  民間で行われている身元保証サービス(高齢者等終身サポートとも言う)についても聞いた。 入院や施設入所時の身元保証要求は本来必要ないが、慣行として続いている。身元保証法は入院・施設入所のために作られた法律ではないにも関わらず流用されている。高齢者等終身サポート事業者による高額なサービス(入会金100万円超のところが多い)が存在する。法律も所管官庁もない状態でガイドラインのみの規制となっている。家族がいれば無償でできる作業に高額な費用がかかる現状だが、どうすればいいのか。  樋口さんは、保険を活用した新しい仕組みができないかと提案する。事故が起きた時に担当者のサポートが得られる自動車保険のような仕組みで身元保証問題が解決できないかと話す。  AIを高齢者問題に活用できないかも議論した。  AIエージェントやAIアバターが医療代理人としての役割を果たす可能性があるのではないか。本人の価値観や医療に対する考えを学習したAIが適切な判断を提示すれば、 家族よりも正確に本人の意思を反映できる可能性がある。  弁護士は無償相談の後の有償業務への移行を重視する傾向があり、最後まで寄り添う覚悟に疑問がある。法律家が高齢者に寄り添う仕組みは作れないか?と言う疑問に対して、樋口さんは「 2004年の法科大学院制度により弁護士数は増加したが4万人程度で、アメリカの130万人と比較して圧倒的に不足」と指摘。また、「アメリカには老人相談所に相当する制度があるが、日本には児童相談所はあっても老人相談所は存在しない」という。  樋口さんは「縦割り行政ではなく、何でも受け付ける総合的な相談窓口の必要性が高まっている」と強調する。

    53 min
  4. JUL 26

    第35回は、東大名誉教授の樋口範雄さんに聞く(上)成年後見制度の限界と新たな高齢者支援の可能性

    今回のゲストは、武蔵野大学法学部特任教授、東京大学名誉教授の樋口範雄(ひぐち・のりお)さん.。  日本は世界でも類を見ない超高齢社会を迎えている。高齢化率が3割を超え、認知症患者数は2025年には700万人に達すると予測される中、現行の法制度が高齢者の実情に適合していない現実が浮き彫りになっている。東京大学名誉教授の樋口範雄さんは、高齢者の問題は本質的に法律問題でもあるにも関わらず、法も法律家もそれに対処できていないと指摘する。  人生100年時代において、従来の「人生50年」という前提で設計された制度では対応しきれない課題が山積している。デジタル化、グローバル化が進む中で、高齢者は予想できない事態に直面することが増えており、不安と心配で暮らすのではなく、新しい事態に前向きに対処していく仕組みが求められている。  樋口さんが武蔵野大学で企画した「古希式」は、こうした課題への一つの回答として注目される。70歳を迎えた高齢者と若い学生が一緒になって高齢者の問題を学び、話し合う場として設計されたこのイベントは、高齢者になる準備段階での学習機会の重要性を示している。樋口恵子さんが提唱する「第2の義務教育」の概念は、余生を悠々自適に過ごすという従来の発想から脱却し、リスキリングを含めた積極的な学び直しの必要性を訴えている。  2000年に介護保険制度と同時に導入された成年後見制度は、25年が経過した現在でも深刻な課題を抱えている。制度の利用者は約25万人にとどまる一方で、認知症患者やMCI(軽度認知障害)の人を含めると、潜在的な対象者は1000万人に上るとの推計もある。この圧倒的な乖離は、制度設計そのものに根本的な問題があることを示している。  政府は「利用促進」を掲げているが、仮に500万人が制度を必要としているとすれば、残り475万人に後見人をつけるという現実的でない目標を追いかけていることになる。これまで25年かけて25万人の利用者を獲得したペースを考えると、必要な人すべてに後見人をつけることは物理的に不可能に近い。  さらに深刻なのは、世界的に成年後見制度への評価が厳しくなっていることである。多くの国で制度の廃止や根本的な見直しが議論される中、日本だけが利用促進という方向性を変えられずにいる。国連の障害者権利条約は、認知症の人を含む障害者の自己決定支援を重視し、後見人が代行して判断決定をする制度の廃止を勧告している。2022年の日本に対する審査報告でも、このような制度の廃止が明確に求められているにも関わらず、日本の対応は小手先の改善にとどまっている。

    49 min
  5. APR 27

    第34回は、経営コンサルタント/投資家の岩崎日出俊さんに聞く(下)「日々の暮らしの中に投資のチャンスはある」

    今回のゲストも、経営コンサルタントで投資家の岩崎日出俊(いわさき・ひでとし)さん。  冒頭、町が「従来のモデル世帯(男性サラリーマン、専業主婦、子供2人)という想定が必ずしも今の社会には通用しなくなっており、家族単位ではなく個人単位で将来に備える時代になっているのではないか」と問題提起。  岩崎さんは「1人ひとりが考えていかなければならない問題」としつつ、その際には「世界の未来がどうなるか」に考えを巡らす必要があると重ねて強調する。  岩崎さんは投資の世界を詳しく説明。「ひとたび投資の世界に入ると、自分がどれだけ勉強したか、自分が世の中をどうやって見ようとしているかによって、結果が出る世界」と言う。  岩崎さんは、テスタさんという、今ネットの世界で話題になっている個人投資家を例示。「企業とかで働いてはいなくて、フリーで生計を立てていた方ですが、何とか投資の元になる300万円を貯めて、それをだんだん大きくして、あっという間に100億円以上の資産を持つまでに至った。そういう方が今、若い人には結構おられる」と話す。  「個人の方が、間違った金融知識で株式投資をすると損してしまう可能性が大きいですが、きちんと勉強すればそれなりの結果が出ます。投資の世界ってジャングルみたいなところなので武器がないとやられちゃうんですけれども、きちんとしたノウハウを勉強して身につければ、それなりにリターンが生まれる可能性が高い」と説明する。  アメリカでは、大学院で株式投資論を教えている。株式投資は学問になっている。アメリカは資本主義・市場主義の国。株価が適切に決まることで良い企業に投資が集まり、国全体が豊かになるという考え方がある。日本の従来の産業政策(政府主導で特定企業を支援)の延長ではアップルは生まれないと岩崎さんは指摘する。  投資の世界では、世の中や企業が将来どうなるのかをしっかり見据えて投資すれば、成功する可能性が高いと説明、岩崎さんが、日本でまだ半導体メーカーのエヌビディアが注目されていなかった時に同社の株を買った理由を明らかにした。   「将来を見る目を養う、感性を磨くのはそんなに難しいことではない」と岩崎さんは言い、ユニクロを例に挙げる。「ユニクロのフリースが流行った時、ユニクロは多くの人にそれほど知られているわけではなかった。でも、原宿の店で売り切れになった時にユニクロの株を買っていれば100倍どころじゃない」。  将来性を見極める目を養うことが重要で、世の中の変化(例:iPhoneの普及、Amazonの成長)に気づき、少額からでも投資することで大きなリターンを得るチャンスがある。自分の得意分野や関心のある領域(医療など)に投資することで、より良い判断ができる。  話が前向きになってきた時に、相川が水をさす。  株式売買のプロの人は並外れた情報収集力がある。素人が「詳しい分野で」と考えて個別株を買う場合、その「詳しい」というのはどのくらいのレベルを指すのか。今、「ChatGPTをやっているからAI株を買おう」といったレベルでは、駄目だと思う、と。  これに対し、岩崎さんは、「2〜3万円で買ってとりあえず様子を見るということであれば、そんなに勉強する必要はない」と言う。そして「経営者を見ることは投資判断において重要であり、現代ではネットを通じて経営者の情報を簡単に入手できる」とアドバイスする。  日本企業は株主のお金を託されているという意識が乏しく、ROE(株主資本利益率)が米国企業に比べて低いため、日本の株式指数のパフォーマンスは米国に比べて劣っている。しかし。若い個人投資家は既にこの状況を理解しており、新NISAではオールカントリー(全世界株)やS&P500などの海外指数に投資する傾向がある。  「退職金などまとまった資金を投資する場合は、住宅ローンの返済を優先し、残った資金は一度に投入せず時間分散して投資することでリスクを軽減すべき」と岩崎さんは語った。  岩崎さんは投資とトレーディングを区別し、FXや暗号資産はトレーディング(ゼロサム)であり、株式投資は長期的に世界経済の成長に賭ける投資(プラスサム)だと説明。  また、ウォーレン・バフェットの考えを引用し、キャッシュフローを生み出す投資対象(株式、農地、不動産)と、次の買い手がいて初めて価値が生まれるもの(金、暗号資産、FX)を区別している。  岩崎さんは個人的にトレーディングの世界ではプロに勝つのは難しいと考えている。  町の「日本では投資の文化や学問としての投資が未成熟であり、株主の権利に対する理解も欧米に比べて低いのでは」という質問に対し、岩崎さんは「スタンフォードビジネススクールの日本からの留学生も投資の授業をあまりとらない」と話す。「アメリカでは投資の世界は競争が厳しく、常に勉強が必要」と言い、自身の経験からも「アメリカの大学や投資銀行では、勉強しないと置いていかれる(クビになる)リスクがある」と言い切る。  一方で、岩崎さんは「現代の投資環境は非常に公平で、誰でも少ないコストでアメリカ株などに投資できるようになった。情報も豊富で、良い情報を選べば誰でも投資ができる時代になっている」とし、「しっかり勉強して投資の世界に挑めば、誰でも成果を期待できる」とする。  「投資をする人は自分で考えて投資すべきであり、証券会社の営業マンのアドバイスはあまり信用しない方が良い」と岩崎さん。「本当に投資に詳しければ営業マンをしていないはずだ」と本音を漏らす。  低コスト投資の重要性が強調されており、販売手数料や信託報酬は長期的に見ると大きな損失になるため、手数料の低いネット証券の利用が推奨されるという。

    58 min
  6. APR 27

    第33回は、経営コンサルタント/投資家の岩崎日出俊さんに聞く(上)「10年、20年後の世界が信じられるならば株式投資を」

    今回のゲストは、経営コンサルタントで投資家の岩崎日出俊(いわさき・ひでとし)さん。  岩崎さんは、1977年日本興業銀行(当時)に入行後、スタンフォード大学に留学し、経営学修士(MBA)を取得。1998年以降、JPモルガンやメリルリンチ、リーマン・ブラザーズの投資銀行部門でマネージング・ダイレクターを歴任。2003年に経営コンサルティング会社「インフィニティ株式会社」を起業。代表取締役を務めている。  日本の高齢者世帯(65歳以上)の平均年収は304万円で、アメリカの同世帯の平均年収1200万円と比べて4倍の差がある。アメリカでは「401k」などの年金制度が充実しており、多くのアメリカ人が老後に向けて積極的に資産形成している。日本のiDeCoと似ているが、アメリカの方が積立枠が大きい。  岩崎さんは「貯蓄から運用へ」という政府のキャッチフレーズに必ずしも賛同しておらず、「投資に関心のない人が株に手を出すとリスクがある」と指摘。投資にはリスクがあるため、リスクを取りたくない人は貯金や確定拠出年金の定期預金などで安全に運用する選択肢もあると助言する。  岩崎さんは以前「資産運用のうまい話は無視して、まとまったお金は1000万円ずつ分けて銀行に預金する。増やすより減らさないことが大事」と慎重な立場を示していた。日本は過去30年間デフレに近い状態だったため、預金をしているだけでも生活に困る心配はなかったが、現在はインフレ傾向にあり、現金や預金の価値が毎年減少する可能性がある。円安の進行(1ドル110円から150円へ)により輸入品価格が上昇し、生活が苦しくなっている。「こうした経済環境の変化に応じて個人の生活スタイルやお金に対する考え方を調整する必要がある」と岩崎さんは言う。  日本人は社会保障を当たり前と考える傾向があるが、持続可能なサービスを受けるためには意識改革が必要。 そんな中で、新NISAが昨年1月スタート。特に若い世代の間で投資への関心が高まっている。  「オルカン」(オールカントリー)は世界の株価指数に合わせた人気のインデックス投資で、新NISAでは多くの人がオルカンかS&P500を選んでいる。2024年は調子が良く、若い投資家は利益を得ていたが、2025年になってからは1月株価下落と円高の影響で損失が出始めている。この状況を受けて、新NISAでの投資をやめる若者も出てきている。  岩崎さんは、「株式投資の判断は個人の将来観に基づくべき」と強調。世界経済が良くなると信じる人はインデックスファンド投資が適切だが、「悲観的な見方をする人は株式投資を避けるべき」と言う。  株価が下がった時に売ることは避けるべきで、むしろ安い時に買うという基本原則を守ることが重要。  株式投資の基本原則として「長期、分散、積み立て、低コスト」が初心者に適しており、特に全世界株式(オルカン)やS&P500に連動したインデックスファンドが推奨される。  インフレ対策として株式投資が有効だが、株式に抵抗がある場合は3ヵ月や6ヵ月の短期定期預金を活用して金利変動に対応する方法もある。  投資判断は他人の意見に頼らず、自分自身で経済状況を学び、責任を持って行うべきである。

    40 min
  7. MAR 11

    第32回 は、司法書士の福村雄一さんに聞く(下)おひとりさまでも安心。死後事務委任契約と遺言との賢い付き合い方

    今回のゲストは、「お金の人生会議」を実践する司法書士、福村雄一さん(ふくむら・ゆういち)さん。    後半は、より良い晩年や死後の希望を実現するためにどんな準備すればいいのかということを福村さんに聞く。  死後事務委任契約とは?  福村「文字通り、死後事務委任ということで、亡くなった後の事務手続きを委任しますという契約です。具体的には、例えば、葬儀とか納骨とかをお願いする。あるいは行政にいろいろなものを届け出たりしてもらう。それから、ライフラインに関わる契約を終了したりとか。亡くなった後にも、その人にまつわるいろんな関係の業務があるわけなんですが、そちらの手続きを依頼する契約を死後事務委任契約といいます」。  死後事務を受けるのは、司法書士が多い?  福村「最近、時代の要請というか、死後事務委任契約が増えてきています。大前提としてご家族がいらっしゃれば、こういった手続きはご家族がご家族の立場でされるので、特に契約云々という問題にはならないのですが、ご家族がいらっしゃらないとか、疎遠になっているといった場合、ご本人はお亡くなりになっているので、誰かが権限を持ってやらないといけません。もちろん、身寄りのない方で、行政が関わっておられるような方であれば、行政が関わって進んでいくと思うんですけれども、全ての方がそういうわけではなくて、むしろ行政の関わりのある方の方が少なかったりします。そうすると誰が担っていくのかという問題が出てくる。そうすると、お金回りの仕組みとか契約をなりわいとしている法律職の中で、司法書士が多く手掛け始めることになる」  最近広がっている「高齢者等終身サポート事業」でも死後事務を受けているが、問題も多い。  福村「そうですね。おっしゃる通り、死後事務を誰が担っていくかというのは喫緊の課題だと思います。我々も仕事を受けますけれども、やはり個人として受けるのではなくて、法人組織として受けていく必要があるだろうと思います。組織は続いていて、その中で動く人間は変わっていくという方向にしないと、何十年も先の話だったりするので、ボランティアではなかなか対応できないと思います。仕組み作りが重要です。運営のためのお金をどなたから、どのくらい頂戴して進めていくかとか、運営メンバーをどう代替わりしていくかとか、長くどう続けていくかというのが、今問われています。死後事務委任などを引き受ける事業者は、いろいろ立ち上がっていますが、その信頼性をどう担保していくかというのが重要です。でもこの課題はまだ解決されていない状況だと思います」。  「ニーズは非常に高まってくると思います。低くなることはないでしょう。ですので、今後もそういうサポート事業者は増えていくと思われます。その中でトラブルも予想されます。終身サポートを受けようとする人の財産が使い込まれてしまうようなケースです。事業者側がしっかり対応せず、消費者被害も出てくるでしょうし、事業が軌道に乗らず倒産してしまうところも出てくるのかなとは思います。ですので、継続して事業を行えるかどうかの認定を自治体などで行おうという動きも出てきています。監督官庁は今はなく、どう事業者をチェックしていくかということが課題になるのだろうと思う」  高齢者等終身サポート事業は主におひとりさまが対象なので、おひとりさま対策として見られているが、おひとりさまに限らず、子供がいる家庭でも、必要になると思われる。介護に限らず、家族以外に任せるという選択肢も作っておかないと、子供の生活が成り立たなくなるような時代になるんじゃないか。  福村「そうですね。サポートをする側、支える側が一番支えを必要とするという言葉もあるくらいですから。誰かの支えになろうとする人が一番支えを必要としていますので、支える人の背中をそっと支えてあげるっていうことがないと、支える側の生活が狂ってしまう。サポートが非常に重たいものになってしまうので、制度を活用しながらうまくバランスをとってサポートすることが大事になるのでしょうね。そのためにも、ALP、ACPをホットな話題として、皆さんに考えていただくのがいいんじゃないかなと思います」。  福村さんが理事を務めている「おひとりさまリーガルサポート」はLGBTQのようなおひとりさまではないんだけども、従来型の家族とは違うカップルの方にもリーガルサポートを行うようですね」。  福村「そうですね。あとは内縁関係で、生活を営んでおられる方もいらっしゃいます。日本の法律制度の中で、家族ではなくても、家族に準じて届け出を認めている自治体とかもありますけれども、それが法律上の家族ではないというところは決定的なポイントになります。そうするとその枠組みの中から漏れちゃう方々が出てきてしまいますので、その方々をどうサポートしていくか、というところは大事だと思いますね。同性の方ですと、法律婚ではないということになってきますので、契約という仕組み、あるいは遺言書で、財産を渡し合うとかが一つの手法になります。また、任意後見契約をお互いに結んでおくとかもします。我々のような専門職を間に入れていただいて、既存の仕組みを使ってご本人たちのお気持ち、世界観にマッチするようなサービスを提供できたらと考えて動いています」。  遺言関係で一つ質問。遺言は65歳から70歳くらいに書いた方がいいのでしょうが、正直言って遺言を書くほど、家族に、今、伝えておかなければいけないといった言葉も浮かばないし、財産も大してない。遺言との付き合いはどうすればいいか。  福村「やはり公正証書遺言であれば間違いないものが作られます。公証役場という役場の公証人という法律のプロが関わりますので、間違いなく誰に何をどれだけ残すかといったものが明確にわかる内容のものが出来上がります。ただ、費用もかかりますので、毎年、毎年作るというのはなかなか難しい。一般的には何十万円とかになりますので、そうたびたび作るのは難しいということであれば、やはり自筆証書遺言という選択肢が出てきます。紙とペンがあれば作れますのでぜひ書いてみられるのがいいと思います。清書が公正証書だとすると、下書きだと思っていただいて、1年に1回書き初めのような形で書かれるのがいいかなと思います。ライフイベントに合わせて、誕生日とかに合わせて、まず書いてみられるのが一番いいのではないでしょうか」。  「最近は、家族会議がとても大事になってきていまして、亡くなる前に、本人の思いをきちんと聞く機会があれば、家族の心づもりもできて、亡くなった時に波風が立つようなことにはならないと思うのです。遺言書は1人で作るものではありますが、開示していいということであればご家族が見ることはできます。亡くなった後、金庫から見つかって『えっ』と思うのか、それとも内容がこうだと知った上で、金庫から取り出すのかのどちらがいいか。サスペンスドラマのような意外性は全くなくても、『こんなはずじゃなかった』とならない方が家庭内にとってはいいんじゃないかなと思います」。

    41 min
  8. MAR 11

    第31回は、司法書士の福村雄一さんに聞く(上)成年後見、家族信託などで認知症の親を持つ家族を支援

    今回のゲストは、「お金の人生会議」を実践する司法書士、福村雄一さん(ふくむら・ゆういち)さん。  福村さんは、2023年司法書士法人福村事務所を設立。2022年に日経BPから共著で「ACPと切っても切れないお金の話」、2024年4月にGakkenから「相続・遺言・介護の悩み解決 終活大全」を出版した。司法書士として、遺言作成支援、死後事務委任契約、任意後見契約、家族信託などに取り組むだけでなく、ACP(アドバンス・ケア・プランニング)にも詳しく、医療介護職との連携も進めている。  ACPは、人生の最終段階に医療、ケアをどういうふうにするのかというのを家族や医療従事者と話し合うということ。もともと医療従事者が使っていた言葉だが、最近では『人生会議』というネーミングで一般の人にも広く知られるようになっている。法律手続きを手掛ける司法書士の福村さんが、そのACPに関心を持っているのはなぜか。  福村さんは言う。「誰しもエンディングに向かっていくわけなんですが、その中で何を大切にしていて、どうしていきたいかというところは、医療やケアの選択に密接に関わってくる」。この、何を大切にしていて、どうしていきたいかというところが、司法書士が手掛けるALP(アドバンス・ライフ・プランニング)で、ACPとは切ってもきれない関係にあると福村氏は指摘する。  福村氏は「繰り返し、繰り返し、若いころからーー40代とか、60代とか、退職手前といった段階から、第2の人生、今後の人生をどのように積み重ねていきたいかということを自分自身で考え、そして、自分が大切にしている方々と共有する必要がある」と主張する。  繰り返し、繰り返しということに関しては高齢者が認知症になり、判断能力が衰えても、後の判断が優先されるのか。  これについて福村さんは「尊厳死宣言の証書が仮に残っていたとしても最終段階においてご本人が意思を発せられ、それが明確に届くものであればそちらが優先されると考えます」とし、遺言についても「認知症という診断が下りていたとしても、新たに遺言書を作成することは可能です。判断能力が低下して、成年後見制度を利用中の方は、一定の条件をクリアしていれば、遺言を残せると民法で定めています。医師の立ち会いが必要といった条件はあるのですが。法律上も予定されていることなので、認知症になった後も有効な遺言書が作れ、そちらの方が日付が後であれば日付が後の方が優先されますので、結論としては認知症になった後の遺言に従って誰に何を、どれだけ残すかと言った意思を手続きに乗せていくことは可能だと思います」と答えた。  『成年後見』については、成年後見、介護保険と共に制度がスタートして20年以上経っているのに、一般の人たちにあまりなじみがない。それはなぜなのか。    成年後見制度が広がらない理由について福村さんは理由は2つあると言う。1つが費用負担の問題。「お持ちの資産によって、大体いくらになるという幅があり、それを家庭裁判が決定するという形になります。後払いなのですが、だいたい月額にすると、2万円とか3万円になります」。  もう1つが管理の期間、つまり報告をしなければならない期間が長い。「家族の立場として そんなに毎月毎月、動きがあるわけではないのに、どこまで報告するんだっていう気持ちの負担が大きいのかなと思ったりします」。  親の財産などを管理する手法としては家族信託もある。  福村「例えば、親の所有する建物が親の名義のままで、親が高齢になって判断能力が衰えてくると、いざ売りたいと思ってもそれが難しくなったりします。そんな時は後見制度を利用するという解決策もありますが、家族信託も解決策になります。親が子供と家族信託という信託契約を結ぶと、建物の名義が子供になります。これは贈与とか売買ではなく、『子供に託しました』という形で契約をし、持ち主を変えます。不動産登記で子供が持ち主になりますので、子供の判断で、適切な時期に必要となった時に建物を売却したり、他の人に貸したりできるようになります」。

    41 min

About

人生100年時代の歩き方を考えるトーク番組 • 時代の変化が激しい。コロナ禍が、社会のデジタル化を加速。2025年には団塊の世代が75歳以上となり、本格的な超高齢社会が到来する。地球温暖化や貧困、戦争など、グローバルに解決しなければならない問題にも直面している。 • ところが本来、知見を伝えなければならないシニア世代と、若者世代の間に深刻なコミュケーションギャップがある。時代が変わっても過去の経験や知識が無駄になるわけではないが、シニア世代も時代の変化についていけず、自信を失っている。 • 18歳で成人になったばかりの若者から、学び直したい大人まで、混迷の時代に知っておきたい知識、情報をお伝えする。