残間光太郎の"闘うものの歌が聞こえるか"

kotaro zamma

イノベーションで世界をよりよく変えていこう、という闘う人々を応援するチャネルです。スタートアップや大企業、音楽家やアーティストなど、様々なイノベーターのビジョン、考え方、パッションを是非是非、全身で感じてください!

  1. 19時間前

    解くべき問題ノベーション(1946回)

    今のコンピュータメモリ、通信、デジタル技術につながる「誤り訂正符号」の基礎を作った人物の一人である数学者リチャード・ハミングの講演「You and Your Research」を通じて、イノベーションのあり方について考えさせられました。 曰く、 “If you do not work on an important problem, it’s unlikely you’ll do important work.” 「重要な問題に取り組まなければ、重要な仕事をすることはまずない。」 しかしハミングは、単に大きな問題に挑戦しろと言っているわけではありません。 “It’s not the consequence that makes a problem important, it is that you have a reasonable attack.” 「結果の大きさが問題を重要にするのではなく、合理的な攻め方があることが重要なのです。」 ここから、私は三つのことを思いました。 1、重要な問題とは何か? 2、合理的な攻め筋とは何か? 3、なぜ重要な問題に取り組めないのか? 1、重要な問題とは何か? 我々がイノベーションへ取り組む際に、この問いはとても重要だと思いました 果たして、我々が取り組んでいる問題は、重要な問題なのか? それを考える時に大切なのは、もしその問題が解けたとして、どんな素晴らしいことが待っているのか、それをあらかじめ考えておく、ということなのかもしれないなと思いました よくあるのは、まずはやってみなければわからないじゃない みたいな話で、目の前の課題を解決することから、行動することが大事、という話を聞くこともあります とにかく行動してみる、ということは、悪いことでは全くないのですが、その先のゴールがなんなのか?を最初に考えておくことがとても大事だと思います 我々が目指している世界は、こういうことなんだ、これができたら、こんなに素晴らしい世界が生まれるんだ、そしてそれは、たくさんの人たちを喜んでもらえるものになるはずだ ということを、少なくとも、どんな世界が開ける、その第一歩をやっている、というように考えておくことがとても大事だと思います 私がいつもお話しする、イノベータリップルモデルにおける”パッション”から始まって、”仲間”と共に、誰かが喜んでもらえるものを作る、という最後の”大義”があるかどうか 実は、そこまで考えて、自分自身が今やっていることを、意識している人というのは、少ないような気がしました 自分がとくべき重要な問題はなんなのか?常に問い続けることが大事だと思いました 2、合理的な攻め筋とは何か? しかし、重要な問題なら何でも取り組めばいい、というわけでもありません。 ハミングは、タイムトラベルやテレポーテーション、反重力などを例に挙げています。 実現すれば、とてつもないインパクトがあるけれども、そこに合理的な攻め方がなければならない。 これは、言い方を変えれば、それは解ける問題なのか?(今ではなくとも)という問いなのかもしれないなあと思いました 社会課題と言われているものが、10年前も変わらずにあり続けるというのは、実は、合理的な攻め筋が見えていないのかもしれないなあと思います イノベーションや、何かのテーマの時に、自分として取り組む際に、とても大きな問題なのだけれども、果たしてそれは解ける問題なのか?という問いを自分にすることも、とても大事だと思います 永遠の社会課題や、引用にある通りの、今の技術から考えて、到底実現できると思えないもの、道筋が見えていないものは、 だからといって、道筋が完全に見えていなければ取り組むべきではない、ということではないと思います。 大切なのは、「この方向からなら何かが見えるかもしれない」という、自分なりの攻め口、仮説を持てるかどうかなのだと思いました。 だとすれば、それを、最初に見抜くことが大事だと思いました。もしろん、正解である必要はなくて、この攻め口なら、ヒントが見つかるかもしれない、そんな仮説が立てられるものではないといけないと思いました 3、なぜ重要な問題に取り組めないのか? ハミングさんが調べたところによると、実は、重要な問題に取り組んでいる人ばかりではなかった、というところに、イノベーションや研究の難しさがあるのかもしれない、と思いました イノベーションで言えば、実は、それが重要な問題なのかどうかでさえ、わかっていない、ということがたくさんあるのではないかと思いました つまり、目の前にある解きやすい問題についつい取り組んでしまう、それは裏を返せば、重要な問題を突き止められていないから、そうせざるを得なくなってしまっている、ということも言えるかもしれないと思いました 重要な問題を突き止めるということが、実は、最も重要にもかかわらず、そう簡単にはできないこと、だからだと思います だからこそ、ジョンキーツさんが言われるところの、ネガティブケイパビリティのように、重要な問題がわからなくとも、とにかく、真の課題が突き詰められるまで、問い続けることができるか それは、特に、期限が決まっているプロジェクトなどだと、本当に苦しい戦いになります まずは、小さな成果でもいいから、成果を見せないと、何をしていただんだということになってしまう しかし、それを繰り返していたのでは、本当のイノベーションや研究は起こすことができない 最後は、自分自身が、納得して、これは、とても重要な問題なのだ、と言えることを目指すということなのかもなあと思いました それは、本当にとくべき問題なのか これは、ある意味、一生を左右することもあるかもしれない それほど、重要な問いであると、思いました 一言で言えば、 解くべき問題ノベーション そんな話をしています 参考:Richard Hamming「You and Your Research」(1986年3月7日、Bell Communications Researchでの講演)

    解くべき問題ノベーション(1946回)
  2. 1日前

    さ・か・さにするノベーション(1945回)

    歌手の加藤登紀子さんの言葉に、人生の考え方のパラダイムシフトを教えて頂きました。 曰く、 「逆さの学校という本を書いたんですけど、ヒントはね、砂時計。 砂時計はずっと一定程度時間がすると止まっちゃうでしょ。止まっちゃうんです。 でやっぱり、ぎゃって、逆さにしないと新しい時間が始まらないじゃないですか。 あれをふと思った時に、このね、じゃあ誰が逆さにするかですよね?」 ここから私は思いました。 1、砂時計は落ちても終わりじゃない 2、逆さから見ると、常識が壊れる 3、逆さにできるのは自分だけ 1、砂時計は落ちても終わりじゃない 砂時計はこれまで、人生の有限性を表す象徴として語られることが多かったように思います。 でも、加藤登紀子さんから、人生の見方をひっくり返す、大きなパラダイムシフトを教えていただきました。 砂時計は砂が全部落ちたら終わるけれども、 どっこい、終わらない方法がある。 それは、逆さにすれば、同じ砂から、また新しい時間が始まる。 人生は、ただ残り時間が減っていくものではない。 行き詰まった時、何かが終わったように見えた時、 もう先がないと思った時などなど 実は、向きを変えれば、そこからまた新しい時間を始めることができるのだと。 「限りある人生」から、 「何度でも始め直せる人生」へ。 砂が落ち切ったことは、終わりではない。 もしかすると、それは、次の時間を始める合図なのかもしれません。 私は、この反転に、とても大きな希望を感じました。 2、逆さから見ると、常識が壊れる では、「逆さにする」とは何だろうと、考えた時に、私は、物事を見る向きを変えることなのかなあと思いました 物事は、実は、見方によって、真実と思われていたことでさえ、全く逆の景色が見えてくることがある 例えば、うんちを踏んだ時に、『なんてついてないんだ』と思うのか、『いや、運がついた』と思うのか。同じ出来事なのに、見方ひとつで景色が180度変わることもあります 何か、壁にぶち当たった時に、あ、そうだ、砂時計を逆さまにしてみよう、こう思えるだけで、もしかしたら、新しい光が見えてくるかもしれない イノベーションの世界では、よく逆転の発想と言いますが、それによって、たくさんの課題が一気に解決することがあります とはいえ、常日頃バイアスに塗れている自分には、いつどうやるの?というふうに思います しかし、加藤さんのお話を聞いて、困った時や、終わったと思った時にこそ、自分の中のイメージの砂時計をひっくり返すことを思い出す 自らのバイアスを壊す、スイッチになるかもしれないなと思いました 3、逆さにできるのは自分だけ そして私は、加藤登紀子さんの最後の一言が、一番大切なのではないかと思いました。 「じゃあ誰が逆さにするかですよね?」 砂時計は、ひとりでに逆さにならない 自分の砂時計は、自分じゃないと誰にもひっくり返すことができない それがとても難しいことだなあと思いました まずは、砂時計が落ち切ったことに気が付かなければならない そして、それで、全てが終わったということではないかもしれない、と気が付かなければならない それは、誰も助けてはくれない 様々なバイアスや、もしかしたら他人からの批判、誰も賛成してくれないことなのかもしれない でも、最後にひっくり返す決断だけは、誰かに代わってもらうことはできません そこには、ほんの少しの勇気と、それでも立ち上がろうとするパッションが必要なのかもしれなあと思いました でも、それをするという選択肢がある、ということを、忘れないようにしておく、心の隅っこに留めておく それだけで、もしかしたら、暗闇の茨の道を照らす一筋の光になるかもしれないなと思いました イノベーションの世界は、まさにそんなことの連続なのかもしれません それでも、自らのパッションに基づいて、何度も砂時計をひっくり返しながら、仲間と共に、大義を実現していくことを諦めない 自分で勇気を持って逆さにした瞬間から、新しい時間が始まる。 人生は、実は、残された砂が減っていくことだけではない。 人生は、自らの意思で砂時計をひっくり返し、何度でも新しい時間を始めていくこともできる。そんな勇気をいただきました。 一言でいうと、さ・か・さにするノベーション。 そんな話をしています。 参考: 第 2485 回 「さ・か・さ」の学校 歌手 加藤登紀子 テレビ静岡 https://www.sut-tv.com/program/terakoya/backnumber/single/index.php?id=438

    さ・か・さにするノベーション(1945回)
  3. 2日前

    リキッドネットワーク・ノベーション(1944回)

    科学やテクノロジー、イノベーションについて数多くの著作を持つアメリカの作家 スティーブン・ジョンソンのTED講演「良いアイデアはどこで生まれる?」を通じて、イノベーションのあり方について考えさせられました。 曰く "心理学者のケビン・ダンバーは、良いアイデアが実際にはどこで生まれるのかを調べるため、研究者たちの仕事を観察しました。'' "研究者が顕微鏡に向かっているときだけでなく、同僚と話しているときや、研究室の会議で議論しているときの様子も記録したのです。" "そこで明らかになったのは、私たちが抱いている「ひらめき」のイメージとは異なるものでした。" "重要な飛躍的アイデアの多くは、研究者が一人で考え込んでいるときではなく、毎週開かれる研究室の会議で生まれていたのです。” ここから、私は三つのことを思いました 1、閃きは人との対話で生まれる 2、未完成のアイデアを掛け合わせる 3、流動的ネットワークをいかに構築するか 1、閃きは人との対話で生まれる 歴史に名を残している発明家は、何か1人の天才的な閃きから、生み出されていると思いがちな気がしていました しかし、ダンバーさんの観察では、重要なアイデアの多くは、一人で顕微鏡に向かっているときではなく、研究室の会議で生まれていました。 もちろん、お一人で閃かれている人もおられるのかとも思いますが そう考えると、実は1人の天才を育てたり、獲得してくることも必要ですが たくさんの人たちが集いながら、対話が生まれる環境づくりということが、もう一つ、発明やイノベーションを起こす手段として、重要なのかもしれないという気づきをいただきました 2、未完成のアイデアを掛け合わせる オープンイノベーションというと、スタートアップ企業が推進しているビジネスを発表して そして、そのビジネスをさらなる成長へ導きながら、自社も成長できる大企業とマッチングをしていく、というのが主流な気がします 今回のお話から、アイディア創発をするための、オープンイノベーションというものがあってもいいのかもしれないなと思いました それは、完成したビジネスモデルとのマッチングを目指す場ではなくて 未完成なビジネスモデルや、まだアイディアレベルのお話や、こなれていない技術、または、試行錯誤してきた失敗の話など そんな人たちのお話が入り乱れることによって、そこから、新しいアイディアやビジネスや技術が生まれていく、または、ブラッシュアップされていく そんなオープンイノベーションの場こそ、爆発的なイノベーションを生む仕掛けの一つとして、もっとあってもいいのかもしれないなあと思いました 3、流動的ネットワークをいかに構築するか ジョンソンさんは、さまざまなアイデアが集まり、立場や関心の異なる人たちが互いに意見を交わす環境を、「流動的(リキッド)ネットワーク」と呼ばれていました 17〜18世紀のイギリスのコーヒーハウスが、実はそんな場だっだった、とも言われていましたが、現在のカフェとはずいぶん違うものだなあと思います また、現在のオープンイノベーションの場や、コワーキングスペースや、閉じられているコミュニティとも違う気がする 多様なアイディアや思想や技術を持っている人たちが、未成熟なものを自由に語り合いながら、セレンディピティの出会いと、掛け合わせのアイディアが生まれるような場所 その場所に入るためには、必ず自分なりの未成熟なアイディア技術、失敗談などを持っていくことが、唯一の入場券 年齢や役職や社会的地位などは、一切関係のない、メンターに相談するのとも違って、自分のアイディアを話したくてうずうずしている人たちが集うところ そこから何が生まれたかなんて、成果をはかりようもないし、誰もそんな成果を求めていない、ただ面白いと思う人だけが集う、しかもオープンに人を迎え入れるところ そんなところを作ることができれば、アイディア自体を、オープンイノベーションで、創発できる、面白くてワクワクする場ができたらいいなあと思いました 「どうすれば、人と人のあいだで未完成のアイデアが流動し、掛け合わされる環境をつくれるか」 一人の天才を探したり育てたりするのではなく、普通の人たちの知識や経験が出会い、誰も一人では思いつかなかったものが生まれる状態をつくる。 イノベーションとは、人の能力だけの問題ではなく、人と人の「あいだ」をどう設計するかという問題なのかもしれないなあと思いました 一言でいうと、リキッドネットワーク・ノベーション。 そんな話をしています 参考: TED日本語 - スティーブン ジョンソン: 良いアイデアはどこで生まれる?https://digitalcast.jp/v/12158/?utm_source=chatgpt.com

    リキッドネットワーク・ノベーション(1944回)
  4. 3日前

    シンクアウトサイドボックス・ノベーション(1943回)

    シェア90%を超えるともいわれる、高性能半導体向けの層間絶縁材ABFの開発を牽引された味の素社長、中村茂雄さんの言葉にイノベーションの真髄を感じました。 曰く、 「まずこのABFの開発でですね、よく聞かれたのが、なぜ食品会社でこんなにいいものが作れたんだ、という質問なんですね。 実はこの電子材料の領域で、この層間絶縁材というのは非常にたくさん使いますので、室温でしか保管してくれなかったんですよね。 直射日光が当たらない倉庫に保管するっていうのが当時の常識でした。私が開発した材料っていうのは室温で3日間しか持ちませんでした。冷凍保管必須です。 私どもは冷凍食品部門を持ってましたので、物流的にも倉庫的にもですね、冷凍というハードルがまずあまりなかった」 そして、 「ここで必要とされてたのは性能だったんですよね。 基板メーカー様も、冷凍庫も冷蔵庫も導入してくれまして、室温で2日で使い切るプロセスを作ってくれました。 今では層間絶縁材のそれが常識になってます。冷凍保管で使い切る。これが常識に変わりました。 常識にとらわれていたんでは、これだけ性能の良いものは作れなかったと思うんですね。そこではシンクアウトサイドボックスが必要だったと思います。」 ここから私は思いました。 1、ゴールを、常識に合わせない 2、異業種が、武器になる 3、非常識は、新しい常識になる 1、ゴールを、常識に合わせない 私はイノベーションを支援する際に、とにかく真の課題を見つけ出すことを、徹底的にやっていきますが その真の課題の周りには、たくさんの常識と言われる壁があって、それを乗り越えない限り、真の課題には到達できないということがよくあります それは、人が持っているバイアスだったり、商習慣だったり、規制やルールだったり、簡単には越えられない壁があるからこそ、その課題はこれまで解決されずに残っているのだと思います その真の課題を見つけ、その解決というゴールに到達するためには、あらゆる常識を突き破らなければならない、ということを まさに、この話は教えてくれているなと思いました 常識の世界では「室温で3日しか持たない」。通常であれば、これは商品にならないと考え、室温で長く保存できる材料を作ろうとするのではないでしょうか。 真の課題に到達し、そして突き破るためには、ゴールを常識に合わせない、それを実例を持って教えていただいた気がしました 2、異業種が、武器になる イノベーションの世界では、越境という言葉がよく使われますが 人として越境して、新しい出会いやセレンディピティを手に入れるという言い方もありますし 企業自体が、これまでの業界の枠を超えて、新しい領域へ踏み出すということも含まれていると思います 越境によって、これまでの事業で培った強みである技術やスキル、ノウハウを別業界へ展開するのは、いうが易し行うは難しだと思います 今回のお話は、まさにその越境させるビジネスとしては、まずは技術的な強みを活かした商品開発というところではあるのですが 技術だけでなく、保管や物流まで、別事業で培った強みが新しい事業の競争力になる。まさに異業種だからこそ生まれた、強みの横展開だと感動しました それをもともと計算して展開されたのかどうかはわかりませんが、異業種だからこそ、同業者には持ちにくい競争優位性を持った展開のお手本のようなお話だと驚愕しました 3、非常識は、新しい常識になる 番組の中では、当初、この技術は、そんなに注目されていなかったとのことでしたが 圧倒的なペインの解消をできる方法になっていたからこそ 周辺の企業がこれまでのやり方を変えてでも、これを使いたいという常識に変わっていったのだなあと思いました そういう意味では、これまでできなかった、圧倒的な真の課題、そこにある大いなるペインを解消するゴールを達成できるものであれば これまでの常識はひっくり返る ということを、身をもって教えていただいたと思いました 面白いのは、常識をひっくり返したイノベーションほど、成功した後には、それが当たり前になってしまうことです。だから私たちは、それがかつて『非常識』だったことさえ忘れてしまう。 だからこそ、『常識は変えられる』という事例を語り継ぐこと自体が、イノベーションのマインドセットをつくるのだと思います 中村さんの言葉を借りれば、シンクアウトサイドボックス。 それは、常識という箱の中で答えを探すのではなく、箱の外に出て考えられるか、ということなのだと思います 一言でいうと、シンクアウトサイドボックス・ノベーション。 今日の非常識は、明日の常識になる。 そんな話をしています。 参考:テレビ東京『カンブリア宮殿』2026年8月20日放送「驚異の大進化! 味の素 世界攻略の舞台」

    シンクアウトサイドボックス・ノベーション(1943回)
  5. 4日前

    人生のシュルレアリスムを悦ぶノベーション(1942回)

    ブルトンさんの『シュルレアリスム宣言』の言葉に、誰の人生にもあるシュルレアリスムの考え方を教えて頂きました。 曰く 「私は純粋にシュルレアリスム的な悦びを信じている つまり、他のすべてのひとびとのあいつぐ挫折を知りつくしていながら 自分がうちのめされたなどとは思わずに のぞむところから出発し、理にかなった道とはちがうあらゆる道を通って 行けるところまで行く、人間の悦びをである。」 ここから私は思いました。 1、人生はデペイズマンの嵐 2、人生をシュルレアリスムとして楽しむ 3、そこに生まれる新結合の価値を楽しむ 1、人生はデペイズマンの嵐 この言葉から、私はブルトンさんがシュルレアリスムを唱えた意味の一つが、少しわかるような気がしました つまり、単なる作品として悦ぶことや、知的好奇心を満足させるためのものじゃなくて もしかすると、大変な人生をいかに喜びに満ちたものとして過ごしていくことができるか。 そんな思いも、シュルレアリスムに託されていたのかなと思いました デペイズマンとは、シュルレアリスムの代表的な考え方で、見慣れたものを、本来あるはずの場所から引き離し、異質な場所に置くことで、新しい見え方を生み出すことができる、そんなことかと思います 自分の人生で考えてみたら、思いも寄らなかったことはたくさんあって 僕が今オープンイノベーションをやっているのも、たまたま久しぶりに会った先輩に誘われた先に、オープンイノベーションのイベントがあって まるで、シュルレアリスムを象徴する「解剖台の上のミシンとこうもり傘」のように、 自分がそれまで出会ったことのない人たちや、まったく違う行動様式と突然出会った。その衝撃が まさに今の自分を創ることに繋がっていることを考えると、あれが自分のデペイズマンだったのかもしれないなと思います オープンイノベーションプロジェクト立ち上げの何度にも及ぶ失敗や、実際のビジネスでの手痛い撤退など思い描いていた人生の配置を大きく崩されるような出来事も、たくさんありました。 それもまた、人生に起きたデペイズマンだったのかもしれません。 うちの父は、「まさかの坂に気をつけろ」とよく言っていましたが、それを思い出しました 2、人生をシュルレアリスムとして楽しむ そんな突拍子もない人生の出会いを、良きにせよ悪しきにせよ、どう受け止め、どう味わうことができるか、ということをブルトンさんは問いかけてくれてるのかと思いました ダリのえび電話のように、受話器が海老だった時に、気持ち悪いと言って、手を離すか 面白いと言って、エビの感触や匂いを楽しみながら、電話をするか それは、秋元康さんが言われていた、うんこを踏んだ時に、なんてついてないんだと思うか、なんて運がついてるんだと、どちらに思うか論にもとても通じる気がしました もちろん、起きた出来事そのものを、無理に良いものだと思う必要はないし、痛いものは痛いし、失敗は失敗なのだと思います。 でも、その出来事によって、それまでとは違う場所に自分が置かれてしまった時に、『こんな配置もあるのか』と眺めてみる。 それが、人生をシュルレアリスムとして悦ぶ、ということなのかもしれません。 その「ずれ」や「違和感」そのものを、すぐに元に戻そうとせず、しばらく味わってみる。 思いがけない出来事も、道を外れたことも、偶然の出会いも、人生という作品をつくる一部だと考えてみる。 「悪い出来事を良い出来事に変える」のではなく、 「予定された意味から出来事を解放する」 そうすると、例えば人生の挫折の見え方さえ変わってくるのかもしれないなあと思いました 3、そこに生まれる新結合の価値を楽しむ シュンペーターが、イノベーションを「新結合」と捉えたように、デペイズマンにも、それまで関係のなかったものを思いがけず出会わせる力があります。 デペイズマンが起きる。 異質なものが出会う。 そこから新結合が生まれる。 この二つには、どこか深いつながりがあるような気がしました。 人生のデペイズマンによって、私たちは異質な人、場所、経験、考え方と出会い、本来なら出会わなかったもの同士が、偶然、同じ場所に置かれる。 そこから、例えば私がオープンイノベーションの人生を独立して歩み始めたように、思いもしなかった新結合、そして人生が生まれることがあるのかもしれないなあと思います 大切なのは、 人生で偶然生まれてしまった組み合わせの面白さを、逆にこれって面白いのでは?と楽しむ方向へもっていけることなのかもしれません。 そこには、合理性だけではたどり着けない、セレンディピティを生む、イノベーションの種があるのではないでしょうか 挫折によって配置が崩れ、そこに異質なものとの出会いが生まれ、思いがけない新結合へとつながっていく。 人生には、そんなこともあるのかもしれません。 一言でいうと、人生のシュルレアリスムを悦ぶノベーション。 そんな話をしています。 参考:NHK「100分de名著」ブルトン『シュルレアリスム宣言』(3)「異質なものを並置せよ」2026年8月17日放送

    人生のシュルレアリスムを悦ぶノベーション(1942回)
  6. 5日前

    対立はなくさないノベーション(1941回)

    政治理論家シャンタル・ムフの「闘技的多元主義」という考え方に、対立や融和のあり方について、とても考えさせられました。 ムフさんはこう述べます。 「敵対とは敵同士の闘いであり、闘技とは対抗者同士の闘いである。」 「民主政治の目的は、敵対を闘技へと転換することである。」 「よく機能する民主主義には、異なる政治的立場の活発な衝突が必要である。」 ここから私は思いました。 1、対立をなくそうとすることの危うさ 2、争いながら、関係が壊れない状態をつくる 3、対立は、イノベーションの宝庫かもしれない 1、対立をなくそうとすることの危うさ 対立というと、その対立軸を何とか一つにまとめられないだろうか、お互いを知る対話を繰り返すことで、一つの考えにまとまっていくよ、なんて私はついつい考えてしまうなあと思います 喧嘩した子供などをみても、仲直りしなきゃダメだよ、みたいに、そして、仲良くなれてよかったねーみたいにするだろうなあと思います しかし、そこには落とし穴があって、表面的には仲直りをしたように見えても、片方は自分は我慢しなくちゃならないんだとか、押し付けられたみたいな、不満というのが、沸々と溜まっているみたいなこともあるかもしれません そして、人間の価値観は、育った環境、経験、立場、さまざまな要因で違いがあって、それを無理やり変えるということは、本当に難しいし それをやってしまうのは、ある意味その人が大切にしてきた価値観まで否定してしまうことにもなりかねないとも思います それは、政治でも、企業でも、家庭でも、学校でも、あらゆるレベルですべてを一つにしようとすること むしろ、対立を無理になくそうとすると、誰かの意見を押さえ込んだり、異論を言えなくしたりする、そんな危うさが生まれるのではないか、とも思います だから実は、大切なのは、 対立をなくすことではなく、対立があることを前提にすること。 なのかもしれないなあと思いました 2、争いながら、関係が壊れない状態をつくる ムフさんが示した「対抗者」という考え方は、そこに一つの新しいあり方を提示いただいているのかもしれないと思いました それは、対立する相手を「敵」と見るか「対抗者」と見るかに大きな違いが生じるということです 敵とは、排除すべき相手。 対抗者とは、 「私はあなたの考えには反対する。しかし、あなたがその考えを主張する権利は認める」 という相手です。 つまり、 対立をなくして争わないことを目指すのではなく、争いながらも関係が壊れない状態に持っていく。 対立を関係の破壊にまで持ち込まないということが、実は、目指すべき真のゴールなのかもしれないなあと思いました 例えばラグビーのノーサイドの考え方のように、「対抗者」とは本気でゲームで戦っても、相手自身は否定しない。 むしろ、「対抗者」がいないと、ラグビーは成り立たなくなってしまう 対立をなくすことがゴールではなく、どう対立から壊れない状況を作るか。 それが、敵を対抗者に変えるという、ものすごいイノベーティブな考え方だなあと思いました 3、対立はイノベーションの宝庫かもしれない 世の中にはたくさんの対立軸があって、どちらが勝つのか・負けるのか、どちらが選ばれるのか・選ばれないのか、そこにゴールを持ってきているような気がします しかし、考えてみると、対立軸というのは、ある意味、違いがあるもの同士ということになるので 対立している二つのものを、どちらか一方にするのではなく、違いを残したまま、新しく結び直したり、掛け合わせたりすることができれば シュンペーターさんがイノベーションを、既存の要素を新しく組み合わせる「新結合」と捉えたように、その違いそのものが、新しい結合を生み出す種になるのかもしれないと思いました。 世の中に対立がたくさんあるということは、見方を変えれば、そこにはまだ解かれていない問いがたくさんある。 つまり、対立とは、イノベーションの宝庫なのかもしれない。 敵対から、対抗へ。 対抗から、新結合へ。 対立をなくすのではなく、対立は新しいものを生み出す宝庫であると捉え直す 一言でいうと、対立はなくさないノベーション。 そんな話をしています。 参考 シャンタル・ムフ「Deliberative Democracy or Agonistic Pluralism?」IHS Political Science Series, 2000.(引用部分は筆者訳)

    対立はなくさないノベーション(1941回)
  7. 6日前

    強い意見を、弱く持つノベーション(1940回)

    30年以上にわたり、シリコンバレーを拠点に、テクノロジーと社会の未来を研究してきた未来予測家、ポール・サフォーさんの言葉に、イノベーションのあり方について、深く考えさせられました。 曰く 「強い意見を、弱く持つ。」 「予測するなら、何度も予測せよ。そして、自分が間違っていることを最初に証明する人になれ。」 「未来予測の目的は、未来を予言することではない。現在において意味のある行動を取るために、何を知る必要があるのかを教えてくれることだ。」 (いずれも原文より訳) ここから私は思いました。 1、不完全でも、まず強く仮説を持つ 2、自分が間違っている証拠を探す 3、未来を当てるより、未来を変える 1、不完全でも、まず強く仮説を持つ イノベーションや新規ビジネスのワーキングなどに取り組んでいると、必ず言われるのが 「もう少し調べてから」 「もう少しデータが集まってから」 「もう少し確信が持ててから」 と言っているうちに、なかなか自分の仮説を決められず、動き出すことができない 特に中長期の環境のことなど、いくら調べても、すべての情報が揃うことはないので、どんどん時間が過ぎていってしまう、ということがよくあると思います サフォーさんが言われる「強い意見を持つ」というのは、 今、自分が持っている情報の中で 「私はこうなると思う」 「私はこれが必要だと思う」 と、まずDAY1仮説を持ってみることなのではないかと思いました 曖昧なまま、成り行きに任せると、時間がかかるし、一向に検証活動に入ることができない 間違っているかもしれない。いやおそらく間違っている。それでも、まず自分なりの旗を立ててみる。 イノベーションの最初の一歩には、そんな勇気が必要なのかもしれないと思いました。 2、自分が間違っている証拠を探す 普通、自分が仮説を立てると、知らず知らずのうちに、自分が正しいことを証明するためのヒアリングやリサーチになってしまうことがあると思います その理由の一つとして、人間には、自分の考えに合う情報を集めやすい「確証バイアス」がある、ということがあると思います ここで、サフォーさんが、すごいなあと思うのは、 「自分が間違っていることを、自分で証明しにいく。」 ということです。 自分の仮説では説明できないデータはないか。 自分とまったく反対の意見には、何か見落としているものがないか。 自分の予測を壊してしまう事実はないか。 自分自身の仮説や結論を体系的に壊そうとする と語っています。 これは、なんでもいいからとりあえず仮説を作っていく、ということではなく その時点で持っている情報から、自分なりに最も確からしいと思えるところまで考え抜いて、仮説をつくり しかし、その仮説に執着せずに、むしろ壊すとしたらどんなものなのかを、徹底的に検証しつづける それが「強い意見を、弱く持つ」という、一見矛盾した言葉の意味なのかもしれないと思いました。 3、未来を当てるより、未来を変える 未来予測家というと、「未来を当てる人」だと思っていましたが でもサフォーさんは、未来はあらかじめ決まっているものではなく、今の私たちの行動によって、未来の展開そのものが変わっていくと考えています。 だから未来を予測する目的は、「私は未来を当てました」と言うことではなく いくつもの未来の可能性を考えて、「では、どの未来に行きたいのか」「その未来に近づくために、今日、何をすればいいのか」 を考えること 予測を変えることは、負け ではなく 負けではなく、むしろ前進 なのかと思います。 未来を予測するのは、未来を当てるためではない。 未来を創るために、今日の行動を変えるため。 強い仮説を持つ。でも、その仮説を弱く持つ。 それは、間違っていたら、誰よりも早く自分で壊すことであり、そして、また新しい仮説を持ち、その繰り返しによって、 未来を「当てる」のではなく、未来に働きかけ続けること 自分の正しさを守ることより、未来を変えることの方が大切。 そんなマインドセットなのかなと思いました。 一言でいうと、強い意見を、弱く持つノベーション。 未来とは、予測して待つものではなく、 仮説を何度でも変えながら、自分たちの行動によって創っていくもの そんな話をしています。 参考:ポール・サフォー「効果的な未来予測のための6つのルール」(原題:Six Rules for Effective Forecasting)、『ハーバード・ビジネス・レビュー』2007年7–8月号 『エデュコム・レビュー』「ポール・サフォー インタビュー――『強い意見を、弱く持つ』に賭ける」(原題:Paul Saffo Interview: Betting on “Strong Opinions Weakly Held”)、1998年5–6月号

    強い意見を、弱く持つノベーション(1940回)
  8. 8月17日

    大きな問いを楽しむノベーション(1939回)

    1937年にノーベル生理学・医学賞を受賞した生化学者、アルベルト・セント=ジェルジさんの言葉に、イノベーションのあり方について、深く考えさせられました。 彼は、研究についても、こんな言葉を残しています。「研究とは、誰もが見ているものを見て、誰も考えなかったことを考えることである。」(原文より訳) そして彼は、アメリカのウッズホールに移り住んで釣りを始めた時、いつも、とても大きな釣り針を使っていたそうです。 「私はいつも、とても大きな釣り針を使っていた。どうせ何も釣れないだろうと思っていたし、小さな魚が釣れないより、大きな魚が釣れない方が、ずっと面白いと思ったからだ。」(原文より訳) ここから私は思いました。 1、同じものを見て、違う問いを持つ 2、小さく始めても、大きな問いを忘れない 3、釣れなくても、大きな魚は面白い 1、同じものを見て、違う問いを持つ イノベーションというと、とかく誰も見たことのない新しいものを見つけることだと思ってしまいがちかなと思います 先進事例調査や、未来予測プロジェクトなど、ついついまだ見ぬ未来をお手軽に探してしまうことも、あるかもしれないなあと思いました でも、実は、本当に新しいものは、みんなが当たり前だと思って通り過ぎているものに、 「なぜ、こうなっているんだろう」 「本当に、これでなければいけないのだろうか」 と、誰も立てなかった問いを立てることにかかっている。 という言葉には、目から鱗が落ちる思いがしました ジェルジさんも、植物が傷つくと茶色く変色するという、誰もが目にするような現象に着目し、その背景にある酸化還元の仕組みを研究する中で、後にビタミンCと呼ばれる物質の研究へとつながっていったそうです。 イノベーションとは、誰も見たことのないものを見る力ではなく、 誰もが見ているものに、違う問いを立てる力 そこに大きな鍵があるのかもしれない、と思いました 2、小さく始めても、大きな問いを忘れない 最初に大きな志があっても、あまりにも巨大な課題だと、進まなすぎて、諦めてしまうことが、あると思います だから、まずは小さな成功から始めることは、間違いではない しかし、それで満足してしまって、自分自身の大きな志を忘れてしまってはいかん、とジェルジさんは言ってくれているように思いました 答えを出しやすくしようとすればするほど、私たちは無意識のうちに、問いそのものまで小さくしてしまうのかもしれません。 イノベーターリップルモデルでも、自分自身の想いである「パッション」から始まり、「仲間」と共に、たくさんの人たちが喜んでもらえる「大義」を掲げていく その「大義」は、決して小さくしてはいけない、大いなる「大義」のもとに、小さな成功を重ねながら、進んでいくということを、忘れちゃいけないと思いました 3、釣れなくても、大きな魚は面白い そして私が最も考えさせられたのは、ジェルジさんが、「小さな魚が釣れないより、大きな魚が釣れない方が面白い」 と言っていることです。 誰もが見ているけど、自分だけが、これって何か違うんじゃない、とか、なんでこうなっているの?みたいな問いが出てくるものは そう簡単には答えが出てくるものでは、ないことが多いと思います でも、だからこそ、面白い それは、なんらかの成果を早く上げて、みんなに認められたいというような外発的動機ではなく 自分の中からどうしてもこれを何とかして解いてみたいという、極めて内発的動機なのかもしれないなと思いました 答えがすぐに出ないような、問いを自分だけが思いついちゃった これこそが、パッションの源に火をつける原動力なのかもしれないなと思いました 誰も見たことのないものを探すのではなく、 誰もが見ているものに、誰も考えなかった問いを立てる たとえ何も釣れなくても、大きな釣り針を、海に投げ続ける。 それは、釣れない可能性も高いが、万が一釣れちゃったら、すごいことになるぞと考えると、ワクワクしちゃう そんな、誰もが見ている当たり前のものに、大きな問いという釣り針を投げてみる 一言でいうと、大きな問いを楽しむノベーション。 そんな話をしています。 参考:アルベルト・セント=ジェルジ『生体とエネルギー』服部勉訳、みすず書房、1958年 米国ウッズホール海洋生物学研究所「アルベルト・セント=ジェルジ」紹介資料

    大きな問いを楽しむノベーション(1939回)

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番組について

イノベーションで世界をよりよく変えていこう、という闘う人々を応援するチャネルです。スタートアップや大企業、音楽家やアーティストなど、様々なイノベーターのビジョン、考え方、パッションを是非是非、全身で感じてください!

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