日暮里ゼミナール

加納エミリ・JillLamm

シンガーソングライターの加納エミリがゼミ生として、二村康太とともに様々な肩書を持つゲストから、キャリアやビジネス、文化を学んでいく番組! 収録場所の日暮里から、日々の学びを発信中🗒 ■stand.fmを始めとして各Podcastでも配信中! https://lit.link/nipporizemi ■番組感想は以下のハッシュタグをつけてください! #日暮里ゼミナール ■加納エミリ プロフィール 1995年2月13日生まれ。北海道出身。2018年5月にデビュー。19歳から楽曲制作を始め、作詞・作曲・編曲などを全て自らで手がける。2019年11月20日、1stアルバム “GREENPOP ”を全国発売。2021年2月17日、渋谷WWWで自身二度目となるワンマンライブ(振替公演)を開催。現在は編曲やRemix、楽曲提供などを精力的に行っている。 TW→https://twitter.com/EMILY_k0213

  1. 9月18日

    #165 タメ口の境界線と、おじさんのあやふやな距離感【補講・後編】

    こちらは日暮里ゼミナールの補講の第82回となる#165です。 前編のダラダラ感を猛省し、後編は「タメ口の線引きはどこからか」というテーマを設定してスタートしました。 二村、田嶋、大内、そしてぼくの4人で、日常に潜む「言葉遣いと態度のあやふやな境界線」を掘り下げていきます。 議論の口火を切ったのは、飲食店やコンビニで見かける「横柄な客」問題。 居酒屋で「姉ちゃん、中と梅干し!」と横柄に頼む知人をぼくが注意したところ、「距離を縮めて場を和ます手段だ」と返されたエピソードを披露。 これには全員が「ただの横柄とフレンドリーなタメ口は別物だ」と賛同いただいたものの、二村いわく、特に古い体質のBtoB取引などでは「金を払う側が偉い」という客根性が根強く残っており、それが無意識の横柄さに繋がっているのではないかと分析します。 さらに話題は、初対面における「タメ口への切り替えタイミング」へ。 年齢を確認した途端、それまでの敬語をかなぐり捨ててタメ口に豹変するタクシー運転手のように、相手を年齢や立場のレイヤーで値踏みして態度を変えるダサさには全員が激しく同意。 一方で、若い女性から急にタメ口で来られると、おじさん側が逆に敬語になってしまう「逆転現象」や、関西出身のぼくがつい使ってしまう人称代名詞「お前」が、関東では「偉そう・モラハラ」と受け取られてしまうカルチャーギャップの難しさについても議論が及びました。 そこから話は広がり、モデル業界の全員タメ口文化(色気がある?)や、サッカー日本代表がいつの間にか「名前+君付け」で呼び合うようになった世代間変化へ。 さらには、外国人観光客やコンビニの外国人店員に対して、日本人としての品厳を保つために「あえてめちゃくちゃ丁寧な敬語を使う」という田嶋や二村の謎の善人アピール合戦まで飛び出す始末。 結局のところ、敬語を崩すタイミングも、タメ口が許されるキャラかどうかも、すべては文脈と関係性のグラデーション。 みなさんも、自分の言葉遣いが相手にとってフレンドリーか、それともただの横柄か、胸に手を当てて振り返ってみてください。 TEXT:ユスカル https://www.wowrecords.jp/ 『一度ハマると抜け出せない インド料理の歩き方』 https://amzn.asia/d/052AMid1 【当番組のwebサイトが開設されました!】 人生に「キク」ラジオ - 日暮里ゼミナール https://nippori.lamm.tokyo/

  2. 9月4日

    #163 東京を畳む夜の哀愁と、大皿料理の「取り箸」マナー論争【補講・前編】

    こちらは日暮里ゼミナールの補講の第81回となる#163です。 今回も二村、田嶋、大内、そしてぼくの4人が勢揃いしての収録。前回に引き続き、雑談からぬるっと入るのをやめ、タイトルコールから始める、という基本フォーマットに戻してスタートしました。 まず話題は、ぼくが体験したある「上京と別れ」のエピソードから始まります。 30年以上前に他県から上京し、東京の夜遊びシーンで活躍してきた先輩が、奥さんの実家がある四国へ移住することになり、先日その送別パーティーがありました。自らの東京生活の終焉を静かに噛み締める先輩のプレイを観ていて、ぼくは思わずもらい泣きしそうになってしまったのです。 地方から上京し、30年以上を東京で過ごした人間が、生活を畳んで街を去る。その感慨の深さは、住んだ年数や距離だけでは測れないものがあります。 二村いわく「地方出身者はみんな東京へ戦いに来ている」とのこと。 ネットのない時代、雑誌やテレビの中の別世界だった原宿に乗り込み、勝負を挑んできた自負があるからこそ、東京を去る背中には並々ならぬ哀愁が漂うワケです。 そこから議論は「日本三大都市はどこか」という主観ランキング論争へ。 東京・大阪は満場一致として、3番手は名古屋か、福岡か、はたまた札幌か。 横浜は人口こそ多いものの「東京圏のベッドタウンだから除外」という二村の暴論や、名古屋人が抱く「福岡に人口で抜かれたくない」「名古屋飛ばし(コンサートが素通りされる現象)への鬱屈」といった地元トークで勝手に盛り上がります。 さらに、お盆の時期にガラガラになった山手線を見て「田舎者が一斉に帰省しやがって」と斜に構える二村の偏見から、話はなぜか「夏の風物詩と衛生マナー」へと脱線。 ・花火は冬の方が空気が澄んで綺麗なのに、なぜ夏にやるのか ・他人の唾液が混ざりそうな「流しそうめん」の下流ポジションの不快感 ・大皿料理を分ける際の「取り箸」や「焼き鳥を串から外すマナー」の是非 ・親戚のおばちゃんがやりがちな「箸を裏返して料理を取るアピール(でも手で触っているから逆効果)」問題 生肉用トングと焼き上がり用トングを厳格に分ける現代の過剰な衛生管理に憤る田嶋と、「お店のリスク管理としては当然だ」と突っ込む周囲。 結局、東京への執着から焼き鳥の箸使いまで、大人になりきれないおじさん4人の愚痴は尽きることなく、ダラダラとした空気のまま幕を閉じました。 地方を背負って戦い続ける人も、大皿料理の直箸に怯える人も、それぞれの距離感でこの息苦しい日常をサバイブしていきましょう。 TEXT:ユスカル https://www.wowrecords.jp/ 『一度ハマると抜け出せない インド料理の歩き方』 https://amzn.asia/d/052AMid1 【当番組のwebサイトが開設されました!】 人生に「キク」ラジオ - 日暮里ゼミナール https://nippori.lamm.tokyo/

  3. 8月21日

    #161 「違うか」の哀愁と、ぼくらの無意識なおじさん言語【補講・後編】

    こちらは日暮里ゼミナールの補講の第80回となる#161です。 前回のテーマなしで雑談したら泥仕合になった、という猛省を踏まえ、今回は事前に「おじさん臭さとは何か」というソリッドなテーマを設けて収録に臨みました。二村、田嶋、大内、そしてぼくの4人が勢揃いの中、冒頭では前回収録で言い忘れた田嶋がライティングを手掛けた『一度ハマると抜け出せない インド料理の歩き方』(三笠書房・発売中)の露骨な宣伝をさせていただきました。お近くの書店やネット書店でご覧いただけます。ぜひチェックしてみてください。 まずは世間を騒がせた「おじさんの短パン出勤規制ニュース」から議論はスタート。 女子社員からのクレームで短パンが禁止されたという話ですが、ぼくや田嶋の見解は「短パンそのものが悪なのではなく、年齢とともにみなりを整えること(おしゃれ)を諦め、圧倒的な暑さ対策優先にシフトした『降りた感』こそがおじさん臭さの正体だ」というもの。二村は、足が細くてフォルムが綺麗に見えるから短パンが好きというこだわりはあるものの、若者から見れば等しく気持ちの悪いモノでしかないのかもしれません。 そこから話題は、ぼくらが無意識に使ってしまう「おじさん言語・ファッション用語」の検証へ。 ・「パスタ」と言えばいいのに「スパゲッティ」 ・「パンツ」と言えばいいのに「ズボン」 ・「スウェット」と言えばいいのに「トレーナー」 ・「フーディ」と言えばいいのに「パーカ」 ・「ニット」と言えばいいのに「セーター」 ・「スニーカー」と言えばいいのに「ズック」 ぼく的には、原稿で「フーディ」と書くのが当たり前な現代において、頑なに「スパゲッティ」と呼び続けるのは、おじさん特有の「ペンネ等と誤解を招かないための気遣い(?)」だと思うのですが。回転寿司のタッチパネルを指して「そこの画面取って」と言ってしまう田嶋の言動も含め、言葉の端々に昭和の残り香が漂います。 極め付けは、セクハラまがいの発言をした後に自ら「……違うか!」と大声でかき消すおじさん特有の免責話法です。「今日デートなんじゃないのか?……違うか!」と、「知らんけど」のニュアンスで自己保身を図るあの哀愁。かつてぼくらの少年時代に流行った無意味な接客語「てか」や「ドロン」と同様、言葉の背景に透ける照れ隠しと図々しさこそが、おじさん臭さの本質なのかもしれません。 なお、途中で盛り上がった「路上での排泄(野グソ・立ち小便)の思い出」については、公序良俗とコンプライアンスの観点から完全カットとなりましたことをここにご報告いたします。 ぼくらがどれだけ若作りを気取ったところで、ふとした瞬間に漏れ出る「違うか!」の精神。みなさんも自分の言葉遣いが「ズック」や「ウエップ」になっていないか、今一度チェックしてみてください。 TEXT:ユスカル https://www.wowrecords.jp/ 『一度ハマると抜け出せない インド料理の歩き方』 https://amzn.asia/d/052AMid1 【当番組のwebサイトが開設されました!】 人生に「キク」ラジオ - 日暮里ゼミナール https://nippori.lamm.tokyo/

  4. 8月7日

    #159 スプーンの曲がりと、僕らのあやふやな「ファンタジー」【補講・前編】

    こちらは日暮里ゼミナールの補講の第79回となる#159です。 今回は、二村、田嶋、大内、そしてぼくの4名が勢揃いしての収録。冒頭からこれといったテーマを決めない雑談スタイルでスタートしました。 話題は、前回の“やってる”論争から、そのままオカルト・スピリチュアルへの反発へとスライドしていきます。 ぼくに言わせれば、相手を安く見積もって騙そうとする行為はすべて“やってる”に入ります。つまり、種も仕掛けもないフリをして見せる素人の手品や超能力なんてものは、完全に“やってる”の最たる例なワケです。 ここで議論になったのが、かつて全米を騒がせたスプーン曲げのユリ・ゲラー問題。 元手品師たちに自前以外のスプーンを使わされて1本も曲げられなくなり、「今日は調子が悪い」と逃げたあの有名なイカサマ劇。ぼくからすれば「やっぱイカサマじゃないか」で終わりなのですが、二村や田嶋は「いちいち暴くのは野暮だ」「イチローに別のバットを使わせるようなもの」「プロレスと同じファンタジーとして楽しめばいい」と、なぜか超能力擁護派に回る始末。 「100%嘘だとわかって演じているなら詐欺だが、20%でも本気ならグラデーションだからセーフ」などという田嶋の謎理論には、やっぱり全く同意できません…。 結局、人間は大人になると純粋な恐怖心を失っていきます。 子供の頃は映画『リング』や『エクソシスト』を見てトイレに行けなくなったり、暗いトンネルや廃病院に“気”の悪さを感じて怯えていたはずなのに、アラフィフにもなれば、怪談を聞こうが墓場を歩こうが、何ひとつ怖くない状態になってしまう。 霊感も、前世の記憶も、イタコの口寄せも。すべては受け手がその気になって生み出す物語(ファンタジー)であり、人ん家のドロドロに煮込まれすぎたカレー(無具)、友達のお母さんが握ったおむすびを食えるか食えないかという、主観と情緒の問題でしかないのかもしれません。 超能力や霊の存在を1ミリも信じないぼくですが、じつはかつて実家がマンションだった頃、廊下を歩くだけで501号室から505号室までに中に人がいるかいないかが気配で分かったあの感覚だけは、未だに科学で説明がつかないバグとして胸に引っかかっています(中一くらいで急にその能力は消え去りましたが)。 野暮な検証でファンタジーを暴くのか、それとも気のせいにしてみんなで騙されるのか。答えの出ない不気味な余韻を残したまま、ぼくらの雑談は駅前のタワーマンション(定義は相対的なもの)の陰へと消えていくのでした。 TEXT:ユスカル https://www.wowrecords.jp/ 【当番組のwebサイトが開設されました!】 人生に「キク」ラジオ - 日暮里ゼミナール https://nippori.lamm.tokyo/

評価とレビュー

4.9
5段階評価中
8件の評価

番組について

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