フローレンズラジオ

FLOLENS RADIO

フローレンスの新たな音声コンテンツ 「フローレンズラジオ」はじまります! 社会課題を、さまざまなレンズ(視点や解像度)を通して深く見つめ、理解を深めていくことを目指したこのラジオ。 インターネット空間では、刺激的な映像や反射的なテキストによって、社会の出来事が瞬間的に消費されてしまうこともしばしばあります。 「フローレンズラジオ」では、そんな日常から一歩離れて、腰を据えてじっくりと――。 当事者や多様なステークホルダーの声に耳を傾けながら、社会課題を立体的に捉える、ゆとりある時間をお届けしていきます。 社会課題を、深く、やわらかく、身近に語る「フローレンズラジオ」。 どうぞご期待ください! #フローレンズラジオ

  1. 3日前

    【閑話休題 02-1】花火大会で耳を塞ぐわが子に「怖くないよ」と言っていた〜聴覚過敏を知らなかった父の反省〜

    医療的ケア児編を走り切ったあとの閑話休題。今回から3回にわたって「感覚過敏」「聴覚過敏」を取り上げます。ゆかっちも「えっ、これどういうこと?」というところからのスタートです。入口は、収録の数日前にバズっていた田村淳さんの話。ずっとサングラスをかけているのは、かっこつけでもキャラでもなく、瞳の色素が薄くて強い光が痛みになるから——本人がそう発信した投稿は1150万回表示されました。そして話はレンさんの家の花火大会へ。3人のこどものうち長男だけが耳を塞いで下を向いていて、当時は理由が分からず「怖くないよ」「せっかくだから見なよ」と声をかけてしまっていた、という反省から始まります。同じ花火の音が、まったく違う大きさで届いていた。不思議なのは、聴覚検査はクリアしていたこと。聴力検査は「どのくらい小さい音まで聞こえるか」を測るもので、聴覚過敏は「どれだけつらく聞こえるか」の問題だから、そもそも測っていないんです。音を仕分けているのは耳ではなく脳——居酒屋で目の前の人の声だけがちゃんと聞こえる、あの処理がうまく働かないと、キッチンの物音も全部同じ音量で押し寄せてくる。中学生で感覚過敏研究所を立ち上げた加藤路瑛さんは「感覚過敏」という言葉に出会うまで、自分は弱いんだと思っていたそうです。一番の壁は音そのものではなく、周りがこの言葉を知らないこと。まずは知るところから、の回です。<目次>医ケア児編15本を終えての閑話休題/感覚過敏・聴覚過敏という言葉を知る/田村淳さんのサングラスが話題になった理由/かっこつけではなく身を守るための道具/1150万回表示・8万いいねの反響/花火大会で耳を塞いでいた長男/「怖くないよ」と言ってしまった反省/同じ花火の音が違う大きさで届いていた/聴力検査ではクリアしてしまう理由/聞こえるかどうかではなくどうつらいか/音を仕分けているのは耳ではなく脳/居酒屋で目の前の人の声だけ聞こえる仕組み/ASD当事者4100人の6〜7割に聴覚の過敏さ/感覚過敏研究所・加藤路瑛さんの言葉/一番の壁は周りが知らないということ

  2. 9月17日

    【04-15】答えは1つじゃない〜フローレンスが目指す「選べる」インクルーシブ〜

    シーズン4の最終回。フローレンスはこれから何を目指すのか、を話して締めくくります。 黒木さんは「インクルーシブ原理主義者だった時期もある」と正直に振り返ります。でも、不登校のこどもがフリースクールに通っているのに「地域の学校に行かなきゃダメだよ」と言われたら、それはしんどい。 そして、わたしたちがイメージできるインクルーシブは、これまで見聞きしたものの範囲でしかない——だからこそ「インクルーシブか、分離か」の二択ではない3つ目・4つ目をつくっていきたい。顧客に聞いても「iPhoneが欲しい」とは言ってくれない、という例えが効いています。 キーワードは「選択肢を増やす」。ヘレンもまさにその1つとして生まれました。女子大や養護学校も、機会を奪われてきた人のために場をつくるアファーマティブアクションだった、という整理も。だからヘレンをやめるのではなく、ヘレンが最適なこどももいる前提で、認可保育園での混ざり合いも、まだ形のない別のインクルーシブも、並行して増やしていく。 現場では本人の意思をキャッチし、社会に対しては選択肢を増やす。障害がなければ選択肢はたくさんあるのだから、障害があっても同じであってほしい——その一点に着地します。長かったシーズン4、ここで完結です。 <目次>フローレンスが目指すものを話す最終回/インクルーシブ原理主義をやめた理由/不登校のこどもとフリースクールの例/今あるものからしか想像できない限界/顧客はiPhoneが欲しいとは言わない/3つ目・4つ目の選択肢をつくる発想/ヘレンも選択肢として生まれたものだった/アファーマティブアクションとしての女子大/養護学校も学びの場をつくる営みだった/本人の希望と意思で選べることが軸/ヘレンが最適なこどももいるという前提/1対1の保育と集団保育のあいだで考える/疾患がよくなったら集団へと考え続ける/現場で意思をキャッチし選択肢を増やす/シーズン4「医療的ケア児編」完結

  3. 9月10日

    【04-14】なぜ「エイブルテック」と名づけなかったのか〜生産性の線を溶かすテクノロジー〜

    「混ぜるのも分けるのも、それぞれ良さがある。じゃあ結局、何が一番なんだっけ?」——答えを求めたくなる問いに、真正面から向き合う回です。 黒木さんも以前は「これからはごちゃまぜだよね」と言っていたそうですが、ヘレンの保護者から「今のヘレンがいいんだ」と言われて考え直したとのこと。 小学校でインクルーシブに育っても、中学に支援級がなければそこから分断される——施設ひとつでは越えられない壁もあります。では根っこには何があるのか。橋本さんの答えは、経済的な生産性で人を測って線を引くこと。 狩猟採集の社会なら別の線が引かれていたはずで、線の位置は社会のあり方で変わるのだ、と。そこで出てくるのが「メガネ」の話。メガネがあるから収録に参加できる——つまりメガネこそがインクルーシブにしている道具なんですよね。視線入力でパソコンを操作する、大きなスイッチでNintendo Switchを遊ぶ、顎でUFOキャッチャーを動かす。フローレンスはこれをインクルーシブテックと呼んでいます。 一緒にマリオカートをやっている時、支援者と被支援者ではなく「ただ遊んでいる人」同士になる——この関係の変化が何よりの成果です。実は名づけの時、「エイブルテック」という案もあったそうです。できないことができるようになる技術、という意味で。でもそうではなくて、その人を包摂するための環境側の技術なんだ——だからインクルーシブテックでよかった。学校教育法21条が義務教育の目標の1番目に掲げているのは学力ではなく「協同」だという話から、「何かができないとダメなのか」という重い問いへ。 ゆかっちが「グサグサ刺さった」と漏らす、シーズン屈指の回です。 <目次>混ぜるも分けるも、結局どちらがいいのか/インクルーシブ原理主義だった頃の話/ヘレンの保護者が「今がいい」と言う理由/空間で分けず活動ごとに設計する発想/小学校でつながっても中学で分断される/根っこにあるのは生産性で引かれる線/狩猟採集の社会なら線の位置は変わる/メガネがわたしを収録に参加させている/視線入力と大きいスイッチという技術/顎で動かすUFOキャッチャーの話/一緒にマリオカートをやる時の関係性/学校教育法21条・義務教育の目標の1番目/何かができないとダメなのかという問い/エイブルテックではなくインクルーシブテック/そこに存在すること自体に意味がある

  4. 9月3日

    【04-13】「一緒にすればいい」とはならない〜インクルーシブが抱える「分けて守る」のジレンマ〜

    「分離がダメなら、一緒にしちゃえばいいのでは?」——MCゆかっちのこの素朴な問いから始まります。ところが話を聞くと、そんなに単純ではないことがどんどん見えてきます。 フローレンスの認可保育園「みんなの未来をつくる保育園」が大事にしているのは、こどもが自分で選んで自由に遊ぶこと。一方でヘレンが大事にしているのは、1日の見通しと区切り。お絵描きひとつとっても、紙の感触を確かめて、クレヨンを手のひらに置いて……と100ステップくらいに分けて、こどもの反応を丁寧に確かめながら進めるそうです。 保育観そのものが違う2つを物理的に混ぜると、どちらのこどもにも無理が出てしまう。さらに、医療的ケア児より発達障害や知的障害のあるこどものインクルーシブのほうが難しいケースもある、という話も。でも「分けて守る」がデフォルトになって分離が固定化してしまうのも避けたい——ここが本当に難しいところです。後半は、意思表出が少ないこどもの微かなサインをどう受け取るかへ。「沖縄に行きたそうにしている」を医師が読み取って、一緒に沖縄へ行った話が印象的でした。 難しさがあっても同じ場所にいることにチャレンジし続けたい。その理由は、分離が積み重なると、こどもは大人になるまでマジョリティから見えない場所で過ごすことになるから。答えのない問いを、正直に語る回です。 <目次>一緒にすればいい、とはならない理由/自由に遊ぶ保育園と見通しを大事にする保育/お絵描きを100ステップに分けるヘレン/保育観が違う2つを混ぜる難しさ/医ケア児より難しいこともある発達障害/刺激に敏感なこどもがパニックになる時/無理に同じ部屋に留め置かないという判断/装飾を抑えた部屋へ本人の意思で移る/「分けて守る」が固定化する危うさ/医療的安全だけを見ると囲ってしまう/保育者の工夫で一緒にいられる場面/合理的配慮は環境を調整し続けること/意思表出が少ないこどもの微かなサイン/沖縄に行きたそうにしていたこどもの話/見えない場所で大人になるということ

  5. 8月27日

    【04-12】ヘレンをつくったことは「分離」なのか〜場をつくると固定化するという、終わらない葛藤〜

    インクルーシブという考え方は、どこから生まれて、どう世界に広がったのか。今回は歴史をたどる回です。始まりはデンマークの官僚バンク・ミケルセン。第二次世界大戦中にナチスへのレジスタンス活動で捕らわれ、強制収容所を経験した人でした。戦後、知的障害のある方の入所施設を視察したとき「ここは自分がいた収容所と同じじゃないか」と感じた——その違和感から「ノーマライゼーション」という言葉が生まれます。スウェーデンのベンクト・ニィリエがそれを整理して世界へ。1日・1週間・1年のリズム、本人の希望が尊重されること……読むとごく当たり前のことばかりなのに、提唱されたのはたった50年ほど前だという事実に驚かされます。そこから当事者自身が声をあげ、「障害は個人ではなく社会の側にある」という障害の社会モデルへ。車椅子で行きたい場所に行けないのは、足が動かないからではなく階段しかないから——という考え方の転換です。1994年のサラマンカ声明、障害者権利条約第24条、そして2022年に日本が国連から受けた分離教育への勧告まで。そして最後は、自分たちに刃が向きます。「ヘレンをつくったこと自体が分離ではないか」という批判を、実際に受けたことがあったそうです。場をつくると、その場が固定化してしまう——単純に一緒がいいとも、分けるのがいいとも言えない。問いが生まれ続けるテーマだと実感する回です。<目次>インクルーシブが生まれた歴史をたどる回/デンマークの官僚バンク・ミケルセン/ナチスの強制収容所を経験した人だった/視察した入所施設が収容所と同じだった/ノーマライゼーションという言葉の誕生/スウェーデンのベンクト・ニィリエが世界へ/1日・1週間・1年のリズムという原理/本人の希望が尊重されるという当たり前/提唱は50年ほど前という事実に驚く/欧米で進んだ統合が不十分だった理由/当事者の声から生まれた障害の社会モデル/インペアメントとディスアビリティの違い/階段しかない環境が不利益を作っている/サラマンカ声明と障害者権利条約24条/2022年国連勧告とヘレンは分離かという問い

  6. 8月20日

    【04-11】45分間座っていられないこどもにとってのインクルーシブって?〜統合とインクルーシブの決定的な違い〜

    第3章スタート。ヘレン創業ストーリーの愉快な2人からバトンを受け取って、今回は黒木さんと橋本さんの真面目コンビが再登場します。 収録は8月4日——その直前の7月24日に医療的ケア児支援法の改正が参議院で可決され、その場に立ち会ってきたという話から幕開けです。5年越しで見てきたからこその感慨、そして「変わってからが実践する立場」という言葉が印象的でした。 今回のテーマは「インクルーシブ」。「ダイバーシティ&インクルージョン」など組織開発や人事の文脈でもよく聞く言葉ですが、じゃあ実際どういうことなのか。マイノリティとの向き合い方には段階があります。いないものとして扱う「排除」、別の場所に分ける「分離」、同じ場所にはいるけれど本人のほうが合わせる「統合」、そして環境の側が一人ひとりに合わせていく「インクルーシブ」——45分間座っていられないこどもの例や、運動会のかけっこを道具を使って一緒に走る例で、その違いがくっきり見えてきます。 そして正直な告白も。実はフローレンス自身、障害児保育園ヘレンとおうち保育園に分かれて運営しているんです。「インクルーシブが大事」と言いながら、自分たちは分けている——この事実にどう向き合うのか。さらに「インクルーシブ=いつも一緒」ではない、という大事な補足まで。ゼロか1かでは語れないテーマの入口となる回です。 <目次>第3章スタート・黒木さんと橋本さんが再登場/7月31日・医療的ケア児支援法の改正が可決/参議院で見届けた5年越しの瞬間/法律が変わってからがわたしたちの実践/ダイバーシティ&インクルージョンの文脈/医療的ケア児2万人というマイノリティ/フローレンスの保育園は実は分かれている/障害児保育園ヘレンとおうち保育園の違い/インクルーシブ=包摂という日本語の成り立ち/排除・就学猶予と就学免除があった時代/分離・特別支援学校という別の場所/統合・45分座れないこどもに求めたもの/インクルーシブ・環境の側が合わせる発想/運動会のかけっこを道具を使って一緒に走る/インクルーシブは「いつも一緒」ではない

  7. 8月13日

    【04-10】障害児保育園ヘレン創業ストーリー第3話:完結編「事業をつくり、しくみを変え、文化を生み出す」

    ヘレン創業ストーリー完結編。開園にたどり着いたと思ったら、今度は保育士・看護師・PT・OT・特別支援学校の教員という、価値観がまったく違う職種のスタッフが同じ40〜50平米の保育室でぶつかり合う日々。「公園に行くべきか、リスクを避けるべきか」で支援観が割れる、その一つひとつが実話です。でも、こどもたちは大人の想像を超えて成長していきました。胃ろうで栄養を摂っていたこどもが、隣の友達が美味しそうにおやつを食べているのを見て「僕も食べてみようかな」と口を開けた話。開園からの1年で、15人中5人が地域の認可保育園に転園できた話——「こどもはこどもの中で育つ」を実体験として突きつけられた瞬間の連続です。ヘレンを増やすだけではスピードが間に合わない。だから、法律を変えることに。超党派議連の発足、荒井先生の「私の最後の政治家人生を懸けて」というひと言、そして2021年の医療的ケア児支援法の施行まで——世田谷区の1通の相談から6年間で国の法律まで繋がったバトンを振り返る、シリーズ最終回です。<目次>開園後の職種文化衝突・保育士と看護師/公園に行くかで割れる支援観の話/マニュアル不在で誰が責任を取るのか問題/こどもが目の前でおやつを食べる衝撃/胃ろうのこどもが友達を見て口から食べる/開園1年で15人中5人が認可保育園へ転園/こどもはこどもの中で育つという実体験/障害は個人ではなく社会側にあるという捉え方/ヘレン増設だけでは間に合わないスピード感/制度を変える政策提言フェーズへ/超党派議連が発足したきっかけ/「最後の政治家人生を懸けて」の一言/医療的ケア児支援法の施行/国と自治体に責務が明記された意味/世田谷区の1通から法律まで繋がったバトン

  8. 8月6日

    【04-09】障害児保育園ヘレン創業ストーリー第2話:開園編「願いの連鎖が生んた保育園」

    ヘレン創業ストーリー第2話・開園編。3人体制のプロジェクトチームが、23区に片っ端から電話を掛けまくるところから始まります。「障害のあるこどもに保育は要らないでしょ」「お母さんが見ればいいじゃない」——役所からのそんな返答が続くなかで、たった1つ、杉並区の障害者施策課だけが「もっと詳しい話を聞かせて」と反応してくれました。物件も設計士も施工会社もゼロから探しながら、9月開園というタイトなタイムラインが決まっていく。東京都からは意地悪な確認事項が連日届きますが、やり取りが続くなかで、ある日「森下さん、あと1ヶ月ですよ、頑張りましょう」と言ってもらえた瞬間の話は必聴です。そして9月中旬——東京都から「指定番号を今から読みます」の電話。フロア全員が「うぉぉぉ」と叫んだ「飯田橋の歓喜」の瞬間、スタッフが泣いてしまった入園式の光景まで。たくさんの人の願いが少しずつ繋がって、ひとつの保育園ができあがっていった道のりを振り返る回です。<目次>23区に片っ端から電話をかけた話/「障害のある子に保育は要らない」役所の対応/「待機すら羨ましい」お母さんの声/杉並区の障害者施策課だけが動いてくれた/課長と係長の熱量/3人体制でスタートしたヘレンプロジェクト/障害福祉サービスを土台にした保育園設計/週5・長時間・複数職種という制度設計の壁/物件探しに2〜3ヶ月かかった話/半年で開園というタイトすぎる納期/東京都とのやり取りと関係性の変化/「あと1ヶ月頑張りましょう」の一言/9月中旬に指定番号がおりた瞬間の歓喜/スタッフみんなが泣いた入園式の光景

評価とレビュー

4.6
5段階評価中
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番組について

フローレンスの新たな音声コンテンツ 「フローレンズラジオ」はじまります! 社会課題を、さまざまなレンズ(視点や解像度)を通して深く見つめ、理解を深めていくことを目指したこのラジオ。 インターネット空間では、刺激的な映像や反射的なテキストによって、社会の出来事が瞬間的に消費されてしまうこともしばしばあります。 「フローレンズラジオ」では、そんな日常から一歩離れて、腰を据えてじっくりと――。 当事者や多様なステークホルダーの声に耳を傾けながら、社会課題を立体的に捉える、ゆとりある時間をお届けしていきます。 社会課題を、深く、やわらかく、身近に語る「フローレンズラジオ」。 どうぞご期待ください! #フローレンズラジオ

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