クィアと80年

ココア、あねペン

「80年」というキーワードは、今を生きる「私たち」にとって何を意味するでしょうか。この決まり文句を考えたときに、私たちはいつも、私たちがこの「私たち」に入っているか、迷ってしまいます。「80年」をどうやって「クィアする」か?そして「80年」に、歴史や社会の非平和と不正義に関心を持っているクィアである私たちは、自分自身の立ち位置と当事者性をどう考えどう捉えればいいのか…… それについて考える番組だと、カッコよく紹介したかったところですが、今のところあくまでもクィアである私たち二人・ココアとあねペンの雑談メモです。「クィアと80年」について日常的にだらりと共有してきた気づきとモヤモヤ、そして様々な活動をしているクィアの仲間たちが「クィアと80年」についての思いを語り、これからやってみたいことが、これから繋がってみたい仲間たちに届けられたら嬉しいです。 ココア:ここ3年ほど1923年に関東地方で起きた朝鮮人・中国人虐殺を伝える活動に関わっていて、先住民の遺骨返還のことについても団体に所属して勉強中。 亜熱帯のペンギン=あねペン:沖縄への留学を機に日本の平和教育に関心を持ち、現在アジア太平洋戦争関連の仕事をしながらゆるくたまにクィアの活動をしている。 アートワーク:Kim Doa

エピソード

  1. 2月2日

    第4回の1 ひがれおさん:ルーツと苗字/名前の交差点で日々ぶつかること

    二人目のゲストは沖縄を拠点にアート・表現活動をされているひがれおさん!あねペンが2019年沖縄で最初の個展を見た時からアーティストネームが変わったが、そこに含まれているルーツと苗字に対するこれまでの体験と思いを語ってくれます。苗字/名前という重要だけど日常なところから、ルーツやジェンダーの複雑性を一緒に考えてみました。 (0:28) 自己紹介&過去回の感想 (4:17) 「内地」と「沖縄」のダブルルーツを人に共有すること (7:26) 沖縄っぽい/っぽくない苗字とルーツの多様性 (13:23) 日々の自己開示から不当な例えまで (18:55)「ひがれお」の一部として「西永怜央菜」から変更したことが入っている (23:06) ルーツとジェンダーの交差点に立った時の複雑な思い (26:39) 原住民族の名前が長すぎるという植民者/マジョリティの視線 *補足&訂正:もともと漢字表記しかできなかった台湾の身分証明書は一度、漢字とアルファベットを併記する形で民族名を表記することが可能になり、2024年にはアルファベットのみでの記載ができるよう法改正されました。しかし姓名欄には漢字の場合15文字、アルファベットの場合20文字しか入らず、オーバーする場合は手書きで対応することになっています。圧倒的に漢民族の人数が多い中で、スペースの関係で入らないということは決して便宜上のことで配慮不足で片付けられるものではありません。 また、「原住民族」は日本の「先住民族」にあたる言葉で、台湾において当事者たちが権利獲得運動を通して勝ち取った呼称になります。

    30分
  2. 2025/11/26

    第1回の1 あねペン:亜熱帯の島から亜熱帯の島へ、戦争への関心は台湾生まれ沖縄育ち

    1回目のゲストはまず、あねペン本人です!亜熱帯の島・台湾を発ち、沖縄で初めて沖縄戦を知り、そして米軍基地をめぐる台湾と沖縄との間の矛盾に気づく。自分自身が生まれ育った文脈から日本全体のアジア太平洋戦争に触れていく中で、どんな学びと苦悩があったでしょうか?未熟ながらも皆さんに共有したいことが色々あります。 (0:09) アジア太平洋戦争に関連する仕事とは? (3:54) 沖縄留学を機に戦争の歴史や記憶に関心を持つ (10:44) 米軍基地を必要とする台湾はもしかして、沖縄を犠牲にして自分たちの人権を守ろうとしている? (13:28) 戦場の悲惨さよりも非常時の国家権力による暴力に注目する (18:36) マイノリティ性による苦しみと戦争による苦しみの共通性 (19:40) 逆に異性愛家族を前提とした戦争体験が共感を妨げる時 (24:43) 当たり前だけど、聞き手の属性によって聞き取れる体験が変わってくる *追記:台湾では民主化以降の政府が独裁政権下の人権侵害にどう謝罪、賠償するという「移行期的正義」が大きな課題になっています。「集団自決(強制集団死)」や日本軍による住民虐殺について責任を追及したい方が少なかったと言いたいわけでは決してなくて、沖縄に限らず、広い意味では受忍論も含め、戦時中の間違った政策や国家暴力に対して政府が国民に謝罪するかしないかがあまり中心的な議論になっていないことについて、台湾の文脈で考えると不思議に感じる、ということを言いたかったです。誤解を招くような話し方で大変失礼しました。

    27分
  3. 2025/11/04

    第0回の2 「クィアと80年」由来記:80年への思いとモヤモヤ

    まさか前回30分間も話して80年に対する思いがほとんど出てこなかったとは。クィアの視点で戦争を見つめ直すことも一つの視点として重要ですが、そもそも「戦後」80年でいいのか、私たちの思考が戦争から現在に急に飛んでいないか、深掘りしていきたいことがまだまだたくさんあります! (0:00) 30分も喋って80年が出てきていない (1:28) AKIRA THE HUSTLER『売男日記』に描かれた日本兵、戦争の記憶にセクシャルマイノリティの視点は聞き取れられてきたか、そもそも聞き取れるか (6:23 ) 結婚・子ども・孫と違う生き方の多いクィアと、一世代に止まらない80年という時間、もしかして相性が悪い? 戦争を語り継ぐ動機として次世代のためじゃないと弱い? (9:57) 日本が戦争をした広い地域では戦争がそもそも終わっていない。「戦後」80年を捉え直す (11:57) 「植民地時代のこと申し訳ありませんでした」と初対面の人に言われることに対する違和感 (14:30) 植民地の感覚とは?占領地も含め、それぞれの歴史の違いをどう受け止められるか (18:31) 80年前にいきなり飛んでしまわないで、今ここに生きている人たちと繋がっている感覚、その間の時間を大切にしたい

    24分

評価とレビュー

5
5段階評価中
7件の評価

番組について

「80年」というキーワードは、今を生きる「私たち」にとって何を意味するでしょうか。この決まり文句を考えたときに、私たちはいつも、私たちがこの「私たち」に入っているか、迷ってしまいます。「80年」をどうやって「クィアする」か?そして「80年」に、歴史や社会の非平和と不正義に関心を持っているクィアである私たちは、自分自身の立ち位置と当事者性をどう考えどう捉えればいいのか…… それについて考える番組だと、カッコよく紹介したかったところですが、今のところあくまでもクィアである私たち二人・ココアとあねペンの雑談メモです。「クィアと80年」について日常的にだらりと共有してきた気づきとモヤモヤ、そして様々な活動をしているクィアの仲間たちが「クィアと80年」についての思いを語り、これからやってみたいことが、これから繋がってみたい仲間たちに届けられたら嬉しいです。 ココア:ここ3年ほど1923年に関東地方で起きた朝鮮人・中国人虐殺を伝える活動に関わっていて、先住民の遺骨返還のことについても団体に所属して勉強中。 亜熱帯のペンギン=あねペン:沖縄への留学を機に日本の平和教育に関心を持ち、現在アジア太平洋戦争関連の仕事をしながらゆるくたまにクィアの活動をしている。 アートワーク:Kim Doa

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