今日も京都の片隅で

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ようこそ「今日も京都の片隅で」へ! 仏教研究者の都河陽介と、日本文学研究者のプラダン・ゴウランガ・チャランが、広範な人文社会科学のテーマをわかりやすく紹介します。専門的な学問のことを誰でも気軽に楽しんでいただけるよう心がけています。学問の世界の奥深さを、皆さんと一緒に探求できることを楽しみにしています。どうぞよろしくお願いいたします。

エピソード

  1. 7月26日

    西田彰一・藤本憲正 編『交錯する宗教思想と「日本」―キリスト教・仏教・儒教』

    皆さんこんにちは!今回のエピソードでは、注目の新刊『交錯する宗教思想と「日本」——キリスト教・仏教・儒教』(ミネルヴァ書房、2026年5月刊行)の編者である西田彰一さんと藤本憲正さんをお迎えしています。  近代日本という国は、西洋由来のキリスト教をはじめ、異質な宗教や思想をどのように受け入れ、時には飲み込んで「日本」という枠組みを作り上げたのでしょうか?  今回のエピソードでは、筧克彦、魚木忠一、海老名弾正など戦前に活躍した日本の知識人や思想家に焦点を当て、彼らがどうやって神道(国体論)、仏教、キリスト教を接合しようとしたのか、また彼らが西洋思想をいかに相対化し、どのように「日本独自の宗教的アイデンティティ」を構築しようとしたのか、さらにはそのように構築された思想が戦前の日本ナショナリズムからいかなる影響を受けたのかなど重要な問題に迫ります。  単なる「日本」と「外国」という二項対立的な視点ではなく、日本がいかに多様な文化が交差するプラットフォームとして機能してきたのか、そして近世・近代の日本において、世界の宗教や思想がどのように交わり、変容していったのかが、本対談の重要なテーマです。近代日本における知的葛藤が垣間見える、非常に内容の濃い対談となっています。 ぜひお聴きください!また、コメントなどは(kyomokyoutonokatasumide(at)gmail.com)にお願いします。 今回のゲスト: 1.西田彰一(国際日本文化研究センター・プロジェクト研究員) 2.藤本憲正(ベトナム国家大学ハノイ校・日越大学で講師)

    西田彰一・藤本憲正 編『交錯する宗教思想と「日本」―キリスト教・仏教・儒教』
  2. 6月23日

    神智学とアジアの宗教について――吉永新一著『神智学と仏教』(法蔵館、2021年)を手がかりに、その2

    今回のエピソードでは、引き続き吉永進一著『神智学と仏教』を取り上げます。明治時代、日本は急速な近代化と西洋化の波に包まれていました。そのなかで、多くの知識人たちは「従来の宗教だけでは満たされない問い」と向き合い、新たな精神世界を探し求めます。そこで注目されたのが、欧米で大きな影響力を持っていた神秘思想「神智学」でした。 今回のエピソードでは、なぜ鈴木大拙や姉崎正治、成瀬仁蔵らが神智学に関心を寄せたのかを探ります。とりわけ、世界に禅を広めた鈴木大拙が、スウェーデンの神秘思想家エマヌエル・スウェーデンボルグや心理学者ウィリアム・ジェイムズの思想から何を学び、それをどのように禅の解釈へと結びつけたのかをひもときます。 禅は本当に「純粋に東洋的」な思想だったのでしょうか。それとも、西洋の神秘主義や宗教経験論との出会いによって再構成された、新しい思想だったのでしょうか。東洋と西洋、宗教と科学、合理主義と神秘主義が交差する知のダイナミズムを通して、近代日本の思想史の知られざる一面に迫ります。 お気づきの点がございましたら気軽にコメント(kyomokyoutonokatasumide(at)gmail.com)してくださいね。

  3. 3月3日

    ヴァージニア・ウルフ作『 灯台へ』(1927年)を読む

    『灯台へ』は、ヴァージニア・ウルフの代表作であり、モダニズム文学を象徴する作品の一つです。1927年に発表されたこの小説は、ウルフの革新的な文体、特に「意識の流れ」の技法を駆使しており、登場人物の内面の深層に迫りながら物語が進行します。物語は、主人公たちが家族旅行で目指す灯台をめぐる時間の流れとともに展開し、個々の人物の思考や感情の揺れ動きを細やかに描いています。 ウルフの作品は、非人情的(これは漱石の言葉ですが)ともいえる冷徹な視点で人間の内面を観察し、感情や記憶、時間の流れを解剖する点で、夏目漱石の作風と共通する部分も見受けられます。漱石もまた、登場人物の心の葛藤を精緻に描きながら、外部の世界との疎遠さや、個人の孤独を浮き彫りにしていました。 さらに、ウルフは知性主義に対してやや批判的な立場を取ったようで、『灯台へ』でもそうした理性や論理を超えた人間の本能的な部分や直感について描かれているように思われます。そのため、登場人物たちの意識の流れは、単なる思考の羅列ではなく、より深い感覚的な体験として描かれています。『灯台へ』は、そうした視点から人間の存在を問い直し、読む者に深い思索を促す作品です。 ご感想などがございましたらぜひコメント(kyomokyoutonokatasumide(at)gmail.com)などで聞かせてください!

    ヴァージニア・ウルフ作『 灯台へ』(1927年)を読む
  4. 1月27日

    グレゴリー・ケズナジャットの創作―複数の言語を生きることとは何か

    今回はアメリカ生まれで、母語でない日本語に創作をするグレゴリー・ケズナジャットの作品を取り上げます。特に2021年に第2回京都文学賞を受賞した『鴨川ランナー』と第168回芥川龍之介賞の候補になった『開墾地』(2023年)に注目します。 ケズナジャットは、第二言語で生きることの複雑さと自己分裂をテーマにした作品を通じて、言語とアイデンティティの問題を深く掘り下げています。『鴨川ランナー』では、日本語を使いこなすことができても、自己表現や感情の微妙な違和感に苦しむ主人公を描き、言語がアイデンティティに与える影響を浮き彫りにしています。特に、二人称「きみ」を用いた語りは、自己分裂の感覚を強調し、異文化における「外側の視線」を内面化した主人公を描いています。 『開墾地』では、言語を超えた自己の再構築を試みる主人公が、自らのアイデンティティを模索する姿が描かれます。ケズナジャットの作品は、言語と文化の境界を越えることで、現代社会における「自分探し」の難しさと、自己認識の揺れ動きを鋭く捉えています。 ホストの都河とゴウランガは、これらの作品を読みながら考えたことについて話してみました。 また、コメントなども気軽に(kyomokyoutonokatasumide(at)gmail.com)にお願いします。

    グレゴリー・ケズナジャットの創作―複数の言語を生きることとは何か

番組について

ようこそ「今日も京都の片隅で」へ! 仏教研究者の都河陽介と、日本文学研究者のプラダン・ゴウランガ・チャランが、広範な人文社会科学のテーマをわかりやすく紹介します。専門的な学問のことを誰でも気軽に楽しんでいただけるよう心がけています。学問の世界の奥深さを、皆さんと一緒に探求できることを楽しみにしています。どうぞよろしくお願いいたします。