野伊豆サルと神崎の『毎日生きやすくてしょうがない』

野伊豆サルと神崎

"毎日生きやすくてしょうがない"野伊豆サルと神崎の2人が、様々なことについて一方的に語るpodcast番組です。 野伊豆サル X:https://x.com/noise_saru Instagram:https://www.instagram.com/noise_saru 神崎あゆみ(秋吉) X:https://x.com/godzk_ayumi Instagram:https://www.instagram.com/kanzaki_ayumi サムネイル・タイトル作成:下嶋やゆん https://x.com/wonderernmn https://www.instagram.com/wonderernmn

エピソード

  1. 9月17日

    #10【青春コンプレックス】不機嫌・逸脱・不良になりきれなかった

    学生時代はそれなりに楽しんでいたが、今では何の考えもなく無邪気に楽しんでた頃の自分のことが嫌いだ。学生時代が楽しくなかったと言う人の話を聞くとさらに学生時代の自分が気持ち悪く思える。でもまあよく考えたら、私も学校が楽しかったわけではないか。学校で不愉快な思いをしつつも、なんとなく上手いことやれてたのが嫌なんだよな。いや、本当に上手いことやれてたか?今となっては記憶も曖昧で真偽不明。過去でも今でも未来でも、すべての時点での自分が信じられない。今日もバイト休んだし。楽しいとか楽しくないとかにかかわらず、馬鹿なんだよな、自分は、基本的に。(野伊豆)青春をやり直したいみたいなこと言いますけど、私は何回やり直してもそこまで楽しめないと思います。当時の私は不必要を嫌う奴で、遊ぶことに罪悪感を思えていたので。大学生の頃は本当に何も楽しくなかったので、比較的楽しかった高校生の頃に戻りたいと思っていましたが学生身分から解放されて芸人になってからがかなり楽しくて、もう高校時代にすら戻りたくないです。どうせ学生という身分に反発するならバイトしてれば良かったです。お金がもらえるから。どうせ楽しくないならお金もらえて楽しくない方が良かった。(神崎) 学生時代で思い出すのは、小学5年生の時、クラスが学級崩壊しており、クラスの女子のカーストは腐女子がトップだったため、勉学のようにカップリング名の付け方などを覚えたりしていました。私の友人の机に「**」「消えろ」とマジックペンで書かれていたりなど典型的ないじめも横行していたので、オタクが弱者ヅラをしているのが私は許せません。ここで周囲の空気を読む性格が形成されてしまったのかもしれません。オタクが不良になり得ることもあるのを知ってほしいです。(やゆん) 野伊豆サル https://x.com/noise_saru https://www.instagram.com/noise_saru 神崎あゆみ https://x.com/godzk_ayumi https://www.instagram.com/kanzaki_ayumi サムネイル・タイトル作成:下嶋やゆん https://x.com/wonderernmnhttps://www.instagram.com/wonderernmn

  2. 6月2日

    #7【芸人は犯罪者予備軍】同業者たち(犯罪者予備軍)へ・・・

    犯罪をした芸人は引退しよう。それだけですべて納得できる。犯罪したら即引退、の気持ちで活動してほしい。私は犯罪も不祥事も起こしてないのにタイタンをクビになった。本来、事務所をクビになるっていうのは犯罪や不祥事を起こした場合に起こることであって、私は何もしてないのにクビになった。何もしてないわけではないか。心当たりはある。全部私が悪いです。犯罪をしてるのに事務所に守られてる芸人は♪♪なんなんだ♪♪(野伊豆) お笑いの文脈で「性加害」の話を「下ネタ」に括りエピソードとして笑いとばされそうになると、苦虫を噛み潰したような、苦々しい、顔に、なっちゃう。「この子厳しそうだな…」「思想強そうだ…」じゃないんだよ〜!しっかりしてください!「性加害」はトークテーマのサイコロでいうところの「下ネタ」ではなく「犯罪」です。もしくは「軽蔑」。 しかし、そのように「性加害」さえも面白いことかのように笑い飛ばさなければならなくなってしまうのは、もしかしたら、自分を切り売りし消費されてることによる麻痺もあるのかもしれません。だからといって他人を易々と消費していいわけがないんだけど!?そういうことに自覚的になってから改めて私の苦虫を噛み潰したような顔を見たら、同じ顔をすると思います。誰しもが、私だって、生きていたら加害をする可能性が大いにあるということを自覚するだけで、ちょっとはその可能性が減るはずだよ〜! (やゆん) 野伊豆サル https://x.com/noise_saru Instagram:https://www.instagram.com/noise_saru 神崎あゆみ(秋吉) https://x.com/godzk_ayumi Instagram:https://www.instagram.com/kanzaki_ayumi サムネイル・タイトル作成:下嶋やゆん https://x.com/wonderernmn https://www.instagram.com/wonderernmn

  3. 5月13日

    #6【石田徹也】分かりやすい暗さへ過大評価を食らわすな!?

    自らが持つ強者性とか強みを認めようとしない人ってムカつくんだよな。そういう人が「暗い人間」を自称してるのが一番腹立つ。私ももう大人だから、結局どんな人間にも暗い側面があることぐらい知ってるし、言い訳みたいに暗さをアピールしてくるな。私は暗い人間だと思われがちだから、逆張りで「自分は明るい人間だ」と主張しようとしていた時期もあるが、やっぱ明るい人間の脳みそではない気がして「明るい人間アピール」はやめた。かと言って、私の暗さを見てください!ということがしたいわけでもなく、全てに無関係でいたい。暗い人間って別に良くないし、むしろただの馬鹿と言っても差し支えないこともあるし、早死にしたからって「本物」扱いするもんでもない。「分かりやすい暗さ」というのは、思慮深いふりして、独自の視点を持っているふりして、実際は浅薄で既視感のある表現にとどまっているということだから本当に恥ずかしい。こういうことを言うのってどんどん自縄自縛に追い込んでいく行為だと思うが、もういい。身動き取れる範囲を自ら狭めていく、そういう作業の繰り返しだ、大人になるっていうのは。違うか。私は言ったことが全部自分に返ってくるということが全く怖くない。矛盾が怖くない。軽蔑が怖くない。冷笑が怖くない。なんだかんだ言っても畢竟、やったもん勝ちだから。どんなに浅く分かりやすくてもやったもん勝ち。やらない根暗よりやる根暗。やらない根明よりやる根明。(野伊豆) 私は自分のことを明るいと思っているのですが、他人からは暗い人に分類されがちです。原因の一つはその人が私の事を知らなこと。私が本当は歌を歌い、踊り、他人との関わりを楽しむ人間であると知らないこと。確かに私は気分が落ち込んでいる時期もあるのですが、それは私の異常な状態なので標準ではないです。もう一つの原因は「明るい」の定義が違うこと。みんなが言う「明るい」って「外交的」の事を言ってませんか?「外交的」と「明るい」は共存しやすいけど、完全に同じ意味ではないですよね。私は「内向的」で「明るい」です。でもそんな人間はいないと思われているので内向的なだけで暗いと思われてます。それに対して怒りとか本当にないです。してやったりと思ってます。(神崎) 個人的に、石田徹也の絵画は、イラストタッチのデフォルメでありながらの風刺画的であるために、より滑稽な印象になっているんじゃないかと思います。表現が具象的であることによる滑稽さの加速というのは、ビジュアルの表現であるんじゃないでしょうか。"シュール"と言われたりしますね!その上での「分かりやすい暗さ」は、当時2000年代の受容と現代の受容の間にある世代のずれを膨らませてて、私たちにはより滑稽にうつってるような気がします。過大評価的な部分で言うと、就職氷河期という時代背景と死後に評価が高まったという事実が重なって、「2000年代を象徴する作家」として過剰に読まれているのでしょう。主観的になって、どんどん誤解されて深読みして深読みされながら、みんなででっかくなろうね。(やゆん) 野伊豆サルhttps://x.com/noise_saru Instagram:https://www.instagram.com/noise_saru 神崎あゆみ(秋吉)https://x.com/godzk_ayumi Instagram:https://www.instagram.com/kanzaki_ayumi サムネイル・タイトル作成:下嶋やゆんhttps://x.com/wonderernmn https://www.instagram.com/wonderernmn

  4. 5月1日

    #5【女芸人】女芸人(私たち)が女芸人を好きな理由(わけ)

    最近、急に、というか前から時々思っていたが、「性別」というものが非常にキモく感じられて、そうなってくると「性別」の話をしているということ自体も非常にキモく感じられてきた。私はやっぱ「男のお笑い」「女のお笑い」なんてものは無いと思うし、男女で笑いのツボが違うみたいなことも別に無いはずだ。「男性脳」「女性脳」というものはインチキらしいし。女体も男体も嫌いだ。個人の脳みそにしか意識を向けたくない。 男性のホモソーシャルに憧れている感じが滲み出ている女性芸人が「見づらい」と批判されるのに、そもそもホモソーシャルを作り出してる男性芸人が何も言われないのは、結局男が数で勝ってるからです。あと、なんだかんだ言ってみんな男のホモソを見るのが好きです。私は大学時代、ゼミの研究テーマとして「男のホモソを好む女たち」を取り上げようと思ったことがあるんですけど、指導教授から「そういう女性の母数が少ないでしょ。分析に十分なデータが集まらない」と言われて却下されました。でも男のホモソ好きだよなあ!?!?みんな!?だから男コンビが人気で、男芸人のシェアハウス動画が人気で、男のグループYouTuberが人気で、男のアイドルグループが人気で、男のバンドが人気なんだろ??これは本当に辛い話で、私も男のホモソ好きかもしれない。でもこの前、終電の時間が近づく新宿駅で、ナンパ男たちが、行き交う若い女たちを品定めするようにジロジロと目で追っているところを見たらまた全身がミサンドリストみたいになってきた。私はこういうアンビバレントな状態で生きてるんだ。いい加減にしてくれ。女芸人が常に考えているようなことを男芸人が言葉にして発信した途端、過剰にその男芸人が褒められる現象ウザすぎる。うちらは赤ちゃんをあやしてるのか。違うだろ。目を覚ませ。馬鹿。ボケ。カス。砂。性別反対。もう性別の話はしたくないかもしれない。(野伊豆) お笑いファンは芸人のどこを好きであるべきか。 私は芸人が表現をして外に出たものは、ファンは自由に楽しんで良いと思っています。性的に見ても良いし、葛藤を見ても良い。今の若手芸人には元々芸人のファンだった人も多いのですが、彼らも別に面白さだけに惹かれて芸人を好きになったわけではないと思います。芸人同士の関係性とか、アウトローな人間性、職人性などに惹かれているはず。あとアナザーストーリーとか。芸人になる人たちですら芸人の人間の部分を必ず消費しています。もちろん私も。 以前アメトークで「女性ファン少ない芸人」をやっていて、男芸人が女性ファンが少ない事を自虐するように、でも誇らしそうに話していたことが本当に嫌でした。女性ファンは男芸人に恋愛に近い感情を持っている事は多いし、顔が良い芸人を好きになりがちかもしれないけど、男性ファンばかりいる芸人だって面白さ以外の部分を売っているんですよ。無自覚なだけで。あと私は女芸人である前に女性お笑いファンでもあるので、男芸人を恋愛対象として見ている存在としてまとめられたのも嫌でした。私が芸人じゃなかったらもっと嫌だったろうな。だからおじさんファンの揶揄も好きじゃ無いです。年齢と性別だけで、その人が芸人の何を好きになっているかを決めつけるべきではないと思う。女芸人を好きである事を馬鹿にする風潮も本当に嫌。私たちが面白いから好かれてるに決まってるでしょうに。 前まで毎月出てたライブの常連さんで、出演する芸人全員にパンを買ってくれる方がいました。女芸人の出待ちをしていたので男芸人からは女芸人好きおじさんとして揶揄されていたのですが、女芸人を性的に見ているわけではなさそうでした。恐らく芸人に賑やかさや温かみを求めていて、その役割には女が適任だったんだろうなと。お笑いを観る人が芸人に求める事は多様で、簡単にまとめられるものではないと思います。私はXでその人をフォロバしなかったので嫌われてました。(神崎) お笑い好きとしての自覚が芽生える前の12、13歳頃の私は、皆が好むようなバラエティや恋愛ドラマを好きになることができず、教養バラエティか音楽番組かネタ番組を好んで選び視聴していました(一人っ子だったため父親にリモコンを奪われない限り自由が利いた)。そんな矢先、偶然ぼーっとつけて観ていたR-1ぐらんぷりで披露されていた田上よしえさんのバーテンダーのネタに衝撃を受けました。「女性でも面白い人がいるんだ!」という嬉しさというより、「世の中には有名でなくて私が知らなくてもこんなに面白い人がいるんだ!」という喜びでした。田上よしえさんのネタは、何かの要素を全面に出すようなものではなく「余白」「説明の少なさ」「シニカル」といった要素が互い違いに繰り出されて、かつ1人で変なことをやっている、というところに可笑しみを感じます。 これは、今のところホモソーシャルが強い芸人社会において、”ホモソにホモソで対抗”するのではなく”別のものでカウンターする”という芸風であり、私はそういうものを好ましいと思いがちです。そうしたあり方を体現している女芸人を、同じく女性である私は好きだと感じる傾向が強いのかもしれません。しかしこれはあくまで私が女性であるから堂々と「女性面白いです!」と言いやすいだけにかまけているとも言えます。 これを書くにあたり田上よしえさんのネタを見返したのですが、なんて面白いんでしょう。(やゆん) 野伊豆サル https://x.com/noise_saru Instagram:https://www.instagram.com/noise_saru 神崎あゆみ(秋吉) https://x.com/godzk_ayumi Instagram:https://www.instagram.com/kanzaki_ayumi サムネイル・タイトル作成:下嶋やゆん https://x.com/wonderernmn https://www.instagram.com/wonderernmn

  5. 4月16日

    #4【生きづらくない】私達は頭が悪くないし生きづらくないです

    私だって本当はデカい声で「私は弱い人間です」「今の私には生活力がありません」「助けてください」って言いたいわ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!助けてくれ〜…(野伊豆) 生きづらいという言葉は、「この世の中で自分が生きていくのは(一般的な人と比べて)難易度が高い」というニュアンスがあると思っています。だから強者に分類されるような人が「生きづらい」という言葉を使うことに違和感があります。勘違いされたくないのですが、「辛い」「助けてほしい」等の弱音は誰でも吐けるべきだと思ってます。「生きづらい」という言葉を使わないとしても、野伊豆はもっと弱音を吐いて良い。でも、「生きづらい」という言葉を使ってしまうと、より生きづらい人を決めるバトルが起きる気がします。私はそのバトルには勝てないので「生きづらい」という言葉は使いません。辛かったら「辛い」と言います。みんなもっと素直に感情を伝えるべき。途中で私が女を怖いと言う男性に対して「自分の方が怖い癖に」と言っていますが、これは男性全般に言っているのではなく、中学の男子バレー部を思い出して言っています。(神崎) 2人が悪党じゃなくて本当に良かった。(やゆん)

    #4【生きづらくない】私達は頭が悪くないし生きづらくないです
  6. 4月4日

    #3【有料note】小銭を握りしめた幼少のお前は笑えないだろ

    有料noteを断罪したかと思えば、条件付きで少し許したりしており、まだ私も有料noteへの感情がまとまらないまま揺れ動いている。私は普段から基本的に無料noteしか読まないが、恥ずかしい話、たまに有料noteを読む。問題なのは、本当に面白くない有料noteが存在してしまっていることだ。noteは誰でも気軽に書けるが、誰でも気軽に面白いnoteが書けるわけじゃねえんだ。舐めるな。お前は面白い文章を読んだことはあるか。文章が面白すぎて感動したことはあるか。その経験をしたことが少しでもあれば、文章に値段を付けることの難しさが分かるはずだ。お前らは自分の考えや本音(笑)、日記などに価値があると思いすぎたな。とんだ勘違い野郎め。そうなってしまったのは少なからずお前に、有料noteを買ってくれるファンがいてくれるからだろう。驕るなよ。理解されようとするなよ。慰められようとするなよ。もっと気高く無料に生きろ。これは嫌儲思想じゃない。私はケンモメンじゃない。私はお前らともあいつらとも違うんだ。(野伊豆) 私が売れてない芸人の有料noteになんの意見も持っていないため間延びしてしまったかもしれません。私は芸人がお金を稼ごうとする事には基本賛成です。芸人が巻き上げる金額なんてたかが知れてると思うので。ただ有料noteは当たり外れがあるので文句を言われても仕方ないですね。私は福袋とかも好きじゃないので売れてない芸人の有料noteは買ったことがありません。 彼らは本音を有料で売っているわけですが、みんなが普段から本音で話してなすぎる事には腹が立ってます。自分たちが本音で話していないという自覚すら無い人達は何も考えてなすぎる。もっと自分を観察してほしい。自覚があって本音で話してない奴は世渡り上手でムカつく!私を喜ばせるような言葉ばっかり喋るな!(神崎) 本来隠したくなる「本音」をそのまま出すのではなく、時間をかけて作られた“面白い”ものに価値を置きにいってる芸人さんを見ると、「そう来なくっちゃ」と思います。(やゆん)

  7. 4月1日

    #2【アセクシャル】恋愛が政治のものになっているぞ

    「野伊豆サルの大型10トンブログ」の『♡ヒミツの恋バナ♡』『ズートピア2を観たらバッド入った』という記事を読んでもらえば分かると思うんですけど、私は恋愛に対して常に矛盾した感情を抱えています。今回の放送では、恋愛をしないと決めてからすべてがどうでも良くなったなどと豪語していますが、恋人がいる人、恋人がいたことのある人が羨ましくて仕方がないという思いもあります。とはいえ私は恋愛がしたいというわけではなくて、身も心も許せる相手が欲しいという願望を持っているだけであり、つまるところその関係性は恋愛に限らないということです。人間関係のあり方を柔軟にしたい。もっと多様にしたい。ただそれだけの願いなのです。あと、私が神崎からの質問にまともに答えていない部分が散見されますが、これが会話下手な奴の喋り方です。すみません。自分でもびっくりしてます。(野伊豆) ちなみに私はヘテロセクシャル、ストレートです。恋愛します。 ヘテロがたまに自分の性的指向をノーマルと言ってしまい訂正されている事がありますが、別にストレートという表現も「普通」のニュアンスが含まれているだろうと思っています。傷ついてる人がいないなら私は良いのですが。 以前、芸能人(確か伊集院光か古舘伊知郎か)が「ニュースでは天気が悪くなるという表現をしない。それでは勝手な価値判断になってしまうので、天気が下り坂という表現をする」みたいな雑学を言っていたのですが、下り坂も価値判断だよなと思いました。(神崎) 人を思う気持ち、慕情という感覚と恋愛的に人を思う気持ちのグラデーション、定義が存在することで救われる感情と定義しきれないグラデーションのことを考えました。(やゆん)

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番組について

"毎日生きやすくてしょうがない"野伊豆サルと神崎の2人が、様々なことについて一方的に語るpodcast番組です。 野伊豆サル X:https://x.com/noise_saru Instagram:https://www.instagram.com/noise_saru 神崎あゆみ(秋吉) X:https://x.com/godzk_ayumi Instagram:https://www.instagram.com/kanzaki_ayumi サムネイル・タイトル作成:下嶋やゆん https://x.com/wonderernmn https://www.instagram.com/wonderernmn