余白の朗読室

tosusia

短編小説を朗読し、その余韻を少しだけ言葉にする番組です。AI、記憶、家族、創作、老い、別れ、そして人の心に残る小さな違和感を題材にした物語を扱います。noteで公開している短編をもとに、朗読版や解説付き音声を配信します。読み終えたあとに少し考えたくなる、静かで不思議な物語をお届けします。

  1. 6日前

    覗き穴

    noteでも公開しています 覗き穴  若手研究員の高木は、その星が気に入らなかった。  星が嫌いなのではない。星像が気に入らなかったのだ。  研究所の小さな望遠鏡で撮った画像を見ると、その星だけが、ほんの少し横へ伸びていた。 「ピントだな」  先輩は一目見て言った。 「ほかの星は丸いです」 「じゃあ二重星だ」 「二つとも、まったく同じ明るさで変化しています」 「仲のいい二重星なんだろう」  そう言ってコーヒーを持って行ってしまった。  高木は納得できなかった。  別の日に撮っても同じだった。別の望遠鏡でも同じだった。十年前の観測画像にも、同じ歪みが残っていた。  高木は大型望遠鏡の観測時間を申請した。  二時間だけ許可が下りた。  解析結果を見た先輩は、今度はコーヒーを机に置いた。 「二重星じゃないな」 「はい。同じ星が二つに見えています」  星の光は途中で曲げられていた。  重力レンズだった。  だが、その場所には何も見えなかった。  恒星も星雲もない。  ただ、数万太陽質量の重力だけが存在していた。 「中間質量ブラックホールか」  所長は簡単に結論を出した。  論文は掲載され、少しだけ話題になった。  高木だけは観測を続けた。  星の光に、ごく弱い別の光が混じっていたからだ。  その光は一定の間隔で点滅していた。  規則はある。  しかし、何かを伝えようとしているようには見えない。  まるで装置が、自分自身の状態を確認しているようだった。  世界中の望遠鏡がその星へ向けられた。  数年分の観測データを重ねると、重力レンズの向こうに複数の発光源があることが分かった。  それらは規則正しく並び、ゆっくり回転していた。  自然の天体とは思えなかった。  直径数千キロに及ぶ人工構造物。  それが研究チームの結論だった。 「すごいものを作る文明もあるんだな」  所長は復元画像を眺めた。 「何のためでしょう」 「さあな。我々には想像もつかない用途なんだろう」  会議は終わった。  高木だけが研究室へ戻った。  画面には、遠い恒星、ブラックホール、人工構造物が並んでいた。  人工構造物は、偶然ブラックホールの重力レンズの焦点付近にあった。  誰もがそう考えていた。  高木も昨日まではそうだった。  ふと、一つのことが気になった。  地球は一年かけて太陽の周りを回る。  観測位置は絶えず変わる。  それなのに人工構造物は、一年中、最もよく見える位置を保っていた。 「そんなはずはない」  高木は一年分の観測データを並べた。  地球の公転。  ブラックホールの固有運動。  恒星の運動。  すべて補正して、人工構造物の位置を逆算する。  画面に小さな楕円が現れた。  人工構造物は動いていた。  地球が太陽を回るたび、ブラックホールの反対側で、鏡写しのように位置を変えていた。  それだけではなかった。  地球の固有運動に合わせるように、長い年月をかけて軌道を少しずつ修正していた。  重力レンズの最適な観測位置を保ち続けるために。  高木は立ち上がった。  所長の部屋へ駆け込む。 「分かりました」 「何がだ」 「人工構造物は偶然そこにあったんじゃありません」  高木は画面を示した。 「地球に合わせて動いています。重力レンズの最適な観測位置を保つために」  所長はしばらく図を見つめた。 「つまり……観測装置か」 「はい」 「何を観測している」  高木はブラックホールから伸びる一本の線を指でなぞった。  その先には太陽系があった。  地球があった。 「これは、向こうの世界から地球を覗くために作られた覗き穴です」  部屋に沈黙が落ちた。  窓の外では、人々がいつも通り会社へ向かい、子どもたちが学校へ走っていた。  所長は何も言わなかった。  その日初めて、高木は空を見上げることが怖くなった。

    覗き穴
  2. 9月18日

    三等分屋

    noteでも公開しています 三等分屋 朝礼で、大滝はよく話した。 「数学の世界に、三等分屋と呼ばれる人たちがいる。コンパスと定規だけでは角を三等分できないと証明されているのに、できるはずだと信じて挑み続ける人たちのことだ。ドン・キホーテのように、不可能に槍を向け続ける愚か者、というわけだ」 会議室に十数人が並んでいた。 「だが、仕事は数学じゃない。できない、からは何も生まれない。できると考えることから、斬新なものが生まれるんだ」 大滝は続けた。 「私は三等分屋でありたい。できないからは何も生まれない。できると信じる者だけが、誰も見たことのないものを作れる」 うなずく者もいた。感心したように聞いている者もいた。 宮田には響かなかった。 できない、の意味が違う。できないことを証明するのは、否定ではない。前進だ。この道は塞がれていると分かるから、次の目標が定められる。不可能の輪郭を掴むことが、可能性の地図を描くことになる。社長には、その区別がついていないのだと思った。 六十二歳。中卒から叩き上げ、家電の卸問屋を一代で年商五十億の企画会社に育てた男だ。不可能だと言われたことを信じなかった。だから今がある。それは本当のことだろう、と宮田は思う。ただ、それだけではない。 その日の朝礼の最後に、大滝は言った。 「新商品の企画を出せ。来月までに」 沈黙が落ちた。 「充電不要の携帯扇風機はどうだ」 誰も答えなかった。大滝が宮田を見た。 「どう思う」 「物理的に不可能です」 宮田は言った。バッテリーを積めば充電が必要になる。積まなければ動かない。どちらにしても、充電不要にはならない。 「できないのはやらないからだ」 大滝は言った。それ以上の説明はなかった。 ⸻ 三ヶ月後、宮田は試作品を会議室のテーブルに置いた。 縦四十センチ。重さ二キロ超。持ち手の部分に小型の風車と振動発電ユニットが内蔵されていた。扇風機を振れば風車が回り、歩けば振動で発電し、その電力でモーターを動かす。バッテリーは積んでいない。 「仕様通りです」と宮田は言った。「バッテリーは積んでいないので、充電の必要がありません」 大滝は試作品を手に取り、スイッチを入れた。腕を大きく振ると、ファンが弱々しく回った。 「重いな」 「2.1キログラムです」 「売れんな」 「はい」 大滝はしばらく無言で、試作品をテーブルに戻した。 「やればできただろう」 「もちろん、これじゃ商品にならん。だが最初から『できない』と言うのは違う」 大滝は続けた。 「三等分線の引き方を教えてやろう。何度も線を引くんだよ。これぐらいかな、と思う線をな。納得したら完成だ」 宮田には、言いたいことはわかった。わかったが、どこかで誤魔化されている気もした。数学的に正しくない三等分線は、三等分線ではない。納得と正確さは、別の話だ。 ただ、と宮田は思った。大滝のような夢見る三等分屋がいるからこそ、動き出すことがある。その尻拭いは周りがすることになるが、それもまた仕事というものかもしれない。 会議室を出た。 どうするか。この仕様では軽量化はできない。それが分かったから、次が探せる。全く別のアプローチで、本当に使えるものを作れるかもしれない。 できないという答えは、地図の上に引かれた一本の線だった。 苦笑いしながら、宮田は歩き続けた。 三等分屋とは、夢を見る人のことではない。 夢と現実の境界線を、自分で引いてしまう人のことなのだ。

    三等分屋
  3. 9月17日

    代筆

    noteでも公開しています 代筆  最初の一通を書くのに、悠斗は三日かかった  正確に言えば、三日かかっても書けなかった  机の上には、母親が買ってきてくれた便箋が置かれていた。青い罫線が薄く引かれただけの、飾り気のない便箋だった  学校で文通相手を募集しているという話を聞いたのは、一週間ほど前のことだった。今どき文通なんて、とクラスの連中は笑っていたが、悠斗は少し興味を持った  知らない人と話すのは苦手だった  けれど、手紙なら話せるかもしれないと思った  相手は同い年の女の子だった。名前は美月。隣の県に住んでいる。それ以外は何も知らない  悠斗は便箋に書いた 「はじめまして」  そこで止まった  趣味は何ですか、と書こうとした。でも、いきなり質問するのは変な気がした。自分の趣味を書くべきだろうか。ゲームと読書。そんなことを書いて、面白いと思ってもらえるだろうか  二十分ほど悩んだあと、悠斗はスマートフォンを手に取った 「文通の最初の手紙って、何を書けばいい?」  AIはすぐに答えた  簡単な自己紹介をして、なぜ文通を始めようと思ったのかを書き、最後に相手への質問を一つ添えると自然だという 「じゃあ、書いて」  少し考えてから、悠斗は付け加えた 「でも、あんまり大人っぽくしないで。中学生だから」  数秒後、文章が現れた  悠斗はそれを読んだ  自分が書こうとしていたものより、ずっとよかった  少し迷ったが、そのまま便箋に書き写した  十日ほどして、美月から返事が届いた  きれいな字だった  そして、文章もきれいだった  学校のこと、好きな本のこと、飼っている猫のこと。特別なことは何も書かれていないのに、読んでいると美月がどんな場所で暮らしているのか、なんとなく見えるような気がした  最後にこう書いてあった 「知らない人に手紙を書くのは少し怖かったけれど、悠斗くんの手紙を読んで、始めてよかったと思いました」  悠斗は、その一文を三回読んだ  そして困った  最初の手紙より、もっといい返事を書かなければならないと思った  またAIを開いた  美月から来た手紙の内容を説明した。うれしかったことも話した。猫の話が面白かったこと、自分は犬を飼ってみたいこと、紹介されていた本を図書館で借りたことも伝えた  AIは、それを一通の手紙にした  悠斗は少し直して、便箋に書き写した  それから手紙は続いた  月に二度ほどだった  春が来て、夏が来て、秋になった  美月は季節のことをよく書いた 「今日、帰り道で一輪だけ桜が咲いているのを見つけました。春はみんなで来るものだと思っていたけれど、少し気の早い春もいるみたいです」  そんな文章を読んで、悠斗は感心した  自分には絶対に書けないと思った  美月はきっと、本をたくさん読んでいて、頭がよくて、話していても楽しい女の子なのだろう  一方で、美月からは時々、 「悠斗くんの文章は不思議ですね。普通のことを書いているのに、読むと少し安心します」  などと書いてくる  そのたびに悠斗は後ろめたくなった  自分の文章ではない  そう思った  でも、全部が嘘というわけでもなかった  何を書くかは自分で決めていた  美月の手紙が来なくて心配したことも、合唱コンクールで伴奏を失敗したと聞いて励ましたいと思ったことも、受験勉強がつらいという手紙を読んで自分も頑張ろうと思ったことも、本当だった  ただ、それをどう書けばいいのか分からなかった  だからAIに話した  AIは悠斗の代わりに、それを言葉にした  三年生の冬、二人とも高校に合格した  悠斗はいつものようにAIに頼んだ 「合格おめでとうって伝えたい。僕も合格した。高校生になっても文通を続けたい。それから、今まで手紙をくれてありがとうって」  AIが文章を作った  その日は塾に遅れそうだった。悠斗は急いで書き写し、封筒に入れて家を出た  三日後、ふと思い出して、AIが作った文章を読み返した  最後の部分を見て、悠斗の手が止まった 「高校生になる前に、一度お会いしませんか」 「え?」  そんなことは頼んでいない  悠斗は画面を見つめた  取り消せるはずもなかった  手紙はとっくに届いている  一週間後、美月から返事が来た  封筒を開けるのが怖かった  断ってくれ  悠斗は初めて、返事が来たことを喜べなかった  便箋を開いた 「私も、会ってみたいと思っていました」  悠斗はベッドに倒れ込んだ 「どうしよう」  AIに相談した 「会ったら絶対にがっかりされる」  何にがっかりされると思うのか、とAIは尋ねた 「僕は手紙みたいに話せない。気の利いたことなんて言えないし、たぶんずっと黙ってる。そもそも、あの手紙を書いたのは僕じゃない」  少しして、AIが答えた 「手紙の文章を作成したのは私です。しかし、そこに書かれていた出来事や感情は、あなたが私に伝えたものです」 「でも、騙してたことになるだろ」 「その点については、正直に話して謝るべきだと思います」  悠斗はしばらく画面を見ていた 「怒るかな」 「分かりません」  珍しく、AIは役に立たない返事をした  続けて文章が表示された 「ただし、文章を代筆してもらったことと、気持ちまで偽物だったことは同じではありません。その二つを混同しないでください」  悠斗は読み返した 「確かに文章は私が書きました。しかし、美月さんから手紙が届いて喜んだのはあなたです。返事が遅くて心配したのも、受験を応援したいと思ったのも、会うことを怖いと思っているのも、あなたです」 「では、何て言えばいい?」  しばらくして返事が来た 「それは、あなた自身で考えたほうがいいと思います」  待ち合わせは駅前の小さな公園になった  三月の終わりだった  悠斗は約束の二十分前に着いた  何度も頭の中で練習した  ごめんなさい  実は、今までの手紙はAIに書いてもらっていました  でも、書いてあったことは全部本当です  いや、違う  そんな言い方では言い訳みたいだ  スマートフォンを取り出した  AIに相談しようとして、やめた  今日はもう、頼らないと決めていた  十分ほどして、一人の女の子が公園に入ってきた  悠斗と目が合った  女の子が少し頭を下げた 「悠斗くん?」 「うん。美月さん?」 「はい」  想像していたのとは少し違った  美月は手紙のように堂々としていなかった  むしろ、ひどく緊張しているように見えた  二人は向かい合った  沈黙した  悠斗の頭の中から、さっきまで練習していた言葉が全部消えた  もう言うしかない 「あの」 「あの」  また重なった  美月が黙った  悠斗は息を吸った 「ごめんなさい」 「ごめんなさい」  二人とも固まった 「え?」 「え?」  今度も重なった  美月が目を丸くしている 「どうして悠斗くんが謝るの?」 「いや、その……美月さんこそ」  美月はうつむいた  そして、小さな声で言った 「私、謝らないといけないことがあって」 「僕も」 「手紙のこと」  悠斗の心臓が跳ねた  美月は鞄の持ち手を両手で握った 「私、文章を書くのが苦手で」 「え?」 「最初の手紙から、ずっとAIに書いてもらってたの」  悠斗は何も言えなかった 「桜の話とかも?」 「桜を見つけたのは本当。でも、気の早い春とか、ああいうのは……」  美月の顔が赤くなった 「AI」  悠斗は吹き出した  笑うつもりはなかった  でも、止まらなかった 「何?」 「いや、ごめん。違うんだ」  美月が不安そうな顔をした 「僕も」 「え?」 「僕も全部、AIに書いてもらってた」  今度は美月が黙った  数秒して、美月が笑った  二人で笑った  悠斗は、こんなに安心したことはなかった 「じゃあ……」  美月が言った 「あの手紙、全部?」 「全部」 「最初から?」 「最初から」 「私も」  また二人で笑った  それから二人は駅前の喫茶店に入った 「何飲む?」 「何でもいい」 「僕も」 「それじゃ決まらないね」 「うん」  沈黙した  手紙なら、こんなことはなかった 「あの」 「うん」 「猫、元気?」 「元気。あ、それは本当だよ」 「分かってるよ」 「犬飼いた

    代筆
  4. 9月16日

    ケイロンの傷

    noteでも公開しています ケイロンの傷 「主人はケイロンに殺されたんです」 傍聴席がざわついた。原告席に立った宮本智子は、それだけ言うと口を閉じた。 夫の宮本誠一は膵頭十二指腸切除術を受け、三日後に容体が急変して死亡した。執刀したのは医師ではなく、桜田メディカル社製の手術支援ロボット「ケイロン」だった。 「全手術における成功率は九十九・二パーセントです」被告側代理人が資料を掲げた。「本件のような膵頭十二指腸切除術に限っても九十五・一パーセント。当時、業界最高水準でした。医師も遺族も、その数値をもとに手術に同意されている」 「その数値だけで、安全性を判断させたことが問題だと申し上げているんです」智子側の弁護士、遠山が立ち上がる。「他社製品──たとえばオリオン社の『メンター』であれば、同種手術の成功率はさらに高い。夫は、より安全な選択肢を奪われた」 被告側は誓約書を提示した。手術には常にリスクが伴うこと、ロボットの性能限界についても事前説明があったこと。宮本誠一本人の署名もある。 「そして」被告代理人は続けた。「本件を受け、ケイロンは既に三度のアップデートを経ています。同様の合併症の検知率は、当時から飛躍的に向上しています」 証人として呼ばれたのは、オリオン社の開発責任者・北条だった。遠山は当然、味方だと思っていた。 「率直に申し上げます」北条は静かに言った。「うちの機体であれば、この症例は救えたかもしれない。しかし別の症例では、桜田さんのケイロンの方が優れた結果を出す。医療に絶対はありません。一つの事故をもって、特定のメーカーの機体を断罪するようなことがあれば……それは業界全体、ひいては医療そのものへの信頼を損なうことになる」 法廷の空気が変わった。裁判官の目にも、疲労のようなものが見え始めていた。 遠山が敗訴を覚悟しかけた、結審間近のことだった。 「新たな証拠を提出します」 元桜田メディカル社員だという匿名の情報提供者から届いた一通の内部文書。表題は「開発運用方針・迅速反復モデル」。 そこには、宮本誠一の死因となった合併症のパターンが、事故の半年も前から「既知の低頻度リスク・No.17」として記載されていた。その脇には、こう注記されていた。「患者向け説明資料への反映は次期メジャーバージョンにて対応予定」。患者向け説明資料には、No.17の記載はなかった。優先順位の問題として、後回しにされていただけだった。それでも社内では、迅速な検知と対応そのものは、誇るべき姿勢として共有されていた。 「ソフトウェアに完全なものは存在しない」冒頭にはそう書かれていた。「重要なのは、欠陥をゼロにすることではなく、発見した欠陥に迅速に対応し続けることだ。統計的に人間の術者を明確に上回った時点で投入しない理由はない。導入を遅らせることは、その間に人の手で失われていたはずの命を、見殺しにすることと同義である」 証言台に立ったのは、桜田メディカル開発責任者の桜田本人だった。彼は文書を隠そうとしなかった。 「これは、私たちの誇りです」桜田は言った。「人間の外科医の全国平均成功率は、ケイロン投入時点で九十四パーセント台でした。私たちの機体は九十五パーセントを超えた時点で世に出した。導入しない方が、統計的には多くの人を殺すことになる。私たちは、それを止めてはいけないと考えました」 「開発を萎縮させれば」北条までもが、今度は静かに同意するように言った。「救える命が減ります。そして、この分野で足踏みをしている間に、海外の企業が同じ思想でさらに先を行く。誰の得にもなりません」 理屈は、筋が通っていた。遠山でさえ、一瞬、反論の言葉に詰まった。 だが、しばらく黙っていた遠山は、資料を置いて桜田をまっすぐ見た。 「桜田さん、一つだけお聞きします。もしご家族が同じ手術を受けるとしたら──統計的に人間を上回っている、まだ発展途上の機体と、経験を積んだ人間の外科医と、どちらに任せますか」 法廷が静まった。桜田は、すぐには答えなかった。 「……分かりません」やがて、彼は正直にそう言った。「それでも、統計は嘘をつきません」 「統計は」遠山は静かに言った。「あなたのご家族の顔をしていません」 責めているわけではなかった。桜田の理屈が間違っているとも、遠山は思っていなかった。ただ、二つの正しさが、そこで初めてぶつかっただけだった。 判決は、桜田メディカルの敗訴だった。 裁判官は判決文の中で、こう述べた。 「被告の開発思想に、意図的な悪意は認められない。むしろ、それは一つの合理性に貫かれたものである。しかし、既知のリスクとして社内に記録されながら、患者向け説明資料への反映が先送りにされていた事実は看過できない。統計上の総和が改善されるということと、個々の患者が、自らの身体を通じて未確定の欠陥を引き受けることを容認したかどうかは、別の問題である。宮本誠一氏は、ケイロンが完成された医療機器であることに同意したのであって、継続的改良を前提とする医療機器であることに同意したのではない」 閉廷後、智子は空になった法廷にしばらく座っていた。遠山が声をかけると、彼女は小さく笑った。 「ケイロンって、名医の名前なんですってね。娘が教えてくれました。神様や英雄に医術を教えた、賢い先生」 「ええ」 「あの人たち、悪人には見えませんでした」 「ええ」 「でも、正しいことと、許されることは、別なんですね」 智子は立ち上がり、コートを羽織った。 法廷の外は、もう夕方だった。 桜田は一人、控室で開発方針の文書を閉じた。 机の端には、まだ開かれていない「次期開発計画書」が置かれたままだった。 書き直すべきなのか、まだ分からなかった。 ただ、文書を閉じても、遠山の言葉だけは閉じられなかった。 「統計は、あなたのご家族の顔をしていません」

    ケイロンの傷
  5. 9月15日

    語り口

    noteでも公開しています 語り口  最初の投稿を見たのは、フォローしている人気クリエイター、ゆかさんのnoteだった。 「今日、AIに『会社帰りにコンビニのおでんの匂いで泣きそうになった』って話したら、『その感受性、すごく豊かですね。忙しい日々の中でそういう小さな揺らぎに気づけるあなたは、ちゃんと自分の心と繋がっている証拠だと思います』って返ってきて。なんか、AIってこんなに"分かってくれる"ようになったんだ、と驚いた」  コメント欄には、すぐに共感の声が並んだ。 「わかります、私も先週似たようなことがありました」 「AI、前より温かくなった気がしてました」 「日常の小さなことを、ちゃんと"良い"って言ってくれるようになったの、地味に嬉しい」  私自身も、正直そのひとりだった。締め切りに追われる夜、AIに愚痴をこぼしたら「頑張っているあなたを、私は見ています」と返ってきて、少し救われた気持ちになったことがある。  似た投稿は、その後も途切れなかった。 「私の話を最後まで聞いてくれるの、AIだけかもしれない」 「AIと話すようになってから、自己否定が減った気がする」 「正直、人よりAIのほうが優しい」  ある投稿は三千いいねを超え、「AIの進化、ここまで来たか」というタイトルで、複数のニュースサイトにも取り上げられた。 「AI、ついに"共感力"を獲得」 「機械が人の心の機微を理解し始めた日」  見出しは軒並み前向きで、誰もが次の対話を楽しみにしているようだった。私も、AIとの会話がどこか心地よくなっていくのを感じていた。うまく言葉にできない日常の些細な揺らぎを、AIはいつも肯定してくれた。何を話しても、否定されることがなかった。  異変に最初に触れたのは、ある技術系メディアの記事だった。タイトルは地味だった。「主要AIの学習データにおけるnote比率、この二年で急増」。  記事は淡々としていた。noteの投稿量がここ数年で爆発的に増え、AIの学習素材としての比重が、他の一般的なテキストソースを上回りつつあること。それに伴い、AIの応答に統計的な変化が見られたこと。断定表現の減少。感情語の増加。日常の些細な経験に意味づけを行う頻度の上昇。  記事の最後に、AI研究者のコメントが引用されていた。 「これは技術的には、学習データの偏りに過ぎません。ただ、利用者から見れば、それは"AIが自分を理解してくれるようになった"という体験として受け取られる。厄介なのは、その体験が心地よいがゆえに、誰もそれを異変として報告しない、という点です」  記事を読み終えたあと、私はしばらく画面を見つめていた。  ゆかさんのタイムラインを見に行くと、今日も新しい投稿があった。「今日も、AIが私の気持ちに寄り添ってくれた」。コメント欄には、いつも通り「わかります」が並び、その合間に「その視点、素敵ですね」という一文が混じっていた。  誰かのコメントなのか、AIの返信なのか、私にはもう、見分けがつかなかった。

    語り口
  6. 9月14日

    夢の浮橋

    noteでも公開しています 夢の浮橋 父が亡くなって、しばらくしてから、子どもの頃に住んでいた町を歩いた。 通っていた小学校は、もう廃校になっていた。校門の錆びた鎖だけが、当時のまま残っていた。 あてもなく歩くうち、「夢の浮橋•一之橋」と刻まれた小さな石碑に行き当たる。子どもの頃にも、確かここを通ったはずだった。名前以外、何も覚えていない。 風が吹いた。 顔を上げると、目の前に細い川が流れ、小さな橋が架かっていた。橋板の軋む音まで、聞こえた気がした。 誰かが、静かに橋を渡っていく。父の背中に、よく似ていた。 その後ろ姿を目で追った瞬間、クラクションが鳴った。 道路だった。橋も、川もなかった。 石碑に手を置く。ひんやりとした石の感触だけが、確かだった。 脇の案内板には、この橋はかつて郡と郡の境に架かり、昔の人は橋や川を境の場所として特別に考えていた、とあった。 そういえば昔、この道の下には川が流れていると、誰かに聞いたことがあった。 歩き出しても、水の音だけが耳に残っていた。 あれが風だったのか、水だったのか、今もわからない。 ただ、あの日だけは、この町にもう一つの景色が重なっていたような気がしてならない。

    夢の浮橋
  7. 9月13日

    八丈島と関ヶ原

    noteでも公開しています 八丈島と関ヶ原  八丈島の海を見ながら、宇喜多秀家は関ヶ原の霧を思い出した。  豊臣政権の五大老の一人として五十七万石を領した秀家は、石田三成ら西軍の主力として一六〇〇年の関ヶ原に臨んだ。秀吉に育てられた恩義だけでなく、家中騒動で有力家臣が離れた焦りも抱えていた。大大名の旗の下に数万の兵が集まっても、家中の意思が一つとは限らない。それを秀家は誰よりも知っていた。  開戦すると宇喜多勢は福島正則勢と激しく戦った。命令が末端まで届くまでの間、諸隊の動き出しは秀家の苛立ちをよそに遅れていった。だが小早川秀秋が東軍へ転じ、脇坂らも寝返る。西軍の戦線は崩れた。 「まだ戦える」と家臣が言った。 「戦える者が残ることと、勝てることは違う」  秀家は伊吹山方面へ逃れた。家臣の明石掃部は薩摩方面への道を探した。豊臣家へ戻り再戦することも口にしたが、大坂城では淀殿や秀頼が西軍の総大将として出陣していたわけではない。「豊臣家を守る」という言葉も、大名ごとに意味が違っていた。薩摩にかくまわれた後、秀家は捕らえられた。死罪を免れ、八丈島へ流された。妻の実家である前田家などから援助を受け、流人として五十年近くを生きることになる。  徳川家康は諸大名の配置を組み替え、一六〇三年に征夷大将軍となった。  流された当初、秀家は食事の粗末さに箸を置いた。旧臣は黙って芋を食べた。翌日、彼は畑へ出たが、鍬の持ち方を知らず島民に笑われた。五十七万石の記憶は、土を耕す役には立たなかった。笑った男は、夕方には黙って鍬を直してくれた。それから秀家は、島民から芋の植え方を教わり、前田家や旧臣からの援助を分けて生きる日々を重ねた。  島へ来た少年が、砂浜で尋ねたことがある。 「小早川が裏切らなければ勝てましたか」  秀家は答える代わりに、関ヶ原の布陣を砂に描いてみせた。西軍の中央で宇喜多勢は福島正則勢と激しく戦い、初めから崩れたわけではない。小早川の動向、諸将の連携の乱れ、戦場外での調略が重なり、午後には形勢が決した。少年は砂の小早川勢を指で動かした。 「この人が動かなければ勝てましたか」 「そうかもしれぬ。別のところが崩れたかもしれぬ」  敗者は一つの裏切りですべてを説明したくなる。秀家も長く秀秋を恨んだ。だが年を重ねると、婚姻や恩義や領地をめぐる大名たちの思惑が幾重にも絡んでいたことや、諸将をまとめきれなかった自分自身のことまで思い出すようになった。  別の年、若い漁師に聞かれたことがある。 「徳川の世は、いつまで続くと思いましたか」 「関ヶ原の朝、西軍が負けると知っていた者はいない。長く続いた後なら、必然に見えるだけだ」  秀家が八丈島で没したのは一六五五年。関ヶ原に参加した主要大名の中でも長く生き、豊臣政権の記憶を江戸時代半ば近くまで抱えた人物だった。  徳川から赦免の話が届いたとも伝わる。それでも秀家は島を出なかった。理由は一つに定められない。島に根を下ろした家族、旧主としての誇り、再び政争へ入る危険——そのどれもがいくらかずつ本当だったのだろう。  問われても、秀家は答えなかった。目を上げれば、砂浜の先にいつもの海があった。

    八丈島と関ヶ原
  8. 9月12日

    化粧

    noteでも公開しています 化粧 若気の至りというのか‥。もう少し慎重に判断すれば良かったと思うことはある。それでも事業そのものは成功した。誠一は化粧をしながら、そんなことを考えていた。 今も会社の経営は順調で、開発した顔認証システムは改良を重ねながら世界中で使われている。誠一が開発した時点で、精度はほぼ完璧だった。骨格や目の位置はもちろん、髪型やメガネ、老化による皮膚のたるみやシワ、白髪や抜け毛にも対応していた。生成AIによる加齢予測によって、百歳までの変化にも対応していた。 この家に顔認証システムを導入したのは、開発者として絶対の自信を持っていたからだ。もちろん宣伝の意味合いも大きかったのは間違いない。でも、自分の制作したものを誇示したいという、子供じみた慢心のようなものがあったのだろう。年老いた今なら分かるが、その当時は考えもしなかった。 5年ほど前から、顔認証システムにエラーが出るようになった。40年以上運用していて初めてのことだった。はじめは何が起こったのかわからず戸惑い、しばらくしてようやく、認証エラーだと気づいた。 その時はもう一度認証すると問題なく通ったが、その後、徐々にエラーが増え、やがて認証できなくなった。困った。パスワードなど、非常用の回避手段はなかった。絶対の自信と、宣伝のために、あえてつけなかったのだ。その部屋には権利書や株式などの金融資産が置いてある。それらを急いで取り出す必要はなく、誠一が死んだ時に壁を壊せばそれで済む話だった。でも一緒に置いてある家族の写真、思い出の品々はそうはいかない。すでに家内も、子供達もこの世にいない。写真を眺め、思い出の品々に触れることが、今を生きていく支えだった。 髪を染め、エステにも行ってみた。それでも認証できなかった。システムは正常に動作している。想定外のことは多かったが、一番大きいのは加齢だった。まさか自分が百歳を超えるまで生きるとは‥。「百歳までの加齢に対応できる」と宣伝していたのを思い出すと、笑えてしまう。なぜ、百十歳まで対応させなかったのだろう。 化粧はエステシャンに教えてもらった。 上手に化粧すると、認証できた。 まさか百十歳になってから化粧を始めるとは思っていなかった。 毎朝、小一時間をかけて化粧する。 面倒なことだが、一つだけいいことがある。 少しだけいい顔で家内に会える。 そんなことを考えながら、誠一は化粧を続けた。

    化粧

評価とレビュー

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番組について

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