感覚のトリセツ

人間関係アドバイザー 田中宗吾

日常の出来事をテーマにして、感覚という目に見えないモノの扱い方をできるだけ分かりやすくお伝えする、ちょっとだけ不思議で深めのラジオです。 言葉と身体を使って人間関係の仕組みをお伝える活動をしてますので、興味がある方はホームページもぜひ覗いてみてください。😊 【人間関係アドバイザー 田中宗吾】 https://lifework.tanaka-shugo.com

  1. 1時間前

    イライラしないために、人に期待しない方がいいの?

    イライラしないために、人に期待しない方がいいの? 僕も若い頃は、人に期待しない方がいいと思っていました。 誰かに「こうしてほしい」「ああしてほしい」と期待すると、思いどおりにならなかったときに傷ついたり、イライラしたりする。 だから、最初から期待しないことで、自分を守ろうとしていたんだと思います。 でも、今は少し違う感覚があります。 「この人なら、きっとできる」 「今はできなくても、いつかできるようになるかもしれない」 そんなふうに人に期待できることは、むしろ豊かなことなんじゃないでしょうか。 そこで考えたのが、「できて当たり前」と思うことと、「できるかどうか分からないけれど、きっとできる」と期待することの違いです。 できて当たり前だと思って頼んだことが、できなかった。 そのときには、相手を責める前に、できなかった場合への備えが自分にあったのかを考える必要もあります。 一方、できるかどうか分からない相手に期待するなら、期待どおりにならない可能性も含めて関わることになるんじゃないでしょうか。 期待すること自体が問題なのではなく、期待どおりにならなかった現実と、どう関わるのか。 今回は、そんなことを考えてみました。 ⸻ 田中宗吾の活動について 僕は、人との関わりや日常の中にある「問い」を入り口に、対話や身体を通して、本質を感じ、考える活動をしています。 哲学対話や身体ワーク、個別相談など、活動の詳細や開催予定はこちらからご覧いただけます。 ▼ 田中宗吾ホームページ https://lifework.tanaka-shugo.com/ ⸻ #人に期待する #イライラ #人間関係 #関わり方 #田中宗吾 --- stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。 https://stand.fm/channels/5fa1f52aae8f042997f1683a

    イライラしないために、人に期待しない方がいいの?
  2. 19時間前

    人の言葉が氣になって、いつまでも引きずってしまうのはなぜ?

    人の言葉が氣になって、いつまでも引きずってしまうのはなぜ? 誰かに言われた嫌な言葉が、いつまでも氣になってしまう。 そんな経験はありませんか? でも、よく考えてみると、僕たちは嫌な言葉だけでなく、誰かに言われた嬉しい言葉も覚えていますよね。 だとしたら、そこには何か共通するものがあるんじゃないでしょうか。 僕が氣になったのは、自分の中にある「評価の物差し」です。 自分にとってプラスだと感じた言葉は嬉しいものとして、マイナスだと感じた言葉は嫌なものとして記憶される。 そして、その評価を大切にしているからこそ、人の言葉に影響され続けるのかもしれません。 もし、嫌な言葉に引っ張られたくないのであれば、嬉しい言葉から受ける影響も、自然と小さくなるのかもしれない。 マイナスだけを手放して、プラスだけを持ち続ける。 それは本当にできることなのでしょうか。 今回は、人の言葉そのものではなく、その言葉を評価している自分との関わり方について考えてみました。 ⸻ 田中宗吾の活動について 僕は、人との関わりや日常の中にある「問い」を入り口に、対話や身体を通して、本質を感じ、考える活動をしています。 哲学対話や身体ワーク、個別相談など、活動の詳細や開催予定はこちらからご覧いただけます。 ▼ 田中宗吾ホームページ https://lifework.tanaka-shugo.com/ ⸻ #人の言葉 #評価の物差し #感情との関わり方 #人間関係 #田中宗吾 --- stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。 https://stand.fm/channels/5fa1f52aae8f042997f1683a

    人の言葉が氣になって、いつまでも引きずってしまうのはなぜ?
  3. 2日前

    相手を尊重するために、自分が我慢する必要はあるのか?

    相手を尊重するために、自分が我慢する必要はあるのか? 相手を尊重するというのは、どういうことなのでしょうか。 僕はまず、相手の存在や意見、行動を、大切なものとして認識することが必要なんじゃないかと思っています。 でも、相手の意見と自分の意見が対立したとき、相手を尊重するために自分が我慢するという選択をしてしまうことがあります。 それって、本当に相手を尊重していることになるのでしょうか。 自分の意見を尊重できていないのに、相手の意見だけを尊重しようとすることには、どこか無理があるように感じるんです。 そこで考えたのが、お互いの意見を同じタイミングで実現しなくてもいいんじゃないかということです。 相手は今したい。自分は後でもできる。 それなら、自分のタイミングをずらすこともできます。 それは我慢して自分を押し殺すことではなく、相手を思いやれる立ち位置から、自分で選ぶことなのかもしれません。 そして、同じ場所で両立できないのであれば、別の場所に立つという選択もあります。 譲ったから負けたわけでも、動いたから弱かったわけでもない。 自分も相手も大切にしながら関わることは、できるんじゃないでしょうか。 今回は、そんなことを考えてみました。 ⸻ 田中宗吾の活動について 僕は、人との関わりや日常の中にある「問い」を入り口に、対話や身体を通して、本質を感じ、考える活動をしています。 哲学対話や身体ワーク、個別相談など、活動の詳細や開催予定はこちらからご覧いただけます。 ▼ 田中宗吾ホームページ https://lifework.tanaka-shugo.com/ ⸻ #相手を尊重する #我慢 #思いやり #人間関係 #田中宗吾 --- stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。 https://stand.fm/channels/5fa1f52aae8f042997f1683a

    相手を尊重するために、自分が我慢する必要はあるのか?
  4. 4日前

    自分の考えを持つことは、自由になることなのだろうか?

    自分の考えを持つことは、自由になることなのだろうか? 自分の考えを持ち、その考えに従って行動できる。 それは一般的に、自由な状態だと考えられているように思います。 でも、本当にそうなのでしょうか。 僕自身、自分の考えを大切にするあまり、その考えを少しも譲れなくなったことがあります。 そのとき感じたのは、自由さではなく、自分の考えに縛られているような感覚でした。 自分の考えに反するものが現れた瞬間に、それまで感じていた自由さが失われてしまう。 だとしたら、自分の考えを持つことと、自由であることは、少し違うのかもしれません。 自分の考えを大切にしながらも、「他の考え方もあるかもしれない」「別の選択をする自分もいるかもしれない」という余地を残しておく。 そんなあり方に、僕は自由さを感じます。 そして考えているうちに、「やりたいことをする」よりも「僕にはこれしかできないからやっている」と言えるあり方に、なぜか純粋さを感じるという話にもつながりました。 皆さんは、自分の考えを持つことが自由につながると思いますか? ⸻ 田中宗吾の活動について 僕は、人との関わりや日常の中にある「問い」を入り口に、対話や身体を通して、本質を感じ、考える活動をしています。 哲学対話や身体ワーク、個別相談など、活動の詳細や開催予定はこちらからご覧いただけます。 ▼ 田中宗吾ホームページ https://lifework.tanaka-shugo.com/ ⸻ #自由 #自分の考え #選択 #哲学対話 #田中宗吾 --- stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。 https://stand.fm/channels/5fa1f52aae8f042997f1683a

    自分の考えを持つことは、自由になることなのだろうか?
  5. 4日前

    自分の氣持ちに正直でいるって、どういうことなんだろう?

    自分の氣持ちに正直でいるって、どういうことなんだろう? 自分の氣持ちに正直でいる。 そう聞くと、自分の本当の氣持ちを見つけて、それに従うことを思い浮かべるかもしれません。 でも、そもそも「自分の氣持ち」って、どれのことなのでしょうか。 僕には最近、理想とする自分と、今の自分との間に大きな違いを感じて、ずっとモヤモヤしていた経験がありました。 理想の自分なら、こう考えるはず。こう行動するはず。 でも、今の僕はそう思えない。 そんな自分を認めたくなくて、見ないようにしていたんです。 ところが、思い切って今の自分を見てみると、不思議なことにモヤモヤが小さくなりました。 そこで考えたんです。 理想の自分も、理想とは違う今の自分も、どちらも自分なんじゃないか。 そして、自分の氣持ちに正直でいることは、必ずしもその氣持ちに従うことではないんじゃないか。 イライラしている自分もいれば、そのイライラに疲れている自分もいる。 どれかひとつを本当の自分と決めなくてもいい。 自分の中にあるいろいろな氣持ちを、まずはそのまま認識すること。 それも、自分に正直でいるということなのかもしれません。 皆さんは、どう思いますか? ⸻ 田中宗吾の活動について 僕は、人との関わりや日常の中にある「問い」を入り口に、対話や身体を通して、本質を感じ、考える活動をしています。 哲学対話や身体ワーク、個別相談など、活動の詳細や開催予定はこちらからご覧いただけます。 ▼ 田中宗吾ホームページ https://lifework.tanaka-shugo.com/ ⸻ #自分の氣持ち #自己理解 #感情との関わり方 #本当の自分 #田中宗吾 --- stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。 https://stand.fm/channels/5fa1f52aae8f042997f1683a

    自分の氣持ちに正直でいるって、どういうことなんだろう?
  6. 5日前

    否定することと選ばないことは、何が違うのだろう?

    否定することと選ばないことは、何が違うのだろう? 嫌いな食べ物と好きな食べ物が並んでいたら、僕は好きな方を選びます。 でも、それは嫌いな食べ物を否定したことになるのでしょうか。 その食べ物を好きな人もいるし、大切に作ってくれた人もいる。存在そのものを否定しているわけではないんですよね。 それなのに、選ばないことに罪悪感を持ったり、選ばなかった自分を否定したくなったりすることがあります。 なぜ、そんなことが起こるのでしょう。 考えているうちに、僕たちは何かを選ぶとき、それ以外のものに反対の意味を与えてしまいやすいのではないかと思いました。 右を選んだだけなのに、左は嫌いな道になってしまう。 好きなものを選んだだけなのに、それ以外を嫌いなものとして位置づけてしまう。 でも、本当は、右を選ぶことと左を否定することは別のはずです。 何かを選ぶために、それ以外のものを否定する必要はあるのでしょうか。 今回は、そんなことを考えてみました。 ⸻ 田中宗吾の活動について 僕は、人との関わりや日常の中にある「問い」を入り口に、対話や身体を通して、本質を感じ、考える活動をしています。 哲学対話や身体ワーク、個別相談など、活動の詳細や開催予定はこちらからご覧いただけます。 ▼ 田中宗吾ホームページ https://lifework.tanaka-shugo.com/ ⸻ #選択 #否定 #自分の意思 #考え方 #田中宗吾 --- stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。 https://stand.fm/channels/5fa1f52aae8f042997f1683a

    否定することと選ばないことは、何が違うのだろう?
  7. 10月18日

    考えるときって、頭の中でしゃべるんじゃないの!?

    考えるときって、頭の中でしゃべるんじゃないの!? 昨日、京都で参加した企画の中で、僕にとって衝撃的な発見がありました。 僕は考えるとき、必ず頭の中でしゃべっています。実際に声に出すのと同じように、頭の中で自分の声が流れているんです。 そして、誰もがそうやって考えていると思っていました。 ところが、そのことを話したら、周りの人たちから「それってどういうこと?」という反応が返ってきたんです。 えっ、みんなそうじゃないの!? そこから、僕が人の話を「聞く」「聴く」ときに起こっていることや、瞑想についての認識まで変わり始めました。 僕は頭の中の声を止めると、考えることも止まる感覚があります。でも、声を使わずに考えられる人もいるらしいんですよね。 だとしたら、僕が当たり前だと思っていた「考える」という行為は、人によって随分違うのかもしれません。 皆さんは、どうやって考えていますか? ⸻ 田中宗吾の活動について 僕は、人との関わりや日常の中にある「問い」を入り口に、対話や身体を通して、本質を感じ、考える活動をしています。 哲学対話や身体ワーク、個別相談など、活動の詳細や開催予定はこちらからご覧いただけます。 ▼ 田中宗吾ホームページ https://lifework.tanaka-shugo.com/ ⸻ #思考 #頭の中の声 #内言 #自己理解 #田中宗吾 --- stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。 https://stand.fm/channels/5fa1f52aae8f042997f1683a

    考えるときって、頭の中でしゃべるんじゃないの!?
  8. 10月17日

    何のために私たちは選択するのだろう?

    何のために私たちは選択するのだろう? 僕たちは日々、たくさんの選択をしていると言われています。 でも、そもそも何のために選択するのでしょうか。 普通に考えると、何かの目的を達成するために、いくつかの方法からひとつを選ぶことなのかもしれません。 でも僕は、選択すること自体にも意味があると思っています。 それは「自分の意思で、これを選んだ」と認識できることです。 例えば、右の道を選んだ結果が悪かったとしても、左を選んでいれば良かったとは限りません。 結果がどうだったかと、自分が何を選んだかは、別のことなんですよね。 だからこそ、誰かに言われたからではなく、自分の意思で選ぶことを大切にしたいんです。 そして考えているうちに、人間の選択と動物の選択には、何か違いがあるんじゃないかという新しい問いも生まれてきました。 皆さんは、何のために選択していると思いますか? ⸻ 田中宗吾の活動について 僕は、人との関わりや日常の中にある「問い」を入り口に、対話や身体を通して、本質を感じ、考える活動をしています。 哲学対話や身体ワーク、個別相談など、活動の詳細や開催予定はこちらからご覧いただけます。 ▼ 田中宗吾ホームページ https://lifework.tanaka-shugo.com/ ⸻ #選択 #自分の意思 #意思決定 #哲学対話 #田中宗吾 --- stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。 https://stand.fm/channels/5fa1f52aae8f042997f1683a

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