ちょいと小噺!

写楽斎ジョニー

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エピソード

  1. 7月1日

    桜庭一樹著『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない A Lollypop or A Bullet』感想 で、誰がうさぎを殺したの?

    二十年ぶりに読みましたが、やっぱり印象はだいぶ変わるものですね。 直木賞作家がおくる、暗黒の少女小説。 ある午後、あたしはひたすら山を登っていた。そこにあるはずの、あってほしくない「あるもの」に出逢うために――子供という絶望の季節を生き延びようとあがく魂を描く、直木賞作家の初期傑作。 再読する前の印象としては「なんか厨二病の遣る瀬無い話だったと思う」程度の記憶でした。でも今読むと全然違うところに目が行きます。 当時思っていた感想と、まるで違うという点もあるかもね。ある意味、「そうやって大人になるんだよな」という無責任な諦観もちょっとはあります。 第一章 砂糖菓子の弾丸とは、なかよくできない  位置: 351 「彼女はさしずめ、あれだね。〝砂糖菓子の弾丸〟だね」「へ?」「なぎさが撃ちたいのは実弾だろう? 世の中にコミットする、直接的な力、実体のある力だ。だけどその子がのべつまくなし撃っているのは、空想的弾丸だ」 本著にちょくちょく出てくる、実弾だの砂糖菓子だのといった用語。「世の中にコミットするかどうか」が線引なんだろうけど、そのへんが実に厨二病的。この世界の説明に一役買っていますね。 位置: 354 「むかしむかし、岩塩で作った弾丸で人を殺した男がいたんだ。男は硬く硬く岩塩を固めて一発の弾丸を作り、暖炉のそばで相手を撃ち殺した。暖かなその場所で死体はほかほかに温まって、体内に残った岩塩は溶けてしまった。跡形もなく、ね」「へぇぇ……」 あたしは身を乗り出した。「でも、じゃ、そいつは捕まらなかったの? でも捕まらなかったらおにいちゃんもその話、知らないよね。捕まったの? いつの話? どうやって?」 友彦は肩をすくめた。「名探偵が出てきて、見事に見抜いたんだ」 氷で殺した、というのは有名だけどね。岩塩というのは初めて聞いた(二度目の通読だけど)。 しかし、こうやって改めて読むと、推理小説って間抜けね。 位置: 794 あたしはまたムキになっていた。あたしらしくなかった。こんなことはまったくあたしじゃない。今日一日の時間にはどこにも実弾がなかった。 「実弾」的である、というのが山田なぎさのアイデンティティなんだな。それが崩れる日がある。とてもリアリティを感じますね。あるよね、「今日は全く俺らしくない」と思う日。そしてそれを誘発させやすい人間っている。あたくしにとっては子どもがそれに当たるかも。 位置: 939  こないだ、嵐のとき父が死んだ話をしたら、制止も聞かずにべらべらと海の底で幸せだとか話していたときも、もしかしたらこのへんな女の子は、あたしのために作り話をしてくれていたつもりなのかもしれない。 そんなふうに思った。藻屑の優しさはずれていて迷惑だったし、現にいまも会ったこともない友彦をべた 褒めされても困るだけなんだけど、そのべたべたの砂糖菓子について、あたしはあまり怒る気になれずに、ただ黙って歩き続けた。 時代で流行の主人公像、という感じするよね。やれやれ系というか。 第二章 砂糖菓子の弾丸と、ふたりぼっち 位置: 1,432  藻屑は子供みたいに笑った。それからなんの脈絡もなくとつぜんテトラポッドから飛び降りると、暗い夜の海に頭から見事に真っ逆さまに落ちた。闇との境がわからないぐらい暗く染まる海に落ちてどんどん消えていく海野藻屑の姿は、まるで唐突な自殺のようであたしは思わず「あっ」と叫んだ。藻屑は今日も黒っぽいシンプルだけどじつに素敵なデザインのワンピースを着ていた。 膝 までの丈でふわふわと広がるスカートの 裾 が、ぷくり、とはらんでいた空気を吐きだして、沈んでいった。 ここ、急にマジックレアリスム的になる。この切り替えに一瞬、まんまとぎょっとしましたね。描写がどことなく不安げで、それでいて美しくて。いいシーンですね。全編を通して、ここだけ毛色の違う描写というのも面白い。 位置: 1,545 何度も何度も、自分が藻屑に腹を立てたときのことを思い出した。 それから花名島が、俺の言うこと無視しやがってと怒っていたときのことも、思い出した。 藻屑に船の転覆の話を「やめて」と言ったとき。花名島がバスの中で話しかけたとき。全部、藻屑の左側から声をかけたときばかりだ。藻屑は都合の悪いことは聞こえないふりする、ずるい、と怒っていたことの数々があたしにのしかかってきた。聞こえなかっただなんて。 差別は無知からも始まる、というようにも読み取れるし、そういうのを申告できないから虐待というのは厄介だ、というようにも読み取れるし、藻屑っぽいなと笑うことすら出来ますね。 位置: 1,768 床に転がって打たれている花名島の顔には、 恍惚 とした、あたしが人の顔に見たことのない不思議なものが浮かんでいた。 ちょっと春琴抄的な美しさがこのシーンにもありますね。ただ、内容としては触れる程度。もうちょっとそこの感情を深堀りしたら、、、、単なるあたくしが好き、ってだけだけどね。見た目が好みの異性に叩かれる、というのは扉を開けてしまう可能性が大だよね。 位置: 1,975 そこをなにかが遠ざかっていった。濃いピンク色をした霧のようなものを一瞬、見たような気がした。なにかがあたしと友彦のそばからゆっくりと離れていった。 なんだろ。厨二性の象徴かな。本著の中の言葉でいえば「砂糖菓子」性とでもいうか。 位置: 2,039 もしかしたら……家を出て歩きだしたときにすれ違ったあれ、あの濃いピンク色をした霧が、友彦が生活や未来や友達や恋と引き替えに手に入れた 神 だったのかもしれなかった。 うーん、まぁ、神だったのか、もっと陳腐なものだったのか。本著ではどちらとも取れます。友彦はこれで良かったのか、という問いにもつながりますね。 当時と比べると、本著への解像度が格段に上がった気がする。自分はずいぶん子どもだったんだな、と懐かしがるくらいでありました。

  2. 1月26日

    朝比奈秋著『サンショウウオの四十九日』感想 たまには純文学を

    これは純文学でしたね。 第171回芥川賞受賞作!同じ身体を生きる姉妹、その驚きに満ちた普通の人生を描く、芥川賞受賞作。周りからは一人に見える。でも私のすぐ隣にいるのは別のわたし。不思議なことはなにもない。けれど姉妹は考える、隣のあなたは誰なのか? そして今これを考えているのは誰なのか――三島賞受賞作『植物少女』の衝撃再び。最も注目される作家が医師としての経験と驚異の想像力で人生の普遍を描く、世界が初めて出会う物語。 一つの体の右左にそれぞれ人格が宿った女性の話。荒唐無稽のような気がしますが、しかし語り口は落ち着いている。「え?本人そうなん?」と思うような視点の細やかさ。そして、なんともいえない読み応え。 位置: 339 オプション  アビー&ブリタニー姉妹は胴体が全部くっついているが、首は二本で頭は二つある。ベトちゃんドクちゃんは腰部がくっついていても、それぞれの上半身を持っている。 私たちは、全てがくっついていた。顔面も、違う半顔が真っ二つになって少しずれてくっついている。結合双生児といっても、頭も胸も腹もすべてがくっついて生まれたから、はたから見れば一人に見える。今でも初対面の人は、私たちの顔を見た時、面長の左顔と丸い右顔がくっついたものとは思わない。結合双生児ではなく、特異な顔貌をした「障がい者」だとみられる。 うーん、小説のテーマとしてよくこれを持ち出したよね。すごく挑戦的。 描くこと自体が差別的と言われかねないと危惧する人はいたんじゃないかな。でも、小説ってそういうことだよね。タブーに切り込むのが、人の心を揺さぶるのに一番手っ取り早い。 位置: 377 彼は名前を順番に呼んだ。濱岸杏さんと呼ばれると私は左手をあげて、濱岸瞬さんと呼ばれると瞬は右手をあげて元気よく返事をした。そして、右半身と左半身を交互に観察した後、彼は私と瞬のどちらでもない場所、つまり境界を見いだした。 読んでいるうちに、やっぱり「人間を人間足らしめているものってなんだろう」ってなる。思考?身体?でも、思考が流入している主人公みたいな人は? フィクションだからこそ、なんとも言えない気持ちになる、そうなることが許される。 位置: 474 大学を卒業した後で知り合った人には何の説明もしていない。初対面の人に濱岸杏ですと杏が自己紹介すればわたしは黙り、わたしが濱岸瞬と名乗れば杏は黙っている。深く知り合う前から自分たちの状況を説明したところで惨めでしかない。 杏と名乗った人と瞬と名乗った人が同時に存在する状況ではどうするんだろう。そんなことはないのか。だから工場がいいのか。 この距離の取り方、なんとなく現代の処世術な気がするんだよね。必要以上に開示しない感じ。 位置: 505 ロッカーが離れ離れになったあたりからどうも扱いが雑になって、卒業式でも中学の卒業証書授与は二枚重ねてもらえたが、高校では杏が証書を受け取って、同じ名字の浜岸 泉 が呼ばれて壇上にあがる間にぐるりと回ってもう一度壇上にあがるハメになった。わたしたちを良く知らない市長は校長に耳打ちしていた。なんであの子だけ二回取りにいったの、とでも聞いていたのだろう。校長が一言二言返すと、市長は頷いていたから、校長も校長で、中学生のときにわたしたちのことをあしゅら男爵と揶揄した体育の先生みたいに、都合の良いキャラクターでも引用して市長に説明しているのかもしれなかった。 ほんと、あたくしも失礼ながら、最初にあしゅら男爵だと思った。もしこういう人間がいるんだとしたら失礼な話だ。ただ、自分の知っているカテゴリに事象を当てはめて理解するムーブはやめられない。 位置: 551 そもそも父と伯父の関係もそうだ。胎児内胎児だって 50 万出生に1組。人口が何十億人もいることを考えれば、たびたび結合双生児も胎児内胎児も生まれてくる。たいしたことではない。 これ聞くとさ、この話のようなことって本当にあるのかと思うよね。脳みそ半分ずつ、顔半分ずつ、みたいな。いるのかな? 位置: 668 意識はどこからも独立している。タチアナとクリスタの意識は脳からも互いからも完全に独立している。思考や感覚が混じっても、意識が混じることはない。人間存在は内臓や心身のすべてを超越している! じゃあ、人間を人間足らしめているのは、あたくしをあたくしたらしめているのは? デカルトは何をもって「我」としたのか。東洋哲学みたいになってきたな。自分とは、みたいな。 位置: 938 以前から時おり、二人の間に挟まっているものの薄さに怯えていた。身体の中では二人をわけている薄っぺらい何らかの隔たり。その隔たりを、血や内臓、感覚も記憶もひょいと跨いで行き来している。 ひょっとしたらそれは、決して他人事ではないのでは。自分を自分たらしめているのがなにか、自分でもよくわかっていないんだから、ひょいと跨いで何かが一時的に自分を動かす、ということもないとはいえない。あたくしは自分を単一人格の単一個体だと思っていますが、果たしてそうかな。 位置: 1,123 あぁ、これは伯父のお腹の左側、父の反対側に居た父の弟、私たちにとって叔父にあたる人物の水子供養の墓石だと杏が感づいた。 ふむ、予想外の展開。急に水子が出てきた。双子が生まれやすい家系というのがあるように、くっついて生まれやすい家系というのもあるのかもしれませんね。そしてさらに、自分を自分たらしめているものが何なのか、分からなくなりました。自分は様々な人格を経由した先の現在の一時的な人格に過ぎないんじゃないか、とか思ってみたり。

評価とレビュー

3.4
5段階評価中
7件の評価

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