南風舎  - Japanese Classical Literature Podcast

The Diary of Lady Murasaki - Unabridged #04 紫式部日記(全)

殿も上も、あなたに渡らせたまひて、月ごろ、御修法、読経にさぶらひ、昨日今日召しにて参り集ひつる僧の布施賜ひ、医師、陰陽師など、道々のしるし現れたる、禄賜はせ、内には御湯殿の儀式など、かねてまうけさせたまふべし。 人の局々には、大きやかなる袋、包ども持てちがひ、唐衣の縫物、裳、ひき結び、螺鈿縫物、けしからぬまでして、ひき隠し、「扇を持て来ぬかな」など、言ひ交しつつ化粧じつくろふ。 例の、渡殿より見やれば、妻戸の前に、宮の大夫、春宮の大夫など、さらぬ上達部もあまたさぶらひたまふ。 殿、出でさせたまひて、日ごろ埋もれつる遣水つくろはせたまふ。人びとの御けしきども心地よげなり。心の内に思ふことあらむ人も、ただ今は紛れぬべき世のけはひなるうちにも、宮の大夫、ことさらにも笑みほこりたまはねど、人よりまさるうれしさの、おのづから色に出づるぞことわりなる。右の宰相中将は権中納言とたはぶれして、対の簀子にゐたまへり。 内裏より御佩刀もて参れる頭中将頼定、今日伊勢の奉幣使、帰るほど、昇るまじければ、立ちながらぞ、平らかにおはします御ありさま奏せさせたまふ。禄なども賜ひける、そのことは見ず。 御臍の緒は殿の上。御乳付は橘の三位。御乳母、もとよりさぶらひ、むつましう心よいかたとて、大左衛門のおもと仕うまつる。備中守道時の朝臣のむすめ、蔵人の弁の妻。 御湯殿は酉の時とか。火ともして、宮のしもべ、緑の衣の上に白き当色着て御湯まゐる。その桶、据ゑたる台など、みな白きおほひしたり。尾張守知光、宮の侍の長なる仲信かきて、御簾のもとに参る。水仕二人、清子の命婦、播磨、取り次ぎてうめつつ、女房二人、大木工、右馬、汲みわたして、御瓮十六にあまれば入る。薄物の表着、かとりの裳、唐衣、釵子さして、白き元結したり。頭つき映えてをかしく見ゆ。御湯殿は、宰相の君、御迎へ湯、大納言の君。湯巻姿どもの、例ならずさまことにをかしげなり。 宮は、殿抱きたてまつりたまひて、御佩刀、小少将の君、虎の頭、宮の内侍とりて御先に参る。唐衣は松の実の紋、裳は海賦を織りて、大海の摺目にかたどれり。腰は薄物、唐草を縫ひたり。少将の君は、秋の草むら、蝶、鳥などを、白銀して作り輝かしたり。織物は限りありて、人の心にしくべいやうのなければ、腰ばかりを例に違へるなめり。 殿の君達二ところ、源少将など、散米を投げののしり、われ高ううち鳴らさむと争ひ騒ぐ。浄土寺の僧都護身にさぶらひたまふ、頭にも目にも当たるべければ、扇を捧げて、若き人に笑はる。 文読む博士、蔵人弁広業、高欄のもとに立ちて、『史記』の一巻を読む。弦打ち二十人、五位十人、六位十人、二列に立ちわたれり。 夜さりの御湯殿とても、様ばかりしきりてまゐる。儀式同じ。御文の博士ばかりや替はりけむ。伊勢守致時の博士とか。例の『孝経』なるべし。又挙周は、『史記』文帝の巻をぞ読むなりし。七日のほど、替はる替はる。