われらの哲学 レオンラジオ 楠元純一郎

Leo_楠元纯一郎

leonradio われらの哲学 ラッセル(Russell)哲学研究会メンバー 松尾欣治(会長)王前 冯宪中 张红  福留邦浩(2021年2月3日~) 楠元純一郎 尹乐(レオー)  オープニングソング「水魚の交わり(魚水情)」 エンディングソング「バイオバイオバイオ(遺伝子の舟)」 作詞作曲 楠元純一郎 編曲 山之内馨  会長 松尾欣治: 新型コロナウイルス(covid-19)が世界中で猛威をふるう最中に、わたしたちの「Society基盤教育Pandora」は発足しました。  今は、“Stay home !”。感染拡大を防ぐために学校、大学にも行くことができません。いったい、どうしたらいいのでしょうか?  日本では教育の改革が進み、この4月からは、小学校でも英語教育が始まることになっていました。出鼻をくじかれ、学校は休校となってしまいました。  なぜ、小学校から英語教育なのか?  いままでは、中学校から学び始めましたが、中学校、高校、大学でも英語を学びながら、生徒、学生は英語が苦手の人が、ほとんどです。卒業して社会人になっても英語の苦手意識は消えません。  英語にかぎらず語学教育は、早期教育が大事で、中学校からでは遅いのではないか。そこに原因を求めるならば、小学校から英語教育を開始すれば、英語を苦手とする生徒、学生は減るでしょう。  この推論は間違っています。この苦手意識は、英語ばかりではなく、数学、歴史、国語、得意科目以外にも働いて、勉強嫌いを増やし、楽しいはずの学校が行くのさえツラい場所になっている、そういう児童、生徒も多い。語学の早期教育では、この問題は解決しないのです。  この問題を解決するもの、それがこの「Society 5.0 基盤教育Pandora」なのです。この「Society 5.0基盤教育Pandora」は小学校の高学年から参加可能です。いや、参加していただきたい。哲学なんで苦手、というお母さんにも参加していただきたい。  いまや、中国語、英語、日本語の三つの言葉は、できないでは済まなくなりつつあります。すると、否応なく、この「Society 5.0基盤教育Pandora」になります。  ラッセルの『哲学の諸問題』の英語は、受験英語の最高峰とも言われています。その章立て、構成も見事です。数学者としても卓越した才能の持ち主ですが、文章家としても優れていて、その才能はノーベル文学賞に輝いています。  わたしたちの「Society 5.0基盤教育Pandora」が、ラッセルの『哲学の諸問題』を選んだのは、そのためです。百年前、北京大学がラッセルを招聘したのも、そういうことだったのではないでしょうか。  日本では、学習指導要領が改訂され、この4月から小学校でも英語教育が始まりました。今回の改訂は従来の暗記型教育から思考型へと転換し、主体的、対話的な深い学びを目指しています。  ラッセルの『哲学の諸問題』には暗記すべきことがなく、問題が、なぜ問題なのか?を明らかにしつつ、次の問題へと続き展開します。暗記力ではなく、思考力が働いて、物事の大事な奥深いところには何があるのか、またはないのか?こういう問題を論理的に考える。すると、どういうことが起こるのでしょうか?日本の教育では未知の世界です。  さあ、その未知の世界への扉を開けて、みんなで思考の世界で遊びましょう!

  1. われらのラッセル我们的罗素哲学218(第1章第5段落②)

    May 28

    われらのラッセル我们的罗素哲学218(第1章第5段落②)

    レオンラジオ日の出 <我らのラッセル哲学 Remake版1> 20260519通算218回『哲学の諸問題』"The problems of philosophy" by Bertrand Russell" 第1章第5段落② OP「水魚の交わり」、ED 「遺伝子の舟」(作詞作曲 楠元純一郎 ) 司会 なんだかんだぱんだ楠元純一郎(東洋大学教授・法学者) 中国語翻訳・朗読 レオー(録音師・中国大慶美術教師) 中国語監修 冯宪中(国際経済学博士) 朗読・読解者 松尾欣治(哲学者・神田外語学院社会学非常勤講師)読解者 福留邦浩(日本経済大学教授・国際関係学博士)、沛公(立命館大学生)、胡・郭(神田外語学院日本語教育学学生)畠山果也(CUC中国語専攻・Kakehashi Studio)、稲本廉(神田外語学院大学院進学科学科長)李美松(両国京桜学院・両国進学塾社長)、徐子文さん、宋嘉駿さん(楠元大学院生)。 <<37.4825万回突破。ありがとうございます!>> And we know that even from a given point of view the colour will seem different by artificial light, or to a colour-blind man, or to a man wearing blue spectacles, while in the dark there will be no colour at all, though to touch and hearing the table will be unchanged. そして、我々は一定の視点からですら、その色は人工的な光(照明)によって異なるようであるし、また、色盲の人、青色レンズ(ブルーサングラス)の眼鏡を掛けている人にとって見え方が異なっていて、他方で、暗闇の中では、テーブルの触覚や聴覚での感覚は変わらないとはいえ、色がまったくないということを知っている。 而且我们知道,即使身处某个特定视点,当桌子受人造光源照射,或观看者是个色盲,或者他戴了副蓝色眼镜等条件下,桌子的颜色看起来都会不一样。当处在黑暗环境下则完全没有任何颜色,尽管摸起来或者听上去,那张桌子还是那张桌子。spectacle,单数是“壮观的景象”“出人意料的情况”等含义,复数就变成“眼镜”的意思了 This colour is not something which is inherent in the table, but something depending upon the table and the spectator and the way the light falls on the table. この色は、テーブルに内在するなにかしら固有のものというわけではなく、テーブル、その観察者、光のテーブルへの当たり方に依拠している(かかっている)のである。 桌子的颜色并不是桌子所固有的,而是某种取决于桌子、观察者、以及光投射在桌子上的方式的东西。 When, in ordinary life, we speak of the colour of the table, we only mean the sort of colour which it will seem to have to a normal spectator from an ordinary point of view under usual conditions of light. 日常生活において、我々がテーブルの色について話すとき、それはただ、色の種類を意味しているだけである。そしてその色の種類は、通常の光の条件の下で、普通の視点から通常の観察者が思っているようなものである。 在日常生活当中,当我们谈起桌子的颜色时,我们只是在表示一个普通的观察者在一个普通的角度和通常的光照条件下所见的桌子呈现的颜色。 But the other colours which appear under other conditions have just as good a right to be considered real; and therefore, to avoid favouritism, we are compelled to deny that, in itself, the table has any one particular colour.  しかし、他の条件の下で現われるその他の色は、本物だと思われるような正当性をまさに有しているのである。それゆえ、偏った考え方を避けるために、我々はテーブルがそれ自体ある特定の色があるという考えを否定せざるを得ないのである。 但是在其他的条件之下桌子所呈现出的其他颜色也应有权被认为是真实的;因此,为了避免偏颇,我们不得不否定,桌子本身有任何一种特定的颜色。

    35 min
  2. われらのラッセル我们的罗素哲学217(第1章第5段落①)

    May 19

    われらのラッセル我们的罗素哲学217(第1章第5段落①)

    レオンラジオ日の出 <我らのラッセル哲学 Remake版1> 20260506通算217回『哲学の諸問題』"The problems of philosophy" by Bertrand Russell" 第1章第5段落① OP「水魚の交わり」、ED 「遺伝子の舟」(作詞作曲 楠元純一郎 ) 司会 なんだかんだぱんだ楠元純一郎(東洋大学教授・法学者) 中国語翻訳・朗読 レオー(録音師・中国大慶美術教師) 中国語監修 冯宪中(国際経済学博士) 朗読・読解者 松尾欣治(哲学者・神田外語学院社会学非常勤講師)読解者 福留邦浩(日本経済大学教授・国際関係学博士)、沛公(立命館大学生)、胡・郭(神田外語学院日本語教育学学生)畠山果也(CUC中国語専攻・Kakehashi Studio)、稲本廉(神田外語学院大学院進学科学科長)李美松(両国京桜学院・両国進学塾社長)、徐子文さん、宋嘉駿さん(楠元大学院生)。 <<36.4万回突破。ありがとうございます!>> To return to the table. テーブルに話を戻そう。 让我们再回到桌子的话题上来。 It is evident from what we have found, that there is no colour which preeminently appears to be the colour of the table, or even of any one particular part of the table -- it appears to be of different colours from different points of view, and there is no reason for regarding some of these as more really its colour than others. 我々が見てきたことから明らかなように、これがまさにテーブルの色であるというような色は存在せず、または、テーブルのある特定の部分ですらそうである。すなわち、そのテーブルは異なった視点からは色が異なって見え、これらの色のいくつかを他の色よりもより本当の色であるとみなす理由はないのである。preeminently ずば抜けて、卓越した 从我们刚才的发现就明显可以看出,没有一种颜色可以被显示为桌子的颜色,甚至是桌子任何一个特定部位的颜色——在不同视点上显示的颜色都是不一样的,没有理由表明这些颜色中的某一些会比另一些更为真实。preeminently卓越地;显著地;优秀地

    32 min
  3. われらのラッセル我们的罗素哲学216(第1章第4段落②)

    May 5

    われらのラッセル我们的罗素哲学216(第1章第4段落②)

    日の出ラジオ(レオンラジオ)<我らのラッセル哲学 Remake版1> 20260429通算216回『哲学の諸問題』"The problems of philosophy" by Bertrand Russell" 第1章第4段落② 作詞作曲 楠元純一郎 OP「水魚の交わり」、ED 「遺伝子の舟」 司会 なんだかんだぱんだ楠元純一郎(東洋大学教授・法学者) 中国語翻訳・朗読 レオー(録音師・中国大慶美術教師) 中国語監修 冯宪中(国際経済学博士) 朗読・読解者 松尾欣治(哲学者・神田外語学院社会学非常勤講師)読解者 福留邦浩(日本経済大学教授・国際関係学博士)、沛公(立命館大学生)、胡・郭(神田外語学院日本語教育学学生)畠山果也(CUC中国語専攻・Kakehashi Studio)、稲本廉(神田外語学院大学院進学科学科長)李美松(両国京桜学院・両国進学塾社長) <第1章第4段落②> The painter wants to know what things seem to be, the practical man and the philosopher want to know what they are; but the philosopher's wish to know this is stronger than the practical man's, and is more troubled by knowledge as to the difficulties of answering the question.  画家は事物がどのような様子であるかを知りたがり、実務家および哲学者はそれがなんであるかを知りたがる。しかし、哲学者がこれを知ろうとする願望は、実務家のそれよりも強く、そして、その問題に答える難しさに関する知識によってさらに厄介なことになる。 画家想要知道事物看起来是怎样的,而实干家和哲学家想要知道它们是什么。但是哲学家的愿望要比实干家强,而且关于回答这个问题的困难,更加为知识(常识)所困。

    17 min
  4. われらのラッセル我们的罗素哲学215(第1章第4段落①)

    Apr 19

    われらのラッセル我们的罗素哲学215(第1章第4段落①)

    日の出ラジオ<我らのラッセル哲学 Remake版1> 20260414通算215回『哲学の諸問題』"The problems of philosophy" by Bertrand Russell 作詞作曲 楠元純一郎 OP「水魚の交わり」ED「遺伝子の舟」司会・日本語訳 楠元純一郎(法学者)、中国語訳 レオー(録音師・美術教師)、中国語監修 冯宪中(国際経済学者)読解者 松尾欣治(哲学者)福留邦浩(国際関係学者) <<34.5万回突破!>> <第1章第4段落>   For most practical purposes these differences are unimportant, but to the painter they are all-important: the painter has to unlearn the habit of thinking that things seem to have the colour which common sense says they 'really' have, and to learn the habit of seeing things as they appear.  たいていの実用的な目的にとっては、これらの配色の違いは重要ではないが、画家にとってはそれらはすべて重要である。つまり、画家は、物は常識的にそれらが「本当に」有しているとされる色を有していると考える習慣を捨て去らねばならず、それらが見えるがままに物を見る習慣を身に付けなければならない。   在大多数实用的目的中,这些差异并不重要,但对画家来说,它们是相当重要的:画家必须摒弃那种认为事物看上去具有常识所说的“真正”色彩的习惯,并养成观察事物外观的习惯。 Here we have already the beginning of one of the distinctions that cause most trouble in philosophy -- the distinction between 'appearance' and 'reality', between what things seem to be and what they are. ここで我々は、哲学において最も厄介な問題をもたらす区別の一つ、すなわち、「現象」と「実在」、事物がどのようであるかということと、それがなんであるかの区別をすでにし始めているのである。 哲学当中引发出最大麻烦的一个分歧自此产生——“表象”和“真实”之间的区别,也就是事物像什么和是什么。

    45 min
  5. われらのラッセル我们的罗素哲学214(第1章第3段落②)

    Apr 12

    われらのラッセル我们的罗素哲学214(第1章第3段落②)

    日の出ラジオ<我らのラッセル哲学 Remake版1> 20260407通算214回『哲学の諸問題』"The problems of philosophy" by Bertrand Russell 作詞作曲 楠元純一郎 OP「水魚の交わり」ED「遺伝子の舟」司会・日本語訳 楠元純一郎(法学者)、中国語訳 レオー(録音師・美術教師)、中国語監修 冯宪中(国際経済学者)読解者 松尾欣治(哲学者)福留邦浩(国際関係学者) <<33.8万回突破!>> <第1章第3段落②> Although I believe that the table is “really” of the same colour all over, the parts that reflect the light look much brighter than the other parts, and some parts look white because of reflected light. 私はそのテーブルはすべてにおいて「本当に」いたるところ同じ色であると信じてはいるが、しかし、光を反射しているある部分はその他の部分よりもずっと明るいし、そして、またある部分は光の反射により白く見えるのである。 尽管我相信这张桌子“的确是”被同一种颜色所覆盖,但其中反射着光的一部分看起来比其他的部分要明亮,而且因为这反射光,某一部分会看起来发白。 I know that, if I move, the parts that reflect the light will be different, so that the apparent distribution of colours on the table will change. 私は、もし自分が動けば、光を反射している部分が異なるだろうから、テーブルの見かけ上の配色も変わるということを知っている。 我知道如果我移动了,反光的部分就会变得不一样,所以桌子上的颜色的分布就会发生变化。 It follows that if several people are looking at the table at the same moment, no two of them will see exactly the same distribution of colours, because no two can see it from exactly the same point of view, and any change in the point of view makes some change in the way the light is reflected.  それゆえ、もし、なん人かの人びとが同時にそのテーブルを見ている場合、誰とて(二人とて)まったく同一の配色を見ることはないということになる。なぜならば、誰とて(二人とて)まったく同一の視点からそれを見ることはできないからであり、視点が少しでも変われば光の反射の具合もまた変わるからである。 由此可见,当几个人同时看着这张桌子,没有任何两个人会看到同样的颜色分布情况,因为没有任何两个人会从完全一样的视点去看,而且任何视点的改变都会改变光的反射的情况。

    39 min
  6. われらのラッセル我们的罗素哲学213(第1章第3段落①)

    Apr 6

    われらのラッセル我们的罗素哲学213(第1章第3段落①)

    日の出ラジオ<我らのラッセル哲学 Remake版1> 20260324通算213回『哲学の諸問題』"The problems of philosophy" by Bertrand Russell 作詞作曲 楠元純一郎 OP「水魚の交わり」ED「遺伝子の舟」司会・日本語訳 楠元純一郎(法学者)、中国語訳 レオー(録音師・美術教師)、中国語監修 冯宪中(国際経済学者)読解者 松尾欣治(哲学者)福留邦浩(国際関係学者) <<32.6万回突破!>> <第1章第3段落①> To make our difficulties plain, let us concentrate attention on the table.  我々の難題を明らかにするために、そのテーブルに注目してみよう。  为了使我们的难题变得简明,让我们把注意力集中在这张桌子上。 To the eye it is oblong, brown and shiny, to the touch it is smooth and cool and hard; when I tap it, it gives out a wooden sound. 見た目には、それは長方形で、茶色で光沢があり、触ってみると滑らかで、冷たくて硬い。私がそれを軽く叩けば、それは木の音がする。 ※oblong 長方形(の) a rectangle 長方形 rectanular 長方形の・矩形(くけい)の、 矩形→すべての角が直角(90度)の四辺形→長方形(a rectangle)・正方形(a square) 对于眼睛来说,它是长方形,棕色而光亮的;对于皮肤来说,它是光滑,冰冷而坚硬的;当我敲打它的时候,它报以木头应该发出的声音。 Any one else who sees and feels and hears the table will agree with this description, so that it might seem as if no difficulty would arise; but as soon as we try to be more precise our troubles begin. そのテーブルを見て感じ、その音を聴く(その他の)人なら誰でもこのような描写に同意するだろう。それゆえ、何も厄介な問題は生じないように思われる。しかし、より正確に描写しようとすればすぐに、我々にとって面倒な問題が起こり始めるのである。 任何看到,听到或者感觉到这张桌子的人都会同意这种描述,因此看似没有什么困难, 可一旦我们开始较真,麻烦就来了。

    26 min
  7. われらのラッセル我们的罗素哲学212(第1章第2段落②)

    Mar 10

    われらのラッセル我们的罗素哲学212(第1章第2段落②)

    日の出ラジオ<我らのラッセル哲学 Remake版1> 20260303通算212回『哲学の諸問題』"The problems of philosophy" by Bertrand Russell 作詞作曲 楠元純一郎 OP「水魚の交わり」ED「遺伝子の舟」司会・日本語訳 楠元純一郎(法学者)、中国語訳 レオー(録音師・美術教師)、中国語監修 冯宪中(国際経済学者)読解者 松尾欣治(哲学者)福留邦浩(国際関係学者)Isabella天城(ホスピタリティを学ぶカナダの大学2年生)Lily Yin(国際金融論修士で日本の上場企業で勤務) 沛公(安徽からの大阪の大学生) <<31.5万回突破!>> <第1章第2段落②> I believe that the sun is about ninety-three million miles from the earth; that it is a hot globe many times bigger than the earth; that, owing to the earth's rotation, it rises every morning, and will continue to do so for an indefinite time in the future. 私は、太陽は地球からおよそ9,300万マイル離れており、その太陽は地球より何倍も大きい灼熱の球体であり、地球の自転により毎朝昇り、将来も限りなくそれを周り続けるであろうことを信じている。 indefinite 不確定の、無期限の 我相信太阳离地球大约九千三百万英里;它是一个比地球大很多倍的,很热的与地球类似的星体;由于地球自转,它每天早晨都会升起,而且在未来的一段无限的时间里还会继续升起。 I believe that, if any other normal person comes into my room, he will see the same chairs and tables and books and papers as I see, and that the table which I see is the same as the table which I feel pressing against my arm. もし、その他のどんな普通の人が私の部屋に入って来たとしても、その人は私が見ているのと同じように、同じ椅子、テーブル、本および紙を見るだろうし、私が見ているテーブルは、私の腕が押し付けられていると感じるテーブルと同じものであるということを私は信じている。 我相信,如果有任何其他普通人进入我的房间,他会看到同我看到一样的椅子,桌子,书和纸张,而我看到的桌子和我用胳膊压着的桌子是一样的。 All this seems to be so evident as to be hardly worth stating, except in answer to a man who doubts whether I know anything. これらはすべて、とても明白であるため、私がなんでも知っているかどうかを疑う人に対して答える場合を除いて、言及する価値もないように思われる。 除非在有人质疑我是否懂事时我对他们做出的回答当中,否则上述所有这些都看上去如此的明显,好像都不值一提。 Yet all this may be reasonably doubted, and all of it requires much careful discussion before we can be sure that we have stated it in a form that is wholly true. しかしながら、これらすべては合理的に疑うことができ、それらすべては我々がまったく正しい方式で述べたと確信できるにまでは、とても注意深い議論が必要である。 然而,这一切都是可以被合理地怀疑的,在我们能够确信自己已经以完全准确的形式表述出来之前,这一切都是需要被非常谨慎的讨论的。

    34 min
  8. われらのラッセル我们的罗素哲学211(第1章第2段落①)

    Feb 25

    われらのラッセル我们的罗素哲学211(第1章第2段落①)

    日の出ラジオ<我らのラッセル哲学 Remake版1> 20260224通算211回『哲学の諸問題』"The problems of philosophy" by Bertrand Russell 作詞作曲 楠元純一郎 OP「水魚の交わり」ED「遺伝子の舟」司会・日本語訳 楠元純一郎(法学者)、中国語訳 レオー(録音師・美術教師)、中国語監修 冯宪中(国際経済学者)読解者 松尾欣治(哲学者)福留邦浩(国際関係学者) <第1章第2段落①> In daily life, we assume as certain many things which, on a closer scrutiny, are found to be so full of apparent contradictions that only a great amount of thought enables us to know what it is that we really may believe.  日常生活において、我々が確かなものと思い込んでいる多くの物事は、より詳しく精査してみると、明らかに矛盾に満ちていることがわかるので、相当多くの思索をしなければ、我々は本当に信じてよいことが何であるかを知ることができない。 在日常生活当中,我们想象很多事物是真切的,经过仔细地观察, 它们当中却充满了如此明显的矛盾之处,以至于只有通过大量的思考才能使我们懂得我们所信为何物。 In the search for certainty, it is natural to begin with our present experiences, and in some sense, no doubt, knowledge is to be derived from them. 物事の確実性を探求するには、我々の現在のその経験から始めるのが自然であり、そして、ある意味では、疑いもなく知識はそこから得られる。 在对于确切性的探求当中,我们自然要从我们的既有经验入手。在某种意义上,毫无疑问,我们要从此获得知识。 But any statement as to what it is that our immediate experiences make us know is very likely to be wrong. しかし、我々の直接の経験が我々に教えてくれることがなんであるかについてのいかなる言説も間違いである可能性が非常に高い。 但是,任何关于我们的直接经历使我们了解事物的说法都很可能是错误的。 It seems to me that I am now sitting in a chair, at a table of a certain shape, on which I see sheets of paper with writing or print. 今、私がある形をしたテーブルの椅子に座っており、そのテーブルの上には、何かが書かれた、または、印字された数枚の紙があるのを見ているとしよう。 或许看起来我此刻坐在一张椅子上,在一张特定形状的桌子前,上面有几张写着或者是印着的字的纸。 By turning my head I see out of the window buildings and clouds and the sun. 振り向くと、窓から建物、雲そして太陽が見える(としよう)。 我转过头去看向窗外,看到有建筑物,云和太阳。

    39 min

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leonradio われらの哲学 ラッセル(Russell)哲学研究会メンバー 松尾欣治(会長)王前 冯宪中 张红  福留邦浩(2021年2月3日~) 楠元純一郎 尹乐(レオー)  オープニングソング「水魚の交わり(魚水情)」 エンディングソング「バイオバイオバイオ(遺伝子の舟)」 作詞作曲 楠元純一郎 編曲 山之内馨  会長 松尾欣治: 新型コロナウイルス(covid-19)が世界中で猛威をふるう最中に、わたしたちの「Society基盤教育Pandora」は発足しました。  今は、“Stay home !”。感染拡大を防ぐために学校、大学にも行くことができません。いったい、どうしたらいいのでしょうか?  日本では教育の改革が進み、この4月からは、小学校でも英語教育が始まることになっていました。出鼻をくじかれ、学校は休校となってしまいました。  なぜ、小学校から英語教育なのか?  いままでは、中学校から学び始めましたが、中学校、高校、大学でも英語を学びながら、生徒、学生は英語が苦手の人が、ほとんどです。卒業して社会人になっても英語の苦手意識は消えません。  英語にかぎらず語学教育は、早期教育が大事で、中学校からでは遅いのではないか。そこに原因を求めるならば、小学校から英語教育を開始すれば、英語を苦手とする生徒、学生は減るでしょう。  この推論は間違っています。この苦手意識は、英語ばかりではなく、数学、歴史、国語、得意科目以外にも働いて、勉強嫌いを増やし、楽しいはずの学校が行くのさえツラい場所になっている、そういう児童、生徒も多い。語学の早期教育では、この問題は解決しないのです。  この問題を解決するもの、それがこの「Society 5.0 基盤教育Pandora」なのです。この「Society 5.0基盤教育Pandora」は小学校の高学年から参加可能です。いや、参加していただきたい。哲学なんで苦手、というお母さんにも参加していただきたい。  いまや、中国語、英語、日本語の三つの言葉は、できないでは済まなくなりつつあります。すると、否応なく、この「Society 5.0基盤教育Pandora」になります。  ラッセルの『哲学の諸問題』の英語は、受験英語の最高峰とも言われています。その章立て、構成も見事です。数学者としても卓越した才能の持ち主ですが、文章家としても優れていて、その才能はノーベル文学賞に輝いています。  わたしたちの「Society 5.0基盤教育Pandora」が、ラッセルの『哲学の諸問題』を選んだのは、そのためです。百年前、北京大学がラッセルを招聘したのも、そういうことだったのではないでしょうか。  日本では、学習指導要領が改訂され、この4月から小学校でも英語教育が始まりました。今回の改訂は従来の暗記型教育から思考型へと転換し、主体的、対話的な深い学びを目指しています。  ラッセルの『哲学の諸問題』には暗記すべきことがなく、問題が、なぜ問題なのか?を明らかにしつつ、次の問題へと続き展開します。暗記力ではなく、思考力が働いて、物事の大事な奥深いところには何があるのか、またはないのか?こういう問題を論理的に考える。すると、どういうことが起こるのでしょうか?日本の教育では未知の世界です。  さあ、その未知の世界への扉を開けて、みんなで思考の世界で遊びましょう!