蜘蛛と箒企画「日々美術」

蜘蛛と箒

蜘蛛と箒企画「日々美術」は、石川卓磨(美術家、美術批評家)、沢山遼(美術批評家)、渡辺泰子(美術作家)がゆるくおしゃべりする番組です。

  1. 4d ago

    #51 水平と垂直について

    蜘蛛と箒企画「日々美術」は、石川卓磨(美術家・美術批評家)、沢山遼(美術批評家)、渡辺泰子(美術作家)の3人が、美術を中心としたあれこれの話を、気軽に自由にしてみるという番組です。今回のテーマは「水平と垂直」です。バックミンスター・フラーは直交座標を批判し、宇宙は垂直にも水平にも働いていないと言いました。水平と垂直は、美術における形式的な問題であるだけでなく、人間の身体や思想、テクノロジー、そして政治とも深く結びついています。その二項対立を自明のものとして語ることへの問い直しから、ではその先に何があるのかへ。重力との関係をいかに捉えるかは、美術の問題であると同時に、私たちがどのように世界を生きるかという問いでもあります。石川・沢山・渡辺の三人が語り合います。 バックミンスター・フラーが嫌った直交座標死ぬと人は横たわる地面の痕跡を、なぜ壁にかけるのか重力を忘れた無重力と、重力との均衡から生まれる無重力 キーワード 人名 バックミンスター・フラー(1895–1983)アメリカの建築家・思想家・発明家・未来学者。球面三角形を基本単位とするジオデシック・ドームの設計で知られる。直交座標系に基づく従来の設計思想を批判し、自然の幾何学的原理に基づく全方位的な空間設計を追求した。「宇宙船地球号」という概念の提唱者としても知られる。 コンスタンチン・ツィオルコフスキー(1857–1935)ロシアの科学者・宇宙航行学の先駆者。独学で数学・物理学・天文学を修め、1903年にロケット推進の基礎理論を発表。宇宙を「自由空間」と呼び、地球の重力的・社会的制約からの解放として宇宙移住の思想を展開した。ソ連の宇宙開発の理論的礎を築いた人物として「宇宙航行学の父」と称される。 クレメント・グリーンバーグ(1909–1994) アメリカの美術批評家。抽象表現主義およびカラーフィールド絵画の擁護者として知られ、絵画の平面性・視覚的純粋性を重視するフォーマリズム批評を確立した。その視覚中心主義的な立場は後のポスト構造主義批評から「垂直的な視覚性」として批判的に位置づけられた。 ロザリンド・クラウス(1940–) アメリカの美術批評家・理論家。コロンビア大学教授。美術批評誌『October』の共同創刊者。主著『アヴァンギャルドのオリジナリティ』(1985)でモダニズム神話を批判的に解体した。グリーンバーグ的な垂直性・視覚中心主義に対し、水平性・物質性・身体性を重視するポストモダン的批評の立場を確立した。 専門用語 メルカトル図法(Mercator projection)16世紀のフラマン人地図製作者ゲラルドゥス・メルカトルが1569年に考案した地図投影法。経線と緯線が直角に交わるため航海に便利だが、高緯度地域の面積が著しく拡大されるという歪みを持つ。球体を平面の直交座標系に変換することの限界を示す典型例とされる。 直交座標系(Cartesian coordinate system) 互いに直角に交わる座標軸によって空間を記述する数学的体系。17世紀のルネ・デカルトに由来する。都市計画・地図・建築など近代的な空間把握の基礎をなすが、フラーはこれが球体としての地球や宇宙の実際の構造と合致しないと批判した。 ※本番組で述べられる意見は、個人の経験、情報、または研究に基づくものです。他の人と異なる場合があり、個別の状況によっては適用されない可能性があります。個人的な意見を尊重していただけると幸いです。 ロゴ:岡田和奈佳 ジングル:高木生 Website: ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠http://kumotohouki.net/⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠ Instagram: ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://www.instagram.com/kumotohouki/⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠ Twitter: ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://twitter.com/kumotohouki⁠

  2. Sep 6

    #50 夜の消失と解放の狭間で

    蜘蛛と箒企画「日々美術」は、石川卓磨(美術家・美術批評家)、沢山遼(美術批評家)、渡辺泰子(美術作家)の3人が、美術を中心としたあれこれの話を、気軽に自由にしてみるという番組です。今回のテーマは「夜」です。カラヴァッジョやラ・トゥールの蝋燭画から、裁判沙汰にまでなったホイッスラーの夜景、ガス灯の下で描かれたゴッホの色彩、そしてブルース・ナウマンのネオンまで、美術は繰り返し夜を描いてきました。一方で、どんな暗さでも鮮明に写してしまうカメラを手にした私たちは、夜そのものを失いつつあるのかもしれません。光こそが絵画を成り立たせるのだとしたら、視覚が奪われる夜になぜ豊かさがあるのか。闇のなかで人が見るのは暗闇ではなく満天の星だとしたら、それは何を意味するのか。そして夜を歩くことは、誰にとっても等しく自由ではありえないのではないか。石川・沢山・渡辺の三人が語り合います。 内容 美術史のなかの夜──カラヴァッジョからブルース・ナウマンまで視覚を奪う夜、視覚を開く夜満天の星と、正気の境界夜道のジェンダー解放としての暗闇キーワード 人物 カラヴァッジョ(1571–1610)イタリアの画家。強い明暗対比によって闇のなかから人物を浮かび上がらせる手法で、以後の夜の絵画の起点となる。ラ・トゥールもその系譜に位置づけられる。冒頭でラ・トゥール、レンブラントと並べて挙げられる。 フランシスコ・デ・ゴヤ(1746–1828)《理性の眠りは怪物を生む》(『ロス・カプリチョス』1797–99年の43番)。夜と理性の眠りを結びつけた図像として、ルドンやシュルレアリスムから遡って参照される。 ジェームズ・マクニール・ホイッスラー(1834–1903)《黒と金色のノクターン──落下する花火》(1875年頃、デトロイト美術館)。1877年の出品にラスキンが激しい非難を加え、翌1878年に名誉毀損訴訟。夜を風景として、ほとんど抽象的に描くことの危うさを象徴するエピソード。 オディロン・ルドン(1840–1916)印象派を、可視的な現実世界の枠内にとどまっていると批判した側。長く黒だけで制作し、晩年に色彩へ転じる。目を閉じたときにこそ知覚が立ち上がるという立場が、この回の対立軸の一方をなす。 フィンセント・ファン・ゴッホ(1853–1890)1888年アルル期の夜の場面(《夜のカフェ》《夜のカフェテラス》《ローヌ川の星月夜》)と、1889年の《星月夜》。夜が黒ではなく色彩に満ちうることを示した転換点として。 熊谷守一(1880–1977)《轢死》(1909年)。列車に飛び込んだ女性を暗い画面に描いた作品で、経年変化により現在は識別しにくい。同時期の《蝋燭》(1909年)とあわせ、暗闇のなかで対象がどう見えるかを研究していた時期の作。夜型の生活を送った画家。 シンディ・シャーマン(1954–)《アンタイトルド・フィルム・スティル #54》(1980年)。夜の路上で警戒するように佇む女性像が、遊歩とジェンダーの主題に接続される。シリーズ《アンタイトルド・フィルム・スティルズ》は1977–80年制作。 書籍・作品 ジョナサン・クレーリー『24/7 眠らない社会』原著2013年、石谷治寛訳・岡田温司監訳、NTT出版、2015年。資本主義が最後の可処分時間である睡眠を侵食していく過程を論じる。 レベッカ・ソルニット『ウォークス 歩くことの精神史』原著 Wanderlust: A History of Walking、2000年、東辻賢治郎訳、左右社、2017年。歩行の文化史。自由に歩けることが誰にとっても等しくは成立しないという指摘が、この回の後半を支える。 アイザック・アシモフ「夜来たる」(1941年)6重太陽の惑星ラガッシュに、2049年ごとの日食で夜が訪れる。人々が見るのは闇ではなく満天の星。エマソン『自然』の一節から着想された。 ※本番組で述べられる意見は、個人の経験、情報、または研究に基づくものです。他の人と異なる場合があり、個別の状況によっては適用されない可能性があります。個人的な意見を尊重していただけると幸いです。 ロゴ:岡田和奈佳 ジングル:高木生 Website: ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠http://kumotohouki.net/⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠ Instagram: ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://www.instagram.com/kumotohouki/⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠ Twitter: ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://twitter.com/kumotohouki⁠

  3. Aug 6

    #49 遊歩者のなかの探偵

    蜘蛛と箒企画「日々美術」は、石川卓磨(美術家・美術批評家)、沢山遼(美術批評家)、渡辺泰子(美術作家)の3人が、美術を中心としたあれこれの話を、気軽に自由にしてみるという番組です。今回のテーマは「遊歩」です。3人での初のロケ収録として、雨上がりの井の頭公園から玉川上水まで、実際に歩きながら語り合いました。ベンヤミンが『パサージュ論』に記したように、遊歩者のなかにはあらかじめ探偵が潜んでいます。目的を持たずにぶらぶら歩くことと、手がかりが次の手がかりを呼び寄せていくこと。事件ですらないものを事件として立ち上げる探偵の眼差しは、細部にこそ情報を見出す批評の営みとどう重なるのか。街に殺到するアテンションから解放されるとはどういうことか。印象派からデ・キリコ、そしてリミナルスペースへと連なる「夢のような都市」の系譜とは何か。セミの声と水音を背景に、石川・沢山・渡辺の三人が遊歩しながら遊歩について語ります。 内容 ベンヤミン『パサージュ論』を持って井の頭公園へ探偵の眼差しと批評の役割夢としての都市と目的なき歩行無人の風景と異世界への迷い込み ※本番組で述べられる意見は、個人の経験、情報、または研究に基づくものです。他の人と異なる場合があり、個別の状況によっては適用されない可能性があります。個人的な意見を尊重していただけると幸いです。 ロゴ:岡田和奈佳 ジングル:高木生 Website: ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠http://kumotohouki.net/⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠ Instagram: ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://www.instagram.com/kumotohouki/⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠ Twitter: ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://twitter.com/kumotohouki⁠

  4. Jul 19

    #48 散歩しながら「学習された主観」について話してみた

    蜘蛛と箒企画「日々美術」は、石川卓磨(美術家・美術批評家)、沢山遼(美術批評家)、渡辺泰子(美術作家)の3人が、美術を中心としたあれこれの話を、気軽に自由にしてみるという番組です。今回は、石川が初の屋外での収録を実験的に行いました。「学習された主観」をテーマにして、街を歩きながら話をしています。 内容 感覚はいかに文化によって構築されるか道具が主観と身体を変形させる美術がなぜ造形を手放してはならないか ※本番組で述べられる意見は、個人の経験、情報、または研究に基づくものです。他の人と異なる場合があり、個別の状況によっては適用されない可能性があります。個人的な意見を尊重していただけると幸いです。 ロゴ:岡田和奈佳 ジングル:高木生 Website: ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠http://kumotohouki.net/⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠ Instagram: ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://www.instagram.com/kumotohouki/⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠ Twitter: ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://twitter.com/kumotohouki

  5. Jul 8

    #47 レイヤーについて

    蜘蛛と箒企画「日々美術」は、石川卓磨(美術家・美術批評家)、沢山遼(美術批評家)、渡辺泰子(美術作家)の3人が、美術を中心としたあれこれの話を、気軽に自由にしてみるという番組です。今回のテーマは「レイヤー」です。絵画の層構造から、メガネのレンズ、地層、料理のプロセスまで、あらゆるところにレイヤーは存在しています。Photoshop的な整理されたレイヤーと、絵画における錯綜したレイヤーはどう違うのか。扱う素材が作家の思考を形づくるとはどういうことか。そしてリヒターが「消す」ことの危うさとは何か。光はレイヤーの向こうにあるのか、それとも内側から生まれるのか。石川・沢山・渡辺の三人が語り合います。 内容 メガネをかけることもレイヤーである素材が作家を彫刻するPhotoshop的なレイヤーでは絵画は作れないゲルハルト・リヒターの「消す」行為光はレイヤーの向こうにあるのか、内側から生まれるのか ※本番組で述べられる意見は、個人の経験、情報、または研究に基づくものです。他の人と異なる場合があり、個別の状況によっては適用されない可能性があります。個人的な意見を尊重していただけると幸いです。 ロゴ:岡田和奈佳 ジングル:高木生 Website: ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠http://kumotohouki.net/⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠ Instagram: ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://www.instagram.com/kumotohouki/⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠ Twitter: ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://twitter.com/kumotohouki

  6. Jun 9

    #46 これからの「労働の喜び」について考えてみた

    蜘蛛と箒企画「日々美術」は、石川卓磨(美術家・美術批評家)、沢山遼(美術批評家)、渡辺泰子(美術作家)の3人が、美術を中心としたあれこれの話を、気軽に自由にしてみるという番組です。今回の収録では、「これからの『労働の喜び』」をテーマに3人で話し合いました。 内容 モリスの「労働の喜び」とAI時代の働くこと手間と実感——テクノロジーが奪うもの鼻歌・雑談・限界芸術——生産に回収されない行為の価値SNS・民主主義・芸術的抵抗——技術の時代を生き延びる キーワード ウィリアム・モリス(1834–1896) イギリスの織物デザイナー・詩人・芸術家・作家・社会主義活動家。アーツ・アンド・クラフツ運動の中心人物。 ハンナ・アーレント(1906–1975) ドイツ出身のアメリカの政治哲学者・思想家。20世紀で最も影響力のある政治理論家の一人。 鶴見俊輔(1922–2015) 日本の哲学者・評論家・政治運動家・大衆文化研究者。 限界芸術 鶴見俊輔が1956年に提唱した概念。専門家による「純粋芸術」、専門家がつくり大衆が消費する「大衆芸術」に対し、非専門家によってつくられ非専門家が享受する芸術を指す。落書き・鼻歌・祭り・デモなど日常の表現行為全般が含まれ、生活と芸術が重なり合う領域として定義される。 アーツ・アンド・クラフツ運動 19世紀後半にイギリスで興った芸術・デザイン運動。モリスらが主導し、工場大量生産への対抗として手工芸の美的・社会的価値を訴えた。その思想は後のバウハウスや民藝運動にも影響を与えた。 レイバー/ワーク/アクション アーレントによる活動の三区分。レイバー(労働)は生存のための反復的な営み、ワーク(仕事)は永続する作品を生みだす制作、アクション(活動)は他者との関係の中で生まれる政治的・社会的行為を指す。 ※本番組で述べられる意見は、個人の経験、情報、または研究に基づくものです。他の人と異なる場合があり、個別の状況によっては適用されない可能性があります。個人的な意見を尊重していただけると幸いです。 ロゴ:岡田和奈佳 ジングル:高木生 Website: ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠http://kumotohouki.net/⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠ Instagram: ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://www.instagram.com/kumotohouki/⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠ Twitter: ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://twitter.com/kumotohouki

  7. Apr 21

    #44 【公開収録】公開制作をめぐって議論してみる in 府中市美術館(後編)

    蜘蛛と箒企画「日々美術」は、石川卓磨(美術家・美術批評家)、沢山遼(美術批評家)、渡辺泰子(美術作家)の3人が、美術を中心としたあれこれの話を、気軽に自由にしてみるという番組です。今回は、府中市美術館で開催中の「公開制作94 石川卓磨|記述の記述」(2025.12.20—2026.5.10)に際して、美術館内の公開制作室にて、公開収録を2026年2月28日に行いました。収録では「公開制作をめぐって議論してみる」をテーマに、3人と公開制作の担当学芸員である神山亮子さんをお招きして、話し合いました。 内容 制作の速度と時間設計「作品の写真」か「写真の作品」か写真がフラット化する時間、物が内蔵する時間スミッソンとアルバース——場所性と複数化公開制作が開く、想定外の問いと流れる時間 リンク ⁠府中市美術館「公開制作94 石川卓磨|記述の記述」⁠ ※本番組で述べられる意見は、個人の経験、情報、または研究に基づくものです。他の人と異なる場合があり、個別の状況によっては適用されない可能性があります。個人的な意見を尊重していただけると幸いです。 ロゴ:岡田和奈佳 ジングル:高木生 Website: ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠http://kumotohouki.net/⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠ Instagram: ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://www.instagram.com/kumotohouki/⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠ Twitter: ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://twitter.com/kumotohouki

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