Sudo & Yoshida's Scrap Talking

海01

東京の片隅で働くサラリーマン、スドウとヨシダ。 中高の同級生として多感な時期を共に過ごした二人が、30歳という「何者かにならなきゃいけない気がするけど、結局何にもなれていない」微妙な季節に、日常の端々に溜まった感情のクズ(Scrap)を拾い集めては、とりとめもなく語り合うポッドキャストです。

  1. Oct 12

    我々は宇宙人

    『我々は宇宙人』の衝撃 / 翼と暁太郎、どちらにもある自分の姿 / 誰も悪くないのに取り返しがつかなくなる人間関係 / コラショの時計とポケモンパン、平成初期の記憶 / 夏休みの床の冷たさまで再現する圧倒的な描写力 / 同じ出来事が視点によって違って見える多層的な物語 / ノスタルジーは甘美だけど、過去に戻ることは肯定しない / 『我々は宇宙人』の衝撃 / 翼と行太郎、どちらにもある自分の姿 / 誰も悪くないのに取り返しがつかなくなる人間関係 / コラショの時計とポケモンパン、平成初期の記憶 / 夏休みの床の冷たさまで再現する圧倒的な描写力 / 同じ出来事が視点によって違って見える多層的な物語 / ノスタルジーは甘美だけど、過去に戻ることは肯定しない / 暁太郎はどうやって過去への執着から抜け出したのか / 言葉にできたとき、人は少し救われるのかもしれない / 宮崎駿と高畑勲、新海誠と門脇監督 / 夢を見せる映画と現実を直視させる映画 / 新海誠作品が喚起する東京への憧れと新生活のワクワク感 / 芸術性と大衆性は両立できるのか / 映画を2000円で見られることの奇跡と制作費の重さ / クラウドファンディングは作り手と観客の関係を結び直すのか / バタ山タイプだった俺たちと、忘れられない小学生時代 / テレビとNHK教育、がんこちゃん、ニャッキ、カペリート / 平成レトロが商品になる時代 / あの頃は楽しかったけど、別に戻りたいわけじゃない / それでももう一度『我々は宇宙人』を見たい

  2. Jul 19

    僕らはなぜ思い出に勝てないのか

    直近3ヶ月の虚無と、旅による脳の覚醒 (4月からのメンタル不調と仕事の虚無感 / 同じルートの往復から脱出して大阪・京都へ行ったら、脳の硬直が少し戻ってきた話) / 肉体ハックと、京都サウナの圧倒的開放感 (筋トレによる血流とRPG的成長感 / 意識を精神から肉体へ移す効果 / 祇園のサウナの屋上、大雨の中で全裸でタバコを吸ったベトナム戦争ばりの圧倒的自由) / 東京駅の「大人帝国地獄巡り」と、思い出の呪縛 (ジブリのリバイバル、ポケモン、ハリポタ、NHKショップ / 僕たちは全く新しいものではなく、過去の思い出だけで消費していないかという恐怖) / 「拙者オタクではござらん」コピペの文学性と、冷笑の終わり (改めて履修した『涼宮ハルヒの憂鬱』と当時の秋葉原の熱量 / 「チキサム」コピペに見る、他人の「ガチの感情」が持つおもしろさと羨ましさ) / スマホ脳への逆襲と、機能が1つしかない道具たち (SNSのドーパミンで低下する集中力 / 邪念を排した「紙の本」の密度 / iPod miniやカセットプレイヤーなど、不便で愛おしいガジェットへの憧れ) / あの夏の「プールの石拾い」と「ビール瓶のカルピス」 (プールの最後に先生がバラまいたキラキラのゴムボールの記憶 / クーラーの効いたバスの気怠さとお中元のカルピス / 「思い出に勝てない」という僕らの課題) / 10年代ロックの青春と、現代のトンチキ音楽市場 (「EXILE・AKB・4つ打ち」の10年代メインストリームと、路地裏のロキノン系青春論 / おしゃれトレンドを経て「トンチキ・ドーパミン系」へ先祖返りした現代の異常市場のおもしろさ)

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東京の片隅で働くサラリーマン、スドウとヨシダ。 中高の同級生として多感な時期を共に過ごした二人が、30歳という「何者かにならなきゃいけない気がするけど、結局何にもなれていない」微妙な季節に、日常の端々に溜まった感情のクズ(Scrap)を拾い集めては、とりとめもなく語り合うポッドキャストです。

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