AKAとAO/酒羅場の社会デザイン学

AKA-AO studio

富山県射水市にある漁師町、新湊内川沿いにある築100年を超える古民家に住む夫婦は、毎日のように酒を飲みながら、デザインのこと、世間のこと、世界のことを語り合う番組。二人はそれぞれ異なる会社を経営していて、その修行のような毎日からあふれ出す思いを話題にボッドキャストで配信しています。 夫の博之は広島出身。東京の美大でデザインを勉強したのち、まちづくりのコンサル会社へ就職。妻のあおいは、東京の大学で文学を学びつつ自分でデザインや写真などを独学で学び、そして夫と同じ会社へ就職。ふたりとも、全国の過疎地と言われる地域を飛び回り、仕事そして、地元の人たちとの交流を通じて色々な経験をしてきました。 いつしか、地方に根を張り、自分たちが住む地域で自分たち流の活動をしたい、デザインの力で小さな活動、小さな点づくりから始めたいと思うようになりました。夫婦それぞれにデザイン・クリエイティブを提供できる会社を立ち上げました。毎晩、今日の出来事や仕事で思うことを語り合うのが日課ですが、せっかくだったらこの会話を配信してみることにしました。 博之の仕事:社会課題を解決するデザイン、建築空間デザイン・プロデュース、ホテル経営、空き家のリノベに関わること色々 あおいの仕事:グラフィックデザイン、紙ものデザイン、カフェ経営

  1. Apr 23

    仮称「平成の働き方」?

    今回の配信は、「平成の働き方」をテーマに、僕たちが社会に飛び出したばかりの頃を振り返ってみました。 私たちの恩師であり、当時の社長、地域交流センターを立ち上げた田中栄治さん。 「道の駅」の生みの親の一人としても知られる方です。 当時48歳だった田中さんのことを、20代だった私たちは「完全におじいさんだ」なんて思っていました(笑)。 でも、いざ自分がその年齢に近づいてみると、田中さんのバイタリティや、あの頃の「遊び」のある仕事のスタイルが、いかに凄かったかを痛感します。 今のように法律やコンプライアンスが厳しくなかった時代、地方出張をはじめ、「研修」という名目で自由に出張させてもらえた背景には、田中さんの放任」という名の大きな器がありました。 「若いうちは、あえて時間をかけて泥臭く働くことでしか見えない景色がある」 「リモート中心の今の若い世代に、僕らはどうやって成長の場を作っていけるだろう? そんな問いが次々と溢れてきた収録でした。 時代は変わっても、恩師から受け継いだ「見守る姿勢」を大切にしたい。 経営者となった今の視点で、当時の熱量を振り返る僕たちの「仕事論」、ぜひ最後まで聴いてみてください。

    37 min
  2. Apr 16

    受け取り側リテラシー

    今回のエピソードでは、地方や様々な組織から講師・ファシリテーターとして招かれる機会の多い二人が、現場で実際に感じた違和感をもとに「主催者側のリテラシー」というテーマを深く掘り下げます。 物語は、講師として懸命にメッセージを伝えても、主催者側がただルーティンとして処理するだけの姿勢に直面した苦い経験から始まります。二人は、単に有名な人を呼ぶことや予算を消化することが目的になってしまっている現状を指摘し、本来あるべき「場の設計(デザイン)」について熱く語り合います。主催者には、自分たちの地域や組織がどのような課題を抱え、参加者に何を持ち帰ってほしいのかという明確なゴールを描く能力が求められており、それこそが「受け取り側のリテラシー」の本質であると説いています。 また、講師を単なる「ノウハウの提供者」として消費するのではなく、主催者自身がその講師を深く理解し、当日の運営でいかに魅力を引き出すかというフォロースルーの重要性にも触れています。たとえ事務的なスキルが未熟であっても、特定の講師に対して「どうしてもこの人に頼みたい」という強い熱量を持っていることは、それ自体が高度なリテラシーとなり得ます。 最終的に、講師にすべてを丸投げするのではなく、主催者が主体となって事務局自身をもアップデートしていく姿勢こそが、結果として参加者の満足度を高め、価値ある場を生み出す鍵になるという結論に至ります。地域づくりやイベント企画に携わるすべての人に、自分たちの「呼ぶ力」を問い直させる、鋭くも愛のある対話です。

    35 min
  3. Feb 1

    駅前はどうあるべきか。

    久しぶりの配信。今回は、日曜夕方の富山駅周辺を歩いたときに感じた「人の少なさ」から、富山の観光導線や駅前空間の使われ方について話します。 富山市は街並みが整い、駅前も開発され、トラムも走る“コンパクトシティ”と言われる一方で、「歩いている人が少ない」という感覚がある。自分たちの見た一日の切り取りかもしれない——そんな前提を置きつつも、過去に他地域の人から「きれいだけど、なぜこんなに歩いていないのか不思議」と言われた体験も思い出し、改めてその違和感を掘り下げます。 話題は「駅の役割」へ。昔は駅や宿場が“情報と出会いの起点”として機能していたけれど、今はネットで事前に調べて目的地へ直行する時代。ハブは必要でも、ハブ自体が目的地になりにくい。だからこそ、降り立った瞬間に「ここに来た」と感じられる“プレゼンテーションの場”が駅に必要なのでは、という問題意識を語ります。 観光案内所やパンフレット配置の話も具体的に。富山駅は案内が「通路の一角」にまとまっていて、改札を出た直後に自然と情報が入ってくる構造になりにくい。一方で、新高岡駅はパンフレットが揃っていて“西部のハブ”としての意志を感じる部分もある——ただ、実際のツアー企画(観光庁のガストロノミーツーリズム関連)では、有識者から「集合場所としてウェルカム感がない」「なぜここなのか分からない」と厳しく指摘された経験もあり、富山駅も含めて“入口づくり”の弱さを痛感した、という反省も共有します。 「富山県民が思うほど、富山は知られていない」。だからこそ、立山連峰や“高低差4000m”といった富山らしい特徴を、到着直後に直感で理解できる形で見せること、あるいは「富山=寿司/酒」など、まず一発で伝わる象徴的な体験を置くことが大事ではないか。福井の恐竜、金沢の象徴的な駅の演出などを例にしながら、駅に必要なのは「全部説明すること」ではなく、まず“だめ押し”級に分かりやすい入口を作ることだ、という結論に近づいていきます。 後半では、駅前に人が歩かない理由は「駅の外に出たくなる魅力(見える目的地)が少ない」こととも繋がっているのでは、という話に。駅を出た先に、寿司屋、工芸、面白そうな繁華街など“歩きたくなる気配”が見えないと、人は通過してしまう。だから行政やJRだけの話ではなく、企業や地域の担い手も含めた「集合体」として、駅前の賑わいをつくる意識が必要なのでは、と議論します。 最後は「自分たちにできること」に着地。富山駅では駅ナカイベントが実際に頻繁に行われていて、ブックフェアや物販など、到着時のウェルカム感や偶然の出会いを生む力がある。大規模なハード整備ではなく、今ある空間を活用しながら、イベントという手段で“駅を目的地に近づける”可能性を探ります。 富山駅、そして地方都市の駅はこれからどうあるべきか。雑談のようでいて、観光導線と入口設計の話をかなり真面目にしています。

    31 min
  4. 10/04/2025

    地元の曳山祭り、切り込み談義

    富山県射水市新湊の曳山祭りは、13基の曳山が細い道路と町家の間を進むことで、街全体が舞台装置となる独自の美しさを生む。移住のきっかけにもなったこの祭りは、年々体験が深まり“暮らしと重なる行事”として価値を増している。一方で、町並みの変化や観光化により本来の魅力が伝わりにくくなっており、地域側が「見方」を提示する必要性が語られる。曳山を入り口に、街並み保存や文化の重要性を伝えたいという思いが貫かれている。 1.曳山祭りの規模と特徴 10月1日に行われる新湊曳山祭りは、13基の大きな曳山が一日かけて町を巡る壮大な行事。細い道路を通る迫力が特徴で、地域の暮らしと切り離せない秋祭りとして存在している。 2.移住のきっかけとしての祭り 内川の景観と曳山祭りの存在が移住の原点になった。関わるほど祭りの魅力が深まり、今では自分たちの暮らしや仕事の基盤になるほど大きな意味を持つ行事として位置づけられている。 3.「繋がる」という参加の意味 曳山を押す・曲げるなどの物理的参加を「繋がる」と表現し、見るだけでは得られない関わり方と語られる。一方で女性は伝統的に距離があり、複雑な参加意識も残っている。 4.町並みが生む「舞台装置」の美 古い町家が道路際に並ぶ街並みと巨大な曳山が一体となり、美しい風景をつくる。特に夜の提灯山は圧巻で、建物と曳山の関係性こそ祭りの魅力の核心だと位置づけられている。 5.まち並み喪失への危機感 セットバック住宅や空き地増加により、町並みが崩れる懸念が語られる。曽ての景観が失われれば、曳山の見え方も大きく変わり、祭りの本質的魅力が損なわれると強い危機感が示される。 6.犬山の元市長の言葉が示す「街とセット」の価値 屋台を大都市で披露すると魅力が薄れたという経験が紹介され、曳山は街並みとセットで価値が最大化すると示される。美しさが弱まった瞬間は、街並みの危機の兆候であるとも指摘される。 7.観光化と「見所ポイント」への違和感 有料観覧席やパンフレットの「見所」だけでは、祭りの魅力のごく一部しか伝わらないと批判。曳山は自ら歩き回って出会うからこそ感動が生まれるという原体験の重要性が語られる。 8.ご祝儀文化と“内側の体験” ご祝儀やちんちこ返しなど、住民だけが味わえる“内側の体験”が語られる。これは観光客が無理に理解すべきものではなく、地域に生きる人々の楽しみとして大切にされるべき層とされる。 9.見方の提示が不足している 初心者が祭りを楽しむには「どこで何を見ると良いか」という見方の提示が必要だが、地域側の説明が不足していると自己批評。魅力の連続性をどう伝えるかが今後の課題とされる。 10.記憶が積み重なることで深まる祭り 毎年の体験が積層し、一つのシーンが映画のように胸に刻まれると語られる。曳山祭りは単なる年中行事ではなく、個人の時間と感情が重なって深まっていく“人生の祭り”として捉えられている。 11.SNSと映画『人生の約束』の影響 住民によるSNS発信が祭りの魅力を広げ、映画『人生の約束』が外部からの関心を大きく高めた。映像表現を通じて、地元の人自身も新たな魅力を再発見する効果が生まれている。 12.祭りを入口に文化の価値を伝えたい 曳山祭りの「街が舞台装置になる」という事実を入口に、街並み保存や文化の価値を共有したいという意図が語られる。祭りは共通言語として機能し、文化の重要性を伝える手段になると期待されている。

    33 min
  5. 08/05/2025

    考えるって、素晴らしい。

    こんなタイトルで良いのか? 内容は、クリエイティブの源泉と制約の重要性とでも言いましょうか? 創造の楽しさは分野を問わず、何かを作り出すこと、考え続けることに楽しさを見出す。 * 個人のテーマ: 建築、グラフィック、映像など手段は異なれど、何を表現したいのかというテーマが重要。 * 写真家の視点: 現代は誰もが写真家である時代。何を表現するのかという視点が重要であり、単なる技術や流行に留まらないテーマを持つことの重要性。 * 独自のモチベーション: 捨てられるもの、忘れ去られるものに価値を見出すことにモチベーションを感じる。 * ゴミの価値: 価値がないとみなされるものに可能性を見出し、新たな価値を創造することに喜びを感じる。 サプライズと意外性的な話。 * 意外性の追求: あらゆるものを意外性で切り取り、驚きを与えることへの欲求。 * カウンターカルチャー: 常に逆張りでいたいという天邪鬼な欲求。 * 制約の重要性: 無限の自由よりも制約がある方がクリエイティブな発想が生まれる。 * 捉え方: 捉え方を変えることで、ままならない状況をクリエイティブに転換できる。 * 出た!ライフハック: 常にライフハックすることで、どんな状況でも楽しめる。 仕様書と発注リテラシーなど。 * 発注リテラシー: 課題設定が明確で、能力を発揮できるステージを提供できる人が発注リテラシーの高い人。 * 仕様書の重要性: 良い仕事をするためには、しっかりした仕様書や制約が必要。 * 仕様書作成のクリエイティビティ: どんな人が応募してくれるか、どんな提案をしてくれるかを想像し、提案しやすい設定をすることが重要。 * 前例踏襲の弊害: 前例踏襲による非クリエイティブな仕様書は、創造性を阻害する。 消費者と生産者の融合。 * 社会のニーズ: 社会で求められているものだけでなく、本当に欲しいものを認識することが重要。 * 研究開発者: サービスを享受する側が、同時に研究開発者であるべき。 * 飽くなき探求: 飽きるまで考え続けられる人が強い。 * 消費者と生産者: 消費者であり、生産者であることが重要。 結論…。 * 明確な結論は出ず。

    34 min
  6. 06/15/2025

    10年ひとくぎりで分かったこと

    【AIによる解説】 地域の歴史を深く掘り下げて冊子としてまとめる活動が10年の時を経て完結しました。今回はその振り返りの話題です。 ​ 地域歴史探求の歩み過去10年間に地域の歴史を紐解くプロジェクトが行われ、毎年一冊の冊子が作成されました。この取り組みは地域の商工会議所との連携により、地元の事業者や学芸員とともに行われ、取材やデザイン作業を重ねて進められました。 ​変化する視点時間を経て、自分たちの視点が変わることが重要であると認識され、その変化がプロジェクトに新たな暫定を与えてきました。 例えば、最初はわかりやすさを重視したもの、最終的にはその必要がないことに気づいなかったと受け止められています。 このような変化は、地域の特性や共感を重んじる姿勢を反映しています。 ​ 成果と感謝この10年間の成果を振り返ると、多くの人々と稼いだことが大きな財産となっていることが強調されています。 特に、地域の事業者との協力や、参加者とのインタラクションが、計画をより豊かなものにしていったという点が挙げられます。 その中で、石碑や地域資源の存在が重要であったかが再認識され、ただ存在するものへの新しい見解が提案されました。 ​終わりと新たな視点プロジェクトの終了がギリギリの中で、その「終わり」が持つ意味についても考察されます。 終わることの価値や、次のステップへの意識が語られ、最後に人に焦点を当てたテーマが設定されたことは、プロジェクトの核心的なメッセージを再確認する良い機会とされています。 この10年間の振り返りは、地域への愛着やコミュニティへの感謝の念を新たに、多様な関係性の中での学びを強調するものでした。地域資源の価値を再確認しつつ、次なる展望に向かうことの重要性が感じられました。

    32 min

About

富山県射水市にある漁師町、新湊内川沿いにある築100年を超える古民家に住む夫婦は、毎日のように酒を飲みながら、デザインのこと、世間のこと、世界のことを語り合う番組。二人はそれぞれ異なる会社を経営していて、その修行のような毎日からあふれ出す思いを話題にボッドキャストで配信しています。 夫の博之は広島出身。東京の美大でデザインを勉強したのち、まちづくりのコンサル会社へ就職。妻のあおいは、東京の大学で文学を学びつつ自分でデザインや写真などを独学で学び、そして夫と同じ会社へ就職。ふたりとも、全国の過疎地と言われる地域を飛び回り、仕事そして、地元の人たちとの交流を通じて色々な経験をしてきました。 いつしか、地方に根を張り、自分たちが住む地域で自分たち流の活動をしたい、デザインの力で小さな活動、小さな点づくりから始めたいと思うようになりました。夫婦それぞれにデザイン・クリエイティブを提供できる会社を立ち上げました。毎晩、今日の出来事や仕事で思うことを語り合うのが日課ですが、せっかくだったらこの会話を配信してみることにしました。 博之の仕事:社会課題を解決するデザイン、建築空間デザイン・プロデュース、ホテル経営、空き家のリノベに関わること色々 あおいの仕事:グラフィックデザイン、紙ものデザイン、カフェ経営