白丸@マカミとお城めぐり Castle-Town Hopping with M

白丸

休日はてくてくお城めぐり。「デジタル城下町」の登城記録をつけながら、マカミといっしょにお城散策を楽しんでいます。 登城したお城の残念なこと、魅力的なことを発信していきます。 全国の城下町の歌を作っています。マカミといっしょに城下町を楽しんでいきましょう。 noteのURL: https://note.com/just_tucan4024 stand.fmのURL: https://stand.fm/channels/5fec71301f63b1cf689f90f6 ミレインと歌う城下町の歌 https://hyperfollow.com/miraincastletown Spotify PodcastのURL: https://open.spotify.com/show/3SWhaCECzhbJFwk0QREIsu Apple PodcastのURL: https://podcasts.apple.com/jp/podcast/%E3%83%9E%E3%82%AB%E3%83%9F%E3%81%A8%E3%81%8A%E5%9F%8E%E3%82%81%E3%81%90%E3%82%8A-castle-town-hopping-with-makam/id1825276622 ※noteの記事をもとにAIの音声で配信しますので、読み間違いがあります。ご容赦願います。

  1. Oct 27

    【平安京大内裏】〜碑の先に本当の跡がある、見えない宮殿を歩く〜

    京都の千本丸太町。銀行の前に史跡の碑が立ち、住宅に囲まれた公園があります。ここは、桓武天皇が延暦13年(794年)に定めた平安京の政治の中枢「大内裏(平安宮)」の跡です。 地上に見える遺構は少なく、頼りは石碑と案内板。しかも内野公園の「大極殿遺址」の碑は、実際の大極殿跡から南南東へ約60メートルずれていました。 それでも、昭慶門の歩道表示、豊楽院から造酒司へ続く宴会の区域、承香殿・宜陽殿・一本御書所といった内裏の碑、朱雀門址の碑をたどると、見えない宮殿が少しずつ浮かびます。 最後は京都アスニーの平安京創生館の模型で、歩いた場所をつなぎます。残念と魅力の両面から、見えない宮殿を歩きます。 00:00 オープニング 00:47 歴史① 平安京の北に置かれた「大内裏」 01:14 歴史② 大極殿・豊楽院・内裏 01:38 歴史③ 里内裏へ移り、大内裏は姿を消す 02:24 残念① 宮殿を探しても、日常の町並み 03:06 残念② 大極殿の碑は、本当の真上ではない 04:07 残念③ 似た名前の表示で、全体像がつかめない 04:46 残念④ 石碑の間にも、宮殿は続いていた 05:23 魅力① 大極殿と昭慶門を、柱と回廊で読む 06:15 魅力② 豊楽院から造酒司へ、宴会をたどる 07:06 魅力③ 内裏の碑で、宮中の暮らしを探す 07:56 魅力④ 朱雀門跡で、宮殿から都へ視線を伸ばす 08:40 残念を逆手に取った楽しみ方 09:51 平安京創生館の模型で、歩いた場所をつなぐ 10:39 まとめ 見えない宮殿は、碑の先に ▼元記事(Note連載「残念すぎる日本の名城」第129回) https://note.com/just_tucan4024/n/n3f6af76ec4b4 ※動画内の写真は現地で撮影したものです ※音声はAIで生成しています(VOICEVOX:冥鳴ひまり) ※画面右下のキャラクターは「ミレイン」。生成AIで動かしています ※スライド・動画は自動生成パイプラインで制作しています #平安京大内裏 #大極殿 #平安宮 #平安京 #京都市 #京の城 #残念すぎる日本の名城 #城めぐり --- stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。 https://stand.fm/channels/5fec71301f63b1cf689f90f6

  2. Oct 24

    【花の御所】〜将軍邸は消え、時代の名だけが残った〜

    京都市上京区、室町通と今出川通が交わるあたり。足利義満が築いた「花の御所」は、「室町幕府」という名前のもとになった将軍邸の跡です。 いま歩いても、堀や石垣、門や御殿は見えません。目に入るのは街の建物と、道の角に立つ小さな石碑だけ。その石碑にも、失われた部分と誤記がありました。 それでも、室町通の名は幕府の名につながり、御所八幡町や岡松町といった町名には邸内の記憶が残ります。地下からは義政の時代の庭園が見つかり、同志社大学寒梅館の展示が発掘の成果を伝えています。 石碑、町名、発掘展示を手がかりに、目には見えない歴史の中心を、残念と魅力の両面から歩きます。 00:00 オープニング 00:47 歴史① 義満の「室町殿」から「花の御所」へ 01:46 歴史② 将軍の権威の舞台から、焼け跡、町へ 03:06 残念① 将軍邸なのに、地上に建物が残らない 03:34 残念② 石碑はあるが、見どころは自分で探す 04:06 残念③ 「花の御所」の華やかさを想像しにくい 04:35 残念④ 記念碑にも、失われた部分と誤記がある 05:26 魅力① 「室町幕府」の名が生まれた場所を歩く 06:00 魅力② 地下に眠る、義政の時代の庭園 06:53 魅力③ 寒梅館の展示で、発掘された遺構に会う 07:35 魅力④ 町名に残る、御所の記憶 08:02 大聖寺に立つ「花乃御所」の石碑 08:25 残念を逆手に取った楽しみ方 09:29 少し足をのばして、上御霊神社へ 10:06 まとめ 名前と石と地面の下に、歴史は続く ▼元記事(Note連載「残念すぎる日本の名城」第128回) https://note.com/just_tucan4024/n/n457a5535f5ac ※動画内の写真は現地で撮影したものです ※音声はAIで生成しています(VOICEVOX:冥鳴ひまり) ※画面右下のキャラクターは「ミレイン」。生成AIで動かしています ※スライド・動画は自動生成パイプラインで制作しています #花の御所 #室町殿 #室町幕府 #足利義満 #京都市 #上京区 #京の城 #残念すぎる日本の名城 #城めぐり --- stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。 https://stand.fm/channels/5fec71301f63b1cf689f90f6

  3. Oct 12

    【玄蕃尾城】〜賤ヶ岳は見えない。それでも土塁が楽しい勝家の本陣〜

    福井県敦賀市と滋賀県長浜市の県境にある玄蕃尾城(げんばおじょう)。天正11年(1583年)の賤ヶ岳の戦いで、柴田勝家が本陣を置いた山城です。 現地を歩いても、当時の建物は残っていません。期待していた賤ヶ岳方面の眺めも、木々にさえぎられて見えませんでした。 それでも、しっかり残る土塁、主郭を巡る空堀、虎口と馬出、主郭北東隅の櫓台。土の起伏が、城の形を足元から伝えてくれます。 勝家の本陣から、当時、南の砦は見えていたのか。その疑問を手がかりに、残念と魅力の両面から土の城を歩きます。 00:00 オープニング 00:45 玄蕃尾城の基本情報 01:28 歴史 念入りに造られ、戦わずに残った 02:12 残念① 建物がなく、城の姿は自分で組み立てる 02:56 残念② 賤ヶ岳方面を見たかったのに、見えない 03:36 残念③ 当時、南の砦が見えたかは断定できない 04:43 残念④ 駐車場に着いても、もうひと登り 05:18 魅力① 主郭を囲む、輪郭のはっきりした土塁 05:57 魅力② 土塁と空堀を、一組の仕掛けとして見る 06:41 魅力③ 出入口を守る虎口と馬出 07:22 魅力④ 主郭北東隅の櫓台に、失われた建物を思う 08:05 残念を逆手に取った楽しみ方 09:08 まとめ 見えない戦場の手がかりは、足元に ▼元記事(Note連載「残念すぎる日本の名城」第127回) https://note.com/just_tucan4024/n/n2ad12c13dd49 ※動画内の写真は現地で撮影したものです ※音声はAIで生成しています(VOICEVOX:冥鳴ひまり) ※画面右下のキャラクターは「ミレイン」。生成AIで動かしています ※スライド・動画は自動生成パイプラインで制作しています #玄蕃尾城 #福井県 #敦賀市 #賤ヶ岳の戦い #柴田勝家 #続日本100名城 #デジタル城下町 #残念すぎる日本の名城 #城めぐり --- stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。 https://stand.fm/channels/5fec71301f63b1cf689f90f6

  4. Sep 29

    【淀古城】 〜城は消えても、坂と地名が水の記憶を語る〜

    京都市伏見区の納所(のうそ)。淀古城(よどこじょう)を訪ねても、石垣や土塁はまず見つかりません。 住宅地に囲まれた妙教寺(みょうきょうじ)の境内に、「淀古城址」の石碑が立つばかりです。 ここは豊臣秀吉が側室・茶々の産所とし、鶴松が生まれた城。茶々がのちに「淀殿」と呼ばれる、その名の舞台でした。 けれども足元に目を移すと、坂、水路、五番ノ橋、淀小橋旧趾、そして「北城堀」「南城堀」という地名。 どれか一つでは弱い手がかりも、地図の上で重ねると、川に守られた城の輪郭がぼんやり現れます。 「見る城」ではなく「町の記憶を歩いて読む城」を、残念と魅力の両面からご紹介します。 00:00 オープニング 00:40 淀古城の基本情報 01:15 歴史① 畿内の争奪戦の舞台に 02:02 歴史② 淀殿の名の舞台、そして廃城へ 02:57 残念① 城の形が、ほとんど見えない 03:43 残念② 近くの「淀城」と間違えやすい 04:32 残念③ 坂も水路も、堀跡とは限らない 05:25 魅力① 妙教寺で、戦国と幕末が重なる 06:13 魅力② 納所川を「南の線」として見る 06:54 魅力③ 淀小橋旧趾で、消えた宇治川を渡る 07:47 魅力④ 住所に残る「北城堀」「南城堀」 08:36 まとめ 足元から姿を現す城 ▼元記事(Note連載「残念すぎる日本の名城」第126回) https://note.com/just_tucan4024/n/nc1c05d830ce2 ※動画内の写真は現地で撮影したものです ※音声はAIで生成しています(VOICEVOX:冥鳴ひまり) ※画面右下のキャラクターは「ミレイン」。生成AIで動かしています ※スライド・動画は自動生成パイプラインで制作しています #淀古城 #京都府 #京都市 #伏見区 #淀殿 #妙教寺 #淀城 #デジタル城下町 #残念すぎる日本の名城 #城めぐり --- stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。 https://stand.fm/channels/5fec71301f63b1cf689f90f6

  5. Jun 5

    【清洲城】天下取りの出発点!信長の夢が橋の向こうに残る城

    清洲城は、残念な点の多い城です。 現在の清洲城天主閣は、本来の城の中心部とは少し離れた場所に建つ模擬天守です。城跡らしい遺構は多くありません。駅から歩くと意外に距離があり、周辺の飲食店も多くはありません。閉館時間を過ぎると、入口を探して少し迷うこともあります。 けれど、それでも清洲城は魅力的です。 ここは信長が天下へ向かって走り出した場所です。そして本能寺の変のあと、次の時代が動き出した清須会議の舞台でもあります。 清洲城は、目に見えるものより、見えないものが大きい城です。 赤い橋を渡りながら模擬天守を眺める。五条川を越えて古城跡へ向かう。何もないように見える場所で、かつての巨大な城郭都市を想像する。 そこに、清洲城の本当のおもしろさがあります。 残念だからこそ、想像がふくらむ。 清洲城は、歴史の余白に信長の足音が残る城なのです。 <Note記事URL>https://note.com/just_tucan4024/n/n57497bd8353a <ミレインが歌う「清洲疾風」URL> https://open.spotify.com/intl-ja/track/4ujXrAmEph0yw4818HOFO5?si=060d769942e74a11 --- stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。 https://stand.fm/channels/5fec71301f63b1cf689f90f6

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