青空文庫を朗読します。

Enomoto

青空文庫の書籍を読み上げます。 音声 VOICEVOX:四国めたん

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  1. 11/05/2025

    #2 「こころ 上 先生と私 ニ」

    夏目漱石の「こころ」 朗読していただきました。 声 VOCEVOX:四国めたん ⁠https://voicevox.hiroshiba.jp/product/shikoku_metan/⁠ 青空文庫 夏目漱石 こころ  ⁠https://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/773_14560.html わたくしがそのかけぢゃやで先生を見た時は、先生がちょうど着物を脱いで、これから海へ入ろうとするところであった。 わたくしはその時、反対にぬれたからだを風に吹かして、水から上がって来た。 二人のあいだには、目をさえぎる幾多の黒い頭が動いていた。 特別の事情のない限り、わたくしはついに先生を見逃したかもしれなかった。 それほど浜辺が混雑し、それほどわたくしの頭がほうまんであったにもかかわらず、わたくしがすぐ先生を見付け出したのは、先生が一人の西洋人をつれていたからである。 その西洋人の、優れて白い皮膚の色が、かけぢゃやへ入るやいなや、すぐわたくしの注意をひいた。 純粋の日本のゆかたを着ていた彼は、それをしょうぎの上にすぽりとほうり出したまま、腕組みをして海の方を向いて立っていた。 彼は我々のはくさるまた一つのほか何物も肌に着けていなかった。 わたくしにはそれが第一不思議だった。 わたくしはその二日前にゆいが浜まで行って、砂の上にしゃがみながら、長い間西洋人の海へ入る様子をながめていた。 わたくしのしりをおろした所は少し小高い丘の上で、そのすぐわきがホテルの裏口になっていたので、わたくしのじっとしているあいだに、だいぶ多くの男が塩を浴びに出て来たが、いずれも胴と腕と股は出していなかった。 女はことさら肉を隠しがちであった。 大抵は頭にゴムせいのずきんをかぶって、えびちゃやこんやあいの色を波間に浮かしていた。 そういう有様を目撃したばかりのわたくしのめには、さるまた一つで済まして皆の前に立っているこの西洋人がいかにも珍しく見えた。 彼はやがて自分のわきを顧みて、そこにこごんでいる日本人に、ひとことふたことなにかいった。 その日本人は砂の上に落ちたてぬぐいを拾い上げているところであったが、それを取り上げるやいなや、すぐ頭を包んで、海の方へ歩き出した。 その人がすなわち先生であった。 わたくしは単に好奇心のために、並んで浜辺を下りて行く二人のうしろすがたを見守っていた。 すると彼らはまっすぐに波の中に足を踏み込んだ。 そうして、とおあさのいそちかくにわいわい騒いでいるたにんずのあいだを通り抜けて、比較的広々した所へ来ると、二人とも泳ぎ出した。 彼らの頭が小さく見えるまで沖の方へ向いて行った。 それから引き返して、また一直線に浜辺まで戻って来た。 かけぢゃやへ帰ると、井戸の水も浴びずに、すぐからだをふいて着物を着て、さっさとどこかへ行ってしまった。 彼らの出て行ったあと、わたくしはやはり元のしょうぎに腰をおろして、タバコを吹かしていた。 その時、わたくしはぽかんとしながら、先生の事を考えた。 どうもどこかで見た事のある顔のように思われてならなかった。 しかし、どうしてもいつどこで会った人かおもい出せずにしまった。 その時のわたくしは、くったくがないというより、むしろぶりょうに苦しんでいた。 それであくるひもまた、先生に会った時刻を見計らって、わざわざかけぢゃやまで出かけてみた。 すると西洋人は来ないで、先生一人、むぎわらぼうをかぶってやって来た。 先生はめがねをとって台の上に置いて、すぐてぬぐいで頭を包んで、すたすた浜を下りて行った。 先生がきのうのように騒がしいよくかくの中を通り抜けて、一人で泳ぎ出した時、わたくしは急にそのあとが追いかけたくなった。 わたくしは浅い水を頭の上まではねかして、相当の深さの所まで来て、そこから先生をめじるしにぬきでを切った。 すると先生は昨日と違って、一種のこせんをえがいて、妙な方向から岸の方へ帰り始めた。 それでわたくしの目的はついに達せられなかった。 わたくしがおかへ上がって、しずくの垂れる手を振りながらかけぢゃやに入ると、先生はもうちゃんと着物を着て入れ違いに外へ出て行った。

  2. 11/04/2025

    #1 「こころ 上 先生と私 一」

    夏目漱石の「こころ」 朗読していただきました。 声 VOCEVOX:四国めたん https://voicevox.hiroshiba.jp/product/shikoku_metan/ 青空文庫 夏目漱石 こころ  https://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/773_14560.html わたくしはその人を常に先生と呼んでいた。 だからここでもただ先生と書くだけで本名は打ち明けない。 これは世間をはばかる遠慮というよりも、その方がわたくしにとって自然だからである。 わたくしはその人の記憶を呼び起すごとに、すぐ「先生」といいたくなる。 筆をとっても、心持は同じ事である。 よそよそしいかしらもじなどは、とても使う気にならない。 わたくしが先生と知り合いになったのは、かまくらである。 その時わたくしはまだ若々しい書生であった。 暑中休暇を利用して海水浴に行った友達から、ぜひ来いというはがきを受け取ったので、わたくしは多少のかねをくめんして、出掛ける事にした。 わたくしはかねのくめんにに、さんちを費やした。 ところがわたくしがかまくらに着いて、三日とたたないうちに、わたくしを呼び寄せた友達は急に国元から帰れという電報を受け取った。 電報には母が病気だからと断ってあったけれども、友達はそれを信じなかった。 友達はかねてから国元にいる親たちにすすまない結婚をしいられていた。 彼は現代の習慣からいうと、結婚するにはあまりとしが若過ぎた。 それにかんじんの当人が気に入らなかった。 それで夏休みに当然帰るべきところを、わざと避けて東京の近くで遊んでいたのである。 彼は電報をわたくしに見せて、どうしようと相談をした。 わたくしにはどうしていいか分らなかった。 けれども、実際彼の母が病気であるとすれば、彼はもとより帰るべきはずであった。 それで彼はとうとう帰る事になった。 せっかく来たわたくしは、一人取り残された。 学校の授業が始まるには、まだだいぶひかずがあるので、かまくらにおってもよし、帰ってもよいという境遇にいたわたくしは、当分元の宿にとまる覚悟をした。 友達は中国のある資産家のむすこで、かねに不自由のない男であったけれども、学校が学校なのととしがとしなので、生活の程度はわたくしとそう変りもしなかった。 したがって、ひとりぼっちになったわたくしは、別にかっこうな宿を探す面倒ももたなかったのである。 宿はかまくらでもへんぴな方角にあった。 たまつきだのアイスクリームだのというハイカラなものには、長いなわてを一つ越さなければ手が届かなかった。 車で行っても二十銭は取られた。けれども個人の別荘はそこここにいくつでも建てられていた。 それに海へはごく近いので、海水浴をやるには至極便利な地位を占めていた。 わたくしは毎日海へはいりに出掛けた。 古いくすぶり返ったわらぶきのあいだを通り抜けて、いそへ下りると、このへんにこれほどの都会人種が住んでいるかと思うほど、避暑に来た男や女で砂の上が動いていた。 ある時は海の中がせんとうのように黒い頭でごちゃごちゃしている事もあった。 その中に知った人を一人ももたないわたくしも、こういうにぎやかな景色の中に、つつまれて砂の上にねそべってみたり、ひざがしらを波に打たして、そこいらをはねまわるのは愉快であった。 わたくしは実に先生をこのざっとうのあいだに見付け出したのである。 その時海岸にはかけぢゃやが二軒あった。 わたくしはふとしたはずみから、その一軒の方に行きなれていた。 はせへんに大きな別荘を構えている人と違って、めいめいに専有のきがえばをこしらえていないここいらの避暑客には、ぜひともこうした共同着換所といったふうなものが必要なのであった。 彼らはここで茶を飲み、ここで休息するほかに、ここで海水着を洗濯させたり、ここでしおはゆいからだを清めたり、ここへ帽子やかさを預けたりするのである。 海水着を持たないわたくしにも持物を盗まれる恐れはあったので、わたくしは海へはいるたびに、その茶屋へいっさいをぬぎすてる事にしていた。

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