土佐よりみちジャーナル

やすはとチェコ

聴くとちょっと肩の力が抜けるラジオ

Episodes

  1. Jul 22

    2〜子と過ごす夏休みの最適解と働き方〜

    学童行かない宣言を受けたチェコと 毎日お弁当作りなやすはが送る 夏休みの最適解(もちろんない)。 人生のステージによって 働き方は変えられるのか? 懐かしい保活という活動と 合わせて話しています。 話の中にでてきた🇯🇵と🇸🇪(やすはさんが訪れた) との違いをまとめてみたのでご参考に。 ・日本と北欧(特に代表国であるスウェーデン)の保育制度には、「誰を主体(主役)として考えられた仕組みか」という根本的な思想の違いがあります。 ​ ひと目でわかる「主体の違い」日本(親主体・福祉の補完) 北欧 / スウェーデン(子ども主体・子どもの権利) ・根本的な捉え方 🇯🇵親の仕事のサポート(福祉の補完) 🇸🇪子どもの成長と社会性の獲得(幼児教育) ・利用できる基準 🇯🇵親の家庭保育ができない証明(点数・保育の必要性) 🇸🇪親の状況(無職、求職中、育休中など)に 関わらず**「すべての子どもの権利」** ・働き方への影響 🇯🇵労働時間や収入が変わると点数が下がり、 退園を迫られるため働き方を変えづらい 🇸🇪親が一時的に仕事を辞めても、子どもは 通い続けられるため柔軟に働き方を変えられる ​ 日本の保育:親の状況ありきの「福祉の補完」(親主体)日本の保育園は、歴史的に「親が家庭で保育できない状態をサポートする」という福祉政策からスタートしています。 日本の児童福祉法や子ども・子育て支援法では、保育園を利用するために「保育の必要性の認定(事由)」が必要です。就労(フルタイムかパートか)、介護、病気などの条件を「点数(指数)」にし、点数が高い順に枠が埋まります。 そのため、「親が働いている(あるいは働けない)」ことが通園の絶対条件になります。 親が「少し仕事をセーブしてゆったり働きたい」「フリーランスに挑戦したい」と思っても、勤務時間が減ると保育の必要性の認定が外れ(または点数が下がり)、保育園を退園させられてしまうこともあります。幼稚園という選択肢や子ども園の拡大、子どもが皆通えるようにという動きもありますが、まだまだ変わっていない状況ではないでしょうか? ​ 北欧(スウェーデンなど)の保育:教育とケアの一体化(子ども主体)北欧諸国、特にスウェーデンでは、保育園(プリスクール)は親を助けるためだけのものではな く、「すべての子どもが質の高い幼児教育とケア(民主的な教育)を受ける権利」として法律で保 障されています。 この教育とケアを一体にした概念を「EDUCARE(エデュケア:Education + Care)」と呼びます。 スウェーデンの学校法(1998年〜)では、就学前学校(プリスクール)が正式に学 校制度の一部(幼児教育)として組み込まれました。 これにより、親が働いているかどうか、または育児休業中(第二子の誕生など)や 求職中であっても、1歳からすべての子どもに対して週に一定時間以上の無償の プリスクール利用枠が保障されています。 親の雇用形態や就労時間がどう変化しても、子どもの「園に通う権利」は脅かされません。 だからこそ親は、キャリアを一時的に休んで学び直したり、フリーランスとして起業準備をしたり、働く時間をセーブしたりと、ライフステージに合わせてグラデーションのように働き方を柔軟に変えやすいそうです。

  2. Jul 13

    1〜自己紹介とラジオ名の由来

    かの有名な土佐日記、 「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり」もとい 「あの人もすなる移住といふものを、私もしてみむとてするなり」 ということで、同じ時期に土佐へ移住した 私たちという観点で自己紹介してみました! (参考資料) 1、土佐日記 土佐日記は、平安時代の歌人である紀貫之が、935年頃に書いた日本文学の代表作です。日本最古の日記文学の一つであり、「日記」でありながら文学作品としても非常に高く評価されていま す。 ①どんな内容? 物語は、紀貫之が土佐国(現在の高知県)で国司の任期を終え、都(京都)へ帰る約55日間の船 旅を描いています。 旅の中では、 ● ● 船旅の苦労や天候 各地の風景 家族や旅人との交流 娘を亡くした悲しみ 和歌を詠み交わす様子 などが、繊細な感情とともに綴られています。 ②なぜ「女性が書いた」という設定なの? 最も有名なのが冒頭の一文です。 「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり」 現代語にすると、 「男の人も書くという日記を、女の私も書いてみようと思って書きます。」 という意味です。 実際の作者は男性である紀貫之ですが、あえて女性になりきって書いたことが大きな特徴です。 当時、 ● ● 男性の公的な文章は漢文で書くのが一般的 女性は仮名文字(ひらがな)を使うことが多い という時代でした。 紀貫之は、女性の視点を借りて仮名で書くことで、役人としての記録ではなく、人間としての感情を自由に表現しました 2、アラフォーの私たちが育った時代は「こうあるべき」「こうしなきゃ」「みんながしているから」が強かった? とAIに聞いてみた! ①時代背景:「逃げ切った親世代」の価値観の刷り込み 私たちが子ども時代を過ごした1990年代〜2000年代前半は、バブルが崩壊したものの、まだ世 間には「良い大学を出て、大企業や公務員(お堅い職業)になれば一生安泰」という昭和の成功 モデルの残像が強く残っていました。 私たちの親世代(団塊の世代やその少し後)は、まさにそ のレールに乗って逃げ切れた、あるいはそれを「正解」だと信じて疑わない世代です。そのため、 家庭環境としても悪気なく「ちゃんとした仕事に就きなさい」「みんなと同じようにしなさい」という教 育になりがちでした。 ②学校教育:「みんな一進同体」の横並び意識 私たちが受けた教育は、まだ個性を伸ばすことよりも、「減点されないこと」「周りからはみ出さな いこと」が評価される時代でした。 就職活動の時期(ロスジェネ後期〜リーマンショック前後)も、 みんな同じ黒いリクルートスーツを着て、どれだけ社会の型(漢文)に自分をはめ込めるかを競わ されました。この経験が「レールを外れたら終わりだ」という恐怖心をより強固にしたのです。 実際には、1990年代から2000年代に育ったアラフォー世代は、 ● ● ● 終身雇用の価値観がまだ強く残っていた 「安定=幸せ」という考えが広く共有されていた 学歴や就職で「失敗しないこと」が重視される風潮があった

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