SOUND ARCHIVE 音楽の歴史

SOUND ARCHIVE

SOUND ARCHIVE 音楽の歴史は、日本のポップスと歌の歴史を「なぜ?」から解き明かす日本語のポッドキャスト。多くの回は10分前後で、進行役と聞き手の2人の掛け合いで、毎回最後に答えまでたどる。 【この番組で答えている疑問】 ・シティポップとは何か。なぜ40年前の東京の曲がいま海外で探されるのか ・竹内まりや「プラスティック・ラヴ」はなぜ2021年にオリコン週間5位に入ったのか ・坂本九「上を向いて歩こう」はなぜ「SUKIYAKI」の名で1963年に全米1位になったのか ・演歌はいつから「日本の心」と呼ばれるようになったのか ・CDが一番売れた年は本当に1998年なのか ・「蛍の光」「仰げば尊し」の原曲は外国の歌なのか ・環境音楽(日本のアンビエント)とは何か 【取り上げた人と作品】 山下達郎、竹内まりや、大貫妙子『SUNSHOWER』、吉田美奈子、杏里、間宮貴子『LOVE TRIP』、細野晴臣、坂本龍一、角松敏生、林哲司、坂本九、吉村弘、Night Tempo、はっぴいえんど 【作り方】 論文や当時の新聞・雑誌の記事を手がかりにする。各回の主な出典はYouTube版の説明欄に載せている。 【こんな人に】 シティポップや昭和の歌謡曲が好きな人、好きな曲の生まれた背景を知りたい人、通勤や作業中に聞ける音楽の話を探している人。 動画版はYouTubeチャンネル「SOUND ARCHIVE - 音楽の歴史」で公開している。 ※この番組の進行役と聞き手の声は、AI音声(Gemini TTS)で作っています。BGMはこのチャンネルのオリジナル曲で、当時の曲ではありません。

  1. 4d ago

    ユーロビートはなぜ日本でしか売れなかった?イタリア人が「日本のためだけ」に作った音楽|SUPER EUROBEAT・パラパラ・頭文字D

    ※この回の進行役と聞き手の声は、AI音声(Gemini TTS)で作っています。 1999年8月4日、『SUPER EUROBEAT』の100作目がオリコン2位、公称70万枚を記録した。曲を作ったのは、ほとんどがイタリアの小さなスタジオだった。ヨーロッパではほとんど流れなかったと言われるこの音楽が、なぜ日本でだけ売れたのか。輸入レコードの会社だったエイベックス、イタリアのデイヴ・ロジャース、パラパラ、そして『頭文字D』の峠道から答えを探す。 ■ 耳で聴く本も ※この欄には広告(Amazonアソシエイト)のリンクを含みます。 ・Audible(オーディブル) https://www.amazon.co.jp/hz/audible/mlp?tag=soundarchive-22 Amazonのアソシエイトとして、SOUND ARCHIVEは適格販売により収入を得ています。 ■ この動画でわかること(Q&A) Q. ユーロビートとは? A. 1980〜90年代にイタリアで作られた速いダンス音楽。日本では1986年にアルファレコードの『That's Eurobeat』、1990年からエイベックスの『SUPER EUROBEAT』がシリーズで出した。 Q. なぜイタリア製なのに日本で売れた? A. この動画では、日本のレコード会社が注文し、イタリアの会社が作る形ができたうえに、パラパラと『頭文字D』という日本にしかない受け皿が重なったから、と考える。日本で作られた曲はシリーズを通じて9曲だけとされる。 Q. 『SUPER EUROBEAT』はどれくらい売れた? A. Vol.100(1999年)はオリコン2位・公称70万枚、Vol.110(2000年)は初登場1位。2作は日本ゴールドディスク大賞の「企画・アルバム・オブ・ザ・イヤー」を2年続けて受賞した。新曲入りの盤は2017年のVol.246が最後で、今は年1作の形で続いている。 ■ 最近の動き ・デイヴ・ロジャースがドイツ(Anime Messe Babelsberg・2026年7月)とキプロス(Cyprus Comic Con・2026年10月)で「Eurobeat vs Initial D」公演 ・14〜20歳の61.3%がパラパラを知っている(ワカモノリサーチ・2026年10月26日発表) ・『MFゴースト』Final Season の制作決定(2026年3月) ・『SUPER EUROBEAT 2026』発売予定(2026年11月25日) ■ English summary In 1999, the 100th volume of avex's "Super Eurobeat" series reached No. 2 on the Oricon chart in Japan — yet almost every song was made in small studios in Italy. This video follows Eurobeat from Alfa Records' "That's Eurobeat" (1986) and Wink's "Ai ga Tomaranai" to avex, Dave Rodgers and A-Beat C, ParaPara dancing and Initial D, and asks why a music made in Italy found its audience almost only in Japan. ▼ シリーズ「音楽の歴史」(27本・続けて再生) https://www.youtube.com/watch?v=RZewDnKwE_U&list=PLPK4qWtBdujU ◀ 前の回: なぜ「ルパン三世」のテーマはファンクなのか?海外のDJが見つけた日本製ディスコ「Japanese Boogie」 https://youtu.be/M8G2f1otP4Y ▶ 次の回: クラブが全部閉まった2020年、なぜチャートの1位はディスコだったのか?同じ年に1979年の日本の曲が世界1位になった理由|Future Nostalgia・Say So・真夜中のドア https://youtu.be/VcR1dh982BQ ▼ 関連する回 ・ディスコは1979年に死んだのに、なぜ日本では死ななかった? https://youtu.be/a_2Z3O5iB5c ・輸入レコードの問屋は、なぜ5年で東京ドームに?エイベックスとユーロビート https://youtu.be/2a_Hgmk-9O8 ・なぜ「ルパン三世」のテーマはファンクなのか?海外のDJが見つけた日本製ディスコ… https://youtu.be/M8G2f1otP4Y チャプター 0:00 日本のためだけの音楽 0:54 1986年、最初のシリーズ 1:25 1988年の前史 2:04 仮説:日本語に訳せば売れた? 2:31 輸入レコードの会社 2:55 イタリアに話を持ちかけた男 3:26 作る国と、売る国 3:52 パラパラ 4:39 1997年、火の夜 5:02 1998年、峠道 5:48 仮説:車とアニメがなければ? 6:23 終わり方 6:56 答え 7:44 前々回との接続 8:09 結び 主な出典 - avex公式「About SUPER EUROBEAT」: https://avex.jp/eurobeat/about/english.php - avex公式「SUPER EUROBEAT」: https://avex.jp/eurobeat/ - Wikipedia「SUPER EUROBEAT」: https://ja.wikipedia.org/wiki/SUPER_EUROBEAT - Wikipedia「THAT'S EUROBEAT」: https://ja.wikipedia.org/wiki/THAT%27S_EUROBEAT - Wikipedia「Eurobeat」: https://en.wikipedia.org/wiki/Eurobeat - Wikipedia「Turn It into Love」: https://en.wikipedia.org/wiki/Turn_It_into_Love - 日本ゴールドディスク大賞 第14回: https://www.golddisc.jp/award/14/ - 日本ゴールドディスク大賞 第15回: https://www.golddisc.jp/award/15/ - allcinema『頭文字D』: https://www.allcinema.net/cinema/pdf/88876 - 電撃オンライン(2026年3月): https://dengekionline.com/article/202603/69947 - Real Sound(2026年3月27日): https://realsound.jp/2026/03/post-2346654.html - ワカモノリサーチ(2026年10月26日): https://wakamono-research.co.jp/media/young-people-parapara-trend/ - Anime Messe Babelsberg: https://www.animemesse.de/en/news/173/Dave-Rodgers-Eurobeat-vs-Initial-D-in-Concert-Anime-Messe-Babelsberg-2026 - Cyprus Comic Con: https://cypruscomiccon.org/eurobeat-legend-dave-rodgers-initial-d/ ▼写真(Wikimedia Commons・CC0/パブリックドメイン) - Roppongi Hills, Minato(Jannes Glas・CC0): https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Roppongi_Hills,_Minato.jpg - Clusone e altopiano(Paolo da Reggio・Public domain): https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Clusone_e_altopiano.jpg - Browsing record store shelves (Unsplash)(Edu Grande edgr・CC0): https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Browsing_record_store_shelves_(Unsplash).jpg - Clusone fontana(Paolo da Reggio・Public domain): https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Clusone_fontana.jpg (続きと出典の全文はYouTubeの説明欄に) YouTube(動画版): https://youtu.be/-mDHZtv2HHk

    ユーロビートはなぜ日本でしか売れなかった?イタリア人が「日本のためだけ」に作った音楽|SUPER EUROBEAT・パラパラ・頭文字D
  2. 5d ago

    なぜ「ルパン三世」のテーマはファンクなのか?海外のDJが見つけた日本製ディスコ「Japanese Boogie」

    ※この回の進行役と聞き手の声は、AI音声(Gemini TTS)で作っています。 2017年から2019年にかけて、アメリカのレーベルが「Boogie」と名の付いた日本の編集盤を続けて出した。中身は1970年代から80年代の日本の曲で、アイドルの曲も入っていた。日本では「シティポップ」「歌謡曲」「アニメの主題歌」と呼ばれていた音が、なぜ海外では「ブギー」と呼ばれたのか。1977年の『ルパン三世』のテーマから答えを探す。 ■ 耳で聴く本も ※この欄には広告(Amazonアソシエイト)のリンクを含みます。 ・Audible(オーディブル) https://www.amazon.co.jp/hz/audible/mlp?tag=soundarchive-22 Amazonのアソシエイトとして、SOUND ARCHIVEは適格販売により収入を得ています。 ■ この動画でわかること(Q&A) Q. なぜ『ルパン三世』のテーマはファンクなの? A. 1977年の第2シリーズの音楽を作った大野雄二は、ジャズピアニスト出身で、映画『犬神家の一族』『人間の証明』も手がけた人。サウンドトラックは「You & The Explosion Band」名義で出た。このシリーズは海外のレコード店で「ジャズ・ファンクのスコア」として紹介されている。大野雄二は2026年5月に亡くなった。 Q. 「Japanese Boogie」とは? A. 海外のレーベルやDJが、1970〜80年代の日本の曲をまとめて呼んだ名前。2017年12月のCultures of Soul『Tokyo Nights: Female J-Pop Boogie Funk 1981 to 1988』には、当山ひとみ・大橋純子・菊池桃子などが入っている。レーベルはヤマハDX7、ローランドJuno-60、リンドラムといった機材の名前で音を説明した。 Q. 『Pacific Breeze』とは? A. 2019年5月にシアトルのLight in the Atticが出した編集盤。レーベルは「日本の外で初めての公認のシティポップの概説盤」とうたった。Pitchforkの評価は10点満点で8.0。2020年には『Pacific Breeze 2』が出た。 Q. 日本人は自分たちがディスコを作っていたことに気づいていた? A. この動画では、気づいていなかったというより別の名前で呼んでいた、と考える。同じ音を、日本は歌手の名前で、海外は機材の音で聴いた。 ■ 最近の動き ・大野雄二が死去(2026年5月) ・『ルパン三世』のサウンドトラックの初のカラー盤が海外で再発(2026年秋・55周年) ・Night Tempo「ザ・昭和グルーヴ・ツアー」(2026年10月29日〜11月23日) ■ English summary Between 2017 and 2019, American labels released compilations of 1970s-80s Japanese music under the name "Boogie" — anime themes, idol songs and city pop alike. This video starts from Yuji Ohno's 1977 Lupin III score and follows Kimiko Kasai, Cultures of Soul's Tokyo Nights, Light in the Attic's Pacific Breeze, Wewantsounds' Tokyo Glow and Night Tempo, asking whether Japan knew it had been making disco, or whether the name came from overseas diggers who listened to the sound first. ▼ シリーズ「音楽の歴史」(27本・続けて再生) https://www.youtube.com/watch?v=RZewDnKwE_U&list=PLPK4qWtBdujU ◀ 前の回: ディスコは1979年に死んだのに、なぜ日本では死ななかった?|ディスコ・デモリッション・ナイトとサタデー・ナイト・フィーバー https://youtu.be/a_2Z3O5iB5c ▶ 次の回: ユーロビートはなぜ日本でしか売れなかった?イタリア人が「日本のためだけ」に作った音楽|SUPER EUROBEAT・パラパラ・頭文字D https://youtu.be/-mDHZtv2HHk ▼ 関連する回 ・ディスコは1979年に死んだのに、なぜ日本では死ななかった? https://youtu.be/a_2Z3O5iB5c ・ユーロビートはなぜ日本でしか売れなかった?イタリア人が「日本のためだけ」に作っ… https://youtu.be/-mDHZtv2HHk ・『Pacific Breeze』とは?シティポップ初の公式海外盤はなぜシアトル… https://youtu.be/TCGMjQnuSvc チャプター 0:00 ブギーと呼ばれた日本の曲 0:40 1977年、ルパン三世 1:22 バンドの名前 2:01 仮説:たまたま? 2:29 1979年と1982年、笠井紀美子 3:08 2017年、ボストンから 3:52 機材の名前 4:27 2019年、シアトルから 5:20 2020年、続編 5:56 仮説:全部シティポップでは? 6:32 2021年、フランスから 7:05 2019年、ソウル生まれのDJ 7:50 答え 8:25 前回との接続 8:56 結び 主な出典 - Cultures of Soul『Tokyo Nights』: https://culturesofsoul.com/products/tokyo-nights-female-j-pop-boogie-funk-1981-to-1988 - Nostalgia King(2017年11月23日): https://nostalgiaking.com/2017/11/23/tokyo-nights-female-j-pop-boogie-funk-1981-to-1988/ - 秋田魁新報(2026年5月13日): https://www.sakigake.jp/news/article/20260513CO0064/ - コミックナタリー: https://natalie.mu/comic/news/671822 - Wikipedia「List of Lupin III soundtracks」: https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_Lupin_III_soundtracks - Good Taste Records: https://goodtasterecords.com/products/yuji-ohno-you-explosion-band-lupin-the-third-original-soundtrack-3-clear-yellow-color-vinyl-lp - Wax Poetics(笠井紀美子『Kimiko』): https://magazine.waxpoetics.com/rediscovery/kimiko-kasai-kimiko - Light in the Attic『Pacific Breeze』: https://lightintheattic.net/releases/4714-pacific-breeze-japanese-city-pop-aor-boogie-1976-1986 - SPIN(2019年3月): https://www.spinmagazine.com/2019/03/light-in-the-attic-announce-japanese-city-pop-compilation/ - Pitchfork: https://pitchfork.com/reviews/albums/various-artists-pacific-breeze-japanese-city-pop-aor-and-boogie-1976-1986/ - The Vinyl Factory(Pacific Breeze 2): https://thevinylfactory.com/news/japanese-city-pop-pacific-breeze-2-vinyl-light-in-the-attic/ - Wikipedia「Pacific Breeze」: https://en.wikipedia.org/wiki/Pacific_Breeze:_Japanese_City_Pop,_AOR_and_Boogie_1976%E2%80%931986 (続きと出典の全文はYouTubeの説明欄に) YouTube(動画版): https://youtu.be/M8G2f1otP4Y

    なぜ「ルパン三世」のテーマはファンクなのか?海外のDJが見つけた日本製ディスコ「Japanese Boogie」
  3. 6d ago

    ディスコは1979年に死んだのに、なぜ日本では死ななかった?|ディスコ・デモリッション・ナイトとサタデー・ナイト・フィーバー

    ※この回の進行役と聞き手の声は、AI音声(Gemini TTS)で作っています。 1979年7月12日、シカゴの野球場でディスコのレコードが山積みにされ、爆破された。この夜から「ディスコは死んだ」と言われるようになる。けれど同じころの日本では、ディスコの店が増え続けていた。1970年のニューヨークの一室から始まったディスコが、なぜアメリカでは燃やされ、日本では「踊る場所」として生き延びたのか。燃やされたレコードの中身から答えを探す。 ■ 耳で聴く本も ※この欄には広告(Amazonアソシエイト)のリンクを含みます。 ・Audible(オーディブル) https://www.amazon.co.jp/hz/audible/mlp?tag=soundarchive-22 Amazonのアソシエイトとして、SOUND ARCHIVEは適格販売により収入を得ています。 ■ この動画でわかること(Q&A) Q. 「ディスコが死んだ日」とは? A. 1979年7月12日、シカゴのコミスキー・パークで開かれた「ディスコ・デモリッション・ナイト」。ディスコのレコードを持参すると入場料が98セントになり、集めたレコードを球場の中央で爆破した。約7,000人がグラウンドに乱入し、2試合目は行えず、翌日ホワイトソックスの没収試合と決まった。 Q. なぜそんな企画が生まれた? A. シカゴのラジオ局WDAIがロックからディスコへ切り替える途中の1978年12月24日、ロックのDJスティーヴ・ダールが解雇された。ダールは移った先の局で「ディスコは最低だ」という運動を始め、球団の宣伝担当マイク・ヴィークと組んで企画した。 Q. 何が燃やされた? A. 当時案内係だった黒人の少年は、ディスコだけでなくファンクやR&Bのレコードも持ち込まれていたと証言している。最初のディスコで踊っていたのは、推定で黒人が6割・ゲイが7割の人たちだった。 Q. なぜ日本ではディスコが死ななかった? A. この動画では、日本に届いたのは映画と「踊る床」だけで、誰かの音楽としてではなく踊る場所として受け取られたため、燃やす理由がなかったと考える。1976年には東京近郊だけで約50店、1978年7月22日に『サタデー・ナイト・フィーバー』が日本で公開され、2018年には7月22日が「ディスコの日」になった。 ■ 最近の動き ・ドナ・サマーがソングライターの殿堂入り(2025年12月) ・横浜赤レンガ倉庫「Disco Brick YOKOHAMA」(2026年8月8日〜23日) ・江戸川区で60歳以上の「プラチナディスコ」初開催、約150人・DJ OSSHY(2026年9月27日) ■ English summary On July 12, 1979, disco records were blown up at Chicago's Comiskey Park, and "disco is dead" became the verdict. Yet in Japan, discos kept multiplying. This video traces disco from David Mancuso's 1970 Loft party to Saturday Night Fever, Disco Demolition Night, and Tokyo's Roppongi and Shinjuku, and argues that Japan received only the film and the dance floor, not the backlash against the people who first danced to it. ▼ シリーズ「音楽の歴史」(27本・続けて再生) https://www.youtube.com/watch?v=RZewDnKwE_U&list=PLPK4qWtBdujU ◀ 前の回: 40年前の東京の曲が、なぜいま海外で探される?シティポップを知らなくてもわかる謎解き|プラスティック・ラヴ・夢で逢えたら・吉田美奈子・杏里・大貫妙子 https://youtu.be/wjLtUhOSyxo ▶ 次の回: なぜ「ルパン三世」のテーマはファンクなのか?海外のDJが見つけた日本製ディスコ「Japanese Boogie」 https://youtu.be/M8G2f1otP4Y ▼ 関連する回 ・なぜ「ルパン三世」のテーマはファンクなのか?海外のDJが見つけた日本製ディスコ… https://youtu.be/M8G2f1otP4Y ・ユーロビートはなぜ日本でしか売れなかった?イタリア人が「日本のためだけ」に作っ… https://youtu.be/-mDHZtv2HHk ・クラブが全部閉まった2020年、なぜチャートの1位はディスコだったのか?同じ年… https://youtu.be/VcR1dh982BQ チャプター 0:00 ディスコは死んだ? 0:34 1970年、ニューヨークの一室 1:13 誰が踊っていたのか 1:53 1977年、映画がすべてを変える 2:46 仮説:売れすぎたから? 3:08 1978年のクリスマスイブ 3:50 1979年7月12日、球場 4:42 爆破のあと 5:15 何が燃やされたのか 6:08 同じころの東京 6:51 仮説:遅れて届いたから? 7:28 2018年、ディスコの日 8:34 答え 9:21 前回との接続 9:45 結び 主な出典 - Wikipedia「Disco Demolition Night」: https://en.wikipedia.org/wiki/Disco_Demolition_Night - MLB.com: https://www.mlb.com/news/disco-demolition-night-chicago-comiskey-park - Chicago History Museum: https://chicagohistory.org/?p=129399 - NPR(2016年7月16日): https://www.npr.org/2016/07/16/485873750/july-12-1979-the-night-disco-died-or-didnt - Wikipedia「Steve Dahl」「WLS-FM」: https://en.wikipedia.org/wiki/Steve_Dahl / https://en.wikipedia.org/wiki/WLS-FM - Wikipedia「The Loft (New York City)」: https://en.wikipedia.org/wiki/The_Loft_(New_York_City) - Rolling Stone(マンキューソの訃報・2016年11月): https://www.rollingstone.com/music/music-news/david-mancuso-legendary-nyc-dj-and-club-innovator-dead-at-72-112556/ - Wikipedia「Saturday Night Fever (soundtrack)」: https://en.wikipedia.org/wiki/Saturday_Night_Fever_(soundtrack) - Real Sound(2018年10月): https://realsound.jp/2018/10/post-257735_3.html - 映画.com(日本公開日): https://eiga.com/movie/44787 - デイリースポーツ(2018年7月21日): https://www.daily.co.jp/society/life/2018/07/21/0011461215.shtml - Boston Globe(2025年12月16日): https://www.bostonglobe.com/2025/12/16/arts/donna-summer-songwriters-hall-of-fame/ - ORICON NEWS(Disco Brick YOKOHAMA): https://www.oricon.co.jp/news/2472529/full/ - 江戸川区(2026年9月): https://www.city.edogawa.tokyo.jp/e004/kuseijoho/kohokocho/press/2026/09/0927.html この動画について - ナレーションはAIで生成した(Gemini TTS)。絵はAIで生成したオリジナルのイラストで、実在の人物の顔・ジャケット・ロゴは描いていない。 - BGMはこのチャンネルのオリジナル曲で、当時の曲ではない。 #ディスコ #音楽史 #サタデーナイトフィーバー #DiscoDemolitionNight #ディスコの日 YouTube(動画版): https://youtu.be/a_2Z3O5iB5c

    ディスコは1979年に死んだのに、なぜ日本では死ななかった?|ディスコ・デモリッション・ナイトとサタデー・ナイト・フィーバー
  4. Oct 28

    40年前の東京の曲が、なぜいま海外で探される?シティポップを知らなくてもわかる謎解き|プラスティック・ラヴ・夢で逢えたら・吉田美奈子・杏里・大貫妙子

    ※この回の進行役と聞き手の声は、AI音声(Gemini TTS)で作っています。 「夢で逢えたら」を1976年に最初に録音したのは、吉田美奈子だった。1985年に86位だった竹内まりや「プラスティック・ラヴ」は、2021年にオリコン週間5位に入った。1977年にほとんど売れなかった大貫妙子『SUNSHOWER』は、アメリカの高校教師が東京まで探しに来る一枚になった。1982年に一枚だけアルバムを出して表に出なくなった歌手の盤は、いま「欲しい」人が「持っている」人の17倍いる。 40年前の東京で作られた曲が、なぜいまソウルやシアトルで探されるのか。シティポップを一曲も知らなくても大丈夫。作った人たち、消えた盤、海を渡った道、そして「シティポップ」という名前を誰が付けたのか。4つの章で謎を順にたどり、最後に一つの答えを出す。手がかりは「名前」。誰の名前が残り、誰の名前が消え、誰が名前を書き足したのか。 ■ 耳で聴く本も ※この欄には広告(Amazonアソシエイト)のリンクを含みます。 ・Audible(オーディブル) https://www.amazon.co.jp/hz/audible/mlp?tag=soundarchive-22 Amazonのアソシエイトとして、SOUND ARCHIVEは適格販売により収入を得ています。 ■ この動画でわかること(Q&A) Q. シティポップはなぜ40年後に海外で聴かれるようになった? A. この動画では4つの手がかりにまとめた。①作る人と歌う人が分かれ、裏方の名前がクレジットに並び、のちに確かめられる証拠になった ②売れなかったこと、作られた数が少なかったこと、本人が語らなかったことが、希少さと物語になった ③音は許可のないリミックスや動画で先に渡り、写真家やレーベルの担当者が名前を書き足すことで公式の形になった ④「シティポップ」という名前は、作った人ではなく、記事や本や海外の聴き手の側が何度も付け直してきた。 Q. 第1部では何を扱う? A. 「夢で逢えたら」を1976年に最初に録音した吉田美奈子『FLAPPER』と、杏里「悲しみがとまらない」のイントロを林哲司が考え、角松敏生がそのまま骨格にした話。 Q. 第2部では? A. 1977年に売れなかった大貫妙子『SUNSHOWER』が、クレジットの名前を手がかりに海外で探されるまでと、1982年に一枚だけ残した間宮貴子『LOVE TRIP』が「欲しい」を集め続ける理由。 Q. 第3部では? A. Night Tempoのリミックスと韓国で消えたB面(2018年)、シアトルのLight in the Atticが許可を取ってまとめた『Pacific Breeze』(2019年)、そして「プラスティック・ラヴ」の動画を一度消したのが一枚の写真の撮影者だったこと(2021年にオリコン週間5位)。 ■ 最近の動き(2026年秋) ・山下達郎のライブ・アルバム『JOY 2』(2026年10月14日・前作から37年ぶり、2008〜2025年の600を超える公演から38曲) ・BS朝日「シティポップ・スタジオ」第4弾(10月11日・18日) ・レコードの日2026(11月3日・12回目)、竹内まりや『Bon Appétit! (2026 Edition)』・『松原みきが選ぶマイベスト16』のアナログ盤(11月25日)、林哲司『NINE STORIES』リマスター再発(12月23日) ■ もっと詳しく(章ごとの単独回) ・第1部 吉田美奈子『FLAPPER』: https://youtu.be/COWUSrIwZbM ・第1部 杏里「悲しみがとまらない」: https://youtu.be/U5_FQIsgjHw ・第2部 大貫妙子『SUNSHOWER』: https://youtu.be/wu40aA0EDZw ・第2部 間宮貴子『LOVE TRIP』: https://youtu.be/1x2wYZVNN_g ・第3部 Night Tempoと韓国: https://youtu.be/bZoSkjXJkl0 ・第3部 『Pacific Breeze』: https://youtu.be/TCGMjQnuSvc ・第3部 「プラスティック・ラヴ」: https://youtu.be/inQbEoEQ_DQ ・終章 「シティポップ」は誰が決めた?: https://youtu.be/dBumbggDzSY ■ English summary Why are songs made in late-1970s and 1980s Tokyo being sought out in Seoul and Seattle four decades later? This video follows the whole story in four chapters: the makers, the lost records, the routes overseas, and who named "city pop." The key, we argue, is names: whose were kept, whose were lost, and who wrote them back in. ▼ シリーズ「音楽の歴史」(27本・続けて再生) https://www.youtube.com/watch?v=RZewDnKwE_U&list=PLPK4qWtBdujU ◀ 前の回: 「シティポップ」は誰が決めた?1981年の新聞と2002年の家系図|山下達郎・はっぴいえんど・ジャンル名の歴史 https://youtu.be/dBumbggDzSY ▶ 次の回: ディスコは1979年に死んだのに、なぜ日本では死ななかった?|ディスコ・デモリッション・ナイトとサタデー・ナイト・フィーバー https://youtu.be/a_2Z3O5iB5c チャプター 0:00:00 なぜ40年後に、海の向こうで? 0:01:45 第1部 作った人たち|吉田美奈子『FLAPPER』と「夢で逢えたら」 0:10:39 第1部 作った人たち|杏里「悲しみがとまらない」のイントロ 0:20:11 第2部 消えた盤|大貫妙子『SUNSHOWER』 0:30:21 第2部 消えた盤|間宮貴子『LOVE TRIP』 0:39:39 第3部 海を渡った道|Night Tempoとソウルの消えたB面 0:49:38 第3部 海を渡った道|シアトルの『Pacific Breeze』 0:59:25 第3部 海を渡った道|「プラスティック・ラヴ」を消したのは誰? 1:08:44 終章 名前|「シティポップ」は誰が決めた? 1:19:07 答え 1:20:11 2026年の秋 1:21:28 結び 主な出典 - 各回の出典は、それぞれの回の説明欄に載せている - HMV&BOOKS online(2026年10月1日・JOY 2): https://www.hmv.co.jp/news/article/260804146/ - PR TIMES(BS朝日・2026年10月4日): https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000273.000112870.html - PHILE WEB(レコードの日2026・2026年8月19日): https://www.phileweb.com/sp/news/audio/202608/19/28021.html - タワーレコード(シティ・ポップ特集): https://tower.jp/site/genre/citypop - オリコン(2021年11月24日・週間5位): https://www.oricon.co.jp/news/2214336/full/ 写真(Wikimedia Commons・ライセンスに従いトリミングして使用) ライセンス: CC BY 2.0 https://creativecommons.org/licenses/by/2.0 / CC BY 4.0 https://creativecommons.org/licenses/by/4.0 / CC BY-SA 2.0 https://creativecommons.org/licenses/by-sa/2.0 - Photo: Marie-Sophie Mejan / CC BY 4.0 / Wikimedia Commons: https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Japan,_Tokyo,_Ginza_at_night.jpg - Photo: Marie-Sophie Mejan / CC BY 4.0 / Wikimedia Commons: https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Tokyo,_Harajuku_station.jpg (続きと出典の全文はYouTubeの説明欄に) YouTube(動画版): https://youtu.be/wjLtUhOSyxo

    40年前の東京の曲が、なぜいま海外で探される?シティポップを知らなくてもわかる謎解き|プラスティック・ラヴ・夢で逢えたら・吉田美奈子・杏里・大貫妙子
  5. Oct 27

    「シティポップ」は誰が決めた?1981年の新聞と2002年の家系図|山下達郎・はっぴいえんど・ジャンル名の歴史

    ※この回の進行役と聞き手の声は、AI音声(Gemini TTS)で作っています。 「シティポップ」という言葉は、山下達郎や大滝詠一が自分から名乗ったものではない。1973年の会社名「シティ・ミュージック」、1977年の雑誌の定義、1981年の新聞記事、1982年の新人紹介を経て、1987年ごろにいったん消え、2002年の一冊のディスクガイドが「はっぴいえんどを始まりにした家系図」としてよみがえらせた。海外の再ブームは、その家系図とは別の道から起きた。誰が、いつ、どうやってこのジャンル名を決めたのかを、2本の論文からたどる。シリーズ「シティポップ深掘り」最終回。 ■ 耳で聴く本も ※この欄には広告(Amazonアソシエイト)のリンクを含みます。 ・Audible(オーディブル) https://www.amazon.co.jp/hz/audible/mlp?tag=soundarchive-22 Amazonのアソシエイトとして、SOUND ARCHIVEは適格販売により収入を得ています。 ■ この動画でわかること(Q&A) Q. 「シティポップ」という言葉はいつから? A. 研究者モーリッツ・ソメが調べた1977〜2016年の52本の文章の中では、1981年10月の読売新聞が最古(松下誠のアルバムを「ハイセンスなシティポップ」と評した)。宣伝文句としては1976年の例もある。1982年に稲垣潤一・中原めいこ・角松敏生ら新人を紹介する記事で増え、1987年以降は調べた文章から見られなくなった。 Q. 「シティ・ミュージック」とは? A. 1973年に、はっぴいえんどの4人とマネージャーを中心にした「風都市」が作った原盤制作会社の名前(1年足らずで消滅)。1977年の雑誌『ヤング・ギター』は、シティ・ミュージックを「都会的なフィーリングを持ったニュー・ミュージック」と定義し、『風街ろまん』を起点に選んだ。 Q. はっぴいえんどが「始まり」になったのはいつ? A. 2002年の木村ユタカ監修のディスクガイド『ジャパニーズ・シティ・ポップ』が500枚を並べ、1970年のはっぴいえんどのデビュー作を最初に置き、巻末に家系図を付けた。2004年の金澤寿和『Light Mellow 和モノ 669』も、はっぴいえんどを「ROOTS OF CITY POP」と位置づけた(加藤賢 2020)。 Q. 海外のブームは日本の家系図から来た? A. ソメによれば、海外のブームは日本のディスクガイドとはほとんど関係なく、ヴェイパーウェイヴやフューチャーファンク、YouTubeのおすすめから起き、海外のファンは系譜への関心が薄い。日本のメディアはそれを「逆輸入」として売り直した。 Q. 山下達郎本人は何と言っている? A. 2022年6月の現代ビジネスで、再注目の理由は正直分からないと前置きしたうえで、日本のアナログ録音の技術と創造性が1982〜83年頃にピークで、シティポップと言われている時代と重なるので、注目されるのは必然的なことかな、と話している。「シティポップと呼ばれるのを嫌がった」という話のはっきりした記録は見つからなかった。 ■ 基本データ ・主な資料: モーリッツ・ソメ「ジャパニーズ・シティ・ポップ」とは何か(加藤賢 訳)、加藤賢「シティ・ポップ」の語られ方(いずれも『阪大音楽学報』16・17合併号、2020年) ・最近の動き: 山下達郎『CIRCUS TOWN』50周年記念盤(2026年4月)、山下達郎ツアー「PERFORMANCE 2026」(9月18日〜12月5日)、Suchmosの活動再開とツアー(2026年) ・シリーズ「シティポップ深掘り」8/8(最終回) ■ English summary Who named "city pop"? Neither Tatsuro Yamashita nor Eiichi Ohtaki called their music by that name. Drawing on two 2020 papers by Moritz Sommet and Ken Kato, this video traces the term from the 1973 company "City Music" and a 1977 magazine definition, through its earliest newspaper use in a 1981 Yomiuri review and 1982 rookie profiles, to its disappearance after 1987 and its 2002 revival as a genre with a family tree rooted in Happy End. The overseas boom, by contrast, came through vaporwave, future funk and YouTube recommendations, and was then resold in Japan as a "reverse import." ▼ シリーズ「音楽の歴史」(27本・続けて再生) https://www.youtube.com/watch?v=RZewDnKwE_U&list=PLPK4qWtBdujU ◀ 前の回: 「プラスティック・ラヴ」はなぜ一度消えた?消したのは写真家|竹内まりや・37年目のオリコン5位・2021年 https://youtu.be/inQbEoEQ_DQ ▶ 次の回: 40年前の東京の曲が、なぜいま海外で探される?シティポップを知らなくてもわかる謎解き|プラスティック・ラヴ・夢で逢えたら・吉田美奈子・杏里・大貫妙子 https://youtu.be/wjLtUhOSyxo ▼ 関連する回 ・シティポップとは?なぜ海外で再ブーム https://youtu.be/RZewDnKwE_U ・吉田美奈子とは?「夢で逢えたら」を1976年に最初に歌った歌手 https://youtu.be/COWUSrIwZbM チャプター 0:00 「シティポップ」は誰が決めた? 0:36 「シティ・ミュージック」という会社 1:24 新聞に出た最初の日 2:22 新人を紹介する言葉 3:21 仮説:音が似ているから? 4:00 2002年、一冊の本 4:48 家系図が増える 5:28 「神話」という見方 6:19 仮説:本当は海外が決めた? 7:07 2010年代の「新しいシティ・ポップ」 7:54 起源ははっきりしない 8:31 本人の言葉 9:26 答え 10:22 前の回との接続 10:54 結び 主な出典 - モーリッツ・ソメ(加藤賢 訳)『阪大音楽学報』16・17合併号(2020年): https://ir.library.osaka-u.ac.jp/repo/ouka/all/98476/jhms_16_17_015.pdf - 加藤賢『阪大音楽学報』16・17合併号(2020年): https://ir.library.osaka-u.ac.jp/repo/ouka/all/98477/jhms_16_17_045.pdf - nippon.com(栗本斉・2018年12月21日): https://www.nippon.com/ja/column/g00631/ - 現代ビジネス(2022年6月22日): https://gendai.media/articles/-/96444 - ソニーミュージック(CIRCUS TOWN 50th Anniversary Edition): https://www.sonymusic.co.jp/artist/tatsuro/info/580642 - e+(PERFORMANCE 2026): https://eplus.jp/tatsuro2026-c/ - THE FIRST TIMES(2026年2月6日・Suchmos): https://www.thefirsttimes.jp/?p=761478 - 1976年の宣伝文句の例は、谷川越二「ディスコ・ガイド」『中南米音楽』1976年7月号の表記による(Weblio転載のWikipedia「City Pop」)。1981年の例は、ソメが調べた52本の文章の中で最古という意味。 写真(Wikimedia Commons・ライセンスに従いトリミングして使用) - Photo: wilford peloquin / CC BY 2.0 / Wikimedia Commons(https://creativecommons.org/licenses/by/2.0): https://commons.wikimedia.org/wiki/File:71-2546_Tokyo_1971_(51420944751).jpg (続きと出典の全文はYouTubeの説明欄に) YouTube(動画版): https://youtu.be/dBumbggDzSY

    「シティポップ」は誰が決めた?1981年の新聞と2002年の家系図|山下達郎・はっぴいえんど・ジャンル名の歴史
  6. Oct 26

    「プラスティック・ラヴ」はなぜ一度消えた?消したのは写真家|竹内まりや・37年目のオリコン5位・2021年

    ※この回の進行役と聞き手の声は、AI音声(Gemini TTS)で作っています。 竹内まりや「プラスティック・ラヴ」(1984年)は、2017年に非公式のYouTube動画で世界に広まり、一度消え、戻り、公式化され、2021年11月に発売から37年目で初めてオリコン週間シングルランキングのトップテン(5位)に入った。動画を消したのはレコード会社ではなく、サムネイルに使われていた写真を撮った一人の写真家だった。誰が止め、誰が許し、誰が追認したのかをたどる。 ■ 耳で聴く本も ※この欄には広告(Amazonアソシエイト)のリンクを含みます。 ・Audible(オーディブル) https://www.amazon.co.jp/hz/audible/mlp?tag=soundarchive-22 Amazonのアソシエイトとして、SOUND ARCHIVEは適格販売により収入を得ています。 ■ この動画でわかること(Q&A) Q. 「プラスティック・ラヴ」の動画を消したのは誰? A. 2017年7月5日に「plastic lover」名義で投稿された約8分の非公式ループ版は、サムネイルの写真を撮った米国の写真家アラン・レヴェンソンの著作権の申し立てで一度削除された。写真は1980年のシングル「Sweetest Music」のために撮影されたものとされる。 Q. 動画はどうやって戻った? A. レヴェンソンは「動画に自分の名前を載せれば申し立てを取り下げる」と伝え、動画はコメント欄ごと戻った(Kotaku 2021年11月)。2019年6月の時点では戻っていたと記録されている。 Q. レコード会社はどうした? A. ワーナーミュージック・ジャパンは削除ではなく、2019年5月に公式ミュージックビデオの短い版(1分49秒・監督 林響太朗)を公開。完全版は2020年11月の映像作品『souvenir the movie』特別版に収録され、2021年11月にフルサイズがYouTubeで公開された。 Q. 2021年のチャート入りとは? A. 2021年11月3日の「レコードの日」に12インチが再発され、ジャケットにレヴェンソンの写真が使われた。オリコン週間シングルランキング5位、週間売上約1.4万枚で、すべてアナログ盤だった。1985年の12インチは当時86位。SoundScan Japanの2021年アナログ・シングル年間1位にもなった。 Q. 竹内まりや本人は海外での人気を狙っていた? A. 2018年のThe Japan Timesのインタビューで、海外で出すことは思いもしなかった、当時曲を書いていたのは楽しかったから、と話している。 ■ 基本データ ・竹内まりや「プラスティック・ラヴ」/アルバム『VARIETY』(1984年)収録、12インチ 1985年3月 ・非公式動画: 2017年7月5日投稿、2018年6月時点で2500万回超(現代ビジネス) ・公式MV短縮版: 2019年5月(1分49秒・監督 林響太朗) ・12インチ再発: 2021年11月3日(レコードの日)/オリコン週間5位・約1.4万枚 ・最近の動き: 竹内まりや 11年ぶりのアリーナツアー「souvenir2025」(14公演・約14万人)、レコードの日2026(11月3日・12月5日)、日本のアナログ盤の生産金額 2025年に84億円超(80億円超えは1988年以来) ・シリーズ「シティポップ深掘り」7/8 ■ English summary Why did the unofficial YouTube upload of Mariya Takeuchi's "Plastic Love" (1984) disappear, return and turn official, and how did the song reach No. 5 on Oricon's weekly singles chart in November 2021, 37 years after its release? The takedown came not from the label but from photographer Alan Levenson, whose 1980 photo was used as the thumbnail. A one-line photo credit restored the video, and Warner Music Japan answered with an official music video and a Record Store Day vinyl reissue featuring that very photo. ▼ シリーズ「音楽の歴史」(27本・続けて再生) https://www.youtube.com/watch?v=RZewDnKwE_U&list=PLPK4qWtBdujU ◀ 前の回: シティポップはなぜ韓国が先?Night Tempo「プラスティック・ラヴ」リミックスと消えたB面|ユビン・JYP・2016年 https://youtu.be/bZoSkjXJkl0 ▶ 次の回: 「シティポップ」は誰が決めた?1981年の新聞と2002年の家系図|山下達郎・はっぴいえんど・ジャンル名の歴史 https://youtu.be/dBumbggDzSY ▼ 関連する回 ・シティポップはなぜ韓国が先?Night Tempo「プラスティック・ラヴ」リミ… https://youtu.be/bZoSkjXJkl0 ・シティポップとは?なぜ海外で再ブーム https://youtu.be/RZewDnKwE_U チャプター 0:00 「プラスティック・ラヴ」を消したのは誰? 0:42 8分の動画 1:18 仮説:レコード会社が消した? 1:43 1980年の写真 2:18 殺到した中傷 2:50 一行の和解 3:28 レコード会社の選択 4:08 仮説:本人が仕掛けた? 4:56 三段の追認 5:31 レコードの日 6:04 37年目の数字 7:01 誰が買ったのか 7:49 答え 8:48 広がることと、残ること 9:20 結び 主な出典 - Kotaku(2021年11月18日): https://kotaku.com/decades-later-mariya-takeuchi-s-plastic-love-is-a-top-1848081072 - 現代ビジネス(柴那典・2019年7月4日): https://gendai.media/articles/-/65477 - Wikipedia「Plastic Love」: https://en.wikipedia.org/wiki/Plastic_Love - Vassar College Musical Urbanism(2019年6月5日): https://pages.vassar.edu/musicalurbanism/2019/06/05/the-curious-case-of-mariya-takeuchis-plastic-love-guest-blog-by-thomas-calkins/ - オリコン(2020年8月31日・souvenir the movie): https://www.oricon.co.jp/news/2170752/full/ - Billboard JAPAN(2021年11月12日・MVフルサイズ公開): https://www.billboard-japan.com/d_news/detail/105832/2 - ワーナーミュージック・ジャパン(12インチ再発): https://wmg.jp/mariya/discography/25074 - オリコン(2021年11月24日・週間5位): https://www.oricon.co.jp/news/2214336/full/ - Billboard JAPAN(2022年2月14日・SoundScan Japan年間): https://www.billboard-japan.com/d_news/detail/108871/2 - AFP / The Korea Times(2022年2月22日): https://www.koreatimes.co.kr/amp/world/20220222/city-pop-the-soundtrack-to-japans-boom-years-goes-viral - Real Sound(2025年6月26日・souvenir2025): https://realsound.jp/2025/06/post-2067490_2.html - レコードの日: https://record-day.jp/ (続きと出典の全文はYouTubeの説明欄に) YouTube(動画版): https://youtu.be/inQbEoEQ_DQ

    「プラスティック・ラヴ」はなぜ一度消えた?消したのは写真家|竹内まりや・37年目のオリコン5位・2021年
  7. Oct 25

    シティポップはなぜ韓国が先?Night Tempo「プラスティック・ラヴ」リミックスと消えたB面|ユビン・JYP・2016年

    ※この回の進行役と聞き手の声は、AI音声(Gemini TTS)で作っています。 2018年6月、韓国の大手事務所JYPが出した元Wonder Girlsのユビンのソロデビュー作から、B面予定曲「City Love(도시애・都市愛)」が収録取り消しになった。竹内まりや「プラスティック・ラヴ」、とくに2016年に公開されたNight Tempoのリミックスに似ているという声が広がったためだ。日本で「シティポップブーム」と言われる前に、なぜ韓国のリスナーはすぐ気づけたのか。リミックス、検索データ、日本大衆文化の開放の歴史からたどる。 ■ 耳で聴く本も ※この欄には広告(Amazonアソシエイト)のリンクを含みます。 ・Audible(オーディブル) https://www.amazon.co.jp/hz/audible/mlp?tag=soundarchive-22 Amazonのアソシエイトとして、SOUND ARCHIVEは適格販売により収入を得ています。 ■ この動画でわかること(Q&A) Q. Night Tempo(ナイト・テンポ)とは? A. 1986年生まれ、韓国出身のプロデューサー・DJ。本業はプログラマーで、2014年ごろからSoundCloudにリミックスを上げ始めた。2016年3月に公開された「プラスティック・ラヴ」のリミックスは、2019年6月時点で800万回を超えて再生されていた(現代ビジネス)。 Q. ユビン「City Love」の収録取り消しとは? A. 2018年6月5日、ユビンはデビュー作『都市女子』とタイトル曲「淑女(Lady)」を出した。B面予定の「City Love」は予告の公開後に似ているという指摘が広がり、JYPは発売を延期したうえで取り消した。Night Tempoは「1月にJYP側から連絡があり、打ち合わせにも行った」と投稿し、JYPは「Night Tempoからも曲を受け取ったのは事実だが、方向性が合わず作業は進めなかった」と声明を出した。盗作かどうかは明らかにされていない。 Q. なぜ韓国が日本より先だった? A. 韓国では日本の大衆文化が長く公式には入ってこなかった。1998年10月の第1次開放から段階的に開かれ、日本語の歌のCDが正式に解禁されたのは2004年1月の第4次開放。1998年以降に育った世代にとって、80年代の日本は懐かしむ対象ではなく「初めて出会う過去」だった、というのが動画の結論だ。 Q. 「Mariya Takeuchi」の検索はどこで多かった? A. 現代ビジネスの記事(2019年7月4日)が紹介したGoogleの検索データでは、2017年夏から上がり2018年8月にピーク。地域の上位は韓国、フィリピン、香港、シンガポール、インドネシアだった。 Q. 韓国でのシティポップの広がりは? A. 2018年の終わりごろから「Newtro(ニュートロ)」が流行語に。若者が集まる店で山下達郎や杏里がBGMに流れ、IU「Last Night Story」(2017年)、JANNABI「躊躇する恋人たちのために」(2019年)など韓国の80年代を掘り返す動きも並走した。2018年に始まった「Digging Club Seoul」は70〜90年代の韓国の隠れた名曲を録り直した。日本出身のYUKIKAは2019年に韓国でソロデビューし、2020年7月に『Soul Lady』を出した。 Q. Night Tempoの今は? A. 2019年4月にWinkを第1弾とする公式シリーズ「昭和グルーヴ」を始め、同年7月28日にフジロックに出演。2026年10月29日から全国9都市の「ザ・昭和グルーヴ・ツアー2026」を回り、東京公演のゲストはWinkの相田翔子。 ■ 基本データ ・Night Tempo「Plastic Love」リミックス/2016年3月公開(Artzie Music) ・ユビン『都市女子(City Woman)』/2018年6月5日/JYPエンターテインメント/B面予定曲「City Love(도시애)」は収録取り消し ・日本大衆文化の開放: 第1次 1998年10月(映画・ビデオ)→ 第4次 2004年1月1日(日本語の歌のCDを含む) ・最近の動き: 日韓国交正常化60年(2025年)とJ-POPの初来韓公演、竹内まりや 11年ぶりのアリーナツアー「souvenir2025」(14公演・約14万人)、Night Tempo 全国9都市ツアー(2026年10月29日〜11月23日) ・シリーズ「シティポップ深掘り」6/8 ■ English summary Why did Korean listeners embrace Japanese city pop before the boom was named in Japan? This video traces Night Tempo's 2016 remix of Mariya Takeuchi's "Plastic Love," the 2018 withdrawal of the B-side "City Love" from Wonder Girls alumna Yubin's JYP debut, Google search data led by South Korea, and the staged opening of Japanese pop culture in Korea (1998-2004) that made the 1980s feel like a "new past" to a younger generation. ▼ シリーズ「音楽の歴史」(27本・続けて再生) https://www.youtube.com/watch?v=RZewDnKwE_U&list=PLPK4qWtBdujU ◀ 前の回: 『Pacific Breeze』とは?シティポップ初の公式海外盤はなぜシアトルから|Light in the Attic・細野晴臣・2019年 https://youtu.be/TCGMjQnuSvc ▶ 次の回: 「プラスティック・ラヴ」はなぜ一度消えた?消したのは写真家|竹内まりや・37年目のオリコン5位・2021年 https://youtu.be/inQbEoEQ_DQ ▼ 関連する回 ・「プラスティック・ラヴ」はなぜ一度消えた?消したのは写真家 https://youtu.be/inQbEoEQ_DQ ・なぜ「ルパン三世」のテーマはファンクなのか?海外のDJが見つけた日本製ディスコ… https://youtu.be/M8G2f1otP4Y チャプター 0:00 シティポップは、なぜ韓国が先? 0:43 本業はプログラマー 1:28 検索の地図 2:02 仮説:近いから? 2:26 1998年の開放 3:25 Newtroという言葉 4:20 ユビンのデビュー 4:55 消えたB面 5:58 仮説:騒動だから広まった? 6:27 自分たちの過去を掘る 7:06 逆に渡った人 7:57 日本へ戻ってきた火 8:43 答え 9:37 もう一つ前の章 10:25 結び 主な出典 - Seoul Shinmun(2018年6月7日): https://en.seoul.co.kr/news/entertainment/2018/06/07/20180607500037 - Seoul Shinmun(2018年6月7日・JYPの声明): https://en.seoul.co.kr/news/entertainment/2018/06/07/20180607500110 - The Korea Times(2018年6月7日): https://www.koreatimes.co.kr/www/art/2018/06/682_250261.html - Billboard(2018年6月5日): https://www.billboard.com/music/music-news/wonder-girls-yubin-lady-video-8459434/ - 現代ビジネス(柴那典・2019年7月4日): https://gendai.media/articles/-/65477 - Rolling Stone Japan(2019年11月2日): https://www.excite.co.jp/news/article/RollingStone_32373/ - 国家記録院(日本大衆文化の開放): https://theme.archives.go.kr/next/koreaOfRecord/cultureofJapan.do - korea.kr(2003年9月16日・第4次開放): https://m.korea.kr/news/policyNewsView.do?newsId=20002475 (続きと出典の全文はYouTubeの説明欄に) YouTube(動画版): https://youtu.be/bZoSkjXJkl0

    シティポップはなぜ韓国が先?Night Tempo「プラスティック・ラヴ」リミックスと消えたB面|ユビン・JYP・2016年
  8. Oct 24

    『Pacific Breeze』とは?シティポップ初の公式海外盤はなぜシアトルから|Light in the Attic・細野晴臣・2019年

    ※この回の進行役と聞き手の声は、AI音声(Gemini TTS)で作っています。 『Pacific Breeze: Japanese City Pop, AOR & Boogie 1976-1986』は、2019年5月3日にアメリカ・シアトルの再発レーベル Light in the Attic(ライト・イン・ジ・アティック)が出した、日本のシティポップの編集盤だ。レーベル自身は「日本国外で初めて正式に許可を取ったシティポップの概観盤」とうたった。なぜ日本の大手ではなく、シアトルの小さなレーベルだったのか。選曲者と権利担当の動きからたどる。 ■ 耳で聴く本も ※この欄には広告(Amazonアソシエイト)のリンクを含みます。 ・Audible(オーディブル) https://www.amazon.co.jp/hz/audible/mlp?tag=soundarchive-22 Amazonのアソシエイトとして、SOUND ARCHIVEは適格販売により収入を得ています。 ■ この動画でわかること(Q&A) Q. 『Pacific Breeze』とは? A. Light in the Attic の日本アーカイブ・シリーズの3作目(2017年発表)。16曲収録、ジャケットは永井博のイラスト。予約限定セットにはビーチタオルが付いた。 Q. 誰が選曲した? A. 盤のクレジットはアンディ・キャビック(Vetiver)、ザック・カウイー、マーク・“フロスティ”・マクニール(dublab創設者)。日本生まれのヨウスケ・キタザワが権利交渉を担当した。キャビックは2000年代半ば、日本のタワーレコードの試聴機で山下達郎やはっぴいえんどに出会ったと伝えられている。 Q. 収録アーティストは? A. 惣領智子、大貫妙子、吉田美奈子、細野晴臣、佐藤博、高橋幸宏、高中正義、鈴木茂、阿川泰子、当山ひとみ など16曲。山下達郎と大滝詠一は入っていない。 Q. なぜ海外の小さなレーベルがまとめられた? A. 動画の結論は「先に掘っていた人と、許可を取れる人がそろったから」。当時、海外では違法アップロードや音の悪いコピーで聴くしかなく、許可を一つずつ取った盤であること自体に価値があった。 Q. 続編は? A. 『Pacific Breeze 2』(2020年5月15日・1972-1986、大滝詠一・杏里・菊池桃子・亜蘭知子など)、『Pacific Breeze 3』(2023年春・1975-1987、女性アーティストに焦点)。2026年10月時点で3作とも「再プレスの予定なし」。 Q. 細野晴臣との関係は? A. キタザワによれば、3作の選曲を固めた後「全部に細野晴臣が関わっている」と気づき、2018年からの細野のソロ作の再発につながった。細野は2026年9月にアメリカのレーベルから7年ぶりの新作を出している。 ■ 基本データ ・Pacific Breeze: Japanese City Pop, AOR & Boogie 1976-1986/2019年5月3日/Light in the Attic(LITA 163) ・評価: Pitchfork 8.0(2019年5月20日) ・同シリーズ『Kankyō Ongaku』が第62回グラミー賞 最優秀ヒストリカル・アルバムにノミネート(2020年) ・最近の動き: 高中正義のLA公演(2025年3月・2回とも完売)、大貫妙子のLA単独公演(2026年2月)、永井博の個展「STILL HERE」(東京・神宮前、2026年10月22日〜11月13日) ・シリーズ「シティポップ深掘り」5/8 ■ English summary Pacific Breeze (Light in the Attic, May 3, 2019) was billed as the first officially licensed overview of Japanese city pop released outside Japan. This video explains how a small Seattle reissue label, West Coast diggers like Andy Cabic, Zach Cowie and Mark "Frosty" McNeill, and licensing lead Yosuke Kitazawa turned an unlicensed YouTube craze into an authorized box set, and why Haruomi Hosono turned out to be the hidden thread of the series. ▼ シリーズ「音楽の歴史」(27本・続けて再生) https://www.youtube.com/watch?v=RZewDnKwE_U&list=PLPK4qWtBdujU ◀ 前の回: 杏里「悲しみがとまらない」のイントロは誰が作った?角松敏生と林哲司の1983年|Timely!!・シティポップ https://youtu.be/U5_FQIsgjHw ▶ 次の回: シティポップはなぜ韓国が先?Night Tempo「プラスティック・ラヴ」リミックスと消えたB面|ユビン・JYP・2016年 https://youtu.be/bZoSkjXJkl0 ▼ 関連する回 ・なぜ「ルパン三世」のテーマはファンクなのか?海外のDJが見つけた日本製ディスコ… https://youtu.be/M8G2f1otP4Y ・環境音楽とは?吉村弘ら日本のアンビエント作品集がグラミー候補になった理由 https://youtu.be/-E2uXkoxCrA ・シティポップはなぜ韓国が先?Night Tempo「プラスティック・ラヴ」リミ… https://youtu.be/bZoSkjXJkl0 チャプター 0:00 初の公式まとめは、なぜシアトル? 0:39 2017年の発表 1:25 「完全ライセンス」の意味 2:10 仮説:大手がやらなかっただけ? 2:36 試聴機で出会った男 3:19 権利を取りに行った人 4:05 プールの絵とビーチタオル 4:44 裏の主役 5:31 仮説:ジャンルとして輸出された? 6:10 評価と批判 6:43 続編、そして第3弾 7:38 許可された箱のあとで 8:28 答え 9:16 輪が一周した 9:44 結び 主な出典 - Tiny Mix Tapes(2019年3月8日): https://www.tinymixtapes.com/news/light-attic-announces-overview-compilation-japans-city-pop-genre - FACT(2017年4月22日・日本シリーズ発表): https://factmag.com/2017/04/22/light-attic-japan-archival-series - FACT(2019年3月9日・収録曲): https://factmag.com/2019/03/09/light-in-the-attic-japanese-city-pop-compilation-pacific-breeze - Rolling Stone(2019年5月2日): https://www.rollingstone.com/music/music-features/japanese-city-pop-returns-light-in-the-attic-compilation-pacific-breeze-822663/ - TURN(キタザワ・インタビュー): https://turntokyo.com/features/light_in_the_attic/ - The FADER(2020年5月18日): https://www.thefader.com/2020/05/18/andy-cabic-mark-mcneill-light-in-the-attic-pacific-breeze-city-pop-interview - Pitchfork(2019年5月20日): https://pitchfork.com/reviews/albums/various-artists-pacific-breeze-japanese-city-pop-aor-and-boogie-1976-1986/ - The Japan Times(2019年5月1日): https://www.japantimes.co.jp/culture/2019/05/01/music/pacific-breeze-collates-slick-sound-japanese-city-pop/ - The Vinyl Factory(Pacific Breeze 3): https://thevinylfactory.com/news/light-in-the-attic-city-pop/ (続きと出典の全文はYouTubeの説明欄に) YouTube(動画版): https://youtu.be/TCGMjQnuSvc

    『Pacific Breeze』とは?シティポップ初の公式海外盤はなぜシアトルから|Light in the Attic・細野晴臣・2019年

About

SOUND ARCHIVE 音楽の歴史は、日本のポップスと歌の歴史を「なぜ?」から解き明かす日本語のポッドキャスト。多くの回は10分前後で、進行役と聞き手の2人の掛け合いで、毎回最後に答えまでたどる。 【この番組で答えている疑問】 ・シティポップとは何か。なぜ40年前の東京の曲がいま海外で探されるのか ・竹内まりや「プラスティック・ラヴ」はなぜ2021年にオリコン週間5位に入ったのか ・坂本九「上を向いて歩こう」はなぜ「SUKIYAKI」の名で1963年に全米1位になったのか ・演歌はいつから「日本の心」と呼ばれるようになったのか ・CDが一番売れた年は本当に1998年なのか ・「蛍の光」「仰げば尊し」の原曲は外国の歌なのか ・環境音楽(日本のアンビエント)とは何か 【取り上げた人と作品】 山下達郎、竹内まりや、大貫妙子『SUNSHOWER』、吉田美奈子、杏里、間宮貴子『LOVE TRIP』、細野晴臣、坂本龍一、角松敏生、林哲司、坂本九、吉村弘、Night Tempo、はっぴいえんど 【作り方】 論文や当時の新聞・雑誌の記事を手がかりにする。各回の主な出典はYouTube版の説明欄に載せている。 【こんな人に】 シティポップや昭和の歌謡曲が好きな人、好きな曲の生まれた背景を知りたい人、通勤や作業中に聞ける音楽の話を探している人。 動画版はYouTubeチャンネル「SOUND ARCHIVE - 音楽の歴史」で公開している。 ※この番組の進行役と聞き手の声は、AI音声(Gemini TTS)で作っています。BGMはこのチャンネルのオリジナル曲で、当時の曲ではありません。