推しタカボイスドラマ「空と海の彼方に〜ちいさなちいさな海辺のまちのエモエモ物語」

Ks(ケイ)、湯浅一敏、空と海の彼方に

推しタカ(推し活!TAKAHAMA)が2024年4月からスタートしたボイスドラマです。愛知県高浜市を舞台にちょっとだけエモいボイスドラマです。毎月新作を公開していきます!(CV:桑木栄美里/山崎るい)

  1. ボイスドラマ「セカンドチャンス〜もうひとつのNBA」

    JUL 25

    ボイスドラマ「セカンドチャンス〜もうひとつのNBA」

    忘れ物を届けた先にあったのは、過去の自分だった——。セントレア空港で働くルイ(28歳)は、ロスト&ファウンドでNBA選手のボールを預かる。持ち主は、プロ入り4年目・未だ無得点の控え選手エバン・ヒーロー。夢を諦めかけたふたりに訪れた、「セカンドチャンス」とは? ・高浜市×セントレア×NBA・感動のクライマックスはまさかのゴール下! バスケ経験者にも、そうでない人にも届けたい、再出発の物語。 (CV:山崎るい) 【ストーリー】 <『セカンドチャンス』> 主人公・ルイ(28):セントレア空港のロスト&ファウンド係。几帳面で冷静、でも実は学生時代バスケ部でNBAの大ファンだったがインターハイ予選の決勝でセカンドチャンスを外して敗退。それがきっかけでトラウマに。 エバン・ヒーロー(24):NBAのベンチメンバー(補欠)。来日試合のためにセントレア経由で入国。誰よりも努力家だが入団以来公式戦で得点がない。日本が嫌い [シーン1:インターハイ決勝のトラウマ/2015年8月高浜市体育館(碧海)】 ◾️SE:会場の大歓声 「ルイ、スクリーン!」「OK!」 2015年5月30日。 その日、碧海町の高浜市体育館は、熱狂的な歓声に包まれ、 シューズの摩擦音が響いていた。 インターハイ予選決勝、残り時間はあと10秒。 1点ビハインドで迎えた、九死に一生の場面。 ポイントガードが インサイドに切れ込むセンターのミサキにパスを送る。 だが、相手チームの厳しいディフェンスがミサキのシュートを阻んだ。 ボールはリングに嫌われ、無情にもリムを叩いて転がっていく。 その瞬間、私は無意識に動き、ルーズボールに飛び込む。 「ルイ!今よ!セカンドチャンス!」 視界の端に、赤く点滅するショットクロックが見えた。 もう時間がない。 拾い上げたボールを抱え、私は迷わずドライブを仕掛ける。 マークについていた相手フォワードをクロスオーバーで抜き去り、ゴール下へ。 ノーマークだ。 誰もが私のシュートが決まることを確信した。 しかし、放たれたボールは・・・ ◾️SE:会場のためいきと大歓声 実況アナウンサーの絶叫が、耳に突き刺さる。 ボールはリングに弾かれ、無情にもアウトオブバウンズ。 その瞬間、試合終了を告げるブザーが、私の心を打ち砕いた。 鼓膜から歓声は消え去り、 凍り付いた時間の中でコートは静まり返る。 チームメイトの慰める声も私の耳には入らない。 ベンチから歩いてくる監督は、作り笑顔の中に落胆した表情が隠せない。 この日を境に、私の心からバスケットボールという言葉は消えた。 あんなに好きだったNBAの試合ですら怖くて見れない。 高校最後の初夏が、私の一番好きなものを奪っていった。 [シーン2:中部国際空港セントレア】 ◾️SE:空港のガヤ 「え?忘れ物? もう〜。帰ろうと思ったのに」 あれから10年後の2025年。 私は高浜から毎日車でセントレアへ通う。 中部国際空港・第1ターミナル1階 総合案内所裏「遺失物取扱所」 通称“ロスト&ファウンド”。 それが私の職場だ。 ガラス越しに見える滑走路と、遠ざかっていく白い機体。 カウンターの奥、仕切られた一角で私は丁寧にグローブをはめた。 目の前の“拾得物預かり票”にボールペンで書き込んでいく。 国内線112便・到着ロビーC付近で拾得。品目・・・ ・・・ボール? え? ロスト&ファウンドに普段届くのは、財布やスマホ、書類がほとんど。 スポーツ用品が届くのは珍しい。しかも・・・ このサイズ、この形状、このカラーは・・・バスケットボール。 一目見ただけでわかる。 プロ仕様のバスケットボールだ。 深いオレンジ色の革には、使い込まれた証拠の擦れ。 かすかに汗の匂いが染み込んでいる。 「・・・まじか」 ためらいながら、手を伸ばす。 手のひらで感じる感触。 顔を近づけたとき、微かに漂う皮の匂い。 記憶の奥底に封じ込めたはずの感情が、ふいに呼び覚まされる。 ボールのパネルには、筆記体で「E. HERO(イー・ヒーロー)」と刺繍されていた。 その下には、見慣れない猛禽類のマークが縫い付けられている。 どこかのチームロゴだろうか。 高校のとき、あんなに夢中だったNBA。 10年という歳月は、私をここまでバスケから遠ざけちゃったんだな。 名前まで入れて・・ よっぽど大切にしていたボールなんだろう。 なんとか返してあげなくちゃ。 全然気にもとめなかったけど、 何チームかエキシビジョンマッチで来日していたらしい。 「イー・ヒーロー・・・?どっかで聞いたような・・」 その名前が、私の頭の中をかすめた。 ベンチメンバーにそんな名前の選手がいたような・・・ でも、NBAの選手がこんな大事なボールを忘れるか・・・? [シーン3:ルイの自宅】 ◾️SE:自宅の雑踏/ノンアルコールビールを注ぐ音 その夜、私はノンアルコールビールを飲みながら自宅のパソコンで名前を検索した。 (だって私、お酒飲めないんだもん) 検索窓に「E・ヒーロー ・・」と打ち込むと、 「エバン・ヒーロー?」続けて「0(ゼロ)」と表示される。 なにこれ? ヒットした記事はどれも、彼の短いNBAキャリアと、 ベンチウォーマーとしての不遇な日々を報じていた。 出場機会はほとんどなく、コートに立っても数分で交代。 シュートを放つチャンスすら滅多にない。「garbage time」に少しだけコートに出させてもらっても パスを回すだけでシュートを打たせてもらえない。 シュートを打ってもプレッシャーから外してしまう。 エバンの公式プロフィールには「キャリア通算得点:0」という数字が、 冷たく刻まれていた。 なんか、私みたい。 胸の奥が締め付けられるような共感を覚える。 高校最後の試合。 1点のビハインドをひっくり返せるはずだったセカンドチャンス。 得点は、2ではなく、0。 あの日から私はずっと「0」という数字に追いかけられていた。 彼もきっと誰にも理解されない孤独な戦いを続けてきたのだろう。 エバンのボールは、ただの遺失物ではない。 それは、私自身のトラウマを映し出す鏡のようだった。 [シーン4:エバンの泊まる衣浦グランドホテル】 ◾️SE:空港の雑踏/朝のイメージ 遺失物取扱所に並べられた、拾得物預かり票。 ロスト&ファウンドの係員として、遺失物の処理には厳格な手順があった。 遺失物法に基づいて、拾得物は警察に届け出る。 公示された後、一定期間、通常は3ヶ月、持ち主が現れなければ、 拾得者のものとなるか、国庫に帰属。 国際空港で拾得された場合は、税関や出入国在留管理局との連携も必要になる。 通常の手続きを踏んでいたら、間に合わない。 エバンが日本に滞在している間に、ボールが彼の元へ戻る可能性は限りなく低い。 彼のチームが日本にいるのは数日間。 その間に手続きが完了するのは極めて難しい。 どうしよう・・・ 気がつくと、私はエバンたちが宿泊するホテルの前に立っていた・・・ ※続きは音声でお楽しみください。

    28 min
  2. ボイスドラマ「禍ツ魂」

    JUN 16

    ボイスドラマ「禍ツ魂」

    「その声は、命を削って届いた」 新人声優ルイが挑んだのは、異色の鬼アニメ『鬼師』のラスボス「禍ツ魂」。過酷な現場、突きつけられる現実、そして自身の病——それでも、彼女の声は人々の心を震わせた。SNSでバズり、異例の主人公交代。感動と希望のラスト、そして次回作『蛇抜』へ繋がる予告も─心震える45分、あなたも“あの演技”を聴いてください。 (CV:山崎るい) 【ストーリー】 [シーン1:スタジオオーディション『鬼師 vs 禍ツ魂』】 ◾️SE:雷鳴轟く豪雨の中 『おのれぇ!こざかしい鬼師どもめがぁ! おまえらごときにこの禍ツ魂の術が破れるものか!?これでもくらえ〜!!』 ◾️SE:爆発音 『なん・・だとぉ〜!!! 術が効かぬ!鬼瓦に吸い込まれる!!! くそぉぉぉぉ〜!鬼師めが! これで終わりと思うなぁ〜! きさまを倒すまでわれは何度も蘇えるからなぁ!』 ◾️SE:音響監督のモブ声「はい!オッケー!」 あ〜、しまったぁ。 ちょいと、やりすぎちゃったかも。 いつもの調子で、ハラから思いっきり声だしちゃった。 最後、アドリブまで入れてるし・・・ ってか今日、バイト先で超ムカついたんだよねー。店長に。 早朝のシフト終わって私にかけた言葉が、 『おつかれ〜。オーディションがんばって。あでもー。 声優なんて食ってけないんだからいい加減あきらめたら〜?』 だって。 ざけんな、っつうの。 あ〜! ったく、セリフに力入ったわ〜。 あ、いかんいかん。 まだオーディション終わってないし。 今日は、一年後に放送される2026年夏アニメのCVオーディション。 って早すぎ? いやいや、TVアニメなんてそんなもんよ。 絵が出来上がる前のアフレコなんてザラだから。 タイトルは『鬼師』。 鬼師というのは、鬼瓦を作る職人のことらしい。 舞台は愛知県高浜市というところ。 なんでも、瓦の生産量が日本一なんだって。 へえ〜。知らなかった。 物語の世界は、平安時代末期から鎌倉時代。 世の中には鬼が闊歩し、人々に畏れられていた。 まさに『百鬼夜行絵巻』の世界。 鬼たちが集まる高浜には、鬼師がいた。 鬼師とは、鬼を討伐する専門職。 特殊な結界を張った瓦に、鬼を封じ込めて葬り去る。 はるか遠い昔の物語。 鬼師と鬼の果てしない戦いを描くアニメだった。 CVオーディションは音響監督の決めうちじゃなくて、 呼ばれた声優たちがいろんな役を演じる。 私はラスボスの鬼じゃなくて、ヒロインの美少女鬼師狙い。 だって最近、アニメじゃいっつもモブか人外ばっかなんだもん。 そうそう。 気持ちを切り替えて、と。 よろしくお願いしま〜す!! [シーン2:自宅のアパート】 ◾️SE:小鳥のさえずり/朝のイメージ 結局、決まったのは鬼の役。 セリフにもあったけど『禍ツ魂』という、すごい名前の鬼。 めっちゃ強そお〜。 源頼光(みなもとのらいこう)に討伐された酒呑童子(しゅてんどうじ)の転生した姿だって。 フィクションだけど。 確か、台本の決定稿きてたよなあ・・・ ◾️SE:台本をペラペラめくる音 あれ? なんか、これ。 オーディションのときと変わってない? この内容、主人公は・・・禍ツ魂・・・ 私〜っ!? うっそぉ! いやいや。違う違う。主人公のCV名は私じゃないし。私の名前は下の方だし。 いまビデオコンテ作ってるとこだって言ってたけど。 監督とシナリオライターの間でなんかあったのかなぁ。 と、と、とにかく。 本番までまだ一ヶ月あるから、台本読みこんどかなきゃ。 役作り役作り。 [シーン3:渋谷のアフレコスタジオ】 ◾️SE:スタジオのガヤ 「おはようございま〜す! 禍ツ魂で入らせていただきます!ルイです! よろしくお願い申しま〜す!」 15分前。 よし、まだスタッフさんだけだ。 じゃなくて、音響監督さんは副調整室の中か。 モブシーンを先に録ってるんだ。 あ、あの子たち。 私の同期。 今回はモブ役なんだね・・ ◾️SE:同期の声優がスタッフに対して「おつかれさまでした」 「あ、あ・・お、おつかれさまでした。 あ、あの・・・」 え? なんか、フツーにスルーされちゃった。 どゆこと?私、なんか、悪いこと、した? と思う間もなく、鬼師役の声優さんが入ってくる。 そうだ、主人公。 彼女に決まったんだ。 別の事務所だけど、いま結構売れてる子だよね。 レギュラー5本以上やってる。 あの話題作の映画にも出てたんじゃないかしら。 年下だけど。 ◾️SE:鬼師役の声優「おはようございま〜す」 「お・・おはようございます。 今日(きょう)は・・・」 「あ、監督。セリフでちょっとわからないとこ、あるんですけど」 え? また? ガンムシ? そういえばレギュラーメンバー、みんなそこそこ売れてる声優ばっかりだ。 やっぱ、地上波のレギュラーアニメだもんね。 私、ここにいていいのかな。浮きまくってる。 ああ、どうしよう・・・ ただでさえ、人見知りするし、人と話すの得意じゃないのに。 ◾️SE:音響監督「よし、じゃあスタンバイ!リハホンでいくぞ」 「はい」 「は、はい・・」 ◾️SE:音響監督「まだ絵がVコンでボールドないから、自分のタイミングで入って」 ◾️BGM:盛り上がる鬼出現のBGM 「出たな、禍ツ魂・・・」 「きさま、鬼師の分際で・・」 ◾️↑2人同時に言葉が被る 「え?」 「あ」 セリフが被ってしまった。 そんなミス、フツーありえない。 スタジオの副調がザワつく。 「ご、ごめんなさい。台本に・・」 「それ、古い台本じゃない?」 「え、そ、そんな・・・」 「決定稿はこれよ」 「わ、私その台本(ほん)もらってない・・・」 「マネージャーに文句言っときなさい」 「は、はい。すみませんでした・・・」 「あ〜あ」 なんでだろう。 決定稿だっつって、一昨日事務所でもらった原稿なのに。 いつ入れ替わった? あのとき、事務所にいたのは・・・ はっ。 さっきのモブの子たち。 まさか・・・ だめだめ。 そんなこと考えるもんじゃない。 それこそ、鬼になっちゃうよ。 予備のホンをもらってなんとかその場をしのぐ。 ニコリともせず、鬼師役の子はモニターに向かって見えを切る。 「出たな、禍ツ魂! 汚れた魂を私が作った瓦の結界で浄化してやる!」 「なにを鬼師の分際で! 返り討ちにしてくれようぞ! 雷(いかづち)よ、天を裂き、鬼瓦を打ち砕けい!」 ◾️SE:雷鳴轟き豪雨が降りしきる 「念を込めた鬼瓦がおいそれと破れるものか! 臨(りん)兵(ぴょう)闘(とう)者(しゃ)皆(かい)陣(じん)烈(れつ)在(ざい) 前(ぜん)!」 「九字切り(くじきり)かぁ! おのれえ!!」 「ノウマクサーマンダ バザラダン!」 「く、苦しい!心臓が・・・!」 え。 本当に胸が苦しい・・・なんで・・・? なんとか、このシーンだけ乗り切らないと・・・ 「ウンタラタ カン マン!」 「ぐえ〜っ!!!」 [シーン4:自宅のアパート〜1年後へ】 ◾️SE:コーヒーを沸かす音 第一回目の収録はなんとか気力で持ちこたえた。 いったいなんだったんだろう? 胸の痛み。 スタジオから出たらすっとひいたけど。 最後のシーン、一発オッケーでほんとによかったわ。 不安を残しながら、ゆっくりと収録の回数を重ねていく。 月1のアフレコの日程。アニメーションの方は制作がだんだん追いついてくる。 最初は動かないラフスケッチのビデオコンテだったのが清書のキャラクターになり、色がついていく。アニメの本数は、1クール12本。 11話まで収録が終わり、アフレコもあと1話のみを残すだけとなった。 季節は巡り、気がつけば夏アニメのオンエアが一斉にスタート。 あっという間に一年が経っていた。 宣伝にあまりお金をかけないと言っていたプロデューサー。 そのせいか、あまり前評判に上がってこなかった。 まあなんとか、人気声優が出てるってことで たまにネットニュースにはなってたけど。 あ、もちろん、人気声優ってのは、主人公のあの子ね。 私にとっては初めての大きな仕事だったからわざわざテレビを購入して、リアタイでアニメ鑑賞。 TVの前で正座・・・って昭和の人ってこんな感じ? ◾️SE:TV音声 「ノウマクサーマンダ バザラダン!」 「く、苦しい!心臓が・・・!」 このシーン。 あのあと病院に行ったら、『心臓弁膜症』って言われたのよねえ。 加齢とともになる人が多いらしいんだけど、 調べてもらったら、先天性な

    27 min
  3. ボイスドラマ「恋は泡沫〜男雛のいない女雛に平安時代の歌会へ異世界召喚された結果」

    MAY 10

    ボイスドラマ「恋は泡沫〜男雛のいない女雛に平安時代の歌会へ異世界召喚された結果」

    「恋は泡沫」は、愛知県高浜市の伝統と歴史、そして現代の若者の心を繋ぐファンタジーです。高浜市は、鬼瓦の産地として知られ、町のあちこちで雛人形や細工人形が見られる「人形のまち」としても有名です。そんな高浜市を舞台に、内気な高校生・ウミが、家に伝わる古典雛に秘められた千年の恋の物語に巻き込まれていきます。夢の中で響く和歌の声、蔵の奥で見つけた男雛、そして平安時代の宮中での歌会—。時を超えた魂の出会いが、ウミの心を揺さぶります。この物語を通じて、古の文化や和歌の美しさ、そして現代の若者の繊細な心情に触れていただければ幸いです。 この物語は高浜市オリジナルアニメ「いきびな」のスピンオフ〜前日譚です(CV:山崎るい) 【ストーリー】 [シーン1:ウミの夢の中1】 ◾️SE:遠くで波の音〜風の音〜笛のようなかすかな旋律 『人知れず こそ思ひ初(そ)めしか・・・』 「え・・」 ここはどこ? ・・・夢? ああ、ここ、私の夢だ。 『いつよりか 面影見えぬ 時もなき身ぞ』 なに? 和・・歌? きいたことない歌だし・・・ また夢を見た。 ここんとこ、毎晩同じ夢・・・。 私はウミ。 吉浜に住む、女子高生。JK。高校1年生。 3月のひな祭りが終わってから、ずうっとこの夢を見てる。 白い霧の中に響き渡る声。 和歌を読み、私に問いかける。 声の主が姿を見せることはない。 なんなの、いったい。 吉浜は人形のまち。 ひな人形や細工人形がまちのあちこちで見られる。 もちろん、うちの家にも。 うちは、桃の節句がとうに過ぎたいまも現在形。 一年中、家の中のどこかに雛壇が置いてある。 立春の日から桃の節句まではリビング。 それ以外は奥の間。 小さい頃からずっとそうだったから、ヘンだと思ったことはない。 友だちの家に行ったときは、どこにあるんだろって探したりしたけど。 それより疑問だったのは、男雛がいないこと。 うちでは、男雛を飾らないんだ。 小さい頃、一度おばあちゃんにきいたことがある。 「どうして男雛がいないの?」 おばあちゃんは優しい笑顔で、 ”女雛と男雛を並べると、よくないことが起きるんだよ” と言った。 そう言われても全然理解できなかった。 だって・・・ お友だちの家でも、お店のショーウィンドウでも、 女雛と男雛は仲良く並んでるんだもの。 だけど、なんだか怖くて、言い返せなかった。 家のなか、どこかに男雛はいるんだろうけど・・・ 探そうとも思わなかった。 [シーン2:ウミの夢の中2】 ◾️SE:遠くで波の音〜風の音〜笛のようなかすかな旋律 『人知れず こそ思ひ初(そ)めしか・・・』 まただ。 今日も夢を見ている。 『・・ いつよりか 面影見えぬ 時もなき身ぞ』 だれ? あなたは、だあれ? 「わらわは親王・・・」 え?答えた? 親王? 親王って? 「新(あらた)の鎧、とでも呼ぶがよい」 新の鎧? よけいわかんない。 「千年の時を越え、魂は、君を待ちわびて候ふ・・・」 だからわかんないってば。 (『人知れず こそ思ひ初(そ)めしか』) またいつもの和歌だ。 何度も繰り返すから覚えちゃった。 明日学校で調べてみようっと。 [シーン3:学校の図書館】 ◾️SE:図書館内のざわめき あった。 「人知れず こそ思ひ初めしか いつよりか 面影見えぬ 時もなき身ぞ」 読み人知らず? 人に知られないようにと思い始めた恋なのに。 いつからかあなたの面影が浮かばない時はなくなってしまった。 はぁ〜。 なんて切ない歌。 意味もなく、幼馴染のソラのことが、思い浮かんじゃった。 意味がない、わけじゃないけど・・ ソラは同級生。 家も同じ吉浜で、小学校も同じ吉浜小学校。 中学も同じで、不思議と毎年同じクラスだった。 部活は違ったけど、家が近いから帰り道も同じ。 合わせてるわけじゃないけど、いつも一緒に帰る。 合わせてる・・・んだけど。本当は。 [シーン4:家の蔵:物置】 ◾️SE:探し物をする雑音 見つけた。 母屋とは離れたところにある「蔵」。 うちは古い家だから、「蔵」なんてものがあるんだ。 昔の道具がしまってある奥の一角。 さらにその一番奥に置かれた大きな桐箪笥。 桐箪笥の一番下の引き出し。 それは桐の箱におさまっていた。 きれいな匂い紙に包まれた”男雛”。 埃がつもった和紙から取り出すと・・・ なんて美しい顔だち。 誰かに似てる気もするけど。 家の人が気づく前に、私は雛人形が飾ってある奥の間へ。 3月と同じように、美しく並べられたお雛様。 その一番上。 女雛の隣がぽっかりあいている。 いつも思ってた。 女雛、寂しそうだな。 少し震えながら 手に抱えた男雛を、ゆっくりと女雛の横に置く。 その瞬間。 部屋の中に風が吹き荒れ、真っ白な光に包まれた。 え〜っ!? うそ〜! [シーン5:平安時代の宮中:歌会始め】 ◾️SE:静かに流れる雅楽 ここは・・・ど、どこ? 晩春の穏やかな日差しが差し込む、宮中の庭園。​ 曲がりくねった遣水(やりみず)のほとり。 色とりどりの狩衣(かりぎぬ)や小袿(こうちき)を纏った歌人たちが、 優雅に座している。 な、な・・・なんで? 歌人たちの前には、香を焚いた硯と白い短冊。 風に揺れる梅の花が淡い香りを運んでくる。 金屏風の前、一段高い位置に座しているのは・・・ まるでお人形のような姫君。​ 年の頃わずか十歳ほどながら、その佇まいは宮中の気品を湛えていた。 高貴な身分であるのは一目でわかる。 ​艶やかな桜色の十二単を纏い、襲(かさね)の色目は、 春の霞を思わせる淡い色合い。 光の加減によって微妙に変化し、思わずみとれてしまう。​ 私、どうなったの? いま、どこにいるの? もともと、あまり感情を表に出す方じゃないから 取り乱したりはしなかったけど・・・ 気を落ち着かせて深呼吸。 ふう〜っ。 私の目は壇上の姫君に釘付けとなった。 姫君の黒髪は、肩を越えて背中まで滑らかに流れ、艶やかな光沢を放っている。 表情は年齢に似合わぬ落ち着きを見せ、周囲のざわめきにも動じていない。 薄く白粉(おしろい)を塗られ​た額。 小さく紅を差した唇。​ 彼女の視線は、常に一点を見つめている。 私? いや、違う。 私の右横、1人の青年に向けられていた。 下を向いて短冊に何か書いているから、顔がよく見えない。 着ているものは、狩衣(かりぎぬ)に烏帽子(えぼし)。 「文様」や「刺繍」が入っていないからきっと下級貴族ね。 私、万葉オタクで、平安時代フェチだから、よくわかる。 狩衣とは、万葉の時代のカジュアルな服装。 袖や脇が縫い合わされてないから、動きやすいのよね。 位が高い貴族だと文字を入れるんだけど。 烏帽子は細長い被り物。黒い色がよく似合ってるわ。 姫君は、視線を動かさないまま白い短冊に和歌を書く。 心の内に浮かぶ想いを和歌に託して書いているんだ。 やがて、書き終わった姫君は口を開く。 (※アニメ/ヒメのセリフから抜粋) 「しのぶれど 色に出でにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで」​ 周囲の歌人たちから感嘆の声があがる。 え? それって、平兼盛の歌じゃなかったっけ? 読み終わったあと、じっと見つめる姫君の視線の先。 隣の青年が顔を上げた。 ソ、ソラ!? 青年の顔は幼馴染のソラとうりふたつ。 っていうより、ソラそのものだった。 私が声をかけようとしたとき、 短冊を手にして、ソラの口が開いた。 『人知れず こそ思ひ初めしか・・・』 「ソラ!だめ〜っ!!」 思わず、声が出てしまった。 一斉に私の方を振り返る歌人たち。 姫君は・・・ 困惑と憤怒の表情で私を睨みつける。 憎しみに満ちた表情のまま壇上で立ち上がった。 その瞬間。 歌会は再び真っ白な光に包まれる。 ゆっくり光の霧が晴れていくと・・・ 目の前には見慣れた雛壇。 おうちだ・・・ いまの、一瞬の異世界召喚だったってこと? う・・・ うそみたい・・・ なんだったの、いったい・・・ はっ。 私は思わず雛壇の一番上から、男雛をつかむ。 女雛にキッと睨まれた気がした。 そのまま母屋を飛び出す。 門扉の向こう側、家の前は学校へつづく道。 塀越しに、道の向こうから部活帰りのソラが歩いてくる。 「ソラ!」 ソラがうちの前を通り過ぎたとき。 私は思わず、男雛を抱えたまま、家の外へ出る。 はぁ、はぁっ・・ 息を切らして駆けていく私。 不思議そうな顔で私を見つめるソラ。 ソラの視

    21 min
  4. ボイスドラマ「最後の弁当、最初の産着〜特別養護老人ホームで働く母がアレルギーの息子にしたこと」

    MAR 27

    ボイスドラマ「最後の弁当、最初の産着〜特別養護老人ホームで働く母がアレルギーの息子にしたこと」

    愛知県高浜市。 海と風に恵まれたこの町には、どこか懐かしさとぬくもりが残っています。『最後の弁当、最初の産着』は、そんな高浜を舞台にした、ある母子の物語です。 体の弱かった息子と、たったひとりで彼を育ててきた母。毎日手づくりされた弁当には、食べ物以上の「想い」が込められていました。編み物で包んだ愛情と、ことばでは言えなかった「ごめんね」「ありがとう」の気持ち。それらはすべて、小さなお弁当箱のなかに詰まっていたのかもしれません。 時代が変わっても、どんなに忙しくても、人の心を動かすのは、ささやかな日常と、積み重ねられた想いです。 Podcastでは音で、「小説家になろう」では文字で、この物語を、ぜひあなたの心で感じてみてください。 ■設定(ペルソナ)とプロット ・息子(18歳)CV:桑木栄美里=幼い頃から体が弱くアレルギー体質。小学校入学時からずうっと毎日作ってくれる母の弁当に育てられたといっても過言ではない ・母(39歳)CV:山崎るい=シングルマザーで働きながら息子を育てた。アレルギー体質になっている息子に対して責任を感じ、どんなに忙しいときも毎日弁当を作ってきた <序章/1998年3月> ■SE〜赤ちゃんの産声 初めて息子の産声を聞いたとき、私は感動で胸が震えた。 ”この子のためなら、私はどんなことでもしよう” 強く心に誓う。 そんな喜びも束の間。母乳を飲む息子に異変を感じた。 最初は皮膚に現れた湿疹。 それは乳児特有の症状だと思っていた。 ところが、気がつくと母乳を飲みながら、苦しそうに息をしている。 そう。これは・・・アレルギー反応。 母乳に含まれる特定のタンパク質に反応して起こっているらしい。 原因は、私が普段食べているもの。 私はシングルマザーだ。 父も母も日本にいない。 働いているのは、高浜の特別養護老人ホーム。 介護士として入所者のいろんなサポートをしている。 当然、仕事は不規則。 食事も朝昼晩、決まった時間になんてとれない。 ランチなんて食べる日の方が少ないくらい。 夜遅く家に帰ってきて食べるのは、決まってカップラーメン。 こんな食生活が、子供をアレルギーにしてしまったのかもしれない。 ”この子のためにできること” 私は、所長に相談して、介護職から生活相談員に変えてもらった。 今までのような夜勤や宿直もやめて、日勤だけに。 夜勤手当がなくなる分、生活は苦しくなるけど、仕方ない。 食生活だってもちろん変えた。 食事はすべて自炊。 食材もなるべく添加物の含まれていないものを選ぶ。 ポイントは、原材料欄のなるべく少ないもの。 そうすれば、意外と高いお金を払わなくてもいけるんだ。 ”この子のために” 生活を切り詰めても、この子に貧しい思いをさせるのはいや。 そうだ。 私、子供の頃から手先が器用で編み物が得意だったんだ。 着るものはもちろん、マフラー、手袋、靴下、ポシェットやブランケットまで。 なんでも、手編みでつくった。 『子供がアレルギーになるのは、母親の愛情が足りないから』 無神経なことを言う人も周りにはいたけれど、関係ない。 だって、愛情なら負けないもん。 使うのは安価なアクリル毛糸。 そうそう、百均の毛糸や編み針って、安いけど結構品質がいいんだよね。 <シーン1/2002年3月> 3年後。 息子の3歳の誕生日。 私は息子に、名前入りのキラキラしたセーターをプレゼントした。 「やったぁ!ママ大好き!」 ウールの毛糸はちょっと高かったけど、 息子の喜ぶ顔を見たら、そんな思いは吹っ飛んだ。 4月になって、保育園に行くようになると、 息子の身の回りはメイド・イン・ワタシのニットで溢れかえっていた。 先生からもらってくる連絡ノートにも、 『おかあさんの愛情あふれるニットに包まれて、息子さんは幸せですね』 なんて書かれていた。 よかった。編み物をして。 私は日勤の仕事になったけど、それでも仕事を終えて帰宅するのは夜7時。 それまでは延長保育で園に預かってもらう。 延長保育は有料だけど、働きながら子育てしてる私には助かる。 私、基本的に残業はしないけど、ときどき息子が一番最後だった。 それでも息子は笑顔で私のもとに駆けてくる。 なんか、私の最大の理解者って感じ。 先生も、延長保育の間、息子はいつもニコニコして絵本を読んでるって。 ありがたいなあ。 保育園に入る頃から息子のアレルギーも治ってきたようだ。 食生活の改善が効いてる? 下処理を工夫して作ってるんだから。 このまま、健康になって、元気に育ってほしいな・・・ <シーン2/2008年3月> 息子の9歳の誕生日。 早めに仕事を切り上げて、学童へ迎えに行くと、なんだか元気がない。 車の中でも無口だ。 アパートに帰り、朝仕込んでおいた料理を仕上げる。 息子の大好物、私の得意料理、とりめし。 少〜し豪華に、平飼いの地鶏のもも肉で。 だって誕生日だもの。 雑穀米を加えて、栄養価と食感をプラス。 うずらの卵、にんじん、しいたけなどを加えて、特別感を演出する。 全部オーガニックよ。 帰り道のケーキ屋で買ってきたスイーツは冷蔵庫へ。 ちょっと奮発してカップケーキ2つと、 息子が大好きな生パピヨンというスポンジケーキ。 今日は半分だけにして、残りは明日食べよう。 とりめしを食べ終わった息子に、可愛くラッピングしたプレゼントを手渡す。 息子は黙って受け取り、包みをあけた。 中から現れたのは、サッカー柄のニット帽とリストウォーマー。 私の手編み。自信作。 最近休み時間にいつもサッカーやってるって言ってたから。 喜んでくれていると思って、顔を覗き込むと・・・ 「こんなのいらない!」 息子はプレゼントを私に投げつける。 そのまま、自分の部屋に引きこもってしまった。 正確に言うと、簡易パネルで仕切った勉強スペースだけど。 少し時間をおいてから息子に話しかける。 「ごめんね。気に入らなかった?」 息子はうつむいたまま私に説明した。 『小学校高学年になって母親の編み物を身につけるなんてダサい』 友達からこう言われたそうだ。 「そっかぁ。そりゃそうだね。もう9歳だもんね。 ママ、考えが足りなかったね。ホントごめん」 そう言って私はアパートを出た。 その足でショッピングセンターへ向かう。 明日の晩御飯の食材、用意していなかったな。 なにしろ慌てて帰ったから。 そのあと既製品の帽子とリストウォーマーを買った。 息子が大好きなブルーとレッドのストライプ。 このくらいの出費は、ちょっと残業すれば大丈夫、大丈夫。 この日を境に、私が毛糸を買うことはなくなった。 編みかけだったものもすべて封印した。 問題ない。 ようし、明日からまたがんばろう。 息子のために。 <シーン3/2014年3月> 中学を卒業して高校へ入ると、息子は吹奏楽の部活を始めた。 なんでも、吹奏楽で有名な高校らしい。 2年生になったころ、しばらく朝練が続いた。 朝5時に家を出る。 私は4時起き。 いいのいいの。 早出で残業つけさせてもらえるから。 こんなときは息子だけじゃなく、私も体調管理には注意しないとね。 最近は弁当を残してくることが多くなった。 疲れてるんだろうな。 それに準レギュラーだって言ってたからストレスもあるだろうし。 それならば・・ 大好物のとりめしをおにぎりにして、鶏のガラスープを水筒へ。 味付けはあっさり目にしたから体にもいいのよ。 息子との会話はほとんどなくなっちゃったけど、 お弁当で話せるから問題ない。 息子の気持ちに合わせた、栄養バランスの良いメニューと、さりげないメッセージ。吹奏楽の大会の日は・・・ 無添加の豚肉に大根おろしとポン酢を添えて 『負けないで。君の音が、ちゃんと届きますように』 風邪気味で食欲がないときは・・・ 雑炊風のおかゆと無農薬の温野菜で 『無理しなくていい。ゆっくり回復しよう』 ひょっとして失恋したかもしれない日は・・ 授産所のみなさんが手作りで焼き上げたクッキー。 少〜しだけビターな、ぱりまるしょこらクランチね。 食物アレルギーの原因食品、特定原材料7品目が不使用なんだから。 メッセージはこう。 『サクッと次いこ!甘くてビターな心を癒して』 なんて感じ。 毎日大変だろうけど、がんばって。 <シーン3/2015年3月> 高校の卒業式は、息子の誕生日だ。 前日が最後のお弁当。 息子は東京

    20 min
  5. ボイスドラマ「ひいなの目覚め〜30年前のこども雛行列が紡ぐ不思議な友情」

    MAR 1

    ボイスドラマ「ひいなの目覚め〜30年前のこども雛行列が紡ぐ不思議な友情」

    『ひいなの目覚め』は、高浜市の伝統行事「こども雛行列」をきっかけに、二人の女性が過去と向き合いながら、新たな一歩を踏み出す物語です。 主人公のルイは、名古屋の大手デパートで働くバリキャリ女子。 彼女の部下・エミリは、雛祭りの企画を通じて「おひなさま」に込められた本当の意味を伝えようとします。 偶然にも、二人のルーツは同じ高浜市。 過去の記憶が呼び覚まされるなか、彼女たちは何を見つけるのでしょうか? 幼いころの記憶、大切な人への想い、そして“おひなさま”に込められた願い――。 心の奥に眠っていた想いが、ゆっくりと目を覚ましていきます。 本作は、Podcast番組「Hit’s Me Up!」の公式サイトをはじめ、Spotify、Amazon、Appleなどの各種Podcastプラットフォームでも配信中! ■設定(ペルソナ)とプロット ・ルイ(34歳)CV:山崎るい=名古屋市内の大手デパートで企画広報部長をつとめる。ストイックで仕事熱心な彼女のことを部下たちは影で”鉄の女”と呼んでいる。高浜市出身だが忙しくて年末年始も帰省できていない ・エミリ(28歳)CV:桑木栄美里=ルイと同じデパートで働くルイの部下。大学時代にマーケティングを学び企画広報部の中心。本当は大学を卒業するとき絵画を学び直して美大へ進みたかった。周りには隠しているが実は高浜市出身(就学と同時に親の転勤で引っ越していった)・・・ ※ルイの母親=CV:桑木栄美里 <シーン1/1995年3月:高浜市の雛めぐり> ■SE〜子供雛行列の賑わい 「行ってくるね!」 艶やかな装束に身を包んだ少年少女が、町を練り歩く。 あれは今から30年前。 (※ここはフィクションとして30年前にしたいがリアルにいくなら「20年前」/あるいは「ずうっと昔のこと」) 8歳の私は、十二単を身に纏い、こども雛行列の先頭を歩いた。 こども雛行列。 高浜市吉浜地区で毎年おこなわれている伝統行事。 姫、殿、官女、五人囃子、右大臣,左大臣、3人の仕丁の15人が 縦一列になって吉浜の町をゆっくり進んでいく。 ”ルイ、この先ずう〜っと健やかに育っていってね” 両親の思いを背負って、私は”いきびな”になった。 第一回目のこども雛行列。 この日の光景は、いつまでも記憶から消えることはないだろう。 <シーン2/2025年2月:名古屋市の有名デパート企画広報室> ■SE〜会議室の雑踏 「今度の催事コンセプトは”弥生〜ひいなの目覚め”です」 自信満々でエミリがプレゼンする。 エミリは、私の部下。 名古屋市内の大手デパートにある企画広報室が私たちの職場だ。 今日は、月1回の企画会議。 10階に設けられた催事フロアで毎月季節に合った特別展を開いている。 今年からエミリが中心となってその企画をプロデュースしていた。 「ひいな、というのは日本古来の人形遊びに由来する言葉。 雛人形の歴史や文化を通じて、昔の日本の美を紹介しようと思って。もちろん雛祭りにまつわるグルメも」 「具体的には?」 「まず、「ひいなの美と変遷」と題して、パネル展をおこないます。 昔の歴史絵巻から江戸時代の浮世絵まで」 「ふうん。それから?」 「実物も展示したいと思っています。 古典雛とか。 徳川美術館なら以前も問い合わせしてるから借りられるかも」 エミリは部長の私に臆せず、毅然とした態度で提案する。 ほかのスタッフはエミリより年上が多いけど、 結構みんな私に距離を置いてるのよね。 そりゃまあ・・ 34歳。独身。企画広報部長。スキルも実力もあってストイック。 って先入観があるからしかたない。 いまだにおひなさまに憧れを持つ精神乙女だなんて 誰も想像だにできないだろうし、ふふふ。 「あと、いま話題の福よせ雛を集めるのはどうでしょう? 役目を終えた雛人形ということで物語も作って。 SDG’sにもなりますよね」 「なるほどね。で、あとは?」 「グルメですね。大丈夫でよ。 京都「亀屋良長」(かめやよしなが)の焼きメレンゲ。 東京・神田「すし定」のデカ盛りチラシ寿司。 極め付けはお隣・桑名から、はまぐりのお吸い物。 有名料亭に出ばってもらってイートインできるようにします。 どうですか?」 「うん。いいんじゃない。美味しそうだし。 でも、ちょ〜っと引っかかるのよね」 「え?なにが?」 「今回の催事は3月になってからがメインでしょ」 「ええ」 「テーマがおひなさまだと、 時期的にほかのデパートがやりつくしちゃってるんじゃない?」 「いや、それも考えたんですけど・・・」 「なあに?」 ライバル店のの企画って情報入ってきてるけど、 なんかどれも似たり寄ったりで、つまんないと思います。 私、実は昔からお雛様って特別な思いがあって・・」 「え?」 「(ちゃんと)みんなにわかってほしいんです。たいせつなこと」 「たいせつなこと?」 「お雛様って、女の子の健やかな成長を願って 女の子が元気に育ってくれるように飾るもの。 そんなん常識だけど、だけじゃないんです。 平安時代なんて子供がちゃんと大きくなるのって大変だった。 幼いうちに亡くなっちゃう子が多かったから。 で、流しびなをして、心から願ったんです。 だから私、昔と今を結ぶような催事にしたいと思って」 「そっか」 「それに、最後の仕掛けとして、”桜”につなぎたい」 「桜?」 イベントの後半は、次の季節への橋渡しをテーマにしちゃだめですか? 『ひいなが目覚めたら、春を迎える』という感じで」 「・・・わかった。いいよ」 「やった」 「そもそも福よせ雛っていうのは、おひなさまだけじゃなくて 五月人形も入れていいんだから」 「そうなんですね」 「じゃおひなさまと桜をテーマにとりいれましょ。 私からも補足案出していい?」 「ぜひ!」 「まずパネル展だけど。例えば、喜多川歌麿の「雛祭り」なんて 借りられないかしら。 私、東京国立博物館に友達がいるから聞いてみるわ」 「リア友ですか。部長すごっ」 「別に特別なことじゃないわ」 「えっと、桜ならいろいろコラボとかできそうですね」 「そうそう。 東京・長命寺と大阪・道明寺の桜餅食べ比べ!なんてよくない?」 「いいですねえ。 あと、サテライトイベントでお花見とか」 「いいわ。でも、ありきたりのお花見スポットじゃ差別化できないわよ」 「ですね。 MTG終わってからリストを出しておきます」 「私も付き合うね」 「ありがとうございます」 エミリって、裏表がないのよねえ。 上司が残業に付き合うのって嫌がる子、多いんだけど。 マーケターとしていいセンス持ってるし。 だからこそ私、そこそこ厳しい上司の顔で接してるの。うん。 <シーン3/2025年2月:会議のあと> ■SE〜カフェの雑踏 「部長、今日はありがとうございました」 「ルイでいいわよ、エミリ」 「はい・・・ルイさん」 「こっちこそ、ごめんね。会議のあとまで付き合わせて」 「いえいえ〜・・ルイさんと話してると勉強になるから」 「またまた・・・で、お花見の候補地、いいとこありそう?」 「難しいですね。有名すぎるところは避けても」 エミリは自分のスマホからカメラロールを開く。 「いいな、と思ったらお花見NGだったり」 「見せてもらっていい?」 「ええ、どうぞ」 エミリは私の目の前にスマホを置いて、スワイプしていく。 「あ〜、ここもだめか」 「え、ちょっと待って」 「はい?」 「1つ前の写真・・」 「ああ、これ? おばあちゃんの実家の近くなんです」 「それって・・」 「高浜・・大山緑地・・・」 「千本桜!?うそ・・・」 「知ってるんですか?」 「だって、高浜は私の実家・・」 「え?」 「私は吉浜だけど」 「おばあちゃんちも・・・」 「吉浜なの!?それじゃあ・・」 「私、小学校のとき、こども雛行列に参加したんですよ」 「え・・」 「全然興味なかったんだけど、 両親とおばあちゃんに強制的に参加させられて・・」 「どうして・・」 「私、生まれたとき10歳上のお姉さんがいたんだけど、 私が2歳のときに亡くなっちゃったんです」 「そんな・・」 「だから、パパも、ママも、おばあちゃんも、 私にこども雛行列に出なさいって」 「ああ、そうか・・。 それでおひなさまのことをあんなに考えてたのね」 「そういえば、ルイさんって、『ひな祭り』じゃなくて 絶対『おひなさま』って言いますよね?」 「そうね・・ だって、おひなさまは、私にとって特別な存在」

    15 min
  6. まちのあかり〜80年前に街灯の下で出会ったアメリカ兵と戦災孤児の奇妙な友情物語

    JAN 20

    まちのあかり〜80年前に街灯の下で出会ったアメリカ兵と戦災孤児の奇妙な友情物語

    ・主人公/ユウジ5歳。戦災孤児(※物語のなかで名前は出てきません) 1945年12月。終戦の年、灯火管制が解除され、暗闇を照らす街灯の光を見つめながら、ユウジは戦争が終わったことを実感していた・・・(CV:山崎るい) 【ストーリー】 <シーン1/1945年12月:終戦後の吉浜>※モノローグはユウジ。五歳児の少年声もしくは女性が出す老爺のイメージ/ユウジの喋り方は戦災孤児らしく声は子供だが口調は大人びている ■SE〜海辺の音/街灯がジリジリと音を立てる 「とうちゃん、かあちゃん・・」 1945年12月。 終戦から4か月。 灯火管制が解除された夕暮れの高浜。 5歳のオレは、粗末な釣竿と釣り糸を垂らす。 ハゼでもタコでもいいからなんかかからんかなあ。 今日も釣れんとどもならん。 もう2日、お腹になんも入れていないし。 締め付けられるような空腹感。 街灯の小さな灯りの中で幸せだった日々を思い浮かべていた。 とうちゃんは戦争にいき、戦死。 かあちゃんは名古屋の工場で空襲にあい、命を落とした。 ぼっちのオレをみんなは戦災孤児と呼ぶ。 かろうじて立っているような街灯。 海辺の砂利道を照らす裸電球。 ジリジリと音を立てて点いたり消えたりを繰り返す。 淡い灯りの中でとうちゃんとかあちゃんの笑顔が、浮かんでは消える。 そのとき、誰かが、肩を叩いた。 『ハロー』(ボイスNo.911797) 天を突くような、のっぽのアメリカ兵がオレを見下ろしている。 驚いて釣竿を放り投げ、立ち上がる。 こいつらが、とうちゃん、かあちゃんを・・・ アメリカ兵は、睨みつけるオレを見て、両手をひろげ、歯を見せた。 たどたどしい日本語で話しかけてくる。 こいつは豊橋の駐屯地からきたGHQの兵士。 名前は、トム。 自分は日本語ができるから、通訳として日本(にっぽん)にきた。 なんで日本にきたのかというと、日本の非武装化、民主化、治安維持だという。 そんな難しいこと言われても、よくわかんない。 オレは横を向いて無視してたけど、トムは前に回り込んできてしゃべる。 根負けして座りなおすと、今度はオレの横に座った。 うわ、座ってもでっかいじゃん。 お相撲さんよりおっきいんじゃんか。 トムはGHQのジープに乗って、高浜の瓦工場を見に来たらしい。 そのあと、町の中をぶらぶらしてたら、オレを見つけたんだって。 街頭の裸電球に2人の姿がぼんやりと浮かぶ。 人が見たらなんと言うだろうな。 オレまた村八分かなあ。 ま、いいや。どうせ、誰も食べもんくれるわけじゃないんだし。 なんて考えてたら、お腹がぐう、と鳴った。 トムはまた、両手をひろげて、オレに何かを差し出した。 お?くんくん(擬音)。 これが噂の「ギ・ミ・チョコレイト」か。 食べてみん、と言われて、恐る恐る口に入れる。 ん?なんだこの味? はじめて食べる味・・うまい。 知らんかったけど 「甘い」というのは、こういうのをいうんだろうな、きっと。 うすあかりの中で、オレはトムの上着に目がいく。 でっかいポケットが不自然に膨らんでいた。 オレの視線を見て、トムはポッケからなにかをとりだす。 それは・・・一冊の本。 表紙の中で、黄色い髪の少年が空を見上げている。 「え、なんだん?」「リル・プリン」? なんのこっちゃ。 っていう顔をしてたら、トムがまた話し出す。 これは小さな王子さまが出てくるお話。 フランスという国の作家が書いた童話だ。 息子への贈り物にするんだと。 日本に配属される前、 ニューヨークという町に住む友達に頼んで、買ってきてもらったらしい。 トムに言われるまま、ペラペラと本をめくる。 ああ、英語だし、なんて書いてあるかさっぱりわからん。 でもたまに絵が描いてあるな。 挿絵? ふうん、そう言うんだ。 文字なんてどうでもいいから、挿絵だけを見ていくと、 変わった男の絵が現れた。 長い棒を持って高いところの行燈に火を点してるのか? なんだ?これ? 点灯夫? 毎晩街灯に灯りをともしていく男だげな? はあ?ヒマなんだな。 とは言いつつ、オレは点灯夫の挿絵にひどく興味を引かれた。 オレとトムの頭の上には、挿絵のようにハイカラじゃない 裸電球の街灯がチラチラしている。 このぼろっちい灯りも点灯夫が点していったんだろうか・・・ <シーン2/1946年1月:吉浜> オレとトムは、それからちょこちょこ会うようになった。 点灯夫の挿絵から入った本だったけど、トムはオレに最初から読み聞かせた。 トムの日本語は、たまにヘンな抑揚と発音があって 聞き取るのに時間がかかる。 それでも、何度も会ううちに、小さな王子様の物語もなんとなくわかってきた。 点灯夫が登場するのは、6つある星のなかで5つ目の星。 なかなか出てこんが。 王子様は点灯夫のことを「もっとも尊敬できる大人」だって言うんだ。 やっぱり、灯りを点すってのは大事なことなんだなあ。 同時にトムはふるさとの話もしてくれた。 聞いたことないけど、オレゴン、という町らしい。 ちょっとだけ、高浜に似てるんだと。 トムはオレゴンのニューポートという港で、灯台守をしていたらしい。 灯台守ってなんだあ? 真っ暗な海を照らす道標? 灯りをともして船を守る? すげえ。 戦争が始まったら、日系人の捕虜から日本語を教えてもらったんだって。 へえ、それで通訳になれたんか。 オレゴンは漁師まちだったから灯台守の仕事は大切で トムは戦争にも行かんかった。 そうか、じゃあ少なくともとうちゃんかあちゃんの仇じゃあないんだな。 戦争が終わったとき、トムは占領軍に志願したんやと。 で、船で横浜へ。 そのあと、豊橋の駐屯地に配属されたらしい。 不思議やなあ。 こんな遠くに住むトムとオレが、いまこうして高浜で喋ってるなんて。 だけど、2人の時間はそんなに長く続かなかった。 <シーン3/1946年2月:吉浜> いつものように衣浦で釣り糸を垂れるオレのところへ 半月ぶりにトムがやってきた。 や〜っとこんかったじゃん 王子様の物語も、あと少しだってのに。 おいなんか、ちょっと、痩せたじゃん。 オレよりずっといいもん食ってるくせに。 トムは、物語の最後の話を読んできかせた。 王子様と飛行士がお別れする場面だ。 「さようなら、僕のともだち。君が笑えば、星も笑う」 その言葉を、トムはオレの方を向き、目を見て口にした。 え?いまなんて? オレゴンへ帰る? なんで?なんで帰るん?オレ、またぼっちになるのやだよ。 病気? ああそうか。 そういう顔色だ。 キャンサー? そんな病気は知らん。 本? うん、面白かった。 最後まで読んでくれてありがとう。 なに? どうすんだ、その本? オレに、くれるって? ダメだろ、息子にあげるんじゃないんか? オレが持っている方がいいって? ・・・ そうか、わかった。 楽しかった。おもしろい言葉がいっぱいで。 「たいせつなものは、目に見えない」 「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えない」 オレも、点灯夫みたいに、この町を照らしていけたらいいな。 ホント、そう思う。 トム、短い間だったけど、ありがとう。オレ、大きくなったら、オレゴンまで会いに行くよ。 トムがまた高浜に来るときは、オレがもっともっと明るい町にしといてやる! うん、バイバイ。 それがトムと会った最後だった。 あれから80年。 オレはトムと約束したように、電気工事士となって、高浜を明るい町にしてきた。 あのときの街灯も、星の王子さまの挿絵のようにきれいに生まれ変わった。 <シーン4/2025年2月:吉浜>※モノローグはユウジの曽孫。25歳前後の女性イメージ 「なあに?突然呼び出したりして」 「バレンタインに別れ話?」 「いや、冗談。冗談よ」 「うん、わかった。真面目にきくわ」 「君の心に?灯りをともしたい?」 「ぷっ。いやあね、そんな昭和チックな・・・ やだ、それ、ひょっとしてプロポーズ?」 「え?Noかって?なワケないでしょ」 「どうして待ち合わせをここにしたと思うの?」 「上を見て」 「あの街灯、きれいでしょ。私のひいおじいちゃんがつくったんだよ」 「80年前に会った友だちのために」 「目を閉じて」 「もう。いいからつむって」 「今日はね、おじいちゃんが友だちからもらった古い本を持ってきたの

    19 min
  7. 20年前の私へ〜40歳の自分が20年前にタイムリープしたら20歳の自分に会ってしまって未来を変えることことになる話

    JAN 15

    20年前の私へ〜40歳の自分が20年前にタイムリープしたら20歳の自分に会ってしまって未来を変えることことになる話

    愛知県高浜市を舞台にしたボイスドラマです(CV:山崎るい) 【ストーリー】 <シーン1/2025年:いきいき広場の建物内> ■SE〜いきいき広場の環境音 「陶芸アーティストが祝辞ゲスト〜!?」 思わず、エキセントリックな声が出てしまった。 私は、高浜市の施設で働く職員。 今年は文化スポーツグループのお手伝いで 「20歳のつどい」の開催準備を手伝っている。 まあ、高浜市なんだから、別に陶芸家が祝辞を述べたって なんの不思議もないんだけど。 いや実は私、20年前に陶芸家のタマゴと付き合ってたんだよね。 まさか、その彼じゃあないでしょうけど、ドキっとするじゃない。 この20年間で一番驚いたかも。 ビビったときのクセで、思わず目の上のホクロをさわる。 もう・・ ずうっと「死なない程度に生きて」きてるっていうのに。 とにかくもう、考えないようにしよう。 って言っても仕事だから、情報はどんどん入ってくる。 どうもゲストは、海外で地味に活躍している陶芸アーティストらしい。 で、高浜出身。そりゃそうよね。 ■SE〜高浜港駅前の環境音(雑踏) ふう〜。 外へ出て、深呼吸。 気分を変えようと、自販機でお茶を買ったとき、 ふと目の端になにかが映った。 横断歩道を高浜港駅の方から歩いてくる・・・おばあちゃん? ちょっとヨタってるけど、大丈夫かしら? 考えるより先に足が動く。 そこへ、駅のロータリーから猛スピードで車が突っ込んできた。 「おばあちゃん!あぶない!」 ■SE〜急ブレーキの音 とっさにおばあちゃんを庇い、地面に受身の姿勢で倒れる。 瞬間、目が合った。 あれ、このひと、どこかで会ったことあるかも・・ そう思っているうちに、意識が遠のいていった・・・ <シーン2/2005年:「成人式」直前の会場(衣浦グランドホテル)> ■SE〜公民館の環境音/「成人おめでとう!」の声 『大丈夫ですか?』 「はい・・・ありがとうございま・・」 えっ? ここどこ? 高浜港駅じゃない。なんか、記憶にあるような・・ 『歩けますか?』 「あ、ああ、はい・・・だいじょう」 「え・・・あなたは・・・?」 『はい、今から成人式なんです』 わ、わ、わたし〜っ!? お気に入りの椿の振袖。 気が強そうな表情も、目の上のホクロも。 あ〜ホクロさわってるし。 ビビってんのか、私に!? 落ち着け。落ち着け。 かんばん。かんばん・・入口の看板。 2005年・・高浜市成人式? え〜!? じゃあここは衣浦グランドホテル〜!? 20年前にタイムリープしたってこと? ボイスドラマじゃあるまいし。 『ホントに、大丈夫ですか?』 「今日、二十歳の集いなの?」 『いえ、成人式です』 そうか。 でもなんで? 私が20年前に召喚されたのはなぜ? ■SE〜ハイヒールの足音 と、そこへ駆けてきたのは・・ 「ママ!?」 『ママ!』 『え?』 「あ、いや別に・・どうぞ」 『ママ、来なくてもいいって言ったでしょ』 『一生に一度の成人式?』 『ふん。成人式じゃなくたって、今日も明日も、一生に一度よ』 いや、2度目なんだけどな・・ そっか、私、20年前から、ママとうまくいってなかったんだ。 え?どうしてだっけ? 『私、成人式終わったら、彼の工房へ行くから』 『当たり前じゃない!だって陶芸家になるんだもん』 『冗談でもないし、寝ぼけてもない!』 ・・そうだった。 私、短大出たら陶芸の道へ進もうと思ってたんだ。 『別に反対されたって、関係ないから』 そりゃ反対するよねえ。せっかく大学で介護福祉士の資格までとったのに。 それに、陶芸のセンスなんてまったくないでしょ、あんた・・・ってか私。 『とにかく帰ってよ。私、ひとりで式に出る』 あーあー。 さっさと行っちゃって。 しょうがないなあ。 なんか単なるわがままじゃん。ガキっぽい。 でも、これ、私の選択? だった・・よね・・たしか。 残されたママ、どうしたんだろう。 え? 涙!? やだ。やめてよ、ママ。 思わず、つい、声をかけてしまった。 「あのう・・」 『え?・・はっ・・』 「二十歳の集い・・じゃなくて、成人式の付き添いですか?」 『あ、はい・・』 つい声かけちゃった・・どうしよう。 『でも、ちょっと娘と言い争いしちゃいまして』 私のこと、気づいてないみたいだからいっか。 『お恥ずかしいところを』 「いえいえ、人ごとじゃないですから」 『あなたのお子さんも?』 「いや、私は独身なので」 『それじゃ・・』 「昔を思い出しちゃって」 『ああ。わかります』 「ホント?」 『ええ、私もここで成人式あげましたから』 へえ〜、ママもここで成人式挙げたんだ。 私がはにかむと、ママもだんだん笑顔になっていく。 『私、結構おませさんだったから、 つきあってた彼のバイクで会場の中央公民館へのりつけて』 「うっそ!?知らなかった」 『そりゃそうでしょ』 「ですよね」 『成人式終わったら、そのまま温泉旅行へ行っちゃったんです』 「マジ!?」 『うん、いまで言うと冬ソナのヨン様みたいな感じ?』 うおお・・レジェンドの韓ドラ! 「で?で?その人とはどうなったんですか?」 『結婚しました』 「パパ!? ってすごすぎ〜!・・・あ、でも」 『幸せは1年も続かなかったけど』 「交通事故・・」 『え?どうして知ってるんですか?』 「いえ、えっと・・たぶん事故かなあ〜って連想しちゃったんです」 『はあ・・そうですか』 「お辛いですよね」 『もちろん・・でも、彼がいつも言ってたことが心から消せなくて』 「え? な・・なにを言われてたんですか?」 『娘はオレが絶対に幸せにする。 どんなささいな苦労だってオレがさせない。 将来は安定した職に就いて、しっかりした結婚相手もオレが見つける。 孫が生まれたら、オレが一番最初に抱く・・って』 え? 『・・あ、ごめんなさい。どうしたんだろ、私。 見ず知らずのあなたにこんな話を・・』 「いえ・・」 『え・・・どうしたんですか?』 「いえ・・なんか目にホコリが入っちゃって、木枯らしが」 『ふふ・・』 「なあに?」 『いえ、ごめんなさい。 娘がね、いつもおんなじこと言ってたなあって。 すっごい泣き虫なのに、負けん気だけ強くて』 「そうなんですよ〜」 ー2人の笑いー 『じゃあ、私、帰ります』 「え、なんで?」 『私がここでずうっと待ってたりしたら、うざいですもんね』 「そんなことないって」 『いいえ。ありがとうございます。あなたと話せてよかったわ』 「私も!」 『なんだか他人のような気がしないし』 「私も・・・」 <シーン3/2005年:「成人式」直後の会場(衣浦グランドホテル)> ■SE〜公民館の環境音/「成人おめでとう!」の声 結局、成人式が終わるまで、会場の前のベンチに座ってた。 知らなかった・・パパがそんなこと言ってたなんて。 ママ、私にはなんにも言わなかったじゃない。 それじゃあ、伝わんないよ。 きっとわかってたんだよね、私に陶芸のセンスがないこと。 自分の娘なんだから。 もう二度と会えないと思ってたママに会えて、私はいつまでも震えが止まらなかった。 ■SE〜ハイヒールの足音 『あれ?』 「あ・・・」 会場から歩いてくるのは二十歳の私。 振袖の椿が揺れている。 『まだいらしたんですか?』 「そっか・・もうそんな時間」 『お身体、大丈夫ですか?』 「大丈夫・・・とは言えないかも」 『え?』 「成人式、どうだった?」 『よかったわ』 「このあとどうすんだっけ?」 『着替えてから、名古屋のクラブかなあ』 そっかそっかぁ。確かによく行ってたわ。 レギンスとかスキニージーンズ履いて。 パパがいたら泣いちゃうぞ、きっと。 『遅いなあ・・』 「着替えに行かないの?」 『あ、彼が迎えにくるんです・・』 「陶芸家の?」 『なんで知ってるの?』 「いや、それは・・」 『そっか、ママに聞いたのね。 あの人、赤の他人にペラペラペラペラと』 2人してもう〜。赤の他人じゃないんだけど。 『どうせ、ろくなこと言われてないんでしょ』 「そんなことないよ」 『どうだか』 「じゃいいわ。あなたも、陶芸家になりたいんでしょ」 『そ、そうよ。悪い?』 「ちゃんと自信あるの? ライフプランちゃんと立ててるの?」 『自信なんてない。でも、そ

    18 min
  8. 舞い降りた天使たち〜なんとなく運営している子ども食堂に訪れたクリスマスの奇跡

    JAN 15

    舞い降りた天使たち〜なんとなく運営している子ども食堂に訪れたクリスマスの奇跡

    高浜市内でベーカリーショップを営むバツイチ女性の詠美。亡き母から受け継いだお店では毎月2回、イートインスペースを開放してこども食堂を運営しているが、あまり真剣には考えていない。そんなこども食堂に今年からやってくるようになったのは、小学校低学年くらいの女の子ユキと、ユキが連れてくる幼稚園児くらいの男の子ナギ。姉弟だと思っていたのだが、実は・・(CV:桑木栄美里) 【ストーリー】 <シーン1/クリスマス商戦の街角(1年前)> ■SE〜街角の雑踏/聴こえてくるクリスマスソング 『恵まれないこどもたちに寄付をお願いします!』 「え?あ、ごめんなさい。いまちょっと持ち合わせがなくて・・」 え?嘘じゃないわ。 だって最近は電子マネーばっかりで、現金なんて持ち歩かないもの。 こう見えても私、市内で月2回『こども食堂』をやってるんだから。 って私、誰に言ってるの? ウケる。 私の名前は詠未。 34歳。バツイチ。 高浜市内でベーカリーショップをやってるんだ。 元々低血圧の方だから、朝の早いパン屋は不安だったけど。 まあ、ママがおばあちゃんの代から守ってきた店だし。 ママが亡くなったとき、ホントはお店たたんじゃおうと思ったのよ。 でもね、考えてるうちに、『こども食堂』の日がきちゃって。 知ってる? 高浜市内の『こども食堂』って、高浜市こども食堂支援基金っていう支援を受けてるの。 それに、地元の人や企業からも寄付があるし、ボランティアも来てくれるんだ。 で、食べに来てくれる、こどもたちがね。 美味しい美味しいって言って、本当に美味しそうに食べてくれるんだ。 私、大して料理うまくないのに。 あ、そうそう。 こども食堂は、ベーカリーのイートインスペースでやるんだけど、 この日はパンだけじゃないのよ。 朝から、ごはんをいっぱい炊いておにぎり作ったり、 あまった分でとりめしの混ぜご飯を作ったり、もう大変なんだから。 うん、ママの意志をとりあえず継いで、お店も子ども食堂も守ってるって感じ。 いまっぽくリフォームして。 そう、あれは半年前。 学校が夏休みに入った頃だったかな。 <シーン2/こども食堂・夏> ■SE〜初夏のセミの声〜こども食堂の環境音へ 「ちょっとみんな!ちゃんと並んで! こら、タケシ!横はいりしない! 今日のおかずは・・ハンバーグよ!」 ■SE〜こどもたちの歓声があがる はぁ〜。 今回も結構持ち出し多いなあ。 ん?あれ? 入口に立ってるのって・・・ 小学校1年か2年くらいかな。 ショートヘアの女の子と、幼稚園児っぽい男の子。 きっと姉弟(きょうだい)・・だよな。 「どうしたの? 遠慮しないで、お入りなさいよ、中へ」 『はい・・』 消え入りそうな声で答える。 しっかりつないだ手にひっぱられて、弟も入ってきた。 「そこの隅っこ、空いてるから座って」 『はい』 「とりめしとハンバーグ、2人分、置いとくね」 『ありがとう・・』 2人は、米粒ひとつ残さず、ハンバーグのソースもスプーンですくいとって キレイに完食した。 淹れてあげた紅茶も一滴も残さず飲み干す。 食器の入ったお盆を厨房へ持ってくる2人。 「あ、そんな。洗わなくてもいいのよ」 洗う場所を探す2人に思わず声をかけた。 2人はお辞儀をして、お店を出ようとする。 「ちょっと待って」 不安気な表情で振り返る女の子。 私はつとめて笑顔で・・ 「あのね、全然強制じゃないんだけど、 ここに来てくれる子たちにはノートに名前とか書いてもらってるの。 あ、でも、別に書かなくてもいいのよ」 結局、少し躊躇ったあとで、少女は名前を書いた。 ユキとナギ。 だけど、苗字が違う。 どうして? そう。2人は姉弟ではなかった。 しかも住所は市外。 ホントは高浜市内のこどものための食堂なんだけどな。 でも、そんなこと構わない。 月に2回、子ども食堂を開く日、2人は必ずやってきた。 少しずつ話をするようになってわかってきたこと。 ユキとナギが知り合ったのは、病院のリトミック室。 ユキは、母親が入院している。父親はいない。 ナギは・・・ ほとんど口をきかないから詳しいことはわからないけど 親の話をすると泣き出してしまう。 やっぱり、なんかの事情で親と暮らしてないのかな。 ユキは親から毎日500円ずつもらって ナギと一緒に1日を過ごすという。 そっか。学校休みだから給食がないんだ。 でも、500円で朝昼晩って・・・ 話の流れから推測すると、2人とも親戚もいないらしい。 少子化の影響? ユキの話では、どうも児童相談所の人が この先どうするかを相談にのっているみたいだ。 入院している親にもしなんかあったときは 児童養護施設に行くみたい。 児童養護施設なら、食べ物に困らないから今よりいいかも。 なんて、2人には言えないけど。 夏休みが終わり、秋風が吹く頃。 2人はこども食堂に顔を見せなくなった。 ひょっとして、施設に入ったのかな。 だとすると、お腹いっぱいご飯食べられてるよね。 ここに来れないのは、子どもだけで外出できないから? いいことだ。 ベーカリーと子ども食堂。 相変わらず忙しなく走り回る毎日。 めまぐるしい日々の中でも、ユキとナギを忘れることはなかった。 「どうやったら、あの子たちの力になれるんだろう・・」 ぼんやりとそんなことを考えながら、知らないうちに、季節は冬を迎えていた。 <シーン3/こども食堂・冬> ■SE〜北風の音〜こども食堂の扉を開ける音 「あ・・」 『こんにちは』 子ども食堂の入口に、立っていたのは・・ユキ。 その手を相変わらずナギがぎゅっと握りしめている。 「さ、さ、入って。寒かったでしょ」 2人はいま、隣の町の児童養護施設にいるのだという。 やっぱり。 「今日はどうやってきたの?」 『こうやってきた』 つないだ手を振るユキ。 「え? 歩いて・・・きたの?」 口角をあげてうなづく。 「こんな遠くまで・・・よく2人だけで来れたわね」 問い詰めると、施設のスタッフに無理を言って、 一時的な外出許可をもらったらしい。 「もう・・・しょうがないわねえ」 「帰る前に、ご飯は食べていきなさい。もうお昼でしょ」 大きくうなづく2人。 ナギがトイレに行くと、ユキが 『相談があるの』 私の目を見てつぶやいた。 クリスマスプレゼントを渡したい人がいるんだって。 ほほえましい。 ナギに渡すんでしょ。 『でも、お金持ってないし』 「お金なんていらないわよ」 『え?』 「大切なことはね、世界でたったひとつのプレゼントにすること」 『そんなん無理』 「無理じゃないよ。 例えば私だったら、なにもらうと嬉しいかなあ・・」 『なあに?』 手作りのもの。 美味しいもの。 愛がこめられたもの。 それなら、なんだって嬉しいわ。 あと、プレゼントを渡すシチュエーションも大事よ。 たとえば・・・ ほら、この前点灯式やってた、クリスマスイルミネーション。 幻想的な灯りの下で受け取ったら絶対感動するわよ。 ユキが瞳をキラキラさせて聞いているとき、ナギが戻ってきた。 『私もトイレ』 ユキは嬉しそうな顔で席をはずした。 すると、 『ねえ、教えて』 今までほとんど喋らなかったナギが口を開いた。 それは、ユキとまったく同じ相談。 なんか私、クリスマスプレゼントっていうと、 もらうことばかり考えていた。 誰かにあげたい、っていう2人の気持ち、すごいな。 自分が恥ずかしい。 ナギにもユキと同じことを伝えて、2人を見送った。 そうか、お互いにプレゼントの交換かあ。 嬉しいサプライズだろうな。 心が洗われたような気がした。 <シーン4/クリスマスが近い日> ■SE〜街角の雑踏/聴こえてくるクリスマスソング〜こども食堂の雑踏へ クリスマスを直近(まじか)に控えた休日。 私は今年最後のこども食堂を準備する。 少し前に、ユキとナギの暮らす児童養護施設へ連絡をした。 事情を話して、ボランティアとしてお手伝いしてほしいと。 と言っても試食をね。 この日のこども食堂は大賑わい。 結局夕方までお店を開けていた。 こども食堂が終わってから、児童養護施設に電話を入れる。 ユキとナギは責任を持って送っていくからと。 3人で手をつないで、高浜港駅まで歩く。 ほどなくイルミネーションの煌め

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About

推しタカ(推し活!TAKAHAMA)が2024年4月からスタートしたボイスドラマです。愛知県高浜市を舞台にちょっとだけエモいボイスドラマです。毎月新作を公開していきます!(CV:桑木栄美里/山崎るい)

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