みおきよアワーたまたまさいたまラヂオ

山崎清彦

さいたま在住の二人が楽しく生きること、楽しく働くこと、楽しく学ぶこととはなんだろう?と話をしていきます。気軽に聞いていただいてほっと一息つける楽しい時間をお届けしていきます。 ご意見ご感想、質問などいただきたいです。 https://saitamaradio.com

  1. #264_S6#12回 世界をひとりで旅した彼女が、北越谷でつくる一皿|北越ぎょうざ・永倉紀子さんの物語

    2d ago

    #264_S6#12回 世界をひとりで旅した彼女が、北越谷でつくる一皿|北越ぎょうざ・永倉紀子さんの物語

    北越谷の旧日光街道沿い、赤い看板が目印の生餃子専門店「北越ぎょうざ」。イベントに出れば行列ができ、道の駅やスーパーでもその名を見かけるようになった、越谷でいま静かに愛されているお店です。でも、つくり手の永倉紀子さんが歩んできた道のりを聞くと、「餃子屋さん」という言葉だけでは到底おさまりきらないことに気づきます。服づくりを志した学生時代、ひとりで飛び込んだ海外、そして27歳のある一本の電話——。シーズン6第12回は、フードコーディネーターでもある永倉さんの人生の軌跡に迫ります。 「服をつくる人」になるはずだった 意外なことに、永倉さんが最初に夢中になったのは餃子でも料理でもありませんでした。小さな頃から「ものをつくる」ことが好きで、進んだ先は服飾の道。デザイナーではなく、デザインを立体に起こす「パターンナー」を目指していたといいます。皮のジャケットまで自分で縫えるほどの腕前で、料理とはまったく別のフィールドにいた彼女が、どうして食の世界へ——その回り道こそが、いまの北越ぎょうざを形づくっています。 大学1年で、ひとり海外へ 学生時代の永倉さんを突き動かしていたのは、強すぎるほどの好奇心でした。大学1年で初めての海外へひとり飛び立ち、課題を人の何倍も早く片づけては旅に出る——そんな日々。現地で永倉さんが何より惹かれたのは、スーパーマーケットと、その土地の食べものでした。「これ、どうやって作るの?」と現地の人に調味料を見せてもらい、メモを取り、帰国して再現する。子どもの頃に育まれた"ある力"が、ここで生きてきます。その力が何なのかは、ぜひ番組で永倉さんご本人の言葉で聴いてみてください。 27歳の電話と、「私が一番好きなもの」 旅を続けていた永倉さんに、ある日かかってきた一本の電話。これをきっかけに、人生は大きく動き出します。日本に戻り、「自分が一番好きなことは何か」を突きつめたとき、たどり着いた答えが"食"でした。けれど、料理人ではなく、なぜ「フードコーディネーター」だったのか。学校に通って気づいてしまったこと、そして"お母さんのような先生"との出会い——独立のときに師匠からかけられた、ちょっと信じられないような一言まで。番組では、その分岐点のすべてが語られます。 シフォンケーキから、餃子へ フードコーディネーターとして企業のメニュー開発やテレビの裏方を手がけてきた永倉さんが、お店を構えるきっかけは、なんとシフォンケーキとジャムのお店でした。そこから生餃子の専門店へ——この大きな"ふり幅"の裏には、ある人物の存在と、永倉さん自身が餃子づくりにこめた、簡単には言葉にできない深い思いがあります。「大切な人が、安心して食べられるものを」。その言葉の重みは、聴いていただければきっと伝わるはずです。 好きなものを、好きな人に、安心して届けたい。 ——回り道の果てに、彼女が選んだのは"餃子"でした。 永倉さんにとって、餃子とは? 番組の最後、永倉さんに問いかけました。「永倉さんにとって、餃子とは何ですか?」返ってきたのは、餃子という料理の本質をひとことで言い表したような、あたたかい答えでした。その答えは——ここでは書きません。ぜひ、北越ぎょうざの餃子を思い浮かべながら、番組でお確かめください。 次回予告 今回は「餃子屋さんになるまで」の物語。来週の第13回は、永倉さんが餃子にこめる思いの核心、そして"子どもに食べてもらいたい食事"へと話が深まっていきます。第12回・第13回、ぜひ2本続けてお楽しみください。 配信を聴く たまたまさいたまラヂオは毎週水曜日に配信中。ポッドキャスト各種・YouTubeでお聴きいただけます。ご意見・ご感想は番組Webサイト(saitamaradio.com)のフォームよりお待ちしています。

    31 min
  2. #263_S6#11回 不登校35万人時代に、地域の大人ができること〜ゲスト吉田まさみちさん〜

    Jun 9

    #263_S6#11回 不登校35万人時代に、地域の大人ができること〜ゲスト吉田まさみちさん〜

    越谷・春日部の「人」を深掘りするポッドキャスト、たまたまさいたまラヂオ。今週も、きよぷん(山﨑清彦)と美緒さん(鈴木美緒)が、あるゲストとじっくり語り合いました。 ゲストは、映像クリエイターでありながら、学校の子どもたちにキャリア教育を届ける活動「まちキャリアサポーター」を続ける吉田まさみちさん(STUDIO MOVE代表)。前編に続く後編のテーマは、ちょっとだけ大きな問いです——「地域の大人は、子どもたちの学びにどう関われるのか」。 気づけば、聞いているこちらが自分の子ども時代や、いまの仕事を思い返してしまう回になりました。 番組の冒頭近くの会話。小中学校の不登校は、いまや約35万人。元教師として現場を17年見てきた吉田さんは、「状況は変わっていない。むしろ……」と続けます。 なぜ、これほど増えているのか。吉田さんの答えはとてもシンプルで、でも「だからこそ難しい」と思わされるものでした。その理由は、ぜひ音声で。 吉田さんには、ある朝こんな出来事がありました。前日はぐったり疲れて遅刻しても見逃した。でも翌朝、ベッドでぐずる我が子に、吉田さんはこう言ったそうです——**「おとといは絶対に行け」**と。 普段は子どもの「行きたくない」を受け止めてきた吉田さんが、なぜこの日は引かなかったのか。そこには、ある"約束"がありました。そして、無理にでも送り出したその日、子どもは——。 子育て中の方なら誰もが一度はぶつかる「どこまで信じて、どこから背中を押すか」。正解のないこの問いに、元教師と、放課後の子どもたちを預かるみおさんが、本音で向き合います。 ここで、きよぷんが「どうしてもしたかった話」を切り出します。ある模擬面接で出会った、夢を追いかける一人の若者の話です。 「仕事で一番やりたいことは?」と聞いたきよぷんに、その子はまっすぐ「金(お金)」と答えました。思わずきよぷんは聞き返します。「お金が欲しいなら、株でよくない?」 その問いに、若者は意外な答えを返します。お金は欲しい。でも"あるもの"には乗らない——そんな返事でした。そして、それを聞いたきよぷんの胸には、ある"心配"がよぎります。 この若者の言葉と、きよぷんが感じた違和感。そこから話は、思いがけない方向へ転がっていきます。 「お金が欲しい」は、悪いことじゃない。でも、その先が見えていないと——。吉田さんは、子どもたちにこんな話をするそうです。お金の歴史。物々交換。「なぜ、働くとお金がもらえるのか」。 実はこの"つながり"、大人でもうまく説明できないことが多い、と吉田さんは言います。 ここで美緒さんが思い出したのが、ある有名経営者から聞いた一言。「ありがとうの対価が、お金なんだ」。誰かのために何かをして、「ありがとう」と言われたとき、その対価としていただくもの——その考え方が、家庭での"お手伝い"の話にまでつながっていきます。 働くことと、お金の、ちょっとした秘密。番組の中で一番"濃い"パートかもしれません。 吉田さんのお子さんが打ち込んでいるのが、「現代版組踊」という舞台活動です。沖縄で生まれ、いまや全国に広がっているこの取り組み。合言葉は「一生懸命はかっこいい」。 大人が教えるのではなく、先輩が後輩へ。踊りや劇を"上手にする"のがゴールではなく、子どもたちの人間力やコミュニケーション力を育てるための活動だといいます。そして必ず、その土地の歴史や人物を題材にする——今回はなんと、越谷にゆかりのある物語が登場したのだとか。 「学校はちょっと苦手だったけれど、ここでは元気」。そんな子も少なくないそうです。地域の子どもを、地域の大人みんなで育てる。その輪のなかに、自分にできることが意外とあるのかもしれません。 番組の最後、きよぷんが吉田さんに投げかけた質問があります。「10年後、どんな子どもたちが増えている地域になってほしいですか?」 吉田さんの答えは、とてもシンプルでした。でも、きよぷんが思わず「それ、キメ台詞だったね」とこぼすほど、まっすぐ胸に残る一言。 「自分もそうじゃなかった」と振り返るきよぷんと、深くうなずく美緒さん。子どもにも、大人にも、きっと刺さるその答えは——本編のラストでお確かめください。 笑いながら、でもちゃんと考えさせられる30分。子育て中の方、地域で活動している方、そして「働くって何だろう」とふと思ったことのあるすべての人に届けたい回です。 番組へのご意見・ご感想は、たまたまさいたまラヂオ公式サイトのフォームから。👉 saitamaradio.com 「不登校35万人」のいま、子どもたちに何が起きている?「行くって約束したよね」——ある朝の、親子のやりとり「金が欲しい」と言った子に、あなたなら何て返しますか?そもそも「お金」って、何だろう?沖縄から越谷へ。舞台「現代版組踊」と、地域の子どもたち10年後、どんな子どもが増えていてほしい?🎧 続きは音声でどうぞ

    32 min
  3. #262_S6#10 17年の小学校教員から、映像クリエイターへ。越谷・蒲生で生きる吉田まさみちさんが選んだ"次のステージ"とは

    Jun 2

    #262_S6#10 17年の小学校教員から、映像クリエイターへ。越谷・蒲生で生きる吉田まさみちさんが選んだ"次のステージ"とは

    越谷・春日部の「この人、すごい」をお届けするポッドキャスト番組、たまたまさいたまラヂオ。シーズン6・第10回のゲストは、ずっと熱烈オファーを続けてようやく実現した、映像クリエイターの 吉田まさみち さんです。 イベントに顔を出せばだいたいそこにいる。地域の職人さんやお店の"想い"を映像にのせて届ける。そんなふうにいまや越谷の現場で引っ張りだこの吉田さんですが、実はほんの数年前まで、まったく別の仕事に17年間も打ち込んでいた人でした。 越谷市千間台で生まれ育ち、いまは蒲生に家を構える"地元の人"。子どもの頃の夢、思いがけない経歴、そして「ここからどう進んでいくのか」——MCのきよぷん・美緒と一緒に、その人生をほり下げていきます。 子どもの頃の夢は、まさかの"あの職業"だった 千間台の第4公園で遊び倒した少年時代。実は吉田さん、ある"クリエイティブな職業"に強い憧れを抱いていたそうです。「描くのは好きだった。でも——」と語る、その先に待っていた小さな挫折。今の映像の仕事とどこか地続きにも見えるこの原体験、ぜひ本編で。 ちなみに越谷南高校では、番組ではおなじみのあのユニットのメンバーと先輩後輩だったことも発覚。制服にまつわる"ある思い出"で、スタジオは大盛り上がりでした。 17年続けた仕事を手放した、その理由 長く続けてきた道を一度離れて、まったく新しい世界へ。多くの人が二の足を踏むその一歩を、吉田さんはどうやって踏み出したのか。背中を押したものは何だったのか。 ここで吉田さんがぽろりとこぼした一言に、きよぷんが「この男は"計算"の男だぞ」と食いつきます。実は、いまの仕事を選んだ裏には、本人いわく**ちゃんとした"計算"**があったというのです。その中身は……本編でご本人の口から。 「映像」と「教育」が、ぐるりとつながる 一度は別の世界へ飛び出したはずなのに、気づけばまた"あの分野"に戻ってきている。この一見ふしぎな流れこそ、吉田まさみちという人を読み解くカギでした。 地域の職人さんを撮ること。子どもたちに向けてあること。そして「人生100年時代をどう健やかに生きるか」というところまで——一見バラバラに見える活動が、本人の中では一本の線でつながっています。番組後半では、東京で働いていた頃と今を比べて、吉田さんが口にした"ある変化"についても語られます。 そして、最後の問いへ 番組恒例、ラストの質問。「あなたにとって、働くこととは何ですか?」 この問いへの吉田さんの答えに、きよぷんも美緒さんも思わず「共感です」と声をそろえました。短い、けれどこの人の生き方そのものが詰まった一言——気になる方は、ぜひ最後まで聴いてみてください。 そして来週は、吉田さんがいま力を入れているキャリア教育の話をさらに深掘りします。子どもたちの未来に、地元の大人たちがどう関わっていくのか。こちらもお楽しみに。 🎧 本編はポッドキャストで配信中です。 番組へのご意見・ご感想は、番組Webサイトのホームから受け付けています。 👉 saitamaradio.com #たまたまさいたまラヂオ #越谷 #春日部 #蒲生 #仙元台 #ポッドキャスト #映像クリエイター #地域活動 #キャリア教育

    31 min
  4. #261_S6#9AI時代、本当に問われるのは"人間"のほう──越谷の画家・山口隆志先生が語る「これからのアート」

    May 26

    #261_S6#9AI時代、本当に問われるのは"人間"のほう──越谷の画家・山口隆志先生が語る「これからのアート」

    南越谷駅前で絵画教室を開きながら、油絵もインスタレーションも映像も手がける画家・山口隆志先生。今回のたまたまさいたまラヂオは、その後編。テーマは「これからの人に求められるアートとは?」です。 きっかけは、みおさんがふと触れた一冊の本でした。「経営者にこそ、アート思考が必要だ」——。AIがこれだけ進む時代に、なぜ"アート"なのか。話は、地域・子育て・甲子園・そして金沢の展覧会へと、思いがけない方向に広がっていきます。 学生時代は年に30回も美術館に通っていたのに、大人になってパタリと足が遠のいた——みおさんのそんな実感から、今回の収録は幕を開けます。 「アートに触れる感覚は、大人になってから、特に経営者になってからこそ必要なのでは」。この問いに、山口先生がどう応えたのか。会話はここから一気に熱を帯びていきます。 引っ越してきて25年。気づけば自治会長を務めて10年。 しかも、いきなり会長になったわけではありません。最初に回ってきたある役職から、まるで階段を上るように役が変わっていった——その意外な道のりを、先生はサラリと語ります。 「芸術家ってもっと個性的で、街に馴染まないものだと思っていた」。そんな勝手なイメージは、先生の口から出た"ある一言"であっさり覆されます。お祭り、お神輿、清掃活動……地域に深く根を張る画家の姿は、私たちの「芸術家像」を静かに更新してくれます。 「絵画や彫刻は、物質に過ぎない」。 画家本人がそう言うのですから、聞いているこちらは思わず身を乗り出します。 ジャンルを問わず表現を続けてきた先生が、たどり着いた一つの確信。それは"何で表現するか"ではなく、その奥にある何かでした。海外の人たちとのコラボレーション、思いもよらない場所への着地——先生が「アートの原点」と呼ぶ体験とは。みおさんが思わず「パカーってなった」、その瞬間をぜひ音声で。 ここからが本題。AI時代に、人間に残されるものは何か。 「AIにできることはAIに。でも、AIにできないことは人間がきちっとやるべき」。明快に切り分ける先生に対し、きよぷんは「AIに振り回されない人ってなんだろう」と食い下がります。 そして——この先AIがどれだけ"すごい作品"を生み出せるようになっても、それについて山口先生が言い放った一言が、この回いちばんの聞きどころ。みおさんの娘さんが通った大学の学長の言葉、五木寛之さんの本の一節とも響き合っていきます。その"核心"は、あえてここには書きません。 息子さんたちは野球へ、娘さんはアートへ。 同じ家庭で育ったのに、進む道はまったく別々でした。 野球に夢中になった息子たちのために、自らコーチになり、カメラを構え続けたお父さん。その先に待っていた"ある出来事"は、地元・埼玉の人なら思わず「えっ」と声が出るかもしれません。一方、今も週2回お父さんの教室に通う娘さん。子育てで先生が何より大切にしてきた「あること」とは——。 10月下旬、石川県・金沢にて山口先生の展覧会が予定されています。写真家、そして美術系大学の教授との3人展。先生が毎年続けているという"あるルーティン"が、こうして各地へと広がりつつあります。詳細は公式情報をチェックしてください。 地域、子育て、甲子園、AI、そしてアート。一本の線でつながっていく30分です。前編をまだ聴いていない方は、ぜひそちらから。 ▶ たまたまさいたまラヂオ「山口隆志先生」前編・後編、配信中。 ご意見・ご感想は番組ウェブサイトのフォームから。

    33 min
  5. #260_S6_#8野球が嫌で逃げた少年が、東京芸大油画科に辿り着くまで──画家・山口隆志先生の半生

    May 19

    #260_S6_#8野球が嫌で逃げた少年が、東京芸大油画科に辿り着くまで──画家・山口隆志先生の半生

    越谷を代表する画家、山口隆志先生。南越谷駅前で「ワクワク絵画教室」を主宰しながら、自治会長として地域を支え、写真家とともに毎年世界各地をスケッチして回る。一人の中にこれだけの顔が同居していることに、まず驚かされる。 たまたまさいたまラヂオ シーズン6第8回。きよぷんが「恐れ多くて声をかけられなかった」と語っていたその人物が、前回ゲストのタンク☆ポップ・ワッコさんの一本の電話をきっかけに、ついにスタジオへ。語り口は穏やかでありながら、振り返ると驚くような出来事ばかりが顔を出す回になった。 先生の出身は鹿児島県志布志市。地名にもユーモアが滲む港町で生まれた、と本人もちょっとだけ笑う。 ただ、生まれた瞬間の話を聞いて笑ってばかりもいられない。先生が産声を上げたまさにその日、鹿児島には大きな台風が上陸した。病院の電源が落ちる前にと、ご家族と医師団が手を尽くして帝王切開で生まれてきた──まさに嵐の中で迎えられた一人の画家のはじまりだった。 そして、これはまだ序章にすぎない。入学式、卒業式、運動会、息子さんの試合。事あるごとに、先生のいるところには雨が降る。今年2月、収録の少し前に訪れたある国でも、ある「ありえない」現象が起きた──その場所は、本来雨など降るはずのない土地だったのだ。 詳細は本編で。 「絵をやりたくて始めた」というよりは、「野球が嫌で逃げた」のが先生のスタートだった。 少年野球チームに所属していた小学校時代。ウサギ跳びや水分制限の練習に耐えかね、同じチームの友人と作戦会議。「絵画教室に通いたいから野球を辞めさせてください」と親に直訴したのが、すべての始まりだった。 その友人とは、中学に上がるタイミングで離れ離れになる。けれど、3年浪人して東京芸術大学に合格したその日再会することになる。 このエピソードがまた、できすぎているくらい綺麗で。聴いていて思わず声が出た。 「絵描きで生きていく」と早くから決めていたわけではない。むしろ進路相談で先生から「お前の成績じゃ働き先もないぞ」と言われ、「じゃあ好きな美術の学校に行きます」と返したのが、芸術への扉を開ける合言葉になった。 通い始めた八王子の予備校で出会ったのは、ワンサカいる3浪・4浪の先輩たちの圧倒的な画力と、不思議なほど深く響く美術の話。「これは、やりがいがある」と思った瞬間に、人生の進路は静かに切り替わったという。 入学した東京芸大の油画科で渡されたカリキュラム表は、たった1枚のB5サイズ。書いてあるのは「自主制作」「卒業制作」のような項目だけ──4年間まるごと、自分と向き合う時間だった。 現在、先生は南越谷駅前で「ワクワク絵画教室」を主宰。火曜・土曜に大人と子どものクラスを開いている。 その傍ら、出羽地区の自治会で会長を10年。地区連合会でも役職を担う。先生は「自治会活動も芸術だと思っている」と笑うのだけれど、その意味は本編を聴くと腑に落ちる。 そして、毎年一度。海外スケッチ会という名の旅に出る。 きっかけは、若い頃に企画していた国際交流展だった。海外作家を日本に呼び、日本作家を海外へ送る──そんな活動のなかで、最初に降り立った街がベルギー。1ヶ月半そこで暮らし、作品を作り、展覧会を開いて帰ってきた。 それ以来、絵を描く先生と、写真を撮る相棒・モチダさんとで、毎年違う土地を旅して回っている。タイ、ベルギー、ミャンマー、そして今年2月のあの国。10月末には金沢で個展も控えている。 ウズベキスタンで先生が経験した出来事の話は、本編のなかでもとくに胸に残る。 20世紀最大の環境破壊と呼ばれる場所に降り立ったこと。打ち上げられたまま錆びた船たちと、舞い上がる砂と、住民の健康のこと。そしてもうひとつ──現地の子どもたちが、先生たちとすれ違うときに見せた、ある仕草。 その仕草の意味を、現地のガイドさんが教えてくれた。それは、戦後のずっと前、ある場所で日本人たちが残した「あること」が、いまも語り継がれているからなのだという。 聴き終えると、絵を描くというのは、絵を描くだけの行為ではないということが、すこしだけ分かる気がする。 番組の最後、お決まりの問いを投げかけた。 「山口先生にとって、芸術とは何ですか?」 返ってきた言葉は、絵描きならではの言葉でありながら、自治会長としての先生の生き方そのものでもあった。短い言葉のなかに、社会と、人と、未来への眼差しが、静かに重ねられている。 その答えは、ぜひ本編の最後でお聴きください。 次回は、画家としての先生だけでなく、地域に根ざしながら世界を旅する人として、これからの時代における人とアートの関係を語っていただきます。前編とはまた違う、もう一段深い対話になる予感がしています。 ぜひ後編もご期待ください。 たまたまさいたまラヂオ シーズン6 第8回ゲスト:山口隆志先生(画家/ワクワク絵画教室主宰/出羽地区自治会連合会)パーソナリティ:きよぷん・みおさん ▶ Podcast各種プラットフォームで配信中

    33 min
  6. #259_S6#7目に入ったら、もう仲間」——タンク☆ポップが越谷で歌い続ける理由

    May 12

    #259_S6#7目に入ったら、もう仲間」——タンク☆ポップが越谷で歌い続ける理由

    越谷・春日部の人と街を、音楽でつなぎ続けてきたタンク☆ポップさん。前回の余韻そのままに、今回の第2回は「地域に根ざす音楽の可能性」というテーマで、もう一段深いところまで踏み込みました。 ご当地ソングを歌い続けることで、街との関係は本当に変わるのか。お客さんと仲間の境界線は、いったいどこで溶けるのか。そして10周年を迎えた二人が、ぽろっとこぼした“次の10年”の構想がなかなかに突き抜けていて——スタジオの空気がふっと未来側に傾いた瞬間が、確かにありました。 きよぷん・みおさんとの掛け合いの中で、本人たちも予想していなかった話が次々と転がり出していく30分。ぜひ、耳で受け取ってください。 「永遠の26歳」と、ある一風変わった健康法の話 オープニングは、みおさんの“44歳・迷える年齢”の話題から。お肌のこと、化粧のこと、年齢のこと——そんなリアルな悩みに、永遠の26歳・wakkoさんがどう応じるのか。 そしてここから話は、kakkunさんの食生活へ。実は数年前から、ある“あれを抜く”という食事法を実践しているそうなのですが、これがちょっと意外な内容。玄米、味噌汁、魚……並べてみると地味なようでいて、実はあるYouTube情報がきっかけになっているという、令和的なエピソードでもあります。 そしてもうひとつ。「あれだけ気を遣ってるのに、これだけはやめられない」というkakkunさんのある習慣について、ご本人がスタジオで放った一言が、なんとも潔くて笑ってしまいました。健康とは、結局なんなのか。 このオープニング、地味に名場面です。 今回はライブ配信中にYouTubeコメント欄が大盛り上がり。如月さん、らくがき屋本舗さん、Yolos隊長——リスナーから次々と寄せられた言葉に、wakkoさんが照れたり、笑ったり、ぽろっと本音をこぼしたり。 「これ、コメント読みながらラジオやるの、初めてじゃない?」とMC陣も思わず笑った瞬間に、新しい曲のタイトルまで生まれてしまうという展開。タンク☆ポップさんの新曲ネタが、たまたまさいたまラヂオから誕生する瞬間に立ち会いたい方は、ぜひ番組本編をどうぞ。 「越谷のネギ」「テクテク」「僕の故郷」「金のなまず」「ジュン」——タンク☆ポップさんの曲には、越谷や近隣の風景や記憶がふんだんに織り込まれています。 特に印象的だったのは、「テクテク」が生まれた背景。kakkunさんがある時期に経験した、ちょっと辛い出来事と、レイクタウンができる前のあの一帯の記憶。「越谷南高校時代に通った道」と「賑やかになった今の風景」が重なって、ひとつの曲になったというお話には、思わず聴き入ってしまいました。 そしてもうひとつ、「僕の故郷」の歌詞に出てくる**「赤と白のあいつ」**。これ、越谷の方ならピンとくる方も多いかもしれません。蒲生のあのあたりにあるアレ——二人と地元の距離感が一気に見えた気がしました。 街の人がふと口ずさんでくれた瞬間。あの瞬間が忘れられない、というエピソードもkakkunさんから語られています。これは、ぜひご本人の言葉で。 タンク☆ポップさんのライブには、不思議な現象があります。お客さんよりステージに立っている人のほうが多い、という日がしばしばあるのです。 なぜそうなるのか。wakkoさんいわく、「目に入ったら、もう仲間」。 ——でも、最初からそうだったわけではないらしいんです。デビュー当初、kakkunさんとwakkoさんの間には、実は“ある考え方の違い”がありました。ステージとお客さんは別物だと考えていたkakkunさんが、ある日のライブ中にwakkoさんが取った“ある行動”に対して、本気で思ったこと。そこから二人が、どう折り合いをつけて今のスタイルにたどり着いたのか。 このくだり、地域でイベントや表現活動をやっている方には、たぶん刺さります。「巻き込む側」と「受け取る側」の関係を、一度組み直したくなる話です。 長く愛されてきた「季節の音楽会」が、今年度春で一旦区切りを迎えました。これ、人気がなくなったからではまったくなくて、むしろ逆。ある“嬉しい誤算”が積み重なった結果なのだそうです。 「形を変えなきゃいけないと思って」というwakkoさんの言葉の裏には、参加型ライブを続けてきた10年分の手応えが詰まっています。完全に終わるわけではなく、「何かの形で帰ってくるから油断しないで」とのこと。次の参加型がどんな顔をして登場するのか、これは追いかける価値があります。 そして、今いちばん入りやすい現場として挙がったのが、毎月第2火曜日に開催されている**「越谷水辺の市」**(越谷市役所前ウッドデッキ・10:00〜14:00)。タンク☆ポップさんのライブは12:10〜と13:30〜の2ステージ。フラダンスや弾き語りの方々と一緒に、出展ブースも並ぶゆるやかな日中の市です。 さらに——10周年を記念したコラボイベントが予定されているとのこと。詳細はタンク☆ポップさんの各SNSをチェックしてみてください。 最後にうかがったのは、これから10年の構想について。 「世界に行きたいし、全国も行きたい」と語る二人ですが、ローカルで続けてきたからこそ見えてきた“タンク☆ポップにしかできない形”があるようで——きよぷんが思わず「それ、新しい形式かも」と漏らしてしまった**“ある会場形式”のアイデア**が飛び出します。 そして、みおさんが冗談半分で口にした「玉ねぎキャラで登場」案に、wakkoさんが本気で乗っかってきた瞬間のスタジオの温度。「タンク☆ポップ教、始まりますね」——この一言がエンディング近くで生まれて、笑いと一緒に番組は閉じていきました。 10年後、越谷のどこかに、本当にネギ神様の祭壇ができているかもしれません。 タンク☆ポップさんの活動が一番見えやすい場所は、毎月第2火曜の越谷水辺の市。そしてもう少し先には、10周年コラボイベントが控えています。気になった方は、ぜひSNSでお二人をフォローしてみてください。 そして、本編はYouTubeおよび各種ポッドキャストアプリで配信中です。文字では書き切れなかった声色、間、笑い声——そこにこそ、タンク☆ポップさんと越谷の空気が一番にじんでいると思います。

    31 min
  7. #258_ S6#6タンク☆ポップ

    May 5

    #258_ S6#6タンク☆ポップ

    越谷の「元気楽天ユニット」タンク☆ポップ──11年目の相方が、最後にこぼした"宇宙一"の一言 越谷で「タンク☆ポップを知らない人はいない」と言われるほどの、元気楽天ユニット。ボーカル&ギターのかっくん、ボーカル&作詞のわっこさん。今年めでたく結成10周年を迎えたお二人が、シーズン6第6回のゲストとしてスタジオに来てくれました。 ところが収録は冒頭から大暴走。AIで作られたサムネイルへの容赦ないツッコミ、武道館を本気で見据えた「2万人視聴イメトレ」、ネギ、ポロリ、玉ねぎ、宇宙一──30分ではどう考えても足りないトークの果てに、最後の最後でこぼれたかっくんの一言で、スタジオの空気がふっと止まりました。 笑って、泣いて、また笑う。タンク☆ポップというユニットがなぜ越谷で愛され続けているのか。その理由は、今回の配信の中に入っています。 お二人の出会いは、越谷の音楽好きが集う伝説のイベント 「コシガヤな夜」。会場は、地元なら誰もが知るEASYGOINGSでした。 それぞれソロで活動していた頃、わっこさんの出番直後にステージに立ったのが、かっくん。弾き語りで披露されたのは、いまもタンク☆ポップの看板曲となっている、ある楽曲です。 「割と上手く弾くじゃん」と、ちょっと上から目線で(笑)感想を漏らしたわっこさん。声をかけてみて、二人は驚きます。 実はお二人、同じ小学校・同じ中学校の先輩後輩だったのです。 しかも、わっこさんが「26歳設定」を貫いているため、その年齢差はナイショ。それでも積もる共通点が次々と発掘されていく様子は、もはや運命としか言いようがありません。 ユニット結成のきっかけは、ふたりの間で「相方として組んだら面白いんじゃないか」という空気が高まっていた頃のことでした。 ある日、わっこさんがFacebookでたまたま目にした募集が、すべてを動かします。 「いちごちゃんとかピーチちゃんだったらやめたけど、ネギか。ネギなら、あたしがいいんじゃないかなって」 ネギフェスの 「ネギクイーンコンテスト」。一度やると決めたら一等賞しか取らない"ライオン気質"のわっこさんは、自ら地域中を回ってポスターを貼り、結果的にクイーンの座を勝ち取ります。 そのコンテストのアピールタイムのために生まれたのが、いまも越谷で歌い継がれるあの曲。歌詞をわっこさんが一晩で書き上げ、メールで送った翌朝にはかっくんが曲を完成させていた──というスピード感も、二人の相性を物語っています。 「あの曲はね、本当にね、抜けない抜けない」 聴いた人の頭からしばらく離れない、その効能(?)の正体は、ぜひ番組の本編で。 「どっちがタンクで、どっちがポップ?」──美緒さんの素朴な質問から、ユニット名誕生秘話に話が及びます。 実はそれぞれが、当時すでに自分のオリジナル曲として持っていたある楽曲を、二人で組んだときに合体させたのが「タンク☆ポップ」。 かっくんの曲は、夏になるといつも"あれ"を着てくる友人をいじって作られた一曲。わっこさんの曲は、ウクレレを片手に歌われていた、現在もファンに愛され続ける一曲。 このネーミングの中に、二人それぞれの音楽の出発点がそのまま入っているのが、なんとも粋なのです。 タンク☆ポップにはユニークなファンネームがあります。その名も 「スター」。 「みんなで輝くぞー!」「武道館に立つときは、みんなで一緒に立つぞ!」──そんな思いが込められた呼び名で、お二人は越谷から全国に向けて、いまも"星"を増やし続けています。 収録中、コメント欄も大盛り上がり。みおさんも勢いに飲まれ、その場で 「スター入会」 を表明する場面も。 ──ということで、本記事をここまで読んでくださった皆さんも、もう スター です。 楽曲のクオリティを支えるかっくんの音楽ルーツは、思春期の越谷にありました。 中学2年生、初めてのギターはアコギ(当時は「フォークギター」と呼ばれていた頃)。アリス、長渕剛、松山千春──まだ松山千春がギター1本でステージに立っていた時代の話です。 そこから、ある友人に「これ見てみろ」と無理やり見せられたレーザーディスクが、運命を変えます。映っていたのは、若き日のジャズフュージョン界の巨匠。その容姿の第一印象は……「プロレスラーかと思った」。 笑い話のような出会いから、エレキギターへ、ハードロック/ヘビーメタルの80年代へ。野球部のバッティングケージの陰でギターを弾いていたという、青春の越谷南高校の話まで──このあたりは、音楽好きにはたまらないパートです。 時間ギリギリ、収録の最後の最後。きよぷんが「お一人ずつにお聞きします」と切り出した、たった一つの質問。 「わっこさんにとって、かっくんとは何ですか?」 「かっくんにとって、わっこさんとは何ですか?」 このやりとりで、なぜか みおさんが涙ぐみ、スタジオ全体がやわらかく揺れます。 二人の答えは──本編の最後の3分間に、しっかり収録されています。なぜスタッフ全員が言葉を失ったのか、ぜひご自身の耳で確かめてください。 語りきれなかったエピソードは、後編に持ち越し。お楽しみに。 番組の感想・ゲストリクエストは、各SNSのコメントやDMでお気軽にお寄せください。 #たまたまさいたまラヂオ #越谷 #春日部 #ポッドキャスト #タンクポップ #タンク☆ポップ #わっこ #かっくん #元気楽天ユニット #越谷ネギ #ネギフェス #コシガヤな夜 #Podcast

    31 min
  8. #257_S6#5「越谷を“あの越谷ね”と呼ばれる街に。まち未来創造塾の内側に潜入|たまたまさいたまラヂオ」

    Apr 28

    #257_S6#5「越谷を“あの越谷ね”と呼ばれる街に。まち未来創造塾の内側に潜入|たまたまさいたまラヂオ」

    前回、披露宴の終盤に突然マイクを渡されて狼狽していた澤中さん。「聞いてないよ」と長男に詰め寄った、あの瞬間からの続編です。 家族にも内緒にしていた“ある準備”が、ここで明かされます。笑いを取りながらさらさらっと完遂してみせたその手腕は、実はPTA会長時代から鍛え上げてきたもの。番組冒頭の数分間、ぜひそのまま音声で聴いてみてください。 「自分たちの街なので、自分たちで良くしていこうよ」――澤中さんが何度か言い換えながらたどり着いた、未来塾のいちばんシンプルな定義です。 月に一度、第3土曜日。午後2時から夜9時まで、座学と懇親の2部構成。延べ160人が通い、今年の5月で11期目。最年少はまさかの高校生で、しかも「越谷に住んだことがない」のに参加し続けるレジェンドOBまでいるそうです。参加費の話が出た瞬間、みおさんが「信じられなくない?」と二度言うことになる、その数字も本編で。 越谷市役所の“ある一言”をきっかけに3年でキャンプ場を実現させた人。越谷技博で「ゆるトラ」を生んだチーム。ダルマの餌付け体験を企画している伝統工芸メンバー――越谷で見聞きした“あれ”の出処は、だいたいここでした。 「意識高い人ばかりかと思ってた」と身構えていたみおさんが、話を聴くうちに 「あ、これ私でも行けるやつだ」 とトーンを変えていく流れがそのまま、聴いている人の入口体験になっています。 未来塾の塾長は、蒲生在住の丁野先生。圧倒的に全国の観光資源への造詣と全国的な影響力を兼ね備えた方です。日本の暮らしを変えた“あの祝日関連の提唱” や、11月22日のあの記念日 の話題が出た瞬間、スタジオの空気が変わります。詳細は本編で味わってください。 そんな塾長の隣で、ガバガバお酒を飲みながら話せてしまう距離感――これも未来塾の魅力。番組終盤、澤中さんが語った夢が、この回いちばんの聴きどころになりました。 「子どもたちが、どこに行っても“越谷あの越谷ね”って羨ましがられるような街に――」 未来塾を「広く知ってもらえてないのが、いちばんの課題」と語る澤中さんの“次の一手”として、こども未来塾構想 の話まで飛び出します。 参加の問い合わせ窓口は、 越谷市観光協会。 https://www.koshigaya-sightseeing.jp/ TEL:048-971-9002 「越谷をもうちょっと知りたい」――そのくらいの温度で、気軽に門を叩いてみてください。

    32 min

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さいたま在住の二人が楽しく生きること、楽しく働くこと、楽しく学ぶこととはなんだろう?と話をしていきます。気軽に聞いていただいてほっと一息つける楽しい時間をお届けしていきます。 ご意見ご感想、質問などいただきたいです。 https://saitamaradio.com