奇跡の道/テキスト解説

コオ

A Course in Miracles (奇跡の道)を学習している方をサポートするための番組です。田中百合子さんの訳を使ってテキストを解説していきます。 解説:川上貢一(コオ) 公式ブログ:インナーメッセンジャー https://lksitnr.exblog.jp/ 使用テキスト:奇跡の道 https://amzn.to/4abVBo3

  1. May 29

    24、奇跡の道テキスト/2章-2節「防衛としての贖罪」5-7段落

    奇跡の道(A Course in Miracles)の解説です。今日はテキスト第2章2節の5-7段落を解説してみました。みなさんのお役に立てたら嬉しいです。質問やコメントをお待ちしております。解説・川上貢一(コオ) ・公式ブログ「インナーメッセンジャー」 https://lksitnr.exblog.jp/ 1、奇跡の道テキストの購入はこちらから https://amzn.to/4abVBo3 2、メールはこちらから https://ssl.form-mailer.jp/fms/83279e0b368139 3、本日のテキスト 5 贖罪が空間と時間についての信念があるところへ造られたのは、そうした信念自体が必要だと思われることに限度を設けたうえで、究極的には学びを完了させるためである。2贖罪はその最終的な教訓となる。3学ぶこと自体は、それが行われる学びの場のように一時的なもの。4学ぶための能力というものは、もはや変化する必要がなくなれば何の価値もない。5永遠に創造しつづけるものには、何も学ぶべきことはないのである。6あなたは自分の知覚力を向上させるために学べるし、ますますよい学習者になれる。7こうしてあなたは御子としての身分にある者とより親しく一致することだろう、しかし御子としての身分そのものは完全な創造であり、完全さは度合の問題ではない。8ただ、違いがあると信じるあいだは、学ぶことにも意義があるといえる。  6 進化とは進歩の過程であって、そこではある段階から次の段階へと進んでいるように思える。2以前に踏み誤ったことを前向きに歩み続けて正すのである。3時間の点から見ると、この過程は実に不可解だ、前進するごとに元へ戻っていることになるのだから。4贖罪がその手だてであって、あなたが先へ進むにしたがい、過ぎ去ったことから自分を自由な身にできるのである。5それは過去の間違いを元通りにしてくれるので、あなたには、それまでのように復帰するために進歩するどころか、もと来た道をたどり直し続けるようなことをもうする必要がなくなる。6この意味において贖罪は時間を省くが、贖罪が奉仕しているその奇跡と同じで、時間を完全になくすということはしない。7贖罪が必要である限り、時間も必要だといえる。8ただ、完了した計画としての贖罪は時間と独特の関係をもっている。9贖罪が完了するまでは、そのさまざまな段階は時間のなかで進むが、完全な贖罪というものは時間の終りにある。10その時点で、復帰するための橋が造られたということになる。 7 贖罪はいわば誠心誠意したがうと決心すること。2あなたはまだ、こうすることを敗北と結びつけて考えるかも知れないが、これは分離した神の子たちがみんなどうしても思い違いすることである。3攻撃することが出来ない防衛こそが最善の防衛であるとは信じがたいかもしれない。4「柔和な人は地を譲り受けるであろう」との言葉が意味するのがこれである(S - 49)。5柔和な人たちは持前の力強さで、文字どおり地を引き継ぐことだろう。6二つの方向に向いて防衛することは本質的に弱いところがある、というのはまさに両刃を持っているからであって、きわめて不意に自分を不利な立場にしかねない。7この可能性を制御できるのは奇跡だけである。8奇跡が贖罪という防衛力であなたを本当に擁護するのであり、自分は安全だと確信を持てるようになるにつれて、あなたは自分がきょうだいであり御子でもあると分かってきて、他の人たちを擁護するという生まれながらの才能を自分のものとするだろう。 #奇跡の道 #ACIM #奇跡のコース #やすらぎの部屋 #川上貢一(コオ) --- stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。 https://stand.fm/channels/69897fc14144beda369cc0dd

    21 min
  2. May 22

    23、奇跡の道テキスト/2章-2節「防衛としての贖罪」1-4段落

    奇跡の道(A Course in Miracles)の解説です。今日はテキスト第2章2節の1-4段落を解説してみました。みなさんのお役に立てたら嬉しいです。質問やコメントをお待ちしております。解説・川上貢一(コオ) ・公式ブログ「インナーメッセンジャー」 https://lksitnr.exblog.jp/ 1、奇跡の道テキストの購入はこちらから https://amzn.to/4abVBo3 2、メールはこちらから https://ssl.form-mailer.jp/fms/83279e0b368139 3、本日のテキスト 二 防衛としての贖罪 1 あなたには私が頼むことなら何でもできる。2奇跡を成すようにと頼んだし、奇跡は自然なものであり矯正的であり癒しであり、普遍であることなど、明らかにさせておいた(S - 44)。3奇跡にできないことは何ひとつないが、疑ったり恐れたりしていたのでは成しえない(S - 45)。4何かを怖がるとすれば、自分を傷つける力がそれにあると承認していることになる。5自分が胸の思いをよせるところには、自分の宝もあるということを思い出すように(S - 46)。6自分で価値があると見なすものを信じるのである。7もし恐れを抱いているなら、間違って評価しているといえる。8そうなると自分の理解力では間違って評価するようになることは免れず、また思考にはすべて同じような力があると考えると、それが心の平安を乱してしまうのは必然的である。9だから聖書では「あらゆる人知を越える神の平安」について述べている(S - 47)。10この平安はどんな種類の誤りにもまったく揺るがぬものである。11それは神に属さない何ものかの能力が、あなたに影響を及ぼすはずがないとして、それを否定してしまう。12これこそ適切な否認のしかたといえる。13何かを隠そうとしてではなく、誤りを正すために否認するということ。14誤りをすべて光へともたらしたうえで、誤りと暗闇とは同じものなのだから、自動的に誤りを正すのである。 2 真に否認することは強力な保護するための手だてといえる。2間違っていることが自分を傷つけることができるとなど信じないでいられるし、そうすべきである。3こんな風に否認するのは隠す手段ではなくて訂正する手段となる。4あなたの正しい心はこれに依存する。5間違いを否認するのは真理のためには強い防衛となるが、真理を否認すると結果的に誤って創造し、自我を投影することになる。6正しい心に仕えるうちに、間違いを否認することで心を自由にし、意思の自由を確立し直すのである。7意思が本当に自由なら誤って創造することはありえない、ただ真理のみを認めるのであるから。  3 あなたは間違っていることを防衛できるし、同様に真理を防衛できる。2そのための手段は、目標とするものの価値をしっかり設定したあとで、もっと分かりやすくなる。3何の為にするのか、それが問題。4誰もみな自分の宝を守るのであり、また自動的に守ろうとするだろう。5本当の質問は、何を宝として蓄え、それをどれほど大事にするかである。6いつもこうした質問をまず考慮したうえで行動に移すことをいちど習得したら、その手段をはっきりとさせるのは容易になるだろう。7そうした手段はあなたが求めさえすればいつでも応じられようにしてある。8しかも、もしこの一歩を必要以上に長引かせさえしなければ、時間を省くことができる。9正しく焦点を合わせれば、それを測り知れないほど短くできるだろう。 4 贖罪こそ破壊的には使えない唯一の防衛法といえる、なぜならそれはあなたが作った手だてではないからである。2贖罪の原理というものは贖罪が始まるずっと前から実質的にあった。3その原理は愛であり贖罪が愛のなすわざであった。4分離以前には愛のなすわざは必要ではなかった、空間と時間に対する信念など存在しなかったのだから。5贖罪とそれを完了するのに必要な条件を計画されたのは、ただ分離以後のことである。6つまりその分離のあと、誤って使われることのない完全で申し分のない防衛を必要としたわけだ、とはいえその防衛が拒否されることはありえる。7しかしながら、拒否することがこの防衛法を攻撃するための武器に変えることはできなかった、ところが他の防衛法にはこれが当たり前の特徴だといえる。8こうして贖罪が両刃の剣(もろはのつるぎ)ではない唯一の防衛法となるわけだ(S - 48)。9贖罪はただ癒すことができるだけである。 #奇跡の道 #ACIM #奇跡のコース #やすらぎの部屋 #川上貢一(コオ) --- stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。 https://stand.fm/channels/69897fc14144beda369cc0dd

    23 min
  3. May 15

    22、奇跡の道テキスト/2章-1節「分離と贖罪」4-5段落

    奇跡の道(A Course in Miracles)の解説です。今日はテキスト第2章1節の4-5段落を解説してみました。みなさんのお役に立てたら嬉しいです。質問やコメントをお待ちしております。解説・川上貢一(コオ) ・公式ブログ「インナーメッセンジャー」 https://lksitnr.exblog.jp/ 1、奇跡の道テキストの購入はこちらから https://amzn.to/4abVBo3 2、メールはこちらから https://ssl.form-mailer.jp/fms/83279e0b368139 3、本日のテキスト 第2章「分離と贖罪」 4 恐れというものはみな、結局のところ、⾃分は神の⼒さえ奪う能⼒をもっていると基本的に誤って知覚することからくる、と集約できる。2 もちろん、あなたにはそんなことはできもしないし、為し得てもいない。3 これこそ恐れから逃れるための本当の根拠となる。4 贖罪を受け⼊れることによって恐れから逃れることができるし、この贖罪が⾃分の誤りは決して実際には起こらなかったと悟らせてくれる。5 アダムはただぐっすりと寝込んでいるあいだに、悪夢を経験できるというわけだ。6 もし、だれかが恐ろしい夢を⾒ている最中に突然明りがついたら、とっさにその明り⾃体も夢の部分だと判断して怖がるかもしれない。7 しかしながら⽬覚めたときには、その光は夢から解放されたということだと正しく知覚し、もはやそんな夢を実在だとは認めない。8 こうして解放されることは錯覚に左右されるわけではない。9 光明を投ずる知識があなたを⾃由にするだけでなく、たしかに⾃由だということをあなたにはっきりと⾒せてくれる。 5 あなたがどのような嘘や偽りごとを信じようが、それは奇 跡にとって問題ではなく、どれも同じように容易に癒すことがで きる。2 奇跡は誤って知覚されたものごとを区別しようとはしない。3 ただ関⼼があるのは、対⽴している真理と誤りとを⾒分けることだけだ。4 ある奇跡はその規模がほかのより⼤きいように思えるかもしれない。5 しかしこの奇跡の道が説く第⼀の原理を忘れないでほしい、奇跡に難しさの順序はないのである。6 実在において、あなたは愛を⽋いているどのような表現にも、まったく影響されてはいない。7 こうした表現は、⾃分とほかの⼈たちからの表現だったり、⾃分からほかの⼈たちへの表現だったり、ほかの⼈たちから⾃分への表現だったりする。8 平安はあなたの中にある属性。9 それを外に⾒いだすことなどできないのである。10 病気になるのは何かを外に捜し求めようとしているすがたともいえる。11 健康であるとは⼼が平安であるということ。12 それはあなたが外⾯の愛に⽋けたものごとによって動揺させられることなどなくし、そのうえあなたが奇跡を受け⼊れることで、ほかの⼈たちに愛が⽋けているために⽣ずる状況なども正せるようになるのである。 #奇跡の道 #ACIM #奇跡のコース #やすらぎの部屋 #川上貢一(コオ) --- stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。 https://stand.fm/channels/69897fc14144beda369cc0dd

    25 min
  4. May 8

    21、奇跡の道テキスト/2章-1節「分離と贖罪」1-3段落

    奇跡の道(A Course in Miracles)の解説です。今日はテキスト第2章1節の1-3段落を解説してみました。みなさんのお役に立てたら嬉しいです。質問やコメントをお待ちしております。解説・川上貢一(コオ) ・公式ブログ「インナーメッセンジャー」 https://lksitnr.exblog.jp/ 1、奇跡の道テキストの購入はこちらから https://amzn.to/4abVBo3 2、メールはこちらから https://ssl.form-mailer.jp/fms/83279e0b368139 3、本日のテキスト 第2章「分離と贖罪」 1、分離の起源 1 拡張するということは神の根本的な⼼のあり⽅をあらわしており、神は御⼦にもこうあるようにと望まれた。2 創造するにあたり、神は御⾃らを創造なさるものへと拡張されたうえ、御⾃分と同じように愛にみちて創造するようにとの御意志を吹き込まれた。3 あなたは満ち⾜りたすがたに創造されたのみならず、完全に創造されているのである。4 あなたには空虚さなどない。5 あなたは御創造主に似ているので、創造的である。6 神の⼦供のこの能⼒は⽣まれながらのものだから、だれ⼀⼈これを失うことはあり得ないが、それを投影することによって不適当な使いかたはできる。7 適当とはいえないやり⽅で拡張したり投影したりすることが起きるとすれば、それは、⾃分はなぜか空しくて何か⽋けていると感じるが、真理の代わりに⾃分⾃⾝の想念でそうした不⾜を満たせると信じるときである。8 このような過程はつぎに述べる段階を必然的に含む。 9 第⼀、神が創造されたものを、⾃分の⼼で変えられると信じる。 10 第⼆、完全であるものを不完全にしたり、⽋けたものと為しえると信じる。 11 第三、神が創造なったものを歪めること ができると信じ、これには⾃分⾃⾝も含まれる。 12 第四、⾃分で⾃分を創造できるし、その創造の傾向は⾃分の思いどおりに できると信じる 2 このように関連した歪みは、分離したとき、すなわち「恐れへの回り道」において実際に何が起きたのかを表している光景といえる。2 そのどちらも分離する前には存在しなかったし、実際には今も存在してはいない。3 神が創造されたものは何もかもみな神に似ている。4 神が取り掛かられたような拡張は、御⽗から⼦供たちが受け継ぐ内⾯的な輝きに類似している。5 それの本当の源は内在するものである。6 これは御⼦について真実だし、同じことが御⽗についてもいえる。7 この意味で、創造とは神が創造なさった御⼦と、⼼が癒された御⼦が創造するものとの両⽅を含む。8 これには神が御⼦に⾃由意志を与えられることを要する、なぜなら愛に満ちて創造されるものはみな⼀つに連なって惜しみなく与えられているからであり、そこではすべての側⾯が同じ階級にある。 3 エデンの園、または分離以前の状況は、⼼は何も必要としない状態だった。2 アダムが「へびの虚⾔」に⽿を傾けたとき、そこで聞いたことはみな偽りだった。3 あなたがそうすることを選ぶのなら別だが、真実でないことを信じ続ける必要などないのである。4 そうしたことはすべて単に誤って知覚したことにすぎないのだから、⽂字どおり、瞬く間に消え失せてしまう 5 夢のなかでの出来事がきわめて本当のように思えるものである。6 依然として聖書には、アダムが深い眠りについた、とあるけれども、アダムが⽬覚めたことを⾔及するところはどこにもない。7 この世はまだ、包括的な⽬覚めや再⽣を少しも経験してはいないということになる。8 ここでいう再⽣は、投影したり誤って創造し続けるかぎり不可能だ。9 しかしながらそれは、神 が御⾃分の霊をあなたに拡張されたと同じように拡張するために、あなたのうちに今も存続する。10 実在においては、ただこうすることを選べるだけだ、なぜなら、あなたの⾃由意志は完全なものを創造するという喜びのために与えられているからである。 #奇跡の道 #ACIM #奇跡のコース #やすらぎの部屋 #川上貢一(コオ) --- stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。 https://stand.fm/channels/69897fc14144beda369cc0dd

    24 min
  5. May 1

    20、奇跡の道テキスト/1章-7節「奇跡への衝動の歪み」1-5段落

    奇跡の道(A Course in Miracles)の解説です。今日はテキスト第1章7節の1-5段落を解説してみました。みなさんのお役に立てたら嬉しいです。質問やコメントをお待ちしております。解説・川上貢一(コオ) ・公式ブログ「インナーメッセンジャー」 https://lksitnr.exblog.jp/ 1、奇跡の道テキストの購入はこちらから https://amzn.to/4abVBo3 2、メールはこちらから https://ssl.form-mailer.jp/fms/83279e0b368139 3、本日のテキスト 1 あなたの歪んだ知覚は、奇跡を行なうのに役だつ衝動を密度の高い覆いで包み込み、その衝動を自覚しにくくしている。2奇跡への衝動と肉体的衝動とを混同するのは知覚に伴う主な歪みである。3肉体的衝動は奇跡への衝動が誤って指図されたものといえる。4本当の喜びはすべて、神の意志を行うことからくる(S- 34)。5というのも、それを行わないでおくと本来の自己を否認することになるからである。6本来の自己を否認すれば錯覚を引き起こすわけだが、そうした誤りを訂正することで錯覚から解放される。7外面的なものごとで、神やきょうだいたちと平安のうちに心を通わせられるとなど、自分をだまして信じこまないように。 2 神の子供よ、あなたが創造されたのは、善なるもの、美しいもの、聖なるものを創造するためである。2これを忘れないように。3神の御愛はいましばらく、からだとからだを通じて表現されなければならない、洞察力ではまだよく見えないのだから。4あなたは自分の知覚を広げるのを助けるためにからだを使うのが一番いいだろうし、そうすることで肉体の目では不可能な本当の洞察力による心像を見ることができるようになる。5こうすることを学ぶためにのみ、からだは本当に役立つのである。 3 空想は洞察力のゆがんだ形といえる。2どんな種類であれ、空想されたことはゆがめられている、実在しないものを見ようと必然的にねじ曲げて知覚しようとするのがつねであるから。3ゆがんだものを因に行動するのは、文字どおり自分では何をしているのかわかっていない者たちがする反応の仕方だといえる(S- 35)。4空想は間違った必要性に従って実在を制御しようとする試みである。5どのようにであれ実在をねじ曲げるなら、破壊的に知覚していることになる。6空想は間違った連想をしておいて、それから快感を得ようとする手段。7しかし、間違って連想したことを知覚できるとはいえ、それは自分自身にだけ本当のことにしておけるにすぎない。8あなたは自分で作るものを信じる。9もしあなたが奇跡をさしのべるとすれば、あなたの奇跡に対する信念も同様に強いものとなるであろう。10そしてあなたの確信の強さが奇跡を受け取る人の信念を支えることになる。11実在の本質が全面的に満足できるものだということが、与える者と受け取る者、その両方に明白となるにつれ、空想などことごとく必要ではなくなる。12実在を「失った」のは権利を奪ったからであり、それがまた暴政を生み出すのである。13ひとりでも「奴隷」が取り残されて地上を歩むかぎり、あなたは完全に解放されたとはいえない。14御子としての身分に属する者たちをみんな復帰させること、これこそ奇跡を行う気がある者にとって唯一の目標である。 4 この奇跡の道の教えは心を訓練するためのものである。2学ぶということはすべてある程度の注意力と絶えざる努力とを要する。3この教えの過程において、あとで出てくる部分は、始めのほうの何節かにかなり重く基づくので、ここを注意深く勉強するようにと要求せずにはいられない。4準備するためにもこれらの部分が必要である。5それなしでは、後に出てくる部分で言わんとすることにあまりにも強い恐れを抱いて、前向きな気持ちでは受け入れられないかもしれない。6ともかく最初の何節かを勉強するにつれて、後で詳しく説明されることをほのめかす点がいくつか目につきはじめるだろう。 5 しっかりした基礎が必要である、それなしでは、私がすでに言及した恐れと畏敬の念とを混同してしまうことがありえるし、それはよくすることであるから。2私がすでに述べたことだが、神の子たちのつながりにおいては畏敬の念を抱くのは適切ではない、なぜなら自分と等しいものの面前では畏敬の念を覚えるべきではないからである。3しかしながら、あなたの創造主の前で畏敬の念を抱くのはふさわしいことだとも強調した。4私の贖罪における役を大げさに言ったり控え目に言ったりすることなく、明らかにするようにと心がけてきた。5またあなたの役についても同じようにしようと努めている。6我々は本来平等だから、私に対して畏敬の念をもつのは適当な反応ではないということを力説しておいた。7しかしながら、この奇跡の道の教えの後のほうにでてくる段階では、もっとじかに神自身に近づくことが必然的となる。8注意深く準備しないでこうした段階へと歩み始めるのは賢明とはいえない、さもないと、畏敬の念を恐れと混同してしまい、そうした経験は至福にみちた経験となるより精神的に傷を与えるものとなる。9結局、癒しは神に属することである(S- 36)。10そのための手段があなたのために念入りに説明してある。11最後に行き着くところを、時には啓示が見せてくれるかもしれないが、そこへ到達するには手段というものを必要とするのである。 #奇跡の道 #ACIM #奇跡のコース #やすらぎの部屋 #川上貢一(コオ) --- stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。 https://stand.fm/channels/69897fc14144beda369cc0dd

    33 min
  6. Apr 24

    19、奇跡の道テキスト/1章-6節「必要性についての錯覚」1-5段落

    奇跡の道(A Course in Miracles)の解説です。今日はテキスト第1章6節の1-5段落を解説してみました。みなさんのお役に立てたら嬉しいです。質問やコメントをお待ちしております。解説・川上貢一(コオ) ・公式ブログ「インナーメッセンジャー」 https://lksitnr.exblog.jp/ 1、奇跡の道テキストの購入はこちらから https://amzn.to/4abVBo3 2、メールはこちらから https://ssl.form-mailer.jp/fms/83279e0b368139 3、本日のテキスト 六 必要性についての錯覚  1 平安を得たいと望むなら、ただ完全に許すことによってのみ、それを見いだせる。2何を学ぶにしても、それを学びたいと望み、また自分にとって必要だと何とか信じないかぎり、何をも自分のものにはできない。3神の創造には不足するものなどないのに、あなたが作ったものには不足するものがあることはきわめて明白である。4実のところ、これこそ本質的な違いだろう。5何かに不足しているということは、現状から抜けだして自分を他の状態においてこそ、幸せになれるということを暗に示している。6「人類の堕落」を意味する「分離」が生じるまでは、何も不足していなかった。7必要なものなど全くなかったのである(S- 30)。8必要に迫られるのは、ただ自分で自分のものを拒むときだけだといえる。9自分にとって必要なものを特定の順序に設けておいて、それに従って行動しようとする。10そうするにしても、まず自分のことを何であると知覚するかによって左右されるのである。 2 神から分離しているとの思いこそ、自分は不足していると思わせるもとであり、実にあなたに正す必要があるのはただこれだけだといえる。2こうした分離感は、もしあなたが自分で真理について知覚したことを歪めておいて、自分には何か欠けていると知覚したりなどしなかったなら、決して生じなかったはずだ。3必要なものに順序があるとの想念が生じたというのも、そうした基本的な誤りをして、すでに自分を異なることを必要とする段階へとばらばらにしていたからである。4そんな自分を統合するに従って一つになるのであり、そうすることで必要だと思うものも一つになる。5必要なものが一様となれば、行動のしかたも統一されたものになる、そうすることが葛藤のない状態をうみだすのであるから(S- 31)。 3 必要なものに順序があるとの想念自体は、人は神から分離できるという最初の誤りにひき続いておきるのだが、まずそうした想念のある段階においてそれを訂正する必要があり、その後で段階を仮にも知覚するという誤りそのものを正すことができる。2あなたが異なった段階で役目を果たしているうちは、効果的には振る舞えない。3しかしながら、そうしているうちは、まず一番下のところから上にむかって訂正を始めなければならない。4それというのもあなたが「上」や「下」といった概念に意味があるとする、空間に生きていると思っているからである。5究極的には空間も時間と同じように意味がない。6両方とも単に信じ込んでいるにすぎないこと。 4 この世の本当の目的はそれを使って、あなたが信じられないと思っているのを正すことである。2恐れが及ぼす影響を自分で抑制することは決してできない、というのも恐れを作ったのは自分であり、そのうえ自分の作ったものを信じているからだ。3とすれば、あなたの態度は内容は違っているが、御創造主に似ている、それというのも御創造主は創造なさったものに対して、自らが創造したのだからといって、完全な信頼を持っておられるからである。4信じるということが、何かが存在するということを受け入れさせる。5だから他には誰も真実だと思わないことでも信じられるわけだ。6それが自分にとっては真実だというのも、それを作ったのは自分だからである。 5 恐れに関して心に映ることは、すべて創造の段階では存在しないものであるから真実ではない、従ってそれはまったく存在しないのである。2この評価の仕方を自分でどの程度まで信じる気になるにせよ、その範囲内で自分がどう知覚するかを正せる。3奇跡は間違ったものを真実であるものから、次に述べることに基づいて選り分ける。    4完全な愛は恐れを取り除く(S -32)。    5もし恐れが存在すれば、    完全な愛はないことになる。    6しかしながらー     7完全な愛だけが存在する。    8もし恐れがあれば、    それは存在しない状態を生み出す。 9これを信じればあなたは自由になるであろう。10こうした解決法を設けることができるのは神だけであり、こう信じる心こそ神の賜物である(S- 33)。 #奇跡の道 #ACIM #奇跡のコース #やすらぎの部屋 #川上貢一(コオ) --- stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。 https://stand.fm/channels/69897fc14144beda369cc0dd

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  7. Apr 17

    18、奇跡の道テキスト/1章-5節「完全な姿と霊」4-6段落

    奇跡の道(A Course in Miracles)の解説です。今日はテキスト第1章5節の4-6段落を解説してみました。みなさんのお役に立てたら嬉しいです。質問やコメントをお待ちしております。解説・川上貢一(コオ) ・公式ブログ「インナーメッセンジャー」 https://lksitnr.exblog.jp/ 1、奇跡の道テキストの購入はこちらから https://amzn.to/4abVBo3 2、メールはこちらから https://ssl.form-mailer.jp/fms/83279e0b368139 3、本日のテキスト 4 究極的には、神の家族はひとりのこらず必ず戻るべきである。2 奇跡は、たとえその⼈は⾃分が霊のうちにあると気づいていないとしても、なおその⼈を祝福し尊ぶので、⼀⼈ひとりに戻ってくるようにと呼びかける。3「神をあなどってはならない」とは、戒めではなくて安⼼させようとする励ましのことばである。4 もし神に創造されたものがすこしでも神聖さに⽋けていたら、神はあなどられているということになるであろう。5 神の創造は完全であり、完全であるという印こそが神聖なすがた。6 奇跡は御⼦としての⾝分を肯定する表現であり、その⾝分とはすべてが完了し、満ち満たされたるすがたである。 5 真実であるものは永遠であり、変わることはできないし、変えられてしまうこともない。2 したがって、霊はすでに完全であるから変更できないものであるが、⼼はみずから仕えたいと思うものを選べる。3 その選択をするばあい唯⼀の制限は、⼆⼈の主⼈には奉仕できないということ。4 もし⼼が選ぶなら、霊のなかだちとなれるのだが、それは霊が⾃らの創造⽅針にしたがって創造するなかだちをするということ。5 もしこうすることを⾃由に選ばないとすれば、⼼はそれ⾃体の創造的可能性を保持するとはいえ、⾃らを権威ある御⽅の⽀配下ではなく圧制的に⽀配するものの下におくことになる。6 その結果、閉じ込められてしまうことになる、暴君はとかくそんなことを命ずるものであるから。7 ⼼を変えるとは、⾃分の⼼を真の御権威者が⾃由になさるに任せるとの意味である。 6 奇跡はそうした⼼が私に導かれてキリストに仕えることを選んだ、というしるし。2 キリストとして満ちあふれたすがたこそ、キリストに従うことを選んだ当然の成果である。3 浅い根はすべて根こそぎにしなければならない、あなたを⽀えるには⼗分な深さではないのだから。4 浅い根はもっと深くできるし、そうすれば持ち堪えさせられると錯覚するのはゆがんだ⾒かたの⼀つだが、これは⻩⾦律を逆にするもとになる。5 こうした間違った⽀えを放棄するにしたがって、⼀時的に気持ちが落ち着かなくなる。6 しかしながら、ものごとをさかさまに⾒て、それを⽅向づけようとすることほど不安定なことはない。7 ましてやそれを逆にしたままで⽀えておいて、安定感を増す助けになるものなど何もないのである。 #奇跡の道 #ACIM #奇跡のコース #やすらぎの部屋 #川上貢一(コオ) --- stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。 https://stand.fm/channels/69897fc14144beda369cc0dd

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