不易の庭らじお

川島広己(Kawashima Hiroki)

もと小学校教師の川島広己が「不易の庭ラジオ」として時代を経ても変わらないよさを探究するポッドキャスト。  一つ目の番組『40年目のホームルーム』は、約40年前に発行した学級通信を、いまは40代後半になった当時のクラスの皆さんと一緒に読み返しながら、あの日の「帰りの会」をもう一度ひらいていく、ちょっと不思議なホームルーム。  二つ目の番組『縁側だより』は、学校の周りを縁側に見立て、気軽に立ち寄り語り合う、そんな地域の皆さんと子どもたちとの幸せの種まきを発信。  三つ目の番組『不易の種』は、後世に残したい教育の理念や、子どもを見つめるまなざしを、明日を担う先生方、保護者や地域の皆様、子どもたちへ小さな種として恩送りしていく時間です。

  1. 2d ago

    夏休みの自慢と二学期のめあて #017【40年目のホームルーム】

    学級通信第12,13号は、1989年、夏休み明けの教室。ここに書かれているのは、「夏休みに頑張ったこと」ではなく、「夏休みの自慢」でした。 これは1学期の終業式で渡した通知表を戻してもらうときに、一人ひとりの子供たちと面談をして、夏休みの自慢と2学期の目当てを1人ずつから直接聞き取ったものです 早起きをしたこと。家の手伝いをしたこと。泳げるようになったこと。勉強を続けたこと。並んでいるのは、決して大げさな自慢ではありません。でも読んでいると、どの言葉にも「自分なりに、ここは頑張ったよ」という小さな誇らしさがにじんでいます。 今なら「頑張ったこと」と言い換えてしまいそうですが、あえて「自慢」と呼ぶことで、子どもたちは自分のよさを自分の言葉で認めています。その自慢が、なんとも素朴で、少し照れくさくて、妙にかわいらしいのです。 そして、夏休みが終われば二学期の始まり。「今度はこんなことを頑張りたい」と、新しい目当てをたてる子どもたち。 自分の頑張りを一度きちんと認めて、それを次の一歩につなげていく。40年近く前の学級通信「あしあと」から、そんな子どもたちの声と、夏休み明けの教室の空気を振り返ります。  学級通信やテキストはこちらをご覧ください https://fueki-niwa.com/tsurezure-20/

    夏休みの自慢と二学期のめあて #017【40年目のホームルーム】
  2. Aug 29

    「勉強嫌い」は、本当に勉強が嫌いなのか? #014【不易の種】不易の庭らじお

    「不易の庭らじお」には、3つのシリーズがあります。 シリーズ① 「40年目のホームルーム」40年前に書いた学級通信をもとに、当時の教室を振り返りながら、今の教育や子どもたちについて考えるシリーズ。 シリーズ② 「縁側だより」学校を取り巻く地域の方々や家庭など、学校の周りにいる人々の子どもへの関わりに目を向け、学校と地域、人と人とのつながりについてお話しするシリーズ。 そして今回、新しく始まるシリーズ③が、「不易の種」です。 教員生活の中で出会った出来事や実践、本、言葉などを手がかりに、次の世代へ「恩送り」として残しておきたい教育のよさや、子どもの素晴らしさを、小さな「種」として拾い、お話ししていきます。 第1回のテーマは、「『勉強嫌い』は、本当に勉強が嫌いなのか」 きっかけは、16年間大切に残してきた一枚の新聞記事です。 学校の勉強にはなかなか気持ちが向かなくても、自分の好きなことなら夢中になって調べ、観察し、誰かに伝えたくなる。そんな子どもの姿から、 「先生と子どもが、人と人として出会うこと」「子どもの世界に招待してもらうこと」「教師もまた、子どもによって育ててもらっていること」 という三つのことを考えました。 一見「勉強嫌い」に見える子も、学ぶ力がないのではなく、その子の中にある「学びへの入り口」が、まだ見つかっていないだけなのかもしれない。 今日の一粒は、 「子どもの中にある、学びへの入り口を見つける」 16年前の記事から、今になって芽を出した小さな種です。 これから「不易の種」では、昔の出来事や一冊の本、誰かの言葉などから、時代が変わっても大切にしておきたいものを一粒ずつ拾っていきます。 その種が、いつか、どこかで、誰かの幸せの種になるといいなと思います。 【今回のお話のきっかけとなった記事】静岡新聞 2010年10月10日掲載「子供の感覚見取る目を」浅川陽子先生の教育実践を紹介した記事 【不易の種】のテキストはこちらからどうぞ ⇨ https://fueki-niwa.com/tsurezure-17/

    「勉強嫌い」は、本当に勉強が嫌いなのか? #014【不易の種】不易の庭らじお
  3. Aug 16

    楽しかったカラオケ大会、ではない・・・ #013【40年目のホームルーム】

    初めての学級行事「カラオケ大会」。歌って、笑って、みんなで盛り上がった。40年前の私は、そんな一日の出来事としてこの学級通信を書いていたのかもしれません。 ところが今回、当時の教え子から届いた感想には、カラオケ大会そのものの記憶は少し曖昧ながら、「勉強も遊びも徹底的にやる。何事も一生懸命は素敵ですよね」という言葉がありました。 さらに、同じ紙面に載せたお母さんの手記を読んで、「今も昔も、子育ての根本は変わらない」とも感じてくれたようです。 それを読んで、今度は40年後の私が驚きました。ああ、これは単に楽しかったカラオケ大会の話ではなかったのかもしれない、と。 体調を崩した友達を気づかう子がいて、戸惑いながらも輪の中に入っていく子がいて、保護者のまなざしがあり、教師の願いもあった。 その一つ一つを重ねながら、あのクラスは少しずつ「学級」になっていったのかもしれません。 出来事の細かな記憶は、40年たてば薄れていきます。それでも、不思議と残っているものがある。教え子の言葉を通して、今になって私自身が、あの日の教室を教え直してもらっています。 学級通信とテキストはこちらです https://fueki-niwa.com/tsurezure-16/

    楽しかったカラオケ大会、ではない・・・ #013【40年目のホームルーム】

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もと小学校教師の川島広己が「不易の庭ラジオ」として時代を経ても変わらないよさを探究するポッドキャスト。  一つ目の番組『40年目のホームルーム』は、約40年前に発行した学級通信を、いまは40代後半になった当時のクラスの皆さんと一緒に読み返しながら、あの日の「帰りの会」をもう一度ひらいていく、ちょっと不思議なホームルーム。  二つ目の番組『縁側だより』は、学校の周りを縁側に見立て、気軽に立ち寄り語り合う、そんな地域の皆さんと子どもたちとの幸せの種まきを発信。  三つ目の番組『不易の種』は、後世に残したい教育の理念や、子どもを見つめるまなざしを、明日を担う先生方、保護者や地域の皆様、子どもたちへ小さな種として恩送りしていく時間です。