ちょいと小噺!

写楽斎ジョニー

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  1. Sep 1

    青崎有吾著『地雷グリコ』感想 自由律ジャンケンに痺れる

    世の中の人はイカサマ好きなのかしら。ライヤーゲームとかカイジとか麻雀マンガとか読むと、結構イカサマ記述あるけど、あたくしはあまりそそられない。 だから本著でも好きなパートは『地雷グリコ』と『自由律じゃんけん』、そして『だるまさんがかぞえた』ですね。 KADOKAWAオフィシャルサイト 「地雷グリコ」青崎有吾 [角川文庫] - KADOKAWA https://www.kadokawa.co.jp/product/322506000523/ 文庫「地雷グリコ」青崎有吾のあらすじ、最新情報をKADOKAWA公式サイトより。ミステリ界を席巻した、最高級の頭脳戦! ミステリ界を席巻した、最高級の頭脳戦! 射守矢真兎。女子高生。勝負事に、やたらと強い。友人・鉱田と彼女が巻き込まれるのは、子供の遊びをモチーフにしたゲームの数々。罠の位置を読み合って階段を上ってゆく「地雷グリコ」、独自手を追加できるじゃんけん「自由律ジャンケン」、歩数とかけ声の文字数を入札できる「だるまさんがかぞえた」。強者を相手に、真兎は譲れないものをかけて勝負に挑む。彼女が負けられない理由とは――。心揺さぶる、最高級の頭脳戦。 だから、『坊主衰弱』とか『フォールームポーカー』とかには、それほどピンと来なかったです。 それを抜きにしても、確かに頭脳戦としてとても面白い。 地雷グリコ 位置: 206  これは少し奇妙というか、念を入れすぎなルールに思えた。「同じ手のあいこが五連続って、そんなことめったになくない?」「いいえ鉱田さん。このゲームに関しては充分ありえます」 読者をゲームに引きずり込む力がすごい。ページを読む手をちょくちょく止めざるを得なくなります。「自分ならどうするかな」と読者への挑戦みたいなことをさせられます。場のちから、というべきか。本著にはそれがありますね。 位置: 367 「ず、ずいぶん意味ないことしますね」真兎は声をつっかえさせる。「八段目じゃ、ペナルティが二段分無駄に……」「そうだな。だがそのかわり、おまえを スタート地点まで戻す ことができた。おまえはこれから、いままでと同じように 三の倍数のルート を上り始めるわけだ」 これね、ガツンとくるよね。そこまでは気が付かなかった。確かに、ハメるんだったら多少損をしてでも、スタート地点まで下げたほうがいい。すごく面白い展開。 でもこの後大逆転。そのロジックが、まぁ、なんというか、「偶然」の要素が強い気がしてはいます。 自由律ジャンケン 位置: 1,610  佐分利錵子の目は、射守矢の右手に吸い寄せられていた。「ジャン、ケン、ポン」の「ケン」のタイミングで、予想外の先出し。 射守矢真兎が出したのは、〈銃〉 だった。 先出しOKというのが、まずは慧眼だよね。それってありなのか?みたいな話だけど、自由律ならOKとのこと。それってもはやジャンケンではない気もするけど。 しかし虚を突くには間違いなく成功。 位置: 1,628 「あいこです」 椚が宣言し、同時に射守矢の頰が、にいっと持ち上がった。佐分利にとってその笑みは、殴りたくなるような憎たらしさとキスしたくなるような魅力が同居していた。 そんな笑みあるか?と思うけど、面白い表現。 位置: 1,694 「ポン、っと」  一瞬遅れて、 グー だった。「第三ゲーム、勝者は佐分利会長です」 椚先輩が宣言し、会長は手をひっこめる。生徒会コンビは涼しい顔をしていた。「ちょ……ちょっと待ってくださいよ先輩、いまのルール違反じゃないですか? 会長、真兎より遅れてグー出しましたよ」「問題ない」 心理戦にドキドキします。こういうのが読みたいんだよ。主人公の追い込まれ方も、スリルがあって大変によろしいですね。 フォールーム・ポーカー 位置: 3,059 「三巻でね、 悟 空 とクリリンが修行を始める前に、師匠の 亀 仙人が言うの。武道を習得する目的はケンカに勝つためでもちやほやされるためでもない。『心身ともに健康になり、それによって生まれた余裕で人生を面白おかしくはりきって過ごす』ためじゃって。亀仙人はとぼけた人だけどわたしはこれって真理だと思った。 例えが紛れもなくアラフォーのそれ。ドラゴンボールの3巻を持ち出すなんて。 しかし、これは真理だとあたくしも思う。人間のやることというのはすべてこの「ゆとり」を得るためだ、という主張はかなり納得いきます。 位置: 3,442 勝負どころで取るべきなのは、先攻か、後攻か……あいつらはいま、それを必死に考えとんちゃうかな」 火力重視の先攻と、情報重視の後攻。 私にはない見方だった。 徹底的に素人然とした主人公。読者の味方であります。これぞ駆け引きで、悲しいくらいそれの苦手な読者たち。 位置: 3,657 『素数 ね』 ──素数。 2以上の自然数で、1とその数以外では割りきることのできない数。「あ、そうか!」 数学の心得のないあたくしですが、これには気付きました。逆に言うとここまでが限界ですけどね。 位置: 4,292 「いや、最初から決めてたことだから。そのかわり絵空には、私の言うことをひとつ聞いてほしい」「……何?」 真兎はわたしの目を見据え、はっきりと言った。「私と一緒に、鉱田ちゃんに謝るんだ」 これね。最後まで読んでも、「別にそこまで謝らないといけないことか?」と思いますけどね。まー褒められたことではないけど謝罪をされても。された方の身にもなれよ、という気持ちもします。別に勉強で負けたことは絵空のせいじゃないし、その責任は受験の主体である自分に被らせろよ、という感情は湧きません? 解説 小川哲 位置: 4,412 どうやら 青 崎 有 吾が『カイジ』や『噓喰い』や『LIAR GAME』みたいな、オリジナルゲームで勝負する頭脳戦ものの新刊を出すらしい。 やっぱり身も蓋もない言い方をすればそうなりますよね。たとえが抜群にわかりやすいよ。さすが小川先生。 位置: 4,500 「一般的なゲームにオリジナルルールを付加する」ことと「青春小説のフォーマットを使う」こと、そして「勝負を通じて相手を理解する」ことを物語の軸に据える──これこそが、「オリジナルゲームによる頭脳戦もの」という難しいコンセプトを達成するために、青崎有吾が用意した戦略だ。 うーん、実に隙がない。 また解説も素晴らしく過不足ない。この上ない。まさに解説。解説にも隙がない。

  2. Aug 25

    秋山瑞人著『イリヤの空、UFOの夏』感想 俺は東京生まれ世界系育ち

    いわば『ラピュタ』は世界と彼女を救う話。世界系は世界と彼女のどちらかを選ぶ話。 「6月24日は全世界的にUFOの日」 新聞部部長・水前寺邦博の発言から浅羽直之の「UFOの夏」は始まった。当然のように夏休みはUFOが出るという裏山での張り込みに消費され、その最後の夜、浅羽はせめてもの想い出に学校のプールに忍び込んだ。驚いたことにプールには先客がいて、手に金属の球体を埋め込んだその少女は「伊里野可奈」と名乗った……。 電撃文庫・電撃の新文芸公式サイト イリヤの空、UFOの夏 その1 | イリヤの空、UFOの夏 | 書籍情報 | 電撃文庫... https://dengekibunko.jp/product/iriya/301806000841.html 「6月24日は全世界的にUFOの日」 新聞部部長・水前寺邦博の発言から浅羽直之の「UFOの夏」は始まった。当然のように夏休みはUFOが出るという裏山での張り込みに消費され、その最後の夜、浅羽はせめてもの想い出に学校のプールに忍び込んだ。驚いたことにプールには先客がいて、手に金属の球体を埋め込んだその少女は「伊里野可奈」と名乗った……。 『最終兵器彼女』にはだいぶメンタルをやられたあたくし。本作については恥ずかしながら未読。アニメの評判も良かったけど、当時OVAは高価で手が出ず。懐かしい。 amazonで合本版があったので、思わず購入。20年ぶりの邂逅。懐かしすぎて泣けます。「あんときの復讐を遂げる」ってのは長生きする理由の一つになり得るよね。 正しい原チャリの盗み方 位置: 4,312  浅羽がしどろもどろになって 懸命 の言い訳を始めたそのとき、どこかでセミが鳴き始めた。「約束する? 誰にも言わないって」 それは、浅羽の懸命の言い訳を容易に断ち切るほどの、伊里野の口から出たとは思えないほどの強い口調だった。(中略)「一回しか言わない。質問するのもだめ。具体的な地名や日付は言えない。それでもいい?」 攻守は 瞬く間に逆転していた。 二周目になるとぐっと来る、ここのところ。いい仕掛けだよね。 位置: 4,622  ここが、ブラックマンタの四号機が 墜ちた場所。 ジェイミー・ザッカリーが死んだ場所。 だから、わたしは、ブランコに乗ったの。 すべてが明らかになると、イリヤが何をしたかったのか、ちょっと分かる。 十八時四十七分三十二秒・前編 位置: 5,316 「とにかく、相手がちょきはまず出してこないっていうだけでじゃんけんの三すくみの関係は崩れちゃってるわけだから、こっちとしては最初にぱーを出しておけば少なくとも負けはないのよ。 ほんとかよ、、、、と思ったらもうあっちの思う壺。 位置: 5,320 つまりね、相手にいきなりじゃんけんを仕掛けてぱーを二回連続。これだけでたいがいは勝てるの ほんとかよ、、、、、と思ったら試したくなる。 位置: 5,436 「いいかね浅羽特派員! あのマイム・マイムというのはもともと、故国イスラエルに帰ったユダヤ人の開拓農民が砂漠で水源を発見した、そのときの歓喜を表現した 舞踏 だ! 調べたら本当だった。そうなんだ。しかし、どうしてオカルトの人ってイスラエル大好きなんだろうね。 位置: 5,963 「つまりだな、伊里野は今、ファイアーストームの何たるかを知っている。なぜなら俺が説明したからだ。白状するしかなかった。教えてくれないのならもう基地の人の言うことなんかきかないとまで言われた。で、フォークダンスの話を聞いてあいつは舞い上がっちまった。大騒ぎだ。あいつの頭の中ではもう、ファイアーストームでお前とフォークダンスを踊るのは決定事項になっちまってる。けどな、」 そこで榎本は細いため息をついた。「伊里野はたぶん、学園祭には参加できない」 浅羽は目をむいた。「──そんな、だって、」「さっき言ったろ、最近色々と忙しいって。すまん、今はそれだけしか説明できん」 含むんだよなぁ、いちいち。このあたりの現実の小出し感はさすがの一言。ファンタジーと戦争の出し入れが非常に上手ですな。 十八時四十七分三十二秒・後編 位置: 6,407  ──だったら五次まで落とせるだろ。やっぱお前じゃだめだ、木村に替われ。 携帯電話だ。 珍しいな、と父は思う。 もうずいぶん昔の話になる。松代のSAMサイト群に 潜入 した北の工作員が改造した携帯電話で仲間に機密情報を流そうとした事件があって、それをきっかけに電波法が改正され、それまで民生使用が許可されていた周波数帯のかなりの部分を軍が押さえてしまった。おかげで、携帯電話の所持には 履歴書に大いばりで書けるくらいの資格取得が必要になり、以降、携帯電話といえばカタギの持ち物ではあり得なくなったのだ。 携帯電話をどうするか、というのはミステリの世界でも課題となる一つですが、このやり方もまた上手。使いまわしは効かなそうだけど。 最近、ねつもじでタツオさんが「異世界はスマホを排除するための装置」的なことをおっしゃっていたけど、そうじゃなくてもこの手はあるよね。 位置: 6,700 「あんなにへこんでる榎本さん初めて見た。今ごろ、またどっか高いとこ登ってカップラーメン食べてるんじゃないですか」「死ぬほどへこめばいいのよ」 毛布の端を握り締め、椎名真由美はつま先を見つめてつぶやく。「自業自得よ。元はと言えば全部あいつが描いた絵じゃない。へこんでへこんで胃に穴開いて血い吐いて死ぬまで悩めばいいのよ」 椎名真由美の立ち位置もいいよね。ミサトさん感を感じます。この頃の「いい女」像ってこんなんだったよなーと懐かしく思い出されますね。 位置: 7,105  近くの席にこっそり座ってみようか。 こちらの面は割れていないのだ。おとなしくしていれば絶対にバレない。そう思って一歩 踏み出したとき、  脳裏に 清美 の泣き顔がフラッシュバックした。 晶穂の 身体 が凍りついた。 自分は一体、何をしようとしているのか。  十兵衛 の死に泣き崩れる 清美。とってつけたような言い訳と、腹の底に巣食っていた 醜悪 な好奇心。 誰もが一度はあるよね。自分の対応と真意のギャップに後ろめたくなること。そのへんの機微を見事に描いています。そして、そんなことで恋に落ちてしまうのもまた、若人の特権。 位置: 7,188 「そうじゃないだろ。あのとき 河口 にひどいこと言われてたのは 島村 だろ。島村 清美」  浅羽 のその言葉に、 晶 穂 の肩がほんの 微かに 震えた。「ちがうよ」 ──浅羽、おぼえてる?「浅羽がたすけてくれたのは、わたしだよ」 罪悪感と直結しているあの朝の 記憶。しかしそれは、浅羽と出会った最初の朝の記憶だ。 あのとき、浅羽によって救われたのは、一体 誰 だったのか。 鈍感主人公ではあるんだけど、それ以上に「察してヒロイン」すぎて。この手のオンナは間違いなく面倒だ。面倒なはずである、マケインだもの。 無銭飲食列伝 位置: 8,702 「……まけない」 ゆっくりと顔を上げていく、その顔が米粒まじりの鼻血にまみれている。震えの止まらない肩を上下させて大きく息を吸い込み、鼻の穴に詰まっている血と米粒と鼻水の混合物をじゅるるるるるっとすすり込んでごっくりと飲み干す。野次馬どもにはもう言葉も顔色もない。 これ、OVAではかなりショートカットされてるんだよね。一話くらい使ったものをゆっくりたっぷり観たかったなぁ。 位置: 8,790 「でも逃げ出したりしたらわたしの負けだと思って、負けるもんかと思った。晶穂がこわかったけど、負けるもんかって、ずっとずっとそう思ってた。わたし、最初に部室で会ったときから、ついさっきまでずっと、晶穂がこわかった」 ──じゃあ、今は。 その問いは、結局は、あるかなきかのため息になって消えた。 素晴らしいオンナの友情物語 for 思春期ボーイ。こういうサイドストーリー、大好物です。 水前寺応答せよ・前編 位置: 9,831 河口の右手は、 伊 里 野 の白い髪ひと房を 鷲 づかみにしていた。河口は伊里野を立たせようとして、そのまま右手をぐいと引いたのだ。 たったそれだけのことで、河口がつかんでいたひと房の白い髪は、その半数以上が根元からずるりと抜け落ちて垂れ下がっていた。  誰が凍りつ

  3. Jul 1

    桜庭一樹著『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない A Lollypop or A Bullet』感想 で、誰がうさぎを殺したの?

    二十年ぶりに読みましたが、やっぱり印象はだいぶ変わるものですね。 直木賞作家がおくる、暗黒の少女小説。 ある午後、あたしはひたすら山を登っていた。そこにあるはずの、あってほしくない「あるもの」に出逢うために――子供という絶望の季節を生き延びようとあがく魂を描く、直木賞作家の初期傑作。 再読する前の印象としては「なんか厨二病の遣る瀬無い話だったと思う」程度の記憶でした。でも今読むと全然違うところに目が行きます。 当時思っていた感想と、まるで違うという点もあるかもね。ある意味、「そうやって大人になるんだよな」という無責任な諦観もちょっとはあります。 第一章 砂糖菓子の弾丸とは、なかよくできない  位置: 351 「彼女はさしずめ、あれだね。〝砂糖菓子の弾丸〟だね」「へ?」「なぎさが撃ちたいのは実弾だろう? 世の中にコミットする、直接的な力、実体のある力だ。だけどその子がのべつまくなし撃っているのは、空想的弾丸だ」 本著にちょくちょく出てくる、実弾だの砂糖菓子だのといった用語。「世の中にコミットするかどうか」が線引なんだろうけど、そのへんが実に厨二病的。この世界の説明に一役買っていますね。 位置: 354 「むかしむかし、岩塩で作った弾丸で人を殺した男がいたんだ。男は硬く硬く岩塩を固めて一発の弾丸を作り、暖炉のそばで相手を撃ち殺した。暖かなその場所で死体はほかほかに温まって、体内に残った岩塩は溶けてしまった。跡形もなく、ね」「へぇぇ……」 あたしは身を乗り出した。「でも、じゃ、そいつは捕まらなかったの? でも捕まらなかったらおにいちゃんもその話、知らないよね。捕まったの? いつの話? どうやって?」 友彦は肩をすくめた。「名探偵が出てきて、見事に見抜いたんだ」 氷で殺した、というのは有名だけどね。岩塩というのは初めて聞いた(二度目の通読だけど)。 しかし、こうやって改めて読むと、推理小説って間抜けね。 位置: 794 あたしはまたムキになっていた。あたしらしくなかった。こんなことはまったくあたしじゃない。今日一日の時間にはどこにも実弾がなかった。 「実弾」的である、というのが山田なぎさのアイデンティティなんだな。それが崩れる日がある。とてもリアリティを感じますね。あるよね、「今日は全く俺らしくない」と思う日。そしてそれを誘発させやすい人間っている。あたくしにとっては子どもがそれに当たるかも。 位置: 939  こないだ、嵐のとき父が死んだ話をしたら、制止も聞かずにべらべらと海の底で幸せだとか話していたときも、もしかしたらこのへんな女の子は、あたしのために作り話をしてくれていたつもりなのかもしれない。 そんなふうに思った。藻屑の優しさはずれていて迷惑だったし、現にいまも会ったこともない友彦をべた 褒めされても困るだけなんだけど、そのべたべたの砂糖菓子について、あたしはあまり怒る気になれずに、ただ黙って歩き続けた。 時代で流行の主人公像、という感じするよね。やれやれ系というか。 第二章 砂糖菓子の弾丸と、ふたりぼっち 位置: 1,432  藻屑は子供みたいに笑った。それからなんの脈絡もなくとつぜんテトラポッドから飛び降りると、暗い夜の海に頭から見事に真っ逆さまに落ちた。闇との境がわからないぐらい暗く染まる海に落ちてどんどん消えていく海野藻屑の姿は、まるで唐突な自殺のようであたしは思わず「あっ」と叫んだ。藻屑は今日も黒っぽいシンプルだけどじつに素敵なデザインのワンピースを着ていた。 膝 までの丈でふわふわと広がるスカートの 裾 が、ぷくり、とはらんでいた空気を吐きだして、沈んでいった。 ここ、急にマジックレアリスム的になる。この切り替えに一瞬、まんまとぎょっとしましたね。描写がどことなく不安げで、それでいて美しくて。いいシーンですね。全編を通して、ここだけ毛色の違う描写というのも面白い。 位置: 1,545 何度も何度も、自分が藻屑に腹を立てたときのことを思い出した。 それから花名島が、俺の言うこと無視しやがってと怒っていたときのことも、思い出した。 藻屑に船の転覆の話を「やめて」と言ったとき。花名島がバスの中で話しかけたとき。全部、藻屑の左側から声をかけたときばかりだ。藻屑は都合の悪いことは聞こえないふりする、ずるい、と怒っていたことの数々があたしにのしかかってきた。聞こえなかっただなんて。 差別は無知からも始まる、というようにも読み取れるし、そういうのを申告できないから虐待というのは厄介だ、というようにも読み取れるし、藻屑っぽいなと笑うことすら出来ますね。 位置: 1,768 床に転がって打たれている花名島の顔には、 恍惚 とした、あたしが人の顔に見たことのない不思議なものが浮かんでいた。 ちょっと春琴抄的な美しさがこのシーンにもありますね。ただ、内容としては触れる程度。もうちょっとそこの感情を深堀りしたら、、、、単なるあたくしが好き、ってだけだけどね。見た目が好みの異性に叩かれる、というのは扉を開けてしまう可能性が大だよね。 位置: 1,975 そこをなにかが遠ざかっていった。濃いピンク色をした霧のようなものを一瞬、見たような気がした。なにかがあたしと友彦のそばからゆっくりと離れていった。 なんだろ。厨二性の象徴かな。本著の中の言葉でいえば「砂糖菓子」性とでもいうか。 位置: 2,039 もしかしたら……家を出て歩きだしたときにすれ違ったあれ、あの濃いピンク色をした霧が、友彦が生活や未来や友達や恋と引き替えに手に入れた 神 だったのかもしれなかった。 うーん、まぁ、神だったのか、もっと陳腐なものだったのか。本著ではどちらとも取れます。友彦はこれで良かったのか、という問いにもつながりますね。 当時と比べると、本著への解像度が格段に上がった気がする。自分はずいぶん子どもだったんだな、と懐かしがるくらいでありました。

  4. Jan 26

    朝比奈秋著『サンショウウオの四十九日』感想 たまには純文学を

    これは純文学でしたね。 第171回芥川賞受賞作!同じ身体を生きる姉妹、その驚きに満ちた普通の人生を描く、芥川賞受賞作。周りからは一人に見える。でも私のすぐ隣にいるのは別のわたし。不思議なことはなにもない。けれど姉妹は考える、隣のあなたは誰なのか? そして今これを考えているのは誰なのか――三島賞受賞作『植物少女』の衝撃再び。最も注目される作家が医師としての経験と驚異の想像力で人生の普遍を描く、世界が初めて出会う物語。 一つの体の右左にそれぞれ人格が宿った女性の話。荒唐無稽のような気がしますが、しかし語り口は落ち着いている。「え?本人そうなん?」と思うような視点の細やかさ。そして、なんともいえない読み応え。 位置: 339 オプション  アビー&ブリタニー姉妹は胴体が全部くっついているが、首は二本で頭は二つある。ベトちゃんドクちゃんは腰部がくっついていても、それぞれの上半身を持っている。 私たちは、全てがくっついていた。顔面も、違う半顔が真っ二つになって少しずれてくっついている。結合双生児といっても、頭も胸も腹もすべてがくっついて生まれたから、はたから見れば一人に見える。今でも初対面の人は、私たちの顔を見た時、面長の左顔と丸い右顔がくっついたものとは思わない。結合双生児ではなく、特異な顔貌をした「障がい者」だとみられる。 うーん、小説のテーマとしてよくこれを持ち出したよね。すごく挑戦的。 描くこと自体が差別的と言われかねないと危惧する人はいたんじゃないかな。でも、小説ってそういうことだよね。タブーに切り込むのが、人の心を揺さぶるのに一番手っ取り早い。 位置: 377 彼は名前を順番に呼んだ。濱岸杏さんと呼ばれると私は左手をあげて、濱岸瞬さんと呼ばれると瞬は右手をあげて元気よく返事をした。そして、右半身と左半身を交互に観察した後、彼は私と瞬のどちらでもない場所、つまり境界を見いだした。 読んでいるうちに、やっぱり「人間を人間足らしめているものってなんだろう」ってなる。思考?身体?でも、思考が流入している主人公みたいな人は? フィクションだからこそ、なんとも言えない気持ちになる、そうなることが許される。 位置: 474 大学を卒業した後で知り合った人には何の説明もしていない。初対面の人に濱岸杏ですと杏が自己紹介すればわたしは黙り、わたしが濱岸瞬と名乗れば杏は黙っている。深く知り合う前から自分たちの状況を説明したところで惨めでしかない。 杏と名乗った人と瞬と名乗った人が同時に存在する状況ではどうするんだろう。そんなことはないのか。だから工場がいいのか。 この距離の取り方、なんとなく現代の処世術な気がするんだよね。必要以上に開示しない感じ。 位置: 505 ロッカーが離れ離れになったあたりからどうも扱いが雑になって、卒業式でも中学の卒業証書授与は二枚重ねてもらえたが、高校では杏が証書を受け取って、同じ名字の浜岸 泉 が呼ばれて壇上にあがる間にぐるりと回ってもう一度壇上にあがるハメになった。わたしたちを良く知らない市長は校長に耳打ちしていた。なんであの子だけ二回取りにいったの、とでも聞いていたのだろう。校長が一言二言返すと、市長は頷いていたから、校長も校長で、中学生のときにわたしたちのことをあしゅら男爵と揶揄した体育の先生みたいに、都合の良いキャラクターでも引用して市長に説明しているのかもしれなかった。 ほんと、あたくしも失礼ながら、最初にあしゅら男爵だと思った。もしこういう人間がいるんだとしたら失礼な話だ。ただ、自分の知っているカテゴリに事象を当てはめて理解するムーブはやめられない。 位置: 551 そもそも父と伯父の関係もそうだ。胎児内胎児だって 50 万出生に1組。人口が何十億人もいることを考えれば、たびたび結合双生児も胎児内胎児も生まれてくる。たいしたことではない。 これ聞くとさ、この話のようなことって本当にあるのかと思うよね。脳みそ半分ずつ、顔半分ずつ、みたいな。いるのかな? 位置: 668 意識はどこからも独立している。タチアナとクリスタの意識は脳からも互いからも完全に独立している。思考や感覚が混じっても、意識が混じることはない。人間存在は内臓や心身のすべてを超越している! じゃあ、人間を人間足らしめているのは、あたくしをあたくしたらしめているのは? デカルトは何をもって「我」としたのか。東洋哲学みたいになってきたな。自分とは、みたいな。 位置: 938 以前から時おり、二人の間に挟まっているものの薄さに怯えていた。身体の中では二人をわけている薄っぺらい何らかの隔たり。その隔たりを、血や内臓、感覚も記憶もひょいと跨いで行き来している。 ひょっとしたらそれは、決して他人事ではないのでは。自分を自分たらしめているのがなにか、自分でもよくわかっていないんだから、ひょいと跨いで何かが一時的に自分を動かす、ということもないとはいえない。あたくしは自分を単一人格の単一個体だと思っていますが、果たしてそうかな。 位置: 1,123 あぁ、これは伯父のお腹の左側、父の反対側に居た父の弟、私たちにとって叔父にあたる人物の水子供養の墓石だと杏が感づいた。 ふむ、予想外の展開。急に水子が出てきた。双子が生まれやすい家系というのがあるように、くっついて生まれやすい家系というのもあるのかもしれませんね。そしてさらに、自分を自分たらしめているものが何なのか、分からなくなりました。自分は様々な人格を経由した先の現在の一時的な人格に過ぎないんじゃないか、とか思ってみたり。

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