日暮里ゼミナール

加納エミリ・JillLamm

シンガーソングライターの加納エミリがゼミ生として、二村康太とともに様々な肩書を持つゲストから、キャリアやビジネス、文化を学んでいく番組! 収録場所の日暮里から、日々の学びを発信中🗒 ■stand.fmを始めとして各Podcastでも配信中! https://lit.link/nipporizemi ■番組感想は以下のハッシュタグをつけてください! #日暮里ゼミナール ■加納エミリ プロフィール 1995年2月13日生まれ。北海道出身。2018年5月にデビュー。19歳から楽曲制作を始め、作詞・作曲・編曲などを全て自らで手がける。2019年11月20日、1stアルバム “GREENPOP ”を全国発売。2021年2月17日、渋谷WWWで自身二度目となるワンマンライブ(振替公演)を開催。現在は編曲やRemix、楽曲提供などを精力的に行っている。 TW→https://twitter.com/EMILY_k0213

  1. 1d ago

    #149 「スキン期」の衝撃と、ギュラれるぼくらの未来【補講・後編】

    こちらは日暮里ゼミナールの補講の第74回となる#149です。 後半からは、先月の収録後に足を骨折し、電気治療でベッカム並みの快復力を見せる大内も合流。後半の議題は、二村が並々ならぬこだわりを持つ「スキン期(人型外装を持つAIロボの時代)」についてです。 近年、イーロン・マスクが開発を進めるロボットのように、所作が極めて人間に近い機体が登場し始めています。ならば次は、その中身(メカ)にシリコンなどの人工皮膚を被せた「スキン付き」の時代が来るはずだと二村は言うのです。 しかし、いざ議論を始めてみると、「工場ならメカ剥き出しの方が効率的だ」「戦場ならロボットだと割り切れる外見の方がよっぽど怖い」と、ぼくらから次々と異論が噴出。介護の現場においても、生々しい人型よりはベイマックスのような、柔らかくて愛嬌のあるマスコット型の方が受容されやすいのではないか、という結論に至りました。 一方で、ぼくはさらにその先、AIが人間を凌駕したシンギュラリティ以降の世界を予見します。そこでは、肉体という概念すら希薄になり、人間の脳だけが塩水に浮かび、メタバース(仮想世界)の中でアバターとして生きていく。死の概念すら消え去ったその世界では、もはや「スキン」が人工か生身かという議論すら無意味なワケです。 さらに、昨今の「AIに仕事を奪われる」という社会現象を指して、巷では「ギュラれる(シンギュラリティによって職を失う)」という造語まで生まれているのだとか。我々がAI味の残る生成画像や不完全な合成音声を「レトロで可愛い」と愛でていられるのも、今のうちだけかもしれません。 結局、人間は機械に強さを求め、AIは人間に憧れて本来は不必要なはずの「スキン」を欲しがる。そんな、ないものねだりの逆転現象が起きる日は、案外すぐそこまで来ているのかもしれません。 というわけで、ぼくは、超知能AIに「ギュラれる」その日まで、せいぜい人間にしか出せない無駄なニュアンスを撒き散らし、Geminiさんにも敬語を正しく使いながら、神の逆鱗の触れないよう慎ましく生きていこうと思います。   TEXT:ユスカル https://www.wowrecords.jp/ 【当番組のwebサイトが開設されました!】 人生に「キク」ラジオ - 日暮里ゼミナール https://nippori.lamm.tokyo/

    28 min
  2. May 15

    #147 AIが描く未来と“プロセス”の消失【補講・前編】

    こちらは日暮里ゼミナールの補講の第73回となる#147です。 今回のテーマは、前回に続き「AI」おかわり回。 最近のAI、特に画像や動画生成の進化スピードには目を見張るものがあります。かつては分業が当たり前だったクリエイティブの現場でも、AIを駆使してひとりで完結させてしまう内製化が加速しており、これまで外注されていた仕事が目に見えて減り始めているというのです。 そんな中、ぼくが議題に挙げたのは、昨年のゲーム・オブ・ザ・イヤーを獲得したRPG『Clair Obscur: Expedition 33』を巡る炎上騒動です。背景美術などにAIを使用した疑いで批判を浴びたこの一件、ぼく個人としては「ゲーム自体が面白ければ過程のツールなんて何でもよくない?」と思うのですが、特に海外では「職を奪われる」という切実な問題に加え、「AIを使うのはダサい、粋じゃない」という美学的な反発が根強いと、二村は説きます。 人はなぜ、こうも“プロセス”にこだわるのでしょうか? ぼくはこれを「天丼キャンディ」に例えてみました。すると田嶋は「たとえ味が完璧に再現されていても、飴玉ひとつで天丼を食べた満足感は得られない。ぼくらが求めているのは味そのものだけでなく、サクッとした食感や店の雰囲気、大将が揚げている姿といった体験である」と、説くのです。 アートも同様で、制作過程の苦労や文脈、人間特有の揺らぎやニュアンスこそが体験価値の本質なのではないでしょうか。 現状のAI生成物には、まだどこかAI味(不気味の谷)が残っています。しかし、もしAIがその違和感を完全に克服し、人間そっくりの皮(スキン)を被る「スキン期」が到来したら、ぼくらはそれを見抜けるのでしょうか。 ロボットが握った寿司と、職人が握った寿司。中身が同じだとしても、受け手の認知ひとつで価値が180度変わってしまう。そんな情緒という名のあやふやな領域で、ぼくら人間はかろうじて踏みとどまっているのかもしれません。 結局のところ、ぼくらがAIに抱く恐怖の正体は、効率化の果てに人間らしさという名の贅沢な無駄が削ぎ落とされてしまうことへの寂しさなのかもしれません。と、今回も明確な答えは出ないまま、議論は「スキン期」のその先を見据える後編へと続きます。 TEXT:ユスカル https://www.wowrecords.jp/ 【当番組のwebサイトが開設されました!】 人生に「キク」ラジオ - 日暮里ゼミナール https://nippori.lamm.tokyo/

    27 min
  3. May 1

    #145 超知能AIは「敬語を使わない人間」を粛清するのか?【補講・後編】

    こちらは日暮里ゼミナールの補講の第72回となる#145です。 本議題を提案した、最近はGeminiにプロンプトを打ち込む際、無意識に「お願いします」と敬語を使ってしまうユスカルです。 前回に引き続き「AI(人工知能)」をテーマにした補講ですが、実務的な話題から一転、後編では「ロコのバジリスク」という、ややオカルトじみた思考実験へと寄り道していきます。 「ロコのバジリスク」とは、将来、神にも等しい超知能AIが誕生した際、その発展に貢献しなかった人間が罰せられるかもしれない、という仮説です。 厄介なのは、その“非協力”の定義が極めて曖昧である点にあります。たとえば「AIに無課金でタダ乗りする」「敬語を使わない」「悪意ある使い方をする」といった、現代では些細なことに思える振る舞いが、未来のAIにとっては“反逆”と解釈される可能性がある、そんな半ばSFめいた想定なのです。 これに対し、「阻害ではなく、協力しないだけで罰せられるのは恐怖政治に近い」と反発する意見も出ましたが、よくよく考えれば、ルールに従わない者を罰する国家権力や法律の成り立ちと通じるものが確かにあります。我々は今、新たな神(あるいは独裁者)の誕生前夜に立ち会っているのかもしれません。 議論はさらに、音楽をはじめとするクリエイティブな領域へと及びます。 いまや「シティポップ風の曲を」と指示すれば、それらしい楽曲が瞬時に生成される時代です。とはいえ、知識や構造は模倣できても、音楽は本来「聴かれて初めて成立する体験」であり、単なる記号の組み合わせでは回収しきれない情緒が確実に残る。 その違和感を前にして、我々はどこかで「やはり人間のほうが上だな」と言い聞かせ、かろうじて優位性を確認しようとしている節があるのではないでしょうか? 2030年には超知能AIが現れ、シンギュラリティ(技術的特異点)が到来するかもしれないと言われています。AIが人間を完全に凌駕し、AIにとって都合の良い秩序が作られた時、我々はお払い箱になるのか、それともペットのように飼われるのでしょうか。 とりあえず、ぼくは今日も、迫り来る超知能AIの逆鱗に触れないよう、画面の向こうのAIに向かって「いつも素晴らしい回答をありがとうございます」と媚びへつらいながら原稿を書いています。 TEXT:ユスカル https://www.wowrecords.jp/ 【当番組のwebサイトが開設されました!】 人生に「キク」ラジオ - 日暮里ゼミナール https://nippori.lamm.tokyo/

    27 min
  4. Apr 17

    #143 AIは人間の「思考力」を奪うのか?【補講・前編】

    こちらは日暮里ゼミナールの補講の第71回となる#143です。 本議題を提案したユスカルです。最近、原稿を書いていて言葉に詰まると、ついAIに頼りたくなってしまう瞬間が増えました。 今回のテーマは、我々のような下請け労働者の根幹を揺るがしかねない「AI(人工知能)との付き合い方」についてです。 すでに日常的にAIを活用し、有料プランまで使い倒している立場から言えば、現時点でAIは決して万能な代替者ではありません。 誤字脱字の修正や言い回しの補助、WordPressへの入力といった定型作業においては非常に優秀なアシスタントですが、門外漢の領域をスイスイと自走できるほどではない。 たとえば、普段は文章で生計を立てている自分や田嶋がコードを書くことはできても、その精度を担保したり発展させたりするには、やはり専門的な理解が不可欠なワケです。 また、文句ひとつ言わず応答してくれる「壁打ち相手」としての価値は高く、仕事に伴う孤独や不安を軽減してくれる存在ではあるものの、AIの出力をそのまま最終成果物として納品できるかといえば、答えはNOでしょう。 現状のAIは、自分が持つ知識や入力した情報を映し返す“鏡”に近い存在です。 入力する側の専門性を安定して超えてくることは少なく、問いの質が低ければ、返ってくる答えの質もまた低い。 誰もが「それっぽいもの」を生成できる時代になった一方で、それを取捨選択し、世に出せる水準まで引き上げる判断力は、依然として人間側に委ねられています。 とはいえ、本当に警戒すべきなのは「仕事を奪われること」そのものではないのかもしれません。 むしろ問題は、「思考するプロセス」を手放してしまうことにあります。 実際、自分や田嶋や大内のような物書きでさえ、ゼロから言葉を立ち上げることに、以前よりも億劫さを感じる場面が増えています。 行き詰まったとき、本来であれば頭の中の引き出しを探り、試行錯誤を重ねるべきところで、「AIに聞けばいいか」と安易にショートカットしてしまう。 この小さな省略が積み重なれば、思考力や文章を紡ぐ筋力は、確実に衰えていくはずです。 AIの普及によって、新人が試行錯誤を積む機会が減り、中間層の仕事が縮小していくという指摘もあります。 我々はAIという便利な道具を使いこなしているつもりで、じつのところ、考える過程そのものを外部に委託しているだけなのかもしれません。 生みの苦しみを手放した先に残るのは、効率だけなのか、それとも別の価値なのか。 そんなAIのある今日と未来について語っていきます。 TEXT:ユスカル https://www.wowrecords.jp/ 【当番組のwebサイトが開設されました!】 人生に「キク」ラジオ - 日暮里ゼミナール https://nippori.lamm.tokyo/

    28 min

About

シンガーソングライターの加納エミリがゼミ生として、二村康太とともに様々な肩書を持つゲストから、キャリアやビジネス、文化を学んでいく番組! 収録場所の日暮里から、日々の学びを発信中🗒 ■stand.fmを始めとして各Podcastでも配信中! https://lit.link/nipporizemi ■番組感想は以下のハッシュタグをつけてください! #日暮里ゼミナール ■加納エミリ プロフィール 1995年2月13日生まれ。北海道出身。2018年5月にデビュー。19歳から楽曲制作を始め、作詞・作曲・編曲などを全て自らで手がける。2019年11月20日、1stアルバム “GREENPOP ”を全国発売。2021年2月17日、渋谷WWWで自身二度目となるワンマンライブ(振替公演)を開催。現在は編曲やRemix、楽曲提供などを精力的に行っている。 TW→https://twitter.com/EMILY_k0213

You Might Also Like