リジョイス聖書日課

RCJメディアミニストリー

リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。

  1. 10時間前

    契約に忠実な主なる神(列王記上 11章)

    「王国全部を裂いて取り上げることはしない。わが僕ダビデのゆえに、わたしが選んだ都エルサレムのゆえに、あなたの息子に一つの部族を与える。」 (列王記上11章13節) ソロモンはエディドヤ(主に愛された者)とも命名されました(サム下12章25節)。彼は、主なる神の導きのもと、王国の黄金時代を築きました。ところが、ソロモンといえども罪人のひとり、四十年の王の歩みの中で多くの罪を犯しました。 ソロモンという名前はシャローム(平和)に由来します。その名前のとおり周辺諸国との平和を大切にしましたが、方法がよくありませんでした。異教の諸外国と姻戚関係を結んだのです。政治的な判断としては賢明に思えるかもしれませんが、それは神が禁じられたことでした(申7章3節)。晩年のソロモンは、大勢の妻たちが信奉していた異教の神々に心が向かい、偶像崇拝の罪を犯しました。彼は悔い改めることなく、神の怒りを買いました。しかし、本来ならば、速やかな滅びですが(申7章4節)、憐れみ豊かな神は、主の僕ダビデへの契約(サム下7章12~16節)のゆえに、王国の一部をソロモンの手に残され、彼の存命中は裁きを実行なさいませんでした。 神は、主の僕ダビデとの契約を忠実に守られ、時満ちて、主の真の僕イエスをこの世に遣わされました。主の真の僕イエスのゆえに、あらゆる平和の礎・神との平和が実現しました。神は主イエスのゆえに罪深い私たちを愛してくださいます。 【祈り】 主よ、きょうも、あなたにのみ信頼し、服従することができますように。

  2. 1日前

    五旬祭の日の聖霊の降臨(使徒言行録 2章1-21節)

    すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。 (使徒言行録2章4節) 五旬祭の日に起こった聖霊の降臨は、時代を超えて信徒たちにキリスト教信仰の本質に気づかせてくれます。この日、約束どおり聖霊を遣わされたのはキリストでした。イスラエルの人びとに律法が与えられたこの日、聖霊は「激しい風」(2節)と「炎のような舌」(3節)で現れました。ヘブライ語で「風」と「霊」は同じ言葉です。ですから、この日、「突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っている家中に響いた」のです。 同時に、この日、炎のような舌が分かれ分かれに現れました。旧約聖書はしばしば「神のご臨在」を炎、または火で表現しています(出3章)。炎は汚れたものを清くする「神の御力」を象徴します。聖霊は、舌という言葉をもって、罪を燃やす炎としてキリスト者を聖化させるのです。現在も聖霊の御業は少しも衰えていません。聖霊は二千年前と変わることなく、教会に働き続けておられます。 それから、弟子たちの話をそれぞれ自分の故郷の言葉で聞く奇跡と共に、聖霊に満たされたペトロの説教が続きます。ペトロの説教の中核は聖霊の降臨が旧約聖書の預言の成就であるということです。私たちが聖霊に満たされる理由がここに示されています。 【祈り】 きょう、ペンテコステ礼拝をとおして聖霊に満たされる私たちとされますように。

  3. 2日前

    思いあがらず神の義を求める(箴言 25章)

    王の前でうぬぼれるな。 身分の高い人々の場に立とうとするな。 高貴な人の前で下座に落とされるよりも 上座に着くようにと言われる方がよい。 (箴言25章6節~7節) 25章から「ソロモンの箴言(補遺)」と新しい小見出しに変わります。 そして1節冒頭では、まずは神と王が共に極めがたいものとして並べられ、両者の結びつきがはっきりと示されています。さらに4節では、銀の精錬がたとえとして語られています。それは続く5節で「王の前から逆らう者を除け」との言葉を導くためです。その場合に「逆らう者」とは、単に王に対して言い逆らうというよりも、むしろ、神に敵意を持つ者のことです。「精錬」とは神に対する態度において正しい者が必要だという意味です。それが王あるいは王国を正しくするというのです。 これは、私たちにも当てはまります。この章全体の言葉が神の王国に暮らす者たちに対して生き方を示すからです。そこで特に戒められているのは他者の前での「うぬぼれ」(6節)であり、「欺く者を頼りとすること」(19節)です。 それに続いて主イエスが語られた「あなたがたを憎む者に親切にしなさい」(ルカ6章)と、パウロが手紙で引用した「炭火を彼の頭に」(ロマ12章)との言葉が並んでみられます(21、22節)。このように、私たちはいつでも神の御前にあることを覚えて、親切でへりくだった者として歩むのです。 【祈り】 神よ、あなたはご自身の王国の中に私たちを加えてくださいました。この日も御旨に生かしてください。

  4. 3日前

    戦車ではなく主を誇る信仰を(列王記上 10章)

    ソロモンの歳入は金六百六十六キカル、そのほかに隊商の納める税金、貿易商、アラビアのすべての王、地方総督からの収入があった。 (列王記上10章14節~15節) ソロモンの国際貿易のエピソードとして、シェバの女王の来訪が書き留められています。女王は、ソロモンに質問を浴びせて、その知恵に驚き、宮殿や富に魅了されました。互いに多くの贈り物を贈り合っていて(10、13節)、貿易の面でも良好な関係を築くことができたようです。 14節以下、ソロモンの富が数え上げられています。「歳入は金六百六十六キカル」とあり、二十トンを越える莫大なものです。「レバノンの森の家」とはソロモンの王宮を指し、王座は象牙を金で覆ったもの、杯はすべて金、器はすべて純金だったと言われます。ソロモンの治世の初期には富は食糧の豊かさで数えられるものでしたから(5章1~5節)、その変化の大きさに驚かされます。 ソロモンは多くの富を得るだけでなく、戦車と騎兵も集めました(26~29節)。ソロモンの時代、実際にこれらが用いられることはなかったと言われますから、ソロモンの名誉心の表れだったと言えるでしょう。 「戦車を誇る者もあり、馬を誇る者もあるが、我らは、我らの神、主の御名を唱える」(詩20編8節)。 たとえ繁栄していたとしても、主の御名に依り頼む信仰を失うならば、むなしく終わります。私たちは、主の御名を唱える信仰に固く立つ者でありたいものです。 【祈り】 主よ、ただあなたの御名に依り頼む者であらせてください。

  5. 4日前

    ソロモンに忍び寄る誘惑と主の警告(列王記上 9章)

    主はかつてギブオンで現れたように、再びソロモンに現れ、こう仰せになった。「…わたしは…この神殿を聖別し、そこにわたしの名をとこしえに置く。」 (列王記上9章2節~3節) かつて主なる神は、夜の夢の中でソロモンに現れました。そのときソロモンは、民を正しく裁くことができるよう、「聞き分ける心をお与えください」と願い求めました。主は、その願いを喜び、賢明な心を与えると答え、豊かな祝福を約束してくださいました(3章4~15節)。 豊かな知恵をもって民を治め、念願であった神殿建築を果たしたソロモンに、再び主が現れます。主は、「この神殿を聖別し、そこにわたしの名をとこしえに置く」と約束し、「もしあなたが、…無垢な心で正しくわたしの前を歩み、わたしがあなたに命じたことをことごとく行い、掟と法を守るなら、…わたしはイスラエルを支配するあなたの王座をとこしえに存続させる」と警告を加えます(4、5節)。主は、ソロモンに忍び寄る誘惑をご存じなのです。 10節以降、ソロモンが多くの町や砦を築いたこと、国際貿易に励んだことが書き留められています。驚くことに、ソロモンは、材木や金を提供したティルスの王ヒラムに、神から与えられた嗣業の土地であるガリラヤの町々を与えようとします(11節)。ソロモンの心が神から離れていたことを示しているでしょう。 地上の富に目を奪われることなく、神の御心を追い求め続ける、主に忠実な歩みを祈り求めましょう。 【祈り】 主よ、あなたが喜ばれることを追い求める者であらせてください。

  6. 5日前

    神御自身の恵みと真実さ(列王記上 8章)

    神は果たして地上にお住まいになるでしょうか。天も、天の天もあなたをお納めすることができません。 (列王記上8章27節) 8章は、神殿建築の頂点であり、契約の箱が至聖所に安置される荘厳な場面です。祭司たちが聖所から出ると、雲が神殿に満ち、「主の栄光が主の神殿に満ちた」のです(11節)。 この栄光の瞬間に、ソロモンは驚くべき告白をします。「天も、天の天もあなたをお納めすることができません。わたしが建てたこの神殿など、なおふさわしくありません」(27節)。七年の歳月と莫大な資材を費やした神殿の完成式で、王自らがその限界を告白したのです。 これは深い信仰の言葉です。神は人間の造った箱に納まるお方ではありません。にもかかわらず、神はこの「ふさわしくない」場所に臨在してくださいました。それは神殿の立派さゆえではなく、ただ神ご自身の恵みと契約の真実さのゆえです。この契約とは、箱に納められたシナイでの契約(9節)であり、ダビデに与えられた約束(サム下7章)でもあります。ソロモンの長い祈りは、罪の赦し、立ち帰り、そして異国人さえも含むすべての人への憐れみを願い求めています。神殿は、完璧な人びとの集まる場所ではなく、罪を認め、赦しを乞う者たちが神と出会う場所なのです。 私たちの礼拝もまた、自らの「ふさわしくなさ」を知りつつ、なお近づいてくださる神の恵みに応答する場です。 【祈り】 主よ、ふさわしくない私たちのもとに来てくださり、感謝します。

  7. 6日前

    二本の柱ヤキンとボアズ(列王記上 7章)

    一本は南側に立てられて、ヤキンと名付けられ、もう一本は北側に立てられて、ボアズと名付けられた。 (列王記上7章21節) ソロモンの王宮と、神殿の庭を飾る青銅の器具の製作が描かれています。冒頭、ソロモンが神殿建設に要した七年の倍近い「十三年」をかけて自分の王宮を建てたという記述に、私たちは人間の栄華への執着と、忍び寄る危うさを感じ取ります。 そのような人間の弱さを支えるかのように、神殿の入口には象徴的な二本の柱が立てられました。それぞれ「ヤキン」と「ボアズ」と呼ばれています。ボアズは「力を持って」、ヤキンは「建てる」という意味です。合わせると「主が力をもって建てられる」という意味です。 専門家はこの柱は建物の屋根を支えてはいなかった、と考えています。これらは構造上の柱ではなく、信仰のモニュメントでした。神殿を訪れる人々は、門をくぐるたびにこの柱を見上げ、こう確認したのです。この国と神殿を支えているのは、ソロモンの財力でも、石の頑丈さでもない。主ご自身がこれを建て、主の力がこれを保っておられるのだ、と。 私たちの取り組む神の働きや人生も同様です。自分の努力や計画という柱だけで建物を支えようとすれば、やがて疲弊し、崩れてしまいます。しかし、私たちの入口にはヤキンとボアズが立っています。この信仰の柱こそが、教会と私たちの歩みを、真の意味で支えているのです。 【祈り】 教会も日々の歩みも、どうぞあなたが支えてください。

  8. 5月18日

    静寂が築き上げる聖所(列王記上 6章)

    神殿の建築は、石切り場でよく準備された石を用いて行われたので、…鉄の道具の音は全く聞こえなかった。 (列王記上6章7節) 列王記上6章は、神殿建築の詳細な設計図です。その壮麗さは想像を絶します。内壁はすべてレバノン杉で覆われ、その上から純金が張り巡らされました。「石は全く見えなかった」(18節)とあるように、無骨な土台の石は、輝く栄光の内に隠され、楽園のような美しい彫像によって彩られました。 しかし、この章で最も心を打つのは、豪華な装飾よりも、工事現場の「静寂」です。石切り場で完全に仕上げられた石が運ばれたため、現場では「鉄の道具の音は全く聞こえなかった」と記されています。神の家は、人間の騒がしい力技や喧噪によってではなく、整えられた静けさと秩序の中で組み上げられたのです。 さらに重要なのは、工事の真っ最中に語られた主の言葉です(11節~13節)。神は建物の出来栄えについては一言も触れず、ただ「掟に従って歩」むならと、王の従順を求めました(12節)。どれほど立派な神殿であっても、そこに聞き従う心がなければ、神は共には住まわれません。 教会もまた、活動の喧噪や建物の立派さではなく、御言葉への静かな信頼と従順によって建て上げられます。私たちの内なる神殿は、世の騒音の中ではなく、主の前に静まる時を通して、着実に完成へと近づいていくのです。 【祈り】 騒がしさの中であなたの御前に静まることができますように。

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番組について

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