歴史を紐解く!聞き流し偉人伝

ナスとカイ

「人から紐解く、ドラマチックな世界史」をコンセプトに ・ファンタジーではなく生々しい ・学問ではなくエンタメとしての 心揺さぶられるストーリーとしての世界史をお届けします!(したい!) 歴史好きの社会人2人がゆるゆるおしゃべりしています。 少しでも面白いと思っていただけたら、チャンネル登録やフォローお願いします! ▼下記からサポートのご参加を頂けますと幸いです! https://www.patreon.com/c/ijinden/posts ▼番組への感想やご意見はこちらからお願いします! https://forms.gle/pBpM7Zgs2BskExmJ7 【週5投稿】 平日18時にアップします。 Hosted by 安藤 and 那須(https://twitter.com/nasutokai) BGM:We_are_Friends! カバーアート作成:ynamnemsc様(instagram→https://x.gd/u0tON)

  1. #643【玄奘】砂漠と氷河で二度死にかける!それでもインドを目指した2年の旅

    1日前

    #643【玄奘】砂漠と氷河で二度死にかける!それでもインドを目指した2年の旅

    本日のテーマ:「玄奘、決死の天山越えとインドへの足跡」長安を密出国し、砂漠の危機を乗り越えた玄奘が、仏教国「高昌国」での熱烈な引き留めを断り、極寒の天山山脈へ挑む。仲間を失いながらもシルクロードを駆け抜け、2年の歳月をかけてインドの門を叩くまでの激動の旅路に迫ります。👇今回の見出し👇高昌国への到着/仏教国/高昌王・麹文泰/国師の称号/熱烈な歓迎/留まることの拒絶/王の断食抗議/旅の安全保障と旅費/天山山脈の挑戦/最高峰7400メートル級/氷河地帯の行軍/14日間の死闘/従者の死/キルギス・イシク・クル湖/サマルカンド/ゾロアスター教の都市/野宿からの寺院建設/アフガニスタン北部/長安出発から2年/インド到着👇抑えるべきポイントと歴史の流れ👇①高昌国での決意と王の執念砂漠を抜けた玄奘は、仏教を厚く信仰する高昌国の王・麹文泰から国師として国に留まるよう熱望されます。安全と地位を保障される破格の待遇でしたが、玄奘は「正しい経典を求める」という初志を貫いて辞退。王は断食という強硬手段で抗議したものの最終的には玄奘の意志に折れ、莫大な旅費を持たせて旅を後押ししました。②命を削る極寒の天山山脈越え高昌国を出発した玄奘が直面したのは、最高峰7,400メートル級を誇る天山山脈の険しい氷河地帯でした。秋から初冬にかけての過酷な気象条件の中、14日間に及ぶ行軍を強いられます。食料の限界と足を踏み外せば終わりの極限状態により、同行していた従者数名が命を落とすという悲劇を乗り越え、何とかキルギス方面へと抜けました。③シルクロードでの変革とインドへの到達天山山脈を越えた玄奘は、中央アジアの重要都市サマルカンドに到達します。当時はゾロアスター教が主流で当初は野宿を余儀なくされましたが、玄奘の説く仏教に感銘を受けた現地の王が寺院の建設を許可するまでに至りました。その後も南進を続け、長安を出発してから約2年という歳月をかけ、ついに念願のインドの地へと足を踏み入れます。■ 関連年表627年: 玄奘、許可が下りないまま長安を密出国627年: 砂漠を越え、高昌国に到着。王の引き留めを断り出発628年: 厳冬の天山山脈を14日間かけて走破628年: サマルカンドなどのシルクロード諸都市を巡る629年: 長安出発から約2年を経て、インドへ到着🙏番組へのご協力のお願い少しでも「勉強になった!」「面白い」と思っていただけたら、フォローやレビューをいただけると大変励みになります!🗣️聞き流し偉人伝からのお知らせチャンネルの品質アップ及び永続的な運営のため、サポーターを募集しております。3ドル(約450円)からサポートいただけますので、ぜひ応援いただけますと幸いです。【サポーター特典】・サポーター限定配信・活動進捗の共有配信・サポーター限定コミュニティーへの招待(予定)▼下記からサポーター登録いただけます!https://www.patreon.com/c/ijinden/posts▼聞き流し偉人伝のWebサイトはこちらhttps://kikinagashi-ijinden.web.app/更新日時: 月・火・木・金曜日の18時に更新中。Hosted by: 安藤 and 那須(https://twitter.com/nasutokai)※内容は諸説あります

    11分
  2. #642【玄奘】死罪覚悟の越境!密出国した玄奘の命を懸けた旅

    2日前

    #642【玄奘】死罪覚悟の越境!密出国した玄奘の命を懸けた旅

    本日のテーマ:「決死の密出国!砂漠を越えた玄奘の一歩も東には戻らない覚悟」西遊記のモデル・玄奘の生涯に迫る第3回。今回はついに天竺への旅が始まります。朝廷からの許可が下りず、仲間も諦める中、玄奘は単身での密出国を決意。水を失った砂漠での極限状態と、彼の揺るぎない覚悟に迫ります!👇今回の見出し👇少年期のおさらい/インドで原典を取る/627年・玄奘26歳/唐の太宗/民間人の越境禁止/連名での請願/朝廷の完全スルー/諦める仲間たち/単身での密出国決意/捕まれば死罪/長安を出発/商人の荷物に紛れる/仏教に好意的な役人/夜中の関所越え/唐の支配外の砂漠へ/水袋の喪失/一歩も東には戻らない/水なしで歩く4日間/幻覚との戦い/馬が見つけた水場👇抑えるべきポイントと歴史の流れ👇①朝廷の無視と単独での密出国決意唐の建国直後の混乱期、民間人の越境は原則禁止されていました。玄奘は天竺への渡航許可を朝廷に求めますが完全に無視されてしまいます。仲間たちが諦める中、玄奘は死罪のリスクを背負って単身で国境を越える密出国を決断しました。②決死の逃避行と砂漠への入り口商人の荷物に紛れたり、仏教に好意的な役人に匿われたりしながら西へ進んだ玄奘。見つかりそうになりながらも夜中に単独で関所を越え、ついに唐の支配が及ばない危険な砂漠地帯へと足を踏み入れます。③水の喪失と「一歩も東には戻らない」覚悟砂漠に入って早々、玄奘は命綱である水袋を落としてしまいます。引き返せば生き延びられたかもしれませんが、彼は「一歩も東には戻らない」と西へ進み続けました。5日目に馬が水場を見つけるまで、幻覚を見ながら生死の境を彷徨いました。■ 関連年表626年: 唐の第2代皇帝・太宗が即位する(時代背景)627年: 玄奘(26歳)、朝廷への渡航請願が無視される627年秋: 長安を密かに抜け出し、単身で天竺へ向けて密出国する🙏番組へのご協力のお願い少しでも「勉強になった!」「面白い」と思っていただけたら、フォローやレビューをいただけると大変励みになります!🗣️聞き流し偉人伝からのお知らせチャンネルの品質アップ及び永続的な運営のため、サポーターを募集しております。3ドル(約450円)からサポートいただけますので、ぜひ応援いただけますと幸いです。【サポーター特典】・サポーター限定配信・活動進捗の共有配信・サポーター限定コミュニティーへの招待(予定)▼下記からサポーター登録いただけます!https://www.patreon.com/c/ijinden/posts▼聞き流し偉人伝のWebサイトはこちらhttps://kikinagashi-ijinden.web.app/更新日時: 月・火・木・金曜日の18時に更新中。Hosted by: 安藤 and 那須(https://twitter.com/nasutokai)※内容は諸説あります

    8分
  3. #641【玄奘】13歳で難関の国家試験を突破!少年僧が天竺を目指した原点とは

    5日前

    #641【玄奘】13歳で難関の国家試験を突破!少年僧が天竺を目指した原点とは

    本日のテーマ:「第2回:玄奘の少年期〜なぜ彼は密出国してまで天竺を目指したのか?〜」今回は玄奘の少年期にフォーカス。隋から唐へと移り変わる激動の時代に生まれ、13歳で出家した彼が、なぜ命を懸けて天竺(インド)を目指すことになったのか。その原動力となった「経典の矛盾」と、真実を求める真っ直ぐな決意に迫ります。👇今回の見出し👇激動の時代背景/隋から唐への交代期/群雄割拠の内戦状態/儒学者の家系から寺へ/13歳での出家試験/試験官を驚かせた才能/戦乱の中での過酷な遊学/10年で最高峰の僧侶を網羅/自ら教えを評価する若者/経典ごとに異なる翻訳/仏教界が抱える深刻な矛盾/統一された指針がない苦悩/解釈の問題では済まされない/サンスクリット語の原典が必要/自分で確かめるしかない/嘘の地図を持ったまま歩けない/一生ブレない研究者としての誠実さ/密出国への序章👇抑えるべきポイントと歴史の流れ👇①激動の時代背景と13歳での出家玄奘が生まれたのは隋から唐へと移り変わる戦乱の時代でした。生活の苦しさから兄のいる寺に預けられた玄奘は、13歳で国家が厳しく管理する出家試験を見事に突破し、若くしてその才能を認められました。②各地での遊学と直面した「経典の矛盾」出家後の玄奘は、戦乱を避けながら約10年かけて各地の高僧を訪ね歩きました。しかし、深く学ぶほどに「同じ教えのはずなのに経典によって言っていることが正反対」という、当時の中国仏教界が抱える致命的な矛盾に直面することになります。③真実を求める「研究者としての誠実さ」多くの僧侶が矛盾を解釈の違いとして処理する中、玄奘は「嘘の地図を持ったまま歩き続けること」ができませんでした。翻訳によるズレを解消し、真実を知るためには「サンスクリット語の原典を直接読むしかない」と決意したことが、後の密出国の原動力となりました。■ 関連年表602年ごろ: 中国・河南省にて誕生(隋の時代)613年: 13歳で国家の厳しい出家試験に合格し、正式に僧侶となる618年: 唐王朝が成立(補足)620年代: 約10年にわたり各地の高僧を訪ね歩き、経典の翻訳の矛盾に気づく🙏番組へのご協力のお願い少しでも「勉強になった!」「面白い」と思っていただけたら、フォローやレビューをいただけると大変励みになります!🗣️聞き流し偉人伝からのお知らせチャンネルの品質アップ及び永続的な運営のため、サポーターを募集しております。3ドル(約450円)からサポートいただけますので、ぜひ応援いただけますと幸いです。【サポーター特典】・サポーター限定配信・活動進捗の共有配信・サポーター限定コミュニティーへの招待(予定)▼下記からサポーター登録いただけます!https://www.patreon.com/c/ijinden/posts▼聞き流し偉人伝のWebサイトはこちらhttps://kikinagashi-ijinden.web.app/更新日時: 月・火・木・金曜日の18時に更新中。Hosted by: 安藤 and 那須(https://twitter.com/nasutokai)※内容は諸説あります

    11分
  4. #640 ゼロから分かる玄奘!砂漠と極寒の地を越え原典を求めた執念の旅

    6日前

    #640 ゼロから分かる玄奘!砂漠と極寒の地を越え原典を求めた執念の旅

    本日のテーマ:「西遊記のモデルは超人的な研究者だった!?玄奘の真実」西遊記の三蔵法師のモデルとして有名な玄奘。しかし実際の彼は、お供も連れず密出国をしてまで単身インド(天竺)へ向かった執念の研究者でした。過酷な旅と、真理を追い求めたその凄絶な人生に迫ります!👇今回の見出し👇玄奘/西遊記のモデル/渡航禁止令と密出国/翻訳の質への疑問/サンスクリット語の原典/完全スルーされた請願/長安からの脱出/ゴビ砂漠の悲劇/4日間水なし/天山山脈とパミール高原/ナーランダー大学/最高峰の論師・戒賢/18日間の公開討論会/経典675部/17年ぶりの凱旋帰国/皇帝・太宗の大歓迎/国家プロジェクトの翻訳事業/大唐西域記/還俗の拒否/ブレない研究者魂👇抑えるべきポイントと歴史の流れ👇①なぜ玄奘はインド(天竺)を目指したのか?当時の中国に伝わっていた仏教経典は翻訳の質にバラつきがあり、意味が正反対になっている箇所すらありました。それに疑問を抱いた玄奘は、「サンスクリット語の原典を直接読むしかない」と決意し、渡航禁止令を破って密出国を強行します。②想像を絶する過酷な旅路最初の難関であるゴビ砂漠では水を失い、4日間水なしで歩き続けて死にかけました。さらに雪山などの険しい道のりで仲間を失う過酷な環境でしたが、玄奘は決して引き返さず、約2年をかけてインドへ到達しました。③帰国後の大熱狂と圧倒的な翻訳作業経典675部や仏像を背負い、出発から17年後に長安へ帰還しました。密出国者でありながら、当時の皇帝・太宗から大歓迎を受けます。その後は皇帝からの出世の誘いも断り、生涯をかけて75部1335巻もの経典を翻訳し続けました。■ 関連年表602年ごろ: 現在の中国・河南省に生まれる629年: 渡航禁止令の中、長安を密かに抜け出して天竺を目指す645年: 膨大な経典を持ち帰り、長安に凱旋帰国(出発から17年後)664年: 死去(62歳ごろ)🙏番組へのご協力のお願い少しでも「勉強になった!」「面白い」と思っていただけたら、フォローやレビューをいただけると大変励みになります!🗣️聞き流し偉人伝からのお知らせチャンネルの品質アップ及び永続的な運営のため、サポーターを募集しております。3ドル(約450円)からサポートいただけますので、ぜひ応援いただけますと幸いです。【サポーター特典】・サポーター限定配信・活動進捗の共有配信・サポーター限定コミュニティーへの招待(予定)▼下記からサポーター登録いただけます!https://www.patreon.com/c/ijinden/posts▼聞き流し偉人伝のWebサイトはこちらhttps://kikinagashi-ijinden.web.app/更新日時: 月・火・木・金曜日の18時に更新中。Hosted by: 安藤 and 那須(https://twitter.com/nasutokai)※内容は諸説あります

    13分
  5. #638【モルトケ】稀代の戦略家の最期!晩年に語ったドイツの未来とは

    5月25日

    #638【モルトケ】稀代の戦略家の最期!晩年に語ったドイツの未来とは

    本日のテーマ:「モルトケの予言と遺産!参謀本部の父が見抜いた次なる戦争と3つの教訓」今回はモルトケシリーズ最終回!普仏戦争後も長きにわたり参謀総長を務めた晩年のモルトケが恐れた二正面作戦と消耗戦への警告、そして後世のビジネスや軍事に残した3つの偉大な遺産について解説します。👇今回の見出し👇モルトケシリーズ最終回/71歳から17年間参謀総長を継続/戦争をすることから防ぐことへ/恐るべき二正面作戦/フランスとロシアの挟み撃ち/軍備と外交への警告/次の戦争は30年続く/第一次世界大戦を的確に予言/戦争の性格の変化/大規模な消耗戦の到来/自分の戦術が広まる皮肉/1891年90歳で死去/死の直前まで議会で演説/参謀本部という組織の発明/計画は敵との最初の接触で崩れる/現代ビジネスにも通じる格言/勝って冷静でいられた姿勢/勝利に酔わずリスクを見る/構造で勝ちに行く戦略/地味な蓄積が派手な結果を生む👇抑えるべきポイントと歴史の流れ👇① 晩年のモルトケと二正面作戦への恐怖普仏戦争に勝利してドイツ帝国を誕生させたモルトケですが、晩年は東のロシアと西のフランスから同時に挟み撃ちにされる二正面作戦を激しく警戒しました。彼は議会で「軍備を怠るな」「外交でロシアを引き離せ」と繰り返し警告し、戦争を行う立場から防ぐ立場へとシフトしました。② 消耗戦の予言と戦争の性格の変化モルトケは自身の戦術(鉄道を用いた大量動員)がヨーロッパ各国に模倣されたことで、奇襲の優位が消え、次なる戦争は数百万の兵が投入される長期的な消耗戦になると予見しました。「次の戦争は30年続くかもしれない」という彼の警告は、その後の第一次世界大戦で恐ろしいほど的中することになります。③ モルトケが歴史に残した3つの遺産モルトケが後世に残した大きな遺産は、「参謀本部の発明」、「『計画は敵との最初の接触で崩れる』という現代ビジネスにも通じる格言」、そして「3つの戦争に全勝しても決して勝利に酔わず、次のリスクを冷静に見据え続けた姿勢」です。57歳から実戦指揮を執り、地味な蓄積で結果を出した彼の生き様がここに詰まっています。■ 関連年表1871年: 普仏戦争が終結(モルトケ71歳、以降17年間参謀総長を継続)1890年: モルトケが議会で「次の戦争は30年続くかもしれない」と演説1891年4月24日: モルトケが90歳で死去(2日前の4月22日まで議会で演説)1914年: 第一次世界大戦が勃発(モルトケが予見した通りの大規模な消耗戦となる)🙏番組へのご協力のお願い少しでも「勉強になった!」「面白い」と思っていただけたら、フォローやレビューをいただけると大変励みになります!🗣️聞き流し偉人伝からのお知らせチャンネルの品質アップ及び永続的な運営のため、サポーターを募集しております。3ドル(約450円)からサポートいただけますので、ぜひ応援いただけますと幸いです。【サポーター特典】・サポーター限定配信・活動進捗の共有配信・サポーター限定コミュニティーへの招待(予定)▼下記からサポーター登録いただけます!https://www.patreon.com/c/ijinden/posts▼聞き流し偉人伝のWebサイトはこちらhttps://kikinagashi-ijinden.web.app/更新日時: 月・火・木・金曜日の18時に更新中。Hosted by: 安藤 and 那須(https://twitter.com/nasutokai)※内容は諸説あります

    11分
  6. #637【モルトケ】普仏戦争の終了!ヴェルサイユ宮殿で宣言されたドイツ帝国成立

    5月22日

    #637【モルトケ】普仏戦争の終了!ヴェルサイユ宮殿で宣言されたドイツ帝国成立

    本日のテーマ:「パリ包囲戦とドイツ帝国誕生!モルトケとビスマルクの対立と普仏戦争の終結」皇帝降伏後も徹底抗戦を続けるフランス新政府に対し、プロイセン軍はパリ包囲戦へ突入。兵糧攻めか砲撃かでモルトケとビスマルクが激しく対立する中、ヴェルサイユ宮殿でドイツ帝国が誕生した歴史的瞬間と戦争の結末に迫ります。👇今回の見出し👇新政府の戦争継続/ゲリラ的な抵抗/パリ完全包囲/200万人の兵糧攻め/モルトケとビスマルクの激しい対立/兵糧攻め派のモルトケ/早期決着を狙う砲撃派のビスマルク/他国介入の外交リスク/無差別砲撃への国際的非難/包囲から4ヶ月後の砲撃開始/パリの降伏/ヴェルサイユ宮殿での演出/ドイツ帝国の成立宣言/ヴィルヘルム1世の皇帝即位/静かに見守るモルトケ/普仏戦争の終結/アルザス・ロレーヌ地方の割譲/50億フランの賠償金/厳しすぎる講和条件への懸念/第一次世界大戦の遠因/戦争のやり方を変えたモルトケ式/次回はモルトケの晩年👇抑えるべきポイントと歴史の流れ👇① モルトケとビスマルクの戦略を巡る対立ナポレオン3世の降伏後も抵抗を続けるフランスに対し、プロイセン軍は首都パリを包囲します。この際、民間人への被害や国際的な非難を考慮して兵糧攻めを主張するモルトケと、他国の仲裁介入を恐れて「早期の砲撃」を求めるビスマルクの間で激しい意見の衝突が起こりました。② 屈辱の地でのドイツ帝国誕生パリの降伏交渉が迫る中、プロイセン側はフランスの栄華の象徴であるヴェルサイユ宮殿の最も豪華な部屋でドイツ帝国の成立を宣言しました。プロイセン国王ヴィルヘルム1世が初代ドイツ皇帝に即位し、モルトケが軍事的に作り上げた新たな大国が誕生した瞬間でした。③ 過酷な講和条件と次なる戦争への種まき普仏戦争はフランスの敗北で終結し、アルザス・ロレーヌ地方の割譲と50億フランという巨額の賠償金が課せられました。モルトケはこの厳しすぎる条件に対して「フランスは必ず復讐を誓う。次の戦争の種を今日まいている」と懸念を示しており、その予言通り、これが後の第一次世界大戦の遠因となっていきます。■ 関連年表1870年9月: プロイセン軍がパリの包囲を開始1871年1月: ビスマルクの主導によりパリへの砲撃を開始1871年1月18日: ヴェルサイユ宮殿にてドイツ帝国の成立を宣言1871年2月: フランスが停戦を受け入れ普仏戦争が終結1914年: 第一次世界大戦勃発(アルザス・ロレーヌ問題などが遠因となる)🙏番組へのご協力のお願い少しでも「勉強になった!」「面白い」と思っていただけたら、フォローやレビューをいただけると大変励みになります!🗣️聞き流し偉人伝からのお知らせチャンネルの品質アップ及び永続的な運営のため、サポーターを募集しております。3ドル(約450円)からサポートいただけますので、ぜひ応援いただけますと幸いです。【サポーター特典】・サポーター限定配信・活動進捗の共有配信・サポーター限定コミュニティーへの招待(予定)▼下記からサポーター登録いただけます!https://www.patreon.com/c/ijinden/posts▼聞き流し偉人伝のWebサイトはこちらhttps://kikinagashi-ijinden.web.app/更新日時: 月・火・木・金曜日の18時に更新中。Hosted by: 安藤 and 那須(https://twitter.com/nasutokai)※内容は諸説あります

    9分
  7. #636【モルトケ】なぜナポレオン三世は降伏したのか?セダン包囲戦で完成した勝利の構図

    5月21日

    #636【モルトケ】なぜナポレオン三世は降伏したのか?セダン包囲戦で完成した勝利の構図

    本日のテーマ:「セダンの戦い!モルトケの完璧な計算とナポレオン3世の降伏」今回は普仏戦争の最大の山場「セダン包囲戦」について解説します。皇帝ナポレオン3世自らが前線に出陣するも、モルトケの緻密な地形分析と先回りの包囲網によってわずか1日で決着。現役皇帝が捕虜となり、フランス第二帝政が崩壊する歴史的瞬間をお届けします。👇今回の見出し👇皇帝が戦場へ/マクマオン軍との合流/バゼーヌ軍救出の動き/モルトケが仕掛ける罠/先回りした包囲網/逃げ場のない要塞都市セダン/事前の地図と地形分析が炸裂/9月1日セダン包囲戦/12万対20万の圧倒的兵力差/高台からの砲撃/マクマオン将軍の負傷離脱/ナポレオン3世の持病と絶望/戦死を望む皇帝/わずか1日で決着/9月2日ナポレオン3世降伏/ヴィルヘルム1世への手紙/現役皇帝が捕虜になる前代未聞の事態/パリの大混乱/フランス第二帝政の崩壊/国民防衛政府の樹立/無表情のモルトケ👇抑えるべきポイントと歴史の流れ👇①ナポレオン3世の動向とモルトケの先回りマクマオン将軍と合流したナポレオン3世は、メッス要塞に閉じ込められた味方の救出に向かいます。しかし、モルトケはフランス軍の進路を完全に読み切り、彼らが動くより先に軍を展開して、前方と側面を押さえる包囲陣形を構築しました。②セダン包囲戦と皇帝の降伏逃げ場の少ない地形にある要塞都市セダンにフランス軍が入り込むと、モルトケの事前計算が完璧に機能します。プロイセン軍20万の包囲と高台からの砲撃により、フランス軍はわずか1日で抵抗を終了。翌9月2日、ナポレオン3世はプロイセン国王ヴィルヘルム1世に降伏を申し入れ、現役の皇帝が捕虜となる異例の事態となりました。③フランス第二帝政の崩壊と新たな政府の誕生皇帝降伏の知らせがパリに届くと国内は大混乱に陥り、民衆の蜂起によってナポレオン3世の第二帝政は崩壊します。新たに共和制の国民防衛政府が樹立されて戦争継続を宣言したため、モルトケは次なる目標であるパリへの進軍を開始することになります。■ 関連年表1870年8月下旬: マクマオン軍(ナポレオン3世合流)がセダンに入る1870年9月1日: セダンの戦い(プロイセン軍がセダンを完全包囲)1870年9月2日: ナポレオン3世が降伏し、プロイセン軍の捕虜となる1870年9月: パリで民衆が蜂起、フランス第二帝政が崩壊し国民防衛政府が樹立🙏番組へのご協力のお願い少しでも「勉強になった!」「面白い」と思っていただけたら、フォローやレビューをいただけると大変励みになります!🗣️聞き流し偉人伝からのお知らせチャンネルの品質アップ及び永続的な運営のため、サポーターを募集しております。3ドル(約450円)からサポートいただけますので、ぜひ応援いただけますと幸いです。【サポーター特典】・サポーター限定配信・活動進捗の共有配信・サポーター限定コミュニティーへの招待(予定)▼下記からサポーター登録いただけます!https://www.patreon.com/c/ijinden/posts▼聞き流し偉人伝のWebサイトはこちらhttps://kikinagashi-ijinden.web.app/更新日時: 月・火・木・金曜日の18時に更新中。Hosted by: 安藤 and 那須(https://twitter.com/nasutokai)※内容は諸説あります

    9分
3.9
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