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やんま

ローカルな音楽紹介や作曲、アウトドアにまつわることなど

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  1. 20/07/2025

    エピソード1-2 ゲスト:オレンジルーム代表an-panさん(中村さん)自身が経営する音楽スタジオの紹介と音楽活動、作曲について

    7月2日原稿 ・自己紹介 1975年、昭和50年生まれ。今年で50歳。14歳の時にキーボード演奏を始めて、15歳でダンスミュージックのプログラミングに開眼。以降、キーボードの練習をしなくなったのでキーボードは全く弾けません。14歳の頃と同じかそれ以下の演奏力です。 10代後半よりクラブミュージックが好きになり、レコードやCDを買いあさってはクラブで踊るだけの青春時代を過ごしましたが、これではイカンと23歳の頃にサンプラーを購入して真面目に音楽を作ろうと決意しました。同時にソロ活動を開始して2002年に2枚組アルバムを全国リリース。2006年に現在のExperimental crossbreedのメンバーと意気投合して活動開始。自分的にはデジタルもロックやオルタナも好きでしたし、デジタルと生演奏の理想的な融合を果たしました。 2010年には北米でアルバムをリリース。インディーチャート5位とちょっとだけ話題になったようです。 コロナ渦だった2021年には久々のソロアルバムをMIKE NEWFIELDという匿名でリリースしました。匿名でのリリースって青春時代に聴いたテクノ系のアーティストがよくやっていたので、そのオマージュですね。アナログレコードやリミックスアルバム、8センチCDシングルもリリースしています。 昨年2024年より新ユニット、真夜中ポテトチップスを結成しまして、今までやらなかったようなポップでキュートな音楽をやっています。 ・仕事としての音楽への向かい方とオレンジルームの紹介 もともと、プロ志向みたいなものは全くありませんでした。自分の志す音楽が日本の主流じゃないのはわかっていましたし、まあメジャー音楽をいいなと思わないリスナーでしたので。また、自分の力量じゃ・・・というのもありました。楽器も弾けない、楽譜も読めない、理論も知らないので。 とはいえ、何千枚もアルバムは聴いたし耳は肥えていますから、ミックスダウンは最初から出来ると思っていました。 オレンジルームは、30代後半の頃に働くのが嫌になって、僕が住んでいる坂井市にはスタジオはあんまり無いなと気が付いてオレンジルームを作りました。 全面オレンジのスタジオにしたきっかけは普通の壁の色が嫌だったからで、日常からかけ離れた音楽を作る神聖な場所にしたかったんです。スタジオは大小2部屋ありまして、基本的に同じ構造なんですが、広さや機材が違うからか、それぞれ部屋鳴りが違います。 ・初めて作曲した時の思い出 初めての作曲は15歳の頃で、ヤマハのシーケンサーを買ってすぐです。中学3年でしたね。さっきも言ったように楽器が弾けないし楽譜もわからないので、コピーができないんです。だからオリジナル曲でした。どんな曲かというと、1990年ごろのインディーダンスのような、デジタルロックのような・・・というと聞こえがいいですが、はねた16ビートでマイナー調のメロディでした。どんな曲かも覚えています。流石に今後リメイクするつもりは無いですが。 ・作曲方法 作曲方法は基本的にドラムパターンからです。基本のドラムが出来たらベースを作って、それらの抜き差しで曲としての展開を作っていく。 そもそも僕は歌のメロディとかウワモノの旋律を軽視している部分があって。それはイカンと思いつつもグッとくるビートがあればOKなんです。 もしプログラミングという武器が無い時代に生まれていたら、ドラマーかパーカッショニストになっていたと思います。それぐらいビートが好きですね。 ・苦労話 苦労したのはサンプラーを買ったばかりの頃です。当時はこれでケミカルブラザーズになれる!とか勘違いしていましたけど、サンプラーがあってもケミカルと同じ音にはならないんですよね。今思えば当たり前なんですけど。サンプリングの効率的なやり方やエフェクトのかけ方・・・こういうのは冗談抜きで死のうと思うぐらいに悩みました。その甲斐があって多少進歩しましたけど、今も悩みは尽きませんね。きっと本当に死ぬ日まで音楽について悩んだり考えたりするんだと、今は開き直っていますし、悩みが出たらむしろ「チャンス!」と思うぐらいに無駄にポジティブ思考になっています。 ・嬉しかったこと 苦労はたくさん思い出すんですが、嬉しいってあまり無いんです。バンドで海外デビューとか、嬉しいといえば嬉しいんですが、別に生活も音楽を作る環境もそれで一変するわけでもないですし。曲やアルバムが出来上がった瞬間もホッとするだけですね。それまでの過程もわかっているので。やった!とか無いんです。 ・最近の音楽のトレンド 洋楽も邦楽も全体に曲が短くなっていますね。2~3分ぐらいの曲が多い印象です。 リリースが配信中心になったからか最初の数秒で掴まないといかない事情もありますね。ただこれが正常な音楽の聴き方かというと疑問ではありますよね。長いイントロを聴いてたどり着いたサビの開放感ってのもありますし。難解な音楽が芸術のようなと評されてきた過去もありますから。 ただ、音楽の歴史的にはレコードの時代に戻ったかなとも感じています。レコードというかいわゆる7インチシングルって片面4分までしか収録できなかったので、その時代の曲の長さに戻ったとも言えるのかと。そう思うとCD時代の曲が異常に長かったのかも知れません。最初のSEで90秒、トータル5分超えは当たり前、シングルのカップリングには8分のリミックスが収録とか、今はあんまり無いですよね。1990年代に青春を過ごした身としては、そういう過去も受け入れつつ音楽を作りたいなとは思います。今を否定するのも嫌ですし。 また、今の音楽は3人組ロックバンドとか言いつつ、ドラムがプログラミングだったりしますよね。バンドのドラマーは何してるの?とか突っ込みたくなりますが、実はレコーディングの経費削減って理由もあると思うんです。DTMでドラムを作るなんて簡単ですからね。 また昔話ですけど、1990年代にもドラムがプログラミングのバンドはアンダーグラウンドになりますが世界中にいたんですよね。それに対して多くのロックファンは「無機質で魂が感じられない」と否定気味だったんですよね。若かった僕はむしろマシーンのドラムが好きでしたし、古いロックファンに対してのアンチというかオルタナティヴな姿勢を持っていました。 そう思うと今はどんな音楽もほぼ間違いなくコンピュータで作られているし、デジタルと生演奏の融合も極めて普通の音楽になりましたね。10代の頃に僕が思っていた未来が来ましたが、では今とこれからのオルタナティブとは?と考える事も増えてきました。 ・おすすめの曲、もしくは自作曲を流して解説 自分の曲ですが、(We Got)Two Years。 これは古い曲で1997年の曲です。22歳ぐらいですね。当時はUKインディとか1960年代のロックをよく聴いていて、そのオマージュという作風です。具体的にはローリングストーンズとかヴェルヴェットアンダーグラウンド、プライマルスクリームっぽい雰囲気かと。それらのDTM解釈というか。ドラムはループ、ループでサイケデリック感覚を表現してみました。 ベースのローエンドといい、ノイジーな感触もあり、普通のフォーピースバンドでは出せないデジタルならでは!のロックサウンドに仕上げたつもりで気に入っています。 歌詞はデヴィッドボウイのオマージュで、彼の曲に「FIVE YEARS」という曲があるんです。 これ、何のファイブイヤーズかというと5年後に世界が終わると予告された人々の混乱とか絶望を歌っているんです。 で、1999年に世界が終わるって噂というか予言があったんですけど、作曲した1997年って2年前なんです。それでTwo Yearsという曲名になりました。 ・今後の目標 目標も特に無いんですが、70代とか80代になっても今のような音楽を作り続けたいですね。おじいちゃんなのにバリバリのデジタルサウンド。この道一筋、みたいなの。ライブでもBPMを落としたり歌のキーを下げたりとか絶対にしない。 もう35年ぐらい音楽が好きで作り続けているんですが、ほとんど陽の目を見ない活動でしたし、まあ曲もマニアックなんで当然なんですけど、もうちょっとだけ評価されたいのは本音ですね。今ってデジタル音楽も当たり前になりましたし。少なくとも福井の地でデジタル音楽といえばan-panだ

    44 min

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